金魚の病気を治そう(その17)

積極的な塩水浴治療3


昇温塩水浴――最後の仕上げ

 さて、あとは降温作業を残すのみです。ここまでやってこられた皆さんはき
っと、このあたりでホッと一息つく方がおられるかもしれません。「金魚は元
気になったし、あとは早く温度を下げて水槽に復帰させよう。特に、明日は会
社だから早く片付けてしまいたい」こういったお気持ちは痛いほどわかります。

 ところが、昇温塩水浴で失敗するのは、実は水温を下げるときが一番多いと
いわれています。一般に、金魚は水温の上昇には割と平気なのですが、逆に、
水温を下げるときは非常に脆弱です。それは、動物の代謝機能が関係していて、
人間でも気温がぐっと下がる明け方に風邪を引くケースが多いですヨネ。

 普通、「昇温は1時間に1℃、降温は3時間に1℃」といわれていますが、
この原則はあくまで金魚がある程度体力がある場合に限られます。病み上がり
の金魚に対して、この通りの速度で温度を下げますと、魚の体調が再び悪化す
ることが少なくありません。完全に後戻りです。すると、飼育者の常として、
軽いパニックに陥り再び水温を上げようとします。こうした水温の上げ下げは、
金魚にしてみれば相当過酷な状況です。肺炎で退院してきた人に対して暖房と
冷房を交互にかけてしまうようなものですね。

 金魚の治療は特殊な場合を除いてほとんど餌切りをして行います。体調不良
を発見した場合も同様です。ストレス状態あるいは罹病しているときというの
は腸の機能が著しく減退していること、そして、隔離水槽など硝化菌のない水
で治療を行うためにはアンモニア源の除去が大前提となるからです。つまり、
餌切りは金魚治療には絶対に欠かせないことなのですが、同時に、闘病が長引
いたりすると、金魚とて生き物ですから、だんだんと基礎体力が低下していき
ます。罹患した病気が重症であればあるほどエネルギー消費が大きいですから、
病原菌をようやく駆除できた頃には内心クタクタに疲れ果てているわけです。

 こうしたときに“降温”という、金魚に対して最もストレスフルな行為をい
いかげんにやってしまうと、せっかく到達した健康レベルが一気に引き戻され
てしまいます。これが白点病のようなごく軽い症状であれば、回復後も金魚の
体力は十分ですから、少々のことでは問題は起こりませんが、エラ病のような
金魚の生死にかかわる病気の場合はおおいに問題があるのですね。

 そこで、本当の意味で治療を成功裡に終わらせるためには、降温を非常に緩
慢に行うことが必要です。1日に1℃の降温が理想的です。また、降温作業は
通常、午後3時以降に行います。これは金魚の自律神経のサイクルを考慮して
のことですね。なお、隔離水槽の水換えの前日くらいに、ほんの数粒程度の餌
を与えてみることをお勧めします。これは本水槽復帰に向けた栄養補給になり
ますし、餌食いの状況で回復の度合いをおおむね知ることができます。
 以上で昇温塩水浴の手順は終了です。

  ※なお、この方法は、“水温いじり”という非常に機微な作業を、エラ
   疾患という深刻な症状の魚に対して施すため、相当慎重な治療手順を
   踏まなければなりません。また、金魚の症状によっては柔軟な対応が
   必要になることもあり得ます。そういう意味で、飼育を始めたばかり
   の方にはかなり難しいと思い、これまでHPではご紹介してきませんで
   した。トライされる方はこうしたことも頭に入れた上で、慎重の上に
   も慎重に行って下さい。


◇塩水浴を中心とした治療プログラム

 ここでご紹介している昇温塩水浴の効用は、既にお話したとおり、一言でい
えば「エラ病」の治療といえます。なぁんだ、エラ病だけか、と思った方がい
らっしゃるかもしれませんが、エラ病というのは実は正式な病名ではなくて、
原因も症状もひっくるめて、次のような初期症状を総称したものとして捉えた
ほうが理解しやすいと思います。

 ・エラの動きがおかしい場合(頻繁にパクパクさせる、片エラ呼吸、閉じた
  ままの状態であまり動かない)
 ・時折、変な泳ぎ方を見せる場合(横泳ぎ、バック泳ぎなど)
 ・他の金魚が普通に泳いでいるなかで、水槽の隅や底のほうでじっとしてい
  るなど、一箇所でボーッとしている場合
 ・他の金魚と一緒に行動するものの、なぜか背びれをたたんだままの場合
 ・よく見ていると溶存酸素が多い場所に居たがる傾向がある場合
 ・挙動がおかしい他、体表には特にこれといって異常が見受けられない場合

などです。特に定義はありませんので、思いつくまま列記してみただけですが、
他にもあるでしょう。要するにエラ病の初期症状は、一言でいって「挙動不審」
だといえます。
 白点病や尾ぐされ病なども、体をこすりつけたり、急に狂い泳ぎをしたりし
て、ある種の前兆行動を示す場合がありますが、基本的には皮膚病の部類で、
体表やヒレにわずかなサイン(異常)が現れますので、じっくり見れば比較的
簡単に診断が可能です。
 それに対して、エラ病の初期症状の多くははっきりしません。飼育者の多く
は、妙だな?と感じるだけで、そのまま放置してしまいがちです。あるいは、
何か治療を加えてやりたくても、白点病などのように目に見える症状ではなく、
今ひとつ病原の特定に自信が持てませんので、結局は“様子を見る”というこ
とになりかねません。
 しかし、これらの症状が見られたときは、重篤の度合いに差はあるものの、
エラあるいは腸などに疾患が生じている可能性が高いと考えたほうが得策です。
少なくとも魚体に何らかのストレスがかかっていることは疑問の余地がないで
しょう。もちろん、水質悪化に起因する症状であれば、水換えを行うなど飼育
環境を整えることによって、自然と治癒する場合もありますが、放置してしま
うと通常はどんどんと症状が悪化していき、たとえば次のような状況となりま
す。

 ケース1:元気がなくなり、鱗や体表に何らかの異状が現れてくる。
 ケース2:エラの動きが特におかしくなってくる。
 ケース3:いきなり頓死

 一番目は結局エラ病というよりも、アエロモナス・ハイドロフィラ菌などに
よるエラ以外の部位(特に、腸などの内臓)への感染が疑われます。別コラム
では、この病原菌のことを「死神」と申し上げました。
 二番目は本物のエラ病で、エラ腐れ病などに代表されるものです。金魚自体
はなかなか死なずにエラだけが悲惨なことになっていきます。このHPでは、「し
つこいエラ病」ということにしています。
 三番目はある意味、最も恐ろしい病気です。細菌、特にある種の強烈なカラ
ムナリス菌が選択的にエラに感染してしまうものです。この感染力たるや強力
で、体表に何の異常もないのに、数日〜1週間くらいの短期間で水槽中の金魚
は次々と死んでゆきます。原因不明の連続死として色々なところで耳にするも
ののほとんどはこれだと思います。「全滅性のエラ病」です。
 なお、金魚の病気にはたくさんの種類が発見されていますが、よくみかける
代表的なものは数えるほどしかありません。余程有機レベルの高いひどい環境
で飼育していない限り、一般のホビィストが知っておくべき病気の数は、上で
お話したように、五本の指で事足りるでしょう。

 金魚の「挙動不審」が認められたら、すぐに何らかの措置をしてやる必要が
あります。もちろん底砂や物理フィルタの清掃、大型換水を施した上でのこと
です。上記のような初期症状に対して非常に効果的な治療法が、塩水浴、ある
いは塩水浴+イソジン短期浴であり、さらには今回ご紹介している昇温塩水浴
です。

 上で書かれた症状が認められたら、とりあえずは餌切りをして塩水浴を行い
ます。そして、快方に向かう兆しが見られなければ塩水浴を維持したままイソ
ジン短期浴を試してみます。早期発見のエラ疾患であれば、これで治るでしょ
う。私の場合、挙動不審病のほとんどは「塩水浴+イソジン短期浴」で快癒さ
せています。
 ただし、稀に、これだけでは症状に改善が見られない場合があります。こう
したときは若干手がかかるのですが、即、塩水浴の昇温治療に移行します。元
々塩水浴をしていますので、移行が非常にスムーズで、金魚に与えるストレス
も最小限ですみますね。こうした一連の治療プログラムによって、少なくとも
上の初期症状を示す疾患のほとんどが治ると思います。

 昇温塩水浴が金魚の病気を治すメカニズムは何でしょうか? これについて
は実はあまり判っていません。私Hinconの推測では、塩が本来持っている効能
(別コラム「金魚の導入手順」を参照)が、高い水温下で全般的に強化されること、
特に、整腸作用、粘液分泌といった各機能がアップし、抗菌力が高まるととも
に、代謝促進機能の飛躍的な向上によって金魚自身の免疫システムが速やかに
回復することが大きな効用ではないかと考えています。こうしたことは昇温塩
水浴が、エラ病だけにかかわらず、腸内感染のアエロモナス菌に対しても効果
を発揮することを意味しています。なお、30℃という高温域で棲息できる病原
菌の種類はかなり少なくなりますので、場合によっては非常にプリミティブな
殺菌効果も果たしているものと考えられます。

 もっとも、こうした話は米国の研究者が好む分野だと思うのですが、そもそ
も米国では昇温塩水浴という治療法はほとんど知られていないのが現状です。
30℃という高温水に生き物を放り込むという発想自体が動物虐待に敏感なアメ
リカ人には理解されないのかもしれません。

 しかしながら、昇温塩水浴は正しく慎重に行えば信じられないくらいの効果
を発揮することは厳然たる事実です。上では初期症状の病魚に対する治療とし
て使っていますが、病状が進んで体力の落ちた魚に対しても、(勿論、昇温ステ
ップの微妙な調整や職人級の塩加減が必要ですが)快癒させることが可能です。
こんな重宝な治療法に対して、研究によってその効能をはっきりさせることは
意義あることではないかナアと常日頃思っている次第です。

(積極的な塩水浴――おわり)