金魚水槽内で活躍する細菌たち

〜ニトロソモナスとニトロスピラ〜


飼育水槽内で起こっている熾烈な生存競争

 水槽がポンと置かれていて、その中を数匹の金魚がゆらゆらと泳いで
いる光景――なぜだかわかりませんが、気が付いたら思わずボーっと見
入ってしまいます。いろんなシガラミのなかで生きる人間にとって、水
棲動物というのは不思議な癒し効果があるのでしょうね。
 このように金魚の水槽というのは、古刹を思わせるほどとても静穏で
す。しかし、水槽のなかでは、目に見えない無数の生物たちが自らの生
存を賭して、熾烈な争いを繰り広げているのを皆さんはご存知でしょう
か。
 このサイトは主に、マグロの切り身を使ったフィッシュレス・サイク
リング法の実践的なやり方を紹介するもので、その目標は、金魚飼育と
いうものが特別難しいものではないことを広く皆様に知ってもらうこと
です。その意味では、コラムなどに書かれている手順やテクニックを覚
えて頂くだけで大方の目的は達成されているとは思いますが、さらにそ
の背景にある事実――水槽内でどんな種類の微生物が活躍して何が行わ
れることによって水が出来てゆくのか――をある程度詳しく知ることは、
金魚飼育の楽しみを、より一層増幅するものだと考え、ここにまとめる
ことにしました。
 なお、このコラムは、長年にわたる私の忘備用のノートに書きとめら
れた内容に基づいています。できるだけ最新の知見を取り入れるよう気
を付けているつもりですが、なにぶん片手間仕事ですので(笑)、抜けや
落ちがあるかもしれません。ご承知おきください。


フィッシュレス・サイクリング法による水作りのメカニズム

スタートポイント・・・水槽にタンパク質を入れる

 水槽にはフィルタやエアーストーンが設置されていて、絶えず酸素が
送り込まれています。実をいうとこれが水槽の水槽たる所以です。酸素
が溶け込んでいない水槽は、単なる"水溜まり"であり、金魚に限らず
ほとんどの動植物は生息することができません。水槽に酸素がたっぷり
と溶け込んでいること――これがすべての大前提となります。
 さて、エアレーションのよく効いた水槽にマグロの切り身を入れたり、
金魚の餌をパラパラと撒いたとしましょう。すると、当然、金魚がそれ
に気付いて口に入れ、そして、飲み込みます。餌にはタンパク質がたく
さん含まれていて、金魚の体内でそれらが分解され、排泄物として体外
へ排出されます。また、餌の量が多すぎたりすると、金魚が食べ残した
餌が水面などを漂うことになります。

好気性従属栄養細菌の増殖

 これらの排泄物や食べ残しの餌は、すべて有機物の塊です。私たち人
間にとってはウエッとなるような代物ですが(笑)、水槽内にはこれを大
好物とする細菌がいます。それが好気性従属栄養細菌(Aerobic hetero
-trophic bacteria)です。種類はいちいちあげているとキリがないくら
い多いので、普通は十羽一からげにこうした名称で呼ばれています。

 この細菌群は、酸素が存在する環境を好むことから“好気性”(aerob
-ic; エアロビック)という修飾語がついており、代謝を行う際にはこの
酸素を大量に消費します。また、細菌が分裂活動を維持するためには細
胞の成分である炭素(C)が必須となりますが、“従属栄養”(hetero
-trophic;ヘテロトロフィック)細菌は、これを有機物から取り込みま
す。ちなみに有機物ではなく無機物(二酸化炭素)から炭素を取り込む
細菌のことは“独立栄養”(autotrophic;オートトロフィック、または、
chemolithotrophic;ケモリソトロフィック)細菌と呼ばれます。
 好気性従属栄養細菌は自然界のありとあらゆるところに棲んでいて、
餌となる有機物がないかどうか常に目を光らせています。たとえば、生
肉や刺身をトンとテーブルに置くと、数十分後には無数の菌がその表面
で活動を始めるほどです。したがって、この細菌を人工的に増殖させる
のは何の手間も要りません。酸素がたっぷりと溶け込んだ水にマグロな
どの有機物をぽちゃりと放り込んでやるだけで、すぐに繁殖を始め、刻
々とその数を激増させてゆきます。活発なもので20分に一回分裂するも
のもありますから、ある意味、おそるべき細菌群ですね。

 好気性従属栄養細菌は、有機物を分解する専門家です。タンパク質を
栄養とした場合は、まず高分子をモノマー(アミノ酸、プリン、ピリミ
ジン)の単位にばらばらに分解します。分解はさらに続き、最終的には
アンモニア(NH3)となります。ちなみに、タンパク質以外の栄養素
(脂質や炭水化物)の場合は、基本的に窒素(N)を含みませんので、
発生するのはアンモニアではなく二酸化炭素です。これは水作りにはあ
まり重要ではありません。

白濁現象

 さて、好気性従属栄養細菌によって作られたアンモニアは、その後の
水作りで無くてはならない役割を果たしますが、実際にマグロによるフ
ィッシュレス法を実践していると、必ずといっていいほど好気性従属栄
養細菌群のブルーム(異常繁殖)が起こります。白濁(cloudy water, 
milky white)です。
 白濁は特に珍しい現象ではなく、普通に金魚飼育をしているときでも、
フィルタ交換や底砂の掃除などで水槽内に定着した細菌が激減してしま
ったときや、餌をやりすぎたときによく見られます。これが起こると、
スクランブル発生!とばかりに慌ててしまう方がいらっしゃいますが、
実はとりたてて異常な状態ではありません。ライバルが誰もいない状態
で、増えるのが物凄く得意な細菌に「増えるな」といっても「増えてし
まう」のは当たり前の話で(笑)、きわめて自然な現象です。

 私の水作りにおいては、白濁はおり込み済みの現象です。「おお、順
調にアンモニアができてるな」と思っておけばよいだけで、基本的には、
何もせずに放置するのが一番です。自然の力に任せるわけですね。2、
3日程度はかかりますが、その間に硝化バクテリアなどの他の細菌の勢
力範囲が徐々に拡大されますし、小型のアメーバやゾウリムシなどの原
生動物(Protozoa)が少しずつ増えてきて従属栄養細菌を捕食し始めます。
要するに競合相手や天敵の増加によって、徐々に無秩序な力を失い、リ
ーゾナブルな数に減ったところで、白濁はぴたりとおさまります。

 しかし、放置してから1週間以上経過した時は、さすがに手を加える
必要があるでしょう。つまり、硝化菌が入り込む隙間もないくらい、従
属栄養細菌の勢力が強くなりすぎてしまった場合です。こうなってしま
うと水ができあがるのが相当遅れることが予想されますし、アンモニア
が極端に多くなりすぎた水では、自然な微生物バランスが期待できない
という問題もあります。具体的には次の措置を施すとよいでしょう。

 ・白濁の原因で一番考えられるのが、餌の与えすぎです。白濁の程度
  にもよりますが、1〜2日程度マグロを入れるのをやめてみるのが
  即効性があります。“従属栄養”の対象を召し上げてしまうわけで
  すね。さらに、物理フィルタの洗浄(あるいは交換)を行うなど、
  有機物の徹底除去に努めれば完璧です。なお、水槽中の有機物を一
  時的に除いたからといって水槽中には今まで溢れかえったアンモニ
  アがまだまだ存在しているはずですから、硝化菌の成長にはほとん
  ど影響がありません。

 ・軽い白濁でしたら水温を若干下げてやると効果がある場合がありま
  す。細菌というのは一般的に高温になればなるほど活動が激しくな
  るからです。なお、適正水温はマグロの量とも関連がありますので
  一概にはいえません。

 ・あるいはちょっとイレギュラーですが、少々水換えをしてみます。
  硝化菌が発展途上ですから1/4〜1/3程度に抑えておいたほうがいい
  でしょう。そして1日様子を見て、透明度が向上しなければ、再び
  水換えを行います。実際の話、硝化菌育成という観点からはあまり
  勧められませんが、白濁にはかなり効果があります。

 なお、白濁が起こったときはエアレーションが十二分に効いているこ
とを必ず確認してください。好気性細菌が暴発しているときに酸素を与
えるのは良くないのでは?などと考えて、エアーポンプなどを止めてし
まうと逆効果です。理由はふたつあります。ひとつは、好気性従属栄養
細菌というのは、酸素を物凄く食う生き物で、さらに、酸素の取り合い
という点からいうと、そのパワーは硝化菌の比ではありません。ですの
で、酸素量を少しでも減らしてしまうと硝化菌に回ってくる酸素がなく
なってしまう場合もある得るわけです。こうなると硝化サイクルの進展
は望み薄となります。
 また、もうひとつの理由は、好気性従属栄養細菌のなかの一部の細菌
がきわめて特徴的な機能を持っているということです。“通性好気性
細菌”(Facultative aerobic bacteria)といって、水槽中の酸素が多い
ときは好気性細菌として働きますが、消費しているうちに周囲の酸素が
少なくなってくると、嫌気性細菌(anaerobic bacteria)として機能す
るようになるものです。“嫌気性”というのは好気性の反対語で説明の
必要はありませんね。嫌気性細菌はごく一部の例外を除き、ろくでもな
い存在です(笑)。有害物質を産生したりして、せっかくの金魚の水作り
を台無しにしてしまいますので注意してください。


ついに硝化菌が活動開始(ニトロソモナス属)

 白濁の前後あたりから硝化菌が本格的に増殖を始めます。実は硝化菌
には2種類あって、ひとつはアンモニアを亜硝酸(nitrite;ナイトライ
ト)に変える硝化菌、もうひとつは亜硝酸を硝酸塩(nitrate;ナイトレ
ート)に変える硝化菌ですが、まず最初に増え始めるのは前者となりま
す。当然ですよね。好気性従属栄養細菌が作ってくれたアンモニアはた
っぷりとありますが、亜硝酸については前者がイチから作らなければい
けないからです。前者、前者といっていますが、ちゃんとした学名でい
いますと、ニトロソモナス属(Genus Nitrosomonas)の細菌です。

 ニトロソモナス属は“好気性【独立】栄養細菌”(Aerobic autotrophic 
bacteria)の部類に入り、好気性従属栄養細菌とは違って、増殖速度が
かなりとろいです。データには結構バラツキがあるのでずばりと数字を
出すのは差し控えますが、大体、半日〜1日半(平均1日)で1回分裂
をすると考えておけばいいかと思います。好気性従属栄養細菌が分オー
ダーで分裂するのに比べると、じれったいぐらい遅いわけです。
 しかし、一旦増殖を始めると、ニトロソモナス属は非常に安定した速
度でその勢力を伸ばし続け、途中で休むということを知りません。その
意味では、パッと花咲き、パッと死んで、またパッと蘇るという好気性
従属栄養細菌と比べると、粘りつくような生命力を感じます。

 ところでニトロソモナス属は、1892年にロシアのウィノグラドスキと
おっしゃる先生が始めて分離・培養に成功したバクテリアです。これと
双璧をなすぐらい有名なのが、ニトロバクター属(Genus Nirobacter)
という細菌で、こちらは、アンモニアではなく亜硝酸を餌として成長し
ていく細菌です。どちらも土壌から発見されたバクテリアで、特にニト
ロバクター属はもっぱら土壌をベースにして活動をする硝化菌であるこ
とが最近の研究で明らかになっています。

 さて、せっかくですから、ニトロソモナス属について少しお話いたし
ます。この属(genus;ジーナス)の細菌は現在のところ9種類程度の種
(species;スピーシーズ)が報告されているようです。最初に同定された
種は次のものです。

   ニトロソモナス・エウロパエア(Nitrosomonas europaea)

 この細菌は1900年直前に発表されてから約100年間、ニトロソモナス属
というとイコール、エウロパエアのことだと思われてきました。したがっ
て、金魚や熱帯魚の飼育水槽で亜硝酸を硝酸塩に変えているものも、当然
のことながらエウロパエアであると、ほぼ断定され続けてきたわけです。

 ところが、遺伝子工学の発展によって、2000年を過ぎたあたりから、一
気に新種が発見されました。ニトロソモナス属の残りの8種類は、全てそ
の時期にクープスという方たちが発見したものです。
 では、実際の話、金魚水槽で亜硝酸を硝酸塩に換えているのは、ニトロ
ソモナス属9種類のうち、いったい誰なのか?――これに対しては、2001
年9月、米国の学会に提出された論文で、ニトロソモナス属はアンモニア
濃度によって活躍する種類が異なるという重要な事実が報告されています。

 ・アンモニア濃度が低いときはニトロソモナス・マリーナ(Nitrosomo
  -nas marina)が硝化の主役

 ・アンモニア濃度が上がってくると、昔ながらのニトロソモナス・エウ
  ロパエアとニトロスピラ・テヌイス(Nitrosospira tenuis)の勢力
  が支配的

 ・アンモニア濃度がさらに上がると、ニトロソコックス・モビリス(Ni
  -trosococcus mobilis)が優勢

 通常の金魚飼育水槽のアンモニア濃度はきわめて微少ですから、ニトロ
ソモナス・マリーナが亜硝酸を硝酸塩に換えている立役者であるといえ
そうです。

そして究極の硝化菌(ニトロスピラ属)

 ニトロソモナス・マリーナがどんどん亜硝酸を作り出していくうちに、
そろそろ亜硝酸を食べるバクテリアが活動を開始します。これがさきほど
申し上げた“後者”の細菌です。既に申し上げたように、この細菌の正体
はつい最近まで、「ニトロバクター・ウィノグラドスキ(Nitrobacter Wi
-nogradski)」だと考えられてきました。つまり、水槽で活躍する硝化菌
は次の2つであるとする仮説です。

   ・ニトロソモナス・エウロパエア(アンモニア⇒亜硝酸)
   ・ニトロバクター・ウィノグラドスキ(亜硝酸⇒硝酸塩)

 ところが、最近の分離技術の進歩により、ニトロバクター属の細菌は飼
育水槽や排水処理施設ではほとんど検出されず、これまでニトロバクター
属が果たしてきたと思われてきた役割は、ニトロバクターとはまったく異
なる細菌である“ニトロスピラ属”が担っていることが数多くの研究で明
らかとなりました。

 ニトロスピラ属は1980年代にワトソンという人たちが初めて分離に成功
した新種のバクテリアですが、その代謝機能はあらかた解明されています。
まず、代謝を行うには絶対的に酸素を必要とする――という特徴です。あ
えて“絶対的に”と書いたのは、要するに酸素が溶けていない水槽では死
滅してしまうという意味ですね。その意味で、“絶対好気性”とか“偏性
好気性”(Obligate aerobe)とかいう言葉で呼ばれます。既にお話したよ
うに、マグロに群がる好気性従属栄養細菌の一部は“通性好気性”で、酸
素は好きだけれども絶対というほどでもない、という細菌のことでした。
その意味では、ニトロソモナス属も含めて、硝化菌というのはかなりわが
ままな細菌なのかもしれません(笑)。

 次に、細胞に必要な炭素(C)を何から取り込むのか、という点です。
これもニトロソモナス属と同様、“偏性独立栄養”です。すなわち、水中
に溶け込んでいる二酸化炭素(CO2)から炭素を奪い取って細胞分裂に
使いますが、こうした無機炭素の存在が絶対的な条件となります。有機物
がいくらあっても見向きもしないわけです。やはりわがままですよね。

 それでは、今まで水槽硝化サイクルの担い手主役と考えられてきたニト
ロバクター属はどういう性質があるのでしょうか? これはニトロスピラ
属とは明らかに異なっています。ニトロスピラ属が「偏性」の好気性独立
栄養細菌であることは上でお話しましたが、ニトロバクター属は「通性」
の好気性独立栄養細菌であることが判っています。つまり、酸素と二酸化
炭素があるのは好きだけれども、別になくても構わない。酸素がなければ
嫌気性になって十分やっていけるし、二酸化炭素がなくても有機物があれ
ばそこから炭素を奪い取って分裂・増殖していける――こんな細菌なので
すね。いってみれば何でもありの万能バクテリアといえますが、どんな極
限環境におかれてもまずまず生きていけるという自負?からか、他人と争
ってまで勢力を拡げようという野心にも乏しいようです。

 その点、ニトロスピラ属は、酸素や二酸化炭素がある場所では非常に効
率的な硝化マシンとなります。まるで水槽や河川などの無機的な水環境で
生存するために特別にプログラミングされた専用ロボットのようなものと
思っておけばいいかと思います。他の場所ならいざ知らず、金魚の飼育水
槽では、硝化サイクルの優等生であるニトロバクター属がアンティーク調
の道具を使ってお上品に硝化活動を始めたとしても、装甲張りの機械化集
団の前ではまったく太刀打ちできず、最終的にはニトロスピラ属のアニマ
ルパワー(笑)が水槽内を席巻してしまうというわけですね。
 なお、正確にいうとニトロスピラ属には現在2種類が分離・培養されて
いるようで、そのうちの一つ、ニトロスピラ・マリーナというのが亜硝酸
を硝酸塩に換える硝化バクテリアといわれています。


亜硝酸がゼロになり水槽立上げ完了

 硝化菌が定着するのはいろいろな条件によって、非常にばらつきがあり
ますが、私が行っている方法ではおおよそ1ヶ月が目安となっています。
定着したかどうかについては、最終硝化菌であるニトロスピラ属が、水槽
のなかの亜硝酸をすべて処理できる数に到達したかどうか――これを一通
りの指標とします。ニトロスピラ属はニトロソモナス属より分裂から分裂
までの時間が比較的遅いといわれておりますが、ばらつきが物凄く大きい
のでほぼ同程度と考えておけばいいかと思います。ニトロソモナス属が1
日で分裂するとすると、ニトロスピラは1日半。こんな感じですね。

 ニトロスピラ属が十分増えると、水槽中の亜硝酸濃度は一気にゼロダウ
ンします。これは水作りの最中、水槽に与えられたタンパク質やアンモニ
アなどの“負荷”を処理するだけの数の硝化菌が達成されたという目印と
なります。亜硝酸を測る試薬(1500円程度?)さえ持っていれば、その時
期は簡単にわかりますので、金魚を買ってきて水槽に入れるタイミングを
間違えることはありません。

 さて、いうまでもありませんが、亜硝酸がゼロダウンした水槽というの
は飼育水槽の最終形ではありません。水槽用の硝化サイクルが完成したと
いうだけです。いいかえれば、とりあえずアンモニアや亜硝酸の中毒から
個体を守れる水が出来たにすぎない――と考えておけばいいでしょう。

 金魚飼育の水槽で棲息する微生物は、硝化菌だけではありません。無数
の種類の微生物が日夜、生存競争を繰り返し、数ヶ月かけて徐々にその水
槽で最適な微生物バランスができていくわけですね。


水槽で活躍する脇役たち

 水槽に棲んでいる微生物というとどんなものがあって、それぞれどうい
う働きをしているのか、まとめてみましょう。

好気性バクテリア

  好気性バクテリアは既にお話したとおり、ほとんどが善玉です。まず、
 金魚の糞や食べ残しの餌を分解してくれる好気性従属栄養細菌群。これ
 が次の硝化サイクルへつなげてくれるための橋渡しとなります。
  次に好気性独立栄養細菌である硝化菌、とりわけ次の2つの細菌が硝
 化をスムーズに進行させ、金魚をアンモニアや亜硝酸から守ってくれま
 す。
          ・ニトロソモナス・マリーナ
          ・ニトロスピラ・マリーナ

  ここまでは既にお話したとおりです。しかし好気性バクテリアは善玉
 だけではありません。あとで述べるように病原菌といわれるものもたく
 さんあります。

嫌気性バクテリア

  嫌気性細菌などと聞くとインドール産生菌(インドールというのは要
 するに便臭・・・・)などが頭に浮かんできて、思わず眉を潜めてしまうの
 が普通ですね。しかし、水槽は通常エアレーションを十分に効かせてい
 ますので、嫌気性細菌はほとんど生息できません。
  水作りの段階で、もし嫌気性細菌が発生する可能性があるとしたら、
 それは、何らかの事情でエアレーション効率が悪くなったか、あるいは、
 好気性従属栄養細菌の異常繁殖によって水槽中の酸素をあらかた食われ
 てしまった時でしょう。
  後者は特によくあることです。水槽の白濁が起こり、しばらく経って
 水槽から異臭がするようになってきた・・・・。これなどは溶存酸素の不足
 による嫌気性細菌の発生がまず考えられます。もしその臭いが卵の腐っ
 たような臭いだとしたら、デスルフォビブリオ(Desulfovibrio)など
 の嫌気性細菌が発生していると推測できます。この細菌は硫酸塩(SO4)
 から酸素を奪い取り、硫化水素(H2S)を作り出すという(迷惑この上
 ない)働きをすることで有名な細菌です。臭いの正体はこの硫化水素で
 す。
  硫化水素の臭いがしたら、酸素が不足しているということに他なりま
 せんので、やや低温の水と部分換水を行い、餌を少なめにして白濁を抑
 えるようにしたり、エアレーション装置の点検・追設を行うのが効果的
 でしょう。ちなみに硫化水素は人間にも嫌なものですが、金魚にとって
 は即死につながる劇薬となります。

  なお、普通の金魚飼育で硫化水素の臭いをかぐことはまず考えれませ
 んが(笑)、非常に稀に発生することがあります。それは底砂に平たい板
 状の飾り物を置いていて、さらに、底砂の厚みが結構ある場合です。こ
 の場合は底砂の深いところで色んな有害物質が発生する可能性があるの
 で注意してください。

  ちなみに、嫌気性細菌のなかで脱窒菌というのを聞いたことがある方
 は多いのではないかと思います。これは水槽内の最終生成物である硝酸
 塩(ナイトレート)を窒素に還元してしまう菌です。実をいうと、先に
 紹介したデスフォビブリオも同じく還元菌なのですね。これが働いてい
 れば硝酸塩が蓄積しないという――私たち飼育者が夢にまで見た世界が
 広がります。つまり窒素サイクルという観点では水換えがほとんど必要
 なくなってしまうわけです。
  脱窒菌として有名なものはいくつかありますが、昔からよく研究され
 てきたのはプセウドモナス・アエルギノサ(Pseudomonas aeruginosa)
 という細菌です。シュードモナスという米国読みしたほうが解りが早い
 かもしれませんね。
  しかしながら、現実にはこの細菌を効果的に繁殖させることは非常に
 難しいです。まず、嫌気スポットを上手く作ってやらなければなりませ
 ん。これが第一の関門です。さらに、脱窒菌以外の嫌気性細菌が棲み付
 かないような技術的な工夫が必要となるでしょう。また、脱窒というメ
 カニズムは通常、硝酸塩⇒亜硝酸⇒窒素、といった手順で行われます。
 すると、プロセスの過程で、中間生成物である亜硝酸がどんどん水槽内
 に拡散してしまうという問題があるのですね。亜硝酸はご存知のとおり、
 金魚には毒性があります。せっかくニトロスピラ属が硝酸塩にまで換え
 てくれたものを、こともあろうか、もっと危険な亜硝酸に戻してしまう
 わけですから何やってるのかわかりませんね。よしんばうまくいったと
 してもちょっとバランスが崩れるとおそるべき結果となってしまいます
 ので心臓によくありません。結局のところ、昔ながらの方法で定期的に
 ザバザバ水換えするほうがずっと楽だと思います(笑)。 

病原菌(Pathogenics;パソジェニクス)

  あまり紹介したくありませんが仕方ないですね。水槽には必ずいます。
 こちらは私のコラムにシリーズにしたものがありますので、詳しくはそ
 ちらをご覧になって頂くとして、ここでは一般的な話をいたします。
  病原細菌の一部は、好気性従属栄養細菌、すなわち腐敗菌の仲間です。
 金魚の体に傷が付くと、その部分がいわゆる“死んだ細胞(有機物)”
 となるわけです。あとは説明するまでもないですね。
  また、アエロモナス(Aeromonas)という好気性の細菌が有名ですが、
 水槽には常に存在している病原菌があります。これらの細菌群は通常は
 いつも生体内部に入り込んで、そのなかで増殖しようとしています。し
 かし、生き物には一連の免疫細胞があります。外部から侵入してきた病
 原菌と闘うために遺伝子レベルで生体内にあらかじめ作られている細胞
 のことです。専守防衛の特殊部隊のようなものですね。通常はちょっと
 やそっとの病原菌の攻撃にはびくともしません。金魚が心身とも健康で
 ある限り、免疫細胞は百%の機能を発揮し、プログラムされたとおりに
 病原菌を追い払ってくれるといわけです。

  もうおわかりかと思いますが、こうした病原菌から金魚の身を守るた
 めに最も効果的なのは、“免疫細胞を弱らせないこと”――つまり、金
 魚のストレスを蓄積させないことです。あるいは、溜まったストレスは
 すみやかに取り除いてやることが大事だといえます。たったこれだけの
 ことに気をつけるだけで金魚は病気に罹りません。また、罹ったとして
 も、上手にストレスを排除してやると、十中八九死んでしまうだろうな
 ァ・・・・と思ったひどい症状も治ってしまったりすることがあります。免
 疫細胞が本来の機能を回復しているということに他ならないでしょう。

プランクトン(Plankton)

  プランクトンというとちょっと金魚の水槽には無縁のものと思い勝ち
 ですが、実は水槽のなかには相当数のプランクトンが存在しています。
 小学校の理科の実験で、川とか金魚水槽の水を採取して、わらとか米と
 かを放り込んで1週間培養した上で、顕微鏡を使って「変な生き物」を
 観察した記憶がないでしょうか?(最近はこんなことしないのかな?)
 ともかく、その変な生き物がプランクトンです。
  プランクトンというのは浮遊している生き物という程度の意味で、特
 定の生物の名前を指すものではありません。浮遊ということではクラゲ
 なんかもプランクトンの部類に入るわけですが、ここでは微生物プラン
 クトンに限ってお話します。
  プランクトンは次のような種類があります。

  ・原生動物(プロトゾア)
       ・・・・単細胞のプランクトン。
         例:アメーバ、繊毛虫(ゾウリムシ、ツリガネムシな
         ど)、鞭毛虫(ミドリムシなど)
  ・植物プランクトン
       ・・・・ラン藻(シアノバクテリア)、ケイ藻(Diatom)、ユー
         グレナ藻(Euglena;ミドリムシと同じ)
  ・動物プランクトン
       ・・・・ワムシ(Rotifer)、ミジンコなど

  金魚水槽では、植物プランクトンが一番馴染みが深いでしょう。シア
 ノバクテリアはよく底床一面に生える赤茶色のコケ?で、水草水槽など
 でよく見られるものです。また、水槽を日の当たるところに置いている
 と、水がだんだんと青っぽく変色していきますが、あれは“青水”とい
 って、ユーグレナ(いわゆるミドリムシ)という原生生物など――葉緑
 体を持ったプランクトンが異常繁殖してくるためですね。青水は、扱い
 が難しい反面、保温効果や色揚げ効果などが知られており、日本では、
 らんちゅうなどの飼育に積極的に用いられています。
  また、金魚の水槽には必ずコケ(Algae)が付き物です。青ゴケ、茶ゴ
 ケなどと色んな呼び方をされていますが、なかでもココアパウダーをま
 ぶしたような黄色〜茶色のコケは水槽の内面や飾り物の表面などで非常
 によく見かけます。これはケイ藻(ダイアトム)といわれているもので、
 地球上のありとあらゆる淡水に棲むプランクトンです。金魚飼育でも、
 立上げて間もない水槽とか、よく水換えが行われていて手入れの行き届
 いた水槽とかに繁殖します。ケイ藻は動物プランクトンや貝や小さい魚
 などの餌になりますので、鑑賞面でのマイナスはさておいて、微生物環
 境にとっては有用といえます。

  水槽に棲む動物プランクトン(原生動物、後生動物)の数は、全体と
 してかなり少ないと思われます。これは一般的にいって、金魚の水槽で
 はよほど糞掃除を怠ったり、食べ残すくらい多くの餌をやり続けない限
 り、プランクトンの餌となる腐敗菌などの数が十分に増えないからです。
 水槽中の有機物が少なければ細菌は増えず、それを餌とする原生動物は
 増えません。また、原生動物が増えなければ、それを捕食する多細胞の
 動物プランクトンも増えないということです。要するに、餌の量が適切
 で、かつ、糞掃除などがきちんと行われている水槽では、余計なプラン
 クトンが増殖する余地がないわけです。

  ですが、現実問題として、金魚が餌を食べて糞をする限り、それを分
 解する細菌は必ず存在しますし、細菌数がゼロにならない限り、原生動
 物もゼロではありません。
  原生動物としては繊毛虫――単細胞動物で細胞の周りに短い毛が生え
 ているもの――が多いといわれています。ゾウリムシは超有名ですね。
 ツリガネムシ(Vorticella;ボルティケラ)も、有機物や細菌を貪欲
 に摂食する水質浄化プランクトンとして古くから知られています。それ
 から、原生動物が居れば多細胞のプランクトンも居る可能性もゼロでは
 ありません。いわゆるワムシ(Rotifer)の類です。動物プランクトン
 で体の大きいものは稚魚の餌になります。

  この辺りの話になると、にわかに“食物連鎖”という言葉が頭をよぎ
 ります。金魚の糞⇒細菌⇒原生動物⇒後生動物⇒金魚……そして、⇒金
 魚の糞(振り出しに戻る)といった具合です。理屈の上ではサイクルし
 てますね(笑)。これは“デトリタス微生物ループ(Microbial Loop)”
 といって、水圏に棲息する微生物たちの食物連鎖のことで、自然界では
 マクロの目で見ると、こうした関係が成り立っています。ちなみにデト
 リタスというのは、魚の糞や死骸などからなる有機物の塊のことだと考
 えて下さい。
  この微生物ループが水槽という小さな世界で完成すれば、金魚に餌を
 与える必要がなくなります。金魚の糞(デトリタス)が微生物たちの働
 きによっていつのまにか金魚の餌(後生動物)に換わってしまうからで
 す。
  また、硝化バクテリアの最終生成物である硝酸塩――これを吸収して
 くれる植物、あるいはコケなどの植物プランクトンがある程度発達して
 いれば、硝酸塩はそれらの体内に留められ、水中に出てくることがあり
 ません。さらにはこうした植物性の生物を動物プランクトンなどが摂食
 することによって、硝酸塩もまた、その化学形態を換えて、微生物ルー
 プのなかに封じ込められることになりますね。すなわち、「水換え」も
 要らなくなるわけです(笑)。
  詳しくは申し上げませんが、こうした微生物ループを構築し、それを
 保持することは、実際の話、至難の技です。簡単にいうと、植物プラン
 クトンはそれほど苦労しなくても自然に繁殖していくものですが、動物
 プランクトンの数を常に高いレベルで維持させるためには、水槽自体を
 巨大な“培養容器”にする必要があります。金魚の糞だけでは、ループ
 を形成するのに十分な数のプランクトンが発生してくれないのですね。
 具体的には、プランクトンの培地となる腐葉土を入れたり、原生動物の
 餌として納豆菌(BB菌で有名ですね。わら等についています。)を絶
 えず供給したり、といった人為的な努力が大前提となるわけです。水槽
 という環境は、大自然の大きさに比べると微生物ループを作るには小さ
 すぎるということでしょうか。

  仮にプランクトンを上手に発生させたとしても、それを維持すること
 はきわめて困難です。培地の栄養分や納豆菌が切れればプランクトンも
 死滅していきますから、定期的に補充してやる必要がありますが、その
 タイミングは微生物の種類によっても当然違うはずですね。
  また、微生物ループは微妙なバランスの上に成り立っています。自然
 界では全体としてバランスがとれていればいい話ですが、小さな水槽の
 なかで常にバランスさせるのは綱渡りのような作業です。少しでもバラ
 ンスが崩れると、おそらく非常に面倒なことが起こります。それは悪玉
 プランクトンの発生です。


寄生プランクトン

  餌の量が多い割には水換えをあまり行わない水槽――水草水槽に多い
 と思いますが――には、比較的多くの動物プランクトンが棲息している
 と考えられます。多くはゾウリムシやツリガネムシといった原生動物で、
 細菌の異常増殖を抑えたり、水のにごりを除去してくれる有用微生物で
 す。これらのプランクトンは、通常は、しっかりと自分たちの勢力を張
 っていて、悪玉のプランクトンが易々と割り込むことはできません。細
 菌についても同じことがいえますが、病気に強い水というのは、このよ
 うに善玉の勢力が水槽に根付いた水のことを意味します。

  しかし、何かの拍子で一旦バランスが崩れ、それらの善玉プランクト
 ンのうち一部の勢力が減退したとします。原因としては、色々と考えら
 れます。水温の急激な変化、餌(有機物)の過剰投与、フィルターの詰
 まり、エアレーション装置の故障、薬剤の投入、外来バクテリアの異常
 増殖などなど――そして、都合が悪いことに、元々プランクトンが多く
 繁殖している水槽というのは、例外なく、有機物のレベルが高い水槽で
 す。ということは、善玉のみならず悪玉も常に活性化された状態にある
 わけです。
  こうした水槽は、上手くいっているときは鉄壁の守りで悪玉たちをシ
 ャットアウトしますが、守備陣にほころびが生じると、これまで虎視眈
 々と体力を養ってきた悪玉プランクトンが、その穴めがけて殺到するよ
 うになります。
  広大で神秘的な自然界とは違い、水槽という小さな空間には、こうし
 たネガティブなベクトルを修正する力がありませんので、人間が手を加
 えない限り、元の安定状態へ戻ることはできないでしょう。プランクト
 ンがたくさん棲んでいる水というのは、安定であると同時に、微妙なバ
 ランスの下に成り立っているという事実を常に念頭に置いておく必要が
 あると思います。

  悪玉プランクトンには次のようなものがあります。

  ・イクチオフチリウス(Ichthyophthirius)・・・・米国でイック(Ich)
   という愛称?で呼ばれる繊毛虫です。日本では「白点病」の原因と
   して、物凄く有名な原生動物ですね。

  ・ウーディニウム(Oodinium)・・・・コショウ病の原因となる原生動
   物で、鞭毛(べんもう)虫です。

  その他には、皆さんが聞いたことのあるものとして、繊毛虫では、ト
 リコディナ、キドロネラ、鞭毛虫ではイクチオボドなどがあります。プ
 ランクトンの種類は非常に多いので、これ以外にも悪玉は数多くあると
 思われます。もちろん、制御を失った水には原始的なプランクトンだけ
 でなく、ダクチロギルスやイカリ虫といった多細胞の高等寄生虫?が次
 々と現れることになります。


《参考》目指すべき水槽の姿

  それでは私たち一般のホビィストはどのような水槽を目指せばいいの
 でしょうか。これは色々な考え方があると思います。私自身が昔そうで
 したが、飼育歴がある程度長くなってくると、水換えは硝酸塩の危険濃
 度ぎりぎりまで行わず、デトリタス(糞など)の掃除はほとんどやらな
 いという“なまぐさ”癖がついてきます(笑)。ごくたまに部分換水をし
 て、致死量の硝酸塩さえ溜めこまなければ、とりあえず金魚のほうで頑
 張ってくれることが多いからです。もちろん途中で軽い病気(鰓病など)
 に罹ることはあるでしょうが、その都度、適切な処置をしてやればそれ
 ほど大事には至らないことが多いです。
  数ヶ月ほどすると、水槽中の有機物レベルに応じた微生物環境が定着
 してきます。これは微生物ループとまではいきませんが、プランクトン
 の種類と数では水槽立上げ直後とは比べ物にならないほど自然の条件に
 近いものとなっているはずです。特に原生動物(プロトゾア)が発達し
 た水は輝くような透明度を持つようになりますので一つの判断材料にな
 るでしょう。病気に強い“こなれた水”の出来上がりですね。もちろん、
 このままずっと推移してくれれば何の問題もありません。

  しかし、前に申し上げたように、有機物の多い、こなれた水であれば
 あるほど、悪玉菌や寄生プランクトンの潜在的脅威と隣り合わせです。
 ちょっとした油断によって、せっかく構築した微生物バランスが崩れる
 と、あとは積み木崩しのような状態となります。しばらく水槽を見てな
 かったけど、気が付くと金魚が今まで見たことのないような妙な病気に
 罹っている――という事態は決して絵空事ではなく、現実に起こりうる
 ことです。しかも、この場合、単一の病気ではなく複数の病原性微生物
 に同時にやられる可能性が高く、治療には相当苦労させられるでしょう。
 また、飼育水の原状復帰もひとつの大きな悩みの種になります。所詮は
 小さな水槽中で作りだした“小さな安定”ですから、不安定とは板一枚
 の隔たりに過ぎないというわけです。

  もちろん、これも立派な選択肢です。飼育する側が常に気を配り、ま
 た、いくばくかの幸運に恵まれていれば、そのまま何年も継続すること
 が可能です。不安といえば不安ですが、楽といえば楽です。万一、安定
 が崩れて、金魚が病気を患ったとしても、病気治療はある意味で「飼育
 の醍醐味」ですから、それこそ待ってましたとばかりに治療そのものを
 楽しむべきでしょう。成功や失敗、泣き笑いを繰り返すうちに、いつの
 まにか金魚の病気に妙に詳しい「変な人間」になってしまうというオマ
 ケもついてきます(笑)。というのは冗談ですが、多くの方がこれに似た
 楽しみ方をされているのだと思います。
  私Hinconも上のような飼育をやっていた時期がありますが、やはり放
 置しがちなサラリーマンが水槽の安定を継続させることは難しく、何ら
 かの“失敗”によってまれに水槽が大暴れしていました。いくら病気治
 療が醍醐味とはいっても、ひとしきり経験してみると、時間に追われる
 現代人には突発的な病気治療はやはり負担感が大きいものだと感じてし
 まいます。そんなことを繰り返しているうちに、あるとき、私は考え方
 をがらりと変えることにしました。

  そもそも水換えや水槽の世話をできるだけ省くために、上のようなバ
 ランス水槽をやっていたわけですが、実際はやはり時々病気治療せざる
 をえなくなり、そのたびに今までの“楽々飼育”が吹っ飛んでしまうよ
 うな苦労を味わってきました。では、逆に、定期的な世話は機械的に
 こなしながら突発的な病気治療の苦労を極力減らすような方法はな
 いのだろうか――と考えたわけです。よくよく思い直せば、土日しか時
 間のとれないサラリーマンにとって、突然襲ってくる水槽の不安定を不
 安な気持ちで待っているより、こちらのほうがずっと楽なわけです。そ
 して答えは誰にでも手の届く、身近なところにありました。

  プランクトンや微生物バランスにこだわるのがそもそも不自然だとい
 うことです。もちろん、水質浄化などに役に立つ微生物があればそれに
 こしたことはありませんが、そんなものよりもっと大事な事があります。
 すなわち、硝化バクテリアの健全な育成と硝酸塩の適切な処理――こ
 れが金魚飼育の基本中の基本です。
  したがって、まず管理すべき硝酸塩のレベル(限度量よりかなり低い
 値)を決めてやります。すると、水換え量や頻度はそれに応じておおむ
 ね自動的に定まります。あとは、決められた水換え量を定期的(たとえ
 ば毎週1回)に、ほとんど機械的にこなしてやればいいわけです。また、
 水換えと並行して、金魚の糞掃除、あるいは物理フィルタ(←生物フィ
 ルタではありません。ご注意下さい)の洗浄などを頻繁に行います。要
 するに、これらのことによって、硝酸塩と有機物のレベルが非常に低い
 水槽を作り出すわけです。なお、金魚に与える餌は毎日決まった時
 間に「少なめ」を鉄則とすることはいうまでもありません。
  これによってプランクトンの生育は実際問題としてかなり抑制される
 でしょう。自然に近いバランスとは程遠いくらい少ない数に制限される
 はずです。その代わり、悪玉プランクトンについても同じことがいえる
 わけで、活性化するのに十分な栄養がなく、爆発力を発揮することがで
 きません。もし万が一、悪玉の勢力が増してきたとしても、定期的な水
 換えや頻繁な糞掃除などによってすぐに頭打ちになってしまうでしょう。
 一言でいうと、

  硝化菌などの必須バクテリアは熱烈大歓迎。ただし、プランクトン
  はお断り。棲みければその辺の残飯あさってフテ寝してなさい・・・・

 というような水槽です。要するに、一番に考えるべきは硝化バクテリア
 であって、水質浄化のプランクトンなどは二の次であるというという考
 え方ですね。こうした水槽は金魚にとってどうなのか――これは案ずる
 より生むが易し。一度やってみれば判りますが、金魚の罹病は激減しま
 す。これはもう不思議なくらいです。

  既にお気付きだと思いますが、この方法は実をいうと、明治・大正の
 昔行われていた庶民の水槽飼育に通じるものがあります。多めの換水、
 少ない餌(有機物)、頻繁な糞掃除――昔は、今のように高性能フィルタ
 装置が発達していませんでしたので、飼育水の水質悪化(今でいう、硝
 酸塩や有機物の蓄積)には非常に神経を遣っていたようです。必然的に
 水槽は、相当“無機的”な環境になっていたことが推測できます。昔の
 人たちは金魚が遺伝的に“きれいな水”を好むことを経験的に知ってい
 たわけですね。


水カビ(Water mold)

  金魚水槽で何が嫌かというと、寄生虫を目にしたときが一番ですが、
 水カビもそれに匹敵します。立ち上げて間もない水槽の底床や手入れを
 怠っていた上部フィルタ装置の内部など、白いもわもわしたものが付着
 することがありますが、それが水カビです。生物学的な分類では、卵菌
 (オオミケテス;Oomycetes)の一種です。

  水カビは、金魚の糞や死骸などの有機物に付いて、その腐敗を進める
 働きをします。しかし、その栄養摂取の仕方は独特で、有機物をパクッ
 と食べてそれを体内で消化するというような形態はとらず、有機物その
 ものにからみつき、体中でそれを少しずつ吸収するというやり方を採り
 ます。これはいわゆる“寄生生物”としてのやり口ですね。

  このことからわかるように、金魚の体表に傷などがあると、水カビは
 それを死肉と判断し、そこに取り付きやすくなります。また、水カビの
 なかにはサプロレグニア(Saprolegnia)という種類があって、これは
 生きた魚の細胞を標的とします。いわゆる「水カビ病」の主要な原因と
 なるもので、ヒレにとりついたり、放置すると全身が綿をかぶったよう
 になってしまいます。
  水カビは一般にきれいで冷たい水を好むといわれています。また、塩
 には弱いことで有名です。もし、水カビ病にやられたら、塩水浴をさせ
 て、水温を少し上げる――という治療を行うことになるでしょう。具体
 的には、私のコラムの「病気を治そう」コーナーを参考になさって下さ
 い。


 以上で、水槽のなかで活躍する微生物を一通り紹介させていただきまし
た。きれいな水ほど微生物は少なく、汚くなってくると――すなわち、有
機物が多くなってくると、色んな種類の微生物が増えてきます。そのなか
には、金魚飼育にとって必須のものもあるし、役に立つけどなくてもいい
ものもあるし、また、絶対に居て欲しくないものもあって、愛憎交々とい
った風情ですね。
 誤解を避けるために最後に付け加えさせていただきますが、本コラムを
書いた一番の目的は、金魚飼育のメインの立役者である、ニトロソモナス
属とニトロスピラ属の硝化菌をよりよく理解してもらうことです。水槽に
は他の微生物もいますが、あくまで脇役であり、私としては、とにもかく
にも硝化バクテリアを水槽から減らさないように細心の注意を払いつつ、
硝酸塩と有機物を常に低いレベルに抑えるという――古くからのやり方が、
(一見退屈ではあるけれども)金魚を病気にさせないラクラク飼育の原点
だと考えています。
 ですが、巷でよく行われているような、プランクトンを中心としたバラ
ンス水槽も、ある意味、魅力のあるアプローチだと思います。また、メー
カーが技術の粋を尽くして開発した様々な市販品を使って、人工的な環境
で金魚飼育にチャレンジしてみることも、私自身、非常に興味深いものを
感じます。ホビーとしての金魚飼育は、理屈や定説にとらわれずに自由に
楽しむことが最も大事なことですので、皆さんも柔軟な姿勢で、これから
も末長く金魚と付き合ってあげてください。(終わり)