夏のある日。今日もビーチは朝から海水浴に来た大勢の人でにぎわっていた。
そんな中、一人の少年が、監視台の上で黙々と見張りを続けていた。
「ケースケにーちゃーん!」
ケースケと呼ばれた少年は、目から双眼鏡を離し、声のした方を向いた。そこには、彼が『師匠』と仰ぐ人物である藤吉景太郎の子供である双子の姿があった。そして、そのすぐ隣には、彼らの家にお世話になっているピンクの髪をした、いつも星形のペンダントを首から下げている少女がいた。
「ケースケ・・・今日もお仕事、大変そうだね。」
「見りゃわかるだろ、ばーか。」
「あ、また『ばか』って言ったー。」
一見ケンカをしているように見えるが、本人たちにしてみれば、これはあいさつ代わりのようなものだ。
「コメットさん、ケースケにーちゃん忙しいの?」「忙しいの?」
「うん、そうみたい。剛くん寧々ちゃん、ケースケに迷惑かけないように、あんまり沖の方に行かないようにしようね。」
「剛くんわかった。」「寧々ちゃんもわかった。」
「悪りいな、チビたち。今が一番忙しいシーズンなんだ。ホントはもっと人数がいればいいんだけど、こんなコトでへこたれてちゃ、世界一のライフガードなんて、夢のまた夢だからな。」
「おーい、ケースケー!」
「あ、青木さん!どうしたんですか?」
『青木さん』と呼ばれた男は、その後ろに二人の人物を連れていた。
「今日一日だけだけど、助っ人を連れてきた。二人とも四国から来た大学生だ。ケースケ、降りてあいさつしろ。」
「あっ、はい!」
ケースケは素早く監視台を降りて、二人の前に立った。
助っ人として来たという大学生は男女の二人組。監視台を降りてみると、男の方はかなり大柄な体格だった。
「初めまして、三島圭佑と言います。」
「おお、君がケースケ君か、まだ若いのに感心やな。俺は松間屋大学ライフセイビング部部長、坂井四郎や。よろしく。」
男は、かなり訛った言葉で自己紹介し、ケースケに大きな右手を差し出した。ケースケも右手を出して握手した。すごい握力で、手が痛くなった。
「で、こっちが、最近入部したばかりの・・・」
「綾野渚です、よろしくね、ケースケ君。」
坂井のとなりにいた、髪を金髪に染めた女性があいさつした。
「あ・・・はっはい・・・こ、こちらこそ・・・」
ケースケは、顔をゆでダコのように真っ赤にし、目を泳がせながらしどろもどろの返事しかできなかった。
無理もない、その女性の胸は、ケースケが今まで見たコトがないような大きさーコンビニで興味本位でちょっとだけ立ち読みした青年向け雑誌のグラビアに出演していたどの女の子よりも大きいのではないかと思うほどーだったからだ。
そんなケースケの様子を横目でじーっと見つめる冷ややかな視線に、彼が気づくはずもなかった。
「ところで、こっちのおチビちゃんたちは知り合い?見たところ双子みたいやけど・・・。」
渚は、ふとケースケの横にいた小さな子供ふたりと、ケースケより少し年下と思われる女の子に気が付いて聞いてみた。
「ケースケにーちゃんのお友達の剛くんだよ。」「寧々ちゃんです。」
「わたしは、ハモニカ星国から来ました、コメットです。」
「はもにかほしくにぃ!?」
渚は首をかしげ、怪訝そうな顔をした。
「綾野!」そんな渚のしぐさを、坂井がとがめた。
「はひっ!すみません、部長!」
「すまんのぉ、コメット・・・ちゃんやったっけ?コイツはホンマ無神経やから。」
坂井は右手の拳を渚の頭の上に乗せてぐりぐりしながら後輩の非礼をわびた。
「い、いいえ、大丈夫です。気にしてませんから。」
「それじゃあ、坂井さんは向こうの空いている監視台を、綾野さんにはさっき説明した区域のパトロールをお願いします。」
「わかりました。おい綾野、俺たちは遊びに来たんやないからな。くれぐれも、男に気ぃ取られんように、しっかりな。」
「や、やだな部長〜それじゃまるで、私がいつも真面目にやっとらんみたいやないですか〜。」
「いつもそうやから言っとるんや、ええな。くれぐれも、沖のブイから向こうに行こうとする奴には要注意や。ケースケ君も、その辺注意してな。」
「はい、わかりました!」
「姫様姫様!」ティンクルスターの中にいたラバボーがコメットに話しかける。
「この人たちから輝きを感じるボ。もしかしたらタンバリン星国の王子様かも知れないボ。」
「でも・・・」「でもじゃないボ。」
「だって、王子様って私と同じ位の年齢のはずだよ。それにしては大きすぎると思うの。」
「そ・・・それはだボ・・・」コメットの意見にラバボーも声を詰まらせる。
三人が去った後、コメットたちの方を向くと、コメットは少し怒った顔をして言った。
「ケースケ、さっきあのおっきい胸のお姉さんとお話してた時、ずいぶん嬉しそうだったねっ。鼻の下伸ばしちゃって。」
「なっ・・・!そ、そんなコトねぇよ!」ケースケは真っ赤になって反論したが、怒って赤くなったのではなく、コメットの言葉でさっきの渚の胸を思い出してしまったからなのは言うまでもないだろう。
「ケースケのえっち。」
「う、うるさい!くやしかったらお前もあれくらいに・・・」
そこまで言って「しまった」と思った。
相手の外見の弱い部分、特に女性の顔や胸の大きさをけなすのは男として最も恥ずべき行為であると『師匠』に言われたではないか。
頭の中で必死で弁解の台詞を考えたが、うまい言葉が見つからない。手遅れだと思った。
「コメットさん、行こう!」「行こう行こう!」
ほったらかしになっていた剛と寧々が、コメットの手を引いてせかす。
早く海で遊びたくて仕方がないようだ。
「そうだね、行こう!」「わーい!」」
「お、おい、ちょっと・・・」
ケースケが何か言おうとしたが、三人は海の方へ駆け出していってしまった。
「やれやれ。どうやら聞いてなかったみたいだな。」
がっくりと首をたれながら再び監視台に昇るケースケだった。
夕暮れ時。遠くから来た海水浴客は午後の早い時間に引き上げ、地元の人間や泊まりで来ている人たちもそろそろ帰路に着く時間帯だった。
「部長、どうやら今日は何事もなく終わりそうですね。」
「ああ、しかし天気予報でも言うとったが、台風が近づいているせいで波が少し高くなっとる。それに、この時間帯は注意力や集中力が一番散漫になる時や。まだ油断はできん。」
坂井と渚がでそんな話をしている矢先、監視台のケースケから無線が入った。
『溺者発見!ブイの向こうで一人溺れています!』
「なんやて!?」「どこ?」
『坂井さんたちから見て10時の方向です!』
「わかった、すぐ行く!」
「おう、綾野頼む!ケースケ君、俺がボート用意するから一緒に来い!」
『わかりました!』
渚は自分の荷物が置いてある場所まで走ると、レスキューボード(救助用のサーフボード)を持って海に飛び込み、現場に急行した。
しかし、波が高いせいで、溺者はどんどん沖へ沖へと流されていく。
一方、剛と寧々を連れて家に帰る前にちょっとケースケにあいさつしようと監視台に行こうとしていたコメットは、ケースケがこっちに向けて走ってくるのを見て、
「どうしたの?」と声をかけたが、ケースケは
「人が溺れた、助けに行く!」と言ってそのまま坂井が用意したエンジン付きのゴムボートへ走っていった。
それを聞いて海の方を見ると、向こうの沖で人が溺れていて、ときおり波をかぶって一瞬姿が見えなくなる。このままでは力つきて沈むのは時間の問題なのは、素人の目にも明らかだった。
坂井とケースケを乗せたゴムボートが全速力で沖へ向かうのを見て、コメットは居ても立ってもいられなくなり、胸のティンクルスターに手をやった。
途端にコメットの身体はまばゆい光に包まれた。そして、ティンクルドレスを身にまといバトンを振って
『エトワール!』
と呪文を唱えると、彼女の廻りはシャボン玉のような透明の球体に被われ、そしてそのまま海へ飛び込んだ。
球体は水中を猛スピードで進み、渚のレスキューボードや坂井たちのボートよりも速く、現場へと到着した。
そして、今にも沈みそうな溺者の真下に行き、自分が入っている球体の上に乗せた。
「あそこだ!」「よかった、まだ沈んでいない、間に合った!」
「よっしゃ、ケースケ君、俺がボートを近づけるから、キミが引き上げてくれ、出来るな?」
「はい!」
坂井はエンジンを止めて、オールを使って溺者のそばまで接近した。若い男のようだ。
「さあ、もう大丈夫です、つかまって!」ケースケが手を伸ばし、ボートに引き上げようとするが、波のうねりが高く、思うようにボートを寄せることができない。
彼の体力は限界に近づいており、しかも、漂流物にでも接触したらしく、腕から血を流していた。早く治療しないと破傷風の危険もある。
「ぶ、部長!」
やや遅れてやってきた渚が、沖を指さして叫んだ。
「おう綾野、こっちや、引き上げるのを手伝ってくれ。」
「そうやなくて、あっあれ!」
渚の視線の先には、こちらに近づいてくるサメの背びれがあった。おそらく血のにおいをかぎつけて来たのだろう。
そのサメが近づいてくる様子は、水中のコメットからはより良く見ることができた。
地球の生態系には疎い彼女も、大きく開いた口と、そこに並ぶ鋭い牙が何を意味するのかはすぐに理解できた。
(このままじゃ、ケースケたちが危ない!)
そう直感したコメットは、とっさにバトンを振った。
水上では、溺者のそばまでボートを寄せて、ケースケが引っぱり上げようとする所だった。
「急げ!もうそばまで来よった!」「はい!」
その時、サメの背びれが一瞬沈み、次にサメが水上に姿を見せたのはようやく上半身を引き上げた溺者の足もとだった。
「痛っ!」悲鳴が聞こえた。同時にケースケは渾身の力を込めて全身をボートに引き上げた。どこかやられたか、と思い全身を見たが、サメに噛みつかれたりした形跡は無かった。
ホッと胸をなで下ろした。だが、それもつかの間、坂井が叫んだ。
「綾野、エンジン始動!ヤツが岸に向かってる、食い止めるんや!」「はい!」
ボートに乗り込んでいた渚がエンジンを回し、岸に向けてボートを走らせた。
たちまちサメに追いつくと、坂井は持っていたモリを構えた。
「あなた!」
岸では、助けた男の妻が今にも泣きそうな顔で待っていた。その周りには青木をはじめライフガードの仲間や救急隊員、数人のやじ馬がいた。ケースケたちのボートよりも先に岸に戻っていたコメットも、剛と寧々と一緒にそこにいた。
「心配かけたな、悪かった。」
「ううん、無事でよかった・・・!」
坂井たち三人は、ボートを返しにライフガードの詰め所へ行き、そこで今しがたの出来事について話し合った。
「あ〜あ、惜しかったな、独身やったら声かけとったのに。」
「何言うとるんや綾野、不謹慎やで。」
「はーい・・・。しかしあの人、不思議なコト言うてましたね。」
「ああ、『沈みそうになった時、何だか急に足もとに地面ができたような感じがした』なんてなぁ。ちょうどあの下に岩でもあったのかも知れんな。」
「それに、部長が仕留めたあのサメ・・・」
坂井がモリを使って仕留め、岸までボートで引っぱってきたサメの口には、大きな丸太がまるでつっかい棒のようにはさまっていた。
「あの棒がなかったらあの人、最悪足を食いちぎられていたかも知れん。奇跡や。」
「この海岸にはけっこう流木とか流れ着いてくるんですよ。この近くにはそれを拾い集めて、組み合わせて『流木アート』というのを作ってる人もいるんですよ。」
ケースケが説明すると、二人は納得したような、しなかったような顔をした。
「ケースケ!」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはコメット、剛、寧々の三人がいた。
「ケースケにーちゃん、溺れた人助けてあげた。」「ケースケにーちゃん、カッコ良かった。」
「おいおい、よせよ。ライフガードとして当たり前のことしただけだって。」二人の言葉に、ケースケは照れながら答えた。
「いやいや、ケースケ君、その『当たり前のこと』が大事なんや。俺らにとっては当たり前の仕事でも、溺れて助かった人にとっては、自分の命が助かったという、とってもありがたい事なんや。まぁホントはその『当たり前のこと』が起きんようにせなあかんのだけどな。」
「どういう事ですか?」
「ライフガードの仕事の本質は、事故にあった人を助けることやない、事故を未然に防ぐことや。あの人は、ブイの向こうで溺れとった。今日の事は、ブイから向こうには行かないようにという指示を徹底できなかった俺らのミスや。本当はな、事故にあった人を助けることができたというのは決して成功やない、事故がなかったというのが成功なんや。」
「そうですね、すいません。」
うなだれるケースケに、渚がフォローを入れた。
「ケースケ君、部長は自分に厳しい人やから。キミの事怒ってるわけじゃないんやから気にせんといて。」
「でも、皆さんが溺れた人を救助に行くのを見て、とっても輝き感じました。」
「輝き?」
「はい、坂井さんも綾野さんも、そしてケースケも、『助ける力』いっぱい持ってるんだなってことに気づきました。」
「剛くん『助ける力』持ってる。」「寧々ちゃんも持ってる。」
「『助ける力』か。なるほど、確かに事故は起こらないのが一番や。しかし、どんなに頑張っても事故が起こってしまう事もある。そんな時こそ俺たちライフガードの真価、どれだけ『助ける力』があるのかが問われるのかも知れん。さっきのケースケ君は俺ら三人の中ではいちばんそれを持っとった。あの状況の中で最後まであきらめずに頑張った。ようやったな。」
「え、あ、ありがとうございます。」
「よかったね、ケースケ。」
ケースケがほめられるのを見たコメットはまるで自分の事のように喜んだ。
「溺れている人を助ける、ライフガードのお仕事ってとっても素敵です。あの・・・坂井さん・・・」
「ん、何や?」
「あなたはもしかして、タンバリン星国の王子様?」
坂井は一瞬「?」と思ったが、
「ハッハッハッ、キミは面白いコトを言う娘やなー、そういうジョーク、こっちで流行っとんのか?」と笑いながら答えた。
「違ったみたいですね。」
太陽は西の海へ沈み始め、そろそろあたりも暗くなってきた。
「さて、俺たちは宿舎に戻るけど、ケースケ君、夕飯一緒に食わんか?俺がフカヒレラーメンおごってやるよ。」
「いいんですか?・・・って、そのフカヒレってまさか・・・」
「おう、さっき仕留めたやつ使って俺が作ったるわ。」
「い・・・いや、あの・・・やっぱ結構です。」
「なんや、残念やな。それじゃ元気でな。」
「じゃあね、ケースケ君、世界一のライフガードもいいけど、あんまり彼女に心配かけさせたらあかんで。」
「そ、そんなんじゃありませんよ!」
渚に言われて、ケースケは夕焼けに負けないくらい真っ赤になって否定した。
「じゃ、元気でなー!」
「さよーならー!」「「ばいばーい」」
かたわらにいたコメット、剛、寧々の三人も手を振って見送った。
渚たちが去った後、コメットが口を開いた。
「ケースケ・・・」
「ん?」
「わたしもいつか、渚さんくらいの胸になれるかな。」
「な、何言ってんだばか・・・」ケースケの顔はさっきよりもさらに真っ赤になっていた。
どうやらさっきの失言はしっかり聞こえていたようだ。
おわり
あとがき
初めまして、蒲生碧之介と申します。
このSSの下敷きになった『渚 〜THE BEACH GUARDIANS〜』(竿尾 悟、少年画報社)という漫画は、いい男をゲットするというかなり不純な動機で大学のライフセイビング部に入部した主人公の「綾野 渚」が失敗を繰り返しながらもライフセーバーとして一歩一歩成長していくというストーリーです(と言ってもそれほど堅い話じゃないのでご安心を)。現在単行本も2巻まで出ているので、ライフセーバーに興味がある方は一読をオススメします(なお、本SSでは『コメットさん☆』にならい「ライフガード」に統一させて頂きました)。
ちなみに、SS本編でも触れていますが、渚の胸はマジででかいです(笑)。お子さまにはお見せできないシーンもけっこうあるので、そういうのが苦手な人は注意してください。仮に何か問題が発生したとしても、当方は一切の責任を負いません。
感想、ご意見などはsummer-h@h8.dion.ne.jpまで。
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