改めて、ランの世界へようこそ

2009年3月 小坂井 章

創設25年のタマランにまた年度末の三月がきました。この機会に、辛抱する、希望を持つ、展望を開く、が楽しく、幸せに走るランナー的生活を継続していくための基本の「三ボウ」であることを吟味したいと思います。とにかく辛抱して、「辛抱」がいやなら「諦めない」で定期的に走ることを持続する。それにより何かが変わるであろうことに希望を持つ。そして新しいステージへ自分を引き上げるための展望を開く、の「三ボウ」です。

展望は先にある自分を想像して、走りの速さばかりでなく質(心の置き所)についても見定めて、それに沿って現実的な練習方法を考えることです。寒風の中でも風邪も引かないような並外れた健康をもつ強い走者、フルマラソンやハーフや10キロで年代にふさわしい体力を育てるたくましいランナー、50歳代なら10キロで45分、ハーフなら1時間40分切るというような実力派レーサー、あるいは何も考えずに無我の境地で好きなところまで走れればよいという自然派ランナーなど、自分の求めているラン(自分らしい走り)をめざせばよいでしょうが、それをしっかりとイメージしておくことは大事です。ランを難しく考えないイージー・ランニング、孤高の境地を求める仙人走、業(ごう)と輪廻からの解放を求める涅槃走、多忙な生活の間で走って充実感を楽しむ生活達成感ある走り、レースに向けて練習方法をきっちり自己管理して上を目指す“若手世代(若いかどうかは自分が決めればいい)のラン。タマランはこの25年、どれもこれも応援してきました。

勇気と希望とちょっとのマネー、とは私が好きなチャップリン(映画モダン・タイムズ)の言葉ですが、タマランでは、気力と体力とちょっとの技術(走る技術と、それ以上に故障に対する知識や対応力)があれば展望を開こうとする努力はやがて報われるでしょう。

Go the Distance!                    

猫の道、サルの道
2009年2月 片芝 年信

勝ち負けの世界には力だけでは勝てない天の采配があるようだ。正月の第85回箱根駅伝では順当に走れば優勝確実といわれていた駒沢大学が13位、まさかのシード落ちとなった。

順位や記録にこだわった走りは「修羅の道」で品位が落ちる。かといって、「走りつづけることが肝腎なのであって、結果を得ることが大切なわけじゃない」とかなんとか弁明しながら走るのも「修羅の道」の裏道で、本質は変わらない。

栄冠を勝ち取るためには運を天に任せてひたすら走るほかないのだが、人間の力が及ばない神の恩寵を受けるには二つの道、「猫の道」と「猿の道」がある。

猫も猿も、生まれたばかりのときは自分では何もできず母親に運んでもらうほかない。仔猫は何もしない。母親が仔猫の首っ玉をくわえて運んでゆく。仔猿は母親に運んでもらうが、しっかりと母親の腹にしがみつかなければならない。

勝敗は時の運だが勝利の女神は歯を喰いしばって母親にしがみつく仔猿の方に微笑むのではないかと思う。


                                       Go the Distance!

廻る、回る、世界は周る

2009年1月 小坂井 章

 私が以前マーケティングの仕事に関わって知ることになったいろいろなサイクルには、例えばロストウの経済発展の5段階(農業から大衆消費財へと移行する途上国生産セクターの歴史的段階)、製品ライフサイクルの4段階、マズローの欲求段階説(生理的欲求に始まる5段階ピラミッドの最上位は自己実現)、エリクソンのライフサイクル8段階(乳児から老年までの成長段階)、コンドラチェフの波(世界景気の50年周期波動)なんかがある。

 なにを言いたいかというと、たいていのものごとは山坂を繰り返しながら、その盛衰は連綿と続くということだ。

 マラソンの世界も、70年代にゴーマン美智子さん(映画にもなっている米国女性でボストンとニューヨークに各二回ずつ優勝している)が女子マラソンの草分けとなり、現在のQちゃんや野口選手に至るまでをみると、この連綿がある。走友会も然り。

 わが玉川上水ランナーズクラブもさまざまな山坂千里を九十九折のごとく繰り返して、もう25年続いている。ただ、このクラブが発展しているのかどうかはさして大事ではなく、ここに関わりを持つことになったランナーたち個人個人が自己実現できているかが大事なのであろう。ちなみに、自己アイデンティティの発展を研究する心理学のマズローの欲求段階によれば、優秀な人ほど自己実現段階にまで駆け上がるのが早いのだそうな。

 大晦日の朝、癒しと反省のジョグをしながら、一介のランナーでしかない自分のランナー的生活において自己実現へ向けての発展段階が、螺旋状か渦巻ならまだしも、このごろは混沌としてきたのではないかと不安になってきた。

マラソン・ブーム
2008年12月 片芝 年信

皇居周回コースを時々走っていますが、私がいつも着替えをする麹町の銭湯「バンドウシュ」の脱衣場は夕方の時間、仕事を終えたランナー達でごった返しています。以前はのんびりと無駄話を交わしていた番台のおばちゃんも、イナゴの異常発生みたいに急増したランナー客にパニック状態です。

東京マラソン2009には26万人の応募者があり、都庁の事務局では膨大な量の応募者の中から当選者を選ぶ作業に悲鳴をあげたと聞いています。

私は、去る6月に来年のロンドン・マラソンの参加申請を済ませ、既に£65のエントリー料を支払う仮契約を交わしていたので安心していたら、10月になって応募者の大幅超過で遺憾ながら落選とのメールが届きました。世界金融恐慌と同様に異常なマラソン・ブームもグローバル化が進んでいるのでしょうか?

栄枯盛衰は世の常で、何年振りかの周期で巡ってきたマラソン・フィーバーもやがて熱がさめて沈静化すると思っています。来春のロンドン出走はバブルのように消えてしまいましたが、一時の異常現象に翻弄されることなく、今までどおり着実にマラソンを走り続けたいと思います。
                                       Go the Distance!

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つくばへ向けて
2008年11月 小坂井 章

 今月23日のつくばマラソンへ向けてトレーニングをしている。

 その第一目標は4時間を切り「金メダル」を勝ち取ることだ。この「金メダル」はもちろん自分の、自分だけに見える、自分のための「金メダル」であり、そこにはオバマ米国第44代大統領のキャンペーン・スピーチ同様にYes We Can、裏にはChangeと書いてあるはずだ。蛇足ながら、Weは夫婦での達成をもくろんでいるからだ。

 ちなみに私のこの二ヶ月間の練習メニューは、1.9月300キロ以上、10月400キロ以上の距離をこなすこと。
                              2.5000メートル23分00を上回る基本スピードをつけること。
                              3.11月中旬までに数回の長距離走(30キロ以上)を行うこと。
                              4.11月中旬までに10数回のペース走を行うこと。想定レース・ペースは5分40秒/K。


世界同時株安なんか健康ランには関係ないぞ
2008年10月 小坂井 章

 いつものように走っていると、突如新地が現れて見慣れた風景が不意に変わっていたり、なじみの店が閉じていたりすることが、このところよくあるような気がする。それもこれも「サブプライム」を発端とする世界同時株安のせいなのだろうか?

 
だが、すべてのランナーは練習スケジュールを変えることはないだろう。ノーベル賞を受賞した南部、小林、益川三氏にあやからずとも、星の数以上もあろうクオークが活性化しているランナーのからだは、ビッグ・バン以来の力をみなぎらせて日々前進しているに違いない。

 ランナー的生活の中で、からだは加齢や環境変化を乗り越えながら、紆余曲折しながらも次なるステップへ向けて新しい秩序作りに動いていくものだ。前回、21世紀的課題が、格差なく、みんなが自分にとって最高、最善の金メダルをいっぱい獲ること、及びそれを実現できるような環境づくりとなることを書いた。みなさんにとってランナー的生活が、世界が苦悩する金融新秩序構築への努力やスイスの周回27キロの「加速器」が模索する素粒子世界のわくわくする展開とはまったく別の次元で淡々と、営々と「金メダル」へ向けて持続されることを願う。

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自分だけの金メダルを獲ろう
2008年9月 小坂井 章

 かしましく北京五輪が終わりました。まじめに応援しようにも、いくつもの「順調な仕上がりを偽装」した出場には落胆させられ、「日本で育ったらしい」高速ランナーとか日本人コーチが育てた強力チームなどのライバルにも歯が立たず、やれやれ終わったかという感じです。ちなみに、社交儀礼もあってメディアの前では日本の関係者たちにも感謝してくれたマラソン優勝のワンジル選手は、実は世界一のマラソンコーチであるガブリエル・ローザの指導を受けるために日本を出たのです。日本伝統の我慢比べだけでは、暑い夏でも普通のスピード・マラソンを走ってしまう超絶走法には対応できるはずがありません。

さてと、私は千代大海並みに十数回ものカド番を脱しつつある一介の故障多きランナーですが、今年、同様に「脱皮」に成功しつつある我がクラブ、タマランの皆さんと一緒に、自分だけの金メダルを奪取したいと思っています。その意味で、「僕には金色に輝いて見えました」と語った銅メダリスト谷亮子選手の夫(プロ野球選手の谷佳知氏)の言葉は示唆的だと思っています。そこには、睡眠時間を削りながらの育児と仕事(ここでは柔道)に、ともに取り組んだパートナーの感触、感謝、感動があるに違いないのです。

「僕には金色に輝いて見えました」。この言葉を単なる比喩とみるか、リアルな実感とみるかが、「自分だけの金メダル」への鍵だと思っています。量から質へ、他と競うランキングやタイムなどの数字から自分が実感できる感動や充実感を生むランナー的生活へ。

 21世紀的課題は、自分も、我家も、タマランも、そして日本も、みんなが自分にとって最高、最善の金メダルをいっぱい獲ること、及びそれを実現できるような環境づくりとなります。

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真のスポーツとは
片芝 年信   2008年8月  

 最近の陸上競技大会でハードルの設置位置ミスのため選手が転倒したという記事がありましたが、30年ほど前の東京六大学対抗戦の110mハードル決勝でも同様のミスがあったそうです。10台目のハードルが1mほどゴールよりに設置されていたため、ひとりの選手を除いて全員ハードルに脚をとられ、転倒者も出ました。 

しかし、ハードルの設置位置が違うことにも気がつかず?悠々と1位でゴールした早大の選手がいました。オリンピックのような大きな大会でこのようなミスがあったときはどのように扱われるのかは知りませんが、瞬時の判断と反射神経でいかなる変化にも対応して最大の力を発揮するのが真のスポーツでは?・・・という見方もあります。 

29回オリンピックを目前に控えて世界の目が北京に向けられていますが、表向きのルールやお祭り騒ぎのメダル争奮戦の陰にスポーツの本当の姿があるのではないかと思います。 

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蓼科合宿
小坂井章 2008年7月

19日から海の日まで今年も蓼科へ。約10名参加して会員の別荘へ二泊。コースは鹿の湯-おっこと亭-深山-牧場-美術館の周回を基本に。メインの二日目は28キロを自由に強化練習の人、リハビリ確認の人、癒し走りの人、織り交ぜて高原の好天下。庚耀美術館、原村クラフト市、樅の湯、鹿の湯でアクセント。早出の成果で行き返りの高速も順調。

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走るという身体感覚を研ぎ澄まそう
小坂井章 2008年6月

今や日本の顔の一人となっている国谷弘子さんは皇居で走っているようだが、それには彼女のお父さんが山登りを励行していたのは「登山により自分の存在感が実感できる」と言っていたことの影響があるというようなことをどこかで書いていた。私もあるときから、走っているときが自分が生きている証しを最も体感できるときだとおもうようになった。

それが脳まで総動員する全身運動であるからか、日常の雑念を払うには最善の集中力を生むからか、理由は知らない。
しかし、方向の定まらない頭でっかちになりがちな現代人にとって、自己充足と自分の存在感を確かめられるようなジョギングやランニングは、身体感覚を取り戻すべき時代の特筆していい必須アイテムとしてお勧めしたい。

そもそも人の細胞が分裂していき皮膚、脳、神経なんかに枝分かれていく成長過程からすれば、皮膚感覚ょ含む身体感覚と脳の思考は一体だろうから、人間は、脳だけじゃなく、その身体の表面積全体で思考するといっていい。走りながら足の裏が考え、脳が地表に触れているなんて想像すれば、なんだかすごいことになってきそうだ。

そんなわけで生きているアリバイを証明できる身体感覚というものは、もっと磨く必要があるかもしれない。そしてこの感覚を共有できたグループほど、互いを信頼し、協力関係を築いて生き残るためのインフラを持つことになる。

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桜のトンネル・小平グリーンロードを走る
2008年5月 池田 春寿

 タマランの例会コースの一つであるグリーンロードを紙上周回してみましょう。タマランの誇る走環境のすばらしさが改めて伝わってきます。以下は、「祖先と共に生き、人と共に生き、自然と共に生き、地域と共に生きることを生活価値観とし、人と人、人と自然のコミュニケーションをテーマにサイトを展開している「ともいき」(http://www.tomoiki.tv/)にリンクされている会員池田春寿さんの“走作”活動の成果です。
 
 桜の季節はタマラン例会でグリーンロード21kmがいつものコース。しかしお天気と開花状況によりその爽快感、満足感が異なる。323日はちょっと早く、30日は天気がどうか? 幸い29日の土曜日が絶好の青空とソメイヨシノがほぼ満開、単独のジョギングで、写真撮影を兼ねての21kmとなった。皆様に楽しみを感じていただければ幸いです。

 家から最初の路地を曲がった途端に朝陽が東の路地一杯に輝く。多摩湖線沿いの国土交通大学前の桜花の彼方に下弦の月が残っていた。右折して警察学校へ向かう路地端に黄色い山吹が朝日を受けて桜に負けない輝きを。そして最初のお花見スポットは警察学校旧正門から喜平橋までの見事な満開の桜並木、朝日に輝きだしたところでした。 


(玉川上水・喜平橋近くの警察学校前) 

 喜平橋から玉川上水を東へ、一面にカンゾウの芽吹きが先日山菜として味わった酢味噌和えのおいしさを連想。この辺りの桜は主に山桜でまだ一寸早い。

 小金井公園には脇から入り寒緋桜が通年よりは遅れて展示の機関車を背景に満開。小金井公園の花見の中心は江戸東京たてもの園正面、両側のソメイヨシノ。大勢の場所取りの人達に昼の花見の宴を想像しながら通過。 




(小金井公園・江戸東京たてもの園前)

  みんなの広場、ラジオ体操の人達の間を抜けて北東門は若いピンク系の桜が暖かい雰囲気で人気スポットの一つに。小金井公園全体では東西に桜の品種が多く34月長期間楽しめるのが通年ですが、今年は開花が遅れました。

 ここから馬の背と呼ぶ、石神井川の源流に近い土手を左に、花小金井駅・小平駅方面に向かう3km程が花街道ボランティア活動の中心地。桜のトンネルが続き、都の水道管を踏みしめながら、両側の花壇見回りを兼ねてのジョギング。

 

(花小金井南公民館)

  途中たけのこ公園、ふるさと村、アジサイ公園が次々に現れる。桜以外にもキブシ、花壇では水仙、アネモネやクリスマスローズなどを確認しながら通過、萩山駅辺りには山桜が多く咲き始めたばかり。八坂駅の手前を野火止用水と交差して右折、大好きな明るい紫のショカツサイが用水の両側、朝陽に映えて美しい。草門去来荘前を通過してしばらく行くと一部埋め立ての明治学院高校脇の桜並木も満開。



(野火止用水・明治学院高校南側)

  そして今回こだわりの東野火止橋脇のキブシは期待通りの開花で初めて花盛りの撮影に成功。
多摩川の水が流れる野火止用水には沢山魚も泳ぎ、水鳥も訪れ、東大和駅東には蛍を飼育している浅い小川が流れており季節になると野生に近い蛍が見られるところ。

 上水小橋で再び玉川上水に戻り東へ。立川通りを過ぎて、まもなくNHK取材もあった森田さんのオープンガーデンは野菜や花、最近そば・うどんもメニューになった扉のない休憩スポット。グランド周辺の桜が満開の小平中央公園で終了。



(玉川上水沿いの森田オープンガーデン)



(玉川上水沿いの小平中央公園)

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走友会なのに体操をやらないタマランはDan−Ran−Run
2008年4月 小坂井 章

 東洋医学では、健康と病気の中間に亜健康と未病というグレー・ゾーンがあるのだそうです。たいていの人はこのカテゴリーに入ってしまうので、たった一つのDNAから進化してきた人間たちとはいえ、40億年かけてここまでくると個体差は微にいり細にいりグレーゾーンの態様も千差万別となる。

 オイッチニ、オイッチニと足並みそろえる団体体操や金太郎飴的グループづくりが嫌いな私がそこにいたことと、会員はひとつの合宿所から同じ条件で練習に集まるのではないことが理由で、わがタマランでは走前のストレッチ体操も各自にお任せ。走後の体操やラン最終段階でのクールダウンもあなた任せです。しかし、亜健康・未病のからだにはこれらが必要なことはいうまでもない。特に、無理が利かなくなり、ほころびが出てきたからだは丁寧に使ってあげることが本当の自己責任でしょう。

 そんなこともあって、タマランでは今月から、走り出しの1キロ程度は70歳以上の「名誉会員」を先頭に敬意を持ってゆっくりと進み、団欒ランをしながら体を温めて始めることになった。

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やっぱりマラソンはやめられない
2008年3月           小坂井

 昨年から始まった東京マラソンは、今年、「おしゃれ」の一つに定着した、と報道されています。参加者の年代は若めになり、30歳代と40歳代で過半数(60.1)70歳代はたったの1.0%。タマランも出場19名中10名が60歳を超え、レアメタル(希少金属)ならぬレア・ランナーです。 

応募者15万人が走りたがった目抜き通りを、“選ばれた”約3万人がそれぞれの思いを背負って走り抜け、好天にも恵まれて昨年96.3%であった完走率はさらに上がったらしい。予想タイムの集計では、「100人を引き連れて走るサブスリー」といわれる2時間台のランナーが6.0%と比較的多く、3時間台29.5%、4時間台33.5%、5時間台20.9%、6時間第10.1%。マラソン最高齢は男性84歳、女性77歳。 

でも、ランナーはスタートすれば一人っきりのドラマだ。絶対ゴールまで行く、という意欲が脳をコントロールし、「涙の数だけ強くなれる」という信念が痛みを抑えてくれるはずだ。「緩やかな連帯」が時代にマッチしているといわれるランニングだが、スタートから5キロまでは連帯過剰で混雑がひどく、私も接触ではじめて転倒しました。 

私は半年ほど前には「東京」を4時間を切って走る事を今年度の目標にしていましたが、その後いろんなトラブルが重なり、段取りははかどらず、スタートに立つことへと目標は大きく後退。どうにか慢性のアキレス腱炎は走れるところまで治ったものの、走りこみが出来ないままに当日を迎えた。ウエストバックに中途リタイヤに備えてビューカードと30キロからの常食Snickersを入れ、不安を打ち消す呪文「わくわく、うずうず、うきうき」を何度も繰返し、紙ふぶきの中のスタートとなった。

 人間は、設計にない出会いを通して大きくなるんだ。半年もコンディションを整え遠いゴールへと自分を駆り立てるフルマラソンには設計図のない独り旅だ。30キロ以上も来て自分のすべてをつぎ込んでいるときに、You can change(走りきれば君は変われるよ)なんていう励ましの声をかけられれば、勇気とうれしさと辛さがない交ぜになり泣けてさえくるものだ。そして涙の数だけ強くなれる。 

今売れっ子の脳科学者の茂木健一郎氏によれば、科学的には予測できないものも人間は決めることはできるらしい。ゴール(目標)にたどり着くかどうかは「意欲」がすべてを決める鍵となるが、まずはスタートにつける自分がそこにいるということが絶対条件となる。

思い出しついでに、故阿久悠さんにかわり、「走る詩人に拍手を!」を添えて、タマランの心優しきランナーたちに心からの激励といたします。 

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拍手を

 風の姿をした勝者のために拍手を

 賞賛と羨望を半分ずつ

 風になれないロマンチストから

 拍手を

 なぜ走るのかという偉大な不可解を

 不可解のまま納得させてしまう

 すばらしい勝者に

 地球の残り少ないロマンとして

 これは

 永遠の不可解にしておこう

 なぜなら

 また走る姿を見たいから

 

 42キロ195メートル 

 あなたは

 その足裏で地球の言葉を聴き

 それをぼくらに伝えてくれたのだ

 拍手を

 走る詩人に拍手を

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六十、七十 ハナタレ小僧
2008年2月 片芝 年信

 「六十、七十ハナタレ小僧、男ざかりは百から百から」と、100歳を迎えて20年分の彫刻用原木を購入し、107歳で亡くなるまで創作活動を続けた彫刻家、平櫛田中終焉の居宅が小平市玉川上水沿い、商大橋のところにあります。昔、ジョギングの途中で立ち寄ったときには入館料が無料だったのですが、その後、平成6年に居宅(記念館)に隣接して展示館が新築されて、「小平市平櫛田中彫刻美術館」と改称されています(入館料300円)。

 「いまやらねばいつできる、わしがやらねばだれがやる」と書かれた97歳のときの書が記念館の客間にかかっています。中庭に鎮座する直径1.6m、重さ5.5トンのくすのきの原木があり、これを眺めていると、3度目の切腹手術をすませ、呵呵大笑して東京マラソンに備えるタマラン(玉川上水ランナーズクラブ)の最高齢会員である岩永翁の姿がこれに重なります。

 高齢化が進んだとはいえタマランのメンバーもまだまだハナタレ小僧、走りざかりはこれからこれから。

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「まさか」や揺らぎの向こうへ
2008年1月 小坂井 章

あけまして おめでとうございます。また歳を重ねましたね。そのたびに生きる術はうまくなり、心は言葉を超えて力を持つようになるものと、ずっと思ってきました。でも、相変わらず急勾配の「まさか」には遭遇するし、平坦な道にいるときにさえも揺らぐ人生に戸惑う日が続きます。天をしろしめす神はどこまでも厳しいようです。  

古くから、生体には恒常性を保つしくみがあると考えられてきました。体温や血糖値は生きていくうえで適した正常な範囲が決まっていて、そこからずれるとフィードバックによって調節されると考えられています。でもそれは、もしかすると正常値が決まっているのではなく、環境の中でゆらいでいるのが実態でしょう。だから、生身のからだを土台にして走っている私たちもまた、ゆらぎの中で日々を過ごしているというのが常態だと思います。 

なにが正しいなんて絶対的な価値観はないのですから、生活も走り方も練習もいろいろ。決まったやり方を背負い込むより、そのときそのときの状況でゆらぎつつ適応できることこそ究極の能力ということでしょうか。ほんとうの自分とか、正しい走りとかいう幻想にとらわれず、迷い、苦しみ、悩みつつも今日を走り未来に向けて適応するのが普通なんだと考えると、「まさか」にも揺らぎにも、少し心に余裕ができますよね。 

 今年も「まさか」を上り下りし、揺らぎに耐えながら、できるかぎり継続する工夫をいたしましょう。

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