● 経過 ●  

2002年 11月22日  クモ膜下出血に倒れてから 数々の手術や
危険な状態を乗り越え、 回復期に入りました。
これから リハビリでどこまで回復できるかは 神のみぞ知るところですが
時間をかけて 少しずつ 進んでいます。
しかし、半年前とは  全く違う人生設定になりました。
経過を簡単に表にまとめてあります。 詳細は DIARYと照らし合わせてお読みいただけると
わかりやすいかもしれません。




































































● 2003年 12月から現在 ●


介護認定 要介護 5  (一番 重い程度)
身体障害者認定 
一級     (一番重い等級)
後遺症(リハビリ中) 高次脳機能障害 四肢不自由



【2003年5月の 状態  (倒れて半年)】


意識・・    前頭葉に梗塞ができてしまったせいで 「高次脳機能障害」「前頭葉症状」
         と呼ばれる 状態で 記憶や社会的な認知ができない。
         自分の名前も家族もわからない
         痛い という感覚は口にするが、他の感覚は口にしない。

体・・・     目だった 麻痺箇所はないが 車椅子。 自力では立てない 歩けない。
         メンテナンスがOKな車で運転する気がないような状態。
         リハビリをする 目的が理解できないので なかなか歩けるようにはならない。

食事・・    食欲も水を飲みたいなども言わない。(思わないらしい) 
         甘いものが好きだったので あげると おいしそうに食べるが
         味覚の有無はわからない。ただし「おいしい」などと言うときがある。
         食べる行為はできるが 食べる目的が理解できないので遊んでしまう。
         いわゆる 摂食障害。

言語・・    失語症は避けられたが 自発的な会話はない。 返事はできる。が とんちんかん。

排泄・・    感覚がないので オムツ。

性格・・    怒りや 悲しみの感情がない。 大きな声や文句などは一切言わず
         いつも ニコニコだが 時々 物憂げにするときがある。

見た目・・   手術のために 髪の毛を全部剃ったので不自然だが 顔は変わらない。
         そのため、初めての人には 普通に話しかけられてしまうので
         「水飲む?」と聞かれても  返事をしない為 いらないと思われ 
          一日 水を貰えなかったりする 危険性がある。

行動全般・・ とにかく集中力がなく 目に入るものに触りたがり、危険認知がないので
         目が離せない。 まるでファミレスで見かける
         3歳くらいの子供のような 状態である。
 



【2004年 3月 の状態 (倒れて1年半)


mamaは上の状態とほぼ同じであるが 意識状態の落ち着きが見られ
家族は心配ばかりの 状態から 少し余裕が出来 先を見ていけるようになってきた。
また 病院から、老健という場所の選択は この先どういう結果につながるのか 
期待している。
ただし、 尿路感染(膀胱炎)の症状が見られ発熱を繰り返してしまう。
適正な 治療をしなければならない。というのが現在の課題。



【2005年  1月 の状態 (倒れて2年ちょっと)

病院から労健へと 転々としていた時期と比べ
特養で腰すえた生活が 安定を与えてくれている。
大きな進歩は無いものの 後退はなく どちらかと言うと
すこしづつではあるが 倒れる前の mamaの個性らしき香りのする
発言などが見られるようになってきた。

↑のような 発熱など 全く嘘のようで体は健康である。
やはり 生活の場所の安定は 大きいようだ。

【2006年 4月 (倒れて3年半)】

特養に移ってから約2年を迎えます。
体調は安定しながら 少しずつ言葉の語彙が増えたりと
本人なりには ゆっくりながらも進化しています。

私たち家族も 自分達の時間や人生をしっかりと取り戻しながら
それぞれの立場でmamaを囲んでいます。
嵐が襲った私たち家族の平和な暮らしは壊れましたが
今は 新しい形での人生をうけとめられることが 
自然と出来はじめています。

今は これが普通のように思えて来ています。






以上が今の状況です。 体が動かなくなる・・という 事ばかり 心配していましたが
mamaは体より、意識が壊れてしまいました。
梗塞のできてしまう場所によって、体に麻痺がでても 意識がしっかりしてる人や
その逆のmamaのようなパターンまで さまざまな後遺症があるようです。
こうだったら よかったのに・・・などと 考えてもはじまらない! 
こうなったから どうして行こう・・。に 頭を切り替えなくては 何もはじまらないのです。



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    date  状態  様子
2002年 11月22日 クモ膜下出血に倒れる。
左脳部位の同じ場所で2つ同時に破裂していた。
朝起きてこなくて
すでに布団の中で意識なし
  同日 検査後、夜から開頭手術 全く意識なし。 会話もなし。目もあけない。
医師からは手術しても 助かる確率は半々であり
うまく行っても 梗塞や水頭症の発生による後遺症の恐れの説明を受けた。
11月23日    8時間に及ぶ手術終了 手術中の破裂などなく無事終了。
ICUへ。 全く意識なし。 
人工呼吸器 装着 自発呼吸が弱いため人工呼吸器に頼る
12月11日 水頭症の発症、VPシャント手術のための管を入れ込む手術 手術自体は数時間。 意識はない。
12月14日 梗塞発見 前頭葉に大きな梗塞ができているとの説明。 手術の後遺症で恐れていた数々の二次被害が勃発。本人はまるで意識なし 目が時々あくが 空を見てるだけ反応なし
体は自発的には全く動かない
同時期 痛みのみ反応。手足に動き つねったり すると目を開け、 少し反応が見られる。
2003年 1月18日 うなづいた はじめて 反応アリ
1月26日 VPシャント手術 この手術の後から ぐんと反応が良くなる
1月29日 看護婦さんの問いかけに返事 倒れて70日目にしてはじめて ちゃんと反応。
2月1日 人工呼吸器 昼間 はずす 夜はまだ 装着。 今までは呼吸器も気にならないようだったののに、着けると苦しそうな顔をするようになった。 感覚がではじめた。
2月4日 リハビリ開始
車椅子ではじめてウロウロ
車椅子にてリハビリ室に連れて行かれる。
ただ、そこに行くだけが最初のリハビリだ。
ニコニコ する 時があるようになってきた。
2月7日 ネフローゼ症候群 発症 合併症なのか 元からもっていたのかわからないそうだ。ただし 今まで何も症状はなかった。
2月13日 呼吸器完全はずれる 見た目が 少し 楽になる
同時期 転院の話  そろそろ 次を探してくださいと。 イヨイヨ来たぞ。
2月18日 栄養補給のための管はずれる 倒れて約3ヶ月 やっと何も入っていない鼻になった
2月20日 はじめて 声が出た
2月24日 嚥下訓練開始 ゼリーだけだが、ようやく食べ物を口に。
3月2日 100日振りのお風呂 ものすごい 汚れていました。 気持ち良さげでした。
3月12日 なんとか立てた 支えたら 立てた。
3月24日 リハビリ病院へ転院 毎日 2回、リハビリ中心の病院へ転院
5月27日 現在 リハビリ中の毎日
11月27日 老人保健施設へ 老健へ移り病院とは違う
一歩暮らしに近づく雰囲気の中へと。
尿路感染(膀胱炎)の症状が出始める。(発熱)
2月26日 老健移動 二軒目の老健へ移動。
6月はじめ 特養移動 600人待ちが現状の特養だが
程度が重いため 優先入所申し込みが
功を奏して入所が決まった。
この先行き場所探しから開放されることもあって 
家族は大喜びだ。
mama自体も環境が変わるつらさから開放された。