パイロットフィッシュ法の陥穽


 ?年前、夜店の金魚だけでなくもっとたくさんの金魚を飼おうと思った
私Hinconはさっそくホームセンターの金魚ショップへ出かけました。そこ
で買ったものは以下のとおりです。

   ・四十五センチのアクリル水槽(ガラス水槽より格安!)
   ・投げ込み式ろ過フィルター
   ・小型エアーポンプ、空気チューブ
   ・砂利(黒磯)
   ・ハイポ
   ・金魚の餌(フレークタイプ)
   ・金魚5匹(子赤ワキン3匹、リュウキン2匹)

 さてこの中でとりあえず必要のないものがあります。それは何でしょう
か? ちょっとしたクイズであります。

    回答はこちらです。マウスを左クリックしたまま右へ移動。
    →→→ 金魚5匹 

 初めての方は、はて? と思われるかもしれません。金魚の本などを見
ますと、「水槽セット後、二、三日ろ過フィルターを空回しして、その後
に金魚を水槽に入れる」とか書かれていますし、本によってはフィルター
の空回しもせず、水合わせをしたのち即刻金魚を投入するようなことが一
つの標準例として推奨されています。もちろん嘘が書かれているわけでは
なく、考えようによってはこれはこれで飼い始めの一つの姿なんだろうと
は思います。だけどセットしたての水槽に金魚を入れた場合、その個体が
生存し続ける可能性が非常に低いことは事実として知っておかなければな
りません。

 なぜかといいますと、水槽の水が本当の意味で金魚に適した水質になる
には通常、最低一か月はかかるからです。それまでの期間の水槽水という
のは、アンモニアや亜硝酸といった毒物質が蓄積したり、雑菌が異常繁殖
したりして、金魚にとってきわめて不安定で危険この上ない液体になって
います。
 さらに、こういう毒水のなかに生体が存在しますと、雑菌のみならず病
原菌や寄生虫も繁殖しやすくなり、よほど頻繁にかつ慎重に水換えをしな
いと、一か月後には金魚を飼っているというより「病原菌と寄生虫を育て
ているヒト?」になりかねません。もちろんそのときには金魚は全滅して
いることでしょう。

 私の場合も最初はそうでした。飼育本に書かれているとおり細心の注意
をして水合わせし、金魚を水槽に放したにもかかわらず、まず『い』の一
番にアンモニアショックでリュウキン一匹が死亡。呆然としているのも束
の間、他の4匹も時間とともに各種こもごもの病気が発症し、最後はきれ
いさっぱり全滅してしまいました。後に残ったのは飲めば下痢しそうな汚
染水だけ…。これでは何のために金魚飼育を始めたのやらわかりません。

 とはいうものの誤解されては困るのですが、水槽セット後すみやかに金
魚を入れる習慣は今に始まったことではなく、むしろ現在でも主流で行わ
れている方法です。そのあたりを順次説明したいと思います。途中聞きな
れない言葉が出てきて判りにくいかもしれませんが金魚飼育の基本のよう
なことですので少しのあいだご容赦下さい。

 まず水槽をセットして塩素を抜いた水道水を入れたと頭に思い描いてく
ださい。その後すぐに金魚を入れて毎日定期的に餌を与えるとしましょう。
当然金魚は毎日餌を食べて尿や糞を水槽中に排泄するわけですから時間と
ともに水槽中のアンモニアが増えてきます。
 アンモニアは金魚にとって非常に危険な毒物質です。この濃度がある一
定値まで上昇すると金魚はショックによって突然死してしまいます。です
ので飼育者としては何らかの方法でこの濃度を下げる措置を講じる必要が
あるわけですが、一番原始的で確実な方法は水槽の水を毎日あるいはニ日
に一回程度全量換水してやることでしょう。現に東南アジアあたりで生産
・販売されている金魚はこれと似た運用をしていると聞いたことがありま
す。ですが水換えというのはとても面倒な作業ですし、水質が毎日コロコ
ロと変化すること自体、金魚に相当なストレスを与えます。金魚の延命に
はなりますが実のところあまり好ましいやり方でないのです。

 ではどうやってアンモニアの濃度を下げるのかという問題ですが、日本
では水槽中の微生物であるバクテリア(菌)にその役割を担わせています。
通常水中に棲むバクテリアにはたくさんの種類があります。そのなかにニ
トロソモナスという名前の菌があって、これはアンモニアを主食としてい
ます。水槽中にこのバクテリアが十分繁殖した状態ですと、生成したアン
モニアはすみやかに分解されますので金魚が斃死する危険性が激減するこ
とになります。
 ですがニトロソモナスだけでは十分とはいえません。というのはニトロ
ソモナスはアンモニアを分解して亜硝酸という物質に換えるのですが、こ
の亜硝酸もまた金魚には相当危険な物質だからです。アンモニアが亜硝酸
に取って変わるだけでは猛毒が中毒に変わる程度にしかならず、金魚にと
っては相変わらず危険な水であることには変わりありません。

 そこで亜硝酸をさらに別の物質に分解してくれるバクテリアが必要とな
ります。これがニトロスピラと呼ばれている菌です。ニトロスピラは亜硝
酸を分解し、硝酸塩という物質に変えてくれます。硝酸塩は比較的安全な
化学物質であり、少々の量では金魚の命が危険にさらされることはありま
せん。もちろんかといって完全に無害な物質でもなく、放っておくと水槽
中の硝酸塩濃度が危険域まで上がり金魚が病気になったりしますので、1、
2週間に1回程度は部分的な換水をしてやる必要があります。(ちなみに
硝酸塩を完全に分解するバクテリアもあり、それをうまく繁殖させる方法
や工夫もあるようですが私Hinconはまだ試したことはありません。)

 要するに金魚に適した水というのは、おおまかにいってニトロソモナス
とニトロスピラの二種類のバクテリア(硝酸の文字をとって硝化バクテリ
アとか硝化菌といわれています。)が十分繁殖した状態の水のことです。
これらのうちどちらか一方が欠けても金魚の命や健康を長期間保つことは
できません。ではこうした水を作るにはどうすればよいのでしょう。

 水槽セット後そのまま放置していてもいつまで経っても水はそのままの
状態です。ろ過フィルターを回しても結果は変わりません。前述の二つの
バクテリアは常在菌といわれ空気や水の中には必ず存在していますが、量
的にはごく微量です。これらが水槽中で十分な勢力になるまで繁殖してい
くためには、ただ水槽水を放置するだけでは駄目で、硝化サイクルの大元
である、ニトロソモナスの餌?であるアンモニアを定期的に供給してやる
必要があるのです。

 金魚を入れずに餌だけを毎日水槽に入れても腐敗菌の働きによって餌を
構成するタンパク質そのものが分解されてアンモニアが発生します。実は
これがあとで紹介するフィッシュレスサイクリングの駆動力になるのです
が、この場合はアンモニア以外にも硫化水素やインドールといった余計な
物も出来てきます。いわゆる腐敗生成物と呼ばれる有害物質ですネ。アン
モニアは腐敗性生物の一つの形態として水槽内に少しずつ蓄積していくわ
けです。

 これに対して、金魚を入れた水槽に餌を与えた場合はタンパク質やアミ
ノ酸はまず金魚の口から腹に入ります。その後は糞として排泄され、糞か
らは直接、あるいは前述と同様、腐敗菌による有機分解により、アンモニ
アが生成されます。「このときも硫化水素とかの有害物質が出ないのか?」
という疑問を持たれる方がいるかもしれません。これに対する答えとして
は「餌の腐敗と比べると非常に少ない」といえるかと思います。つまり、
餌がいったん金魚の体内に入ってしまうと、有害物質を構成するはずだっ
た餌の成分が別の化学形態――すなわち“栄養素”として血液に取り込ま
れますので、体の外へ出にくくなるということです。
 さらに、特徴的なことは金魚のエラからも純粋なアンモニアが相当量排
出されるということです。この量は一説によると全体の8割近いともいわ
れています。
 このように「金魚そのもの」は非常に効率的で良質なアンモニア発生装
置となります。この生きた装置は、口から餌を摂り込みニトロソモナスの
餌であるアンモニアを継続的に作り出してくれるというわけです。

 この機能を担わせるために水槽設置直後に投入される魚のことを、一般
にスターターフィッシュとかパイロットフィッシュといいます。名前は格
好いいのですが、要するに、あとから来る金魚のために命がけで環境整備
をさせるための消耗品のような存在です。
 前述したとおり、パイロットフィッシュは、その使命を果たしている途
中で、次から次へと中毒死してしまうことが多いのですが、そんなことは
お構いなしに、どんどん新しいパイロットを投入していくのがこの水作り
のやり方です。なんだか可哀想な水先案内人(=パイロット)です。

 私の場合、当初は無意識のうちに(笑)、パイロットフィッシュ法によ
る水作りを行っていたわけですが、もちろん一匹も殺さずに硝化サイクル
が完成した例もあります。そのときの飼育メモを参考に完成までの経緯を
書いてみました。基本仕様としては水槽は四十五センチ、フィルタは投げ
込み式1台、金魚は小型のリュウキン五匹、餌はフレークタイプを朝晩適
量です。

          ★      ★      ★

・水槽設置
・2〜3日目 水槽が白濁。好気性の雑菌が異常増殖している模様。白
  濁を回復させるために1/2近く水換えした。また、酸素不足を補
  うために、1個70円のエアストーンを追加した。
  
・4日目 亜硝酸が少し検出された(0.3mg/リットル)。ニトロソモナス系が
  活動を開始しているものと見られる。
・5〜14日 亜硝酸がどんどん上昇。0.8mg/リットルになった時点で1/2水
  換えを実施。しかしその甲斐もなく日に日に亜硝酸値の上昇は続く。
  ニ週間目くらいでついに試薬の検出上限(1mg/リットル以上)を記録。
  金魚の様子はあきらか変。ひゃー。
・2週間目〜 亜硝酸地獄。水を換えても換えても増殖し続けるニトロ
  ソモナス。飼育本でよく推奨されている1/4〜1/3といったまど
  ろっこしい水換えではさっぱり亜硝酸が減少しないので仕方なく隔
  日のペースで1/2〜2/3の大型換水を実施。元気になった金魚も
  いれば水温や水質の変化で調子を崩す金魚もいた。変調をきたした
  個体は即座にバケツなどに移し薬浴治療を施す。水換えと治療を並
  行してこなすため多忙のあまり気絶しそうな(笑)毎日が続く…。
・1ヶ月目〜 ある日、唐突に亜硝酸がゼロを示す。ハア?という感じ
  で、当初は試薬の使用量を間違ったと思った程の劇的な変化。ニト
  ロスピラ系統の硝化菌が十分勢力を張ったということに他ならない。
  以降は亜硝酸はゼロ行進! 1週間に1回程度のラクラク水換え。
  今までの苦労からすると雲泥の差。金魚も元気一杯。はふぅ〜。

          ★      ★      ★

 上の経緯から想像できるかと思いますがパイロットフィッシュを殺したく
ない場合は、余程うまくやらないと水換えやら病気治療やらでてんやわんや
の状態となります。毎日仕事に追われて帰宅が遅い会社員にはとてもじゃな
いけど手におえないでしょう。
 実はここで紹介しましたのはパイロットの金魚がかろうじて一匹も死なな
かった唯一の成功例でありまして、その当時たまたま営業のノルマが飽和し
て一段落していた頃のことでした。それでも夜八〜九時頃に帰宅して溜息を
つきながらザバザバと水換えをしていたのを覚えています。今同じことをや
れといわれても、年も年ですしとてもじゃないけどできません(笑)。金魚
も飼い主もフラフラになってしまうからです。