フィッシュレスで水作り(その10)

市販のバクテリア


水作りの方法――市販のバクテリア

 一番最初に金魚でも飼ってみようかな、と思い立ってまずやることは、
何はさておき、水槽、底砂、フィルター装置、そしてろ材を買いに行くこ
とだと思います。私の場合もそうでした。当然、金魚は二の次ですよね。
 この時、ついつい買ってしまいたくなるのが、「バクテリアの素」のよ
うな商品です。これを入れると水槽の立上げがスムーズになります、とか、
アンモニアや亜硝酸を処理するバクテリアが含まれています、などと書か
れていると、思わず手が出てしまいますね。
 このコラムではこの市販バクテリアというもののメリットとデメリット
についてお話したいと思います。念のためにいっておきますが、こんなも
の要らない、などと声高々に主張するつもりは毛頭ありません。専門のメ
ーカーが技術の粋を尽くして制作し販売している商品ですから、値段分の
価値は十分あることは私自身がよく理解しています。問題はそれがフィッ
シュレスで水を作る、といった(日本ではかなり特殊な)ケースに役に立
つものかどうか――私Hinconの興味はただこの一点だけです。
 
 随分と昔になりますが、私はショップの陳列棚に並んでいる品物のうち、
二つを選びました。商品名は内緒ですが、どちらも斯界では非常に有名な
商品で、もちろん今でもちゃんと販売されています。これを使った場合、
フィッシュレス・サイクリングがどの程度効果的に進むのだろうか、とい
うのが実験?の主眼でありました。

 実験の細かい条件などは割愛させて頂き、結論だけ申し上げますと、当
時のメモによれば、二つのバクテリア商品を使った場合にはある点におい
て特徴的な現象が現れることがわかりました。
 それは、亜硝酸の発生がかなり早い時期に起こるということです。また、
亜硝酸が試薬上限に到達するまでの日数も商品を使わない“標準コース”
に比べるとあきらかに短くなっていました。

 この理由としてはいくつか考えられます。一番素直なのは、「バクテリ
ア商品には、アンモニアを亜硝酸に換える働きをする菌(ニトロソモナス
属)がたっぷりと入っている」という考え方です。
 一方、ちょっと意地悪な見方も可能です。つまり、商品パッケージに入
っている人工?バクテリアは何らかの理由によって硝化サイクルに全然寄
与しないが、商品に含まれていた“栄養分”が水槽中に(ごくわずかなが
ら)先住していた一連のバクテリアを活性化させたのではないか、という
見方です。商品を苦労して開発なさったメーカーには失礼この上ない話で
すが、米国の研究にこの効果を示唆するデータもあると聞いています。ま
ぁ、しかし普通に考えて、商品にニトロソモナス属のバクテリアがたっぷ
り含まれていたから、と考えるのが自然だし、説得力があるでしょう。

 いずれにせよ、バクテリア商品によってを亜硝酸が早期に発生するとい
うことは、それだけアンモニアの発生が抑えられているということです。
この事実は、一般のパイロットフィッシュ法による水槽立ち上げを行う場
合には測り知れないメリットを与えるでしょう。すなわち、とりあえず金
魚たちはアンモニアによる即死を逃れることができるということですね。

 話を元に戻します。バクテリア商品を使った水作りの水槽は、その後、
どうなったのかといいますと、ある意味、非常に理解に苦しむ状態となり
ました。つまり、亜硝酸が超高レベルを保ったまま、全く下降する気配を
見せないのです。
 “標準コース”の水槽も少し遅れてこの状態となりました。そして最終
的には、“商品コース”は、“標準コース”とほとんど同じタイミングで
亜硝酸がゼロダウンし、一応の収束を見ました。ここまでが実験全体の鳥
瞰ですが、この結果をどう解釈すればいいのか、ずいぶんと長いあいだ悩
んでいたと記憶しています。

 当時、代表的な硝化バクテリアは、次の2種類であると考えられていま
した。

 ■ニトロソモナス・エウロパエア(アンモニア⇒亜硝酸)
 ■ニトロバクター・ウィノグラドスキィ(亜硝酸⇒硝酸塩)

   ※ 最初の名前(“・”の前)は「属(genus/genera)」、2番目の
     名前はさらに細かい分類として「種(species)」名を表します。

 亜硝酸がたくさんできるという事実から、おそらく私が使った商品に、
ニトロソモナスがたくさん配合されているのが主な理由であろう、という
推測は先ほど申し上げました。そして、二つめの細菌――ニトロバクター
も含まれているのであれば、ニトロソモナスによって出来た亜硝酸を餌に、
ニトロバクターがどんどんと増殖し、一週間程度で亜硝酸がゼロダウンし
てもおかしくありません。発想はきわめて自然です。ですが、結果はまっ
たく違っていて、硝酸塩の発生と亜硝酸のゼロダウンは“標準コース”と
ほとんど同じ経過をたどっています。これをどう理解すればいいのでしょ
うか? 当時、私は次のような可能性を考えました。

 (1) 市販品にはニトロバクターがそもそも含まれていない。
 または、
 (2) 市販品にはニトロバクターが含まれている。

 当たり前の場合分けですね(笑)。まず、(1) ですが、これはどうでしょ
う。バクテリアの素といわれる製品はおそらく河川や湖の水や底土、ある
いは研究室などで作出したバイオフィルタをもとに、特殊な条件や技術で
培養したものがベースとなっているものと想像されます。また、場合によ
っては、硝化菌以外の不要な菌を上手に分離して品質の高い製品として販
売されることも考えられます。そうした培養や分離の過程において、ニト
ロバクターが不要菌と一緒に除染されてしまうということはあり得ること
です。
 ですが、硝化サイクルの片翼を担うほどの細菌が、そんなことで根こそ
ぎ消滅させられてしまうことはちょっと想像しにくい話です。それにニト
ロバクターは、発表されたばかりの新種の細菌とは異なり、百年近く研究
され尽くされていますので、専門メーカーが未だにその培養技術を知らな
いということはあり得ないわけですね。私としては、多いか少ないかは別
にして、市販品の中にはニトロバクターは必ず存在していると考えていま
す。

 すると(2) の選択肢が残ります。要するに何を考えればいいかというと、
ニトロバクターが配合された素材を水槽に入れたにもかかわらず、なぜ水
槽中でそれらの細菌が活動しないのか――
 理由として二つ考えられます。一つは、水槽の温度やpHなどの条件が不
適切であるため、ニトロバクターが休眠から覚めず、いつまでたっても活
動を開始しないという仮説です。いい線いっているのですが、厳密にいう
とこれはちょっと考えにくいかもしれません。なぜなら、ニトロソモナス
の方は眠りから覚めてきちんと機能しているという歴然とした事実があり
ますし、また、一体どんな条件が整えばニトロバクターは活動を開始する
のか?という新たな疑問に直面するからです。
 ニトロバクターは自然界の硝化サイクルを代表する立役者として、硝化
機能の中心的存在と考えられてきました。自分の家にエアコンがないから
フテ寝したままという、神経質な“殿さま細菌”が、環境がころころ変わ
る厳しい自然界で「立役者」になれるわけがありません。すなわち、温度
などの条件のせいでニトロバクターが働かないという説明は無理があるわ
けです。

 市販品のニトロバクターが寝たきり状態だというのは、私の比較実験で
ほとんど疑う余地がありません。その理由について、温度やpHが合わない
からだとする説明は説得力を持たないことをお話しました。ここまで考え
ると、問題の焦点は次に要約されます。

・市販品のニトロバクターは何故フテ寝状態を続けるのか?
・水槽内で亜硝酸を硝酸塩に換えているものはいったい何者なのか?

 もう解決不可能なくらいこんがらがってしまいました(笑)。特に2番目
の質問に対して「それはやっぱりニトロバクター以外にはあり得ない」な
どと答えようものなら、芋づる式に矛盾点が生じてきます。「では何故市
販品のニトロバクターは働いてくれないのか?」――「温度などの条件に
うるさい神経質な細菌だからではないか?」――「では何故それほど競争
力に乏しい細菌が自然界の硝化サイクルの担い手などといわれているのか
?」――「……」

 これは実は、頭の柔らかい子供であれば、すかさず正解を答えるかもし
れません。答えを申し上げますと、「ニトロバクターが硝化サイクルの担
い手だとする大元の学説が間違っている」ということです。

 Hinconはついに頭がおかしくなったといわれそうですが(笑)、これは厳
然たる事実です。そもそもニトロバクターは土壌に棲む細菌で、水環境(
皆さんの金魚水槽を含みます。)では硝化サイクルの担い手どころか、ほ
とんど検出すらされないことが、二十世紀半ばからの研究であきらかにな
っています。
 ニトロバクターというのは、百年以上前、ウィノグラドスキーという硝
化細菌学?の神様のような学者が、土壌から分離・発見したもので、当時
としては細菌学の偉大な発見のひとつとして大きな反響を呼んだそうです。
以来、ニトロバクターは亜硝酸を分解する唯一無二の存在として、世界中
に喧伝されてきましたので、金魚や熱帯魚の本を書く世界中の人たちが、
水槽のなかで働くバクテリアの代表がこのニトロバクターだろうと考える
のは決して無理のない話だったわけです。

 ところが、20世紀半ばから分子生物学の急速な発展とともに、遺伝子解
析という画期的な研究技術が成熟してきました。これにより、今まで職人
的なわざが必要だった、培養を中心とした従来手法がどんどん改善され、
新しい種類の細菌が次から次へと発見されるようになりました。硝化菌に
関しても、例外ではありません。
 こうした風潮のなかで、1996年頃だったでしょうか――アメリカのホー
バネックという学者さんが、金魚などの飼育水槽中で硝化サイクルの一端
を担っているのはニトロバクターではなく、ニトロスピラというまったく
別の細菌であること突き止めたわけです。また、他の研究によって、飼育
水槽だけでなく、排水処理場のスラッジ(汚泥)についてもニトロバクタ
ーは検出されず、ニトロソモナスとニトロスピラが硝化サイクルの枢軸を
占めていることが確認されています。

 私も当時からニトロスピラの話は聞いていましたが、ホームページを書
く上では従来どおりニトロバクターと記載してきました。これは、本当の
意味でニトロスピラが検証されるには長い年月がかかること、また、その
後の研究でホーバネック氏の主張が覆されることもあり得るかもしれない、
と考えたからです。そして、なにより、金魚を飼育する者にとって、水槽
中でどんな名前の細菌が働いていようが関係ないと思っていたのが大きな
理由でしょうか。
 ですが、市販のバクテリア商品などを使っていて「どうして亜硝酸が下
がらないんだろう?」などとモヤモヤしながら歯に物が詰まった状態のま
ま飼育を続けるよりも、「ニトロスピラが入っていないんだな!」と、そ
れなりに納得しながら飼育するほうが、趣味の金魚飼育とはいえ“より楽
しい”ことに違いないと考えるようになりました。
 また、ホーバネック博士の主張は世界各地で認められ、ニトロスピラに
関する文献はどんどん増殖し、今では完全に市民権を得たと判断したこと
も私がこの話を持ち出した理由のひとつです。

 なお、ニトロスピラ入りの市販バクテリア商品はないのか?という質問
があるかもしれません。実をいうと、私も探しました(笑)。これについて
は機会があれば別のコラムで簡単に紹介いたしますが、アメリカに一つだ
けあって製造が追いつかないほどの売れ行きだそうです。値段は2千円弱
程度。効果についても多くの使用体験が寄せられており、それを読むと、
フィッシュレス・サイクリングをする必要もないくらいの優れもののよう
です(笑)。(←チョットクヤシイ・・・)
 ただし、これは生菌ですので冷凍保管が必要です。乾燥休眠させる技術
がまだ確立されていないのかもしれません。また、数多くの特許がくっ付
いているので、日本で入手するのは現在のところかなり困難でしょう。
(2005年6月現在)