お詫びとお知らせ



 以前からずっとずっと気になっていた。
「全然更新してないよな〜、このサイト・・・・・・」
 まあ、このまま、放置の状態のまま、掲示板だけ機能させる、というのもそれはそれで「あり」だとは思うのだが、やっぱりそれもなんかなぁ・・・・・とゆーことで。
 それに、最近はコザ関係のブログやサイトも増え、あまりこのサイトの意味もなくなって来たと思うし。やはりつくづくと感じることは、オイラのコザはあの時のコザなんだな、ということだ。オイラがあの街に暮らし、あの街で笑い、あの街で泣いていた、あくまでもあの日あの時のコザなんだな、と。それ以外のコザなんて描けないし、オイラの中で「コザ」と言ったら、それしかない。多分、オイラには今のコザは描けない、と思う。今のコザを見つめていても、視線の向こうにいつも「あの日・あの時」を見てしまう。とてもじゃないが、今現在暮らしている人達のようなわけにはいかないのだ。もっとも、これはこれで別の存在意味があると、密かに自負する自分もどこかに居るが(けっこうやらしい性格です、オレ)。

 このサイトを作り始めた当初、
「誰か見に来てくれる人がいるかなぁ」
 と危惧していた。コザだけの地域限定版サイトなんて、それほど需要があるとは思えなかったし、そこはもってきてこのサイトときたら、有益な観光情報など皆無、観光客の皆様の支持を集めそうにはとうてい思えず、さりとて地元の方がこんなモノ見て面白がるとも思えず。まあ、作った本人が言うのもなんだが、わざわざ見に来てくれる人が居るとはとうてい考えられなかったのである。
 それが、作った本人もビックリのたくさんの人が来て下さり、ここまで続くことになった。これもひとえに、ここにいらしていただいた皆様のおかげと感謝しております。本当にこれまで「コザに抱かれて眠りたい」をかわいがっていただき、ありがとうございました。

 そもそもこのサイトを作り始めたきっかけは、久々に訪れたコザの街の寂れように心痛め、
「なんとか少しでもコザの役に立てないか」
 と思ったことだった。まあ、そうは言いつつ、
「大した役には立てないだろうな」
 とは分かっていたのだが、
「こうも、全くヘの役にも立たないとは思ってなかったな」
 というテイタラクぶりで、返ってここに書くことで、オイラはコザから元気をもらっていた。多分、ずっとオイラは自分のためにここに書き続けてきたのだろう、と思う。
 だから今回も本当だったらキッパリ閉鎖した方がいいのだろうけど、まだどうしても書きたいネタが3つほどあって、これを書かせてもらうまではちょっと・・・・・というまったく自分だけの都合で掲示板を閉鎖して、後は基本的に放置ということにしました。すいませんです。その3つのネタを書いてしまったら、それはその時にまた考えるかな、と。実にオレらしいテーゲーさで思っています。

 オイラとコザの原点は、最初にコザの街を訪れたあの時だ、と今でも思っている。あの時、ゲート通りを友達とブラブラしながら、不意にある感情が湧きあがって来た。
「自分はこの街を好きになりそうな気がする」
 これまでいろんな人から「なぜ、コザなのか」という質問を投げかけられた。自分でも「どうしてコザだったのだろう、他の場所でも良かったのに」とその答えを見つけ続けた。しかし、今はこう思う。
「たまたまさ、理由なんて、無い」
 例えばこれをご覧の方の中には結婚されている方もいらっしゃるだろう。なぜ、彼女、あるいは彼だったのか。優しいから? 気が合うから? 金持ってるから?! しかし、優しい人なら他にも居るし、気が合う人もその人だけじゃない。なのになぜ、その人だったのか、その人じゃなければいけなかったのか・・・・・。そこに確固たる答えなんか無いし、見つける必要も無いような気がする。「なぜ」の答えを見つけるより、今2人が築いているその関係を、大切にする方が先だろう。オイラはコザに惚れている。それはそれでいいじゃないか。高尚な理由なんて、必要ない。好きなものは好き、それのどこが悪いんだ。

 I LOVE YOU コザの街に
粋なあの子に恋をした
 君の胸で
街を抱けばいい
(THE WALTZ「I LOVE YOU コザの街」より。一字だけ変えてます、ハハハ)

 オイラの例の本を出すに当たって、その題名には苦労した。中々決まらず、必死に考えた題名も編集さんからダメだしされ、「ちゃーすがやー」となった時、
「素直に、自分の気持ちを言葉にしてみよう」
 と思った。それで脳裏に浮かんだのが、照屋アパートの屋上から見た、コザの街だったのだ。あそこから見る、あの景色が大好きだった。アレを見るたび、
「オレは今、コザに居るんだぞ!」
 と叫びたくなった。ああ、出来ることならこの街をこの腕に抱きしめてほおずりしたい・・・・・。しかし、「この街を抱きしめてほおずりしたい」ではあまりに収まりが悪すぎるので、それで「この街に抱かれて眠りたい」に変えたのだ。それが最終的に「コザに抱かれて眠りたい」になった。
 結局そんな「惚れたあの子」とは最後まで添い遂げられなかったけれど、あの時に照屋アパートの屋上から見た光景は死ぬまで忘れることはないだろう。ま、惚れたあの子ともいろいろありはしたけども。でも、オイラ自身は「終わり」というのは、あながち悪いことばかりではない、と思っている。終わるから始まるんであって、終わりがなければ始まりも無い。終わらせることを恐れるヤツは、始めることをも恐れるヤツだ。と言いつつ、自分もその「恐れるヤツ」の1人なんだが(オイオイ)。

 何を書いているのか分からなくなりましたが、ともかく本当にいろいろとありがとうございました。今回も掲示板を閉鎖するに当たって、たくさんの人に書き込んでいただき、ホントにホントにありがとうございました。
 また、縁がありましたらどこかでお会いいたしましょう。

 で、最後にやっぱりこの一言を。ありがとう、コザ。



                                               TORA