日本における金魚飼育の歴史は相当長いです。中国から輸入されたのはい
つだったかという点では諸説入り乱れていますが、少なくとも400年以上
は前のことだといわれていますので、金魚観賞というのは信じられないくら
い息の長い“趣味”なのですね。本家本元の中国では一時下火だったようで
すが最近になって復活してきたと聞いていますし、日本経由で輸出されたと
いわれる欧米においても、金魚観賞は徐々に広まり、今ではその人気はすっ
かり安定段階に入っています。
それほど世界的に有名になった金魚ですが、その飼育については、どの国
でも日本の飼育者と同じ悩みを持っているはずです。特に病気になったとき
の処置をどうすればいいか――これは日本においては400年の昔から、そ
して、現代という時代においては中国、欧州、米国といった全世界にわたっ
て共通の課題であることは間違いありません。
金魚飼育の分野において日本より歴史の古い中国で、大昔、どういった治
療をしていたのかは定かでありませんが、日本においては“塩”というのは、
数百年間、ほとんど唯一といっていいくらい代表的な魚病薬でした。今でこ
そ白点病にはメチレンブルー、尾ぐされ病にはグリーンFゴールドなどが定
番になっていますが、昔はそんなものはなかったので、何でもかんでも塩を
使っていたようです。
塩がどの程度効いたのかは記録はほとんどないようです。ただ、それが金
魚飼育にとって欠く事のできないくらい重要なものであったことは、現在で
も、歴史あるランチュウ飼育の職人さんの間で塩水浴が病気治療の中心とな
っていることから窺い知ることができます。
金魚の病気に塩は本当に効くのか?
ちょっとした体調不良やいろんな病気の初期症状に対しては、とてもよく
効きます。金魚を購入して水槽に入れる前にトリートメント用に塩を使用す
る方が多いのはこのためですね。具体的な塩の効用については、別コラムに
紹介していますので重複を避けますが、0.5%程度の濃度に調整した塩水浴が
金魚の健康をプラス側に押し上げることは疑いようのない事実です。
ただ、これまで多くの方が塩水浴を行っているにもかかわらず、「病気に
罹ってしまった⇒ 0.5%塩水浴をした⇒無事治りました」という単純なパタ
ーンはあまり聞かれません。これは何故なのでしょうか。やっぱり塩は所詮
塩であって、魚の治療に過大な期待をすることはできない――心の奥底でこ
う感じてらっしゃる人は結構いるのではないでしょうか。
これは事実ともいえますし、そうでないともいえると思います。結論から
いえば、塩水浴だけで病気を完治させるためには多くの前提条件が必要にな
ってきます。塩水浴といえども、ある種の“飼育”ですから、水換えや適切
な水質管理(糞掃除など)が必要なことはいうまでもありませんが、それ以
上に、金魚の病気がそれほど悪化していないことが大前提といえるでしょう。
既に申し上げたように塩は所詮NaClです。市販されている薬のように魚
病用として提供された特殊な化学物質ではなくて、そこらへんにごろごろし
ている代物ですから、専門薬に比べてその効果に見劣りがするのは至極当然
といえます。ただ、誤解のないように申し上げますと、塩水浴が病気に効か
ない――という認識は間違っています。効かないのではなくて、「効きがと
ろい」のです。
金魚の病気で塩の効果を飛躍的にアップさせる方法
漢方薬のように効きがとろい塩水浴ですが、実をいうと、その効果を飛躍
的に上昇させる方法が2つあります。
ひとつは、塩の濃度を上げてやることです。普通、5センチくらいの大き
さの金魚であれば塩水浴は 0.5%に合わせて行いますが、病気の種類や重篤
度によっては一向に効き目を見せない場合があります。こういうときは、ご
く短時間(たとえば10分程度)だけ、濃度を1〜1.5% に上げた治療水で泳
がせてやると一気に快方に向かうケースがあります。この方法は、考え方と
してイソジンの5分浴に相通じるものがあります。要するに、長期的には強
烈すぎて治療水としてまったく成立しない水でも、ごく短時間の曝露であれ
ば金魚の生命を維持したまま、体に寄生した病原菌などに決定的なダメージ
を与えることができるという目算に立ったものです。通常、こうした短期浴
は、0.5%塩水浴をベースにしながら、治るまでの間、1〜3日毎に1回の頻
度で行います。
なお、考え方は上と同様ですが、病魚の様子を慎重に観察しながら、濃度
を徐々に0.6〜0.8%程度まで上げてやるというのもあります。一般にいわれ
ている 0.5%という基準は、効き目が現れるかどうかのギリギリの線である
ことが多く、ほんの少し濃度を上げてやっただけで回復のベクトルが眼に見
えてプラス方向に向くことがあるからです。ただ、高めの濃度の塩水で長期
浴をする場合は、隔離水槽の水質や金魚の体調管理の点で、通常の 0.5%浴
よりさらに慎重を期すことが必要となってきます。
もうひとつの方法は、もっと効果的です。それは塩水浴の水温を28〜30℃
に上昇させることです。これは、体表面やエラの動きはまともなのに何故か
金魚が底に沈んで動かない場合とか、ある日を境に金魚が次々と死んでいく
場合とか、どうにも原因の特定が難しい場合に有効です。もちろん、普通の
エラ病も治りますが、エラ病であることが明らかな場合は、イソジンの短期
浴などの軽めの治療で対処するほうが時間もかからず一番お手軽でしょう。
それでも治らない、しつこいエラ病の際には自然とこの方法に帰結すること
になります。さらに、魚病薬による治療などを次々と試みてどれも失敗し、
相当弱ってしまった金魚(いじり過ぎ病)に対して、このアプローチは比較
的安全な最終手段として効果を発揮するでしょう。
標準的な実施例を次にご紹介します。ここでは仮に、たちの悪い細菌(カ
ラムナリス菌など)によって次々と金魚が死んでいくケースを想定します。
この場合、本水槽側の処置として大型換水くらいでは足りませんので、リセ
ット(もどき)が必要になりますが、ここでは若干手のかからない方法をご
紹介します。水槽に病魚を入れたまま、治療と水槽の処置を並行して行うテ
クニックですが、宜しければ参考になさって下さい。
[飼育条件]30リットル水槽、底砂あり、フィルタ・・・上部ろ材のみ、エアレ
ーション(ぶくぶく)なし、水草なし、大型姉金4匹
1.ろ材の退避
ろ材を装荷したまま塩水浴を行うのはよくありません。何故なら、塩水浴
の最中は治癒するまでは完全に絶食させることになりますので、その間、ろ
材に着床した硝化菌にも絶食(餌=アンモニア)を強いることになってしま
うからです。また、硝化菌は 0.5%やそこらの塩水では死滅しませんが、そ
の勢力が減退してしまうという事情もあります。薬浴の場合も同じことです。
これらのことから、普通は金魚を別のバケツ等に隔離して、別々に処置をす
ることになりますが、ここでは“ろ材”のほうを隔離するという珍しい方法
を紹介しましょう。
バケツなどにカルキ抜きした水を入れ、ろ材を放り込みます。それだけで
は硝化菌はバケツ内の溶存酸素が切れると死んでしまいますので、エアース
トーンを必ずひとつ以上設置します。この時、エアーストーンによる水流が
ろ材に当たるように配置すると一層効果的です。
次に、マツモトキヨシなどでアンモニア水を買ってきます。(300〜500円
くらいの小さいもので十分)ただし、成分表を見て、日本薬局方のきちんと
した製品で、かつ不純物がないことを必ず確認してください。とにかく、こ
のアンモニア水を毎日適当量滴下しておけばろ材の硝化菌は、その勢力をほ
とんど殺がれることなく生き続けます。
なお、「ろ材を生かす」場合、それが長期にわたるときは、餌やマグロを
使うのはできれば避けたほうがいいと思います。というのは、今の例でいう
と、ろ材にも病原菌がきっちりと根を張っていると考えられますから、マグ
ロなどによって水槽の有機レベルを高め維持するということは、従属栄養細
菌群や病原菌に有利な条件を与えてしまうのですね。その点、無機的な環境
下でアンモニアを直接投与するやり方は、ろ材表面における病原菌の衰退を
促し、硝化菌に声援を送ることになります。
(つづく)
|