水作りの方法――タンパク源の選び方(1)
硝化バクテリアを育てるために、一般に日本ではパイロットフィッシュ
を使っています。これは魚という生命装置によって“アンモニア”を効率
的に発生させ、硝化バクテリアを育成するためですが、米国で普通に行わ
れているフィッシュレス・サイクリングの手法では、パイロットフィッシ
ュの代わりに、直接、純粋アンモニア溶液を使用します。私Hinconがフィ
ッシュレスを色々と試していた頃はこんな情報は知りませんでしたので、
もっぱら食材を中心に検討していました。その結果としてマグロの切り身
を水作りに使うことをお勧めしているのがこのホームページです。これは
米国のスマートな方法とは異なり、“腐敗菌”の助けを借りて、水槽に放
り込んだ食材からアンモニアをじわじわ放出させるという、やや泥臭くて
回りくどい方法ですが(笑)、出来上がった水は、米国式で作った水に勝る
とも劣らない品質を有していると考えています。
さて、ここでは、素材として何故マグロを選んだのか、それから、マグ
ロ以外で水作りに使えるものはないのか、という当然の疑問に対して、私
なりの考えを少しだけお話しようかと思います。
◆最適なタンパク源
これは実に悩ましい問題です。米国でも今のようにフィッシュレス・サ
イクリングが一般的に行われていない頃は、一部の愛好家の間でいろいろ
なタンパク源を使った実験が行われていたようです。当時、掲示板などで
よく目にした素材のナンバーワンは「牛肉」でした。さすがはステーキ社
会アメリカですね。あと、珍しいところでは、ミミズとか尿とかがありま
した(笑)。尿は直接アンモニア源として使うらしいのですが、記事を読ん
だ瞬間――これは失敗する!と感じたのを覚えています。尿にはアンモニ
アだけでなく老廃物や毒性を持った物質が山ほど含まれていますからです
ね。しかし、アクアリストとしてのあくなきチャレンジ精神には惜しみな
い喝采を送りたいと思います。
前置きはこれくらいにして本題に移りたいと思います。まず、食材を構
成する栄養素にはどんなものがあるかを考えてみましょう。大きく分けて
4つあります。
タンパク質
脂質(脂肪のこと)
炭水化物
灰分(カイブンと読みます。)
全ての食材は、この4つの栄養素から構成されます。最初の3つは、皆
さんよくご存知の「3大栄養素」といわれているものですね。最後に書い
た“灰分”というのは無機質、要するにミネラルのことです。
さて、上の4つの栄養素のうち、水作りに絶対に欠かせないものはどれ
でしょうか? これは腐敗菌が何を餌とするかを考えれば容易に想像がつ
くと思います。答えはタンパク質ですね。
1.タンパク質
腐敗菌は主にタンパク質をターゲットにして、それを分解し、アンモニ
アを出します。ちなみに、この働きをするバクテリアには非常にたくさん
の種類があって、普通は十羽一からげに《好気性従属栄養細菌》と呼ば
れています。“好気性”というのは酸素がたくさんある雰囲気を好むとい
うことで、硝化菌であるニトロソモナスはその典型例ですね。その反対が
“嫌気性”――アンモニア以外の有害物質を出す腐敗菌や病原菌の多くは
嫌気性細菌です。“従属栄養細菌(hetero-trophic bacteria)”というの
は、少し難しいのですが、要するに細菌自体の体を構成する炭素原子をタ
ンパク質などの有機物から取り入れる性質を持っていることを意味する言
葉です。炭素を有機物からでなく二酸化炭素からから取り込む性質を持っ
ている場合は“独立栄養細菌(auto-trophic bacteria)”といいます。ニ
トロソモナスはこちらの部類。このあたりの話はあらためて別のコラムで
紹介します。
以上で申し上げたかったことは、水作りで使う材料はタンパク質を多く
含むものでなければならないということです。この条件に当てはまる食材
といえば、もうおわかりですね。牛、豚、鳥などの獣肉、あるいは魚貝類
がそれに相当します。基本的にはどれを使っても一応硝化サイクルを完成
させることができますので、皆さんには特にマグロに限定せず、「どれを
使ってもよい」と申し上げてきたわけですが、より安全で優れた“美しい
水”を作ろうと思うと、やはりマグロが一番のお勧めです。理由はこのま
ま読み進めて頂ければご理解頂けるかと思います。
2.脂質
まず、タンパク質の他の栄養素のことを考えてみましょう。腐敗という
現象を考えた場合、一番重要なのはタンパク質ですが、脂質はどうでしょ
うか。食品に含まれる脂質の大部分は“油脂”といわれているもので、タ
ンパク質と異なり、基本的に窒素元素(N)を含まない物質です。という
ことは、もし仮にバクテリアによって分解されたとしてもアンモニア(N
とHの化合物)を発生しないわけですね。これでは水槽に入れる意味があ
りません。
また、そもそも油脂を分解してくれるバクテリアですが、これは自然界
にあまり存在しません。周知の事実ですが、生活廃水に含まれる油脂を、
どんな技術で分離・分解していくのかが浄水事業における主眼のひとつに
なっているくらいです。
では脂質を空気中や水中に放置した場合、どんな現象が起こるのか?
答えはいたって簡単です。“酸化”ですね。普通の酸化によって、どん
どん悪質化が進行していきます。これは「変敗」とか「酸敗」といわれて
おり、バクテリアによる生分解を意味する「腐敗」という言葉と明確に区
別されています。変敗によって酸化された脂質は、一言でいうと臭気の塊
のようなもので、アンモニアやインドールみたいなお上品な香りとは違い、
桁外れの悪臭を放ちます。さらに悪いことに、脂質のうち不飽和脂肪酸※
という物質は、変敗によって“過酸化脂質”に変わっていきます。聞いた
ことがあるかもしれませんが、過酸化脂質というのは周りのものを連鎖反
応的に酸化しようとする過激な性質を持っており、人間社会から蛇蝎のご
とく嫌われている有害物質です。
※ 詳細は省きますが、分子構造に弱点があって、フリーラジカルの
攻撃を受けやすい脂肪酸のこととお考え下さい。獣肉や魚肉の脂質
の4〜5割程度はこの不飽和脂肪酸です。魚肉には一般に不飽和度
の大きい、すなわち過酸化脂質になり易いものが多いとされていま
すが、これについてはあとでお話します。
さらに悪いことがあります。それは、通常、脂質(油脂)は比重が水よ
り若干小さく、また、水に溶けない物質であるということです。水と油を
一緒にコップに入れると、比重の小さい油がいつの間にか水面に集まり、
二つの相(油層と水相)に分離されてしまいますよね。あれと同じことが
脂質成分の多いフィッシュレス水槽でも起こります。すると、次のような
事態に直面します。
・油脂が水面に留まり、空気と接触する時間が長くなる。つまり、酸
化速度が飛躍的に高まってしまう。
・油脂が水面を覆うようになり、水と空気の接触面積が減少する。こ
れは水槽中の溶存酸素濃度を下げることになり、好気性従属栄養細
菌や硝化菌の活動を衰退させ、さらに、水面が完全に油脂で覆われ
ると水槽内は酸欠状態となり、今まで眠っていた嫌気性の悪玉菌が
にわかに勢力を拡げ始め、悪性の腐敗生成物を作り出すようになる。
このように脂質は水作りにははっきりいって邪魔な存在です。タンパク
質の腐敗で作られたアンモニアによって硝化サイクルが完成したとしても、
過酸化脂質がたっぷりと含まれた悪臭漂う水に放り込まれた金魚は、日を
待たず死んでしまうでしょう。したがって、食材としては、脂質の含有量
ができるだけ少ないものを選ばなければなりません。
3.炭水化物
これはエネルギー源として使われますので、生物の体にはあまり蓄積さ
れません。実際にその割合を調べても大抵1%未満です。ただし、一言で
肉といっても、生でなく加工されたものは多くの場合、炭水化物の含有割
合が大きいです。いずれにしても、炭水化物は、バクテリアによって生分
解されても、水と二酸化炭素に変わるだけですので、水作りにはあまり意
味をなしません。ですので、多くても少なくてもどちらでもいいのですが、
無意味なものはできるだけ入れないという考え方もあるでしょう。
4.灰分
これは重要です。灰分のうち大部分は無機質(ミネラル)で、具体的に
は次のような元素が含まれています。
Na、K、Ca、Mg、P、重金属類(鉄、亜鉛、銅、マンガン)
これらは食材を構成する分子構造のなかに化学結合によって固定されてい
ると考えられますが、多くはイオン化傾向の大きい元素ですので、食材が水
槽水に浸かっている間、(わずかな量かもしれませんが)一部イオン化して
水中に溶出してきます。(貸そうかなまぁアテにするな、ひどすぎる借金…
を思い出して下さいネ。)さて、こうした無機質類は多いほうがいいのでし
ょうか、少ないほうがいいのでしょうか?
私は少ないほうがいいと考えています。「ミネラルは体にいいのでは?」
という意見もあろうかと思いますが、色々な場面で目にする製品広告に惑わ
されてはいけません。体にいいのはあくまでも“各種のミネラル成分がバラ
ンスよく含まれた水”であります。喩えを使ってお話しましょう。たとえば
私Hinconが我が家の家計を少しでも潤すためにミネラルウォーターを作って
売り出すとします。こんなのはどうでしょうか?
「新陳代謝に欠かせないカリウムの濃度を10倍に濃縮した水」
あるいは、
「貧血防止用に鉄とマンガンの濃度を100倍に濃縮した水。」
誰も買いませんよね(笑)。なぜかというと、それははなはだしくバランス
を欠いているからです。灰分の量は食材によって結構違いますし、その元素
のバランスに至ってはかなりばらつきがあります。たとえば、次の表をご覧
ください。一番右のタンパク質は参考です。
表 各種肉類の無機質重量 (mg;生食材100g当たり)
――――――――――――――――――――――――――――――
Na K Ca Mg P タンパク質
――――――――――――――――――――――――――――――
めばちマグロ 49 420 4 35 330 23g
まだこ 280 450 16 55 160 16g
やりいか 170 300 10 42 280 18g
海老(ブラックタイガー) 150 230 67 36 210 18g
アサリ 870 140 66 100 85 6g
鶏(むね肉) 34 210 5 26 150 24g
豚(ヒレ肉) 44 410 4 28 230 23g
――――――――――――――――――――――――――――――
(日本食品標準成分表より)
大まかな傾向は似ているともいえますが、よく見るとずいぶん違いますよ
ね。それぞれの食材でタンパク質の含有率はかなり違いますので、同じ量の
タンパク質を水槽に投入するという考え方でいくと、上記の無機質バランス
はもっとばらついてきます。たとえば、“アサリ”ではナトリウムの含有率
が多くなっています。つまり、これを使って水作りをやった場合、単純計算
でやると、マグロでやった場合に比べて、ナトリウム濃度が約70倍の水が出
来上がるわけです。(870÷49×(23/6)=68)鉄や亜鉛などの重金属に至って
はもっとばらつきがあります。それ自体いいのか悪いのかは別にして、少な
くとも水作りの段階でこうした特定のミネラルを結果的にたくさん加えてし
まうことはかなり危険なことだといえます。
本来、飼育水のミネラルバランスは餌や底砂などの滲み出し量から決まり
ます。それらの自然なバランスを持った各ミネラル元素を、必要な量だけ金
魚は選択的に体内に取り込んで、自らの生命維持に使用します。余ったミネ
ラルはむなしく水槽中を漂うか、あるいは、逆に金魚の体に悪影響を与える
かもしれませんね。ちなみに、金魚ショップでは麦飯石というものが売られ
ていますね。あれは、金魚に有用なミネラルを補充するだけでなく、水槽中
で使われていない物質――ミネラルも含みますが――を石のなかに吸収する
という重要な働きがあるのです。ちょっと気の利いたゼオライトといった感
じでしょうか。水換え量をできるだけ少なくしたい方に役立つグッズでしょ
う。とにかくミネラルというものは水作りの段階ではできるだけ入れないよ
うにするのが賢明なやり方だと私は思います。
ナトリウムなどの無機質以外の重金属はどうでしょうか。これははっきり
いってほとんど議論の余地がありません。金魚にとって重金属は有害物質で
す。重金属というのは比重が水の4倍以上の重い元素をいいますが、これら
の元素の毒性については既に多くの研究報告があります。一番危険度の高い
のが“銅”です。銅の濃度が0.6ppm(=0.6mg/リットル)の水にワキンを飼育す
ると、4日以内で半数が急性死亡するという実験データもあるくらいです。
日本水産資源保護協会というところが作った「水産用水基準」というのがあ
って、魚を養殖する水域の水質基準を定めていますが、これによると、銅、
亜鉛、マンガン、鉄といった重金属はすべて有害物質として分類されていま
す。銅の場合は基準が0.001ppm(淡水域)です。対象魚種が金魚ではありま
せんので話はややこしいですが、おそらくワキンあたりであれば、かろうじ
てこの基準が適用できるのではないかと推測しています。それ以外の種類は
どれもこれも突然変異や交配によって遺伝的に弱い種になっており、より清
廉な水質が要求されるでしょう。ちなみに、銅は、軟体動物(貝、イカ、タ
コ)及びエビなどの甲殻類に多く含まれていますので、これらを水作りに使
用した場合は十分注意が必要です。いずれにしても、これらの重金属を含む
灰分の割合が多い食材はできるだけ避けたほうがよいという結論ですね。
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