フィッシュレスで水作り(その5)

水温とpHのテクニック


 今まで私がやってきたフィッシュレスサイクリングによる水作りの方法
をお話してきました。実をいうと、この安いマグロの刺身をベースにし
たやり方は、私が試行錯誤のなかから発見したもので、科学的にこうだと
かああだとかいった難しい理論から編み出したものではありません。です
が、現実に10回近く繰り返して一度も失敗していませんし、その水で育っ
た金魚は例外なくスクスク育っていますので、実用性については十分実証
されていると考えています。
 その意味で、これからフィッシュレスでもやってみようか、という方に
は安心してお試し頂けると思うのですが、万が一の失敗を避けたい、ある
いは、もっと効率的に水を作りたいという方のために、さらにいくつかの
細かいテクニックについてお話します。なお、ここで申し上げることは、
すべて私自身の失敗例や経験から学んだことであります。

◆水作りの最適温度
 これは今までの話のなかでは敢えて書きませんでした。というのは、ヒ
ーターを使いたくない方には言っても詮無いことですし、そもそも、夏に
やっても冬にやっても(1ヶ月弱から2ヶ月弱くらいのバラツキはありま
すが)最終的には“水”が出来上がることは間違いないからです。(余程、
極端な環境でやらない限り、という条件付きですが…)
 しかし、もし「できるだけ早く水を作りたい」のでしたら、一つ大事な
条件があります。それは比較的高い水温を維持することです。
 何度かといいますと、硝化バクテリアが最もよく繁殖し活動する最適温
度(25〜30℃)に保つのが理想的です。米国などでは一般に「27℃」が推
奨されているようです。
 温度がこれ以上でもこれ以下でも、繁殖速度は低下します。あるデータ
によりますと、18℃くらいの温度では硝化バクテリアの成長は半分くらい
の速度になってしまいますので、亜硝酸濃度がゼロになるための日数もそ
の分だけ長くなります。ちなみに、5℃くらいまで下がると硝化バクテリ
アはまったく活動しなくなり、0℃で死滅します。冬の寒い季節に水槽を
外のベランダかどこかに置いている場合は、いつまで経っても水ができな
いことになるかもしれません。なお、逆に高温になり過ぎてもバクテリア
は活動しなくなり、50℃付近で死滅してしまいます。
 以上のことから、電気代がそれほど気にならないという方は、是非、ヒ
ーターを購入し、27℃程度に水温を保つことをお勧めします。

 ※  Hinconは電気代がとっても気になる人ですから、水作りの段階では
  ヒーターは使わないことにしています。気長な性格なので、水作りの
  時間が20日であろうが60日であろうが“ヘ”とも思いませんし(笑)。
  もっとも、その代わり、冬はバクテリアを死なせないように、水槽は
  必ず室内、特に暖房の効く部屋に置いていました。

◆最適なpH値
 実をいうと、これも温度と同じくらい重要です。水ができて金魚を入れ
たあとはもちろん、水作りの段階であっても、ある時期、pHには気をつ
けたほうがベターです。「ある時期」というのは、亜硝酸や硝酸塩がどん
どん生成されていく後半の期間です。水槽に金魚が居ませんので、亜硝酸
がどれだけ増えようと全然気にならないという方は多いと思いますが、金
魚は居なくてもバクテリアがいます。
 バクテリアが元気に活動できるpH値は、色々とデータはありますが、
大体「8弱」といったところです。(アンモニアを亜硝酸に換える働きを
する硝化菌のひとつであるニトロソモナスの最適pH値は7.8〜8.0といわ
れています。)

 水作りが佳境に入り、亜硝酸などがぐんぐん増えていく時期はpHもそ
れに伴って低下していきます。ちなみに、pHというのは「Power of Hyd
rogen ion」の略で、要するに、水槽中の水素イオン(H)の少なさ?
を示すための、やや作為的な指標ですが、pHが下がるということは、水
素イオンの濃度が増えるということを意味します。増えるとどうなるか? 
 水素イオンというのはとても身軽なプラスイオンで、マイナス電荷をも
った相手にくっついて仕事の邪魔をする物質ですから、ミクロの世界で生
きる微生物の生態に与える影響は我々の想像を絶するものがあるはずです。
Hinconとしましては次のように“推測”しています。

「硝化菌を含め、本来、水槽のなかで――ある平衡状態を保ちながら――
生存するはずの各種のバクテリア群のうち一部が、高濃度の水素イオンに
よってその成長を妨げられ、仮に硝化菌のほうは亜硝酸を処理できるまで
何とかノルマを達成したとしても、バクテリアの勢力バランスは未熟で不
自然なものとなり、全体として不安定な状態の水槽環境が出来上がってし
まう可能性がある。」

 実をいうと、上の推測を一部証明する事実があります。それはニトロソ
モナスを代表とする硝化バクテリア自体がpHの低下に極めて弱いことで
す。データによると、「pHが 6.5を切るとニトロソモナスが、6以下に
なると全ての硝化菌がその活動が停止する」ということです。pHの値で
話をされてもピンとこないと思いますので、これを水素イオン(H)の濃
度に換算するとどうなるか、ちょっと計算してみました。

 最初、水槽のpHは 7.8(ニトロソモナスの最適pH帯の下限値)だっ
たとします。これがニトロソモナスが活動しなくなるpH値である 6.5に
低下するとします。これは濃度でいうと、

  pH7.8=10−7.8mol/リットル、pH6.5=10−6.5mol/リットル

ですので、水素イオンの増加割合は約20倍[=10−(6.5−7.8)]になります。
つまり、「水槽中の亜硝酸や硝酸塩が増え続け、水素イオン濃度が20倍に
なると、ニトロソモナスが完全に働かなくなってしまう」ということです
ね。そうなる前でも菌の働きは少なくとも衰えるはずですから、pH低下
が正常な硝化システムの進展に対する阻害要因になるということは容易に
想像がつきます。
 もちろん、水槽のなかにどんな微生物が棲んでいて、それぞれ何を食べ
て何を出しているのか、すなわち、厳密にどういうイベントがなかで起こ
っているか――については未だ解明されていません。ですので、ニトロソ
モナスなどの硝化サイクルを担う中心的なバクテリアのみならず、硝化サ
イクルに間接的に関与しているか、あるいは、まったく無関係に生き続け
るバクテリアについても、上のニトロソモナスと同様、水素イオン濃度の
激増によって何らかの影響を受けるのではないかと考えるのは、すこぶる
自然な発想です。それだけでなく、勢力の衰えたニトロソモナスに代わっ
て別の不安定なバクテリアがここぞとばかりに頭を出してきて、ニトロソ
モナスの仕事を横取りしてしまう、などということも想像としてはありう
るわけですね。以上、私Hinconの“推測”を少しばかり詳しくお話してみ
ました。

 私Hinconが提唱しているフィッシュレス・サイクリングの方法では、亜
硝酸が試薬最高レベルに達した後しばらくして一度大型換水をすることに
なっています。これは実をいうと、亜硝酸の大量蓄積によって低下したp
Hをある程度上げてやるという大目的があるためで、私Hinconの完全なオ
リジナルです。換水の理由は既に申し上げました。もし、その換水をしな
いまま亜硝酸がゼロダウンを迎え、水質が安定したように見えても、実は
その水槽の状態は、登り坂と下り坂の頂上でとりあえず腰をおろしたよう
な《危険この上ない安定状態》なのかもしれません。