サリドマイドの復権
Revival of Thalidomide
サリドマイドの悲劇を年配の人は覚えておられるだろう、40年ほど前睡眠薬として売り出されたサリドマイドはそれを飲んだ妊婦の胎児に作用して恐ろしい奇形児を生む結果をもたらした。あの忌まわしい悪魔の薬である。

生物を構成する化学物質の大部分は立体的に不斉である。不斉とは図で赤く描いた炭素原子(不斉炭素)に由来し、左手と右手のように、あるいは鏡に映した自分のようによく似ているが決して重ね合わす事は出来ない。生物が認識するのは殆んどの場合その一方だけである。それは生物自身が不斉な化学物質から出来ているからである。
一昨年ノーベル化学賞を受賞した野依良治さんが授賞講演で対象となった不斉合成の重要性を説明するのにサリドマイドの例を挙げた。サリドマイドには二種類の光学異性体、つまり左手のものと右手のものがあり、薬は両者の混合物(ラセミ体)であった。催奇性は左手のものだけにあり、彼の開発した不斉合成を使えば催奇性の無い右手のものだけを作ることが出来る。しかし、その後の研究でこれは正しくない事が分かった。サリドマイドは化学的に不安定であり、催奇性を持たない片方だけを使っても、それは生体内で催奇性をもつもう一方に徐々に変換されてしまう(これをラセミ化という)ことが証明されたのである。だとすると化学的に安定なものを作れば催奇性のないサリドマイドが出来るかも知れない。
今この忌まわしい悪魔の薬、サリドマイドが復活しつつある。免疫抑制作用、ハンセン病治療などの効果が見出されアメリカやフランスで再認可されたのである。さらに最近では多発性骨髄腫などに有効であることが報告され注目されている。その作用は血管新生の阻害らしい。癌細胞は増殖のために多数の毛細血管をつくる必要がある。その毛細血管の増殖を促すTNF−αという蛋白の生成をサリドマイドは阻害する。でも同じ理由で発育中の胎児の四肢を育たせる血管が作られなくなり手足が形成されなくなるとも考えられるだろう。
もしそうだとすると化学的に安定で不斉合成されたサリドマイドを開発しても催奇性を取り除き抗腫瘍性その他の望ましい薬効だけをもつ新サリドマイドは出来ないかもしれない。でも多くの科学者は今催奇性と抗腫瘍性の分離という難問に熱く挑戦し続けている。科学の発展には限りが無いが科学者が常に心しなければならないのは人の幸せであることは言うまでも無い。神はこの悪魔の薬の復活を祝福し給うだろうか?
Forty years after thalidomide tragedy, the Devil's drug has now been coming
back. Scientists have found that it is effective for cure of multiple myeloma
and other malignant diseases. Present knowledge suggests that thalidomide
inhibits formation of TNF-α that promotes angiogenesis which is required
for tumor growth. If that is true, teratogenecity of this drug might also
be accounted by the same mechanism, because during the development of unborn
baby, angiogenesis may be also essential for sound growth. On the other
hand, chemists are focusing their efforts for asymmetric synthesis of stable
thalidomide analogs to find out specific inhibitors for tumor growth. Shall
God bless return of the Devil's drug?
Uploaded February 6, 2003