金魚飼育のあれこれ(13)

コケのお話


 フッシュレスでも、パイロット法でも、新たに水槽を立ち上げてからしばら
く経つと、水槽の内壁などに黄土色あるいは茶色っぽいコケがはえてきますね。
このコケは珪藻(ケイソウ;diatom)といって、その種の起源は太古の昔まで
さかのぼります。この珪藻をゾウリムシやワムシなどの動物プランクトンやご
く小さな魚が食べ、それをまたワンランク上の生物が食べることによって、水
環境における食物連鎖が成り立っているといわれています。

 この珪藻が発生し始めて、しばらく水換えをせずに放置していると、今度は
茶色い珪藻がいつのまにか緑のコケ(緑苔;Green algae←アルジーという。)にと
って変わられます。緑苔は太陽光線のスペクトルを持つ光を好むコケです。日
当たりのいいところだとどんどん繁殖して、あっというまに水槽の中が見えな
くなってしまうという話はよく聞きますね。緑色をしたコケは一般に「真の苔
(True algae)」といわれているもので、非常に多くの種類が存在しています。

 苔は通常、水棲動物とミクロな物質レベルで共存関係にありますので、それ
自体の存在が金魚に悪影響を及ぼすということはありません。唯一の例外はシ
アノバクテリアと呼ばれている、なんとなく青っぽいコケですが、これはその
名のごとく“アルジー”ではなく、バクテリア(細菌)の一種になります。シ
アノバクテリアは場合によっては魚毒性のある物質を産生することで知られて
いますので注意しなければなりませんが、これを除けば水槽に茶ゴケ(珪藻)
が生えようが緑ゴケが生えようが、特に目を白黒させる必要はありません。基
本的にコケは金魚の生命を直接脅かすものではないからです。

 しかし、だからといってコケをそのままに放置していると、いかにも“見栄
え”が悪いです(笑)。そもそも金魚をガラス水槽に入れるということは明らか
に観賞目的ですから、苔むした水槽のガラス面の一部に、時々お魚さんが顔を
覗かせるなどという――廃墟さながらの光景は、侘び寂びの表現として強引に
でっちあげる他はほとんど見るものがありません。 
 さらに「水槽にコケが大量に生えてしまった」という事実には、観賞の観点
だけでなく、その背後に飼育上の重大な課題が隠されています。既に申しあげ
たように、コケ自体は金魚に悪い影響を与えませんが、そもそもそれが異常繁
殖するということは、水質が好ましくない状態に近づいているということを意
味しているからです。

 一般にコケというものは、その体を構成する元素を取り込むために、水中に
存在する“あるモノ”を吸収して生きています。それは――硝酸塩とリン酸塩
(無機)です。これらの物質は通常、水中では電離していますので、硝酸イオ
ンリン酸イオンと言い換えてもいいでしょう。硝酸イオンとリン酸イオンの
水中濃度が同時に増えてくると、必ずといっていいほどコケは異常繁殖します。

 硝酸イオン(硝酸塩)は硝化菌であるニトロスピラ属が産生する物質で、慢
性的にエラ細胞の増生や免疫不全によって個体を“死にやすくする”有害物質
ですから、一般に水換えの量や頻度を決める指標として考えられています。ま
た、リン酸イオンは餌や糞(有機物)に含まれる有機リン酸化合物が供給源と
なっていますので、これも定期的な施餌量や水換えに深く関連した指標となり
ます。つまり、コケが常に大量発生している水槽――すなわち、硝酸/リン酸
イオンが両方とも増えてしまう水槽、というのは、水換えや施餌などの基本的
な飼育プログラムが根本的に間違った水槽、ということになります。これは人
によっては若干耳の痛い話かもしれませんね。

 コケを減らすにはどうすればよいか? こうした問題に対して、ビギナーの
方はすぐに、コケ取り用の薬品に走って逆に水質バランスを大きく崩してしま
ったり、あるいは毎日のように神経質にコケを削り取ったりして金魚に絶えず
ストレスを与えてしまったりしがちですが、コケ対策は一言でいって急がば廻
れです。上の説明で既にご理解された方も多いかと思いますが、コケの発生源
を効果的に取り去ってやるような飼育プログラムに変えることです。簡単です。
毎日の餌の量を減らし、水換えや有機物の除去(底砂、物理フィルタ)の頻度
を増やしてやると、コケの大発生は必ずストップします。コケが大発生しない
(無機的な)水は、金魚にとっては最高の水質ですから、罹病率は激減し、飼
育者にとっても思わぬ余得を受けることになるでしょう。

 ただし、コケはppbオーダーの微量なリン酸イオンでも、硝酸イオンの供
給があれば、細々ながらも生育を続けます。硝酸イオンにしても、水道水自体
に元々わずかに含まれていることは周知の事実ですので、コケの発生をまった
くゼロにすることは不可能です。2〜3週間に一度くらい、水槽の一部をちょ
ちょいと擦り取る程度のコケ取り作業はやむを得ないものと思って諦めてくだ
さいね。

 なお、「うちの水槽はいつまで経っても茶ゴケばかりで緑色のコケが生えな
いのですが」というメールを頂いたことがあります。その方によると、茶ゴケ
というのは、硝化サイクルが完成していない不安定な水でよく発生するものだ
から良くないものだ。早くみんなと同じような緑色のコケが生えるような水槽
にさせたい――という主旨だったかと記憶しています。
 ですが、これはコケというものに対するとんでもない誤解があります。茶ゴ
ケ(珪藻)が未発達な水でしか生育しないというのはほとんど根拠がありませ
ん。近くに河川があればよく観察すると判りますが、珪藻類は至るところで元
気一杯生育しています。何百年となく流れ続けてきた川の水が“未発達”とい
うことはあり得ませんね。水作りの初期の段階で珪藻が発達して、その後、緑
色の苔がそれに取って代わるのは厳然たる事実ですが、これは硝化サイクルの
成熟度とはまったく無関係で、単に水作り初期には水槽内に“ケイ素”がふん
だんに存在しているせいです。

 珪藻はその名のごとく“ケイ素”を非常に好むコケです。研究によれば、ケ
イ素(Si)とリン(P)の比率がある限度を超え、ケイ素が支配的な環境に
なると珪藻類が繁殖し、逆にリンが多くなってくると緑苔が繁茂してくるとの
結果が報告されています。こうした知見を前提に、立上げ直後の水槽の状態を
考察してみますと、まず、水道水はそのまま注水されますね。水道水には相当
量のケイ素が含まれています。そして、金魚飼育を初めてなさった方ですと、
水槽やフィルタ装置、あるいは底砂は購入したての場合が多いと思います。水
槽を構成する物質にはケイ素がたっぷりと含まれていますし、砂利にしてもそ
うですね。つまり、立上げ直後の水槽というのは珪藻類にとって一生に一度あ
るかないかの草刈場といえるわけです。
 そして、水槽中のケイ素は時間とともに“種切れ”になっていきます。また、
毎日餌を与えているわけですから、だんだんと有機物レベルが高くなり、リン
酸イオン、すなわちリンの割合が増えてきます。すると今度は緑苔のほうが強
くなってきます。コケの勢力争いですね。

 では珪藻とはその後出くわすことがないかというとそんなことはありません。
珪藻というのはリンに対してケイ素が多い環境では、がぜん勢力を増してきま
す。つまり、有機物を常に低いレベルに抑えることによってリン濃度を低め安
定に保ち、また、水道水による水換えを頻繁に行うことによりケイ素を供給し
続けてやれば、コケ社会では依然として珪藻が第一順位を保ちながら推移して
いくわけです。実際、週に一度くらいの頻度で、物理フィルタや底砂の清掃、
そして、水換えを行っていれば、ケイ素/リンの比率がそれほど低下すること
がなく、茶ゴケが細々と繁殖し続けることは私ならずとも皆さんが体験なさっ
ていることだろうと思います。

 私としては、この状態は飼育に最適だと考えています。頻繁な水換えによっ
て水質がクリアな状態に保たれることはさておき、珪藻というのは非常に除去
しやすいコケだからです。指の腹でこすればすぐに剥離してしまうくらいです。
それに対して、緑苔はかなり除去しにくい部類に入るでしょう。特に、巷でグ
リーンドット(Green dot)といわれる種類の緑苔は最悪です。器具を使っても
ちょっとやそっとでは剥離してくれません。また、黒ゴケというものもありま
すが、これはもう接着剤で貼り付いているようなもので、問題外ですね(笑)。
水換えの少ない水槽では、こうした面倒も生じてくるということを記憶の片隅
においておかれると役に立つことがあるかと思います。