金魚飼育のあれこれ(その10)

バイオフィルムとは


底砂の清掃――バイオフィルム

 底砂の洗い方に入る前に、やはり底砂の状態がどうなっているのか、という
ことからお話します。回りくどいようですが、ただやみくもに掃除するよりは、
いろんな意味で柔軟な飼育ができるのではないかと思ったからです。
 まず、水槽をセットしてフィッシュレスで水作りを始めるとしましょう。す
ると、好気性従属栄養細菌やら硝化菌などが活動を始め、少しずつ勢力を拡げ
ていくという話はいろんなところでお話いたしました。問題は細菌たちがどん
なところを棲み家とするかです。

 仮想的な話ですが、細菌(バクテリア)をぽいと水に放すとするとします。
細菌は尻尾やヒレが付いていませんので、基本的には、エアーポンプで作られ
た水流に乗って水槽内を放浪し始めます。まずは上部ろ過装置へ吸い上げられ、
樹脂のパイプを通り、ウールマットやろ材などのある場所へ運ばれ――さらに、
上部ろ過装置の排水パイプを潜り抜け、再び水槽中へ戻ってくるでしょう。ろ
過装置のタイプが違う場合もこれに似たり寄ったりです。
 細菌はすべからく、こうした水の循環に乗ったまま永遠に水槽内をまわり続
けるような印象を受けるかと思いますが、ちょっと違っています。それは細菌
も含めてミクロな物質というのは、何らかの物体の表面に近づくとその部分に
付着してしまう現象があるからです。これは次のような理由から起こります。

 ・物体表面の流速が小さいこと・・・・水の流れというのは物体の表面から離れ
  れば離れるほど速くなり、表面付近では流速がほとんどゼロになります。
  つまり、物体表面近くを通過した細菌はその場所で留まりやすいわけです。

 ・ファンデルワールス力・・・・分子同士の間に働く物理的な力で、ここでは、
  物体表面と細菌との間の引力をいいます。双方の距離が近づけば近づくほ
  ど強く引き付けあいます。

 これらの力に電気的な力が加わって、細菌は水槽内に存在する「表面」に引
き寄せられることになります。表面というのは、たとえば、水槽内の側壁、飾
り物、パイプの内面などがまず頭に浮かびますが、やはり何といっても、集中
的に吸い寄せられるのは底砂やろ材です。
 “ろ材”は元々いうまでもなく、細菌がトラップ(付着)されやすいように、
人為的に表面積を大きくした形状となっています。たとえば、ウールマットは
繊維状で、表面積という点では恐ろしく高得点ですね。リング状のろ材なども
面積を大きくする工夫がなされています。(もっともこれは目詰まりとか耐久
性なども考慮されています。)また、“底砂”も粒の集合体ですから表面積が
大きいです。要するに細菌は、表面積の多いエリアで優先的にトラップされる
わけです。
 もっとも、これだけでは受動的に表面に引き寄せられたというだけで、なに
かの拍子にまた水流に復帰してしまいます。本当の意味で「付着」するのは実
をいうと次の段階に入ってからです。

 ろ材などの物体表面にトラップされた細菌の一部は、本格的に長期滞在の準
備をするようになります。つまり、単なる“付着”から“しがみ付き(クリン
グ)”への移行です。具体的には、細菌は表面に付着したあと、ポリサッカラ
イド(多糖)という触手のような物質を細胞の外に向けて伸ばしていきます。
これは、小さな単糖類が重合したポリマーで、粘着性があります。直接的には
このポリサッカライドが、細菌本体を物体表面にしっかりと接着するわけです。

 このポリサッカライドは細菌の一生を通じて常に新しく産生され続けます。
また、隣に“しがみ付いた”細菌から出されるポリサッカライドと複雑にから
み合って、迷路、あるいはクモの巣のような構造を作り出します。この巨大な
スライム状の高分子化合物はグリコカリックス(糖衣)と呼ばれているもの
です。
 この物質は、粘着性があり、弱いマイナス電荷を帯びていることが知られて
います。これによって、陽イオン化した浮遊有機物が引き寄せられ、グリコカ
リックス本体にどんどん付着し始めることになります。こうなるともうとどま
るところを知りません。細菌は引き寄せた有機物を餌に次々と分裂を繰り返し、
新たに増殖した細菌はさらにポリサッカライドを産生し、グリコカリックスは
どんどん巨大化していきます。
 グリコカリックスの巨大化の過程で、細菌は他の細菌の餌となる物質(アン
モニアなど)を大量に作り出しますので、今度は同種の細菌のみならず、異な
る種類の細菌もその場所に“しがみ付かせる”ことになります。この時期が水
槽立上げのほぼ数日後で、各種細菌の一大コロニー形成の出発点というわけで
す。既にお気付きかと思いますが、最初にグリコカリックスを形成した細菌と
いうのは「好気性従属栄養細菌」のことであり、その生成物(アンモニア)を
目当てに住み着くようになった細菌は硝化菌(ニトロソモナス属)であります。
もちろん、時間とともにニトロソモナス属が産生する亜硝酸に引き寄せられて
“ニトロスピラ属”もコロニーの住人となっていきます。

 このグリコカリックスで覆われた層は、単に無数の細菌が活動する場所とい
うだけでなく、原生プランクトンなどの格好の餌場になります。海の世界でい
う珊瑚礁のようなものですね。この層は一般に、バイオフィルムあるいはベ
ントスと呼ばれており、多種多様な微生物が共同生活を行う一大コミュニティ
になっています。

 以上のようなメカニズムで、金魚水槽のろ材と底砂を中心として、バイオフ
ィルムが形成されていきます。ちなみに、バイオフィルム(生物膜)は一般の
生活でもよく見かけます。たとえば、川で水遊びをした方はご存知でしょうが、
川の水底の石はぬるぬるしてます。あれがバイオフィルムです。もっと身近な
ところでは私たちの口腔に生じる歯垢(ウェッ・・・)――実はこれもそうで、細菌
とグリコカリックスの塊というわけですね(笑)

 ここで少し疑問をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。「ろ材と底砂
にバイオフィルムができるのは判ったが、一体どちらのバイオフィルムの規模
が大きいんだろう?」――これは、少しショッキングな話ですが、私の感じで
は底砂のほうがバイオフィルムが発達しやすい環境にあると考えています。と
いうのは、バイオフィルム形成の大元となる有機物(金魚の糞)はおおむね底
に沈む性質があるからです。食べ残しの餌のほうは、沈下性のものと浮上性の
ものとがありますが、浮上性の餌は通常アミで掬って捨ててしまうのが通例で
すよね。要するに、バイオフィルム発達の条件は有機物の存在ですから、水底
に有機物が集まる傾向があるということは、その場所が細菌の繁殖場になりや
すいということです。それに比べて、「ろ材」はモノによってはやや不利な条
件にあります。底面式ろ過装置の場合は何の問題もありません。もちろん、詰
まり易さ、水流の長期不安定性、プランクトンの異常発生――などの問題はあ
りますが、底砂と一体化された装置ですから、理屈の上では最高の条件にあり
ます。また、投げ込み式やスポンジフィルタも底に近いところなので“いい”
条件にあります。
 問題は、上部ろ過式のフィルタ装置です。この場所にバイオフィルムが発達
するためには、まず底砂で分解されて身軽になった有機物が、周囲に五万とい
る細菌群のさらなる分解攻撃をのがれて、ポンプに侵入し、最上階まで移動す
ることが必要です。これは確率的にいえば、かなり不利な話ですね。ですが、
長期間ポンプを回していると、少しずつろ材に、こうした有機物の小片が迷い
込んできて、遅まきながらも底砂と匹敵するくらいのバイオフィルムを形成す
ることができます。

 ですが、この形成スピードはかなり遅いはずですので、注意すべきことは、
生物ろ過用のろ材は滅多なことでは洗浄してはいけない――ということで
す。ろ材に付いている目に見えない膜は、水槽の安全を守る虎の子のバクテリ
アを無数に含んでいます。これを水道水でじゃばじゃばやってしまうと、再び
底砂レベルに戻るまで、何週間もかかってしまうでしょう。
 一方、底砂のバイオフィルムはどうか、というと、こちらは微妙です。もの
すごく有利な条件にありますから、逆に少々いじり過ぎても、1〜2日のうち
にはすっかり元通りになっています。これが実は底砂の清掃の考え方のベース
となります。

 底砂の清掃道具は通常は「サイフォンホース」ですね。水底にホースの吸い
取り口をぴたりと当てて水をぐんぐん抜いていく治具です。あるいは、最近は
水底専用の清掃用具が販売されています。乾電池式のもので、吸い取り口を底
砂に差し込んで弱い水流で水を吸い取るものです。実をいうと私も愛用してい
ますが、これは非常に有用です。私は滅多に他人様に市販品をお勧めしたりし
ないのですが、これだけはお勧めできます。本当に体がラクです・・・・。なお、
サイフォン程度の吸引力ではバイオフィルムはほとんど損害を受けないという
米国の研究があります。乾電池式だとどうなのかは判りませんが、水量からみ
ておそらく五十歩百歩ではなかと推測しています。
 清掃にはHincon流のやり方があります(笑)。乾電池式などの弱い吸い取り用
具を底砂の上に優しく当てます。あるいはサックリと差し込みます。このとき、
乱暴にかき混ぜてはいけません。細かい有機物が多いときは、器具の先端でち
ょいと砂を掻き揚げるとコロイドがほんの少し舞いますので、それを全て吸い
取るようにします。要は、なるべくなら底砂のバイオフィルムを原状維持し
つつ、余分な有機物をしっかりと取り除く――ということです。

 私が皆さんに伝えたかったことは上が全てです。Hinconがお勧めする水換え
中心の飼育法を実践したい方はこのとおりなさればいいし、逆に有機物レベル
が高いバランス水槽を指向する方であれば、この作業をいい加減?にやるか、
あるいは全然やらなければ、少しずつ目的を達成できます。

 ちなみに、フィッシュレス法で十分時間の経った水槽中の細菌の9割以上は、
ろ材と底砂のバイオフィルムに棲んでいます。通常の成熟した水槽でもそうで
す。このことから、単に硝酸塩を減らす目的で水換えを行う場合は、サイフォ
ンホースを底に付ける必要はなく、ホースの先端を底から離して、水槽の水そ
のものを吸引すれば事足ります。硝酸塩はその化学形態からいっても特に底に
集まるということはなく、水槽全体に分布していると推測されるからです。