| ■更新記録 2005/2/13 唐招提寺展 2002/11/9 奈良博平常展 2002/11/7 平成14年正倉院展 |
■唐招提寺展 国宝 鑑真和上像と盧舎那仏場所 東京国立博物館 ■久々に足を向けた東京国立博物館。 平成館の入り口は、やはり回転扉がはずされて通常の自動ドアになっていた。
■広い展示室に入る。 光背と蓮台のせいなのは瞬間的にわかった。 それなら、今日は、素のこの像と向き合ってみよう。 それからふたたび正面へ。 そんなことを感じ終えた時、闘うまでもなく、 この室には他に、180センチを超える梵天・帝釈天像と四天王像が、
■もうひとつの目玉は、鑑真和上像。 まず障壁画。 ただ・・・ 20年以上前、青一色だと思ったその絵は、 もう一作、おぼろにけぶる山間を描いた「山雲」とともに、
■鑑真の故郷の風景という、墨一色の「揚州薫風」に囲まれて、 私たちには、この方の声を聞くことは、できない。 不可思議な感興とともに、会場をあとにした。
■平成館の一階に「親と子のギャラリー 仏像のひみつ」という展示があった。
■データ |
■奈良博平常展場所 奈良国立博物館 正倉院展のついでに本館の展示も見てきました。 新館側入口を入るとすぐに、見上げるような二体の憂いを帯びた表情の像に迎えられます。 比較して左側の伝救脱菩薩立像は白い顔料がはっきりと残るなめらかな表情。 ところで、頭部が奈良時代のもので体部が鎌倉時代の補作であることについて。 鎌倉時代に損壊したこれらの像を悲しんで補作した人の心はそのまま大切にするとして、だからといって違和感がないなどと、ただ誉め上げることは、できない相談です。 そこから左にまわるとガンダーラ、中国、韓国の諸仏の展示です。 そうこうするうちに檀像登場。 これは東大寺法華堂に伝来した、来歴・当初の尊名ともに謎の多い仏像です。 このあたりを境に今度は、あれれ?びっくり、小金銅仏が登場します。 椰子の葉の様なびろんと派手やかな宝冠を頂く神野寺(こうやじ・奈良)の菩薩半跏像、聖武天皇の念持仏と伝えられる衣紋の華やかな菩薩半跏像、あとメモでは大阪・金剛寺、同・観心寺、奈良・法起寺、同・法隆寺のものなど、関東にいたらなかなかお目にかかれないすぐれものが並んでいます。 像高わずかに12.7センチ。 像容はおとなしく単純です。 と言って細部に目をやれば、両の足許に優しくたわむ衣の豊かさ、膝前で鎬立つ天衣のとらえ処のなさ、可憐な二の腕、貝あわせの掌、指の腹でちょいとつまんで持ち歩くに都合の良さげなふたつのもとどり・・・いずれの心配りも尋常ではないのです。 さて、ここで既に私の仏像貯水池(なんですか?それ(爆))は満タンで、あとに続く平安・鎌倉の諸仏は見て回るのが精一杯。 最後に中央の大きな展示室ですが、解体修理中の唐招提寺から薬師如来が来ているのはいいとして、興福寺から十大弟子像二体と八部衆一体が来ているのはどうしてなんだか(^^;。 そんなこんなで、奈良博平常展、決して侮っていたわけではありませんが、こちらのキャパシティを遥かに越えた大容量の展示でした(^^)。 ■データ 奈良国立博物館 奈良博平常展会期(2002年) |
■平成14年正倉院展場所 奈良国立博物館 日帰り正倉院展なので、無理・無茶はしないよう心にきめていた今年、そのお陰で他に訪ねる場所も興福寺と寿宝寺だけに絞っていたので、逆に98年以来久しぶりにゆっくり展示をみてまわれました・・・ちょっと皮肉(笑)。 この正倉院展、毎年ひらかれる国内の展覧会のうち、展示品の地味さでは他に敵無しなんじゃないかと思いますが(笑)、そこは1200年の伝世の凄みか、毎年相当な人出です。 しかし最初の一巡では宝物の真の魅力がなかなかわからないのが悩みのたね。 展示室に入って最初に見ることになるのが、1御冠残欠(おんかんむりざんけつ)。 それから玉類。 同じ冠でも6漆冠オケ(うるしのかんむりおけ・オケの字は筍という字の下が司です)は全然違った意味でギョッとします。 極めつけは中に納められた18頭ぶんの冠残欠! 11紫檀槽琵琶・12桑木ゲンカン(ゲンはこざとへんに元、カンは感の上半分) 22師子児布サン(サンは杉がころもへん)・23緋あしぎぬのしとうず 25未造了沈香木画筆管(みぞうりょうじんこうもくがのふでのかん) 45双六筒(すごろくのつつ) 46投壺(とうこ)・47投壺矢(とうこのや) そして壺のほう。 以上、気になったものだけ書いてみました。 ところで毎年すっ飛ばし、今年もざっと見ただけの文書類ですが、私は正倉院文書の文字は大好きです。 ■データ 奈良国立博物館 平成14年正倉院展会期 |