ふわふわらいふ
将来に夢も希望もなかった頃のこと…2001.2
どうしてだったか忘れてしまったが、物心ついた時から小学生の時までいじめにあっていて、本当に仲のいい友達はほとんどいなかった。毎日つらくて死んでしまおうかと思っていたけど、好きな男の子を見ることだけを楽しみに学校に行っていた。
覚えているのは、寝て夢を見ることが一番好きだったということ。見知らぬ街を歩き、列車に乗ってどこまでも独りで旅をする物語が、毎夜続いていた。
いじめられるのが嫌だったから、当時地元では珍しかった中学受験をして、埼玉から東京の女子校に通うことにした。学校は楽しかったけど、クラスでいじめられないように周りを気にして合わせていた。
小学校の時に好きだった先輩に振られた時から、自分は可愛くないから好かれないんだと、アイドルやアニメや漫画のほうに興味が行くようになったんだと思う。
親はマナーや身だしなみに関してはとても厳しかったけれど、自分が好きなことは全部やらせてくれました。
高校に上がって、筋少をはじめバンドにはまり出すと、だんだん成績が下がっていった。漫画を描くことが好きだったから漫画家になりたいなーとは思ったけど、どうがんばっても上手くならない。
なんとなく局アナウンサーにも憧れてたので、レベルが上の大学に入る必要があると思った。でも、せっかく予備校に通いはじめたのに全然授業についていけずにすぐやめてしまった。授業代を無駄にしてしまったことがほんとに申し訳なかったなと。そんなわけで諦めて、短大に推薦で入ったころには、将来の夢も希望も薄くなっていったのでした。
アイス屋でバイトをするが、どんくさいのですぐにクビになり、デパートのレジも郵便局の仕分けもしんどい。自分は仕事ができないダメな人間なんだ思い、
他校の男子に告白するもふられて、やっぱりもともと可愛くないから幸せになれないんだ、一生一人なんだと思った。
結婚には全然憧れてなかったし。嫁姑とか暴力とか離婚とかイヤなイメージのほうが強くて(昼ドラマやワイドショーの見過ぎなのか)
どうやって生きていこうかと。仕事ができないので生きていけないから、18歳で死んでしまおうかとも思った。
好きなバンドを見続けたいから、なんとか事務でそこそこ働き続けようと。それだけが生きる希望だった。
適当に地元で決めて、最初に入った会社で、ひょんなことでパソコン(Mac)に出会った。当時はパソコンが今のように普及するなんて考えられなかった時代でした。
今思うと、どうしてそんなに後ろ向きだったんだろうか。短大卒だし就職が氷河期に入りはじめた影響もあっただろうが、もっと色々な職を調べてがんばれば良かったのに。と思う。
仕事を覚えるうちに自信がついてきたんだと思う。働きはじめた当時、日記にこう書いた。
「必死に生きなきゃなんない。でも生きるために何かをするんではなく、何かをしたいために生きてるんだ。私は。
自分がかっこわるいことが一番きらいだ。いちばんかっこよく生きたい。
何かがしたい。何かたしかなものがほしい。このまま死んじゃいたくない。 」
自分でMacを買ってパソコン通信をはじめ、転職した。
今の夫に出会ったのもその頃。そのおかげで、今までの後ろ向きだった考えから前に向かうようになり、考えられなかった結婚に飛び込む決心をした。
そして、なんとなく小さいころから漠然と思っていた「もし結婚したとしても、ずっと働き続けたい」という思いを現実にして、どんくさい私でもなんとか仕事して生きてる。やっぱり仕事は大変で何度も辞めたいと思ったけど、仕事してると楽しいことも多い。夫といる今の生活が一番大切だから、くじけずにやっていけると思ってる。
つらいことがあったら、アンジーの「生きてるうちが花なのよ」を口ずさんで(笑)
見知らぬ街を歩き、列車に乗ってどこまでも独りで旅をする物語の夢は、今でもたまに見ることがあります。
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