
「・・・見合いですか?」 そう言って怪訝そうに聞く者の名は広井 孝一。 「いや〜、今度うちの会社が田舎の方にまで手を伸ばすことになっただろ?その企画で進出する際にあっちの会社と取り引きする、その相手側がね〜契約は是非させてもらいますが・・・娘の見合いを〜なんて言うからさ、それで契約ができれば安いモンだろ?そんな訳で会社のための礎になってくれぇい!」 孝一の上司、加藤 弘(かとう ひろし)はそう言って笑い飛ばすと相手側から渡されたと思われる、見合い写真を押しつける。 「しっ、しかし私にも予定と言う物があります。確かにそれで済むのなら安いものですが予定まで崩されるとなると・・・」 「いやいや、だいじょーーぶ!お前、来週から三日間有休取ってたよな。」 「はぁ・・・」 加藤の勢いに成す術なく、流れに流されるままに曖昧な返事をする。 「それで、その有休はなにに使うんだっけ?」 「はぁ・・・旅にでも出て、疲れを癒してこようかと・・・」 「そうだっ!お前は確かにそう言っていた。で勿論、行き先は決まってるよなぁ!」 「まぁ、その位は・・・書類などにも書かなければなりませんし」 そこまで聞くと、加藤は怪しく笑い。 「俺が何故お前を見合い相手に選んだか解るか?」 「・・・・さぁ、わかりません。」 「その行き先がな、見合い相手の居る所なんだよ」 孝一は嫌そうに頭を抱え、長いため息をついた。 「はぁ〜・・・参ったな。いくら旅先の予定をたててないからと言ってなぁ・・・」 周りから一目で分かるほどの暗い雰囲気を出しながら、自分のデスクに戻る。 「だ〜いじょうぶかぁ?・・人の休みにまで手を入れるなんてちょっとやりすぎだよなぁー」 同僚の永井 大輝(ながい たいき)が声をかけてくる。 「ふぅ・・・まぁ、断ったら断ったらで後が大変だからな・・・断り切れないよ。」 「いやー俺じゃなくて良かったよ。大変だな、それにしてもな」 「結局、俺は貧乏くじを引いたって訳か・・全く」 デスクに見合い写真を置くと、孝一は思いっ切り椅子に持たれかかる。 「ははっ、そう言う事にもならないかもしれんぜ?その見合い相手さんが美人だったら俺が代わって欲しいくらいだからな。まっ・・・そんな契約の際に突きつける見合いの相手じゃ大したことはないと思うがね〜〜」 「はぁ〜・・・出きることなら相手が美人でお前に変わって欲しいモンだよ・・・・」 一応なんの期待もせず、デスクに置いた写真をおもむろに開くと・・・そこには美人と呼ばれるに相応しい容姿の女性が写っていた。 「・・・・美人だな」 「・・・・そうだな」 二人とも言葉なくその写真に見入る。 が、その時間は彼女の突然の出現に動き始める。 「ハイッ、そこっ!!二人とも悦ってないで、仕事をする!仕事!!」 名前は神藤 綾乃(しんどう あやの)。 彼女も彼らと同じ同僚で、同じ会社で仕事をする仲間である。 「むぅ・・・・写真の令嬢さんとはえらい違いだな・・・」 「・・・大輝、そんな事は言わない方が良いと思うぞ?」 コソコソと悪態をつく大輝、だがその微力の抵抗が彼女の耳には届いていた。 「永井く〜ん、私って美人だよねぇ?」 大輝の近くまで近づくと、綾乃は表面は笑顔をみせるが、裏では得も知れぬ迫力で迫る。 「ハイ!誰よりも美人です!!」 「嬉しいわ、そんな風に言ってもらえるなんて〜」 一応満足したのか、自分のデスクに戻り仕事に励む。 「・・・ところで大輝。お前、見合い相手を美人って言ったよな」 「えっ?あぁ、まぁ・・・なぁ。」 「俺の代わりに行くか?この見合い?」 「・・・・・・ヤダ。」 そこら中で聞こえる蝉達の鳴き声。 儚い命を燃やし尽くそうと感じられるほど騒ぎ立てていて、夏の象徴と感じられる一つだ。 片方ではミーンミーンなど聞こえ、片方ではジージーと鳴り響く。 「んー・・・気分が良いもんだなぁ〜こう言うところに来ると・・・」 夏の強い日射しに当てられながら、そっと太陽に微笑む。 すでにこっちに来てから一日が経っている。 有休は三日間取ったので残るは後二日しかないのだが・・・上司による見合いで最終日の予定は丸つぶれなのだが。 昨日はガイドブックなどにのっている名所を回って過ごしたので、今日は孝一の趣味のどことなく歩き回るをしようと旅館からアテもなく歩き回る。 しかし、アテもなく歩き回ると言っても最低限の目的地は決める。 今回は自然を感じられる、川の方にへと向かって歩く。 「・・・・・・むぅ、道が解らない」 川へと向かうことを決めた孝一だったが、道路を通り川へ行こうとするのだが道が途中で川から逸れたり、川への道がない。 先程から随分と粘ってみた物の一向に山のふもとの川にたどり着く気配がない。というより同じ様なところをグルグル回ったり、今自分がどこにいるかさえ解らなくなってきた。 「使いたくないんだけどな・・・出来るだけ自分の足を使って歩き回りたいのだが・・・どこにいるかさえも解らないんじゃ仕方ないか・・・」 先程から行こうとしている川にたどり着けない、その他愛のない執念が孝一にタクシーを使って移動させることを決意させる。 少し道の開けた場所に出ると、運がいいのかタクシーがこっちへ向かって走ってくる。 「おぉ!都会じゃないから、なかなか見つからないと思ってたんだが・・・いやいや助かるなぁ〜〜」 手を挙げ、タクシーを止め素早く乗り込もうとするが・・・ 中に人が乗っていたのだ。 「あっ・・・貸走ですよね・・?」 「いや〜確かにそうなんだけどね、その乗っている姉さんが乗せてやれって言うもんで・・・」 運転手がそう言って、指で既に乗っている客を指さす。 「よろしいんですか?あなたの予定は・・・・あっ!」 孝一は中に乗っている人を見て驚いた、こんな田舎に自分の知り合いなど居ないはずなのに中に居たのは見覚えのある女性だった。 そう、あの見合い相手。 「私がどうかしましたか?」 そんな孝一の様子を怪訝に思ったのか、毅然とした態度で答える。 「・・あっ、そうですよね。こんな知らない人に相乗りをしても良いというのですから変ですよね?」 「あっ・・・いえそう言うわけでは・・・」 彼女は知らないのだろうか、孝一の顔を見てもなにかに気づいた様子はない。 「でっ、どうすんだい兄さん。相乗りするかい?しないかい?」 「そうですね・・・では相乗りさせて頂けますか?」 こんな田舎町では次にタクシーに出会うなど実にうすい可能性だろう。相手が良いと言っているのだし、好意を無下にすると言うわけにもいかない。 タクシーに乗り込むと運転手が目的地を聞いてくる。 「で、あんたはどこに行きたいんだい?まさかその姉さんと同じようにその辺をグルグル回ってくれなんて言い出すんじゃねぇだろうな?」 「えっ?では・・・」 「私の事ならお気になさらないで下さい。ただ・・時間を潰していたいだけですから・・・どうぞ、お好きな所に行って下さい。」 それだけ言うと、彼女は席の端により孝一の座る席を広くさせている。 「そうですか・・・では、あの山のふもと辺りにある川に行ってもらえませんか?」 「あんたも珍しいことを言うねぇ〜、タクシーで川に行きたいなんて」 「いやー、本当は歩いて行こうとしたんだけど、道に迷っちゃってどうしても川に行けないんですよ」 「ハハッ、そりゃそうさ。あの川はこちら側からは道がないんだよ、あの川に行くにはこっからじゃ回り道になるんだ。そんなことも知らないとは・・あんた旅行者かい?」 「そうは見えませんか?」 「あんたの顔が旅行者っぽくなかったんで、解らなかったよ」 そこまで会話すると運転手はアクセルを踏み、加速させていく。 「ふぅ・・・まさかこっちから川に行けないなんてな・・・思いもしなかったよ」 「ふふっ、いつまでも迷わなくて済みましたね」 隣からかすかな笑い声が聞こえてくる。 腰にまで届くかという黒髪、整った顔立ち、優雅な振る舞い、そして着物姿で居る彼女は美人と言うには相応しい姿だった。 彼女の体を何かにたとえれば日本人形のような体の線。 「はぁ、全くその通りでした。貴女はここの人なのですか?」 そんな事は見合いの情報で知っているのにも関わらず聞いてみる。 そしてその答えが見合いの相手と同じならば彼女・・湖東 桔梗(ことう ききょう)は何故孝一のことを知らないのか?相手側にも自分の事は伝わっているはずなのに・・などと言うほんの些細な好奇心からその辺を探ってみることにしたのだ。 「はい、ずっと昔からここで過ごしてきました・・色々と思い出深い街です・・」 「あっ、申し遅れました私は広井 孝一と申します。東京からやってきました」 「私は湖東 桔梗と言います。」 そう言って頭を下げる。 それにしても孝一の名を出しても桔梗は話している相手が見合いの相手だと言う事に気づいた様子はない。 こうなると見合いの相手などに興味なんかないと言う事になるのだろうか・・・? 「それにしても孝一さんはこちらになにをしに来られたのですか?」 孝一の懸念など気にする様子などなく、話を振ってくる。 「・・いや〜、私は景色を見るのが好きでして・・景色の良い所で仕事の疲れをとる感じですかね。」 「はぁ・・・景色でですか?」 孝一の答えに不満なのか、桔梗は良く解らないと言った言葉で返す。 「正確に言うと景色を見ながら物思いに耽るというのが趣味なんですよ、そう言う事をすると色々な考えが浮かんできます。そしてその考えに自分を写しだし心の世界を広げると言うのが楽しい物なんですよ。」 「良く解りません・・・東京の人はそう言う事をするのが流行なのですか?」 「いえ、そう言うわけではないですよ。そんな事をしているのは一部の人ぐらいでしょうね・・・都会の人は忙しない人ばかりなので。」 「貴方も都会の人では?」 「そう言えばそうでしたよ。ハハハハハ」 そんな会話をしているとタクシーは川へと着く。 「さっ、ついたぜ。メーターは姉さんが乗り始めた頃から回ってるから・・・むっ・・どうするべきか・・・」 「あっ、運転手さん。それなら私もここで降ろさせてもらいますので・・・おいくらですか?」 手際よく桔梗は料金を払うと、孝一と共にタクシーから降りる。 「湖東さん、私もここまで相乗りさせてもらいましたので今の代金は私が払います。」 「いいんですよ・・気になさらないで下さい。私はもとよりどこに行くわけでもなかったのですから・・・」 「いえ、しかし・・・・」 「それならば、私に教えてもらえませんか?・・・貴方の言っていたその・・景色を見て色々な事を考えるというのを・・」 胸元に手を当て、孝一に微笑みかける。 「はっ・・・はぁ・・そんな大層な物ではないんですが・・・」 「いえ、私は初めて聞きました。ですから教えて下さい。」 もう一度桔梗は胸元に手を当て、孝一に微笑みかけた。 「そう言えば・・・貴女はどうしてタクシーに乗って街をグルグルと回っていたんですか?」 川に降り歩きながら孝一は先程の行動について聞いてみる。 「・・・・父が最近になってから私に見合いをさせるんです、別に好きでもない会ったことも無いような人に無理矢理一日付き合わせて・・・・一回や二回程度ならば良いのですが、毎日のようになって・・最近では相手方に悪いとは思うのですが見合い相手のことなど聞く気も起きません」 そこで孝一は桔梗が何故、自分の事を、見合い相手の事を知らないのかが解った。 「はぁ、成る程。つまり無理矢理見合いを強要する親に対しての気持ちがグルグル回るタクシーに乗る気にさせたというわけですね。」 孝一は話しながら周りにはえている葦を一本引き抜く。 「しかしそれは、親が貴女のことを色々と心配していると言う事じゃないんですか?」 「・・・それは解らないでもないと解っているのですが・・・・ですけど、自分が愛する人ぐらいは自分で見つけたいのです。」 「それだけでは納得しないと言うのが親という物です。そう言うのなら自分で愛する人を見つけなければ・・・」 葦に生えている葉を四本引く抜くと、それらを捻っていくつかの輪を作る。 「私が本当に愛して見たいと言う男性はいました・・・」 「それならばその男性を親に紹介すれば事足りるのでは?それならきっと貴女の父も解ってもらえると思いますが・・・」 「・・・その人は会社の仕事で海外に出張していったんです。三年前・・・私をここに置いて・・・あの時、私はその人にどこまでもついていく気でした。ですけどあの人は私になにも言わずに海外へ行ったんです・・」 いつの間にか悲しげな声で話すようになる桔梗。 「プロポーズさえしてもらえれば。と言う事ですか?」 「そうですね。・・あの頃私はずっと夢見ていたんです、その人との今後の生活、これから自分が歩む道・・・そんな未来の事をこの目でずっと思い描いていました、そしてそれを信じて疑わなかった・・・ですがあの人は私の事を本当に愛してくれていたのか・・自分が見ていた夢は有り得ない夢でしかないと・・・」 川を歩く歩を止め、無数にある小石をうつむきながら見つめる。 その時孝一は先程の捻った四本の葦の葉を四方向に一本ずつ広げ、重なる中心に安全ピンの様な針を刺し、それを葦の茎の先端部分に差し込んだ。 「かざぐるま・・・なんて言って子供の頃作って遊んでみたりしませんでしたか?・・・我々の目は未来を夢見る物ではありません、過去と現在を見つめる為だけにあるんですよ。目で未来を見たとしてもそれは全て有り得ない物ですよ」 葦の茎の先端に風車のような葉の羽、夏の風に吹かれくるりくるりとゆっくり回る羽・・それを悲しみにくれる桔梗に見せる。 「・・・ふふっ・・・それも貴方が言っていた考える事の一つですか?・・私・・初めて会った男の人とこんな風に話せたのは初めてです・・」 桔梗はその葦のかざぐるまを受け取ると、無邪気に笑いそう言った。 「この川、この森、この風、この音、そして虫達は我々の様に未来など見たりしてはいません、ただ現在を生き続けるのみです。・・・しかしそれがまた生命という物を感じさせてくれる物だと思います。」 川を挟むように広がる木々、その木々に眠る様にるりたてはがとまり、そこに吹き行く一陣の風と共に流れる音。そしてそれらを楽しむかの様に踊る川とんぼやはぐろとんぼ、呼応するかの様に騒ぎ立てる蝉達・・・・ 「現在を生きる・・ですか?」 「起こること全てを受け入れ、ただその場を生きるために。彼らはなにも未来など見てはいない・・・それは私達より劣る部分であり、勝る部分と言う事です。」 二人は適当な石に腰掛け、流れ行く時間を成すがままに過ごす。 その時、桔梗の着物の腕の部分にそっと近づいてとまる川とんぼ。 「・・・キャッ・・・・・・・・」 最初は驚いた物の裾にとまったとんぼを優しく見守る。 するととんぼはまた風に流されるかのように飛んでいく。 「・・・現在のみを生きるていく・・・ですか・・・」 「えぇ・・・どうですか?そんなに悪い事でもないでしょう?」 そんな桔梗の行動をそっと見ていた孝一が聞いてみる。 「・・・実は今、私に色々と言い掛かって来る人がいるのですが・・その人は父と親しい関係で、断るに断れないところがあったのですけど・・それと父にも無理矢理な見合いを止めて貰うように・・・元気に生きる虫達を見ていたら今はしっかり言えそうな気がします・・・」 飛び去っていったとんぼを目で追いながらそう話し続ける。 「すみません、私は一度家に帰ろうと思います・・・」 「えぇ・・・頑張って下さいね。貴女が嫌というなら、見合いなど止めて下さいと言ってやって下さい。」 優雅な振る舞いで腰掛けていた石から桔梗は立ち上がると、孝一に会釈をすると路上に戻っていく。 「さて・・・まだその辺を歩くとするかな・・・」 そう言ってまた上流の方へと歩き出そうとした孝一は誰かに見られている様な視線を感じ、周りを見てみるが誰も居ない事を確認すると、少し懸念に思いながらも歩き出す。 穏やかな風に当たりながら散歩をする・・・それが孝一が有休を取ってまで求めていた物、そんな風に歩いていくと木で出来た階段がありそれはちょっとした高台にある休憩所と言ったところか建物が建っていた。 「あの店から見える景色はなかなか良さそうだなぁ・・・・良しっ、あそこで一休みといくか・・・」 その高台にある建物は木で出来たログハウスの様で、ある程度の飲食を用意出きるようになっている。この川を散策する人たちを狙ってのことだろう。 孝一はその店の中に入ると店内はそれほど広くなく、客用のテーブルが二つ。それほど人も入ってこないのだろう。実際、中には一人も客はいなかった。 「・・いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」 入ると同時にカウンターから男の声がかかる。孝一はその男の言う通りに景色の良い窓際のテーブルに向かう。 「うわぁ・・・綺麗な景色だなぁ・・・・この辺の景色が全て掴めるようだ・・・」 窓際の席に座り、そこから景色を見渡すと広がる一面の川に挟まれた陽光を浴び輝く木々、それがまたとなく美しい情景を感じさせていた。この川の大体が見れるようで、先程孝一と桔梗が歩いていた辺りまでもしっかりと見える。 「ご注文は決まりましたか?」 先程カウンターにいた男が孝一の座ったテーブルに近づきそう聞く。 「あっ・・・・じゃぁ、コーヒーを」 適当な物を頼むと男は軽く会釈してカウンターへと戻っていく。 店長らしき男はどこにでもいるような中年ではなく、二十五、六といったメガネをかけた若い男だった。 こんなに若い人が何故こんな所で店のマスターを・・と疑問に思いながらまた窓に視線を寄せる。 「・・お待たせしました」 湯気の立つコーヒーカップをテーブルにそっと置くと孝一は男に声をかける。 「いやぁ、素晴らしい景色ですね。楽しそうですね〜ここに住むと。」 「えぇ、確かに素晴らしい景色です、毎日見ていても飽きませんよ」 コーヒーカップを持っていた手を後ろで組んで直立しながら、店長らしき男は言う。 「そう言えば先程、貴方は川の浅瀬でもう一人の女性と話していたでしょう?」 「えっ・・・あぁ、ここから見ていたんですか?」 「えぇ、ちょっと見えてしまったので・・・彼女は昔からの知り合いなのですが、こんな所にいるのが珍しい物で・・」 「貴方は湖東さんと知り合いなのですか? 「・・はい、知り合いと言えば知り合いです。そして彼女に振られた男ですよ」 男はメガネをいったん外し、レンズをかけていたエプロンで拭くとかけ直しながら孝一に質問する 「彼女、美人だったでしょう?貴方はどう思いました?」 「えっ、あぁ、美人でしたね・・・日本的な印象で、そして優雅。確かに綺麗でしたよ。」 孝一が桔梗のことを思い出しながらその質問に答える。 「ハハッ・・・アイツは何時だって周りの男共をそう想わせてしまう。アイツを一目見たら皆、虜になる。自分ではなにも気づかないが、何時だってアイツは男を惑わせる。男を悲しませるためにいる様なほどに美しい」 頭に手を当て、自嘲するかのように自分を嘲り笑う。 「ですが、そんな湖東さんをここに置いていって海外へ行ったという男がいるらしいじゃないですか。彼は湖東さんをどう思っていたんでしょう?」 「あぁ・・海斗のことですか。アイツも彼女の魅力から逃れられたわけじゃない、ただアイツは臆病で弱気でなにも言えなかっただけの男ですよ。しかし彼女は海斗を愛し、海斗は桔梗を愛してた・・・・」 男はその海斗(かいと)という奴に桔梗を取られたと言う過去を蒸し返し、それを怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく話す。孝一も男の話しぶりからある程度の事情を察する。 「では・・湖東さんは色々と辛い想いをしているのではないですか?愛した男が海外へ行っていつ帰ってくるかも知れずに健気に待っているのですから。それに、見合いや言い寄ってくる男達もいると・・・」 「そうだな・・彼女は確かに海斗の帰りを健気に待ち続けてる。だけどもう三年だ・・三年もずっと待ち続けているんだ・・桔梗はまだ海斗のことを愛せているんだろうか・・」 幸せになって欲しいと願う。そんな振られた男の心境が良く出ている。 「そう言えば帰り際に言ってましたよ。見合いなどを止めてもらえるよう頼んでみると・・ですからきっとまだ・・」 「そうか・・・だが見合いを止めてもらえるわけないだろうな。桔梗はここの地域で一番の力を持つ会社の令嬢なんだよ・・・桔梗が自分の意志を持って止めてと言ってもそんな個人の問題じゃない。会社の後釜・・後継者を作らなければならない、だから優秀な奴を捜す・・・・桔梗の父から見れば後継者を捜しだ。だからこれからも続けて行くんだろう、辛い想いをしながら待ち続けると言う事を」 自分じゃなにもできない、桔梗を慰めてやることさえも。悔しさに満ちた感情をどこかで抑えながらも自分を嘲る。なにもできない自分を。 「そんな辛い思いをしながら待たなきゃいけないのならいっそ・・・桔梗を魅了してやまない見合い相手が現れて、海斗の事を忘れて欲しい・・・」 見合い相手の所で孝一は自分も桔梗の見合いの相手だと言う事を思い出す。 「俺は桔梗が幸せになって欲しい、それだけなんだよ・・」 高台にある店を出ると、孝一は川の散策を止めて一旦路上に戻り、その近くを散歩しながら旅館に戻ろうとして路上に上がる時・・ 「・・・・?」 視線を感じ、周囲を見るが誰もいない。 高台の店のマスターが見ているのだろうかと思い、また歩き始めた。 次の日、孝一は見合いに出席するために旅館から出る。 ハッキリ言って相手があんなに嫌がっている見合いに出る気などさらさらないのだが、それだと会社の契約が失敗に終わってしまうの相手側の事情を知っていることだし、適当に過ごすとする。もし自分が彼女になにかできる事が他にあれば全力で力になってやりたい。 見合いは2時にこの旅館から1時間弱ぐらいでつく旅館にて行われるのだが、今はまだ10時を過ぎたところだ。 何故そんなに早い時間に出るかと言えば、その辺を散歩して彼女の境遇やその周りの人たちの気持ちを整理して自分の行動をしっかりと決めようと思ったからだ。 「・・・・・・」 そんな気持ちを抱き旅館からでた孝一だったが、またも昨日と同じ様な視線を感じる。 周りには旅館の前だけあるのか、人が大勢とまではいかないとしても誰がそんな視線を出しているのか判別などつかない。 奇妙に思った孝一はその視線の正体を暴こうと、もう少し人気のいない場所へ誘き寄せることにした。勘違いだったら途中でそんな視線は感じなくなるだろう。頭の中でこの辺に周りが見渡せるような所を思い出し、そこは昨日も行った山のふもとの川だった。 「・・・あっ、湖東さんではないですか。どうしたんですかこんな所で?」 姿のない視線を背中で感じながらふもとの川にまで行くと、そこには今日の見合い相手の桔梗がいた。視線の主はまだ姿を現していない。 「お早うございます孝一さん。ちょっと考え事を・・・」 軽く会釈をし、顔を上げるがその顔はどこか浮かない顔だった。 「考え事ですか・・・もしかして見合いの件ですか?」 「はい、昨日思い切って父に言ってみたのですが・・いつもと同じ解答で、それでも言っていたのですが・・・駄目でした。それで今日、お見合いをしろと・・・だから私は家を飛び出してきてそれでここに・・それにもしかしたら孝一さんに会えると思って。」 はにかんだ笑顔をむけると、孝一はなにか照れくさくなってハハッと乾いた声で頭を掻きながら、昨日となんら変わりのない話し方からまだ見合い相手の事を調べていないのだろうと察する。 「私に会いたいと思われているなんて・・光栄ですね。それにしても見合いの・・」 そこまで言いかけた時、感じていた視線が主が姿を表す。 「桔梗さん・・・そんな、そんな男に会いたいだなんて!僕にそんな事一度も言ってくれた事がないのにぃッ!」 ヒステリー気味に叫んでいる男は心底、桔梗の虜になっているようで凄まじい嫉妬心が孝一にへとむき出しになっている。 「・・・もしかして、あの方が湖東さんが言っていた男の事ですか?」 「はい、知り合った時からあんな風に私に言い掛かって来るんです。」 「しかし、それも今日までですよね?」 孝一は昨日桔梗が言っていた事を実行に移すように促す。それを察しコクンと頷くとヒステリーな男に向き直り 「私が誰と会おうと貴方には関係の無い事です。いい加減、私の事など放って置いて下さい。」 強気な態度で言葉をかける。 「えっ、そんな・・・僕がどんなに貴女の事を心配しているか解っているんですか?そんな妙な男なんかと一緒に居ると・・・」 「それを迷惑と言っているのです。」 男の方がこんなにまであからさまに拒絶された事はなかったのだろう、絶望の顔色になって目を丸くしている。が、それも一変して孝一への怒りへと変わる。 「その男がいけないんだ・・・そこに居る男が桔梗さんになにか吹き込んだから・・お前がいけないんだ。お前が、お前がいけないんだァァァッッ!!」 拒絶されたのは自分のせいではないと言う意識から必然的に孝一に怒りを向け、凄まじい形相で襲いかかってくる。 「えっ?ええっ?ちょっっ・・・」 そんな事になるとは考えてなかったのか、孝一はうろたえながらもとりあえず猛然と逃げる事に決める。 「なんで私が・・・こんな事は苦手なのに・・・・」 嫉妬の心から醜い怒りと共に凄い勢いで男は逃げる孝一を追いかける。孝一は護身術や格闘技など一切習っていないため、こう言う事になる前に話し合いで解決する方なのだが今の男にはそんな話し合いなど一切通用しそうにない。逃げる方向を川からそれを挟んでいる森へと変える。 森の中は足場が悪く、踏ん張りが効かない上、木の根などがそこら中に露出している。冷静な孝一はそれらを避けながらも逃げて行くが、冷静さのない男は追いかけていくうちに露出した根に足を取られ、更に全速力で走っていたために派手に転倒する。 「ふー・・・体力が尽きる前に転んでくれて助かった・・・・・・それではお大事に。」 転んだ男は意識は失っていない物の、複雑な根や転がっている石などに体を当て体中を痛めている様で、もう孝一を追いかけることは出来ないだろう。孝一はそんな男に一声かけると桔梗のもとへと戻る。 「あっ、孝一さん。大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?」 森から川に出ると、着物で遅足ながらも後を追いかけてきた桔梗が声をかける。 「えぇ、私は大丈夫ですよ。ズボンが多少汚れてしまいましたがね。それと・・あの男はもう少しすれば自分で起きあがって来るでしょう。」 「すみません・・・私があんな事を言ってしまったために・・」 「いえいえ、これで彼も貴女の事を諦めることでしょう。これで海外へ行った恋人を安心して待っていられると言う物ですよ。」 パンパンと泥で汚れたズボンを払いながら、心配してくれた桔梗に感謝の礼をこめる。 「そうなのですが・・しかし父はお見合いをするのを止めてはくれません・・・最近私は辛いです、海斗さんが帰ってきてくれる事を願いながらお見合いを断り、待ち続けるのは・・・」 「しかし三年間も彼・・・その海斗さんを待ち続けてきたのでしょう?ここまできたのなら・・・」 「それでも海斗さんはいつ帰ってくるかは解りません。」 寂しげな目でそう言うと、桔梗は周りの草花を軽く撫で始める。 「子供の頃を思い出します・・・ここで良く父と母で遊びました。父はそこの川で釣りをしている時に私と母は草木を使って首飾りや指輪、船などを作ったり・・昨日孝一さんが私に作ってくれたかざぐるまも作りましたよ。」 葦の葉を四枚取ると、それらを折りそれぞれを組み合わせて真ん中に茎を通す。 「葦を使った水車を作るのが一番得意だったんですよ。」 作った水車を通した茎の部分を持って羽を川の水に当てると、羽はくるくると回り始める。 「そんな風に・・家族と楽しく遊んでいたんです。けど今は父とはお見合いの事で仲はギクシャクとした物になってしまって。またあの時の様に遊びたいだけなのに・・海斗さんを待ち続ける事でそれも叶わない事になってしまった・・それが辛いんです。」 川の流れにくるくる回り続ける水車・・それは克明に時の流れを表している。 「今日・・・見合いがあると言っていましたよね・・」 そんな水車の回る様子を見ていた孝一が口を開く。 「はい・・ですけど今はどうすればいいのか解りません・・・相手の方がどんな方なのかも知りませんし、知りたいとも思いません・・・」 「・・・・そんなに深く考える事もないんじゃないですか?」 「えっ・・どう言う事ですか?」 水車を回すのを止めて、立ち上がって孝一に向き直る。 「いつまでも貴女を置いていった人を気にすることなど無いと言う事です。見合いに出ろと言うなら出て、相手が嫌なら断り、良い人ならば無理に断らず付き合えばいい。・・海斗さんより良い人が表れなかったらただそのまま時の流れに任せ、良い人が表れたのなら海斗さんの事など気にせずに付き合ってしまえばいい。」 「しかし・・・私は・・・」 「貴女はもう十分、彼への義理は果たしました。これ以上彼に束縛される事などありませんよ。」 「・・・でも私は彼を・・・」 桔梗は今の言葉で自分の考えが崩され、戸惑う。 「現在を生きろ・・・そんな虫達がここには沢山居ますよ?」 その言葉で桔梗は昨日の川とんぼの事を思い出す。 あのおかげで昨日は強い意志を持って今まで一度も反抗したことのない父に文句をつけられた。そして今も自分の意志を持てるようになる。 「・・・まだお見合いの時間には十分間に合います。家へ戻ってお見合い相手の事を聞き、会ってみたいと思います。・・・そして相手を愛せるかどうか、見極めてみたいと思います。」 「是非、そうして下さい。そしてこれからも・・・・」 「本当にありがとうございました。貴方に逢えて・・・心から良かったと思います。」 深々と孝一に会釈すると、惑いの晴れた足取りで戻っていく。 孝一はその見合い相手が自分だと言う事に妙な気分を味わいながらも、これから彼女のはかりにかけられそして彼女に愛される資格があるか。それを確かめられに見合い会場に赴く事になるが・・ 「・・・・視線の正体は貴方でしたか。出てきたらどうですか?海斗さん。」 桔梗が路上に上がり、姿が見えなくなってから孝一は視線の正体に話しかける。 「・・・・解っていたんですか?私が貴方をつけていたことを。」 視線の正体、佐原 海斗(さはら かいと)は路上に姿を表すとそこから川へと降りてくる。 「昨日からでしたよね、つけていたのは。まぁ、確信は全然なかったので不安だったのですが・・あの高台の店の店長さんですか?彼が貴方に桔梗さんが海斗さん事を待っていると言う連絡を先週辺りしたと聞いた物で・・・もしかしたらと。」 そう言って孝一は小さな花が咲いた草を一本引き抜く。 「そうですか・・・・実際、桔梗があそこまで苦しんでいるとは香山の連絡が来るまで少しも気づきませんでした・・・」 「ところで会えたら一度聞きたいと思っていたのですが、何故貴方は三年前海外出張の際彼女を置いていったのですか?」 花の雌しべを抜き、その間から長細い茎を入れて通しそれを何度か繰り返す。 「・・・あの時、私は桔梗にプロポーズなど出来る立場じゃ無かったんです。私はそんなに大した事のないただの社員、それに対して彼女は令嬢。・・・・だから私は一人で海外へ行き、あちらで成功を収め今では支店ぐらいを任されるようになりました。」 「はぁ、成る程。彼女に告白するのには立場が違いすぎると。」 「しかし私は今では異例の出世をして支店長です。」 海斗はそれを誇るかのように胸を張り、力強く答えた。 「それは彼女への愛故ですか?」 「愛?・・・・それ以外になにがあるというのですか?彼女が居なければ私は寝食を惜しむような努力などしてはいません。」 そんな自分に自信を持っている海斗の様子を見て、孝一はどこがこの人の弱気だというのだろう?少なくとも彼女に対する事では強気だ。彼は立場の違いを悩み、解消して堂々とプロポーズするためにあえて桔梗をここに置いていったのだ。 「しかし湖東さんはそんな立場の違いなど気にしてはいませんでしたよ。・・・彼女が欲しかったのは愛とそれを証明する指輪です。」 「・・・恥ずかしいことだが、あの頃の私は愛は有ったが、証明する指輪を買う資金など無かった。だから・・・」 「いえ、彼女が欲しかったのは大層な指輪なんかじゃありません・・・・想い出のある指輪ですよ。」 今まで作っていた物を海斗に見せる。小さな花がついている草で輪を作った指輪。 子供の頃に戯れで作ったような指輪。今、孝一が手にしている物はそれだった。 「・・・あの時も現在も私は桔梗のそんな気持ちには気づきませんでした・・やはりそれは貴方が彼女に・・・」 そこまで言おうとしたとき、孝一は手に持った草の指輪を海斗に投げる。 それを受け取った海斗は孝一に問いかける。 「貴方は桔梗の事を愛しているのではないのですか・・・?」 「ご冗談を。私には愛する人が東京で待っているのですよ?」 孝一は笑ってそう何事もなく言い返した。そして・・・ 「彼女は貴方が来るのを待っていますよ、見合い会場で。」 「どうしたんだ・・お前が事前に自分から見合い相手の事を知りたがるなんて今までに無かった事じゃないか。」 ある旅館で親子と思われる二人が席に座り、話している。 「どういう心境の違いだ?・・・まぁ、そんな事はどうでも良いか。お前が見合いに積極的になってもらえて安心したよ。もうすぐ相手も来る頃だろう・・・」 「・・・お父様。」 もう片方の日本的な女性は優雅に口を開き、もう相手を待ちきれないと言ったほどに嬉しそうに話し始める。 「私、相手の方とは運命の赤い糸のような物で繋がれていたように思えるんです。そして生まれ変われるような気がするんです・・・相手の方を愛すことによって・・・」 |
-完−