■水作りの方法――リン(P)の問題
金魚飼育で問題となるリン
リンというのは化学記号でPですが、マグロに限らず、ありとあらゆる
食材にはPがたくさん含まれています。詳しくは知りませんが、タンパク
質はその時々の必要に応じて「リン酸化タンパク質」という形に変身しま
すし、脂質であれば細胞膜の構成物質と「リン脂質」が有名です。とにか
く、食材にはリンがたくさん含まれていて、当然のことながら、マグロの
赤味にも相当量のリンが含まれています。
問題はこの元素が善玉なのか悪者なのかという点ですが、生体の体に常
時含まれていて絶対にゼロになることがないという意味において、悪者で
あろうはずがありません。そういう観点ではナトリウム、カリウム、カル
シウムなどと同じですね。ただ、あらゆる元素や物質と同じく、過ぎたる
は及ばざるがごとしです。リンの場合は摂取しすぎると骨粗鬆症の原因に
なることはよく知られていますし、リン酸トリブチルという魚毒性の強い
有害物質が河川や魚体で検出された例も報告されています。
しかし、金魚や熱帯魚の水槽でリンの毒性が問題視されることはほとん
ど稀です。毒性が現れるほどの大量のリンが水槽に入れられることは、通
常、考えられないからです。それよりもアクアリウムの世界では、もっと
極低濃度レベルでの話が重要視されます。それは“コケ”の問題です。
リンは水槽中では二つうちのいずれかの形態をとって存在します。一つ
は無機リン酸、特にオルトリン酸(正リン酸ともいいます。)――これは、
要するにリン酸イオン(PO43−など)のことで、水溶性で反応性に富む
物質形態です。コケはこのオルトリン酸を、硝酸塩などとともに吸収して
どんどん繁殖していきます。
もう一つは有機リン酸ですね。排泄物や食べ残しの餌のなかに含まれる
ものです。前述したリン酸化タンパク質などもこの範疇に入ります。これ
は水には溶けず、主に物理フィルター※や底砂表面に捕集されます。底面
フィルタをお使いの場合は底砂でトラップされる量がかなりの割合を占め
るでしょう。水槽中のリン総量の90%がこの有機リン酸の形態をとってお
り、コケの成長には直接関与しません。ですが、フィルタや底砂の清掃を
せずに数日放置していると、有機リン酸は、すぐにある種のバクテリアに
よって分解され、オルトリン酸として水に溶け出してきます。
※ 上部フィルタですと、ゴミ取り用としてリングろ材などの上に
敷いてあるウールマットがこれに当たります。普通は黒色にし
てある製品が多いですね。
コケは水槽中にほんの少しオルトリン酸が含まれているだけで成長して
いきます。ちなみに市販のリン酸濃度の試薬は、オルトリン酸を測定する
ものですが、一般にはオルトリン酸の形で存在するリンの濃度を 0.05ppm
以下にすることが、コケの繁殖をある程度抑える目安とされています。
さて、このリンは一体どういうルートで水槽に入ってくるのかといいま
すと――意外なところでは水道水そのものにリンが含まれている場合があ
りあります(笑)。もちろん一般にはリン濃度が十分低いことは時々確認さ
れているようですが、現在の水道法の水質基準ではリンそのものの数値目
標がありません。ですが、水道に含まれているリンはただが知れた量です
し、そもそも水道水というのは人間の健康に与える害を考えて基準が決め
られていますから、水道屋さんも水槽のコケのことまで構ってはいられな
いわけです。
リンについては、そんな瑣末な話より、もっと大きな供給源があります。
それは毎日与える“金魚の餌”です。マグロなどの通常の食材と同じよう
に、金魚の餌には相当量のリンが含まれています。これが金魚の口から入
り、有機リン酸の形で排泄物として放出される――これがメインの経路と
なります。もちろん、食べ残しの餌にも当然、有機リン酸が含まれていと
はいうまでもありませんね。こうして水槽内にばら撒かれた有機リン酸は、
フィルタ等に捕集され、バクテリアの働きによってコケの原因物質である
オルトリン酸となって水中に溶け込むようになるというのが、金魚飼育に
おけるコケの発生メカニズムであります。
フィッシュレス法の水作りではコケが大量発生する?
さて、話を水作りに戻します。米国でフィッシュレス・サイクリングの
具体的方法が確立するまでの黎明期、多数?のアクアリストたちによって
試行錯誤がなされてきました。その際、彼らを悩ませた一番の問題は既に
お話したとおり「悪臭」です。Hinconの方法ではこの問題は既に解決済み
ですね。次に問題となったのが、やはり「コケ」の問題です。当時、色ん
な素材でフィッシュレス法が行われていましたが、水槽全体がコケに覆わ
れたという例はいくつも報告されており、食材に含まれるリンを何とかし
ないととても実用にはならないという書き込みがいくつか見られたやに記
憶しています。
ですが、私のやり方では、不自然なくらい大量のコケが発生するという
ことはありません。もちろん、普通に金魚を飼育中の水槽と同じくらいの
量のコケはできますが、これはむしろ硝化サイクルがきちんと機能してい
て硝酸塩が順調に生成されていることの証拠として捉えておけばよい話で
す。このように、私の方法がコケ問題とほとんど無縁なのは何故でしょう
か? Hinconとしましては次のように考えています。
・食材(マグロの切り身)を長期間腐敗させ続けないため、食材中に固
定されているリン酸化合物の一部しか水槽中に出てこない。
・水作りの途中と終わりの2回にわけて1/2〜2/3の大型換水を行うため、
水槽中にできたオルトリン酸の濃度が低減される。
実際、マグロに含まれるリンの量から、出来上がった水のリン濃度を計
算してみましょう。めばちマグロですと、食材100グラムあたり約300mgの
リンが含有されています。水槽に入れている期間がたったの3日ですので、
このうち全量が水槽に放出されるとはとても考えられません。ここでは、
少し多めにみて100mgのリンが水槽中に放出されるとしましょう。すると、
出来上がった水のリン濃度は次のようになります。
100mg÷52リットル=約1.9mg/リットル(〜2ppm)
2回の換水割合をそれぞれ1/2としますと、合計で濃度が1/4になります
から、0.5ppm(=2ppm÷4)が総リン濃度です。
既にお話したとおり、水槽中では有機リン酸の形態をとる場合がほとん
どで、コケが食べるオルトリン酸は全体の10%しかありませんので、結局
は、Hinconの水のオルトリンの濃度は0.05ppm となります。これはコケ抑
制の目安値が0.05ppm であることから考えると、リーゾナブルなレベルで
すね。
このように、Hincon流の水作りでは、リンの溶出によるコケ発生の問題
は生じないことをご理解頂けたかと思います。
さらに効果的な水作りの工夫
もっときれいな水を作りたいという場合、次のような追加のテクニック
(というほど大層なものではありません…笑)があります。
(1)物理フィルタの清掃
2回の水換え時に、物理フィルタの水洗いをすることは有機リン酸を除
去する上で格別の効果があります。通常の飼育のおいても一度やってみた
ら一目瞭然なのですが、コケの発生が激減するのがわかります。
さて、物理フィルタの水洗いの際は「硝化菌を捨ててしまわないように
軽く、慎重に」という意見がありますが、皆さんはどうお考えでしょうか?
私はちょっと方向違いの考え方かな?という気がします。生物ろ過のため
の機能は、物理ろ過層(ここではウールマットとします。)の下に装填さ
れる「リング状やペレット状のろ材」、あるいは、補助用のスポンジフィ
ルタなどによって大部分をまかなう設計としているはずですね。もちろん、
ウールマットにもバクテリアはよく定着しますが、ここではあくまでも物
理ろ過としての役割を期待しています。ですので、物理フィルタに付いた
バクテリアは全部捨ててしまうぐらいのつもりでゴシゴシと洗浄すべきで
す。お金に余裕のあり、かつ、もっとさばけた方であれば、古いのは捨て
て新しいものと交換しても構わないかと思います。この考え方は、普段の
飼育のときでも同じです。
なお、私もウールマットを生物ろ過用に本格使用していた時期がありま
したが、目詰まりしやすいのがどうにも難点です。システム的には上部フ
ィルタがオーバーフローぎみになったり、水流が滞りやすくマットの底、
中央部あたりに嫌気域ができて変なもの?が発生しやすくなります。
(2)底砂の毒抜き
水抜きの際にサイフォンホースの先端を底砂に押し付けてバキューム(
毒抜き)します。これは金魚飼育を始めて最初に覚えるテクニックですよ
ね。これによって、底砂にトラップされた有機リン酸などの不要な有機物
をおおむね取り除くことができます。あるいは底に沈んだ重金属化合物も
一緒に除去できるという利点もあります。
底砂の毒抜きは、吸引力がより強い電池式の掃除用具を使うと楽です。
なお、サイフォン式の緩やかなバキュームは、砂の粒子に定着した硝化菌
を巻き込まないという利点はありますが(これは米国の研究であきらかに
なっています。)、有機物等の吸い込み能力はいまいちです。それに比べ
て、市販されている電池式の底砂掃除用具を用いると、硝化菌の一部が剥
がされて水に巻き込まれる可能性は高くなりますが、その代わりに不要物
質の除去能力の点では非常に優れています。
水作りの最終段階においては、既に上部フィルタや補助フィルタに硝化
菌がしっかりと根を張っていますから、底砂表面のバクテリアが少々減少
しても全体的にはすぐに回復しますし、大勢に影響はありません。ざくざ
くと突き刺して、ごぼごぼと吸い取ってあげて下さい(笑)。
それと、ついでながら申し上げると、底砂やフィルタの清掃を行ったあ
とは、水面水の“あく取り”をなさると一層効果的かと思います。表面張
力でフィルタや砂に吸着していた油脂分などが清掃によって分離し、水面
に浮いてくるからですね。なにやら鍋奉行をしている気持ちになってきま
したが、是非お試しください。
(3)その他のやり方?
水草というのはコケよりも優先的にリン酸や硝酸塩を吸収する傾向があ
ります。ですので、自然な思い付きとして、水作りに水草を入れるという
選択肢も考えられます。実際、魚を入れたあとの水槽では、水草を入れる
とコケや硝酸塩の蓄積を抑えることができ、水換えが格段に楽になります。
ただし、水草と金魚を同時に飼育することは、単なる金魚飼育とは違った
工夫が必要な部分もありますので、ここでは割愛します。
ですが、よくよく考えてみると、水草というのは、昼間は硝化バクテリ
アの体を構成するのに使われる二酸化炭素を消費して、バクテリアの成長
を妨げますし、夜は夜で、好気性従属栄養細菌や硝化菌の活動に必要な酸
素を横取りしてしまいます。結局、水草は少なくとも水作りの段階では不
必要なものだと考えておいたほうがいいでしょう。
最後に、市販のリン酸吸着材を使えばどうかという問題ですが、私は使
ったことはありません。というのは、通常、これらのリン酸吸着材はオル
トリン酸と反応して水槽中のオルトリン濃度を下げてくれるのですが、そ
の反応速度が遅すぎて、化学反応が起こる前にコケが食べて栄養にしてし
まうことが多いからです。一言でいってしまうと、値段の割には大した効
果が得られない、といったところでしょうか。
――次のコラムは、水作りに市販のバクテリアを使うかどうか?
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