ほぼ完璧な夜





完璧なプラン


明日は東京に帰るという夜。

「君のバカンスの最後の夜だから」

パリで世話になった、元フランス語の先生は言った。さすがフランス人(?)カノジョでもない女にこのセリフ。その前日も彼の友人宅でカードをし映画に行き食事をしたのだが、2日続きの外出のプラン。

「友だちのうちで食事をして、映画を見に行って、それからダンスに行く」 私に合わせて彼のフランス語はとてもシンプル。

ひぇ?ダンス?踊るのなんて何年ぶりかしらん。彼はダンスがひどくうまいらしい、というのは知っていたが、私も踊るのね?ダンスなんてロンドンで踊りまくって怪しいイタリア人にナンパされた、あの若かりし頃以来かも。 うーん、しばらく、というか長いこと踊ってない。ロンドンで、なんていうとカッコいいけど、要するにそういう時でもないと踊りになんて行かないのだ。

「もし君が行きたかったら、の話だけど」

大丈夫かしらんと考えたが、締めくくりの最後の夜なのだ。パリで地元の人と踊りに行くなんて、願ってもない素敵なプラン。乗らない手はない。






なんて素敵なアパルトマン


友だちのうちへはバイクで向かう。パリの街をタンデムから眺めるのはいい気分。「こわくない?」「全然こわくないよ、でも運転にもよるけどね」と意地悪なことを言うと「安全運転だから」との答え。そして言葉通り、乱暴な走りも強引な追い越しも急な加速も一切せず、無事に目的地についた。

ベルを押し、建物のドアを開けてもらい階段に向かう。エレベーターはない。「ガンバッテ」振り向いてぎこちない日本語で私に声をかける。「え?いったい何階なの?」ぎこちないフランス語で私もきく。

「9階ダヨ」「ひぇー、お城の階段みたいだねえ!」と言いながらも実はそんなに驚かない私。パリでエレベーター無しのアパルトマンにあっても、そうですかってなものだ。

暗い階段を懸命にのぼっていく。ホントに城の階段を考えれば9階なんて? だけど9階って日本で言ったら10階の事じゃないの。やっぱりハードすぎる! それでも勢い良く上がっていくと、突然途中でドアが開いた。そこは4階。すっかり担がれていたのだった。

招かれて入ってみると、女性らしい彼女の部屋はとても居心地がいい。全部は見ていないけど、設備の整ったキッチン、寝室、バスルーム、それから一番奥にリビング。

そして、そのリビングの、正面に見える窓の中には....

きれいにライトアップされたエッフェル塔があった。

まるで、ひところのトレンディドラマ!みたい。しかも東京タワーじゃなくてエッフェル塔よ(なぜか口調が変わる)。ドラマはなんだか現実離れしていたけれど、これは夢のような現実の部屋。壁際に配置されたテーブルにつき、食事をごちそうになる。窓に向いた席はキッチンに一番近いため「ここは私の場所なのよ、だからそっちに座ってね」という言葉に、エッフェル塔には特に思い入れのない私も、かなりうらやましくなった。
いつもあんなにきれいなエッフェル塔を見ながら食事してるんだあ。

「仕事が忙しくて、料理する暇がないの」出された料理は買ってきたものの様な事を言っていたけれど、そんなこと関係なくなんだかとってもリッチな気分。早口でほとんど聞き取れないけれど、彼女のフランス語の響きは、聞いているとなんだか気持ちの良くなる感じ。

映画を観に行くのに急がなくちゃいけないから、と、デザートを慌ててほおばるようにして外に出る。近くだからと歩いていく。急いでいるからとどんどん歩く早足の二人のうしろで.....私はというと、

“走っていた”。

二人とも私よりだいぶ背が高い。足の長さだって、これは背の高さ以上に差がある(こんなことはわかっているので言わなくてもいいんだけど)。時々振り向きながらもスピードをゆるめようとはしない。下り坂を必死でついていく小さい日本人の私。笑う二人。






スノッブな映画館

ついてみると既に列ができていた。前日のアミューズメントパークのような映画館とは違い、小じんまりした感じの良い、古い映画館だった。ジャン・コクトーの映画館なのよ、と彼女が教えてくれた。

素敵すぎる。

並んでいるのはなんだか知識人風(?)のムッシュー、加えて上品そうなマダム。そのうしろで彼の着ているセーターにあいた穴とおなかの話で盛り上がる謎の三人。穴をさして「ボロボロ」という妙な日本語を教える私。

言われるまま、チケットを買う。大事だからチケット持っててね、と言われ握り締めて入ると「もぎりのお姉さん」がチケットに切れ目を入れる。席につく。

前日「明日はWASABIを見にいこう」と言っていたので、当然そうだろうと思っていたら始まったのは違う映画。おいおいフランス人、と思ったが、ストーリーも大体は理解できたし大変面白く、たぶんこちらで正解だった。もちろん細かいところでわからないことが多かったけど、テーマは重いがストーリーは軽快で、結構私の好みだったように思う。

映画が終わって彼女の部屋に戻る。どうやら彼女は踊りにはいかないらしい。たくさん踊って楽しんで!という言葉に送られて外に出る。とても暖かかった滞在前半に比べてやはり少しだけ寒くなっているパリだが、前日の反省から厚着をしているので寒くはない。再びタンデムシートへ。

夜のパリを再びバイクで走る。街は歩道から見るのとは、まったく違って見える。慣れない最初はしっかり彼につかまっていたけれど、安全運転ならパリの街の走りはそれほど怖くはないと言うことがわかり、今度は余裕でうしろのバー(?)につかまる。こうすると、運転者への負担が少なく、たぶんお互い快適。






完璧なロケーション

走っていると、突然見覚えのある広い通りに出た。

シャンゼリゼだ!

それからぐんぐん近付いて来る巨大な凱旋門!

今回の旅行は、パリの3大名所(?)シャンゼリゼ凱旋門エッフェル塔には全然近寄りもしていなかった。まあ、いいや、と思っていた。

ところが最後の夜になって、こういう形で見ることになるとは。予想もしていなかった。不意をつかれ、突然現れた光景に目を奪われる。

当然ながらライトアップされた世界有数の観光スポットは誰がなんと言おうと美しい。文句のつけようがない。光に浮かび上がる凱旋門のまわりをぐるっとまわる。夢みたい。夢じゃない。私はヘルメットの中でたぶんバカみたいにへらへら笑っていた。 (まわりから表情が見えなくて良かった。)

わざとここを通ってくれたのか、それとも単に通り道なのか。わからないけど、とにかくなんて素敵なんだ!






さらに完璧なロケーション

凱旋門を後にして、さらにバイクは走る。もうどこに向かっているのかなんてどうでもいい。今度は橋を渡る。

すると、ああ!またしても私たちの前方には巨大なジュエリーのようなエッフェル塔が待ち受けていた。

まわりが暗いせいか、昼よりも大きく輝いて見えるエッフェル塔を左手に見ながら、私は完全に壊れていた。きれいすぎる、完璧なロケーション。その中をカッコイイ(実際カッコイイ)フランス人のバイク(BMW)に乗ってまっすぐに駆け抜ける。あまりに美しすぎて、夢の中のできごとみたい。これこそまさに映画みたいだ。撮影隊がいないのが不思議なくらい。主演女優?がいまいちだけど、ヘルメットかぶってるから大丈夫(?)。

しばしの間、メットの中で口をあけてうっとり見とれていたが、次になんだか叫びたくなった。スペェ〜(チョー!)ボー(キレイ!)!と、軽薄な声をあげる私に、うるさかったのかあきれたのか、信号で停まった彼の反応はしかし、いまひとつ。住んでいる人にとっては、ありふれた光景なのかも知れない、と思うと同時に、こんなきれいな光景を見飽きてるってどういうことよ!と、激しい嫉妬を感じてしまう。ずるいよ、パリの人。






ほぼ完璧、だったわけ

夢見心地で会場(?)についてみると、入り口にごついガードマンが腕組みして立っていた。先生に向かってムッシュー、と声をかける。何かと思ったら、もう入れない、みんなに断っている、と言うではないか。

先生に通訳してもらうまでもなく、そのくらいはわかった。え?もう終わりなの?まだ12時をちょっと過ぎたあたりなのに。いつもは全然OKらしいが、その日はもしかしたら入場者が多すぎたのか、断られてしまった。

「残念!」こうは言ったものの、私は途中みた夜景でかなり満足していた。あとから続々来るみんなも断られていたところを見ると、連れがさえない東洋人であるせいではないらしい。

再び、バイクに乗り送ってもらう。不満そうなのは私よりもむしろ彼のほうだった。私のために考えてくれたプランの最後がうまくいかなかったことか、それとも自分が踊りたかったか。たぶん、その両方。

とにかく、夢のような景色に感動したこと、友だちの家も素晴らしかったこと、映画も面白かったこと、私はとても満足であることと感謝を伝えてほぼ完璧な最後の夜は終わったのだった。





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