金魚飼育のあれこれ(その9)

金魚を初めて水槽に入れるとき


ビニール袋のなかの地獄絵図

 金魚を買ってくるときの大まかな注意点は以前申し上げたとおりです。買っ
たら四の五のいわずに速攻で持って帰る――これが金魚の小さな命を救います。
 ですが、これははっきりいって、金魚ショップが近くにある、ごく限られた
方々に当てはまることですよね。普通は数十分もかけて車を飛ばし、金魚を買
ったあとは子供と一緒にマクドナルドでハンバーガーをかじり、そのあとは、
一通りお決まりの家族サービスをこなした後、ようやく家に帰り着くのは、結
局ショップを出てから4時間後だった――なんていうことは決して漫画の世界
でなく、誰しも経験する現実だと思います。
 ここで誤解のないように最初に申し上げておきますが、ショップの扉をあと
して、即、帰宅したのであれば、(金魚がもともと病気持ちだったという場合
を除いて)ほとんど問題がありません。金魚の本に書かれているとおり、慎重
に水温や水質を合わせつつ、ゆっくりと本水槽に入れてやれば、おそらくその
まま、他の金魚たちとともに、水槽の一員として長く生き続けることでしょう。

 しかし、何時間も狭いビニール袋に入れられた金魚は、普通、どんなに強い
個体でも体調を崩してしまいます。それはなぜかといいますと、いくつか理由
があります。一つは別コラムでも書いたかと思いますが、“移動途中の揺れ”
です。常に水面がちゃぷちゃぷ波打っているような状態は金魚をパニック状態
にさせます。喩えれば、ガタガタ唸っている壊れかけの洗濯機に入れられてい
るようなものですね。
 もう一つの原因、それは金魚の“糞”です。ショップでは通常、お客さんが
いつ買いにくるのかわかりませんので、いつも決められた時間どおりに餌をや
っています。そして、金魚のほうも「したくなったらいつでもする」生き物で
すよね(笑)。当然のことながら所構わず糞をします。金魚を持ち帰ってビニー
ル袋のなかを覗いてみてください。もともと元気な金魚であればあるほど、袋
の底には糞が沈んでいるはずです。

 “糞”というのは有機物です。有機物は「好気性従属栄養細菌」と呼ばれて
いる細菌の大好物です。この細菌群はビニール袋に入っている酸素を 120%利
用して糞をせっせと分解し始めます。分解した後は糞はアンモニアに変わり、
水中に溶け込むことになるでしょう。これが金魚にとってどういう結果をもた
らすのか、もはや説明するまでもありません。
 もちろん、ビニール袋にはショップの水を入れてもらっていると思います。
つまり、わずかではありますが硝化菌も一緒に入っているわけです。ですので、
糞から発生したアンモニアの大部分は亜硝酸に変換されますが、これとても毒
物質であることには変わりありません。

 さらに悪いことに、「好気性従属栄養細菌」は物凄い速度で分裂を繰り返し
増殖します。20分で分裂を開始する種類もあるくらいです。ということは、
糞ができて20分経ったら2倍、40分経ったら4倍、1時間たったら16倍、
1時間20分たったら256倍・・・すさまじいスピードで増え続けます。そして、こ
れらの細菌の増殖と比例してアンモニアと亜硝酸の濃度は“分オーダー”で激
増していきます。つまり、子供たちと一緒に20分間ハンバーガーショップにい
るだけで毒物質は2倍に増えていることになります。

 「糞のひとつやふたつ、大したことないのでは?」と感じる方もいらっしゃ
るでしょうが、それは事実と異なります。通常、飼育水槽には数十リットルも
の大量の水が入っていますから、ここに糞がひとつ、ふたつ増えたからといっ
て、アンモニアや亜硝酸の濃度はそれほど上昇しません。
 ところが、ビニール袋の水は多く見積もってもせいぜい1リットルでしょう。
つまり、糞ひとつ分から出る毒物質(アンモニア、亜硝酸)の量が同じだとし
ても、ビニール袋のなかの濃度は、60リットルの水槽の濃度に比べて、60倍
もの超高濃度になるわけです。
 おそるべきは金魚の糞――実は糞だけでなく、金魚はエラからアンモニアを
排出する性質がありますから、私たちの想像以上の毒物がビニール袋のなかを
漂うことになるわけですね。
 自業自得とはいえ、それでも金魚は生き残るでしょう。もともとが逞しい野
生のフナですから、遺伝的に環境の悪化には強いのだと思います。しかし、い
くらなんでも限界というものがあります。

 非常に長時間かけて家にたどりついたとします。金魚はアンモニアと亜硝酸
の毒作用で、いつ死んでもいいくらいの状態となっていると思われます。そん
な息も絶え絶えの金魚を自宅の本水槽へぽちゃりと入れるとしましょう。

 これはかなりの高確率で死亡します。

 今度は「水質ショック」という新たなハードルを金魚に与えることになるか
らです。健康な金魚であればこれをクリアすることができます。ものの1時間
もあれば、とりあえず最初の壁を越えることでしょう。また、その後は数日間
かけて、体内のすべての器官がその水の“特徴”に徐々に適応していきます。
――すなわち、水温やpHのみならず、様々な微量元素やイオンの濃度、さら
には細菌やプランクトンの種類や構成など、ありとあらゆるものが“水”を特
徴付けていて、金魚はこれら一つ一つについてスムーズに対応できるように、
自分自身の体の機能をもっとも相応しい形に微調節していくわけです。なお、
これには想像以上のエネルギーを要することはいうまでもありません。

 しかし、今の場合、金魚はとても不利な状態にあります。ただでさえ死にそ
うなくらい弱っているところに、これまで長期間生活してきたショップの水質
とは全く違った“特徴”や“くせ”を持った水に適応しなければなりません。
これは金魚の体に過大な負担をかけることになります。
 水温一つとってみてもショップと自宅とではおそらく相当の開きがあるので
はないでしょうか。ショップの飼育温度は、熱帯魚と同じ温度(26〜27℃)に
設定してあるところが多いと思いますが、それに比べて、自宅の水槽だと涼し
い時期は15℃〜20℃くらいの温度であることが普通です。10℃近くも違うわけ
です。たとえ金魚が死ななかったとしても、ほとんど「生死の境をさまよった
挙句の奇跡の生還」に近いものがありますね。
 こうしたことをしている私たち人間を金魚はどう見ているでしょうか。「死
んじゃだめだ! 頑張れ!」と涙をながしながら、身の毛もよだつおそるべき
拷問を加える人格破綻者――おそらくこんなところでしょう(笑)。


地獄からの救済

 とはいっても、人間も資本主義社会で生きていく限り、たかが?金魚のため
だけに高いガソリン代を使うわけにはいきません。金魚には少々我慢してもら
わなくてはいけないときもあるでしょう。
 私だけでなく多くの金魚飼育者が新しい金魚を導入するときに必ず使う手が
あります。それが塩水浴です。抗菌剤を使って薄めの薬浴をされる方もいます
が、考え方は大体同じでしょう。その効果の程は後ほど紹介させて頂くとして、
ここでは塩水浴のやり方をあらためてご紹介いたします。

 まず、金魚を買いにいく前に、塩素を完全に抜いた水(できれば浄水器を通
し、さらに、コントラコロラインなどで塩素を完全に除去した水を使います。)
をできるだけたくさんバケツに用意します。ちょっと多めかもしれませんが、
1匹につき最低10リットルは欲しいところです。可能なら15リットル、多けれ
ば多いほどトリートメントの効果が上がります。これは前述したとおり、少な
い水に金魚を入れていると、糞をしたときにアンモニアなどの濃度が急上昇し
てしまうからです。また、水量が多いほど外気温の変動に対して、水温が上が
ったり下がったりすることが少ないという利点もあります。病気ときに隔離水
槽を準備するときも同じ考え方です。ちなみに、私のコラムの「病気を治そう」
のコーナーでは、基本的に隔離水槽の水量は一応5リットルということにして
います。これは自宅が狭い場合は大きなバケツの置き場にも困るだろうし、短
期間であれば5リットル程度でも問題ないだろうという推測からそうしている
だけで、決して5リットルが最適といっているわけではありません。ご注意く
ださい。

 次にヒーターをお持ちの方は、これから買いに行くショップの水槽温度と大
体同じくらいの温度に設定したいところです。バケツですとヒーターを入れに
くいので、薬浴用に予備のプラケースやアクリル水槽(20リットルくらいの小
さめのもので十分)を買っておくのをお勧めします。色んな用途があって実際
便利ですよ。どうしてもショップの温度がわからない場合は飼育者が判断する
しかないかと思います。ショップの水温は全季節を通じておそらく20℃を切る
ことはないと思われますので、この条件で冬は低め、夏は高め――という感じ
でエイヤと決められるといいかと思います。
 
 次にいよいよ金魚を持ち帰ってきたときの手順です。まずは温度合わせです。
金魚をビニール袋ごと、塩水浴用の水槽(以下はバケツといいますね。)につ
けます。酸素で密封されている場合は袋をほどいて空気と接触させてやります。
それから水槽の真水と少しずつ少しずつ水合わせをします。このあたりのやり
方に自信のない方は別コラムを参照されてください。そして、適当なタイミン
グで真水の水槽にそっと放してやります。

         *        *        *
閑話休題1
 真水なら水質ショックを受けないのでしょうか――という素朴な疑問をお持
ちの方もいらっしゃるでしょう。受けないというのがほぼ正しい答えです。水
道水というのは専門技術の粋を尽くして作られた、非常に“くせ”のない水で、
金魚をほんの少しでも煩わせるようなもの(微生物なども含む)が基本的には
ほとんど含まれていません。あえてあげれば塩素は致命的な物質ですが、これ
はカルキ抜きをきちんとすることによって完全にクリアできます。

 あまり表だっては出てきませんが、金魚というのは江戸時代の昔から、もっ
ぱら真水によって飼育されてきた観賞魚であることを思い出してください。今
でも、例えばらんちゅうのプラ舟飼育をなさっている方に話を聞くと、稚魚の
場合、(寒い時期を除き)最低1週間に1回は真水と全換水するのだそうです。
我々お気楽なサンデー飼育者には信じられないくらい大量の「真水」ですね。
金魚がいかに真水を好む魚かということが、このことからだけでも理解できる
のではないでしょうか。(なお、いくら真水とはいえ、いきなりポチャリとや
ってはいけません。急激な水質変化を与えることは、変更しようとする水質そ
のものの良し悪しとはまったく別に、常に悪い影響を金魚に与えるからです。)

 一般の金魚飼育の水は、生物ろ過フィルターによって、魚体にとって致命的
なアンモニアや亜硝酸などの毒物質が自動的?に取り除かれた水と定義できま
す。その点では真水と同じといえますが、飼育水にはその他にも色んな物質、
イオン、細菌、原生動物(プロトゾア)などが無数に含まれています。「危険
人物はいないが色んな人種がたくさん宿泊している相部屋」のようなものです
ね。それに比べて真水は、「自分以外誰一人いないゆったりとした個室」です。
金魚は相部屋のなかでもマイペースで生きていくことのできる生き物ですが、
何の気も遣わず無条件に適応できるのはやはり真水であるといえます。

         *        *        *

 さて、真水に金魚を入れたら最低1時間は水に慣らせます。そして次は、食
塩を少しずつ溶かしていきます。1リットルの水に1グラムの塩を入れると 
0.1% の濃度となります。これを覚えておけばあとは掛け算だけですね。0.5%
ですと10リットルのプラケースで、50グラムの塩が必要ということです。濃度
を上げていく手順としては、1〜2時間毎に0.1% ずつが目安です。最終的に
は金魚の種類や大きさにもよりますが、0.2〜0.5%がストライクゾーンになり
ます。 具体的な濃度は各人が判断するのがいいでしょう。とりあえず、そこ
そこの塩を入れたら数日間様子をみます。

 その間、餌は基本的に与えません。アンモニアのモトになるからです。また、
バケツの底に糞らしきものが見えたら、即刻、網で取り除き、かつ同じ濃度の
塩水で大型換水をします。というのは、真水あるいは真水をベースとした塩水
というのはとりあえず“きれい”というだけで、硝化菌がゼロですから、糞が
発生した途端に、バケツのなかのアンモニア濃度が急上昇してしまうからです。
真水による飼育の唯一の欠点がこれで、らんちゅうの真水飼育が頻繁な大型換
水を必要とするネガティブな理由もこれですね。常に水質悪化に気を遣わなけ
ればならないのです。このトリートメント中の水換えを怠ったせいで、金魚を
落としてしまう方は世の中にかなり多いのではないかと考えています。
 特に塩水浴をし始めた頃がその危険地帯になります。腹のなかに残っている
糞が塩水によって腸が刺激されブリブリと捻り出されることが多いからです。
また、塩水浴初期にはエラから相当量のアンモニアが放出されるという事実も
あります。したがって、塩水浴のバケツの水は2、3日目には無条件に全量換
水するのが理想的です。その後は糞を発見する度に水換えを行うことによって、
常にきれいな状態を“人為的に”保ってやります。

 こうしたこまめな糞掃除や水換えを大前提として、塩の効力が金魚を元の健
康体に戻します。薬浴をする場合も基本的には同じですので、是非、記憶に留
めておかれるとよろしいかと思います。さて、次に塩の効能といった話をいた
します。

塩話(しおばなし)

 「金魚を治そう」のコーナーで、水カビ病の治療についてのコラムがありま
すが、その中で塩による浸透圧の緩和という話をいたしました。これは水カビ
によって体表の粘膜をやられた場合の“塩水”の効果に関するものです。しか
し、これはどちらかというと特殊な状況における話であって、塩というものの
一般的な効能について説明したものではありません。

 ご存知のとおり、塩は水に溶けるとナトリウムイオンと塩素イオンとに分か
れます。つまり塩の効果といっても、厳密にいえばNaイオンあるいは塩素イ
オンの効果のことをいっているわけです。このうち、Naイオンについては、
高濃度になると寄生した細菌などを攻撃することが知られている以外、それほ
ど大きなメリットは報告されていないようです。塩素イオンについてはいくつ
かのプラス効果があることが判っています。なお、塩素は金魚にとって極めて
強い毒性を持つ物質ですが、それがイオン化した化学形態では逆の作用を持ち
ます。ちょっと不思議な話ですね。

 ・《金魚の代謝機能を刺激し、亢進させる。》要するに体内で起こる生化
  学反応が全体的に活性化されるという利点ですね。塩水浴のちょっとした
  ヒーリング効果として知られています。

 ・《金魚の血液中へ亜硝酸が取り込まれるのを阻害する。》亜硝酸という
  のは金魚の血液に入ると、赤血球中のヘモグロビンという物質と反応し、
  メタヘモグロビンという役立たずの物質に換える働きをします。これによ
  って、赤血球の酸素結合能力が失われ、金魚を死に至らしめるというわけ
  です。(Brown blood syndrome) 塩素イオンは、その恐ろしい亜硝酸が血
  液へ取り込まれるのを抑制するという素晴らしい働きをしてくれます。

 ・《体表を刺激し、粘液の分泌を促進させる。》粘液(mucus) は、体表に取
  り付いた寄生虫や細菌を離脱させる役割を果たします。これは殺菌という
  よりは物理的な現象ともいえますが、意外と大きな効果があるようです。

 ・《魚体内への水の取り込みを減少させ、腎臓の負担を軽減させる。》1
  番目の代謝の活性化と似ていますが、これも一つのヒーリング効果といえ
  るでしょう。

 ・《浸透圧を変化させ、単細胞生物(細菌)を選択的に攻撃する。》これ
  は塩の特徴的なメリットです。すべての細胞の内外では塩素イオン濃度の
  差を小さくさせようという自然の力(“浸透圧”)が働いていますので、
  水中のイオン濃度を変化させると、細胞膜を通して水分の流れが生じるよ
  うになります。この力は金魚自体と金魚に寄生している病原菌の双方に働
  きますが、単細胞生物のほうが特に強く影響を受けるという傾向が知られ
  ています。このことから、水中の塩素イオン濃度をある程度あげてやれば、
  単細胞である病原菌だけが浸透圧破壊を起こし、死んでしまうという――
  一風変わった殺菌効果があります。

 このように塩にはいろいろな複合的な効果があり、金魚がなんとなく元気が
ないときとか、原因不明の病気に罹ったときなど、何はさておき、まずは塩水
浴が行われるのが普通です。
 ちなみに欧米では塩の効用は認めつつも、実際には塩水浴にそれほど大きな
期待をかけていない風潮が見受けられます。それに対して、本家本元の日本で
は江戸時代の昔から金魚の病気といえば即“塩”でした。今でも塩の濃度や水
温を自由自在に変化させて、大抵の病気は治してしまうという職人さんがたく
さんいらっしゃいます。おそらく塩には上で書いた以上の複雑な作用があって、
使い方次第では信じられないような薬効を発揮するのだと思います。塩を制す
る者はひょっとすると金魚界を制するのかもしれません(笑)。


塩水浴のその後

 さて、ここでコラムを終わってしまうと、尻切れとんぼというものですね。
塩水浴をどれだけ続ければいいのか、とか、その他の注意点はないのか、とい
う疑問が残ってしまいます。
 塩水浴は基本的に3日〜1週間くらいで十分です。塩が出来ることはその間
にすべてやり尽くされているだろうと推測するからです。それに、もともと淡
水魚ですから無為に長期間塩水に浸けていても長い目でみてあまりいい影響を
与えるとは思えないですよね。
 塩水浴の濃度は、金魚を水槽に移す数日前から、少しずつ薄めてやることで、
水槽へのスムーズな移行が可能となります。具体例を次に挙げます。

 ・日曜日   金魚の0.5%塩水浴を開始する。(10リットル)
 ・月曜〜水曜 水換えをしつつ塩水浴を続行。
 ・木曜日   0.4%濃度に下げる。真水で2リットル換水する。
 ・金曜日   0.3%濃度に下げる。真水と水槽の水で2.5リットル換水する。
 ・土曜日   0.2%濃度に下げる。水槽の水で3リットル換水する。
 ・日曜日   朝からゆっくりと時間をかけて水合わせをして水槽に移す。

 これで完了です。塩水の濃度低下と水槽の水質合わせを兼ねた導入計画です。
例と申し上げましたが、実際、購入してからの運搬時間が長いときは、私はい
つもこのやり方で金魚を水槽に導入することにしています。コツのようなもの
があるとすれば、とにかく日数をかけて少しずつ変えてやることです。よろし
ければ参考になさってください。