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歌劇「イーゴリ公」より“ポーロヴェツ人の踊り”(だったん人の踊り)
(A.P.ボロディン)

Polovtsian Dances from “Prince Igor” (Alexander Porfirievich Borodin)  

・ポーロヴェツの娘たちの踊り
・ポーロヴェツ人の踊りと合唱

・Dance of Polovtsian Maidens
・Polovtsian Dances and Chorus
スコア

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 「だったん人の踊り」として親しまれているボロディンの名曲を吹奏楽に編曲しました。
 華やかな楽想や力強い律動感が吹奏楽編成にとても良くマッチしています。我が国では特に大変人気の高い楽曲ですので,聴衆からも良い反応が得られることでしょう。コンサートのメイン曲としてもお薦めです。
 原曲の歌劇通りの合唱パートもオプションとして含まれており,合唱団との共演も可能です。

 

作品データ
作曲者 A.P.ボロディン(Alexander Porfirievich Borodin)
編曲者 黒川圭一 (Keiichi Kurokawa)
発表年 2004年
編曲初演 根岸孝俊指揮/さいたま市立浦和高等学校吹奏楽部
演奏時間 約14分30秒
   ・ポーロヴェツの娘達の踊り(約2:30)
   ・ポーロヴェツ人の踊りと合唱(約12:30)
編成 吹奏楽(大編成)
編成詳細 Picc. / Fls.1-2 / Ob.1 / Ob.2(E.H.持替)* / Bsn.* /Eb Cl. / Cls.1-3(div.) / A.Cl.* / B.Cl. / C.A.Cl.* / A.Sax.1(S.Sax.持替) / A.Sax.2 / T.Sax. / B.Sax. / Trp.1(Flghrn.持替) / Trp.2 / Trp.3(Cnt.持替) / Hrns.1-4/ Trbs.1-3 / Euph.(div.) / Tub.(div.) / Str.Bass / Timp. / Tri. / Tamb. / S.D. / C.Cymbs. / Sus.Cymb. / B.D. / Glock. / Xylo. / Vib. / Mrmb. / Harp* / Chorus (SATB)* / Konchak Khan (B独唱)*
※ Perc.はTimp.含めて6人
※ *印のパートはオプション
グレード ★★★★★
調性 ヘ長調/イ長調(原調)
出版社 ブレーン株式会社(レンタル譜)
参考音源
●曲目解説
  ロシア五人組の1人である、アレクサンドル・ポルフィリエヴィチ・ボロディンは、1869年の夏に、歌劇『イーゴリ公』の作曲に入った。しかし、自身を“化学者”と称し、研究を優先させたボロディンは、『イーゴリ公』の作曲を順調に進めることができず、1887年2月15日に、ボロディンが急死したときにも、未完の状態であった。ボロディンの死後、リムスキ=コルサコフとグラズノフとが補筆しオペラを上演できる形に整え、1890年10月23日に歌劇『イーゴリ公』は初演されることとなった。
 ここの歌劇『イーゴリ公』は、中世ロシア文学の記念碑的な叙事詩『イーゴリ軍記』に基づいている。12世紀のルーシ(ロシア)では、南方から遊牧民族のポーロヴェツ人がたびたび侵入し、略奪を繰り替えしていた。これに対し、キエフ・ルーシ公国の一国ノヴゴロド・セヴェルスキーの公であったイーゴリ公(1150-1202)は、数回の討伐遠征を行った。『イーゴリ軍記』には、このうちの1185年の遠征の様子が描かれている。

 歌劇『イーゴリ公』のあらすじは、以下の通りである。

●プロローグ
 イーゴリ公は、ルーシの領土を荒らすポーロヴェツ人を征伐するために、兵を集め息子のウラジミールとともに遠征に出ようとしている。そのとき、日食により俄に空が暗くなる。人々や公の妻ヤロスラーヴナは、これを不吉な前兆とし、遠征を思いとどまるようイーゴリ公に警告するが、公は、遠征は正しい行いであるとの確信を持ち、これを聞き入れない。公は、ヤスローヴナを、留守中に都を守る彼女の兄、ガーリツキイ公の手に託す。祝福を受けた後、軍隊はイーゴリ公とウラジミールとに率いられて出発する。
●第1幕
 ガーリツキイ邸の庭では、人々がガーリツキイ公を君主として歓待している。そこに娘たちがやってきて、ガーリツキイの手下によって拉致された友人を返して欲しいとガーリツキイ公に訴える。しかし、ガーリツキイ公はそれを受け入れず、娘たちを追い払う(第1場)。
 ヤスローヴナがイーゴリ公の不在を嘆いているところ、娘たちがやってきて誘拐された友人についてヤスローヴナに訴える。ヤスローヴナは事の真偽をガーリツキイ公に糺すが、ガーリツキイ公はただ笑うだけである。そこへ、イーゴリ公と息子ウラジミールとが捉えられ、敵からの攻撃が差し迫っているという知らせが入ってくる。(第2場)
●第2幕
 ポーロヴェツ人の陣営にて。囚われの身のウラジミールは、ポーロヴェツの将コンチャーク汗の娘コンチャコーヴナと恋に落ちる。コンチャコーヴナは、父がウラジミールとの結婚に同意してくれることを確信しているが、ウラジミールはそのことを疑っている。一方、コンチャーク汗は、イーゴリ公に敬意を払い、貴賓として遇する。コンチャーク汗は、二度とポーロヴェツに刃を向けないと約束するのならば解放すると申し出るが、イーゴリ公はこの申し出を断り、自由の身になった折には、再度軍隊を編制しポーロヴェツと戦うと答える。コンチャーク汗は、ルーシ君主の誇りと心意気とにいっそうの感銘を受ける。
●第3幕
 イーゴリ公は、自身の都への攻撃を知り、脱出を決意する。イーゴリ公は、ウラジミールとも一緒に逃亡しようとするが、コンチャコーヴナがウラジミールにすがりつき、結果的にイーゴリ公のみが敵陣を逃れる。コンチャーク汗は、公の逃亡を知ったものの、追跡をさせず、ウラジミールを引き続き人質として捕らえ続け、さらには、娘との結婚を許可する。
●第4幕
 イーゴリ公は、無事に故郷に到達し、大きな喜びとともに迎え入れられ、戦列の建て直しを図る。

 このうち「ポーロヴェツ人の踊り」は、第2幕において、敗北し囚虜となっているイーゴリ公を、踊りと歌とで慰めようと、コンチャーク汗が盛大な宴会を催す場面で展開される音楽である。
 まず最初の曲は、「ポーロヴェツの娘たちの踊り」である。基本的にA-B-A-B-Aのロンド形式を取っている。Bの部分で聴かれる、2拍子で記譜されるリズムや5分割のリズムが印象的である。
 続く、「ポーロヴェツ人の踊りと合唱」は、4つの舞曲から構成されており、大きく2つに分けることができる。前半は、Andante、4分の4拍子の、東洋的な雰囲気に満ちた14小節の序奏によって始められる。続いて「娘たちの流麗な踊り」([A]〜)に入り、男女の奴隷たちによって“風の翼に乗って祖国の歌よ、故郷まで飛んで行け」と歌われる。続いて、雰囲気が一転し、Allegro vivo、4分の4拍子の「男たちの激しい踊り」([C]〜)が導かれる。さらに、Allegro、4分の3拍子の「全体の踊り」([F]〜)と「奴隷たちの踊り」([G]〜)が続く。ここでは、合唱が大声でコンチャーク汗を讃え、コンチャーク汗(バス独唱)は、“気に入ったらどの女奴隷でも差し上げよう”と気前よく歌う。
 後半は、Presto、8分の6拍子の「少年たちの踊り」([J]〜)で始まり、同じ旋律が「男たちの踊り」([K]〜)として斉奏で演奏され、合唱は汗を讃える。この組み合わせが完全4度低く繰り返された後、「娘たちの流麗な踊り」([O]〜)が2分の2拍子で、冒頭よりも幾分テンポを上げて再現される。続いて、「少年たちの踊り」([Q]〜)、「全員の踊り」([R]〜)が再現され、今度は完全5度低く移調されてこの組み合わせが繰り返される。最後は、イ長調に回帰し、Allegro con spirito、4分の4拍子で「全体の踊り」([V]〜)が演奏され、次第に速度を早めて興奮のうちに全曲を締めくくる(これが歌劇の2幕最後に相当する)。

 ところで、この曲は、わが国では長く「だったん人の踊り」という名称で親しまれてきた。しかし、“韃靼だったん 人”は、“タタール人”を中国式に表記したもので、『イーゴリ公』に登場する民族(ポーロヴェツ人)とは異なる民族である。ポーロヴェツ人は、11世紀に黒海北岸からベッサラビア(現モルドバ)の方面に遊牧していたテュルク系遊牧民たちのことで、東欧史ではクマン人とも呼ばれる。ポーロヴェツ人は、13世紀のモンゴル侵攻によってハンガリー方面に逃れ、ハンガリー人に同化していき姿を消した。
 近年、実体と乖離して慣例となっていた諸外国の人名や地名、民族名などの表記を、適切なものに是正する動きがあるが、この流れのなかで、この曲の表記も、次第により適切なものに取って代わられていくものと思われる。

 この吹奏楽編曲は,2004年4月29日にさいたま市文化センターにて催された,さいたま市立浦和高校吹奏楽部・第29回定期演奏会において,根岸孝俊指揮/同校吹奏楽部によって初演された。