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平成10年正倉院展
場所 奈良国立博物館
そもそも正倉院展とは、東大寺の正倉に伝世したお宝を、秋の曝涼(要は虫干し)の期間のみ一般公開するというもの。そのお宝の内容は、8世紀の聖武天皇遺愛品を中心とする宮廷用品と、東大寺関係の遺品とに大別されるようです。 数にして一万件とよく言われますが、これは玉類や繊維製品の断片などをまとめて一件と数えた時の数。ばらせば数万、数十万点にのぼるそうです。これを毎年たった二週間だけ、約7〜80点ずつ展示していくのです、しかもそのうち初出のものは、例年10点余、今年などは7点でした。これでは確かに、何年見てもそのすべてを見尽くすのは大変そうです(^^;。・・・そこがまた魅力で、毎年通ってしまうわけですが(笑)。 ちなみに奈良博での最初の正倉院展は昭和21年、以来今年で50回になります。 さて、先にちょっと文句を言っておきます。細かいことですので、飛ばして読んで下さい(^^;。 正倉院のお宝たち、なんとなくすべてが聖武天皇の時代、すなわち8世紀頃の天平時代のものであるような気がするものですが、実は長い時の中で当然激しく出入りがあり、新しくは明治期施入のものも確認しています(私が本などで読んで覚えている範囲で。もっと新しいのもあるかも)。だからと言ってお宝そのものの価値が変わるというものではありませんが、これが展示およびカタログではちっともわからないのです。制作された国も一見ではわかりません。他の博物館には当然あるような、「○○年、○○国製」という表示がないのがとても不思議です。・・・たぶん特定できないせいもあるのでしょうけれど。 また、当然修復されたり彩色のしなおしされたものもあるはずですが、これまた展示の説明を見る限りではわからないのです。・・・どうも明治期の修復ですら、既に史料が残らずよくわからなくなっている様子ですが。でも少なくとも繊維製品の断片の修復などは、ない部分を補って復元しているわけですから、一言あってしかるべきだと思うのです。・・・これまた、そんなこともわからない奴は見に来ないはず、ということかもしれませんが。 以上は正倉院展全般に関するグチ、以下は今回の展示に関するグチです(笑)。 さて、グチはグチ。見るものは見ますよ! これが私は昔から大好きで、ひとつ家に欲しい・・・・いえいえ(^^;、せめて手にとって心ゆくまで眺めてみたいと思っています。なにしろ紅色が、こっくりと深く、心まで染めるようなしみじみとした良い色なんです。その上描かれた鳥たち、動物たちがとても可愛い(=^^=)、散る花、咲く花、どれも素晴らしく繊細でいて豊か、特にお花の台の上にとまっている二羽の含綬鳥(がんじゅちょう・帯やリボンなどひらひらしたものをくわえた鳥さん)なんか、首をからませていちゃついてますのよ!@@ や〜ん、本当に可愛い(=^^=)。 この紅牙撥鏤尺は宝庫に6枚あるそうですが、舶載品、中国人が日本で作ったもの、そしておそらく日本人がそれらを真似っこしたもの、との、3つの系統に分けられるそうです。前二者は彫りがのびのびしていて実に見事なバランスで自由に描かれています。現に今回の展示品など、天馬の前足がワクからはみだしちゃってます(笑)。比べて日本人が真似をしたものは、いかにもいじけてオドオドした線になっているそうです。これは唐人と日本人の技術云々より、やはり「模倣」の限界を示していると言えるでしょう。 尺は定規という様に、一応、寸きざみの区画を作ってありますが、どうやら儀式用具だったようです。 ちなみに最初の染料に紺を使用したものは、何故か緑牙撥鏤尺と呼ばれています、宝庫に二枚伝わります。 お次は三合鞘御刀子(さんごうざやのおんとうす)。 で、この柄がそれぞれ斑犀(まだら模様入りサイの角)、沈香(香木ですね)、紫檀(堅くて光沢のある輸入木)で出来ています。いずれも高価な材料。 更に、抜き出されて横に展示されている刀身が、これがまた綺麗なんですよ(=^^=)、刃もとに金象嵌(模様を彫ってそこに金などをはめこむ技法)で簡単な唐草模様が入っているのですが、簡素な中になんとも言えない味わいがあって、ユーモアを感じるほど。ちょっと線香花火が踊っているみたいです。これを彫り混んだ人は、きっと底抜けに明るい人だったのだろうな・・・と、勝手なこと考えたりして(=^^=)。三本の刀身のうちでは最も小さい一つが模様の面積が一番広く、模様も自然だと思います。 この小さな刀は、これだけ上等なものは飾りとしてぶら下げていたのでしょうが、本来木簡などを削る文房具だったのかもしれません。一つの鞘に複数の小刀を納めたものには、四合鞘、十合鞘などあります。また普通の小刀も、宝庫には瀟洒な加飾のものが伝えられます。手に包んで見られたらどんなに幸せでしょう・・・。 お次、御書箱(おんしょのはこ)。 とっとと行きます(笑)、人勝残欠雑張(じんしょうのざんけつざっちょう)。 伎楽面 呉女(ぎがくめん ごじょ) 沈香木画箱(じんこうもくがのはこ) 最も驚いたのは、絵を入れて水晶をはめた窓です。こんな細工は宝物では初めて見ました。絵は鹿や麒麟やお花の絵、青地と赤地があって、市松に配されています。まるでミニギャラリーに並ぶ西洋絵画を見るようで、すごく不思議な新鮮さでした。 もうこれでもかっ!と言うほどの装飾ですが、不思議と落ち着いた品格が漂い、ゴテゴテした印象とは正反対です。出来うる限りの手法を駆使して最高に手をかけた大切な品、という気概を感じます。木の命を良く知って作ったのでしょうね〜、しっとり充実の良い品でした。 以上が特別心惹かれた宝物です。他に印象に残ったものを並べてみますね。 十二支八卦背円鏡(じゅうにしはっけはいのえんきょう) 褐色絹裳(かっしょくきぬのも) 刺繍羅帯(ししゅうらのおび) 組帯 子日目利箒(ねのひのめとぎほうき) 双六頭(すごろくとう)、双六子(すごろくし)、木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく) 赤漆文カン木御厨子(せきしつぶんかんぼくのおんずし) はああ、以上、はしょったものの、なんだか文書類を除くすべてが印象深かったと言えますね、これでは(^^;。あ、今回のメインでカタログ表紙を飾る、パックマンみたいな口をした漆胡瓶(しっこへい)、どうしてかあまり好きでないのです。実物より模様を浮き上がらせたX線写真のほうが好きです(^^;。 <データ> 奈良国立博物館 平成10年正倉院展会期 |
珠玉の仏教美術〜古代から近代まで〜
場所 大倉集古館
特にタイのバンコック朝(19世紀)の宝冠仏は、ひょろりと細い体で両手を胸の前にあげて手のひらを見せ、「通行止めですよ」のポーズをしているのですが、よく見ると全身にゴテゴテの彫刻入りの衣装をまとっています。なんだか気色悪いぞ?と、もっと良く見ると・・・どうやらそのゴテゴテの彫刻は、本来一面に穿たれた無数の小さなくぼみに色ガラスをはめ込んで、非常にきらびやかに装飾されていた、その名残のようです。もとはさぞかし華やかだったことでしょう・・・。 それから同じ19世紀のミャンマーの横臥仏は、肘枕で寝台に横たわる、優雅でリゾート気分いっぱいの釈迦像でした。額の髪の生え際に、やはり色ガラスをはめ込んだ細い帯がついていて、夜店で昔買った子供用のカチューシャのような懐かしさがありました。しかも顔が石田純○そっくりだよう(爆)。 他にミャンマーのものでは清楚で愛らしい天女ナッ像というのが印象的でした。ミャンマー固有の土地などの神だそうで、幸福と災難除けのご利益があるそうです。厚ぼったい唇でにこにこ愛想良く笑っている顔も可愛いのですが、体部がよかったです。細いウエストと丸いヒップ、腰をひいて両手を下向きの合掌形に差し出して宝貝みたいなものを捧げ持っています。衣装もひらひらふりふり、天衣いっぱいの可愛いもので、えらく愛らしい像でした。・・・これでお顔がもう一歩可愛かったらなあ(^^;あはは。 奥の方には清朝の頃のチベットの仏像(?)があって、これは上記ナッ像とは対照的で、ちょっとすごかったです(^^;、なにしろ大楽金剛立像という妖しい名で、装飾過多の衣装をまとった、4つの顔と14の腕を持つ男神が、4つの顔、6本腕の女神と大股広げてぴったり抱き合い、踊りながらちうをしてるの!@▽@ 高さ数十pの、それほど大きくない像でかなり破損していましたが、実はじっくり見てしまいました、私(笑)。いや、男が女の腰に回した腕がとても優しげで、ちょっと羨ましかったりして(=^^=)。顔も4つあれば、どれか一つはハンサムだろう・・・(オイ(^^;)。 ・・・いずれもとても面白かったのですが、私はやはり、しめやかな情感漂う日本の仏像の方が好きです(=^^=)。・・と言うか、古代インドで発祥した仏像、長い年月をかけて各国に広まるうちに、その国の人々の好みにあわせて形も変わって行ったのでしょうね。・・・つまりそれほどまでに、国によって感性が異なるということなのですね。その意味でも面白かったです。 で、日本のものは、と言いますと、やはり常設の普賢菩薩騎象像が群を抜いてよかったです、仕方ないですがね(^^;。感想は「涼へのいざない」の項を見て下さいね。 と言うことで、ああ、ごめんなさい、また彫刻の話に終始してしまいました(^^;、本当は絵画作品の方が数は多かったような・・・(^^;。 <データ> 大倉集古館(財団法人 大倉文化財団) 珠玉の仏教美術〜古代から近代まで〜展会期 |
日本美術院 創立百周年記念展場所 日本橋三越7階ギャラリー
今回の展示は、その院展派の名前のもとともなった日本美術院の創立百周年を記念して、初期から現代に至るまでの正員、同人の作品100点を一堂に会し、時の流れと日本画の変遷がわかるようにしたものです。 最初に言います、見終わって会場を出るとき、私はほとんど涙ぐんでました(笑)、どうしてでしょう、100年、100点の力でしょうか・・・。 鑑賞環境は最悪に近いものでした。仕方のないことですが、人気のある展示で人がものすごかったのです。明治の横山大観から現代の平山郁夫まで、素人でも名前を聞いたことのある有名画家さんの作品が目白押しでしたもの。 それでも何故か、こみ上げてくる感動がありました。心にまっすぐ何かが入ってきたのですもの(=^^=)。この感じ、よく説明できませんから、特に印象に残った作品を具体的に挙げてみますね。なお、絹本か紙本か、墨か顔彩かなど、全然覚えておらず、カタログにも載ってないので、全部「紙」「墨」と表記します(^^;、いい加減でごめんなさいね〜m(_ _)m 橋本雅邦「大洋」 横山大観「長瀞之巻」 菱田春草「黒猫」 下村観山「元禄美人図」 木村武山「光明皇后」 安田靫彦「大和のヒミコ女王」 小林古径「鶴」 前田青邨「知盛幻生」 富田渓仙「雪中鹿」 荒井寛方「黒駒」 速水御舟「丘」と「闘虫」 川端龍子「火生」 真道黎明「葵の上(無明之祈)」 岩橋英遠「彩雲」 吉田善彦「新秋」 鎌倉秀雄「阿修羅」 岩壁冨士夫「海風」 田淵俊夫「緑風」 小山硬「仔羊」 関口正男「月明」 ・・・と言うことで、ぎゃあ@@思わず長くなってしまいました、画像もなくて勝手な絵の感想だけなんて、誰が読んで下さると言うのだ(泣)。もっと少ないと思っていたのですよう、カタログめくっていくと、あれもこれもとその時の感想が思い出されて、ついつい(^^;。これでも2/3くらいに減らしたのですが・・・。 うーーん、結局、では何故私の目に涙が浮かんだのか、よくわかりません。一つ、言えるのは、近代の日本画に限っては、その情景が、私の生まれた頃の日本にまだ残っていた、ひどく懐かしいものだということでしょうか。舗装されない道、雑木林、何もない野原、泳げる川、潮の香りだけの砂浜・・・そんなものはごく当たり前に、家々のまわりのどこにでもあった時代。私自身がはっきりと記憶しているのは高度経済成長のころからですが、確かにその前にあったはずの、いえ、きっともっと前にあったはずの・・・多分2000年くらいあまり変わらずにきたはずの情景。この数十年で日本人が失ってしまったもの、そして、失ったことにすら気づかないでいるもの。・・・そんなものを感じるからではないかと思うのです。ちょっと感傷的になりすぎですかね(^^;
<データ> 日本橋三越7階ギャラリー
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