四季の華

「ロイヤルクルーザー四季の華」号ツアー

コースNo 06171
       松戸/西船橋発
 宮ノ下「富士屋ホテル」に泊まる
   箱根芦ノ湖花火大会   
 ◎ツアー代金 ¥92、000
 ◎添乗員・ガイド有無  添乗員同行、ガイド付き、
 ◎担当バス なの花交通バス(3列シート車) 
 ◎個人的ツアー評価 ★★★★
 
◎催行日:2009年(平成21年)07月31日(金)〜08月01日(土)
 
◎コース内容
  一日目)
   松戸市民劇場前8:45発→→<渋滞>→→中山競馬場前
   9:25通過→→西船橋駅北口ロータリー前9:37着(乗客乗車)
   →→原木IC9:51通過→→鬼高PA9:53(トイレ休憩)10:03
   →→<カフェタイム:コーヒー、おしぼり(温)>→→錦糸町(料)
   10:13通過→→呉服橋LAP10:38通過→→谷町JCT10:47
   通過→→平塚PA11:20(トイレ休憩)11:41→→箱根口IC
   12:00通過→→冨士屋ホテル前12:21通過→→箱根ユネッサンP
   12:27着・・・<徒歩移動>・・・箱根茶寮12:40(12:45〜13:05
   昼食、その後出発までフリー>13:08・・・<徒歩移動>・・・
   箱根ユネッサンバスP13:15着 13:58発→→宮ノ下・冨士屋ホテル
   14:10着<15:10〜16:00庭園散策、17:00〜18:00カスケード
   ルームにて夕食>18:15発→→桃源台・海賊船乗船場18:37着
   19:25出港→→<芦ノ湖花火大会見物>→→桃源台・海賊船
   乗船場20:58着 21:03発→→宮ノ下・冨士屋ホテル21:25着

  「海号」の日替わり1週間ツアーの締めは、芦ノ湖の花火
 大会の見物と宮ノ下・冨士屋ホテルでの宿泊である。所定の
 時間前までに松戸駅前の市民劇場前まで来ていたが、車庫
 から松戸までの回送の途中で渋滞に巻き込まれ、少し遅れる
 との一報が添乗さんにあり、その旨を告げられた。とりあえず、
 松戸を出発するロイヤル〜が、停車する場所に、松戸からの
 乗車組は添乗さんとともに移動、バスを待つ。

  思いの他、早く、バスは着いた。鉄道と違い、道路に関しては
 日々状況は変わる。これが、観光バス専用駐車場などあるような
 駅なら配車が早めでも問題はないのだが、如何せん、駅前の
 主である、タクシーや、路線バスの停留所の端に申し訳ない
 程度に「停車」させてもらい、乗客を拾うスタイルの所が圧倒的
 に多いので、どうしても、長時間の「駐車」はできない。そのため、
 配車時間は、どうしても出発予定時刻の10分前前後、ということ
 になる。そうなると、車庫から配車地まで近ければ、渋滞が
 あってもそれほどの問題ではないが、遠いと今回のような
 ケースになる。駅前のロータリーの整備も含めて、駅前開発は
 まだまだ発展途上の千葉県ならではの悩みである。中山競馬場
 付近の渋滞が心配、ということで、気を揉むツアー客御一行さま
 のために、添乗さんが先回りして、次の立ち寄り箇所、西船橋駅
 へ電車で移動、バスと乗務員さん、乗客数名+α(k興業観光
 の007(?)らしい。乗客のすぐそばで、添乗さんにその主旨を
 話をするので筒抜けなのだが、ロールカーテンに関心がおあり
 のようだ。勿論、ロールカーテンを見るだけなら、車庫へ直接
 行って見せてもらえばいいだけの話で、実車に乗ってくるから
 には、それ以外の目的も当然あったと考えられる)

  松戸市民劇場前を出て、左折し、国道6号方面へ進むが、
 もうそこから渋滞が始まっている。これは先が思いやられる。
 中山競馬場のはるか手前から、ノロノロとバスは進み、時間だけ
 がいたずらにたつばかりだ。

松戸市民劇場前に姿を現したロイヤル〜
同劇場出発直後の様子。窓際側席からの眺め。
コースボードはともかく、ルームミラーが邪魔。
1人掛けシート。3社のロイヤルの中で、
最前席の足回りはダントツに広い。ただ
その分、通路の傾斜をつけることが出来
なくなり、ステップに大きな段差を生じる事
になった。
今度は、2人掛け通路側シートからの
眺め
通路側シートの「正しい足置き台」の
置き方。但し、乗降時には、レッグレスト
を降ろすとともに、この足置き台も
窓側にずらしておきましょう。
後方席の方の乗降が少し苦しくなるから
です(笑)。
段差のあるステップ。足回りを
広くした結果、ステップの数を
減らさざるをえなくなり、段差が
大きくなった。小柄なガイドさんが
ガードを締めて立つと、もれなく、
「生首」「曝し首」状態になってしまう(笑)。

  お馬さんの前を通過したのは、やはり松戸を出て50分程経過して
 からだった。それから、10分程走ってようやく、西船橋駅北口ロータリー
 前に到着。すでに、先回りしていた添乗さんが、バスの後を追うように
 乗客を誘導、バスに次々と乗り込んでくる。予定より約10分遅れで
 バスは、西船橋を出発、東関東道の原木インターから高速道に
 乗り、一路箱根路を目指す。松戸からはそれほどでもないが、
 何分、乗務員さんも人の子。当然、それなりに水分調整はしている
 ものの、生理現象は避けられないもので、佐倉の車庫を出て、
 かなりの時間が経過していることもあり、まずは、原木インター
 近くの鬼高PAで小休憩。これは、我々乗客への気遣いの小休憩
 というより、乗務員・添乗員さんの為の小休憩のようなものである。

中山競馬場前をのんびりと通過。朝は、
何が原因か分からないのだが、この
当たりの渋滞が、上下線共激しい。
同 上  その2
西船橋駅北口ロータリー前にようやく
ご到着。
同 上 その2
同 上  その3

  鬼高PAを出ると、朝のカフェタイム。BGMにオーケストラの
 音楽が流れ、優雅な一時の粋な演出を図ってくれる。夏休み
 の影響もあるのか、交通量がやや多く、都心部は渋滞にはまった。
 錦糸町ランプを過ぎ、やや、車が詰まる。小菅方面からの
 車線と合流する為でもある。脇には隅田川が流れているが、
 この隅田川には約30もの橋がそれぞれ色を塗り替えられて
 架けられている。昭和通りという通りが近くにあるが、ここは、
 昭和2年の関東大震災復興の折、真っ先に作られた通りで、
 救援物資の搬入なども、ここをメインに活用されたようだ。
 そして、神田橋の下をJR線が通る。日本橋・兜町界隈が近い。

  東京証券取引所があるのも、この辺りで、バブル期には、
 144社もの企業が上場していたそうだが、その後のバブル
 崩壊によって、現在、取引しているのは、100社前後とか。
 そして、次第に皇居が左から迫ってくる。今の皇居・・かつての
 江戸城は、1590年に徳川家康が、豊臣秀吉の命により、
 入城、その後、関ヶ原の戦いで勝った徳川家康が1603年に
 開府、その後明治維新を迎えたのち、京から天皇が、
 この城をお住まいとなされ、今日に至っている。その皇居の
 一角に平川門という出入り口がある。ここは、かつて、大奥の
 お勝手口だったそうで、その先には、不浄門と呼ばれる罪人
 たちが、裁きを受けて、刑場などに向かったり、あるいは、裁きを
 受ける為に、入るための出入り口があったと言われる。
 そして、バスはトンネルをいくつもくぐり、時折、左右に垣間見える
 のが、千鳥が淵と呼ばれる、鳥が羽を広げた格好のような池が
 目に飛び込んでくる。ここは夏場になると、大量のアオコが
 発生し、関係者の頭を悩ませているらしい。そして、谷町JCT
 までノロノロと進み、そこで、湾岸方面へと分岐すると、車の
 流れはよくなった。バスは、順調に首都高→東名道→小田原・
 厚木有料道路へと進み、平塚PAで休憩。この辺りは、相模湾
 からの暖気が流入しやすく、みかんや、米の栽培に適している
 らしい。そのためか、山肌にはみかんの木々が、平地には、田んぼ
 の苗が植えられている風景を随所で見ることができる。

荒川を渡るロイヤル〜
お楽しみ♪の朝のカフェタイム
かつてのヘビーユーザー先の、
某百貨店様近くの貨幣資料館。
千鳥が淵付近を走るバス車内より
平塚PAにて寛ぐ、ロイヤル〜「海」号。
ステップから客席を望む。この後ろ側
にセーフガードが来て、普通は観光
案内、行程案内をガイドさん、添乗
さんはおやりになるのだが、全体が
見渡せないのと、最前席に座る乗客
の安全を考えるとガードを締めての
案内になり、小柄の人だと、生首、
曝し首状態になってしまうため、ドア
側に立っての案内か、通路に上がり、
ガードを背もたれにする形で案内を
される方が多いのも、納得。ステップの
段差が大きすぎて、全体が見渡せない
のである。

  平塚PAを出ると、後は、ひたすら、箱根路へ。途中、湯本温泉
 街付近でやや渋滞は見られたものの、途中、悲劇の方・皇女・
 和宮様がお亡くなりになった環翠楼を通過。この方は、孝明天皇の
 妹君であった。時の大老・井伊直弼らによる強引な勅許の取り付けで、
 開国をし、異人を入れたことに恐怖感と嫌悪感を強く抱かれて
 おられたが、かといって、当時の幕藩体制の秩序を破壊する
 お気持ちはさらさらなく、異国に対抗するため、抵抗運動を続け、
 天皇を頂点とした統一国家をもくろんでいた長州藩らの活動に
 激しい怒りを覚えていらした。国の安寧を願っていた天皇に
 おいては、彼らの活動は長州人の気持ちとは裏腹に、疎ましく
 思われ、、むしろ、幕府と協調して、夷荻に対応しようとの
 お考えだったようで、その協調の御印として、妹君である、
 和宮様を14代将軍・徳川家茂公の元に嫁がせたのである。
 
  和宮様には、有栖川宮殿下という許婚がいらしたのだが、
 幕府と宮家との協調路線・・・公武合体政策により、その宮との
 仲を引き裂かれ、一時はかなりの悪感情を幕府に対して抱いて
 おいでのようだったが、将軍の下に嫁ぎ、その人柄に触れるに
 従い、次第に仲睦まじい間柄となった。しかし、不幸にして、
 病弱な徳川家茂公は21歳の若さで大坂城で結核を患い、病死。

  嘆き悲しむ間もなく、宮様は京へお戻りになったものの、
 孝明天皇が謎のご病死を遂げられ、それを機に戦雲急を告げ、
 戊辰戦争が勃発、再び、江戸へ戻ることになる。官軍になった、
 薩摩・長州・土佐を主力とする諸藩は、15代将軍になった
 徳川慶喜公の首をはねようとしたが、かつての許婚でもあり、
 その当時の官軍の総督府の総督をお務めにあらせられた、
 有栖川宮様にも異例とも言える、嘆願書を認め、その努力の
 甲斐あってか、勝海舟、篤姫らとともに、江戸城の無血開城
 を実現させたお1人である。

  その後は江戸近郊にお住まいでいらしたが、体調を崩され、
 箱根の、今の環翠楼へ療養の為、お住まいを移られた。しかし
 その療養の甲斐もなく、わずか33年余りの若さでやはりこの世を
 去っている。その際、遺言として、夫である、徳川家茂公の墓
 の隣に埋葬してほしい、ということを残され、徳川将軍家の
 菩提寺である、芝・増上寺(確か)に夫婦揃って、安らかに
 眠っている、 とのことである。

光の如く西の方向へ走りさる新幹線。
皇女・和宮様御終焉の地「環翠楼」
緑が美しい箱根路 1
冨士屋ホテル前を通過
箱根登山鉄道の踏み切りを通過

  そして、「ブランド」バスが最近好んで使う、「箱根茶寮」へ。
 建物は、国の重要保存文化財だし、小さな庭園も趣きが
 あるのだが、如何せん、隣が、巨大スパリゾートというのが
 とても気になる。敷地内にあるので、管理しているのは、
 同じ会社だと思われるのだが、こうした閑静な佇まいの
 重要文化財と、近代的な大人から子供まで楽しめる巨大
 スパの建物と同居、ならびにその建物との調和に関して、
 何も考えなかったのだろうか。「箱根茶寮」での食事は
 何度かあるが、その都度、ごった返す、売店を通って、
 そこへ行く度に激しい違和感を覚える。少なくとも、このスパ
 リゾートの風呂に入って、ちょっと、蕎麦でも食べようか、という
 雰囲気の店ではなく、初めっから、ここの店に立ち寄って、
 重厚な建物の雰囲気を肌で感じつつ、蕎麦を食しに来る
 のが、目的の客が大多数と思われ、そもそも、こうした建物
 に隣接して、巨大スパを建ててしまった企業の、矜持のなさ
 を強く感じる。もし造るのであれば、例えば、斜向かいの
 敷地を切り開いて、そこへ立てるとか、方法はあったはずで
 ある。同じ敷地内に同居させる発想がおかしいし、いちいち、
 騒々しい、巨大スパの売店の中を通らないと、バスの駐車場
 との行き来もできない、という造り自体も非常に嘆かわしい。
 どうしても、ここにしか建てられないようであれば、すくなくとも、
 ここへ通じる、専用の通路や、駐車場を別途設けるべきなのだ。
 子供達がわいわいきゃーきゃー騒ぐ中、老舗百貨店の旗や、
 旅の高級ブランドの旗をぶら下げた添乗員さんらの後をぞろぞろ
 とついていく姿は様にならない。

一見、閑静な佇まいの蕎麦
会席を出す店と思われるが、
巨大スパリゾートの敷地内にある。
一応、高い壁が周囲を張り巡らして
おり、外から、中の様子を窺い知る
ことはできないが、一歩この門を
出ると、場違いな近代的な巨大スパ
の建物が目にいやがおうにも入る。
昼食画像 その1
昼食画像 その2
昼食画像 その3

   昼食後、いつもより早めだが、来た道を戻り、富士屋ホテル
 にチェックイン。ここで簡単に冨士屋ホテルの歴史について
 紐解きたい。今年に入り、何度も訪れ、館内説明を受けた物
 をまとめ、要約した。さて、本題。このホテルの創業者・山口
 仙之助氏は明治4年(当時20歳)、畜産業の確立こそ、この
 国の将来にとっての必要不可欠な事業と捉え、その当時、
 技術的に進んでいた、米国へ渡り、知識、技術等を学んで
 帰国、国内の畜産業の整備に取り掛かったものの、これが、
 志半ばにて失敗、7頭の牛を売却して、慶応義塾へ入学、
 福沢諭吉氏と巡り合った。福沢氏は、これからのトレンドは
 国際観光であることを、山口氏に強く説き、一念発起して、
 箱根宮ノ下に、天正年間に豊臣秀吉公が泊まったとされる
 宿屋「藤屋」を買収して、海外からの観光客向けに、建物
 を洋風に改造、ホテル名を「冨士屋ホテル」に改名、明治
 11年7月15日に開業した。その後、氏は、物資の輸送に
 難儀した箱根路までの道路をはじめとする、インフラの
 整備に尽力したが、大正に入り、体調を崩した為、日光の
 金谷ホテルの創立者・金谷善一郎氏の次男・正造氏を
 養子に迎え入れ、経営陣の一角に加え、子息とともに、
 ホテルの経営を委任した。正造氏は、若くして、英国へ
 渡り、数々の修業、現地のホテルの現状をつぶさに
 見てきていたので、それに基づいて、新たに、ホテルの
 増築を行ったり、仙石原にゴルフ場の整備を行ったり
 した。大正12年までは、順風満帆であった経営も、
 関東大震災によって、ホテル、インフラともに壊滅的な
 打撃を蒙ったが、諸外国、近隣市町村からの救援
 物資の補給、建物、インフラ再建の為の低利での融資
 を受けるなどして、再建を果たした。その間、観光事業
 の必要性を痛感した事業者の中にも、その子弟を冨士屋
 ホテルで学ばせたいと考える人たちも多くでるようになり、
 そこで、「冨士屋ホテル・トレーニング・スクール」を昭和5年
 に開設、ここからは、多くの優れたホテルマンを輩出するに
 至った。その後、震災復旧工事と並行して、昭和15年に
 開催が予定されていた、東京オリンピックに備え、建物の
 増築に備え、その当時の総工費438,000円を持って、
 鉄筋5階建て43室の「花御殿」の建設に昭和10年5月に
 着手、11年6月に竣工した。その当時としてはきわめて
 モダンな造りであり、大浴場、室内プール、会議室、サン
 ルームを取り入れた。

  鉄筋コンクリート造りではあるものの、外部は木材、長押、
 庇、大屋根を取り付けた上、軒先八尺千鳥破風造りでも
 あり、開業以来、海外からの観光客に人気を博し、今でも
 「フラワーパレス」として、世界的にも有名な建物の一つ
 になっている。その後、第二次大戦を経て、GHQに主要
 設備を一時接収されるなど、空白期間はあったが、昭和
 29年、営業を再開、昭和41年には、経営を、国際興業
 株式会社に移管して、その傘下の一企業として、現在に
 至っている。

割り当てられた部屋は、「花御殿・椿の間」
同 上 室内
浴室。源泉掛け流し(但し加水あり)の温泉
をここにも引いている。ホテルにしては
非常に珍しいスタイル。
昭和11年建築当時からの面影を随所に
残す建物。外国人観光客を初めっから
ターゲットにしていただけに、ドアのノブ
にしろ、その家具、調度品の品々は
外国人仕様だ。ただし、日本の歴史、文化
を理解してもらおうとしていたのか、どこと
なく和風様式も所も垣間見える。
「花御殿」宿泊客専用の巨大鍵と
キーホルダー

  割り当てられた部屋は角部屋の「椿の間」。巨大なキーホルダー
 が手渡され、従業員の女性に案内されて、たどりつき、室内に入る。
 カーテンを開けて外を眺めるが、うっそうとした木々が目に飛び込み、
 眺めはよくはない。ただ、文化財に指定されるほどだけあって、
 室内の雰囲気も、重厚感を覚える。建築当時のものも、比較的多く
 残っており、天井からぶら下がっている照明もそうだろうし、浴室や
 荷物や、衣類をかけたりする小さな小部屋などのノブを見ると、
 取っ手の位置が普通のそれよりもかなり高い位置にあるのだ。これは
 背の高い外国人を対象にしていたものにほかならない。あえて、
 そのままにしてあるのも、この建物をできるだけ手を加えず、後世に
 まで残そうとする経営者の方々の思惑が見て取れる。非常に価値の
 高い建物なので、先日の吉田茂邸のような原因不明の失火で、
 焼失してしまうことのないよう、願うばかりだ。
花御殿外観
本館入口前で寛ぐ、ロイヤル〜「海号」
あじさい科の花。ホテルの裏庭にて
ホテル裏側の池にて
   
  夕食は、17時からと早めの食事。この建物完成後、暫く
 社交会などが開かれていた、カスケードルームを貸しきって
 の食事である。扉が閉められ、喫茶店で軽食を取った人が
 物珍しげに、こちらをのぞきこむので、そちらにデジカメのレンズ
 を向けたら、退散した(笑)。

      〜 富士屋ホテル夕食メニュー 〜
  一、帆立貝と夏野菜のサラダ仕立て
  一、コンソメ
  一、真鯛のポワレ、ソースイタリアン
  一、牛サーロインステーキ、ケッパー入りレフォールソース
  一、メイプルのムース、シャーベットと季節のフルーツ添え
  一、コーヒー
 
カスケードルームでの
夕食画像 その1
同 上  その2
同 上  その3
同 上  その4
カスケードルームでの
夕食画像 その5
同 上  その6
同 上  その7
  食事を終えると、外は夕闇に包まれていた。
 この後、部屋に戻ることもなく、鍵をフロントに預け
 外で待機しているバスに乗り込んだ。さぁ、花火は
 見られるでしょうか。雨なら完全に中止、霧なら
 5分5分の確率だというが、添乗さんが何もいわ 
 ない所を見ると、予定通りの決行のようである。
戦前は、海外からの観光客、終戦直後は
米国軍人を初め、要人らの社交場に
なったカスケードルーム風景 1
同 上  その2
同 上  その3 宴の後の風景
ライトアップがはじまりつつある、「花御殿」

玄関前で待機するロイヤル〜「海」号
ホテルを出発、海賊船乗り場の「桃源台」へ
夕闇に包まれるホテルの看板
  山道を下り、芦ノ湖畔が近づくにつれて、霧が濃くなってきた。
 果たして、花火は見られるのか??20分程走って、桃源台に
 到着。ツアー客は我々だけでなく、他にも数社がきており、これに
 加えて、一般客も列に並んでおり、着席は難しそうである。しかし、
 やはり、消灯するとはいえ、迫力感は、屋外でみるのと、そうでない
 のとではやはり違いはでてしまう。花火の打ち上げは20時から。
 約4000発の花火が上がるというが、そのためには、芦ノ湖の
 中ほどには、20分ぐらい前までについていなければならない。
 そのため、出航時間は19時25分となっている。勿論、この
 芦ノ湖花火大会を見物するための船は、海賊船だけではなく、
 他の一般観光船も数隻でるようだ。
明かりの灯った海賊船の姿も美しい
他の乗船場からも類似の花火見物船が出て、
並走する。
花火が上がる。これはまだましなほうで、
時間の経過とともに霧が濃くなり、高度
で炸裂する火薬を使った花火などは、
その美しい姿を見ることはできなかった。
色付きの、ちょっと変わった「雷」にしか
みえない(笑)
芦ノ湖花火大会・花火画像 その2
同 上  その3
同 上  その4
同 上  その5
花火大会を終え、21時半前、
ホテルに戻る。

   20時ちょうど、中高度で花火が炸裂すると、それから、
 ボンボンと立て続けに花火が上がる。時間の経過とともに、
 霧が濃くなってきたためか、豪快に高度で大輪の花を
 咲かせるかのような花火は霧に隠れてしまい、ほとんど
 みえない。後で、車内でガイドさんにも、「ちょっと
 変わった「雷」だったでしょ??」といわれたが、まさにその
 通りである。「もう少し高度を下げて炸裂させてくれれば
 いいのに」という声も上がり、確かにそう思った。豪快な
 音がして、雲の色が緑になったり、赤くなったりするので、
 それで花火を上げているのだ、と分かる(悲)。しかし、
 さすがに、これではまずいと思ったのか、それとも最初から
 そういうスケジュールで組まれていたのか知らぬが、時々
 巨大ねずみ花火みたいなのが低高度で上がり、辛うじて、
 花火大会の面子を保った。約30分程で終了、桃源台
 乗船場に戻り、待機していたバスに乗り、ホテルへ戻る。
 多少、手を加えているものの、換気扇などと気の利いた
 ものは、浴室にはなく、なんどか、試行錯誤の上、窓を
 少しあけて、そこから、空気の入れ替えをする術を学んだ。
 源泉掛け流しのお湯を浴槽に張り、それにしばし浸かって
 一日の疲れや汚れを落とした後、明日に備え、ベット
 に潜りこんだ。

ニ日目)
   宮ノ下・富士屋ホテル10:00発→→箱根ユネッサン前
   10:12通過→→RP大湧谷駅前10:30着(ショッピング他)
   11:03発→→<ロープウェイ乗車>→→RP桃源台駅
   11:23着(バス乗車)11:30発→→ホテルY11:52着
   (11:55〜12:15昼食)12:56発→→仙石原13:25
   通過→→秩父宮記念公園13:48着(園内ボランティア
   ガイドによる案内付)14:56発→→御殿場IC15:02
   通過→→<カフェタイム:コーヒー、お茶受け>→→
   横浜町田IC15:40通過→→大黒ふ頭PA16:12着
   (トイレ休憩)16:24発→→空港中央IC16:36通過
   →→新木場IC16:54通過→→千鳥町IC17:08通過
   →→西船橋駅南口17:28着(乗客降車)17:30発
   →→中山競馬場前17:54通過→→松戸市民劇場前
   18:20着

  枕が変わるとよく眠れないのが、管理人の癖だが、
 今日は不思議と5時間以上も睡眠がとれた。やはり
 昨夜遅くまでの活動が睡眠にいい影響を与えたの 
 だろう。源泉掛け流しであるものの、ほとんど家庭風呂
 と変わらない「一応大浴場」での入浴は控え、自室の
 浴槽のバスタブに湯加減を調整しながら、温泉のお湯
 を張り、寝汗を取る。そして、朝食が7時半なので、
 それまで、室内のソファーに身を委ね、TVをつけると、
 暗い話題ばかりだったので、速攻で消す。事実を客観的
 に伝えるのが、その使命であることは確かだが、いま塗炭
 に苦しんでいる人たちがたくさんいる中、そうした人たちに
 ビジョンを提示して、希望をもたせ、士気を鼓舞することも
 その役割ではあるまいか。なんだか、どの報道番組をみて
 いても、あーでもない、こーでもないなど枝葉末節な議論
 ばかりしており、絶望感に捉われる。昨年1年間の自殺者が
 3万人を越えたというが、政治もだめ、社会の木鐸である
 はずの、いや、べきの、マスコミもダメ、ではそういう状況に
 なるのも無理ないですな。

バスタブに源泉かけ流しのお湯を
張ったところ。(加水済み)
管理人の客室「椿の間」入口
メインダイニングFUJIYA 入口にて
同 室内画像 その1
同 室内画像 その2
創業者・山口正造氏のレリーフ

  7時半前にメインダイニングへ出向き、定時に開門、
 順番に席割りされる。洋食のセットコース2種類から
 チョイスするのだが、今日は、ケーキブレックファーストを
 頼んだ。最初に出される飲み物と、付け合せをチョイス
 することになっている。今回は、オレンジジュース、
 フレンチトースト「冨士屋」風、ソーセージの付け合せ
 にコーヒーのパターン。席の横には、創業者・山口
 正造氏のレリーフがある。従業員が真剣に客の為に
 働いているか、死してなお、レリーフとなって、監視
 しているらしい(笑)。

宮ノ下・富士屋ホテルでの朝食画像1
同 上  その2
同 上  その3
同 上  その4

  アイテム数は少ないし、シンプルだが、シロップといい
 フレンチトーストの生地の味といい、いずれも、さすが名流
 館ならでは、の朝食。日帰りで、このようなクラシックホテル
 に立ち寄るバスツアーも各社出しているが、やはり、こう
 いったクラッシックホテルの本当の良さを知るためには、
 泊まってみないと分からない。日帰りツアーだと、上っ面の
 部分しかみることができないからである。上っ面、というのは
 ただ、そこへ来て、食事をして、ちょっと散歩なりショッピングを
 して帰ることを差すもので、日中と夕方、夜、朝と、ホテル周辺
 の風景や部屋からの眺め、食事内容など、別物になるため、
 たかが数時間の滞在では、良さを知る前に、終わってしまう。
 それをいう。
もう8月というのに、まだ「ガクアジサイ」が
咲いていた。それだけ、冷涼な土地柄からか。
乗車定員でギネスに認定されたロープウェイ
に乗車、桃源台まで下る。
霧の中、ロープウェイで下るが、視界
が広がってきたのは、桃源台近く
なってきてから。

  10時にホテルを出発、大湧谷のロープウェイ駅でバスから
 降ろされ、ここから、11時過ぎに、桃源台まで下ることになって
 いる。それまではフリータイム。昼食場所のYホテルまでさほど
 の距離がなく、早めに降りたところで時間をもてあますと判断
 したためだろうか。霧がなければ、景色の楽しめる場所では
 あるが、如何せん、視界がものの50mもない。バスが停まった
 位置から、ロープウェイ駅の階段まで、さしたる距離はないのだが、
 バスが霞むどころか、ほとんど見えない。バスが桃源台まで
 回送するために動きだして、ようやく、かすかにその姿がみえた
 ほどの濃霧。集合時間までしばらくあったので、周囲を見渡すと
 あじさいが色とりどり咲いていた。それも枯れかけ、といったもので
 はなく、花の全盛期を迎えている、といった感じの咲き方だった。

  大湧谷は小湧谷と並んで、有毒なガスを噴出させている場所
 である。昔の人は、それを地獄谷とよんでいたそうである。1873年、
 明治天皇が箱根に行幸された際に、「大地獄と小地獄だな」と
 つぶやきになられたのを耳にした随員が、天皇がいらっしゃる土地
 に地獄などあってはならない、ということで、今の小湧谷、大湧谷
 と名称を改めたそうである。

  さて、これから、乗る、そのロープウェイ、一機あたりの乗車定員
 が世界最大ということで、ギネスに認定された代物。今回のツアー
 客全員が一台のゴンドラに乗ることができた。ほとんど周囲の景色
 がみえない中、桃源台まで降り、待機していたバスにピックアップ
 してもらう。そして、その後は、こと食事・・・和食や中華に関して
 言えば、禁断のホテルである、ホテルYへ向かう。ここでは、他社
 のツアーで辛酸をなめさせられた。

  なんといっても、ここのホテル自体は悪くないが、飲食部門、特に
 別棟のレストラン従業員のだめっぷりさは、定評がある(ToT)/~~~
 何が、ダメか。それは、一事が万事気が利かないことである。
 料理を並べ、お茶の入った大きな急須を2つぽんとおいたら、ハイ、
 勝手に食ってください、お茶も勝手についで飲んでください、である。
 普通は、お茶にしても、最初の一杯は、全員分、湯のみに注ぎ、
 それでも足りなきゃ、後は、個人の喉の渇き具合によるもの
 なので、任せるにしても、この態度からして、この食事処の責任者
 以下、対応が悪すぎる。人数が少なく、他の客席にも手がかかる
 というのなら、まだ「多少は」同情の余地はあるが、館内を見渡す
 かぎりガラガラだ。とある電鉄グループ系のホテルだが、まだここ
 よりかは、ましな同じ電鉄系のホテルはあるので、次回以降は、
 そちらでの食事をすることを希望したい。推測するに、朝が洋食
 であったことを考え、メリハリをつけるために、和食も扱っている
 ここを使ったのだろうが、うむ〜。今後は、ここを食事場所に
 使うにしても、宿泊棟のある洋食を扱うレストランで取る方が無難
 かも、というのが、率直な印象。

ホテルYの昼食画像 その1
同 上  その2
同 上  その3
同 上  その4

  食事はなんのオリジナリティーも感じない陳腐な和食膳。
 まともなホテルなら、和食膳であっても、食後に和菓子系
 もしくは果物などのデザートがついてくるものだが、ここは
 一切なし!!さらに、食後、普通、急須を持って、食後の
 コーヒー代わりにお茶を注ぐ気遣いが見られるものだが、
 そうしたことも一切皆無。だめだ、こりゃ。サービス精神が
 欠けている。料理の説明も全くなかった。ただ、鍋に
 火をつけて、温まってきたら、蓋を開けてお召し上がり
 下さい、だと。西洋薬膳料理を食わされた時も、やはり
 料理や、その流れの説明もなく、まして、デザートやコーヒー
 などもつかなかったことがあった。個々の従業員の対応に
 かなり疑問を感じ、抗議したことがあったが、その抗議の
 効き目はなかったらしい。ここはせいぜい、花の観賞だけに
 とどめ、食事は別の所で、がベストのように思われる。

ロイヤルクルーザーのボディのカラーリング
ブリディッシュグリーンは、高級感溢れる基調
色で、好きなのだが、光の当たり加減で
それが黒にみえてしまうのが難点。
ロイヤルクルーザー四季の華・海号側面画像
シート部分をズームしてみました。
フラットな状態でもかなり楽だが、
フルリクライニングできる状況であれば
倒すと、スリーピングシートに近い
状態を体感できる。
今が旬を迎えている、秩父宮記念公園内で
随所で見られる「アメリカフヨウ」
同 上  その2
山ユリ(??) 同公園敷地内にて

  食事を終えるのはあっという間。ちりめんのご飯は出たが、お代わり
 も出来ますが、という声がけもなく、出ている内容がクラツーとの契約
 の全てだったみたいで、これには、非常に失望した。富士屋ホテルでの
 もてなし、曲がりなりにも花火が見えたので、このままきちんとした料理
 を出していれば、アンケート評価は、ほぼ100点満点近くを差し上げる
 つもりだったが、最後の最後で味噌を付けた(笑)。

  食事を全員終えても、乗務員さんはおろか、添乗さんもまだおくつろぎ
 の最中であったようなので、バスの観察に徹する。待つ事20分、ドライバー
 さんが急ぎ戻り、ドアを開け、エンジンを掛ける。本館の方へ足を伸ばして
 いた乗客の方々も戻り、バスは秩父宮記念公園へ向かう。個人的に思う
 のだが、ここを訪れるたびに、ボランティアガイドの方がついてきて、
 もう何十回(とあるこの公園フェチの方のせいだ(笑))もきて、同じ説明
 を聞かされるとさすがに疲れを通り越して、苦痛すら感じる。

  ここの公園のベストな過ごし方はやはり、解説を聞きたい人は、その人
 についていって話を聞きながら、宮様ご夫妻が住まわれた邸宅を解説
 付きでみるのもよかろう。でももう何度も来ている人に対しては、束縛を
 せず、時間を決めて自由行動にしてもらいたい。魅力を感じるのは、
 宮様らが、その礎である種をまき、それが、四季折々咲き誇る美しい
 花々の観賞である。癒しを求めにきているのが、苦痛を感じるようでは、
 話の筋がおかしいではないか。ここは先に述べたように、1時間なり、
 1時間半なり、滞在時間を決めての自由行動とすべし。道に迷われる
 ようなケースも考えれるが、ガイドさんか添乗さんか、どちらかが、
 出口になる売店付近で待機し、駐車場へ案内、
 誘導すればよかろう。
 
復路のカフェタイム。宿泊コースは、
通常のお茶受け(往路・復路どちらか)
のみならず、復路には、添乗さんらが
吟味したお茶受けが出るので、その
お菓子選びのセンスも垣間見えるのも
一つの楽しみ。
復路は、渋滞の都心を外れ、
空いている保土ヶ谷バイパス→湾岸線→
東関東道を進む。
並走する埼京線
お馬屋さんの方々の「聖地」
中山競馬場前を通過
松戸市民劇場前に日没前に到着

  15時前、秩父宮記念公園を後にして、バスは、御殿場インター
 から東名道。都内で渋滞がおきているようで、横浜・町田インター
 でバスは、東名道を下り、これも時間帯によっては、かなりの
 ハイリスクになる、悪名高き渋滞のポイントの一つである、保土ヶ谷
 バイパスに乗り、湾岸線へ出る。その間、カフェタイムや、オーディオ
 サービスの提供がある。流されるDVDは、代わり映えしない作品
 だが、見たくなきゃ、チャンネルを替えれば済むだけのこと。
 マルチを意図的につけない、似たような車をお持ちの、というより
 委託運行させている旅行会社様がおありだが、都内を走る分
 には、何の問題はないにしろ、郊外へでたときに、何をして過ごせと
 いうのだろうか。エアコンが効きすぎても、ブランケットがないために
 噴出し口の風向きを調整することぐらいしかできないし、冷え性の
 人にはきつい。スリッパも合った方が、郊外を走る際にはらくだが、
 履いている靴を脱ぐ行為自体億劫な客層らしく、それは、おそらく
 要らないと思われるが、ただ、個人用オーディオの装備とブランケット
 ぐらいはあってもいいのではないか。それをつけないのであれば、
 いっそのこと、宿泊コース、郊外コースなどやめてしまえばよかろう。
 都内の有名観光バス会社の44人乗りのバスですら、郊外走行対策
 として、マルチチャンネルシステムを備えているというのに・・・・。
 
  音漏れの問題など、朝流す、究極の無駄なものといって過言ではない、
 シートベルト着用依頼短編DVD上映よりも、口頭で音漏れの問題など
 説明した方が遥かに有益だ。金をかけるべきところにかけずに、
 かけなくても構わないところに無駄金をかける。面白い会社である(爆)。
 先の44人乗りのバス会社は、公的資本も入っているので、よく御役所観光
 バス会社、などと揶揄するが、むしろ、こちらの会社の方が、より役所的
 かもしれない。ブランドに固執するあまり、柔軟な対応、発想を自縄自縛
 に追い込んでしまっている感がある。他社の話はさておき、
 復路のお楽しみは、お茶受け。1人一つが原則だが、これがその
 時々の添乗さんのセンスが如実に現れるから面白い。
 
  大黒ふ頭で、小休憩。ずらずらと見事なぐらいに車が並んでいる
 光景を見かけたが、あれは海外へ輸出される「部品」なのだそうだ。
 海外へ輸出して、現地の工場で完成品にしたてるとのこと。完成品
 を直接、輸出するのと、「部品扱い」の未完成品を送るのとでは、
 かかる関税も大きく違うらしく、意図的にそうしているらしい。

  そして、バスは、羽田空港脇を通過して、湾岸線、東関東道へ
 入る。原木の手前でバスは一般道を下り、今回は、松戸へ向かうので、
 途中から脇道に入り、西船橋駅南口の信号手前で停車。大半の
 乗客が降りたあと、松戸駅へ向かう。松戸駅前で祭りが行われる
 らしく、一時は、新松戸へ帰着地の変更も考えたようだったが、
 別の所で、祭は行われるようで、バスの出入りは問題ないようだ。
 ただ、あまりにも多くの周辺からの行楽客が訪れる為に、歩行者
 信号の点灯間隔を長めに警察はしてしまっており、その為、
 車の流れが悪くなっている。それでもなんとか、松戸駅前の
 ロータリーで車の向きをかえ、所定の位置につけることができた。
 予定より30分の早着である。

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