■水質悪化は金魚を“変える”
飼育者の陥りやすい罠
「水質悪化だか何だか知らないが、ちょっと気にし過ぎなのではないか?
私の水槽ではあまり水換えをしないけど、金魚は餌食いも良くて元気溌剌。
これのどこが悪いのか?」
これは昔からよく提起される話題です。金魚や熱帯魚を飼育されている方
のおそらく大半は(程度の差こそあれ)頭の片隅をよぎったことがある疑問
ではないでしょうか。
かくいう私も飼育歴1、2年くらいまでの頃はもっぱらバランス水槽――
いわゆる水換えが限りなくゼロの水槽――を目指していて、(お小遣いが許
す限り)いろんな工夫を加えながら楽しんでいた時代があります。市販のバ
イオ素材や水質調整剤の類はいうまでもなく、ペレット型のろ材をさらに細
かく砕いたものを投げ込み式のフィルタに詰め込んでみたり、腐葉土や黒土
を入れた水に1週間まぶした“Hincon流即席バイオろ材(笑)”を使ってみた
り、アオコや青苔を大量発生させた水を飼育水に混ぜてみたり……とにかく
当時は知識も技術も中途半端な状態でしたので、恐いもの知らずもはなはだ
しく、思いついたことは何でもトライしていた感があります。もちろん、そ
の間、二十匹以上飼っていた金魚は何らかの原因でちょくちょく病気に罹り、
その都度、先輩飼育者やショップの人に相談しながら、右往左往していまし
た。(この時代、病気の知識がずいぶんと増えました(笑)。)
結局行き着いたところは、江戸、明治の昔からずっと受け継がれてきた水
換え中心の飼育法でしたが、別に、一時の気の迷いからレトロ趣味に走った
わけではありません。金魚にとって何が良くて何が悪いのか、どうすれば金
魚が病気をせずに長生きできるのか――そんなことを色々と考えて実践して
いくうちに、いつのまにか身についてしまったといっていいでしょう。
私自身が辿ってきた道を、これから金魚飼育を始める方が繰り返すのも一
興でしょうが、やはり「こうすると悪い結果になる」ということは予め知っ
ておいたほうが金魚を無駄に死なせなくて済むと思い、このHPで口うるさい
お舅さんのようなことをお話させて頂いているわけですね(笑)。
金魚飼育というのは、水槽を立ち上げてフィッシュレス法で硝化サイクル
を作ってしまえばそれで終わりではありません。さらにもう一押し、金魚飼
育に対する理解を深める必要があると思います。それは一言でいって、“餌
のやり過ぎ”による弊害と、“水換え”の重要性です。ようやく硝化菌を作
り上げた皆さんに「外野は黙ってなさい」と罵られながらも(笑)敢えてアド
バイスしたいことがあるとすれば、この2点に集約されるでしょう。特に、
金魚が元気(に見える)からといって「水換え」を怠らないことが大切です。
水換えを怠るとどうなるか?――これについては少々ショッキングな事実を
お話しなければなりません。結論をいいますと、金魚の体の一部が変化して
しまいます。
エラの働き
水換えを怠る、あるいは、水換え量が足りないとまず水質バランスが悪化
してきます。既に別のコラムでお話しましたが、水質バランスというのは、
人間でいえばいつも呼吸している空気の成分に相当します。空気は窒素が8
割弱、残りは主に酸素といわれていますが、この組成が少しでも変わるとど
うなるでしょう。死なないまでも病気かあるいは呼吸不全に陥りますね。金
魚にとって水質というのはこれと同じです。バランスの崩れた水のなかで生
活する金魚というのは、傍目(はため)で見るより物凄いストレスを感じて
いるわけです。
水質にもっとも敏感な器官は“エラ”です。エラは大まかにいって2つの
大きな機能を果たします。ひとつは「呼吸」です。呼吸といっても、人間が
行う呼吸とはかなり違います。魚類というのは水に溶け込んでいる酸素をエ
ラから取り込みます。取り込まれた酸素は血液中の赤血球と結合し体の至る
ところを循環し、そして、最終的に二酸化炭素に変わります。この二酸化炭
素は再びエラへ戻ってきて、そこから水中に排出される――これが金魚のい
わゆる「呼吸」です。エラは呼吸、すなわち、ガス交換を行う担うほとんど
唯一の器官で、非常に高性能です。その効率は信じられないほど素晴らしく、
理想的な環境では、飼育水に溶けている酸素の9割近くをエラから取り込む
ことができるほどです※。
※ ただし、水温が高くなるとその効率は2割未満に減ってしまいます。
夏場、水温が30℃を大きく超えたりすると金魚が突然死することがあ
りますが、これはエラの呼吸機能の低下が原因の一つといわれていま
す。
エラにはこうした呼吸機能のほかにも二つの重要な働きがあります。
それは「排泄」と「浸透調節」という機能です。「排泄」というと通常、金
魚の糞のことだけと誤解されがちですが、実は金魚はエラからも“アンモニ
ア”という窒素廃棄物を排泄しています。この量は驚くほど多いことがいく
つかの研究で明らかにされており、なんと、体内で作られた窒素廃棄物の6
割近くがアンモニアという形態をとってエラから排泄されるそうです。金魚
が超効率的なアンモニア発生装置としてパイロットフィッシュに使われる所
以ですね。
さらに「浸透調節(Osmo-regulation)」ですが、これはやや複雑な働きで
す。細かい点はさておき大まかなイメージをお話しますと、金魚の体内には
周囲の水と比べるとミネラルや必須元素などがたくさん含まれています。す
ると、浸透圧の原理(薄いほうから濃いほうへ水が流入すること)によって、
エラあるいは口から体内へ水が入ってきます。この辺は物理の法則に従った
現象ですね。すると、体内の水分を調節する機能が働き、腎臓から尿管へと
水が流れ、尿として水槽水へ排出されます。このとき、体内の水分に元々溶
け込んでいた物質が(ほんの少しですが)水と一緒に排泄されますので、体
内の物質濃度が薄まってしまいます。これは生体にとって非常に不都合なこ
とですが、金魚はこれらの不足分をエラから能動的に吸収し、体内の物質濃
度が適量になるように絶えず調節しています。これが「浸透調節」というも
のの典型的な働きです。
このようにエラは、周囲の水に溶け込んでいる様々な物質を取り込んだり
排出したりする器官です。その構造はいわゆる特殊な“膜”なのですが、物
質が効率的にその膜を通過するためには、その厚さが十分薄くなくてはなり
ません。たとえば呼吸(酸素の取り込み)ひとつとってみても、せっかくエ
ラ表面に酸素がやって来ても、厚い膜では十分な量がその膜を通過できず、
赤血球と結合できる酸素量が少なくなってしまいますね。実際、健康な金魚
のエラの厚さは“超”が付くほどの薄膜で、細胞1個から2個程度の厚さだ
そうです。
水換えを怠るとどうなるか?
水槽水の物質バランスが崩れると、まず第一に考えられることは、「浸透
調節」がうまくいかなくなるということです。まず善玉物質(酸素、各種の
必須元素、イオン、ミネラル)の場合を考えますと、エラから金魚の体に取
り込まれたそれらの物質は、生化学反応によってその化学形態を変え、どん
どん消費されていきますから、基本的に水換えによって補給してやらないと、
体内の必須物質濃度は漸減し、金魚の体調を徐々に悪化させます。
また、悪玉物質(硝酸塩、毒性重金属など)や病原微生物(アエロモナス
菌や寄生プランクトンなど)の場合は、上とは逆に、水換えをせずに放置し
ているとどんどん増加してくるものです。では、これらはエラを通して体内
に入ってくるものかどうか――答えはイエスです。エラの「浸透調節」機能
というのは通常、その物質の種類をちまちまと選別するような気の利いた機
能ではありませんから、硝酸“塩”のような慢性毒物質であっても、他の善
玉“塩”と十羽一からげに吸収されることになります。病原微生物について
はエラはもっと無抵抗です。アエロモナス菌の多くの仲間は、選択的にエラ
の薄膜から金魚の体内に侵入し、その個体の免疫システムと絶えず抗争を繰
り広げています。
しかし、生物というのは不思議なものです。こうした毒性物質や微生物の
侵入をただ手をこまねいて許しているのかというと、決してそうではありま
せん。悪玉物質の侵入から身を守るために、(金魚自身の意思とは関わりな
く)エラはある“変容”を遂げることになります。
具体的には、元々細胞1〜2個程度の厚みしかなかったエラは、水質の悪
化によって慢性的な刺激を受け続けると、どんどん厚くなっていきます。こ
れは「増生(Hyperplasia)」という生物現象で、エラの厚みは元の3〜6倍
にも増えます。エラが厚くなるとどうなるか。この効果はあきらかですね。
悪玉物質や病原微生物がエラを通過しにくくなりますので、その分、金魚は
病気や死から逃れる可能性が高まるわけです。一種の防御反応といえるでし
ょう。
ところが、増生によってエラの厚みが増すということは、いいことだけで
はありません。先に申し上げたとおり、溶存酸素もエラを通過しにくくなり
ます。また、体内で不必要な二酸化炭素、アンモニアなどもエラから外部に
排泄されにくくなります。これは「呼吸」、「排泄」の機能が著しく損なわ
れるということに他なりません。さらにエラ組織の一部の細胞は、粘液を分
泌してバリアを作り、外部の刺激から守る働きをしますが、エラ細胞が増え
るとこうした粘液分泌量も増えますので、呼吸・排泄の機能が一層妨げられ
ることになります。
つまり、エラの増生という現象は、金魚の生命活動の基本的機能(呼吸、
排泄)の一部と引き換えに、外部からの病原物質などの攻撃からとりあえず
身を守るためのものといえます。いうまでもなく、こうした状態は金魚に底
知れないストレスを与えていますので、その個体が本当の意味で健やかに育
ち続け、そして与えられた天寿を全うすることはできません。
最後に
魚のストレスと増生の話は、1990年代、米国のディクソン女史という学者
が唱えた学説で、当時は米国のアクアリストの間で一世を風靡し、現在に至
るまでその説得性を失っていません。21世紀に生きる私たち一般の飼育者に
とって風化させてはならない貴重な知見といえます。ですが、日本の金魚飼
育の世界では、こうした話はほとんど盛り上がりを見せなかったのは私にと
って不思議なことでした。「魚がストレスだって?」といって一笑に付され
た方が多かったのかもしれません。もしそうだとしたら、ストレスというも
のの概念を根本的に誤解しているのでしょう。
金魚には大脳がありませんので、複雑な人間関係や社会的な悩みというも
のはありません。断定してしまって恐縮ですが、そもそも人間でいう“脳幹”
に相当する部分しか中枢神経がありませんので、仕方のないことです。です
が、ストレスというものの正体は大脳起因のものだけでないことは素人が考
えてもあきらかです。夏は暑いですが、それを不快に感じるということは、
人間でも哺乳類でも、そして金魚でも同じことです。そして、"不快"の感情
の奥には必ずその原因となるストレッサーが存在していて、それが各種ホル
モンのバランスを崩し、人間なり金魚の体調を崩すことになります。
金魚のストレスは間違いなく存在していて、ちょっとした環境の変化によ
って、頻繁にストレス信号が体内を駆け巡っています。脳ミソが少ないから
といってストレスも少ないと思ったら大間違いだと思います。だからこそ、
金魚の飼育は金魚の側に立って、可能な限り気を遣ってあげましょうという
のが一飼育者としての私の考え方です。人間が苦労する部分は所詮は大した
ことはありません。それより、金魚のほうにとってみれば、飼育者がその時
々の機嫌や思いつきで与えてくれる環境、そして、その変化が、金魚自身の
生死に関わるくらい重要なことなのです。
曲がりなりにも生き物を飼っているのですから、週に一度の水換えくらい
苦にしてはいけません。古くなった“空気”は捨てて、新しいのと変えてや
るくらいは飼育者として当然のことではないでしょうか。この「病気の元を
絶つ」シリーズは、結局のところ、これを言いたいがために書き始めたのだ
と――私自身初めて気付きました(笑)。回りくどい人間で本当に恐縮至極で
す。(終わり)
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