インティファーダーパレスチナ人のたたかいー
2月21日
パレスチナの画家Ismail Shammoutの「インティファーダ」が左、同じく画家Taman
El-Akhalの「挑戦」。ともにパレスチナ人の物語を語ろうと試みた油絵の大作である。巨大な物語の森を歩む感銘を誘う。
(AlAharam Onlineから)
2月19日未明からイスラエル軍はガザ・ヨルダン西岸に戦車・武装ヘリで報復攻撃を加え、少女数名を含む10数人が殺された。パレスチナ武装勢力の抵抗はイスラエル軍へのゲリラ戦の形をとり始め、「軍は攻撃する側からされる側になった」とイスラエル紙、報復を激化させるだけのシャロン政権の対応は、軍事的にも道義的にも破綻しつつある、「力の押さえ込みに限界」と朝日新聞カイロ20日発川上泰信特派員は報じた(2.21朝刊)
2月22日
冒頭の絵は、いうまでもなくいま決定的な瞬間に立っているパレスチナの人々の過去と現在を象徴している。
左遠方に見えるのがエルサレムの岩のモスク。累々と横たわる犠牲者。狭い区画に立つ苦難の人々の塔。かぼそくパレスチナの旗がかざされる。(カイロのAlAharam Online から転載した。)
イスラエルのシャロン首相は2月21日の演説で過激派の侵入や攻撃を防ぐため、パレスチナとの境界線の一部を再占領し、境界沿いに緩衝地帯を設けると述べた。、それはヨルダン西岸北部ジェニン近郊から南部へブロン近郊まで長さ約200キロにコンクリートブロックを設置、フェンスや塹壕なども置く、というもので、数週間以内に着手されるという。パレスチナ側は、「パレスチナの町や村を監獄にしようとするものだ」と反発している。ちなみにシャロン首相については国防相時代、1982年レバノン侵攻の際、千人近いパレスチナ難民をキリスト教民兵が虐殺した事件への関与を問うベルギーの法廷が開かれようとしている。私は緩衝地帯にコンクリートブロックをということを聞くと、第二次世界大戦中のワルシャワ・ゲットぅーの「壁」を思い出す。
3月2日午後1時45分


左の漫画は、カイロのAlAharam Weekly Onlineの2月26日ー3月6日号(575号)のFathiさんの作品。
足を鉄鎖でつながれたパレスチナ人、というより今の指導者のことを表現していると思うが、破れ鳥網で平和の鳩を捕まえようとしている。
右の写真は、中東のアルジャズィーラ放送の3月1日発信のもの。「対『テロ』報復」という名目での度重なる非人道的な侵攻作戦で犠牲になったパレスチナの少女。
3月2日朝日朝刊はエルサレム1日川上泰徳さん電としてイスラエル軍のパレスチナ自治区侵攻で少女ら7人死亡を報じている。パレスチナ武装勢力は激しく抵抗、イスラエル軍は難民キャンプを戦車で包囲し、家ごとにしらみつぶしに捜索し、過激派逮捕や武器の押収をしているという。
一昨年秋に新たなインティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)が始まって以来、イスラエル軍とパレスチナ民衆との武力衝突はくりかえされてきた。しかし、パレスチナ人の女性が自爆テロが起きたのは、2002年、今年の1月27日、ラマラ近郊の難民キャンプに住む28歳の女性がエルサレムの繁華街の路上で自爆したのが最初であり、イスラエル人男性1人が死亡した。ところが、2月27日夜、ヨルダン西岸からイスラエル中部に入るm国家警察の検問所で乗用車から出てきたパレスチナ人女性が自爆、イスラエル警官3人が負傷した。パレスチナ人の女性が爆弾を身につけ自爆攻撃を試みるという事件は、これが二度目だ。
二回目の自爆女性は、ダリン・アブアヤシェといい、ナブルス自治区のナジャフ大学英文科に学ぶ21歳の大学生。PLO主流派ファタハの武装部門「アルアクサー殉教者集団」の攻撃の一環としてテロを行うと事前にビデオテープで証言していると言う。
2000年秋、ほぼ17ヶ月前に始まったインティファーダAL-Aqsa Intifadaira以来、どれだけの犠牲がはらわれ、どれだけの家屋財産・農園や収穫が無残にも破壊されたことか。
3月7日午前5時半
米軍特殊部隊イエメンへ、ということをとりあげようとして、資料集めをしているうちに時が流れ、また5日から四日間 自治体企画のIT講習会の「ホームページ入門」の聴講が始まり、午前いっぱいつぶれることも重なり、このページの更新を怠ってしまった。その間、パレスチナ自治区とイスラエルの情勢が緊迫、激化して瀬戸際に達しつつある。「ブナ林」グループの方々には、広河隆一さんのパレスチナ・ルポをお送りしてあるからお分かりのことと思う。今朝 AMLを開いたら次の発信があった。転載しておく
<こんにちは。遠藤@埼玉です。 JVC・パレスティナ担当の佐藤さんからパレスティナ情報が入りましたの で転送いたします。
しかし、救急車に向けて戦車の砲弾を発射させるイスラエル軍って……。 これを残酷といわずして何を残酷といおう……
(出典:伊藤千尋ML)
(転送ここから)
佐藤真紀です。 先週の土曜日は、イスラエルの平和団体のデモを見に行く予定でした。ボンと
言う音がして500mくらいのところで自爆テロが合ったとのことでした。犯
人はベツレヘムのドヘイシャ難民キャンプ。 イスラエルの報復がベツレヘムに向けられました。
さらに日曜日はラマッラー近郊で10名のイスラエル人が射殺され他のを受け
イスラエルが反撃に出ます。 今日はラマッラーで母と子どもたちの乗っている車が吹き飛ばされ5名が死亡。
夫がハマスの活動家だそうですが車には乗っていませんでした。 そして今度はジェニンで救急車がどうやら戦車で吹き飛ばされたらしく、患者
の女の子と同乗していた医師のハリールさんが死亡しました。 イスラエル側の発表では、救急車が猛スピードで突っ込んできたので正当防衛
のために撃ったといっています。 しかし救急車がスピード出して走るのは当たり前だと思いますが。。。。しか
も戦車で吹き飛ばす????
(転送ここまで)
JVCパレスチナ 佐藤真紀 ホームページはこちら http://www.jca.ax.apc.org/jvc/palestin/pale.html
3月7日午後3時
今朝お知らせした「JVCパレスチナ 佐藤真紀さんのホームページ」に下記の珍しい映画の紹介とNHK BS1での放映予定が載っていたので、その記事転載させていただきます。みなさまぜひご覧ください。
メイ・マスリー監督作品がテレビで!
「夢と恐怖のはざまで」NHK BS1での放映日時(予定)が決まりました。
3月10(日)24:10〜 (つまり3月11日(月)0:10〜)
タイトルは分かりやすく「パレスチナ少女 交流の記録」となっています。
1月31日から始まった地球環境映画祭でパレスチナ人映画監督のメイマスリー氏の 作品が最優秀賞を受賞しました。 受賞の理由は以下のとおり。
「日本人が知ることの少ないパレスチナの難民キャンプがおかれた過酷な状況を子ど も達の目を通してドラマティックに描いた映像は編集の巧みさも手伝い、新鮮な衝撃 を見るものに与える作品である。」 以下会場に訪れた人の感想です。
●「パレスチナ難民問題も地球環境の問題として扱われているところがすごいなと思い ました。」(佐藤さん)
● 「状況は厳しくても、パレスチナの子どもたちもいろんな夢を持ったり、恋をしたり しながら大人になっていくという、あたりまえなんだけど一般の報道からはぜんぜん 見えてこないことが描かれてますよね」(中野さん)
会場には500人もの人が集まりメイ・マスリーの「夢と恐怖の狭間で」を鑑賞しま
した。彼女の目線はいつも難民キャンプの子供たちの中にいて、彼らを優しく見守っ
ています。
「私は鳥になりたい。最初は蝶がいいと思ったけど、あまりに美しすぎて
人間に捕まえられて、本に挟まれてしまう。挟まれるのはいや。自由に空を飛んで故 郷に帰るの」レバノンのシャティーラ難民キャンプにくらすモナの口からは詩のよう
に美しい言葉があふれ出る。そのことが私にこの映画を作らす大きなきっかけとなり ました。とメイさんは語る。
彼女は実に自然にカメラを回し作品を作っている。僕には彼女が映像作家というよ り、子供たちのお母さんという感じがする。レバノンとベツレヘムの2箇所を追っか
けることにより難民問題のすべてがそこに凝縮されている。
この作品は、2000年のレバノンとパレスチナの難民キャンプの子ども達が国境を越えてインターネットで交流している姿を捉えています。 日本国際ボランティアセンターも今までに本を寄付したり、NGO地に平和の「投石防止プログラム」に協力する形で支援してきたベツレヘムのドヘイシャ難民キャンプ。そしてレバノンの調査では、メイさんの紹介でシャティーラキャンプを訪問しています。
メイ・マスリー
パレスチナ人映像作家。サンフランシスコ国立大学映画学科卒業。監督およびプロデュースしたドキュメンタリーの受賞は数多く、世界各国で上映されている。 主な作品に「War Generation」1987年 「つかの間の夢」1992年 「ハナン・アシュラーウィ 時代の女」1995年 「シャティーラ・キャンプの子供たち」1998年
3月9日午後9時
パレスチナでの戦争は最悪の状態に陥っている。イスラエル軍の自治区や難民キャンプへの無差別攻撃と様様な非条理の抑圧という絶望的状況に追い詰められたパレスチナ民衆の怒りは爆発し、アルアクサー・インティファーダの激化と相次ぐ自爆テロは、完全に<独立を求める民衆闘争>の様相を呈するに至ったと思う。
自宅軟禁されているアラファト議長とEU(欧州連合)代表が会見している家屋のすぐ近くをイスラエル空軍機がミサイル攻撃したり、アナン国連事務総長が「状況は手に負えなくなった」という(5日)。8日の自治区ガザやヨルダン西岸への侵攻で、パレスチナ人の死者は1日で少なくとも30人に達した。ガザの銃撃戦では二十数人が死亡、聖地ベツレヘムでも死者が出た。アラファトは米国パウエル国務長官に電話をかけ、「ジぇノサイド(大量虐殺)阻止」のため米国の即時介入を求めた。つまり、イスラエルに即時停戦の圧力をかけてほしいというのである。残念なことにこれ以外に現在この破滅的状態をとめる手はないのである。
UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関の看護士であるパレスチナ人男性は国連旗を掲げた救急車で移動中、銃撃されている。
8日までの1週間でパレスチナ人105人とイスラエル人36人の合計141人が戦闘やテロなどで殺戮されている。
一昨年9月末、シャロン・イスラエル首相(当時野党りクルード党党首)がエルサレムのイスラム聖地アルアクサーのモスクへ足を踏み入れたのをきっかけに始まったインティファーダ、対イスラエル軍の武力行使、そして武力衝突での死者は推定1400人前後。ところが、この1週間だけで過去1年半の死者数の約
10分の1に相当する犠牲者が出ている。
圧倒的な武力を行使するイスラエル軍の侵攻と僅かな武器で抵抗するパレスチナ人側、ほとんどの石以外武器のないパレスチナ人の悲惨、それはJVC(日本国際ボランティアセンター)パレスチナ班の佐藤真紀さんや広河隆一さん、あるいは朝日の川上泰徳さんなどの発信を待つよりほかはない。
イスラエルの大新聞が行った世論調査では,掃討作戦を強行するシャロン政権をしじするもの45%,不支持53%という結果を8日発表した。8日夜のテレビでシャロンはついに「パレスチナ側の完全な暴力停止がなくても停戦実施協議を始める用意がある」と語った。内外の批判に押されてといえよう。ただし攻撃をやめるわけではない。 和戦の境目がほんの少しずれただけである。8日にテルアビブで行われた国際婦人デーのデモと集会,そこで出た宣言の報道が待たれる。草の根の平和へのたたかいである。
以前ここでイスラエルがパレスチナ自治区の境に壁を作るという報道に触れた。JVCパレスチナ・オンラインのスクープでそのことがスナップ入りでルポされているのでここに転載させていただく。
スクープ!「分断されるエルサレム」 2.25
2月21日、シャロンがテレビで演説をした。パレスチナとイスラエルを隔てる安全地域を作るというのだ。しかしどのような壁を作るのか、どこからどこまでになるのか明確な回答はなされずに会見は終わった。
明くる日、驚いたことにエルサレムには既にトタンで壁ができていて西と東が隔てられている。ほぼ1967年の国境線に沿って作られようとしている。前からこのあたりで工事をやっていたのは知っていたがまさかこれが壁だとは。
アラブ人に聞いてみると「鉄道が走るのだ」とか言っている。境界に鉄道を入らせたらテロの対象になってしまう。イスラエル人のジャーナリストに聞いてみたけど彼も知らないと言う。謎は深まるばかりだ。
▼かつてヨルダンとイスラエルを隔てていた国境線(グリーンライン)に壁ができつつある?

■命と権利が奪われない「もうひとつの世界」に向けて
2002年2月、ブラジル・ポルトアレグレで開催された第二回「世界社会フォーラム」は、労働者の権利や環境を含む社会権を犠牲にして多国籍企業と市場の論理を拡大する「新自由主義的グローバリゼーション」と、「テロとの戦争」を名目に民衆の怒りを力で押さえ込もうとする大国の軍事戦略が支配する世界に対し、「異なる世界は可能だ」と考える民衆が世界の草の根の多数派であることを示した。 9・11以降、世界の社会運動は、米国などによるアフガン民衆への攻撃と、それに便乗したイスラエルによるパレスチナ民衆の殺戮を批判してきた。「テロ」の背景には貧困や抑圧を生む構造があり、「戦争」はその構造を守るためのものだからだ。2000年秋、パレスチナ暫定自治に関する「オスロ合意」が不調に終わり、イスラエルのシャロン(現首相)による挑発行為を契機に、パレスチナ人の民衆蜂起(インティファーダ)が再燃した。その後のイスラエル軍の攻撃により、2001年12月時点で16000人以上のパレスチナ人が負傷、700人以上が殺害されている。
3月10日午前10時半
優れた写真家でありルポライターでもある広河隆一さんの 待っていたパレスチナ自治区訪問記第二信が発信された。予想したとおり イスラエル軍の難民キャンプ侵攻があまりにもひどいことが報道されている。大変なことなので、ここに一部転載させていただく。読者はちゃんと広河さんのHPで確かめてほしい。
<前回のコラム「戦争と平和の距離」を書いた翌日から、2 日間にわたってナブルスの難民キャンプの掃討作戦を取材しました。1 軒 1 軒、壁にハンマーで穴を開けて、そこからイスラエル兵が侵入し、捜索し、抵抗する人間を「テロリスト」として殺し、家屋を破壊します。
同じことが今日、トゥルカレムの難民キャンプで大規模に行われました。家を破壊し、火を放っていました。小さな子どもたちの目の前でそれを行うのです。
イスラエル建国によって、この人々が難民となって、50 年以上も難民キャンプで暮らしてきたのだということを、イスラエルの兵士は、なぜ何とも思わないのでしょうか。こんなことをすると、和平どころか 15 年、20 年後のゲリラ兵たちを大量に生み出すことになるのだと、どうして分からないのでしょうか。また 15 年後にゲリラ兵たちを「テロリスト」と呼んで、壊滅作戦をすればいいと思っているのでしょうか。
救急車への銃撃、戦車での救急車の破壊など、信じられない光景が続いています。
テレビの解説者たちも「テロに対する戦争」という言葉を使っています。それを使えば何でも許されるという魔法の言葉です。これが人間の心をこれほど卑しくする言葉だとは思いませんでした。
こうして明日は必ず、大規模なパレスチナ側の報復テロが起こるでしょう。シャロンの政権は、相手の報復テロをバネにして、次の掃討作戦をするという形で進んでいます。
イスラエルもアメリカも「テロに対する戦争」という言葉を使うことによって、自分の行為を、客観的に批判的に見る回路を断ってしまったのです。逆のことを自分たちがされたら、どんなに辛いか (こんな生やさしい言葉では言い表せないのですが、適当な言葉が見つかりません)、分からないのです。>
今朝のニュースは、ヨルダン西岸のトルカレム難民キャンプへの襲撃で約600人の武装勢力を拘束したことを報じている。「武装勢力」とは何か。ほんとうにどの程度の「武装」なのだろうか。「拘束」とは何か。それからどう「処置」するのだろうか。このキャンプの住民は約1万人。過激派の拠点として戦車,武装ヘリコプターを繰り出しこれまでで最大規模の攻撃を行った。7,8両日の死者は自治政府筋によると民間人を含む16人。9日は,ガザ中心部の自治政府の警察施設も武装ヘリで攻撃された。。
今回の一連の侵攻で,救急車や医療関係者がイスラエル軍の攻撃を受けた。 ジェニン、トルカレム,ベツレヘムなどで医師2人,看護師1人,運転手ら計4人が銃撃で死亡。赤新月社と赤十字国際委員会は8日,救急関係者に対する攻撃を「戦争犯罪」として非難する共同声明を出した。国連の報道官が6日出した声明では,ガザにあるUNRWA 国連パレスチナ難民救済事業機関の盲学校がイスラエル軍のF16戦闘機による空爆を受け(5日夜),少なくとも15の教室が使用不能になったという。この盲学校はガザ地区唯一の盲学校。
EUと米ブッシュ政権は,イスラエル軍のパレスチナ自治区に対する攻撃を直ちに停止するように,10日にも共同要求することで合意したという。遅きに失するといわざるをえない。
もう一つ。 憂慮すべき報道, 憤慨するニュースがある。今朝の新聞にはどの新聞にも取り上げていると思うが。米現政権が,中国・ロシア、それに「悪の枢軸」とした北朝鮮,イラク,イラン、さらにリビアとシリア,計7カ国を対象にした核攻撃のシナリオ策定を検討するよう指示した、と9日付の米ロサンゼルス・タイムズ紙がスプークしたという報道である。同紙が入手した 国防総省の機密文書「核戦争の見直し計画」の機密部分を基に報道されているという。
戦場などを想定した限定核攻撃用の小型の戦術核兵器の開発も検討すべきだと命じてもいるという。また,アラブやイスラエルの紛争や,中国と台湾の戦争,北朝鮮の韓国攻撃などの場合にも、核使用に備えるよう国防総省に指示しているとも伝えている。
まさに, キチガイに刃物の末世というよりほかはない。こういう政権とのおつきあいは、ほどほどにしないと, 火の粉をともにかぶることになりかねないではあるまいか。
9日の第1信の最後に米国内の移民社会の人々に対する差別や偏見,人権侵害をめぐる心配をもらした。CNNと米紙USAトゥデーが5日に発表した世論調査の結果が報じられている。予想通り,米国民の多くがイスラム諸国への不信感を強く抱いているという結果が出ている。ぜひご覧になるとよい。
3月11日午後5時
深夜NHK・BS1でパレスチナ人映像作家メイ・マスリーさんの『愛と恐怖のはざまで』(NHKは『パレスチナの少女・交流の記録』という題で放映した)を見,ビデオにも収録した。とても感動的な作品であり,1月31日からの地球環境映画祭で最優秀賞を受賞したのも当然だと思ったし,この作品はもっと多くの人が見てほしい作品だと感じた。
文字や文章,写真や断片的なニュース場面,等々で見たつもりになっているパレスチナ難民キャンプ(レバノンとパレスチナ自治区両方の)のすごくひどい状況がいわば子どもの目を通して撮影されている。普段の日常的な子どもたちの集いと対話(そこには歌や手紙の朗読が入る)、そしてレバノンのシャティーラ・キャンプの子どもたちと自治区内のベツレヘムのドヘイシャ・キャンプの子どもたちの交流がドラマティックにポエティカルに、またとても自然に描かれる。かわいい少女モナの口から,「私は鳥になりたい・・・自由に空を飛んで故郷に帰るの」とほんとうの詩のような美しい言葉があふれでる。
自治区のふるさと, もと自分の家があったというところを訪ねる場面, 年寄がイスラエル軍が徹底的に破壊した家のあった場所で語るその頃の思い出話。
レバノンと自治区側の国境線のフェンスで ときたま許されるのであろう 南北に離散した家族達の再会の場面の感動, むごい鉄条網のフェンスごしに交わされる接吻や抱擁。 パレスチナ側の土, 帰れない 夢に見る 懐かしい 故郷の土, その土をすくってカップや空き瓶に詰める子どもたち。
自治区の土地と自然を侵食していく「入植地」というものの実像。おそらく景観のよい高台を占拠した立ち並ぶ入植者の醜い建物の群、土地と景観に似合わない そういう広大な「入植地」が先住者を追い出し、その人々の住まいと果樹園を廃墟と変え、恥ずかしい破壊と狼藉のあとを隠すために樹木を植えたと言う。そういう醜悪な「入植地」の建物が睥睨するかのような追い出されたパレスチナ人のかつての住まいのあった荒地。この場面を見て、はじめて「入植地」というものの恐ろしくまた醜悪なイメージが獲得できたと思う。同時に、わたしたちのかつての朝鮮や「満州」における「入植地」、日本人町が、被占領者の民族・民衆に、どのように恐ろしくかつ醜悪に映じただろうかを想像してゾットするのである。
ロンドンへ去ってゆく子どもの苦しみと悲しみ、仲間たち、故郷とのつらいつらい別れ、それが少女の心を通して描かれる。サイードさんなどが書かれている世界にちらばったパレスチナ人の心がなんとなく今までよりはわかるようだ。
石もて巨人ゴリアテに立ち向かう少年ダヴィデのごとく,2000年9月から<アルアクサー・インティファーダ>に立ち上がった けなげな子どもたちの姿。普段のときの投石の練習。メイ・マスリーさんのカメラは、いつも重要な場面では, 巧まざる角度から征服者・占領者の個々の姿を背景にとらえる。
あっというまに,この貴重な記録映画は終わる。最後は,米国の首都でのデモと集会である。そし被占領の犠牲者と一日も早い故郷への帰還を祈る蝋燭立てで終わる。
とにかく、多くの人にぜひ見てもらいたい映画である。たった50分の長さ。しかし、その50分の中に実に濃密な時間と空間、長い長い歴史、実に多くの人々の苦しみと悲しみ、愛と恐怖が凝縮されている。すごい作品である。メイ・マスリーさんに 有難う の言葉を贈る。拍手で。
3月19日
イスラエル軍の戦車・ミサイル侵攻で息子を殺されたパレスチナ人の母親がテレビカメラに向かって「臆病者のアラブ」と連呼している場面の衝撃から文章は始まっている。シャロン政権の報復戦争強行とイスラエル軍の破壊と虐殺に見て見ぬふりをしているアラブ諸国に対する失望を母親はあらわにしたのである。母親の反応は, 50人以上のパレスチナ人が殺された日のものである。パレスチナ人の指導者の暗殺も起きている。
この文章の筆者であるEDITORは,この「臆病者のアラブ」という母親の失意と憤懣は正当であると論じている。EU諸国や西欧人がイスラエルの暴挙とパレスチナ人の悲惨に声を上げているのに、同胞である当の隣り合うアラブ諸国の諸政府は沈黙を守っている。それは、いまパレスチナ人が味わっている苦難を自らもやがて味あうことになりかねない,自らの墓穴を掘っていることではなかろうか。おそらく、この編集者は,自らの政府,イエメンの現政権の態度を批判しているのであろう。
部族間の抗争で死傷者が出たというニュースやもっと言論の自由をという記事などもあり、フィリピンやアフガンと同じく部族社会が残っており、民主化や自由がまだまだ実現していないのではなかろうか、と思われるイエメンである。
カイロのAl-Ahram Weekly Online の3月14−20日号(577号)は, アミーラ・ハウエディ Amira Howeidyさんの『インティファーダは続く 'Intifada fino'』という高揚した文章を載せた。だいぶ意訳してあります。
<カイロ、タンタ、南レバノン、アンマン、ローマ、マルセイユ で パレスチナの人々に対するイスラエルのエスカレートする残虐行為に抗議して 人々は 街頭に現れた。
親パレスチナのデモがこの数十年衰えていたが、2000年9月の第二次インティファーダの爆発以来、 この地におけるイスラエルの野蛮行為の現実が最近衛星放送やインターネットで映像によって世界の民衆に同時に伝えられ、抗議運動は弾みがついた。.何人かの解説者が、かつてのアルジェリアの解放戦争やその後の反ベトナム戦争、反アパルトヘイトの大衆行動と比較するような昂揚が始まった。
この9日(土曜日)、ローマでは豪雨をついて、アラブ系移民とイタリア人、10万人のデモが行われ、インティファーだとの連帯が決議され、「占領地が解放されrまでインティファーダは止むことはない」と連呼した.。虐殺されたパレスチナの少年のわら人形をかつぎ、死んだパレスチナの漫画家ナジ・アルアリ
Naji Al-Aliが描いたパレスチナの戦いのイコンを掲げて。
それから3日たった12日、カイロの120キロ北で約3000人の学生がタンタ大学の構内でデモを行った。ハマスの政治局長ハレド・メシェルKhhaled
Meshel とのテレフォンコールを拡声器を通じて聞き、イスラエルとアメリカの国旗を燃やして抗議の意志をあらわした。
デモは、いくつかのエジプトの大学にもこだました。カイロ大学の学生の抗議隊は 近くにあるイスラエル大使館へ行進するつもりで、厳重な警戒陣を避けて学外へ繰り出そうとした。暴動を抑えるための機動隊が学生たちを押し戻した。アルアズハル大学、カフル・エルシェイク大学、バンハ大学すべては、約1万5千人の学生が抗議の声をあげたのを見た。このような抗議行動は、1981年以来有効な非常立法のもとに不法行為として禁じられていたのに、それに抵抗し、それを覆した学生たちのやむにやまれない抗議行動として印象的であった。
デモは、ほとんど同一の決議を出していて、エジプト駐在のイスラエル大使の追放とイスラエルとの外交関係の断絶を要求した。また、パレスチナ人に対するイスラエルの侵攻作戦の即時終結と ベイルートでの来るべきアラブ諸国首脳会議での正常化促進なる試みの拒否を宣言していた。
カイロ大学自身は、「パレスチナの人々に対する抑圧と大虐殺(ジェノサイド))」への激怒を表明し、デモ直後強い言葉での声明を出した。
その声明には、「アラブの指導者たちがいま準備しているアラブ・サミットでは、パレスチナ人の不動の権利を支持するために決定的で効果的な方策を採択するよう」強く促している。
また、12日(火曜日)に、ノーベル賞受賞者のナギブ・マンフーズ議長の国際ペンクラブのエジプト会議は、世界中の著作者 writers
にパレスチナ人のたたかいを支持し、シオニストのメディア網から脱出することを呼びかけた。
新聞の論説は、新聞の政治的傾向にかかわらず、アラブと西側諸国の政府の沈黙と打ち負かされた「アラブ世界」を自認することで「恥」と「無力」の気持ちを表明して、日々過ごしているが、多くは今までのような修辞学的なごまかしでは明らかになった出来事に対して十分な反応を示しているとは言えないことを感じている。
「私は殴られも また恥をかかされも されたくありません」.匿名希望のあるジャーナリストはアル・アーラム・ウィークリー紙編集者に語った。「もし政府がデモを許可して、私達の抗議する権利を尊重するという約束をするならば、私はデモに参加するだろう」と。
「そこには問題がある」と12日(火曜日)のデモに参加したカイロ大学教授サイッド・バーラヴィーは論じた。「エジプトの街頭がすでに非常に緊迫している空気の中では、またインティファーダのためだけには.。現在エジプトには 貧困、悪化した経済 がある。 政府が、 好ましくない方向に発展するだろう事を知りながら、デモを大目に見るというようなことは ありそうにない」と。
しかし、こういう形でパレスチナ人のインティファーダを支持する大衆デモは始められている。これをただ押し留めようとすることは可能だろうか。
すでに、ヨーロッパとUSの親パレスチナおよび親アラブ諸団体は、 インティファーだと支援するより強力な行動を準備しつつある。
次の土曜日、16日に数百人がロンドンのダウニング街(首相官邸のある)へ親パレスチナの集会をかけるとよそうされている。
あの9月11日に続く静かな三ヶ月の後、多くの人々は はっきり感じている.。 自分たちの声を聞かせる時は今だ、と。
たとえ、 政府が沈黙しているとしても、自分たちは確信をもって発言し行動する、と。>
3月30日午後3時半
サウディアラビアのアブドラ皇太子がイニシアティブをとったイスラエルに対する最終的な和平提案とはいったいなんであったろうか? イスラエルよりの米国ジニ特使の中東和平介入とはいったいなんであったろうか? エジプトのムバラクもパレスチナのアラファトも欠席したままサウディの和平提案を採択したベイルートでのアラブ諸国サミットとはいったいなんであったろうか? そういう一切を跳ね飛ばし、打ち壊して、イスラエルのシャロン政権のパレスチナ自治政府に対する大規模軍事作戦が3月29日(金)朝開始された。
もともとこの機会を狙っていたとも取れるが、きっかけはユダヤ教徒にとっては三大祭りの一つ「過ぎ越し祭り」の最初の晩餐をとる北部リゾート地のホテルのレストランで25歳の若者が自爆テロを実行し20人以上が死亡し100人以上が負傷した事件であった。ハマスの武装部門が犯行声明を出した。ベイルートのアラブサxミットとアブドラ和平案と米特使の停戦仲介を敵視しこの自爆テロは、シャロン政権にかねがね考えていた自治政権打倒の最後のチャンスを与えた。
シャロン政権は29日朝、緊急閣議の決定として「アラファトは敵だ」としてヨルダン西岸ラマラ自治区の議長府を戦車で包囲攻撃し制圧した。
外壁に穴をあけ、イスラエル兵士は議長府の部屋から部屋を荒らし警備兵との戦闘を続けたが、一階で議長執務室にも侵入した。双方にいくらかの死傷者を出し、一応イスラエル軍は議長府カラ撤去した。アラファトは健在で、破壊された議長府の一階で執務を続けるという。
アラファトは、カタールのアルジャジーラ・テレビに語った、「われわれは他のパレスチナ人殉教者たちと同じ道を選ぶ」といい、殉教者として死を覚悟している意思を示した。また、「イスラエルにわれわれパレスチナ人が1人として、跪いたり降伏しないことをわからせてやろう」と連帯を訴えた。
自治政府指導部は、人々に「隊を組織し、占領と侵略に立ち向かおう」と呼びかけている。29日朝のイスラエル軍の大規模侵攻直後、18歳のパレスチナの少女がエルサレムのユダヤ人地区のスーパーマーケットで自爆テロを実行、3人が死亡、20人以上が負傷した。29日の日中、ヨルダンとレバノンのパレスチナ人難民キャンプでは大規模侵攻に怒ったデモが行われている。
シャロン政権は、ラマラ侵攻はパレスチナの戦士たちに対する長期の作戦の始まりに過ぎない、作戦は数月ではなく、数週で片付くであろうが、数千名の予備役に召集をかけた、と警告している。「アラファトは、イスラエルに対するテロと連携を固めた以上、かれは敵であり、その点でかれは孤立させられるだろう」と。
このところ、パレスチナ人の間ではアラファトら指導部の評判は地に落ちていたといえよう。しかし、事態は彼を殉教者の位置に追い上げてしまった。いつどういう形で終わるかはわからないが、どうも本格的な独立戦争が ほんとうに独力という形で 始まってしまった のではあるまいか。
自治政府は、イスラエルよりの米国の介入に期待していない。アラブ諸国に向かっては この虐殺行為を静観すべきではない とは語っているのだが。
アラファトがアルジャジーラ・テレビに語ったおもな内容を ここに繰り返しておこうか。
一、パレスチナのだれ一人として ひざまずいたり 降伏もしない。
一、イスラエル軍は 戦車やミサイルで わが議長府を 攻撃し 建物の一部が 破壊された。
一、イスラエルは、 私が 囚われの身になるか、 死ぬことを 望んでいる。
しかし、 私は、 そうはならない。
殉教者と 同様の道を 選ぶ。
3月30日午後4時半(31日午前3時追加
左の漫画はZNET-TOONのHANK DWYERさんの作品。3月21日発表の作品だから、この29日午前からのアラファトさんの状態が予見されている、といえようか。
いやはや、イスラエル軍というかシャロン政権はというか、彼らはあのナチスに迫害された経験があるだけに私達から見ればまったく非人間的な悪賢くひどいやりかたでパレスチナ自治政府の議長アラファトを生かさず殺さず半殺しのような人質状態に軟禁してしまった。
29日23時50分のBBCニュースでは、イスラエル軍が議長府を制圧したと報道し、米国のパウエル国務長官の忠告にはシャロンはアラファトを殺したり逮捕するために探すことはしないと応えたとあった。そして、さらに「イスラエル部隊はアラファトのオフィスには入った。しかし、彼らは建物を去り戦いは終わったといっている。しかし、アラファトとそのボディガードは建物の一階に制限されているという。」という、どうなっているのかわからない報道であった。
だが、実態はこうであった。議長府の敷地内の建物のうち北側の3棟はブルドーザーなどで完全に破壊され、議長執務室のある建物は3階建てで、このうち二つの階はイスラエル軍が占領し、アラファトとわずかな側近が執務室に軟禁されている。この建物もあらゆる武器で攻撃されており、電機は止められ発電機も破壊された。電話線も切断されている。真っ暗な部屋のなかで、アラファトは外部とつながる残された唯一の手段、携帯電話で各国首脳やメディアに電話をかけ、窮状を訴えている。トイレに行くにも見張りの監視があるし、建物の入り口には2台の戦車が威嚇するように止まっている。議長は一歩も外には出られない。
敷地内からは70人ほどのパレスチナ人が拘束され、治安部隊の尋問を受けている。
こういう屈辱的な状態に追い込んでアラファト議長に何を要求できるというのだろうか。パレスチナ人民に何を望むというのだろうか。こういう仕打ちで自爆テロが封じ込めるというのだろうか。結局、パレスチナ人の<ジェノサイド>−第二の<ホロコースト>−をしでかそうとでもいうのか。
メディアの中には、「がまんくらべ」などとこういうありさまを表現しているものもあるが、アラファトも殉教者になろうとしてもなれない、まことに卑劣なシャロンたちの策略に陥ったわけであり、いわばとても難しい正念場に追い込まれたわけである。これが、一時の嫌がらせに終わることを望むのみである。
いったん、「敵の棟梁」を「人質」にとるというシャロン政権の作戦は「成功」した。しかし、その次にどういう手を打つか、打てるのか、今度は困るのはどちらがわだろうか。
APの写真には小さな蝋燭の灯りで執務しているアラファト、ピストルを脇に置く姿がある。APニュース3月30日04:12ラマラ発ハディール・ワーデン記者の記事に「電機も水もなしにアラファトとそのスタッフは晩の間は蝋燭を使った」とある。彼らが使っている携帯電話は再充電は出来ないのでいつまで使えるかは分からない(30日にはついにバッテリーもなくなったという)。 72歳の疲れきったアラファト を内外の人々から切り離して孤立させ、命を奪うとか逮捕するのではなくいわば「飼い殺し」のような状態において アラファトを徹底的にいたぶり バカにしようという「わな」にかけた わけである。彼の軟禁されている部屋には窓がない。
シャロン政権の予備役動員は2万人だという。この10年間で一番大きい動員である。新たなる兵役拒否者・軍務拒否者への挑戦である。
アラファトの携帯電話の緊急の呼びかけに中東や国連、欧米世界の指導者達は、いったいどのように受け答えしたであろうか。決定的瞬間における世界の指導者の資質が問われたであろう。
こういう生かさず殺さずの生殺しのような日々がどれほど続くことだろうか。すでにアラファトは殉教者である、HANK DWYERが描いたように。
4月5日午後2時半
3月31日、イスラエル軍が攻撃・破壊・占領してアラファトとその側近を軟禁したヨルダン西岸・ラマラのパレスチナ自治政府議長府に欧米の平和運動家約50名が白いTシャツのメンバーを先頭にイスラエル軍の包囲と厳重な監視の虚をついて、議長府の入り口から建物内に入り、アラファト訪問に成功した。
アラファトらも思わぬ訪問にびっくりしたらしい。グループは、イスラエル人の教授、学生、フランス人、米国人らからなる国際的な市民組織。フランス人の中に写真(アルジャジーラによる)
にある反グローバリズムの運動家で南仏のマクドナルド店襲撃で名高い農民のジョゼ・ボべさんがいる。
アラファトとの会見後、ボべ始めフランス人13人は拘束され、国外追放になったということだが、残ったグループはずっと「人間の盾」としてのアラファトらのそばに居残っているという。
明らかにイスラエル・シャロン政権寄りで中東政策では「無知・無定見」としか言いようのないブッシュの世界権力を背においてシャロンの暴走は止まらない。
ブッシュもシャロンもイスラム世界から全世界をめちゃめちゃにしようというのか。おそろしいことである。
イスラエル軍のパレスチナ自治区の全面的再占領と激しい軍事攻撃で犠牲者は各地で激増しており、救急活動も不可能になっていて、死傷者数の把握が難しくなっている。殺された市民・家族を墓地まで運ぶことも困難で、ラマらの病院では遺体の収容施設が足りないため、急遽駐車場に穴を掘り25人の遺体を埋葬したという。
一橋大学の鵜飼哲さんは国際作家議会」の代表団とともに、攻撃包囲の始まる4日前の3月25日にアラファトさんに面会している。そのとき、アラファトさんは「私は以前、ベイルートでも包囲されたことがあるから慣れている。しかし、民族全体が包囲されるのは未経験の事態だ」と語っていたという。
朝日新聞の4月4日の片隅にパレスチナから訪日されたパレスチナ国際青年同盟のアドリ・ダナさん(36歳)が語った言葉が載っている。
<パレスチナ人は人間的な扱いをされないことで絶望に追い込まれている。イスラエルに対し、平和共存を求める国際的圧力をかけてほしい>と訴えた。
ヨルダン川西岸のへブロン(今朝4月5日の新聞にはへブロンもイスラエル軍の攻撃を受けたとある)に生まれ育ち、5年前にパレスチナ国際青年同盟を組織し、若者達の相談事業や子ども達への平和教育・文化活動に取り組んできた。
ダナさんは、この1年半で殺された1300人のパレスチナ人の85%が一般市民であること、2万人が身体障害者になり、30%の学校が破壊され閉鎖されていることなどを話し、「イスラエル軍は病人を運ぶ救急車まで狙撃している」と映像とともに報告した。
昨年末、へブロンの10代の子どもたちに「将来何になりたいか」とのアンケートをしたところ、8割が「殉教者になりたい」「イスラエルに復讐したい」などと答えた
ことに衝撃を受けたと吐露した。
4月2日の東京での講演会で、「絶望的な状況の下で、なぜ自爆テロ陣営に加わらずにいられるのか」という聴衆からの問いにアドリ・ダナさんはこう答えた。
<イスラエルの人も パレスチナの人も、 生命は 同じように貴いから。
そして、私は 平和を築く 新しい世代が 双方に 生まれるのが 見たいから>
もちろん、アドリ・ダナさんは、「現実的な唯一の選択肢」である「共存を目指す世代」が「双方から生まれる努力」が、現在の世界で中東で「とても難しい」ことを
十分以上に承知されている。しかし、始めなければ成らない。それ以外に双方が、そして全世界が、<めちゃめちゃになる世界><地獄の黙示録>からねけ出られる道はほかにないからである。
4月19日午後2時半
イスラエル軍によるジェニン難民キャンプでのジェノサイド(大量皆殺し)犯罪行為の疑いはいよいよ濃くなってきた。(HIROPRESS NET 広河隆一さん、エルサレム18日<ジェニン難民キャンプ>)
米国国務長官パウエルの停戦仲介も予想通り失敗に終わった。最初から国家テロを公然と強行するイスラエル寄りで腰が引けていた。自治区侵攻作戦の時間稼ぎをした観が否めない。ZNet TToons 最新のKirk Andersonさんの漫画 Powell Trip をご覧いただきたい。朝日新聞の4月18日朝刊が「アラブ諸国。対米反発広がる/和平会談構想に拒否感」という見出しの記事がこの漫画に照応する。
広河隆一さんの<ジェニン難民キャンプ>の最後にあるように<ジェニン難民キャンプで実際に何があったのか分かるまでは、これから長い時間が必要でしょう。 証言者たちは、数メートルのがれきの下にいます。>
<ブナ林便り)の読者で私の方でE-mailアドレスが届いている方々には別に毎日情報をいくつも転送しているのだが、パレスチナ自治区の現地からくる報告が最近一番多い。ひとつひとつ大変なもよう、恐ろしい体験や見聞が報告されており、とてもまとめて紹介したりすることは出来ないものである。その惨苦、ひどさは、とてもとても言葉にはならない。カタールのアルジャジーラ・テレビのONLINE最新号に載っている動く画でも一つ見ていただきたい。表現は穏やかであるがその背後にある声なき声に耳をすましてほしい。(アルジャジーラのトップページの右欄のなかほどにある左脇の赤いタイトルを押すと「動く画」がでてくる。)
4月20日午後5時
最後に、愛読の米国発信(サイードさんも応援しているらしい)The Palestine
Chronicle から Ramzy Baroud さん(パレスチナ・クロニクルの編集長)の書いた"
The Ever Young Catastrophe, 54 Years Later"をIBMのソフト「翻訳の王様」の迷訳つきでお送りした。原文は下記のアドレスとクリックされたい
4月22日午後9時
Al bawaba com.(The Middle east gateway のウエブサイトによれば(4月18日)、映画監督スティーヴン・スピルバーグさんは、彼のスポークスマンを通じてであるが、<アメリカ人の監督として、またたまたまユダヤ人として生まれたものとして、わたしは ユダヤ教の名において また 私たちが払っている税金の金の支援で イスラエル人とシオニストの運動が行っていることについて 黙っているわけにはいきません。・・・あのホロコーストの悲しい歴史が、ユダヤ教の名における行動を推し進めるという主張する人々によって パレスチナにおいて 同じことが繰り返されています。>と語ったという。
スピルバーグさんは、さらに付け加えて<ハリウッドによるイスラエルへの盲目的な援助を指摘することを怖がって>パレスチナ問題に取り組むことを控えているハリウッドの監督たちを批判した。<あの監督たちは、主題の選択や設定は自由だと言っていながら・・・>と。
冷泉彰彦さんの「 from 9.11/USAレポート」の最新号第36回目が届いたが、表題は「ジェニン以後の世界」だった。
<一部の政治家は、どうしてそこまで「戦時」にこだわるのでしょう。それは彼等が血に飢えているからではありません。兵器産業と結託しているだけでもありません。それは「戦時」であるということで、細かな世論との対話が省略できるからなのです。権力の行使が容易になるからなのです。>
<ジェニンで起きたことは、1937年12月13日の日本軍による南京入城時に起きたことと全く同じです。>
<しかし、ジェニン以降、アメリカの世相は変わりました。戦時気分は更に一段と消えてゆきました。>
<いくら軍部やFBIにとっては「反テロ戦争」という「戦時」を続けたほうが好都合であっても、それを止めることが何としても必要だからです。それはアメリカの社会にとってだけではありません。中東の紛争を打開するにも、ここで「反テロ戦争」なる建て前が百害あって一利なしであることははっきりしたからです。
ジェニンの犠牲は、少なくともそのような形で生かしてゆくしかありません。>
5月28日
ジエニン以後.. After Jenin ..
05:22PM 2002年5月26日(日曜日) The Palestine Chronicle Online
から
By Yitzhak Laor
我々イスラエルとパレスチナ人との戦争は、どの辺のところまで きているのか?
パレスチナ人に残されている土地を四つの群に分断するというイスラエルの企て(新しい入植地とチェック・ポイントの「膈離道路」の建設による)について。 残した土地では 殺戮、恐怖、夜間外出禁止令、家屋破壊と宣伝がくりひろげられる。 パレスチナ人の子供は、親たちが目の前で辱められ、恐怖と絶望の中で生きています。 パレスチナ人の社会は インフラも 武器も 奪われています。そして、ヨルダン西岸の世論は、その責任を犠牲者たちに負わせています- それは恐怖に面した時 常に使われる最も安易な道です。私は知っています:私の父は、ドイツッ系のユダヤ人でしたから。
悲惨なことに、イスラエル防衛軍IDFは、国の似姿〔イマーゴ)です。たいがいのイスラエル人の目には、イスラエル防衛軍は純粋で、汚点などないのです〔略)。しかし、どこの軍隊でもそうなように、少なくともときどきは、戦争を欲します。しかし、他の国では、軍事費は市民社会の諸施設や、または政府自身の産業、銀行、政党etcへの費用とバランスがとられていますが、我々、イスラエルではこのようなバランスは少しもとられていません。テロもバランスがありません。私は、球戯場へ私の息子を送ることで死にたくありません。実際、私は、今はもうそこへ彼を連れてはいきません。私はバスに乗りません、そして、私の家族のものに順番が回ってくるのに脅えています、しかし、私は、彼ら--すなわち、我々の将官--が、テロリストの攻撃を、解決策に達するための「払わなければならない代価」とみなしていることを知っています。彼らのいう解決策とは何ですか? 平和- どんな? 勝ったイスラエル人と敗れたパレスチナ人の間の平和ですか?
汚い戦争を行ってきた長い年月の後で撤退を余儀なくされたとき、IDF(イスラエル防衛軍)の無慈悲な行為はレバノンでの敗北の背景として読まれるべきでしょう。南レバノンは、いかなるテロリストの組織も戦うことができなかったほどのイスラエル軍の大砲と空軍によって燃やされ破壊されました。しかし、300人のゲリラ兵 ー彼らを「テロリスト」と呼べるでしょうか?ー が我々(すなわち、我々の軍隊)を2度も追い出しました。1985年に初めて、我々の軍隊と新聞がよく我々の「安全保障地帯」(外国のメディアは「イスラエル自称の安全保障地帯」と呼びました)へ退きました。そして2年前、同じ安全地帯の外側への撤退。〔略)これが、我々が クロード・ランズマンの 『Shoahショアー』 (とIDFについての彼のむかつくような映画でさえも) と 『シンドラーのリスト』 を愛している理由です。我々がかかわったすべての虐殺を許されなくてはいけない方法を、犠牲者としての我々自身について もっと我々に話して下さい。私の友人Tanya Reinhartが書きました。ホロコーストの記憶が「内面化されたことで」が「その範囲がより小さい どんな邪悪も受け入れられているように思えます。」
しかし、この「過去の邪悪」は、我々の現在の生活に入る特別な方法を持っています。1月25日、IDFが西岸を侵略するための許可を得る3ヶ月前に、Amir Oren、Ha'aretz紙の上級の軍事解説委員は、ある高級士官の言葉を引用しました。それは、次の作戦を的確に準備するために、領土のイスラエルの士官の1人が、すべての可能な資料から学ぶために、正当化され事実本質的なことは、そんなに昔のことではない、と言いました。もし使命が、Nablusで人口密度が高い難民キャンプを占拠したり、Nabulusのカスバkasbahを制圧することなら、またもし指揮者の義務がどちら側の死傷者なしで使命を実行するよう試みることなら、そのとき、彼は、以前の戦闘の学習を初めて分析して内面化しなくてはいけません- たとえ、しかしそれを激突させることが、ドイツ軍がワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人隔離区)を攻撃した方法に倣ったにせよ、と。。
その士官がこの攻撃法を取るときにはひとりでないので、士官は、もちろん最少ではなく他のものを激突させることに成功しました。多くの彼の仲間は、今イスラエル人を救うために、その犠牲者が彼らの親類であるひどい戦争で起こった知識を利用するのにふさわしいということに意見が一致します。
イスラエルは、植民地であった過去がないかもしれないが、我々は、本当に、邪悪の我々の記憶を持っています。なぜイスラエルの軍人がID番号の印をパレスチナ人の腕に押したかを説明しますか? あるいは、最も最近のホロコースト記念日が 包囲されたワルシャワ・ゲットーの私たちユダヤ人と包囲されたジエニン難民キャンプのパレスチナ人とを ばかばかしい比較を描かせた理由を説明しますか?
ジエニンの「勝利」を終えた満足は、このずっと続く嘘の一部でした。約20人のイスラエルの兵士(彼らのほとんど予備兵)は、死傷者ゼロを予定した作戦で死にました、しかし、難民キャンプを守った人びとは、たったのライフル銃と爆発物だけで抵抗しました。イスラエル軍側は、いつものように特別のチーム編成で、1つの横町からもう一つへと移動して、1967年、1973年また1982年のいくつかの複雑な戦闘でも使われたかもしれない drone〔無電で動く無人の偵察攻撃機)の助けも受けて戦いました。しかし、ベツレヘムでは、彼らイスラエル軍は200人の若者を包囲し3週以上かかりました。そして、全世界が見ています。イスラエル軍の頑固さと、無感覚な残酷さを。あなたは尋ねるかもしれません、イスラエルのような いうことを聞かない国は、どんな馬鹿げた高級の命令ならばいうことを聞くのだろうか?と。
ここに答えの始まりがあります。IDFがいかなる援助も国連UNの職員もジェニン・キャンプに立ち入るのを妨いているとき、ジェニンで死体が腐敗するままに置かれ、幼い子供が、食べ物や行方不明の両親を探して走り回っていました。そして、負傷者がまだ出血多量で死んでいきました。(彼らはいったい何を隠さねばならなかったのでしょうか?)。そういう時、文部省は、兵士に送る小包を子供たちが持って来るよう、すべての学校への指示を出しました。「最も重要なことは」、私の7才の息子の教師は、言いました、「兵士への慰問の手紙です」。
世界のメディアの批判のまなざしのもとで、数十万の子供は、このような手紙を書かされました、市民の人々に対する戦争が最も極端な状態に達していたその時に。
イスラエルでの世論の一致を崩すのを助けるだろう唯一のものは、西欧からの圧力だけです。そして、イスラエルのエリートたちはとても多くのことで西欧に依存しているのです。
Yitzhak Laorは、イスラエルの詩人兼作家です。
文中 a drome という恐ろしい無人機がでてくる。もちろん米国からの兵器である。GOOGLEエンジンでISRAEL’s DROMEで検索すればたくさん出てくるが
そのひとつを拾っておく。 http://www.cnn.com/WORLD/9605/06/israel.video/
6月1日
15)米国発信の「パレスチナ・クロニクル」のなかの「インティファーダ」のページでみつけたものです。IBMソフトの迷訳をもとに簡単に手を入れた訳をつけて送りますので全文送付です。
Head
of Al-Azhar Says Palestinian Uprising Must Go
On
Al-Azharの首脳は、パレスチナの蜂起は続かなくてはいけないと言います
Friday, May 31 2002 @ 04:36 PM
GMT
04:36PM GMTの2002年5月31日(金曜日)
DUBAI: Sheikh Mohammed Sayyed
Tantawi, the highest authority in Sunni Islam,
said the Palestinian uprising
against "Zionist injustice" must go on, in an
interview published in the UAE
daily
Al-Khaleej.
ドバイ・:アラブ首長国連邦日刊新聞Al-Khaleejで公表されたインタビューで、シェ
イク・モハメッドSayyed
Tantawi、スンニー派イスラム教徒で最高位の人は、「シオ
ニストの不正」に抵抗して立ち上っているパレスチナ人派抵抗を続けなくてはならな
いと言いました。
"The
Palestinian intifada (uprising) against Zionist injustice and
aggression is a
holy war and a legitimate resistance", Sheikh Tantawi
said.
「シオニストの不正行為と侵攻に抵抗するパレスチナ人のインティファーダ(蜂起)
は、聖戦であり合法的な抵抗です」と、家長Tantawiは言いました。
"That's
why the intifada must go on, until the Palestinian people achieve
their aim,
even if it means more victims. We must not lose hope and submit
to Zionist
terrorism supported by America", he
added.
「それは、たとえそれがより多くの犠牲者を意味するとしても、パレスチナ人の人々
が目的を達するまで、インティファーダが続けなければならない理由です。我々は、
希望を失いませんし、アメリカに助けられたシオニストのテロリズムに従ってはいけ
ません"、彼は付け加えました。
He
also said that "martyr operations (suicide attacks) against the
occupying
army and armed settlers that fight against us, are the highest form
of holy
war and sacrifice. No one has the right to condemn them or call
them
terrorists".
彼はまた言いました"私たちと戦っている占領軍と武装した植民者に対する殉教者の
行動(自爆攻撃)は聖戦と献身の最高の発現であります。誰も、彼らを非難したり、彼
らをテロリストと呼ぶ権利はありません"。
The
sheikh also called for a boycott of products from countries
supporting
Israel, on condition that this does not harm the economic
interests of Arab
and Islamic
countries.
アラブまたはイスラム諸国の経済的利益に害を加えないという条件で、シェイクは、
イスラエルを支援する国々からの製品ボイコットをよびかけもしました。
"Our
markets are spilling over with products from America and other
countries
supporting Israel. It is our duty to boycott these products...on
the
condition that it does not harm our economic interests", he
said.
「我々の市場は、アメリカとイスラエルの支援国からの製品であふれています。これ
らの製品をボイコットすることは、我々の義務です...それが我々の経済的利益に害
を与えないという条件で"、彼は言いました。
He
added it was better to give priority to products from Arab and
Islamic
countries, and if products were lacking, to buy from countries that
"adopt
fair positions such as France, Belgium and
others".
彼が製品へのアラブおよびイスラム諸国の製品に優先権を与えるのがよりよいことで
あり、もし製品が不足していたならば"フランス、ベルギーといった適正な立場を
採っておる国から製品を買う”のがよいと付け加えました。
In
early February, Tantawi said Islamic law condemned all attacks on
civilians.
He ruled then that the only suicide bombers that qualify as
martyrs are those
that attack armed soldiers, not those that target
civilians.
AFP
2月早く、Tantawiは、イスラム法が民間人に対するすべての攻撃を強く非難してい
ると言いました。彼は、殉教者と認めうる自爆抵抗者は民間人を目標にするものでは
なく武装した軍人を攻撃しているものと その時裁決しました。(AFP)
Palestine
Chronicle
パレスチナ年代記
http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020531163653483
http://palestinechronicle.com/article.php?話=200205311636534
83
今日 6月1日送信の情報資料
1)広河隆一さんからのメルマガ HIRO COLUMN「裏切り者」です。裏切り者はパレスチナ人側にもイスラエル側にもいるようです。
http://www.hiropress.net/column/
http://www.hiropress.net/column/020601.html
(次回コラム配信後)
14)「The Palestine Chronicle 31st May 2002の西岸およびジェニンの最近の写真です。」 http://palestinechronicle.com/index.php?topic=AT&page=1
6月2日午後4時45分
The Palestine Chronicle (米国発信)であるジェニン調査団の報告をみつけました。ジェニンで(大虐殺)があっかなかぅたかはいまだ霧の中です。国連がイスラエルによるジェニン調査立ち入りの頑強なはねつけに屈し、だらしなくもジェニン調査を撤回したそのとき、同時的に Human
Rights Watch なる国際組織のジェニン調査結果が発表された.。massacre などジェニンではなかった という報告である。国連の退却と同時で、国連の態度軟化を助ける報告でもあった。
そもそも MASSACRE とは何か。南京大虐殺と似ていて。数の大小が問題なのか。この問題を 次の報告はつきつける。(これは「ブナ林:の方々には先に送りました)
パレスチナ・クロニクル・オンラインのSpecial Report です。
http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020531023454191
国際調査団によるパレスチナのジェニン・キャンプにおける虐殺があったかなかったかの調査報告です。
ほんの仮の試訳をつけて送ります。吟味ください。
Evidence
of Massacre in Jenin
ジエニンの虐殺の証拠
Friday, May 31 2002 02:34
AM
02:34AM 2002年5月31日(金曜日)
The following is an initial report issued
by a fact-finding delegation
dispatched to the West Bank and Gaza that
includes legal and public health
experts and human rights
activists.
法律と公衆医療の専門家と人権問題活動家を含む実情調査の代表団が
西岸とガザに急派されました。下記のものは、実情調査の代表団から発行される最初
の報告です。
The
delegation is investigating the conditions of the Palestinian people
living
under harsh Israeli occupation in the West Bank and Gaza. The
delegation was
organized by the International A.N.S.W.E.R. coalition - Act
Now to Stop War
& End
Racism.
代表は、西岸とガザで厳しいイスラエル軍占領の下に生きているパレスチナ人の人々
の状態を調査しています。代表団は国際的なA.N.S.W.E.R.連合によって組織されまし
た- ANSWERとは戦争中止と人種主義(レイシズム)廃絶のための行動組織の略号です。
JENIN: On May 23, the
A.N.S.W.E.R. delegation entered Jenin, a densely
populated civilian refugee
camp, and found undisputed evidence of
a
massacre.
5月23日ジェニンに、A.N.S.W.E.R.代表団は、ジエニン、人口密度が高い市民の難
民キャンプに入って、そして虐殺の議論の余地がない証拠を見つけました。
The
delegation interviewed and took testimony from witnesses and survivors
of the
devastation and slaughter perpetrated by the Israeli military in its
recent
invasion of the West Bank, including the Jenin refugee
camp.
代表団は、ジエニン難民キャンプを含む西岸への最近の侵攻の際 イスラエル軍が犯
した破壊と虐殺で生き残った者と目撃者にインタビューして その証言をえました。
In
Jenin this testimony confirmed the indiscriminate and vicious nature of
the
recent Sharon directed military attack against the Jenin refugee camp.
"The
coordinator for health services in the camp reported that as of now
they have
found and identified 55 bodies, and held funerals for those
people. Of these,
5 were members of the Palestinian security forces and 12
were from various
factions who defended the residents of Jenin against the
Israeli
invasion.
ジエニンで、ジェニンの難民キャンプへの軍隊の攻撃を指示した最近のシャロンの無
差別勝凶暴な性格は、これらジェニンでの証言で確認されました。「公共医療のため
のコーディネーター(調整者)は、ジェニン・キャンプで今現在で、彼らが見つけた
ことを報告して、そして55の遺体を確認して、それらの人々のための葬式を開きま
した。これらのうちで、5体は、パレスチナの保安部隊員で、そして、12体は、イ
スラエルの侵略からジエニンの住民を守った様々な人びとでした。
The
other thirty-eight rest were non-combatants, including children, elderly
and
disabled persons. Rescue workers believe there may be 10 to 40 others
who are
still buried in the rubble or who will never be found, leading
sources in
Jenin to estimate that there have been about 90 deaths," reported
Dr. Hillel
Cohen, a public health doctor and epidemiologist and member
of
delegation.
その他の38遺体は、子供を含む非戦闘員、高齢者や動けない人でした。救助隊員
は、そこにがまだ瓦れきに埋もれた10体ないし40体があると信じています。ある
いはジエニン住民の資料では確かめられない90体の遺体が決してみつからないだろ
うと。」とHillelコーヘン博士、代表団員である公衆衛生医兼疫学者は報告しました。
"Many
of the houses that were destroyed by tank shells and missiles were
then
bulldozed flat by the Israelis. If any bodies were inside those, they
may
never be found. At the spot we were talking, a neighbor saw a shell
explode
the house of a disabled man. The building collapsed on top of him
and his
body has not yet been
found."
「戦車砲とミサイルによって破壊された多くの家は、イスラエル軍によってその時ブ
ルドーザーで平らにされました。もしどんな人体もその家々の内部にいたのだった
ら、彼らは決して見つけられないかもしれません。我々は話していた地点で、隣人
は、戦車砲が、体の不自由な男性の家を爆発させるのを見ました。彼の頭上で建物は
崩壊しました、彼の遺体は、まだ見つかっていません。」
Approximately
5,000 persons have been rendered homeless, as the Israeli
Defense Forces
methodically destroyed residential areas by attacking first
with tanks and
missiles, and completing the destruction of homes and
neighborhoods through
the use of bulldozers. There are wide swaths of land
that have been clear cut
of houses and inhabitants that were previously
occupied by scores of homes
separated by narrow pathways only a few
meters
wide.
約5,000人の人は、イスラエル防衛軍が戦車とミサイルによる第1次攻撃で住宅地域
の破壊を計画どおり仕上げ、ブルドーザーを使って近隣家屋の破壊を徹底させたので、
ホームレスにさせられました。いぜんはほんの数メートル幅の狭い小路で隔てられ
家屋と住民が住んでいた土地が、すっかり刈り取られた荒涼たる空き地に化しまし
た。
Many
Palestinians still struggle to live in the rubble of partially
destroyed
homes with walls and roofs torn away and living areas exposed to
the
elements, and the number of persons displaced or rendered homeless
is
expected to increase as additional property are declared to be
uninhabitable
or structurally
unsound.
追加の財産がそうすることが宣言されるので、打ち砕かれた壁と屋根と風雨に
さらされている住居地域で半ば破壊された瓦礫の中で、多くのパレスチナ人がいまなお
いきるため奮闘しつづけています。そして、ホームレスに置き換えられ、そうさせられた人びと
の数が、住居に適さずか構造上危ないと宣告された範囲が増加するにつれ増大する見込みです。
"There
can be no doubt, based on the undisputed number of civilians killed
by
Sharon's military, the obvious use of indiscriminate forms of violence
and
weaponry, in addition to the testimony of eyewitnesses to war crimes
and
countless instances and human cruelty unjustified by any
conceivable
necessity, that there has been a massacre in Jenin," stated Carl
Messineo,
human rights attorney and member of the delegation. "The evidence
of a
massacre here is apparent. The only basis on which one could state
that
there was no massacre here is a political
one."
「シャロンの軍隊によって殺された民間人の議論の余地のない数字、戦争犯罪と
数え切れない例、そしていかなる必要性によって正当化できない人間虐待についての
目撃者の証言に加えて、無差別な形式の暴力と武器の明らかな使用、以上の諸事実に
基づいて、ジェニンの虐殺は疑いなくあった」とカールMessineo、代表団の人権専門の
弁護士は述べました。「ここの大虐殺の証拠は、明白です。そこで、ここでいかなる
大虐殺もなかったと述べている人の唯一の土台は、政治的なものです。」
Yet,
the mainstream media have declared Jenin to not be a massacre,
most
frequently citing a recent report by Human Rights Watch that while
admitting
the civilian slaughter, and the frequency of Israeli war crimes and
crimes
against humanity in Jenin, declared that the indiscriminate killings
did not
constitute a massacre. That report, which was announced at the same
time
that the U.N. bowed to Israeli wishes and withdrew its request
to
investigate Jenin, has been used to legitimize the Israeli and U.N.
decision
from growing worldwide
criticism.
まだ、主流メディアは、ジエニンでは虐殺はなかったと声明しています。最近一番引用されるのは
人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによる報告です。それは、市民の虐殺、ジェニンにおける
人権に対するイスラエルの戦争犯罪や犯罪行為の頻度を肯定しながら、無差別な殺害が
大虐殺を構成しなかったと宣言しました。
国連がジエニンを調査するためにイスラエルの意向に屈し、ジエニンを調査するという
要求を撤回したとき、ちょうど同じ時期に発表されたHuman
Rights Watchの報告は、
高まる世界の批判からイスラエル人と国連の決定を合法と認めるために使われまし
た。
Based on
the intensity of the shelling, Jenin residents initially guessed
that there
might have been hundreds or thousands killed. The numbers were
much lower
since many fled their homes, despite the curfew, at the first
sounds of
gunfire. The media contrasted these early, unconfirmed rumors to
the
confirmed body count of 55 to discredit the Palestinians and to scoff at
the
use of the word
massacre.
砲撃の強烈さに基づいて、ジエニン住民は、殺された人が数百人か数千人あるかも
しれないと最初に思いました。数字は、はるかに低く 多くが砲火の最初の轟音で
家を出て、夜間外出禁止令にもかかわらず、家から逃げてましたから。メディアは、
大虐殺という言葉を使うことで パレスチナ人の信用を落とし、 馬鹿にするために、
55体の早期に確認された死者数と、不確かな噂を対比させました。
Yet
in the dictionary, massacre is defined as "savage and indiscriminate
killing"
clearly an apt description of what took place. Some of the most
well-known,
historic massacres had fewer or similar numbers killed. In the
Boston
Massacre (March 5, 1770) , British troops shot into a crowd of
protestors who
were throwing rocks and ice-balls at the troops, killing 5
and wounding 6.
Among the five killed was Crispus Attucks, an
African-American, considered
the first to die in the American Revolution. In
the Paoli Massacre (Sept.
20-21, 1777), also during the American
Revolutionary war British troops
killed 53 Americans, all soldiers. At the
Ludlow Massacre (April 20, 1914),
20 coal miners and family members were
killed by National Guard during a
strike by the United Mine Workers of
America. The Sharpesville Massacre
(March 21, 1960) is one of the most
famous political massacres of the recent
era, Apartheid troops fired into a
crowd of African demonstrators, killing 69
and wounding 180. The
demonstrators were protesting the pass laws that
restricted the movement of
Africans, not unlike the restrictions now imposed
by Israel on Palestinians
in the West Bank and Gaza. The Sharpesville
killings were followed by
massive arrests of activists - a pattern followed
by the Israelis in Jenin
and throughout the West
Bank.
しかし、辞書、massacre大虐殺は、「野蛮で無差別な殺戮」と定義されていて、これは
ジェニンで起こった殺戮に明らかに適合した表現です。最も有名な、歴史的な大虐殺
の若干は、より少数またはよく似た数字の殺戮でした。ボストン大虐殺(1770年3月5日)
で、英本国軍は石と雪玉を投げつけた抗議者たちの群に一斉射撃を加え5人の市民を
殺し6人を傷つけました。殺された5人の中の Crispus Attucks はアフリカ系アメリカ
人でした。アメリカ独立革命で最初の戦死者のひとりとされていることは注目すべき
ことです。
パオリでの虐殺(9月20-21日、1777年)、もまた、アメリカ独立革命の際、
英本国の兵士は、53人のアメリカ人(すべて兵士)を殺しました。Ludlow大虐殺
(1914年4月20日)で、20人の炭鉱夫と家族は、アメリカのUnited
Mine
Workers of Americaのストライキのとき National Guard によって殺されました。
Sharpesville大虐殺(1960年3月21日)は、最近の時代での最も有名な政治的な
大虐殺の1つです、
69人を殺し180人を傷つけました。アパルトヘイトの軍隊は、アフリカ人のデモ
参加者の
群衆へ発射しました。西岸とガザでパレスチナ人がイスラエルによって今負わせられ
た制限と同じように、 南アフリカの反アパルトヘイトのデモ参加者は、アフリカ人
の活動を
制限したパス法律に抗議していました。
Sharpesville殺害は、活動家の大規模な逮捕が後に続きました-
こういうやり方は、
まさに、ジエニンで、と西岸の至る所でイスラエル人によって採用されています。
Messineo explained,
"The decision to reject the apparent evidence of
massacre is a political
decision, a mischaracterization used to immunize
Ariel Sharon, the Israeli
government and its U.S. backer, from
responsibility for this unconscionable
and indiscriminate military attack
against Palestinian civilians. Even the
killings of so-called Palestinian
fighters cannot be justified under any
standard of international
humanitarian law, which recognizes the inherent
right of people to self
defense. When an invading army invades your homeland,
fighting in self
defense is justified to protect your self, your family and
your
people."
Messineoは説明しました、「良心がないまた無差別な軍のパレスチナの市民に対
するこの攻撃に対する責任から、大虐殺の明白な証拠を排除するという決定は、政治
的
な決定であり、アリエル・シャロン、イスラエル政府とアメリカ合衆国支持者を免疫
に
するために使用されるmischaracterization(誤れる特性化)です。
いわゆるパレスチナ人の戦士の殺害さえも、国際的な人道主義の法律の
どんな標準のもとで正当化することができません、そして、それは自衛のための
生まれつきの人権を認めています。侵略軍があなたの祖国を侵略するとき
自衛の戦いはあなた自身とあなたの家族やあなたの同朋を守るために
正しいとされています。」と。
As
the world knows, this is not Ariel Sharon's first massacre. In 1953,
Ariel
Sharon led his Unit 101 into Qibya, a civilian village, to execute
Israel's
official policy of collective retaliatory punishment, ostensibly
because
there had been a recent killing of three Israelis. When Sharon left
Qibya,
sixty seven civilians had been killed by Israel's military operation,
between
one half and two thirds of whom were women and children. Fifty six
houses,
the village mosque, school and water tank were destroyed. There has
never
been any dispute among historians as to whether Qibya - which has
parallels
to the scope of indiscriminate killing in Jenin - was a
massacre.
世界が知っていることは、今回がアリエル・シャロンの最初の大虐殺ではないことで
す。
1953年に、3人のイスラエル人が殺害されたというので、アリエル・シャ
ロンは、彼のUnit
101を率いて、Qibya、民間の村に侵入し、集団的な報復的処罰
という
イスラエルの公式政策を実行するために、Qibya、民間の村に侵入しました。シャロ
ンが
Qibyaを去ったたとき、イスラエルの作戦で67人の民間人が殺され、その二分の一か
三分の二が女性と子どもでした。56軒の家、村のモスク、学校と水タンクは、破壊
されま
した。Qibya--ジエニンでの無差別な殺戮の範囲と平行しています--が大虐殺だっ
たかどうかについて、歴史家の間の議論などありませんでした。
Prime
Minister Ariel Sharon, who directed the Jenin massacre, has been
found
responsible even by the Israeli government for the 1982 massacre at
the
Sabra and Shatila refugee camps in southern Lebanon in which up to
2,000
civilians were
killed.
ジエニン大虐殺を指示したアリエル・シャロン首相は、1982年の
南レバノンのサーブラとシャティーラの難民キャンプで最大2,000人の民間人が
殺された大虐殺についてイスラエル政府からでさえ責任を問われているのです。
The
delegation includes Richard Becker, West Coast Coordinator of
the
International Action Center and member of the A.N.S.W.E.R.
coalition
steering committee; Carl Messineo, attorney and co-founder of
the
Partnership for Civil Justice and member of the A.N.S.W.E.R.
coalition
steering committee; Sara Flounders, Co-Director of the
International Action
Center; Dr. Hillel Cohen, doctor of public health and
epidemiologist and
delegate of 1199 National Health and Human Services
Employees
Union.
代表団は、リチャード・ベッカー(インタナショナル・アクション・センターの西岸
調整者と
A.N.S.W.E.R.連合運営委員会の委員);カールMessineo(弁護士兼Civil
Justiceの
パートナーシップの共同創業者,A.N.S.W.E.R.連合運営委員会委員);サラ・フラン
ダース
(International
Action Centerの共同指導者)、Hillelコーヘン博士(公衆衛生兼疫
学者、
1199National Health and Human
Services Employees Unionの代議員)
6月2日
2)「イスラエルによるパレスチナ人の無差別逮捕15歳以上の男性の無差別逮捕とその実情 アムネスティ・インターナショナルの発表。http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28226.html
5)「パレスチナのジェニンの悲劇が歌われCDになりました。 http://www1.jca.apc.org/jvc/palestin/pale.html」
6)「国際調査団によるパレスチナのジェニン・キャンプにおける虐殺があったかなかったかの調査報告です。ほんの仮の試訳をつけて送ります。吟味ください」
これは今日最後の発信である。この試訳には半日かかった。仕事中に畏友石田勇治さんの新著『過去の克服−ヒトラー後のドイツー』(白水社)の小包が届いた。一仕事終えてぱらぱらと拾い読み。偶然か必然か、TV映画「ホロコースト」放映問題から最近のストックホルム宣言(「比較史のページをご覧あれ)まで、今終えたジェニンの虐殺があったかどうかの問題まで、なにかがつながっていることを感じた。こういう石田さんの労作が完成し、その本が届くとき、パレスチナ・クロニクルのスペシャル・レポートの「ジェニンの虐殺の証拠」をせっせと試訳しているという現実。
6月3日
パレスチナ・クロニクルからです。また、ほんの仮の試訳を試みてみました。まだう
まく訳しきれないところがニ三残っていますがとりあえず送ります。
Mrs.
Bush, We Are ALL Palestinian
Mothers
ブッシュ夫人さまへ、わたしたちはパレスチナのすべての母親です。
Thursday, May 30 2002 04:19
PM
04:19PM 2002年5月30日(木曜日)
How can you then say, "Can I empathize with
a mother who sends her child out
to kill herself and others?
No."?
あなたはその時こう言うことができますか? 「私は、自分と他人を殺すためにわが
子を送り出すような母親に共感することができるでしょうか? ノー。」と。
By
Nahed Alsous
Nahed Alsousによって
Mrs. Bush:
ブッシュ夫人: さま
I read
with great sadness the comments you made about your lack of sympathy
for
Palestinian mothers. Palestinian mothers live their lives in total
misery,
pain and fear for their children that are either hungry, in prison
or may
never
return.
私は、あなたがパレスチナの母親への共感など無いことを述べたコメントを読み、
大変悲しく思います。
パレスチナの母親たちは、空腹で獄中にいるか決して戻らない子どもたちのために
絶望と恐怖で心が一杯で 毎日を生きています。。
They
endure occupation, poverty, humiliation and the killing of the
children and
husbands, but they continue on. All of this pain is more
bearable than the
outright negation of their motherhood by comments like
yours and those of our
media.
パレスチナの母親たちは、占領、貧困、子どもたちと夫たちが辱められ殺される
ことに耐えて生きつづけています、
この苦悩のすべては、あなたがたのメディアや我々のメディアの
それのようなコメントでパレスチナの母性が完全に否定されることよりも
もっとひどい苦悩です。
You
say it is "so easy to empathize with Israeli families" that are afraid
to
send their children to a grocery store or bowling alley. What about
innocent
Palestinian children who are starved, humiliated or killed under
the only
occupation remaining on earth? Aren't children all worthy of love,
happiness,
and sympathy regardless of their religion or ethnic
background?
あなたは、食料品店やボウリング場に自分達の子供を送リ出すことを気遣うように
「イスラエルの家族に共感することは極めて容易である」だと言います。この地球上
で残っている唯一の占領支配の下で飢え、辱められ、殺されている罪のない
パレスチナの子供たちに向かってはどうでしょうか?
彼らの宗教上または人種的背景にかかわらず、子どもたちすべてに、
愛、幸福と同情を注ぐべきなのではありませんか?
How
can you then say, "Can I empathize with a mother who sends her child out
to
kill herself and others? No."? Were your eyes not filled with tears, and
your
heart filled with agony at the pictures and stories of Palestinian
children
buried alive under the rubble of their homes in Jenin and Nablus?
Were you
not as outraged as the rest of world at Israel's success at defying
the
international community by blocking the inquiry into what
Amnesty
International called "clear evidence of war
crimes"?
「自分と他人を殺しに自分の子どもを送り出す母親に共感することができますか?
ノー。」と、そのとき貴女はいえますか?
自分たちの家の瓦れきの下に生きながら埋められたパレスチナの子供の写真と実話に
触れ、あなたの目は涙であふれ、あなたの心臓は苦痛でいっぱいにはなりませんか?
あなたは、「戦争犯罪の明確な証拠」と呼んだ事態への調査を妨害し国際的な共同体
を拒絶することにイスラエルが成功したことで 世界の他の部分が憤慨しているように
あなたは憤慨しないのですか?
Why
could 462 Israeli reservists, who are career Israeli soldiers,
sympathize
with the suffering of Palestinians, but you can't? Did their
courageous
statement "We shall not continue to fight beyond the 1967 borders
in order to
dominate, expel, starve and humiliate an entire people" not
compel you to
think: What makes teenagers, who are supposed to be full of
adolescent self
absorption, shallow egos and worries about the next pimple
appearing before
the prom, decide to kill themselves and others in such a
painful and horrific
way?
パレスチナ人の苦悩に共感してイスラエルの経歴ある軍人である462人もの
予備役兵士が、パレスチナ人の苦悩に共感しているのが、あなたにはわかりませんか?
彼らの勇気ある声明には、「我々は、一民族全体を支配し、追放し、飢えさせ、辱めるために、
1967年に決められた国境線を越えて、戦い続けることはしない」とありますが、
この声明はあなたに熟考することを強いませんか?
ダンスパーティーの前に現れている次のにきびについて自己陶酔、浅はかなエゴ
年ごろの心配でいっぱいのティーンエイジャーが、どんなに苦悩に満ちた、どんなに
恐ろしい方法で、他人ともども自分を殺すという行動に踏み切らせたのは何かを、
あなたは考えたことがおありでしょうか?
、
The
answer, Mrs. Bush, is a ruthless 35-year-old occupation that continues
to rob
people of their dignity and denies them their basic human rights. The
vast
majority of Palestinian mothers - and I - do not by any means condone
the
killing of innocent people on either side. But to stop these desperate
acts
we must address the human rights and security of Palestinians
and
Israelis.
ブッシュ夫人さま、 答えは、人々から彼らの尊厳を奪い続け、彼らに基本的な人権
を与えることを拒み続けた35年も続く無慈悲な占領なのです。パレスチナ
の大多数の母親たち--そして私--は、どちらの側であれ罪のない人たちを殺すことを
決しておおめにみてはいません。しかし、これらの絶望的な行為をやめさせるためには、わたしたちは、
パレスチナ人とイスラエル人双方の人権と安全を実現しなくてはなりません。
We
must condemn suicide bombings and other unacceptable methods of
resisting
occupation. We must also condemn the inhumane occupation;
the
disproportionate force being used to enforce this illegitimate occupation
in
violation of tens of UN resolutions; and the carrying out of
collective
punishment and summary reprisals against those who object to being
occupied
and try and fight back with the paltry, impoverished means available
to
them.
わたしたちは、占領に抵抗するための自爆テロと他の容認できない方法を非難しなくてはなりません。
わたしたちは、また非人道的な占領をもまた非難しなくてはなりません。
UN国連がきめた数十の決議に違反する この非合法的な占領を強行するために使われている
不つりあいな暴力を非難しなくてはなりません。;そして、占領に反対し彼らに残された
無価値で、貧しい方法を試み、抵抗する人びとに対する集団的な処罰と即決の報復の
実行を非難しなくてはなりません。
I
cry for the suicide bombers and for their innocent victims, for they are
both
victims of the occupation that takes a horrible toll on Palestinians
and
Israelis
alike.
私は、自爆テロリストと罪のない犠牲者のために泣きます、なぜならば、
彼ら、両方ともが、パレスチナ人とイスラエル人に恐ろしい代償を課している
占領というものの犠牲者なのですから。
You
were a teacher, so you probably know that there are millions of
Palestinian
mothers in this world, but there are at most hundreds of actual
or would-be
suicide bombers. I am sure that, in your days as an educator,
you taught
children that stereotyping and collective characterization of an
entire
people as being faceless statistics is a very dangerous thing that
leads to
horrific acts like the Nazi Holocaust. Mrs. Bush, you too handed
out the
collective punishment of marginalizing and dehumanizing all
Palestinian
mothers for the actions of a few desperate
people.
あなたは教師でした。それで、あなたは多分、この世界に何百万ものパレスチナの母親が
いることを知っているはずです。しかし一方、あらかた数百人の実際のまたは自称
の自爆テロリストがいます。教育者としてのあなたの日々に、ある民族全体を
顔のない統計資料のように扱い、ステレオタイプ化し、丸ごと特殊化することが
ナチスのホロコーストのような恐ろしい行為に導くとても危険なことであるということを
貴女は子どもたちに教えられたことと思います。
ブッシュ夫人さま 、あなたは、わずかな絶望的な人々の行動のために
パレスチナの母親全体をのけ者にし人間扱いしない集団的処罰へのよびかけ
を撒き散らしたのです。
For
Palestinian American mothers, it is especially painful when the First
Mother
of the United States of America dismisses our ability to be loving
and
nurturing mothers. I want to tell you about Palestinian mothers, for I
speak
from
experience.
パレスチナ人である米国の母親にとって、アメリカ合衆国のファーストレディである母親が
母親たちを愛し育てているわたしたちの能力を否定するような発言をされる時、
特に心を痛めます。私は、あなたにパレスチナの母親たちについて話そうと思います。
私は 私自身の経験をお話ししましょう。
I
am a Palestinian American mother, my mom was a Palestinian mother, and so
was
her mom and so on. I know first hand the amount of love and caring
that
Palestinian mothers try to give their children under the most extreme
of
circumstances.
私は、パレスチナ人であるアメリカ合衆国国民の母親です。私のママは、パレスチナ人の母でした。
そして、彼女のママもその上もそうです。、私は、じかにパレスチナ人の母親たちが子どもたちに
どんなに愛情をかたむけているか、子どもたちを一番よい環境のもとで育てるよう、
どんなに気を配っているか、知っています。
My
mother and several others in our town took all of the children to caves
in
the mountains during the 1967 war to protect us from potential massacres
like
Deir Yassin. My mother stayed up all night when one of us was sick. She
cried
when we were late from school for fear that soldiers had arrested us.
She
panicked when one got hurt playing outside. She stopped her social
life
completely when we had exams, she stayed up making tea and snacks as
long as
we were studying, and gave us hell wh
en our grades were not up to
her
standards.
私の母と私たちの町の何人かの母親は、ディル・ヤシンでのような予想される大虐殺
から子どもたちを守るために、1967年の戦争のあいだ、山岳地帯の洞窟に
子どもたちみんなを連れて行きました。
わたしたちのうち1人が病気だったとき、私の母は、一晩中起きていました。
彼女は、わたしたちが兵隊に何時逮捕され連行されるかを心配して、学校から帰るのが遅く
なったときは大声で呼びました。ひとりが外で遊んでいて怪我をしたとき、彼女はパニックでした。
わたしたちが試験のときは、彼女は、完全に日常の社会生活を止めました。
彼女は、上にいて、わたしたちが勉強しているあいだ中、お茶を入れスナックを用意しました。
そしてわたしたちの成績が上がらなかったときはおしおきが待っていました。
My
mother dressed us in our best clothes to visit our Palestinian
Christian
friends to wish them a happy Easter or Christmas, carrying all
kinds of
gifts and goodies. Christian Palestinian mothers did the same during
our
holidays. Our Christian friends complained about their Palestinian
Christian
mothers not allowing them to eat ice cream cones in front of us
during the
month of Ramadan, because we were
fasting.
私の母は、あらゆる種類の贈り物といいものを運んで、幸福な復活祭またはクリスマスを祈るために、
わたしたちのパレスチナのクリスチャンの友人たちを訪問するのに、
一張羅をわたしたちに着せました。クリスチャンのパレスチナ人の母親たちは、
わたしたちの休日の間、同じことをしました。わたしたちのクリスチャンの友人は、
、彼らにラマダーンの月の間、わたしたちが絶食だったので、わたしたちの前では
アイスクリーム・コーンを食べさせないパレスチナ人のクリスチャンの母親たちについて
不平を言いました。
My
mother taught us by example the duty and honor of respecting and caring
for
our elders. She took excellent care of her immobile mother-in-law;
our
Palestinian grandmother. She fed and bathed her; she put arthritis cream
on
her aching body; she stayed up with my grandmother all night when she
was
too scared to sleep during the
war.
私の母は、わたしたちの年長者を敬い世話をすることの義務と名誉を例を挙げて
わたしたちに教えました。彼女は、動けない義母であるわたしたちのパレスチナ人
の祖母をとてもよく世話をしました。祖母に食事をあげ、入浴させました。母は、関節炎クリームを
祖母の痛む体に塗ってあげました。彼女は、戦争の間とても脅えて眠れない夜、
ずっと一晩中、祖母と一緒に起きていました。
My
mother fell into a deep depression and her health spiraled downwards when
her
oldest daughter married an Arab American and moved far, far away to
America.
She swore she would never let me do the same, but then she
willingly broke
her own heart to allow me the opportunity of a good
education in a safe
environment. She was willing to cry over my departure
every day until we
reunited, to save me from going to a Palestinian
university where soldiers
attack on a regular basis whenever there was a
student protest against the
occupation.
一番年上の娘がアラブ系アメリカ人と結婚してはるか遠くアメリカに移住したときに、
私の母は、いたく意気消沈し、彼女の健康はずるずる悪くなりました。
彼女は誓いました。決して私には同じことをさせまいと。
しかし、それから、彼女は、安全な環境で私によい教育の機会を許すために、
喜んで彼女自身の心臓をどきどきさせました。
イスラエルの占領に対する学生の抗議があったときにはいつでも、
定期的に軍隊が攻撃をかけるパレスチナ人の大学に行くことから私を救うために、
わたしたちが再び会う時まで、彼女は、毎日喜んで私の門出を泣いて見送りしました。
My
mother lived a horrible childhood, she and her family became
refugees,
fleeing their home in Jaffa in 1948. She went back with us some
twenty years
later as a tourist from the West Bank and knocked on the door of
her old
home asking if she could go in and take a quick look. The man that
opened
the door said no, but the Israeli mother said yes. Mom sobbed the
whole time
we were there, and so did
we.
私の母は、恐ろしい幼年時代を過ごしました、1948.年ジャファで自分たちの家
から逃げ出して、彼女と彼女の家族は難民になりました。彼女が、西岸からの観光客として
ほぼ20年後、帰郷し、もと住んでいた家をみつけて、そこに住むイスラエル人に
入っていいかどうかをたずね さっと見るだけだと言って、
彼女が住んでいた家のドアを叩きました。ドアを開けたその男性は、
ノーと言いました。しかし、イスラエル人の母親はイエスと答えました。
ママは、我々がそこにいた時のすべてを涙ながらに語りました。
そして、わたしたちもそうしました。
On
the way out, as my little brother reached for a lemon from an old lemon
tree,
the man yelled at him. My mother shouted back "How dare you yell at
him for
picking a single lemon from a tree that was planted by his
grandfather?" The
Jewish mother seemed embarrassed by her husband's actions.
My mom signaled
"thank you" with her red teary eyes and a nod of her
head.
帰りがけ出口で、私の小さな弟が古いレモンの木からレモンをひとつ取ろうとしたので、
その男性は弟を怒鳴りつけました。私の母は、「よくあなたが彼の祖父が植えた木から
たった一個のレモンをとったことで子どもを怒鳴りつけるなんてことができますね?」と
後ろに向かって叫びました。ユダヤ人の母親は、彼女の夫の行為に当惑したようでした。
私のママは、彼女の涙で赤くなった目と彼女の頭がうなずいたことで「有難う」とシグナルを送りました。
I
did not understand at the time why the Israeli mother allowed Arab
strangers
in her home, nor why my mother was thanking her for allowing us
into our
grandfather's house. I was not a mother then, which is why I did
not
understand. The lady did not speak Arabic and my mom did not speak
Hebrew,
they both spoke a Universal Motherly Language that goes straight
from the
heart, bypassing vocal cords and lips. Now I speak the Universal
Motherly
Language, so I
understand!
私は、イスラエル人の母親が彼女の家でアラブの異邦人を許したこと、
また私の母が、わたしたちを祖父がかつて住んでいた家の中に入れてくれたことを
感謝したことを、そのときは理解しませんでした。
私は、その時は母親ではありませんでしたから、私にはまだ理解できなかったのです。
その婦人は、アラビア語は話せませんでした。私のママは、ヘブライ語を話せませんでした。
しかし、二人の女性の心は通い合い、声帯と唇のバイパスを通して、心臓から直通で
いわばユニヴァーサルな(普遍的な)母語で気持ちが通じあったのです。
今わたしは、普遍的な母語を話します、それで、わかりました。
My
mother sounds great, doesn't she? She certainly does not fit the profile
of a
mother raising her children to blow themselves up and kill other
civilians.
If she did, why bother with education or good grades? The truth
is, she is
very ordinary and typical of the vast majority of Palestinian
mothers, who
dedicate their entire lives to their children's health,
education and safety.
If you ever get the chance to go and visit them in
their homes you will have
nothing but admiration and respect for their
miraculous dedication and
perseverance, much like mothers all over
the
world.
私の母はすばらしい感じの女性ですね。私の母は、自分自身を爆破して、他の市民をも
殺す子供を育てる母親のプロフィールには確かに合いません。
もし彼女がそうしたら、なんのための教育やよい学級でしょうか? 真実はそうです。
彼女は、とても普通の、大多数のパレスチナ人の母親のひとりであり,子供たちの健康、教育と安全
への生活全体に献身する,典型的なタイプの母親です。
もし貴女が いつか行くチャンスを得て、彼女たちを訪問するならば、
彼女らの家庭で、貴女は、世界中の母親とたいへん良く似ている、その奇跡的な献身と忍耐に対しては、
感嘆と尊敬以外にはないという母親たちに出会うことでしょう。
Nahed
Alsous is a Palestinian mother and co-founder of Mothers
for
Peace-International, a coalition of mothers of different
religions,
ethnicities and national origins working for global peace and
justice
starting with the conflict in the Middle East. She encourages your
comments:
nahed4peace@yahoo.com
Nahed Alsousは、ひとりのパレスチナ人の母親でMothers for Peace-International
(中東紛争の公正な処理と地球大の平和のために活動し、平和-国際的なこと、
異なる宗教、ことなる民族、異なる国民の起源をもつ母親たちの連合をめざす組織)の
共同創始者。
彼女はあなたのご意見を期待しています:。
peace@yahoo.com
6月4日
7)「ジェニンで何が起こっているかの報告集会の模様です。前後にわかれています。http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28244.htmlhttp://www1.jca.apc.org/aml/200206/28251.html [ブナ林便り」で試訳している「パレスチナ・クロニクル」からの抜粋もぜひお読みください。」
6月6日
7)「ヨルダン西岸の由緒ある古いキリスト教の聖堂がイスラエル軍の侵攻で完全に破壊されている模様の写真数枚です。パレスチナ・クロニクルからです。」
http://palestinechronicle.com/index.php?topic=AT&page=1
午後9時50分 追加
8)「広河隆一さんのHIRO COLUMN 「次の犠牲者」が届きました。ジェニンでのインタビューの都筑です。最後は、<ジェニン難民キャンプでは今晩、大きな攻撃があると、みんながささいています。>と締めくくられています。」
http://www.hiropress.net/column/
http://www.hiropress.net/column/020606.html
(次回コラム配信後)
6月8日
9)イスラエルの良心。イスラエル防衛軍の軍務拒否署名、 467名に。 http://seruv.nethost.co.il/defaulteng.asp
10)パレスチナ・クロニクルから、 The Israeli Lobby is American's Third
Party 「イスラエル・ロビーはアメリカの第三の政党」。英文。
http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020606201558677
11)Ala Fein (何処へ) 歌のCDになっています。現代エジプト・レバノン・パレスチナの詩人の歌詞で、その翻訳詩が次のサイトで読めます。
http://homepage2.nifty.com/tokada/sabreen/lyrics.html
6月9日
4)きわめて残念なニュースをお知らせする。愛読・活用させていただいていた米国発信の「パレスチナ・クロニクル」が資金不足で発信をやめるという挨拶と別れのメッセージがネットに載りました。6月7日付けのメッセージで、7月31日までは発信を続けるそうです。なにかアメリカの多様な良心の灯火がひとつ消える寂しさである。 http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020607195410915
6月12日
4)昨日 資金難で休刊を余儀なくされる The Palestine Chronicle パレスチナ・クロニクル のことに触れたが、年会費25ドル、50ドル、100ドル、250ドルでなんとか継続使用という案ガ提案されました。パレスチナとアメリカのスタッフの費用をカバーするためにはぎりぎり年に5万ドル調達せねばならないというのです。年会費は郵便でも支払えるそうです。( Palestine Chronicle; PO BOX 196, Mountlake Terrace, WA 98043-0196,USA.) パレスチナ・クロニクル なんとかして継続させたい良心的なサイトです。パレスチナ・アメリカの良心の灯火を消すな!
http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020610154129167
6)国際行動センター(IAC)/戦争と人種主義撤廃をめざす即時行動連合(ANSWER)視察団によるガザ・ラマラ実情報告(ロサンジェルスでの)−6月20日の翻訳。 http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28392.html
6月13日
5)" Eli Pariser, 9-11peace org " から POLITICIANS FOR PEACE (6月13日 1:28)が届いた.戦争に反対し平和のために行動している英国・カナダ・米国・イスラエル・パレスチナ地域・その他の世界 の数少ない政治家(国会議員)の名前とその業績, その人に関するさまざまなリンク先 が記されている。
http://www.9-11peace.org/bulletin.php3
IBMソフトによる仮訳を利用されたければ(追って手を入れるが) 次をクリックされたい。 「平和のための政治家」
6月13日午前11時半追加
8)広河隆一さんのメルマガ到着。
<カバーフォトを更新しました。
http://www.hiropress.net/
http://www.hiropress.net/cover/
(カバーフォトギャラリー)
軍事封鎖されたラマラ市に食料を届ける許可を出すように迫るデモ隊と、そ
れを阻止するイスラエル軍。このパレスチナ女性は催涙ガスで追い払われる
まで
1 時間以上、V サインを掲げ続けていた。4 月 3 日、ラマ検問所
HIRO COLUMN「ジェニン難民キャンプを廃墟にした男」を公開しました。
今回のコラムは画像入りです。ぜひウェブ上でご覧ください。
http://www.hiropress.net/column/
http://www.hiropress.net/column/020613.html (次回コラム配信後)>
9)ZNET TOONS 最新版に TOM LECHNER さんの NUCLEAR STATES という恐ろしい漫画が出ています。http://www.zmag.org/cartoons/
やはりZNET TOONS で活躍の画家 Hank Dwyer さんの4月下旬の作品 Spring Planting (リスト名は Sharon's Earthday ) というおぞましい題のついたぞっとする画を思い出します。広河さんの「ジェニン難民キャンプを廃墟にした男」を読んで。地獄の鬼の所行です。改めて その画のアドレスを下記に載せます。
http://www.zmag.org/cartoons/show_toon.cfm?toonID=684&toonList=756,718,706,704,693,688,684,671,672,667,661,658,648,640,630,612,613,608,577,578,579,552,551,538,534,533,528,526,524,514,508,503,491,480,464,460,451,452,437,432,428,426,423,421,419,420,411,412,401,398,384,383,380,341,343,344,345,336,337,338,339,340,335&index=display.cfm
6月14日午後2時45分追加
7)久しぶりの GOMAA さん、FATHI さんの漫画。やはりパレスチナ問題。 米国がサッカーの主審。
カイロのAl-Ahram Weekly Online13-19June2002から。
http://www.ahram.org.eg/weekly/2002/590/cartoon.htm
8)やはりカイロのアッアーラム紙から。エドワード・サイードさんの新稿 " Palestinian elections now " 出る。この「改革」「選挙」が 「より悪い局面」をまねくことになるか、あるいは「より将来性のある」局面を切り開けるか。
http://www.ahram.org.eg/weekly/2002/590/op2.htm
日本語訳は少し遅れてではあるが RUR55Outlet のサイトで発表されるはず。 http://home.att.ne.jp/sun/RUR55/home.html
6月15日
5)ヨルダン西岸とイスラエル本土に間に 時代錯誤もはなはだしい「ベルリンの壁」(防護壁)を作ろうというイスラエル・シャロン政権。
http://navigation.helper.realnames.com/framer/300/113/default.asp?realname=asahi%2Ecom&url=http%3A%2F%2Fwww%2Easahi%2Ecom%2F&frameid=300&providerid=113&uid=30204726
6)待っていた 6月8日エルサレムでのイスラエル平和組織 COALITION OF WOMEN FOR PEACE などが行った占領反対・パレスチナ人との連帯の市民集会の模様が写真入りで発表された。ぜひご覧になるとよい。http://www.coalitionofwomen4peace.org/
トップページが出たら 左フレームの Past Events をクリック, 各国各都市の名前のリストでイスラエル・エルサレムをクリックする。
6月16日
5)あれでおさまらず, ジェニンはその後も度々イスラエル軍の侵攻を受けていることが新聞にも小さく報道されている。,東方のガザ地区も大変らしい。
BBC NEWSで たまたま中東コーナーのイスラエル・パレスチナのページを 開いてみた。 ガザのBBC特派員キャロリン・ホウリーさん の ”
Fenced off Gaza "という写真入りのルポにぶつかった。
http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/middle_east/newsid_2021000/2021452.stm
写真だけでもご覧になるとよい。チェックポイントを前にして延々車が渋滞し,36時間も待たなければならない。老若男女,心臓発作の女性や妊婦,通学の学生,トラック運転手,通勤の公務員すべてが36時間も待っていてそれでも らちがあかない。これがイスラエルの安全のためというので日常的にパレスチナの市民たちが我慢しなければならない現実なのだ。今日のアルジャジーラ・オンラインには例の「ベルリンの壁」「防護壁」建設の写真がメインページに載っている。http://www.aljazeera.net/
午後3時40分追加
6)The Palestine Chronocle のメインページに 6月15日撮影のパレスチナの写真が。” Palestinians protest the demolishing of their homes in the Mukaber neighborhood in Jerusalem ”
http://palestinechronicle.com/index.php?topic=AT&page=1
念のため,6月12日 このページでの発信をくりかえします。
昨日 資金難で休刊を余儀なくされる The Palestine Chronicle パレスチナ・クロニクル のことに触れたが、年会費25ドル、50ドル、100ドル、250ドルでなんとか継続使用という案ガ提案されました。パレスチナとアメリカのスタッフの費用をカバーするためにはぎりぎり年に5万ドル調達せねばならないというのです。年会費は郵便でも支払えるそうです。( Palestine Chronicle; PO BOX 196, Mountlake Terrace, WA 98043-0196,USA.) パレスチナ・クロニクル なんとかして継続させたい良心的なサイトです。パレスチナ・アメリカの良心の灯火を消すな!
http://palestinechronicle.com/article.php?story=20020610154129167
6月17日
2)米国の平和を求める市民運動。少し前のことになるが,4月20日ワシントンで10万人,サンフランシスコで3万5千人の平和集会の模様と写真。
http://www.labornetjp.org/labornet/NewsItem/20020420dcpeace
このニュースは普通の新聞には確か載っていなかった。また,愛読する「加藤哲郎のIMAGINE」にも,その「反戦日記」にも探してみたが見当たらなかった。私の見落としかどうか。(午後3時55分、目良誠二郎さんからこのニュースについて重要な追加情報あり。追加の部分を必ずご覧あれ。)
5)今朝の「アルジャジーラ・オンライン」を見よ。モンスターのつくった時代錯誤で危険極まりない「パレスチナ人閉じ込めの壁」。着々と立てられつつあるのだ。怪物ゴリアテが倒れる日は何時くるのか。少年ダヴィデはどこにいるのか。http://www.aljazeera.net/
6)21世紀の暴挙, ヨルダン西岸のパレスチナ人地域を隔離するような(テロリスト潜入防止を名目とする)「万里の長城」がほんとに一夜で出来上がった。世界の市民・民衆は、この愚挙を、狂人じみた建築物を どう見るのか。(BBC NEWS) http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/middle_east/newsid_2047000/2047770.stm
午後3時55分追加
9)目良誠二郎さんから(06.17 11:28発信)
<本日のブナ林便りの2)4・20ワシントン10万人集会について、重要な情報がありますので、お知らせします。
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/index.html
にある、 反占領・平和レポート NO.16 (2002/05/13)
4.20ワシントン行動の歴史的意義−−
パレスチナ人民連帯の課題が前面に躍り出たアメリカ反戦平和運動史上最大の行動
翻訳紹介:「パレスチナは今や反戦運動の重要課題−−
4月20日抗議行動が“歴史的”といわれるのは何故か−−」(5月2日「ワーカーズ・ワールド」より)
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Palestine/AntiOccupation16.htm をご覧ください。>
6月18日
5)「パレスチナ反占領・平和への闘い」サイト。遅ればせながら気づく。 http://www5b.biglobe.ne.jp/~onbuzpa/Palestine/Palestine.htm
6月19日
5)以前紹介して「世界史瞥見」にも収めましたが、ノ−ム・チョムスキ−さんVS辺見庸さん対論(月刊PLAY BOY6月号p.36〜p.43)全文がネット上で読めます。サイトは前後二部に分かれています。
http://www.freeml.com/ctrl/html/MessageForm/chance-forum@freeml.com/3802
http://www.freeml.com/ctrl/html/MessageForm/chance-forum@freeml.com/3803
6)続いて。チョムスキー・ファンの方に、必見の情報です。 中野真紀子さん、発信有難う。
http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28497.html
7)「反占領・平和レポート NO.19 (2002/06/18) ジェニン大虐殺を直接遂行した兵士の証言 −イスラエル軍、そしてイスラエル社会そのものの狂気と頽廃−」 必見の記事です。前にも広河隆一さんのルポで取り上げられたことの詳細です。http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28501.html
6月20日
6) パレスチナ情勢打開を目指し、ブッシュ米大統領が近く発表する新たな中東和平構想国連加盟を認めるなどした上で、9月にも暫定的なパレスチナ国家樹立を目指すもの。エルサレムの扱いなど難問は先送りされる見通しで、パレスチナ過激派の自爆テロとイスラエルによる報復の連鎖を断ち切る「突破口」になるかどう課が注目、と。 6月19日付の米紙ワシントン・ポスト紙。調停者の鷹に片腕をもぎ取られるアラブの鷹匠を描いたアルジャジーラの動く漫画のとおりである。ひどい「新構想」だ。 http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20020620k0000m030161000c.html
ついでに、ワシントン・ポスト・オンラインの「ブッシュのパレスチナ暫定国家新構想」記事を。http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A7822-2002Jun18.html
6月21日
2)6月19日の10)のニュースでとりあげた、イスラエル政府がさらなる占領の継続・拡大の方針を打ち出したという報道。パレスチナ側からのニュースPalestinian
report Online による (”Seven Days” by Charmaine Seitz)。
エルサレムで行われた世界シオニスト会議の会合では、右派のイスラエル議員 Knnessei
Michael Kleinerが、「一つの自爆テロリストの攻撃で殺されたすべてのイスラエル人の代わりに1000人のパレスチナ人を殺すことが唯一イスラエル軍にまかされていることだ」と言ったという。
自爆テロの暴力が高まったのは、イスラエルが西岸での人口中心地域をイスラエルから隔離するためジェニンに110キロの防護壁を建設し始めてからである。
防護フェンス建設の軍命令は、西岸の土地69平方キロを事実上イスラエルに合併することを含んでいる。西岸からイスラエルを分けているグリーン・ラインと新たに建設される防護壁の間の地域内には11のパレスチナ人の村がある。イスラエル軍当局は、その11の村人は、昼間の限られた時間だけ土地で働くことは許されるが、それ以外の時間外に居ればイスラエル軍の銃火を浴びてもいたしかたないのだと、通告している。別の防護フェンスはTulkarem地域の南部に建設され、もひとつ別のKufur
SourとFar'ounのAl Rasの村々に属する10,000 dunumsの土地は防護フェンス建設のため没収されている。」と。
http://www.jmcc.org/media/reportonline/report.html
8)昨日の朝日夕刊に載った パレスチナ知識人らの意見広告、「自爆テロで民間人を攻撃するのは止めよ。双方の憎悪を募らせ、溝を深め、平和共存の機会を打ち砕くことでしかない」−の記事は必見。パレスチナ紙アルクドスAl Qudsに掲載。
アルクドス紙をネット上で探してみたがまだ見つからず、やむをえずイスラエルのHA'ARETZオンラインで調べてみた。パレスチナ知識人55人の署名にさらに150名が加わったこと、意見広告は最初水曜日(19日)と木曜日(20日)に発表されたこと、などが記されている。http://www.haaretzdaily.com/hasen/pages/ShArt.jhtml?itemNo=178642&contrassID=2&subContrassID=1&sbSubContrassID=0&listSrc=Y
すぐあとでAl Bawaba ( The Middle East Gateway ) のサイトでもっと詳細な記事を見つけた。署名者の名前がわりとくわしく載っている。http://www.albawaba.com/headlines/TheNews.php3?action=story&sid=217267&lang=e&dir=
意見広告の載ったパレスチナ紙 Al Quds のサイトも見つかった。ただしアラビア語のサイトであるhttp://www.alquds.com/
署名者の筆頭にPLOエルサレム代表サリ・ヌセイバさん、良識あるイスラエル人からも信頼されている平和と人権のために活動してきたパレスチナ人のタフなspokeswoman ハナン・アシュラウィ Hanan
Ashrawi さんがいる。
左の写真が その ハナン・アシュラウィさんである。彼女については、次のサイトなどをご覧になるとよい。
http://www.motherjones.com/mother_jones/MA93/amrani.html
米国カリフォルニア州に住むイスラエル・アムラーニさんのインタビュー記事である。
12) nyc,indymedia のサイトでこの4月中旬イスラエル軍がまだ占領中のジェニンに入り、さまざまなパレスチナ難民にインタビューし、問題の難民キャンプにも潜入した貴重なフィルムが大分長いがビデオでも見れるのを発見した。http://nyc.indymedia.org/
| INDYMEDIA BENEFIT FILM SCREENING | Jun 13 2002 |
A Look Inside the Jenin Refugee Camp
& Arafat's Compound
The NYC IMC's Freedom Cinema returns
tonight, Thursday June 13th at 7:30 p.m. with a benefit film screening to
support ongoing Palestine Indymedia projects. The screening will feature
exclusive video footage from inside the Jenin refugee camp while it was still
under military occupation and of the the Palestinian Authority & Arafat
inside the Mukata. The screening will take place at 56 Walker Street. [More
Info]
[ Palestine
Indymedia | Video from
Jenin ]
上記の Video from Jenin の文字を」クリックすればよい。ただし、ビデオを見るソフトがあらかじめ入力してあることが必要。
6月22日
4)前に発信しました エドワード・サイードさんの新稿 " Palestinian
Election now " の中野真紀子さんによる翻訳が届きました。
http://home.att.ne.jp/sun/RUR55/home.htm
サイードさんの翻訳の前書きに次のような中野真紀子さんのメールがありましたので、ここに紹介しておきます。
<このところ、パレスチナ側の改革を求める声が内外の様々なところから一気に噴き出しています。とはいえ、それぞれの思惑は大きく異なっているため、「改革」の意味するところは提案者によってまったく別のものになります。毎度のことながら、同じ言葉が違う意味で使われるというのはわかりにくいものです。
どうやらそのような混乱の背景にあるのは、これまでのアラファト自治政府に正統性を与える根拠となっていたオスロ体制が崩壊し、仕切りなおしが必要になっているということのようです。オスロに代わる新たな正統性の根拠をつくりあげることができるのは、合衆国でもイスラエルでもアラブ諸国でも自治政府の残滓でもなく、パレスチナの民衆でしかありえないとして、サイードはそのための緊急指導体制の確立を提唱しています。
これに呼応するように、6月17日にはハイダル・アブドゥルシャーフィー、ムスタファ・バルグーティ、イブラヒーム・ダッカ-クなどパレスチナのニューリーダーたちによってパレスチナ・ナショナル・イニシアティブ(国民発議)が発足しました。
★ 前回の更新通知で、雑誌「ニューヨーカー」となっていたのは「ニューヨーク」の誤りでした。お詫びして訂正します。>
10)The Palestine Chronicle Online に Photo (10): Israel Returns to the Already Devastated West Bank Town and Refugee Camp of Jenin (Friday, June 21 2002) http://palestinechronicle.com/index.php?topic=AT&page=1
6.23
5)イスラエル再侵攻、逆効果に−−自爆テロ犠牲、倍増 恨みと敵意、増幅(毎日の視点)
http://210.173.172.17/eye/feature/article/chuto/200206/21-2.html
参考: 「インティファーダ」 「イスラエル人の目覚め」
8)20−26JUNE02のAL AHRAM WEEKLY ONLINE はだいぶ読みたい文章が多いようです。さしあたりGOMAAさん、FATHIさんの漫画を。これはまた考える問題です。 http://www.ahram.org.eg/weekly/2002/591/cartoon.htm
06.24
1) 広河隆一さんのHIRO PRESS DIRECT(6月24日)が届いた。(広河隆一
東京 23 日).HIRO COLUMN {THE DAY」である。
<カバーフォトの更新。
http://www.hiropress.net/
http://www.hiropress.net/cover/ (カバーフォトギャラリー)アフガニスタン、ホジャアルウォン・キャンプの親子。このキャンプは、ポレホムリからマザリシャリフへの途上にある。この写真を撮影した
2001 年12 月には、5 万人の避難民が暮らしていた
HIRO COLUMN「The Day」の公開。
http://www.hiropress.net/column/
http://www.hiropress.net/column/020624.html
(次回コラム配信後)
画像はウェブ上でご覧ください。>
06.26
3) イスラエル各紙がブッシュ新構想を 「シャロン首相の勝利」 と喜ぶ。やはり、ひどい提案だ.。選挙で選ばれた指導者がどんなに無能で腐敗していたとしても、それを他国の大統領が上から勝手に辞めろ という傲慢さ。 それで世の中おしとおせると確信している国際感覚。 まったくもって末期症状のローマ皇帝だ。パレスチナのひとたちや国連事務総長、カナダ外相がブッシュ新構想に異議を唱えているのは当然のことだ。
http://www.usfl.com/Daily/News/02/06/0625_009.asp
06.27
2) 「シャロン首相の勝利」と喜ばれているブッシュ大統領の「中東和平新構想」の道ではなく、イスラエル人のなかの良識ある人々の「占領反対・パレスチナ人との対等・連帯」の行動は少数といえども確実な未来への可能性、前者とは異なる別の中東の恒久平和への道を示しています。
そういう別の中東恒久平和への展望を切り開こうとしている女性団体に COALITION OF WOMEN FOR PEACE があります。すでに度々この団体のサイトへは案内をくりかえしています。このサイトの表紙の左肩に横長の箱に入ったサイト内のリンク先の目次があります.その目次の上から三番目に
PAST EVENTS というのがあります。これをクリックされると、この女性団体が先頭切って行ってきた数々の行動のカラー写真をいろいろと見ることができます。 http://www.coalitionofwomen4peace.org/
6) 6.24のブッシュ「中東和平新構想」で「アラファト議長は暗殺された」とイスラエル・ハーレツ オンラインは論評.(読売6.26)
http://www.jda.go.jp/j/news/2002/06/21a.htm
なお、ハーレツ紙(HA'ARETZ ONLINE)のサイトはhttp://www.haaretzdaily.com/hasen/pages/LiArt.jhtml?contrassID=2&subContrassID=1&sbSubContrassID=0
06.27
5) サミット出席中のブッシュ大統領は報道陣に「アラファト議長続投ならば、パレスチナへの援助停止を」と。まさに自治への干渉、恫喝政策。恥ずかしくないのか。 http://www.yomiuri.co.jp/05/20020627id01.htm
アラファト議長府がファタハの「アルアクサー殉教者軍団」に対する2万ドルの援助を承諾したとの情報が、議長が「テロ組織」を支援しているというのだ。
「インティファーダ」は「テロ」であり、イスラエル軍の自治区侵攻とパレスチナ人を殺戮しその土地・住まいを破壊し、自治区を荒地と化すことは「テロ」ではなく、「正当な防衛行為」だという明らかにおかしい基準ではあるまいか。
06.28
8) カイロのAL-Ahram Weekly Omline (30JUNE−3JURY 592号)、GOMAAさん、FATHIさんの漫画、ブッシュの「中東和平新構想」風刺、辛辣。
http://www.ahram.org.eg/weekly/2002/592/cartoon.htm
06.29
3) イスラエル軍のへブロンへの再度侵攻の際、ハマス戦士の住まいの家族アルバムから見つけたという.。赤ん坊が自爆テロリストの格好で写っている.。もちろんこの写真の公開はイスラエル市民にさらなる恐怖感とパレスチナ人への差別感をあおりたてた。
最近、パレスチナ人の知識人たちが、イスラエル市民に対する「自爆テロ」は止めなくてはいけない、相互の憎しみ、溝を深め、平和を遠ざけるだけだと、自爆テロを非難する意見広告を出した。だが、これは広く浸透してはいない.。アラファト議長もくりかえし自爆テロを非難してはいる。
今度のこの赤ん坊が自爆テロのための装備をつけて写っている写真も、「イスラエル側の宣伝にすぎない」と自治政府当局は言ってはいる。
BBC NEWS ONLINE (6.28. 13:43)http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/middle_east/newsid_2071000/2071561.stm
5) 27日閉幕のサミット、中東和平に具体的対応策示せず.(毎日、6.29)<カルガリー福島良典特派員 カナナスキス・サミット中東情勢について「イスラエル、パレスチナ2国家並存」の必要性を打ち出したものの、衝突回避に向けた有効な処方せんは示せなかった。・・・中東情勢は「最も難しかった議題の一つ」(プーチン露大統領)・・・アラファト自治政府議長の進退をめぐる欧州諸国、ロシアとの溝は最後まで埋まらなかった。>http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20020629k0000m030204000c.html
6) 「パレスチナの若者の立場から現状についてお話したい」とラミ・ナッセル・エディンさんの講演。 http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28687.html
6月30日午前6時/午後3時追加
特1) 久しぶりのアルジャジーラ・オンラインに新作「動く漫画」封切り.傑作.必見。
http://www.aljazeera.net/Cartoons/index.asp?cu_NO=1&Temp_id=197
すぐに「動く漫画」が出なかったら、じかにアルジャジーラの表紙へ、右欄の下のほうで赤いしるしのある短いアラビア文字をクリックのこと。
http://www.aljazeera.net/
特4) 「パレスチナの妊婦さんを守ろう」「井上医師のパレスチナ現地報告」 http://www1.jca.apc.org/jvc/palestin/pale.html
)
06.30
11) 「へブロン自治庁舎、瓦礫下に15人?」 いつも思うのだが、イスラエル軍および当局にとってパレスチナ人の命のいかに軽きことよ! http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=179507
7月2日
11) うっかり見落としていたアルジャジーラ・オンラインの「動く漫画」に気づく。W杯サッカーにちなんだ秀作.。米国の「中東和平新構想」の批判.。必見。http://www.aljazeera.net/Cartoons/index.asp?cu_NO=1&Temp_ID=197&Index=2
7月3日午前6時25分
1) 「パレスチナ子どものキャンペーン」サイトhttp://plaza17.mbn.or.jp/~CCP/の現地緊急情報。いずれも4月発信のものだが。イスラエル政府による軍事作戦の真の狙いは「テロリズムの組織基盤壊滅」ではなかった
ウリ・アブネリ(イスラエル平和運動家) (02年4月)/ジェニンキャンプにはどのような人々が住んでいるのか?
リタ・ジャコマンとペニー・ジョンソン(共にビルゼイト大学) (02年4月) /パレスチナの教育に関する緊急報告、教育はふりだしに? ビルゼイト大学 ペニー・ジョンソン (02年4月) / 「ジェニンでおれは礎(いしずえ)を築いたぞ」 ウリ・アブネリ(イスラエル平和運動家)
(02年4月) /パレスチナ 流血の末に未来はないジェリー・シャワ(4月10日付 朝日新聞「私の視点」に掲載)。
2) カイロのアルジャジーラの「動く漫画」このところ更新活発.。「新自由の女神」。秀作。
http://www.aljazeera.net/Cartoons/index.asp?cu_NO=1&Temp_ID=197&Index=1
2’) サウジアラビア皇太子、ブッシュ「中東和平新構想」に疑義(毎日7.2)。<アブドラ・サウジアラビア皇太子は1日、「パレスチナの指導者はパレスチナ人が選ぶべき」と述べ、ブッシュ米政権がアラファト・パレスチナ自治政府議長排除の動きを加速させていることを批判した。親米アラブ国の有力指導者の発言だけに注目される。>
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20020703k0000m030068000c.html
7月4日
8) イスラエルのパレスチナ人封じ込めの「万里の長城」。<イスラエルは六月中旬以来、ヨルダン川西岸とイスラエルの境界線に沿ったパレスチナ側に“壁”の建設を急ピッチで進めています。これは、西岸・ガザ地区を軍事的・経済的封鎖下に置くことを明確にしたものです。すでに日常化している西岸、ガザ地区の封鎖によってパレスチナ経済は壊滅的な打撃を受けており、壁が完成することになれば、この封鎖が永久化されることになります。パレスチナはもとより、アラブやイスラエル国内からも批判の声が上がっています。> 参考:「パレスチナ人のたたかい−インティファーダ」 「イスラエル人の目覚め」
7月7日
2) 広河隆一さん( 東京 6 日)HIRO COLUMN 「消える村の記録」
3) アルジャジーラ・オンラインの「動く漫画」新作.。耳打ち話のブッシュとシャロン、よっかかっている巨大なゴミ箱はなにだろうか。.傑作。
3”) 続々「動く漫画」新作登場。ようこそ米兵アフガニスタンへ
3’) イスラエル紙マアリブは5日、シャロン同国首相が、ヨルダン川西岸の42%である現在のパレスチナ自治区に「気前のよい撤退」を加えた西岸の約49%などで「パレスチナ暫定国家」樹立を容認する――などの内容のパレスチナ和平案を策定していたと伝えた。
4) カイロのアッアーラム・ウィークリー・オンライン 4−10 JULY(590号) GOMAAさん、FATHIさんの新作漫画。.シャロンが操るブッシュ、アラファトの罷免を要求。FATHIさんの一こまにはアラファトが顔なしで THE END とその代わり。
7月10日午前6時17分
1) カタールのアルジャジーラ・オンライン健闘.、「動く漫画」新作続々。玩具の戦車と遊ぶ子どもを。 アフリカ連合 AFRICAN UNION 発足。
2) PalestineChronicleオンラインに ビデオ Jenin Deaths Video Implicates The Israeli Army(Watch)
同じく Audio だが Edward Said さん インタビューに答える "Power, Politics and Culture"
3) <サウジアラビアのアルゴサイビ駐英大使は、ヨルダン川西岸およびガザにおけるイスラエルの占領は、ド イツ・ナチス時代に欧州が置かれた状況よりも悪い、
手に入る武器だけを頼りに自衛する民間人に対し、軍事 力を行使しているとしてイスラエルを批判。「占領をめぐる戦争であり、第2次世界大戦時にドイツが欧州を占領した時よりも、よほど深刻だ」と指摘した。>(ロイター電)
4) 子どもの目でパレスチナ問題をとらえたすぐれたドキュメンタリー映画「プロミス」が東京中野を皮切りに上映される。<◆『プロミス』映画配給に関してのアップリンクのスタンス◆アップリンクは、非営利団体“プロミス映画プロジェクト”の「中東における和平プロセスを映像の持つ力で促進し、和平努力を支えることの大切さを人々に伝える」という意に基づき上映し、まずメディアの注目をこの映画に集めることがこのプロジェクトを成功させることだと考えます。 日本人がパレスチナ・イスラエル問題に関して具体的になにができるかを考えるとまず、その問題の存在を知ることだと思います。そして、多様な価値観が共存することが困難な現状であるということを知ることが、問題を考える第一歩だと思います。 映画によって観客にその問題を知らせることのできる立場にいるものとして、また映画というメディアが社会に影響を与える力を持っていると信じるものとして『プロミス』の配給を行っていきます。
7月12日
15) イスラエルがパレスチナ人の大学のオフィスを閉鎖したことをホワイトハウスが批判。エルサレムのAL QUDS大学のDr. Sari Nusseibehのオフィスがイスラエルにより閉鎖されたことへの批判。(PMC パレスチナ・メディア・センター ワシントン電) 註:イスラエル警察当局は9日、東エルサレムにあるパレスチナの名門大学、アルクッズ大学の学長室などがある管理棟を閉鎖した。同大はパレスチナ解放機構(PLO)エルサレム代表のサリ・ヌセイベ氏が学長を務めており、イスラエルは、学長室などがパレスチナ側の政治活動に使われていたと見て強硬措置に踏み切った。ヌセイベ氏は外国訪問中で不在だった。警察は大学側から書類などを押収した。
16) ヨーロッパの学者750名(10名はイスラエルの学者)がイスラエル軍のパレスチナ自治区への度重なる侵攻と破壊・殺戮・人権蹂躙に抗議してイスラエルの大学への協力拒否の行動を呼びかけ。(PMC ロンドン電) 15)16)はともにPALESTINE CHRONICLEのサイトから
7月13日午前5時40分/午後2時追加
午後2時追加分
特1) アルジャジーラ・オンラインの「動く漫画」新作.。ブッシュと対戦車ミサイルを撃つシャロン、アラファト死なず。痛快!
特2) The Palestine Chronicle Online からInternational
Solidarity Movement on the Death of Abu Zahra (イスラエル軍がパレスチナのジャーナリスト・レポーターのAbu Zahra さんを殺した)。
二つのビデオ記録 Checkpoints:
Frustration and Anger(Video) 主にエルサレムへのチェックポイント、ビールゼイト大学の女子学生、大学職員の話など。Poetry for
Palestine by Eman Desouky (Video) ”Imagine " の詩の朗読.、それに合せて幾つかの映像。できれば英語の聞き取れる人を脇に呼んで必見。
7) ZNET TOONS の今現在のメインページ(どんどん更新される)におなじみTOM LECHNER さんの ” Settlements " .。パレスチナ自治区へのイスラエル人の入植地問題。
7月13日
10) エドワード・サイードさんを英語で読む。Edward Saidさん「One Way Street 一方通行」, Al-Ahram Weekly (Cairo), 12 july 2002
いずれ日本語訳はRUR55で出るはず。
7月14日午後6時 明日は発信を休みますので早めに夕刊として発信しました。
1) AlAhram Weekly Online 4-10 July にパレスチナ問題の写真三種。 <ホラーと挑戦のシーン> ラマラの弔いなど <連帯> ブラジリアで、ローマでユダヤ人が.ワシントン・ラマラでも。 <街頭デモの日々> 数万のエジプト市民が毎日のようにイスラエルの自治区への野蛮な侵攻に抗議しデモを。
2) 同上オンラインにGomaaさんFathi さんの漫画。ともにシャロンを風刺。
3) Foreign Affairs Japan 日本語版 02年07月号。 ガル・ルフトさん.「パレスチナの自爆テロを終わらせるには」
ジョン・ガーシュマンさん「東南アジア-対テロ軍事支援の限界と弊害」 参考:[21世紀のモロ戦争」
「軍事的対テロ戦争では問題は解決しない」米外交問題評議会リポート”Should Be Our Overall Strategy in Dealing With Terrorism?”
ブレント・スコークロフト/ブッシュ、フォード政権大統領補佐官 ズビグニュー・ブレジンスキー/
カーター政権大統領補佐官 サミュエル・バーガー/ クリントン政権大統領補佐官
2002年5月29日ニューヨークの米外交問題評議会で開かれたミーティング・プログラム「国家安全保障担当補佐官シリーズ」からの要約・抜粋。全文はwww.cfr.orgからアクセスできる。
4) アルジャジーラ・オンラインの「動く漫画」.。 アラブ諸政権手なずけにてこずるブッシュ。
7月16日
2) エドワード・サイードさん「 One way street 一方通行 」の中野真紀子さん訳、すばやく発信。ブッシュの中東構想演説とパレスチナ人側の対応。
7月16日
13) 枝川公一さん「パレスチナ侵攻の先に見えてきたもの」(5月20日)Wave the Flag をクリックし目次が出てくる。そこでこの題名を探す。
7月17日
5) <ガザ15日発のロイター通信によると、パレスチナ暫定自治政府のシャース国際協力次官は、21カ月にわたるイスラエルとの衝突による物理的な損害が最高8億ドルとの見方を明らかにした。> この額はパレスチナ自治政府が2年間の経済成長で果たす額であり、それが失われ、補填しようがない。(ロイター電)
7月18日
8) <中東和平に関する4者協議は、アラファト・パレスチナ自治政府議長の退陣とイスラエルの安全保障を和平の前提とする米国案が支持されず、米国が孤立する格好となった。>ロイター電
7月19日
1) ” Eli Pariser, 9-11Peace.org " から7月18日付けのBulletin 届く.。今度のテーマは”AFTERSHOCKS OF THE BRITISH EMPIRE”(大英帝国の余燼) Susan V. Thompson 編 7月17日 内容は、序 帝国主義の廃墟 基本情報 パキスタン/インド イスラエル/パレスチナ アイルランド/北アイルランド
背景の情報として最初に挙げられている「1937年ごろの太陽の沈まない大英帝国(その自治領)」は略図、包括的なリスト、カナダ・オーストラリア・南アフリカなど特定の自治領を含んだ基礎資料をまとめた便利なものである。いまのアメリカ「世界帝国」についても、こういう総括をする日がいずれはくるであろう。
7月19日
13) パレスチナの子どもを守れ。2001年一年間で殺された人数よりももっと多くの子どもたちがこの7ヶ月間で殺された.(パレスチナ・クロニクル7月18日)
14) オクスフォードの歴史家で国際関係も教えるAvi Shalaimさん、インタビューに答える.イスラエルの占領、歴史と時流の袋小路(パレスチナ・クロニクル)
15) イスラエルとパレスチナの女性のフォーラム.「フェンスを越えて」 五人の女性が彼女らの見通しを語る(7月6日)。(Coalition of Women for Peaceから)
7月20日
特1) アルジャジーラ・オンラインはすばやい。新版「動く漫画」7月20日。シャロン坊やとブッシュ兄ちゃんが 浜辺で せっせとパレスチナ・ミニ国家という砂のお城をつくっている。と、うしろのモアイ石像群に新しくアラファトの石像が加わっている.傑作。
7) イスラエル、自爆テロ対策で新たな処置、その家族を拘束・追放を。<イスラエル軍は19日朝までに、最近相次いだ入植者銃撃事件と自爆テロの容疑者計2人の家族ら16人を、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ナブルス近郊で拘束。容疑者の自宅を破壊。軍報道官は声明で「テロリストに自らの行為の代償を理解させ、さらなるテロ攻撃を防ぐことが目的」とし、テロへの懲罰措置であると言明。イスラエル政府は、拘束した家族を西岸からガザに追放する方向で法的な審査を行っている。イスラエルは過激派のテロ抑止の抜本対策を協議中で、追放が実施されれば初めてのケースとなる。>エルサレム19日共同
7月21日午前0時/午前5時半追加/午後6時追加
1) パレスチナ・クロニクルのサイト。Doc.Jazzの最近の歌 " Real People "
( Audio)
2) パレスチナ・クロニクルのサイト。Mannal Ramadan さんの詩 『 No More もうない』(試訳して番外編に載せます
14) Al-Ahram Weekly Online 18-24 July(595号)。Gomaaさん、Fathiさんの漫画。太ったシャロンをかつぎながら、汗だらだらでよちよちMiddle East方向へむかおうとしているブッシュさん。Fathiさんの三点漫画は相変わらず渋い。パレスチナの平和・独立への望みはあるのか。
19) RUR55の中野真紀子さんから夏休み特別企画、番外編が届く。ナオミ・クラインさんがThe Globe and Mail 2002年4月24日に発表した「シャロンの最終兵器」である。重要、必読。
7月22日午前0時/午前6時追加
1) アルジャジーラ・オンラインの「動く漫画」。.居眠りするシャロンのおなかの上を飛び越えられるのかパレスチナの坊や。
8) イラン・パぺさん「パレスチナ深部のフェンス」7月17日Al-Ahram Weekly, RUR-55から (註)イラン・パペはイスラエルの歴史家で、「イスラエル建国神話」に疑問を示す「ニュー・ヒストリアン」の一人。
9) 田中宇さんの「国際ニュース解説」届く.「中東「最終解決」の深奥」7月22日。
7月23日
2) パレスチナとイスラエルの子どもたち、日本で交流を(朝日コム)