| 介護認定 | 要介護 5 (一番 重い程度) |
| 身体障害者認定 | 一級 (一番重い等級) |
| 後遺症(リハビリ中) | 高次脳機能障害 四肢不自由 |
| date | 状態 | 様子 | |
| 2002年 | 11月22日 | クモ膜下出血に倒れる。 左脳部位の同じ場所で2つ同時に破裂していた。 |
朝起きてこなくて すでに布団の中で意識なし |
| 同日 | 検査後、夜から開頭手術 | 全く意識なし。 会話もなし。目もあけない。 医師からは手術しても 助かる確率は半々であり うまく行っても 梗塞や水頭症の発生による後遺症の恐れの説明を受けた。 |
|
| 11月23日 | 8時間に及ぶ手術終了 | 手術中の破裂などなく無事終了。 ICUへ。 全く意識なし。 |
|
| 人工呼吸器 装着 | 自発呼吸が弱いため人工呼吸器に頼る | ||
| 12月11日 | 水頭症の発症、VPシャント手術のための管を入れ込む手術 | 手術自体は数時間。 意識はない。 | |
| 12月14日 | 梗塞発見 前頭葉に大きな梗塞ができているとの説明。 | 手術の後遺症で恐れていた数々の二次被害が勃発。本人はまるで意識なし 目が時々あくが 空を見てるだけ反応なし 体は自発的には全く動かない |
|
| 同時期 | 痛みのみ反応。手足に動き | つねったり すると目を開け、 少し反応が見られる。 | |
| 2003年 | 1月18日 | うなづいた | はじめて 反応アリ |
| 1月26日 | VPシャント手術 | この手術の後から ぐんと反応が良くなる | |
| 1月29日 | 看護婦さんの問いかけに返事 | 倒れて70日目にしてはじめて ちゃんと反応。 | |
| 2月1日 | 人工呼吸器 昼間 はずす | 夜はまだ 装着。 今までは呼吸器も気にならないようだったののに、着けると苦しそうな顔をするようになった。 感覚がではじめた。 | |
| 2月4日 | リハビリ開始 車椅子ではじめてウロウロ |
車椅子にてリハビリ室に連れて行かれる。 ただ、そこに行くだけが最初のリハビリだ。 ニコニコ する 時があるようになってきた。 |
|
| 2月7日 | ネフローゼ症候群 発症 | 合併症なのか 元からもっていたのかわからないそうだ。ただし 今まで何も症状はなかった。 | |
| 2月13日 | 呼吸器完全はずれる | 見た目が 少し 楽になる | |
| 同時期 | 転院の話 | そろそろ 次を探してくださいと。 イヨイヨ来たぞ。 | |
| 2月18日 | 栄養補給のための管はずれる | 倒れて約3ヶ月 やっと何も入っていない鼻になった | |
| 2月20日 | はじめて 声が出た | ||
| 2月24日 | 嚥下訓練開始 | ゼリーだけだが、ようやく食べ物を口に。 | |
| 3月2日 | 100日振りのお風呂 | ものすごい 汚れていました。 気持ち良さげでした。 | |
| 3月12日 | なんとか立てた | 支えたら 立てた。 | |
| 3月24日 | リハビリ病院へ転院 | 毎日 2回、リハビリ中心の病院へ転院 | |
| 5月27日 | 現在 | リハビリ中の毎日 | |
| 11月27日 | 老人保健施設へ | 老健へ移り病院とは違う 一歩暮らしに近づく雰囲気の中へと。 尿路感染(膀胱炎)の症状が出始める。(発熱) |
|
| 2月26日 | 老健移動 | 二軒目の老健へ移動。 | |
| 6月はじめ | 特養移動 | 600人待ちが現状の特養だが 程度が重いため 優先入所申し込みが 功を奏して入所が決まった。 この先行き場所探しから開放されることもあって 家族は大喜びだ。 mama自体も環境が変わるつらさから開放された。 |
|