| 2003年-2004年に考えていたこと (下の目次から読みたい記事をクリックすると本文へ飛べます) |
| ●最近の走りの中での風景 ●レースに自分の美学を ●イチローはすごい奴だ ●ランナーの成功者 ●群の境界から ●鍛錬して彼の岸へ ●足が未来をつくる ●羯諦羯諦、波羅羯諦 ●肉離れ治って、ハッピーに走ってます ●走れ、サル軍団! ●引き篭らずに、一歩前へ ●削ぎ落として未来を ●走る勇気、走らない勇気 ●前傾できる人、できない人 ●取材とパワー・ウォーキング ●地球は秒速466メートル走 ●ランナーの心身リフレッシュに塩谷式正心調息法 ●減量したい人に朗報 ●友がみな、われより速く走る日に... ●感動できるのはあなただけ ●一年がかりの失敗-荒川マラソン ●環境づくりで19年 ●バブルも空洞化もない60歳のタマラン |
2004年12月 小坂井 章
いまの私はキロ6分ペースがかなり早い。巡航速度は7分半くらいかとおもっている。特に夕暮れ時になると、6分は非常に早く感じる。落ち葉が敷き詰められている玉川上水はこのペースでは危ない。いたるところに測量跡の杭や切り株や樹の根っこが顔を出しているからだ。しかし、この道は20年以上の知った道だから、かなり暗くなってもたいていは避けている。
もし読者ランナーが鷹の台周辺の玉川上水を走ること、あるいは歩く機会があるなら、是非、鷹の台橋から東へ2キロ、あるいは西へ4キロ(玉川上水駅)辺りまでを探索してほしい。東京百景の玉川上水側道の中でも最も季節感のある、嬉しいコースなのだから。私はここら辺を「銀座」と呼んでいる。仲間が一番よく使うコースでもあり、遠くからのウォーカー、近所の散歩の人も最も多いコースだから。ここを自分らしい走り方で、耳元に風を感じながら走れるということは、本当に生きていることを実感できランナー冥利に尽きるものです。
このところは青梅を6分ペースで走りきることを当面の目標と考えて過ごしているが、そのために脚に衝撃のこないような走法に変えている。着地時間を長めにとり、脚腰の運びにはナンバ歩きの技術を取り入れ、心は半眼の感覚が丁度よさそうなのです。
読者ランナーのみなさんの心の風景はどんな風?
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レースに自分の美学を 2004年11月 小坂井 章
レース・シーズン到来。自分らしいレースができることこそ、至福。そこで、「らしさ」とは何かについて考えてみる。
ペース配分。以前は後方強襲型が好きだった、と想いだす。近年は安全指向で、イーブン・ペースが信条になった。
目標の立て方。本気で目一杯走るか、別の本気レースの練習台(捨てレース)にするかという選択。これは、レースごとに着順を争うのではなく、自分のランナー的生活の中で位置づけるのが市民ランナーとしての本道だ。
ランニング・スタイル。できるだけ楽に行く。これに尽きる。楽に走るために何をすればよいかを普段から考えることが大切だ。
本質的なことは、レースを走る自分の姿のなかに、自分が培った美学があればよいということだとおもう。
事情あってレーサーとはさようならをした私は、しかし青梅と荒川にエントリーした。青梅を6分ペースで走りきれれば、荒川のフルも6分ペースで走れる、と信じている。私にとって、フル完走は新しい夢になっている。
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イチローはすごい奴だ 2004年10月 小坂井 章
10月2日は珍しく昼前からテレビで野球観戦となった。マリナーズのイチローが84年の時を越えて一シーズンのヒット最多記録257本を塗り替えた。この百年モノの興奮が球場は勿論、遠く日本のたくさんの茶の間でも味わえたはずだ。玉は磨けばみんな凄くなるのであろうが、イチローの凄さは玉を感じさせない謙虚さにもある。まるで本人だけは、「これまでの野球人生で一番よい日」なのにアドレナリンが出ていないかのようだ。タガが外れないのだ。そして「残り試合の10打席ほどのシーズンをしっかりと終わる」ことを達成直後でも口にしている。明日のことをしっかり考えながら呑むというのは、人事不省に陥らないための呑み方なのである。
毎日走っている幸せな面々には、もう修羅場もなければサプライズも少ないことだろうから、この種のアドレナリン噴出は嬉しい活力の元となることでしょう。私の中の天邪鬼は、急にアドレナリンが恋しくなったようで、ここしばらくはどきどきしながらのジョギングになりそうだ。また美味い酒を飲む口実ができたというものである。同じ時代を共有する皆さんと、明日をしっかり考えながら、乾杯だ。
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ランナーの成功者 2004年9月 小坂井 章
村上龍は『人生における成功者の定義と条件』で成功者を生活費を稼げ、充実した仕事をもち、かつ信頼できる小集団に属していることと定義づけている。無論これは現役の、比較的若い人のための、時代に即した定義です。(むかしはよい大学を出て、大企業を勤め上げ、社会的地位を獲得すればよかったが、いまはすっかり変わった。)
ランナーとして考えると、走ろうと思えば毎日でも走れて、体調もすこぶるよく、必要があれば仲間に加わって心を癒すことができる、っていうようなことかもしれない。こんな人はランニング愛好者には山ほどいる。アテネのマラソン・コースのように、毎日平らかな日など一日もないこの頃だが、充実感は目標の達成感であり、それには目標がなければならない。そして目標が立ったら、スタイルは様々であってよいが、慌てず、焦らず、諦めずに、前へ、前へ、である。そして自分だけの金メダルを誇らしく手にすれば、それでいい。
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2004年8月 小坂井 章
しばらく走れなかった事情から、集団の外から「群」を見る機会に恵まれました。「群」とは、二十周年を超えているタマランのことです。
ただ走ることを目的に週に一回集まる。「タマラン」は昔からあまり整然としているとは言い難い集まり具合でよしとしてきました。表向きの行き先だけが知らされて、同時にスタートした後は勝手に行って帰ってくるという楽なメニューを続けています。しかし、特に教訓もなければ、説教もなく、一緒のストレッチさえないのです。これなら、いったい群れる必要があるのだろうかとも思わせるのが、しいていえばタマランのよさでした。健康上の目的や独りではできない事情があって、一緒にいたほうが楽なのだろうと想像できる。とにかく手段として走ることが何人かでできるので集まる、と思われていたのでしょう。
でも、改めて見ていると、群れたいとは考えていないようでもあるのです。来てはみたものの勝手なコースや時間のずれを創り出して妙な独自性を発揮して面子を保っている人もいる。それでいい。「群のなかの群」を作るという離れ業もたまにはある。それもいい。でも、それが気晴らしやアクセントをつける程度ならいいかもしれないが、「共通であるはずの基本」を外すと面倒になるのであろう。それを避けるための「50人限定」は確かに生きている。長い間になんとなく築かれてきた「基本」はなんだったのかは。あとでわかる。それでいい。結局、「継続」がモノを言うことになるのです。タマランにはしてはいけないことがないかわり、しなければならないこともないのです。
最近、だれかが点呼をしようと言い出して、群れているのだぞといわんばかりに点呼を毎回することにした。それでも輪に入らずにあっちの方で番号を言う人もいておもしろい。
町内会っていうのがあります。大体は頼まれてやらされる。時間のある人が「だまされて」やる羽目になる。中には群をリードするような資質のある人もいるから、だいたいはそこからトップ・ダウンで事が運んでいく。違う道筋をつけるとたちまち混乱するから、最小限に働くを旨とする。ある意味で親睦会の要素をもつので、何度もあまり実効のない会を開く。だからしなければならないことやしてはしけないことがどんどん出来てくる「危険」もある。しかし、時間がたつ事を第一に考えており目的達成の意識は薄いから、いざとなったときにどこまで効果があるのかだれもわからない。わかる必要もない。
タマランを町内会にしないためには、「正直に」走ることを目的にしてしまうのがよい。その他のことは全部おまけである。ランナーズクラブの場合、「群」の問題はこれですべてが解決するのです。
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2004年7月 小坂井章
千日の稽古を鍛、万日の稽古を錬、と五輪の書で宮本武蔵がいっている。型から入るのが、日本の伝統だ。LSDはもちろん練習の型、タマランでは朝練は生活の型、走るというのだって生きていく上での立派な型。理屈抜きに繰り返す所から、技の極意が会得できる。でも、そのことを知っててやるのと知らないでやっているのとでは違いが出るだろう。
ああすればこうなるという思い込みが都市化した現代に蔓延する、とは養老孟司さんの戒めである。走りすぎれば怪我をする。呑みすぎれば人事不省になる。犬も歩けば...。みんなで渡れば...などなど。その中には本当もあるし、いい加減もある。世の中には、筋書き通りにいくことも多いだろう。しかし、そうやったってああはならないことも多い。都市化した頭のなかに、癒しの田園なんかあるわけがないのだ。
足が未来をつくる
2004年6月 片芝 年信
「足が未来をつくる」という本を読みました。どんどん進んでいく視覚中心文化への警鐘です。
ニューヨークのトレード・センタービルが一瞬のうちにドミノ倒しのように崩壊する映像は、声や匂いや手触りのない視覚のみが異常に発達した現代の象徴です。
視覚は他の四感と違って遠隔的で、ニューヨークで今起きている大惨事を身の危険を感じることもなく東京から眺めることができます。テレビ・ゲームの仮想現実と区別がつかなくなってしまっているのです。
視覚に偏重した情報過多の状態を放置すると、人は目玉だけが異様に大きな異星人のようになってしまいます。また、視覚偏重の文化には肉体活動がありませんから当然足が退化していきます。
都心の道路は絨毯みたい・・・5月21日の東京シティマラソンでお堀端を走りながら感じました。
4年前に走ったニューヨークのアスファルトを足が覚えていて、足の裏のタッチ、靴の底ざわりで東京とニューヨークの路面を比較しているのです。
靴底から伝わるメッセージをとおして足は地面を分析します。眼のために、より多くのものが見えるよう距離をつくり出してやるのも足です。
人類が将来、五感を総動員して見たり考えたり出来るようにと、足は大きな役割を果たしているのです。
さあ、足を大事にしてこれからも走り続けましょう!「足が未来をつくる」のですから・・・
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2004年5月 片乏年信
「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」
これは般若心経の最後の一節で、翻訳をした三蔵法師もここだけサンスクリット語のままで漢訳していません。サンスクリットでは「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディー、スヴァーハー」と発音します。
<往け往け、彼の岸へともに往かん> などと訳されていますが、マラソンのゴールに向かうランナーの気持にぴったりの呪文です。インドに仏教経典を取りに行つた三蔵法師が、インド僧に姿を変えた観世音菩薩から、これをとなえながら行けば災厄に遭わず、病気にかかることもないと教わつて「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディー、スヴァーハー」と唱えながら峻険な天山山脈を越え、灼熱のタクラマカン砂漠を渡りました。
私は最近、マラソンレースでこの呪文を唱えさせて頂いて、シルクロードの壮大な風景をバックに西へ西へと向かう三蔵法師のイメージで走っています。霊験はあらたかで3月21日の荒川マラソンで久しぶりに満足のいくレースができました。瀬戸内寂聴さんは、「羯諦羯諦・・・と繰り返していると非常に気持よくなります。気持がいいということは何かあるんでしょうね。呼吸法に関係あるかもしれません」といっています。 …何はともあれ、念仏をとなえながら走れる域に達した自分に満足しています。
▲この記事への感想やご意見があれば、ここからタマラン事務局へどうぞ2004年4月 小坂井 章
ジョグへの募る思い、滴る汗への懐かしさ、忘れかけている激しい練習による消耗感。
昨年四月に最初の肉離れをやってから、一年がかりのリハビリを終えて、21日に「荒川」の5キロに出てきました。予定より8分も早い42分でゴール。ブービーでした。ハッピーなブービーでした。しばらくはこのゆっくりジョギングが続くのでしょうが、とにかく走ってますので、こんなに幸せなことはありません。高知の「春うらら」も、もしかしてらこんな気持ちか?
自分のからだしか当てにならない中で、できるかぎりのことは尽くしました。「つかんだワラ」は枚挙に暇がないけれど、「再発」したらまたお世話になるのだし、感謝の気持ちで以下に記録しておくことにしよう。
*塩谷の正心調息法(宇宙から丹田へ自然治癒の力をもらう。これについてはここをクリック)
*関東労災病院のMRIとリハビリ・プログラム(科学技術により傷の影を見る)
*ほヾ毎日のウォーキングとキントレ(自分の気持ちと汗で元気な部分からサポートする)
*Dr Colagen(コラーゲン5000mgはかなり多いので、まさかとはおもうが損傷部分の物質的補給をする)
*テルネリン(筋肉がやわらかくなる薬だそうです。つれることが多かったため、かなり頼りにしていたのです)
*OB駅伝参加賞のすぐれものロングソックス(このレース代走参加が肉離れをこじらせることになったが)
*ソフト・サポーター(ふくらはぎの保温は必須)
*サロメチールとモビラート(前者は浅く、後者は比較的深く効く)
*減量用「紅茶ショウガに蜂蜜」のプチ断食ドリンク(この信頼性高い減量法についてはここをクリック )
*ビタミンCとキュウサイ青汁(遠隔から自然治癒サポート)
*スポーツドリンク(これは脚のつれるのを防ぐために必須の品)
*リハビリコースの玉川上水、そして我慢と執念の自分(自分の無償資産のなかのエース的存在)。
でも、「時は春 日は朝 朝は七時....すべて世は事もなし」(ロバート・ブラウニング)、というような平穏で幸せな気持ちへは、もう少し先だ。
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若者がケータイでメールをやりとりするのと、そっくりで、これは大昔からサルがやっていたのと同じです。人類の先祖がえりというのでしょうか?
(中央公論新社 正高信男「ケータイを持ったサル」)
サルやチンパンジー、ゴリラなど霊長類の群れは、大きくても50頭を超えることがありません。対面して関係を維持するにはこのあたりが限界なのです。
わがタマラン群団も生き物の集団ですから、言葉抜きで通じ合えるのは50人前後が基本といえます。
相手が視界から消え去ったときに社会関係を維持するためにおしゃべりをし合うのは、人類のみが持つ高度な社交術だそうですが、タマラン群団にはランニングという更に高度な意思伝達手段があり、ただ黙々と走るだけで何もかも皆が暗黙のうちに納得してしまう世界があります。「話せばわかる」でなく「走ればわかる」です。
人類の先祖がえり、コミュニケーションのサル化に乾杯!
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引き篭らずに、一歩前へ
2004年2月 小坂井 章
このところ月に200キロのペースで歩いている。このパワー・ウォーキングもMaxでキロ当り7分台に入ってきたが、それでも軽いジョギングよりずっと遅い。しかし、人類、そのむかし四足の時代もあったようだから、数百万年の進歩には感謝する必要があります。
他方、最近の園児のなんと六割は、自然に立っている状態で足の小指や薬指が浮いている「浮き指趾」といわれています。これは後ろに重心が懸かっているということです。冗談でしょうが上り坂を上れずに後ろへひっくり返る子もいるといいます。ランナーの皆さんは前傾して走れるばかりでなく、前懸かりに人生を営んでゆける人ばかりだと思いますが、これは長い人類史上では希有なことなのかもしれません。
そもそも二足歩行は、水辺での生活のためとか、サバンナで遠くを見るためとか、高い樹の実を取るためとか、両の手に一杯持てる者が有力者として適者生存してきたとか、その生い立ちははっきりしていないらしい。一番古い現代人の祖先の足跡はイタリアで見つかったもので、斜面を降りながら、時々滑って手をついているものらしい。結局、私たちは後傾したり、迷ったり、手をついたりしながら、危なっかしい二足歩行を続けながら生活しているようですね。
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取材とパワー・ウォーキング
2003年9月 小坂井 章
去る9月5日に玉川上水駅付近の緑の木々の間において、谷川真理さんとの歓談の風景が取材されました。東京MXTVの取材です。テーマは「玉川上水」の紹介なので、クラブのことは簡単に済みました。谷川さんは、こういうところで走っていて嬉しいことはなにか、と訊きました。玉川上水は私にとり当たり前の日常であるため、改めてなにが嬉しいかと考えました。この自然環境があるからこそ嬉しいことといえば、天候に関係なく走れる緑の屋根と長い土の道、そのたった一本の道筋の上で生れるたくさんの出会いに尽きます。突然の質問にそんなことをたどたどしく答えながら、果たしてもう一度走れるようになるのかなあとちょっと不安な気持ちになりました。
最新のリハビリにもかかわらず六回目の肉離れを八月初めにやってしまった後、私の毎日はパワー・ウォーキングを中心に回っています。現在、キロ9分のペースで歩けるまでになり、基礎が出来たら競歩的な歩きにバージョンアップしようとタイミングを図っている所。いろいろな事情で走れなくなっている仲間にも、多少の応援になればよいとも考えています。治療は自然治癒の促進から、気持ちは我慢と復帰への執念で。
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地球は秒速466メートル走
2003年7月 小坂井 章
地球は足元で秒速466メートルで動いている。そんな危うい世界ではランナーの生活だって、なにが起きるかわからない。四月から肉離れという厄介な怪我を背負い込んだ為、余暇時間が格段に増えました。これを利用して、どこまでも前向きに、今生きていることに感謝しながら、愚痴ることなく、安静とリハビリと腹式呼吸の毎日を過ごしています。
この際、怪我・故障の読者にご案内します。走ることを辞めたくなければ、次の点を理解する必要があります。どんな場合も治療の基本は我慢と復帰への執念であること、そして運悪く完治する確率が非常に低いとしても絶対諦めないということでしょう。僕の肉離れの遠因には、多分、五歳のときに足の親指の付け根の神経を切断してしまった事故があります。足底筋、アキレス筋はこの20年来頑張っていたようだけど、下腿三頭筋は疲労を処理し切れなかったのかもしれません。しかし、こんなことは偶然の積み重ねに過ぎず、殆ど不可抗力です。ですから、ひょっとしたらこの休養のおかげで10年後の70歳代以後も元気に走っていられるための保証を、早々と天から授かったのかと前向きに考えるようにしています。
確かに「思うようにならない毎日」はいやなものです。SMAPもヨゾラノムコウで「すべてが思い通りにはならないみたい」と歌い、美空ひばりも「思い通りにならない夢を なくしたりして」と愛燦々で歌っています。だからといって、人生が不思議だとか人はか弱いものですねと言って走るのを止めるわけには行きません。なぜなら、そこに自分が生きているなあという感触を一番感じていたからです。
今は、正心調息法の腹式呼吸で、愚痴らずに前向きに、キントレと自転車も利用して、カムバックの可能性を探っています。万策尽きるようなことになれば、地球の三周目をさらにゆっくり走ることにします。どうせ地球の速さには追いつけないんですから。
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ランナーの心身リフレッシュに塩谷式正心調息法
2003年7月 片芝 年信
満100歳を超えた塩谷 信男さんの複式呼吸法「正心調息法」をご紹介します。
深く大きな呼吸により肺胞の酸素取り込み能力を高めることは、ランナーにとつて大切なことで、タマランの根っこであるLSDともつながっています。肺の体表面積は1.5平米ですが、3億のミクロの肺胞の表面積を合計すると70平米といわれています。肺は片側だけで3000ccの空気を吸い込むことができるのに、私たちの普段の呼吸では5分の1の600ccしか使っていません。肺の能力を最大限に使い、普段の呼吸の五倍以上の空気を吸い込む呼吸法、1日25回の複式呼吸で、故障で走れない人もOKです。
大まかなところは次のとおリです。
1.「正心」・・・先ず姿勢を正し(手は鈴の印を組む)、心を正す。
1)前向きに考える、2)感謝する、3)愚痴らない
2.「調息法」
1)吸息 (息を吸い込む)・・・宇宙の力を体内に取り込む。
2)充息 (息を止める)・・・臍下丹田に押し込める。肛門を締める
3)吐息 (息を吐き出す)・・・地球の中心へ老廃物を吐き出す。
詳しく知りたい方は:
「真和界」 柿内 敬明 様へ(講習会などもやっているようです)
〒134−0088 江戸川区西葛西5−8−7−303
Tel.& Fax 03−3686−6052
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減量したい人に朗報
2003年6月 小坂井 章
休養を余儀なくさせられたようなランナーのための「絶食ダイエット」について説明します。理由は、面倒くさがり屋のふとりがちランナーにとり、簡単で効果がある優れものであるからです。
細部まで行き届いていて合理的で安上がりな代替的な健康維持法の一つです。
カロリーのとりすぎ、代謝不足が肥満の原因だとすれば、栄養バランスを維持しながら一食を抜くことを苦痛を伴わずにできれば、なにかの都合でいつものようには走れなくなっているランナーならずとも、朗報のはず。事実、我がタマランでも、さっそくこれを実行している人がいます。 以下はその基本原理だけを述べますが、詳細ならびに応用には、医博いしはらゆうみ著「プチ断食ダイエット」(サンマーク出版)でどうぞ。
朝食の代りに紅茶二杯程度にしょうがのおろし汁を入れ、はちみつか黒砂糖で甘味をつけて飲みます。これでおしまい。
体温を高めに維持し、代謝特にDITと呼ばれる食事誘発性熱代謝を促進し、栄養バランスを維持しながら「水太り」、「冷め太り」を解消します。昼飯まで空腹感もなく、準備も簡単なので、継続しやすいことがありがたい特効ダイエットです。一日3・4回のしょうが紅茶を飲み、他の水分を控えて三ヶ月。これだけで体重5キロ、ウエスト70から64センチに減った例もあるようですが、もともとの太りすぎはいないはずのランナーでは、そこまでやらずとも十分とは思います。
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友がみな、われより速く走る日に...
2003年5月 小坂井 章
「これから頑張って始める」って言うのはよくあることだけど、今日からやらないようにするって言うのもあって、こっちの方が案外難しい。右のふくらはぎがたいした理由もなく肉離れして一週間ほどウォーキングも駄目という状態になり、それから「今日から走らない」って言うのを工夫している日々が続いています。しかも、二週間で完治したかのようだったので駅伝に出て最初は注意深く走っていたものを、最後だけちょっと気持ちよくスピード上げたところ、また同じ場所に異常が発生。また「今日からやらない」のやり直しとなってしまった。必ず復活するには、相当の覚悟が必要と、思い知らされたわけです。このため、次のような方法と考えで過ごすこととなりました。他山の石としてください。
*代わりの運動−1セット50回を目処に、オール漕ぎ、腹筋左右、腿上げ左右を、一日に2セットやる。腹筋は斜め筋を強化することが腹をへっこませるポイントであり、スクワットよりも腿上げを選んでいるのは、走るためにはブレーキをかけるより足を上げて前へ行くことが大事と考えているからだ。
*代わりの飲み食い−ちょっと摂取カロリーを抑える。これには、しょうが紅茶ダイエットもどきをやる。これはとても合理的に考えられている簡単でよく効くダイエット法で、大学の教授が「絶食ダイエットのショウガ紅茶」っていう本を出し、よく売れている。
*代わりの時間−一・二週間も走らないと精神衛生上好くないので、日常の仕事を事細かに課して忙しげに過ごす方がよい。せっせと映画やドラマを観賞し、読書で時間を消費する。
*代わりの考え−また走りたければ、意欲的にケアを続けると同時に、簡単には治ったと思わずに、からだに合わせて走ることだ。偶然の故障なんてないだろうから、いつまでも走っていたければ40億年もかけて大自然から頂戴したからだを大事にすることだ。
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感動できるのはあなただけ
2003年5月 小坂井 章
ちょっと古い会報をめくってみたら、1996年12月号に、河口湖、筑波、大田原などに20名がフルでスタートし、16名が完走とある。なんと、今年荒川のフルひとつだけで、我がタマランからは21名がエントリーし全員完走した。
努力の甲斐と意外性に満ちているフルマラソンは、それに向いているヒトならもちろん、体質や気質が向いていないというランナーならばなおさら、大きな達成感があるものだ。
夢と希望とちょっとの勇気から始まるランニングの練習も、継続さえすれば、やがて60兆の体細胞は強く、元気になり、42キロのかなたまでこころざしを運んでくれる。ゴールでの感動は万物の中でヒトだけの特権だろう。
まだその感動を知らないランナーは、フルに挑戦することの価値を知ってほしい。生きている喜びを最もよく感じることができる瞬間を、フルマラソンは用意してくれている。
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一年がかりの失敗 - 荒川マラソン
2003年4月 小坂井 章
年に一本、しっかり準備して、そして大きな感動を勝ち取る。これが昨年夏以後の僕の一年がかりのフルマラソン戦略でした。だから精一杯仕上げて、雑用も懸命に片付けて当日を迎え、かなり自信を持ってスタートラインにつき、キロ4分45秒のペースを頭で確認しているだけでした。
でも、順調なのは15キロまで。30キロではすでに自分の気持ちの中の関門がクリアできず、スピードは減速するばかりで万策尽きた感じ。歩くのだけは避けてやっとの完走は3時間57分台でした。予想もしなかった背筋の詰まるような傷みに背後から急襲されて、仕事に追われたゆとりのない生活がここで災いしました。
なんのための一年だったのかな、とゴール後にタマランの旗のところで切なく考えていたときに、我がタマランの名誉会員が帰ってきました。殆どそのまま、彼はすたすたと走って荷物かなにかをとりに行くのを見て、その元気さにえらく感心したものです。その世界へ、僕もぼちぼち準備をしなければならないのです。
でも、もう一年。また一年、初めから準備しなおして、年に一度の大きな感動のために挑戦してみようと、今は思っています。じっとしていては展望は開けない。相変らずの同じ方法でやるしかないけども、今度は二年越しになるのだから感動はさらに大きいかもしれない。LSDで心とからだをリフレッシュして、Go The Distanceです。
環境づくりで19年(会員にとってのクラブの存在感)
2003年2月 小坂井 章
二月十九日には仙台でマンサクが咲いていると、ニュースが伝えていた。東大和の薬用植物園ではもうマンサクがきれいに咲いています。 春はすぐそこです、とだれもが自分に言い聞かせながら何かとあわただしくやりくりしている毎日が続いているのでしょう。この三月で満19歳のタマランです。
その昔、中村清という高名な監督が「走りは芸術だ」といっていたと思いますが、それなら天性がモノをいうのでしょうか。しかし並みの陸上部でこのことに触れるのはご法度です。普通の人間でもこころざしと修練で芸術は完成度の高いものになると思いたいからです。
問題はこころざしかもしれません。どこへ向かうこころざをもって走るのか? のんべんだらりと走る楽しさも捨て難いものの、より速くとか、より強くとか、より健康になるためにとか、より美しくあるためにとか、かなりの時間を割くからにはなにか目的があった方が長続きします。
継続は力なりとはよくいったもので、市民ランナーにとりこれほど大切なものはないでしょう。継続すること自体が美学でもありますが、こころざしをまっとうするために継続というプロセスは欠かせません。なぜなら、個人が持つ時間は無限にあるわけではないから断続的なランナー生活では「芸術」の完成がむずかしい。ましてや、ハナから思いの丈が足りなければ、あなたの持てる才覚はわずかばかりしか生かされないことになるからです。だから、練習にはケアと計画性が必要となり、生活の中でけっこう細部に行き届いた配慮が必要になってきます。これが「ランナー的生活」の基本です。
市民ランナーの皆さんは、完成する保証のない芸術のために汗を流しておられることでしょう。このプロセスを支援するための環境作りが、私たちのクラブのこころざしです。当然ながら主役は会員一人びとりであり、クラブが継続しているのも、メンバーの皆さんがそれぞれに活動をしているからに他なりません。必要な活動が残り、関心の低いことは消えていくという有機的な展開は、一人びとりのこころざしの総和といってもよいでしょう。
こころざしというかたちの熱情は、維新を動かした津和野の人たちのことを思い起すまでもなく、何かを壊して何かを生むために不可欠の要素です。同じこころざしを共有した上で個人技を磨くことにより優れた組織力を生む、というサッカーの組織論、企業の組織論と同じことです。タマランが19年継続してきた玉川上水のこの地を顧みれば、60兆の体細胞と宇宙の果てまでも思いを致すことができる広大な心的世界を集結させて得たタマランの価値(思いっきり大げさな言い方で恐縮)は、継続そのものにあるとも考えられます。まあ、その程度か、ということはあっても、その価値は他に比肩できないものであり、個人技を磨くための環境としては相当な存在と考えてよいのでしょう。
翻って、今日はなにをすればよいのかと現実に立ち戻ると、とりあえずタマランにとり大切なことは、「環境」を整えてそこに所属するメンバーが思いおもいにクラブを活用するのを見ているということだけです。40人以上のメンバーがいて、クラブ旗があり、毎週何人かが共に練習をし、走るという基本的に同じ動作を共有することで親交を深め、時々故障だといって休み、好きなレースにはエントリーして自分なりの満足を求め、とにかく走れるということは健康なのだと言い聞かせて過ごす。それだけで十分かもしれません。
小金井公園のマンサクも、まもなく咲くにちがいありません。Go the Distance!
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バブルも空洞化もない60歳のタマラン!
2003年1月 小坂井 章
計算してみたら、ちょうど60歳でした。タマラン会員達の平均年齢の話です。
深く考えないことにしましょう。どうせたいした意味はないし、「平均」って言うのは、寿命でも給料でも、自分個人とは別世界のことなんだから。
でも、タマランは1984年に生れてから、19歳。まだ、からだも頭脳も?初々しい限りです。その昔、玉川上水沿いで見知っている人たちに声をかけて始まったこのクラブは、一貫して楽しい健康ランニングを続けてきました。最初は(近くにアジア大学陸上競技部の寮があったこともあり)勝つこと至上主義の人たちも混ざっていたのですが、だれかにリストラされてしまいました。同年三月の発会式では東京陸協役員の故谷中啓蔵さんや二名のアジア大の学生さんを含めて19名が出席しましたが、19年の間には転居など生活環境の変わる人も多く、現在、その当時から在籍している人といえば三人だけとなりました。翌年三月に第一回の総会を開いたとき、LSDを柱に健康づくりをしていこうという趣旨に賛同して残ったメンバーは17名。
このころ女傑としてすでに高名であった細野政江さんはランナーズ主催の10時間走に入賞し、最高齢の村山げんさんと田中利一さんは東京マスターズのそれぞれ65歳以上と50-54歳台の1万で優勝しているなど目につく成績もありましたが、どちらかというとマラニックやタマラン・カップに新鮮な感動を覚えたものです。(タマラン・カップは、時計なしで自己申告タイムどうりに走った人が優勝するという方式のタマラン・オリジナルのレースで、大分長く続けることができました。滅多にもらえない大きなカップをだれにももらえるチャンスがあり、よかったのですが、どこにも時計ができてしまって邪魔になり、結局は都会化の波に流されました。)
1986年になると、後に「21世紀のランナークラブ」を提言された片芝さんや若かりし本間さんが加入。その後は勝本さん、荒木さん、小林正則さん、それに高木さんなど続々加わってついに鳩ノ巣までたびたび走るようになり、トータルのパワーが最もあったときといってよいかもしれません。
21世紀にいる今、タマランが創設当時と大きく変わったと思うことは、タマランだけに所属して活動している会員がとても増えたこと、フルマラソンを走れるランナーの比率が著しく高くなったこと、定期練習の朝練への参加率が非常に高くなったこと、それから、まだ少し未熟だとは思うものの担当者制の運営で21世紀型の立体的かつ不定形な(必要に応じて連携が取れる、まるでレアルやユベントスを見るような)ネットワークが見えていること、電子メールでのやり取りが生れていることなどです。一言でいえば、タマランに空洞化やバブルはなかったということです。
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