文学作品における障害の兄弟・姉妹
 
「津島佑子と太宰治」を契機に考える          

2011.11.21(月)
佐野洋子「シズコさん」新潮社、2008年 *随筆
佐野は1938年生まれ、その母親は1910年代の生まれか。母親の妹シゲちゃんと弟キミちゃんは知的障害者である。同書の第10章から、母親シズコさんと、シゲちゃん、キミちゃんとの関係が描かれる。また、シゲちゃんとキミちゃんと同居するシズコさんの妹=叔母が登場する。シゲちゃん、キミちゃんは大正末期に小学生年齢で、第二次世界大戦中に青年期にあったであろう。知的障害のシゲちゃん、キミちゃんを無視し嫌うシズコさん、二人と暮らす叔母。障害児を兄弟姉妹とする家族や、その関係を知ることができる随筆である。
母と娘の確執と和解、老いと痴呆化、満州と戦後引き上げ後の生活、兄弟の死、いろいろな読み方ができる。とてもせつない話。家族内の究めて私的な出来事を露骨に書き、書くことで佐野は母や家族にわびて、感謝したのである。


2011.10.22(土)
ちづる 赤崎正和 日本 2011年
自閉症の妹との日常を撮った映画。横浜の実家で1年間カメラを回し続けた。兄弟姉妹に障害者がいる人は、〜幼いころから葛藤を抱えることが少なくない。


2010.12.23(木)
レイチェル・サイモン、妹とバスに乗って、早川書房、2003
 姉レイチェルは39歳、知的障害の妹ベスは38歳。ベスはバスに乗るのが大好き。レイチェルはベスとバスに乗ったことをコラムに書くと、人生が変わっていく。
  /長年障害の妹と離れていた姉レイチェル。しかし、妹の存在がその後の姉の変化につながっていく。実話、とのこと。
読み始めました
 妹が知的障害であること。その実体験が描かれている。
自分の関心事項をまず覚え書き
P185
知恵遅れだの障害だの・・・フィクション
アルジャーノンに花束を
二十日鼠と人間
大地
フォークナーの「響きと怒り」
フナラリー・オコナーの短編「生き残るために」
P129
ザ・フーのアルバム<トミー>・・・レコードからは「耳は聞こえず、しゃべれず、目が見えない男の子、静かに震える世界に住んでいる」


2010.8.24(火)
「きいちゃん」、養護学校の教員が書いた本。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8D%E3%81%84%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93-%E5%B1%B1%E5%85%83-%E5%8A%A0%E6%B4%A5%E5%AD%90/dp/4752001276/ref=sr_1_12?ie=UTF8&s=books&qid=1198557603&sr=1-12
肢体不自由の妹と姉の話。6年生の国語の教科書(光村図書)にものっている。
同じような障害を持つ子の親にとって、どのように受け止められる作品か、検討が必要。
「きいちゃん」の内容が差別的(他の表現だったかもしれない。同じような障害のある者や家族にとって、偏見が助長されると感じる、といった内容だったかもしれない)だ、と受け止められる、ということがあったと聞く。
当事者がどう感じるか、また実際に差別的な表現であるか、という問題であると思います。
私が読んだ時には、昭和30年代の、養護学校義務制前の寄宿舎がある時代の古い物語と思っておりました。たしか、姉の浴衣か着物を縫う、といった内容があったと思います。設定が古いので、

2010.6.0
一木麗子「雲のない地図」学苑社、1984
p11 アーボーのこと
津島正樹さんのことの記述があった。


2009.11.23
太宰治「薄明」昭和22年12月
昭和20年、長女は5歳、長男は2歳
甲府の空襲の10日ほど前から「二人そろって眼を悪くして医者にかよっていた」
空襲の2、3日前から上の女の子は「完全な失明状態」
県立病院が郊外に移転、「その病院にかよって二日目の午後に眼があいた」

映画「ヴィヨンの妻」プログラム 2009年10月10日 P14
津島園子「父、太宰治と母の記憶」
「薄明」私が結膜炎にかかって目が見えなくなってしまったんです。その時の話なのですが


2009年8月3日 障害の兄弟・姉妹の文学作品と文学的なノンフィクション
トモ、ぼくは元気です、香坂直、講談社、2006
 和樹は小六の時、障害を抱える兄のトモをめぐって家で問題を起こす
  /障害の兄思いのよい弟が、その「よい弟」に耐えられなくなっていた。一夏を経て、また違う兄思いの和樹となる。

レイチェル・サイモン、妹とバスに乗って、早川書房、2003
 姉レイチェルは39歳、知的障害の妹ベスは38歳。ベスはバスに乗るのが大好き。レイチェルはベスとバスに乗ったことをコラムに書くと、人生が変わっていく。
  /長年障害の妹と離れていた姉レイチェル。しかし、妹の存在がその後の姉の変化につながっていく。実話、とのこと。

桜井亜美、虹の女神,幻冬社、2006
 盲の妹

障害の兄弟・姉妹に関する文学作品がだいぶ集まってきた


2月28日(土)
津島佑子「火の山−山猿記」講談社文庫
上巻33ページ
あなたのお兄さんのニコルは自閉症とのことだけど、私の兄はダウン症でした。いつまでも幼児のままの、その兄を中学生のころに失った経験が私にはあり〜

<子ども向け>朝日新聞2月27日夕刊、柳田邦男「親子で考える命」より
チャールズ・M・シュルツ、チャーリ・ブラウン なぜなんだい?、岩崎書店
 病気の子どもに対し、子どもも大人も理解を深める心を持ってほしいと細谷亮太医師が翻訳
細谷亮太、ぼくのいのち、岩崎書店
 がんの治った少年の命感覚の変化
細谷亮太、おにいちゃんがいてよかった、岩崎書店
 兄弟のうち遺された子に目を向けた


2009.1.4(日)
津島佑子
「聖地」1979年1月
人の精神が病む、あるいは崩れる過程を綴った短編。人、とくに女性が愛を失い、貧困の中で苦しむと、このような精神状態になるのか。女性特有の生き方。
「人ちがい」1978年6月
「養護施設に通っている兄をうらやんでいました。わたしも兄のようになれたら、と思いました」「精薄児だった兄に、自分は何かを教わった」。陽子の夫が死に、母の力を借りて生活している。喫茶店で見かけた婦人を、兄の先生と人ちがいする。陽子は兄の先生が家庭訪問に来たことを憶えていた。不安定な生活の中で、思い出すのは兄のこと。


2008.12.21(日)
津島佑子、林間学校、1976年4月「すくすく」、短編7頁
知的障害の兄の死から15年。傷心の上で帰宅すると母は兄は林間学校に留まっていると言い、妹と迎えに行く、という話し。知的障害の兄、その死、兄の死後の15年、妹の人生と心も15年を経ている。
28才の妹

兄、シンちゃん、特殊学級の生徒だった兄、ヴァイオリンを演奏する
14才でひらがなをようやく憶えはじめた兄だった
(妹は)この兄以外の誰とも暮らせない、と思った
ヴァイオリンがこわれてから三ヵ月後に、兄は風邪をこじらせ、肺炎にかかって死んでしまった。十五年前のことだ。兄は十六歳だった。
夫をその十年前に失っている母親は
(兄が死んで妹は)なにもかも気軽で楽しかった。
妹は一週間前、母親のもとに戻ってきたばかりだった。
毎年、夏になると、兄は林間学校に一ヶ月ほど預けられていた。
・・・林間学校に迎えにいかなかったので、一人で留まっている、と母は思い、妹と迎えにいく・・・二匹の犬、シンちゃんとお父さん


2008.12.15

ある誕生、津島佑子、1968年

「最後の狩猟」津島佑子、1979年、作品社この中の11の短編の一つ。
ある父親、3番目の子どもが生まれそうな夜(明け方)の描写。父親は太宰治、とすると3番目の子どもは津島佑子自身である。2番目の長男は「生まれて三年もたつのに碌に一言もしゃべれない」。

1番目の姉は、女の子を望んでいる。男の子だと、長男のような障害の子のように思い、おびえているようにも見える。「女の子だといいね」はそのまま「障害のない子だといいね」と読みとれる。父は「今度、またタケシのような馬鹿だったら、お父さんは生きていけない。-略-だから死んでくれた方がいい」

これは、津島が生まれる時に、太宰と津島の姉の間の会話となる。フィクションなのか、姉から聞いた話なのか。津島のフィクションであろう、それだけに結末をどのように考えたらいいのか。可愛い妹が生まれたが、姉はその赤ん坊をハサミで「切る」。

障害の長男タケシ、その姉、父親、生まれる赤ん坊=津島佑子。障害をめぐる兄弟・家族の不安を描いている。


2008.10.13
工藤美代子それにつけても今朝の骨肉、筑摩書房、2006年 ←文学作品(創作)ではなく、ノンフィクション
 工藤は1950年生まれ、兄の茂雄は1946年生まれ。兄は1949年に日本脳炎を患い、半身麻痺、知的障害、視覚障害となった。この本は、障害の兄をめぐる家族の物語ではなく、そんな離婚した父と、その父との軋轢を持ちながら支え合う家族の物語である。障害の兄について、多く語られていない。日本脳炎という病気は、昭和40年前後に子ども時代を過ごした自分にとって、聞き覚えのある言葉(病気)である。詳しくは知らなかったが、「脳」という言葉に恐い病気と思った記憶がある。施設入所、帰宅して家で世話をする家族、家を離れた父が送ってくる雑誌を破って気持ちを紛らわす障害の兄。父は、障害のある男児に代わり男児で生まれてくることを期待していて、美代子が生まれた。そこに父と美代子の軋轢の発端があった。この本にあって、障害の兄は部分にすぎないが、中心でないだけに、兄が登場する場面における障害の記述が私には重く伝わってくる。美代子が小学校時代、「私は子供ながら疲れはてた」p26。障害の兄の存在が、家族、そして妹美代子にのしかかっている。


2008.9.1
嫌われ松子の一生

 この映画には原作があるという。病の妹との関係が、原作でどのように描かれているか気になる。
 TBS、約20分見たところで突然の「福田首相の辞任」で放映中止。この映画は教師からソープ嬢、殺人と転落の人生を描くという。松子の人格形成において、病気の妹と、妹を可愛がる父親、父親に愛されたい松子、といった家族関係が描かれている。病気の妹を持った姉の苦しみ、が描かれている。時代背景からすると、妹は結核、カリエスか(?)。障害・病と兄弟・姉妹、というテーマから見ることができる映画かもしれない。最初の20分間を見た感想。


2007.12.22
フランスの比較文学者で作家のフィリップ・フォレストは、津島祐子の名をあげて「作家にはある種のレペティション、つまり繰り返し同じテーマを巡って、何度も書く」ことの可能性を学んだという。「永遠の子ども」p381

障害児と兄弟・姉妹を考える映画「いちばんきれいな水」ウスイヒロシ監督 日本 2006年
 
 小学6年生の夏美には、むずかしい病気で11年間眠ったままの姉・愛がいる。
/夏美が1歳の時に姉愛が手術(病名は出てこない)し、その後眠り続ける。夏美はベッドの姉に優しく語りかけ、勉強していい子に育っている。両親が不在時、愛が起きあがって夏美と過ごす中で、愛が楽しい時間の過ごし方を教え、夏美に自分の障害の経緯を知らせる手紙を書く。愛が起きあがったことは、本当なのか、夢の中なのか分からないが、夏美はこの経験によって愛を姉として受け入れて、また姉の障害を受け入れて、勉強以外にも積極的になっていく。愛に対して「こんな人知りません」が、「私には姉がいるの」に変わる。姉の障害や、両親の苦しみを知らないいい子の夏美は姉の障害を受け止めきれず、姉の障害を知り、両親の心の内を知ることで障害の姉を受け入れることができた。また夏美自身も子どもから大人へと成長する。
 一番きれいな水とは、愛が手術前に、赤ん坊の夏美を水に沈めて自分の手術が成功するように生け贄にしようとした水のこと。


2007年8月27日
津島佑子「草の臥所」講談社文庫、1981年入手
「草の臥所」は1977年、「群像」2月号に発表、30歳の作
今、この作品のことを短い文章で紹介しようとしている。今まで、「レクイエム」「草の臥所」「寵児」を読み、そぞれ読み終わってから数日がすぎている。この3つのどれが、どのような登場人物で、どのような話であったか、大まかに分るが、人物と人物の関係となると似通っていて、少々複雑で訳が分らない。読んですぐに書き留めないと、混乱します。
「草の臥所」
物語の中で、母親のこと、家のことが出てくると、そこに兄が出てくる。物語の流れには直接関係がないかのような位置づけで兄がでてくる。しかし「私」にとっては、とても大事な、重大な存在であった兄として書かれている。
p19,知恵遅れの私の兄が事情も分らずに
p61,12歳を過ぎてからの兄は私の印象に最も強く残っている   〜  比較することを知らない兄
p62,裸になることを思いついた時があった。  〜  兄と抱き合ったまま、軽くうたた寝をしてしまうこともあった。
「レクイエム」で予感したセクシャルな遊びが、ここで出てきた。どのように考えるべきか。作家津島佑子さんにとっての兄との関係と、一般の障害の兄と妹との関係では、違いがあるだろうから。


2007年8月21日
障害児と兄弟姉妹について話をしていたら、「アルジャーノンに花束を」のチャーリーが家族から離れて病院だか研究所であったかに行ったのは、チャリーが妹に性的ないたずらをすることを恐れて離れさせたことによる、ということを教えてもらいました。
津島さんの作品を今後読み進める予定であるが、兄と妹の関係における性的な事項、がどのように描かれているか気になるところです。「レクイエム」に、あまり明確ではないが、セクシャルな遊びに触れられていたので。


2007年8月20日
津島佑子「謝肉祭」が届く。河出文庫版、1981年。この作は1971年刊行の物。津島さんは1947年生まれだから、24歳の出版となる。
私が読む津島作品の最初は「レクイエム」
初出は三田文学1969年、22歳の時。
私はゆき。兄はたか、来年は中学生、言葉と行動から知的障害。母が交通事故で死に、飼い犬しろが死んだ。夏、夢か幻覚か混沌とした記述。
ゆきが語る場面。たかが語る場面、そこは知的障害の自分を、知的障害でない言葉で語る。兄の内面をゆきが語る、あるいは解説する場面。
死、セクシャルな遊び、父のこと。
兄がいて、自分の子どものころの記憶があり、強烈であって自然な存在の兄。
兄の考えの代弁


2007年8月19日
津島佑子、申京淑「山のある家 井戸のある家」集英社 購入。津島さんの頁を読む。
申さんがp263で「津島さんの歴史観と、マイノリティーに対する共感と愛情、何ものをも美化しないで客観的に眺めようとする作家としての姿勢」と。
確かに、津島さんは自分なりの歴史認識の上で文章を書いている人、のように読めた。そして、自分の子どもの頃の出来事を、その時の感情とともに記憶している人だと思えた。まだ津島さんの小説を何も読んでいない。いよいよ次は津島さんの小説を読もう。
この本により、兄正樹さんの障害の様子が、分ってきた。
p39、ダウン症の兄
p108、十五歳 - やっと口で簡単な意思表示ができ、ごく限られた文字と数字が書けるようになっていました
p111、ちょとした痛みに襲われると、兄はもう私の手には負えなくなり


2007年8月17日
太宰治「斜陽」、新潮版
p233、どうしても、もう、とても生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか。
p291、僕には、希望の地盤がないんです。さようなら。
p292、この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは - 女がよい子を生むためです。
昭和22年2月に書き始めた小説。太田静子の日記をもとに書いたという。このとき、正樹2歳半。

太宰治「人間失格」、中公版
p394、自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、テンテンし、呻吟し、発狂しかけたことさえあります。
p402、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした


2007年8月16日
津島佑子
「泣き声」、兄の死亡の周辺が語られる。ふくらみかけた乳房に触りにくる兄に戸惑う私。下痢便を母に向かって噴出させた兄。(庄司肇p170)
「真昼へ」、兄はなぜ死んだのか、兄をひきつれて庭遊び(庄司肇p188)
庄司肇「津島佑子」p210、兄、白痴である、と同時に、神でもあったと言えよう。〜。絶対としての男は、この白痴の兄以外にはありえなかったのだろう。


2007年8月15日 朝日新聞朝刊 文化欄
津島佑子、申京淑「山のある家 井戸のある家」集英社 往復書簡
津島は、障害をもった兄のこと〜素直にかけました、とある。
津島と障害の兄について調べているこの時期に、このような本の出版と新聞記事が。


2007年8月15日
「パンドラの筺」は、昭和18年秋に完成した「雲雀の声」のゲラ刷りをもとに、昭和20年に執筆し「河北新聞」に連載、とのこと。(中央公論版年譜より)

津島佑子 昭和43年9月、『ある誕生』
「文藝首都」に投稿。生まれてくる赤ん坊が「バカ」であることを怖れ続ける父親と、その父親の世界=障害を持った子供を肯定できない世界から父を解放すべく、鋏で生まれてきた赤ん坊の足を切り落とす少女


2007年8月15日
夏の休暇に太宰を読む。その内、長男正樹誕生後の作品、以下の作品9編。
お伽草子の「こぶとり」の瘤を障害に例えて、「家庭の幸福」が虚構、「ヴィヨンの妻」「桜桃」が現実となるか。「パンドラの筺」の「希望」がどう出てくるか、確認しよう。

昭和20年
3月 お伽草子 前書きに「母は二歳の男の子を背負って壕の奥にうずくまっている」。
昭和21年
12月 親友交歓「女房は小さい方の子供を抱いて書斎にはいって来た」
昭和22年
1月 トカトントン 私、二六歳、子供登場なし
3月 ヴィヨンの妻 「坊やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか、または夫の酒毒のせいか、病弱のせいか、よその子供よりも小さいくらで、歩く足許さえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思われ」「わが子ながらほとんど阿呆の感じでした」
昭和23年
3月 眉山 僕、小説家、子供登場なし
4月  「母は観念して、下の子を背負い、上の子の手を引き、古本屋に本を売りに出かける」
5月 桜桃 「四歳の長男は、痩せこけていて、いまだ立てない。言葉は、アアとかダアとか言うきりで一語も話さず、また人の言葉を聞き分けることもできない。這ってあるいて、ウンコもオシッコも教えない」
   グッドバイ 編集者田島周二34歳、「先妻は、白痴の女児ひとりを残して、肺炎で死に」
8月 家庭の幸福 津島修治、三十歳「長女は六歳、その次のは男の子で三歳」「とにかく、幸福な家庭なんだ」「二人の子供は丸々と太り」「坊やの眼をぱちくりさせながらの不審顔、一家の大笑い」


太宰治、長男正樹誕生以降(昭和20年以降)の作品
昭和19年 1944年
8月10日 長男正樹誕生
昭和20年
1月 竹青
2月 惜別
3月 お伽草子、執筆
4月 青竹 甲府へ
7月 津軽へ妻子をつれて行く
8月 終戦
9月 パンドラの筺を書く
昭和21年
1月 親という二字
2月 嘘、貨幣
3月 やんぬる哉、苦悩の年鑑、雀、戯曲:冬の花火、一五年間
6月 未帰還の友に、
7月 チャンス
9月 戯曲:春の枯葉
11月 三鷹に帰る、たずねびと
12月 薄明、親友交歓、男女同権
昭和22年
1月 トカトントン、メリイクリスマス
2月 斜陽の1、2章を書く
3月 母、ヴィヨンの妻、10日里子生まれる
4月 父、
5月 女帝
6月 フォスフォレッセンス
7月 朝、斜陽
10月 おさん
11月 治子誕生
昭和23年
1月 犯人、酒の追憶、饗応婦人
3月 太宰治随筆集、美男子と煙草、眉山、如是我聞、人間失格を第二の手紙まで
4月 渡り鳥、女類
5月 桜桃、グッドバイを書き始める
6月 13日山崎富栄と玉川上水に入水、19日死体発見
8月 家庭の幸福


2007年8月7日(火)
 仕事上の調べ物があって、自転車で図書館へ行く。目的の文献はなかった。太宰研究の本が数冊あった。パラパラとめくるが、長男の病気や障害の記述は見られなかった。新潮の写真が多い文学アルバムの太宰はなかった。
 津島の本を初めて手にする。「火の山」に「ダウン症」の文字を見つけた。たしかに出てくる。今回は借りない。夏の大きな仕事が終わってからにしよう。
 帰り、タリーズコーヒーに寄ろうとしたら、看板がはがされていた。店を閉めていた、残念。


2007年8月6日(月)
上田敏、大江健三郎外「自立と共生を生きる」三輪書房、1990年
ちょうど障害の兄弟と文学、に関することを、大江が語っている本を読む。書架の奥から偶然出してきた本の中にあった。
上田-大江対談 p36
大江:娘が、偶然のようにして、ある一人の作家のものを読んだわけです。それは津島佑子の短い小説で、自分のお兄さんが知恵遅れで、死んでしまったという内容で、その書き方に彼女は感動したわけです。これまでも彼女は、どうも障害をもった子供が書かれているということを何かの批評で読むと、それを読みたかったようで。自分の立ち場に引き比べて、〜。そのお兄さんにたいして妹の津島さんが、信頼して、どんどんついて行く。これを娘はいいといって、津島さんがお兄さんのことを書いた小説を探しては読んでいます。

この対談が、障害受容と文学、がテーマになっている。日本の第二次世界大戦敗戦からの立ち直りは、障害受容そのもで、文学はその過程にあるもの。


2007年8月5日
弟:脳性麻痺 姉:
杉村正彦 ちゃんちいの青春夢模様 K 1993 日本図書刊行会 脳性麻痺 J
脳性麻痺の私と姉、小学校・養護学校、結婚をめぐる物語

妹:盲 兄:
桂望実 明日この手を放しても 2007 新潮社 妹 盲 J
19歳で失明して夢を失った可愛くない凛子と、自分勝手で文句ばかりの真司。兄妹の未来にまっているものは…。

兄:知恵遅れ 妹
津島佑子  水府 知恵遅れ J
生涯治ることはないと宣告された知恵遅れの兄


2007年7月29日
兄弟・姉妹と障害 この他にもあるはず

兄:知的障害 妹:主人公
津島佑子 草の臥所 ダウン症  J
兄と私が歩いている時、道ですれちがうと、ばあか、ばあか、うんこったれ、とはしたてる

兄:知的障害 妹:主人公
津島佑子 寵児 ダウン症  J
兄には知恵はなかったが、愛情という叡智に包まれていた。太宰治の息子正樹がモデルとなる

姉:精神障害 弟
島崎藤村 ある女の生涯  K
精神障害 J 精神病院で命を閉じた実姉高瀬そのをモデル

兄:知的障害 妹:主人公
桜井亜美 イノセント ワールド K 幻冬舎文庫 知的障害 J
知的障害をもつ兄の介護をきっかけに近親相姦

兄:知的障害 妹:主人公
大江健三郎  静かな生活 K 講談社文芸文庫 知的障害 J
脳に障害を持つ兄・イーヨーと、しっかり者の私・マーちゃんと、ちゃっかり現実屋の弟・オーちゃんの静かな生活

兄:知的障害 妹:主人公
柳美里 ゴールドラッシュ K  新潮社 知的障害  J
兄の幸樹は知的障害(ウイリアムズ病とある)。家庭の崩壊の最初に兄の障害が設定されている。主人公の少年は父親を殺す。

妹:視覚障害 兄:
桂望実 明日この手を放しても 2007 新潮社 妹 盲 J
19歳で失明して夢を失った可愛くない凛子と、自分勝手で文句ばかりの真司。兄妹の未来にまっているものは…。

弟:脳性麻痺、主人公 姉:
杉村正彦 ちゃんちいの青春夢模様 1993年 日本図書刊行会 K
脳性麻痺の私と姉、小学校・養護学校、結婚をめぐる物語

妹:知的障害 兄
星あかり もも子・ぼくの妹 大日本図書
兄の力、妹のもも子、二人は超未熟児の双子で生まれた小学3年生。もも子は知的な遅れと筋肉が固くなる病気があるので養護学校に通う。4年生になったら力の学級に交流に来る予定、妹のことでケンカ、もも子の死

弟:知的障害 姉
星あかり 大ちゃん 2003年 大日本図書
難聴、左手指3本、知的障害、姉のまいちゃん

弟:知的障害 兄:主人公
ポーラ・フォックス 光の子がおりてきた K 2000 金の星社 兄 ダウン症 USA
ダウン症の弟が生まれて父母と自分の関係が変わってりまった。弟のことを受け入れることができない兄の苦悩

姉:知的障害 弟:主人公
丘修三 ぼくのお姉さん 1986年 偕成社
姉さんはダウン症。17歳なのにしゃべれない。

妹:知的障害・妄想 兄:主人公
ベン・ライス ポビーとディンガン K 2000 アーティストハウス 知的障害・妄想 UK
妹のケリーアンは授業中にいつも独り言、空想の友だちと遊ぶ。

弟:知的障害 兄:主人公
ピーター ヘッジズ ギルバート・グレイプ 1994 二見書房 知的障害
アイオワの過疎の町に残ってしまった24歳のギルバート。知的障害者と家族

弟:身体障害 兄:
モニカ・フェート さて、ぼくは? 1997 さ・ら・え書房
双子の兄弟、僕ハンネスには障害があり、ヨーは何でもできる。そのヨーが死んだことでハンネスは

弟:難病 兄
モーリス・グライツマン はいけい女王様、弟を助けてください 徳間書店
弟がなかなか治らない病気に、僕は何ができるのだろう


2007年7月28日
井上ひさし「太宰治に聞く」新潮文庫版、購入
井上は資料収集、聴取りを丹念に行っている。
・太宰研究者は、太宰の行動を日にち単位で明かにしているp22
・ことさら悲劇的に「私」を語る手法をおのれにたいして禁じたp34
・平成元年1月、林聖子氏からの聴取り、太宰は自殺前年昭和22年に林に
 静かな口調で「僕はけっして死なない。息子を置いて行くわけにはいかないんだ。〜」といわれました。p203
・講演「太宰治と私」井上、平成元年11月
 ご長男に障害があってそれも心配だ。

これ以上、息子と障害に関する記述はない。丹念な調査の中では、障害の息子に関する情報も多数あっただろうが、これ以上の記述はない。そこには、配慮があるのだろうか。


2007年7月26日
障害児と兄弟・姉妹がテーマの小説が多くある。
そして、知的障害の兄と妹という設定が多い。本にあたって確認しないといけないがが、記憶の中では
・大江健三郎、静かな生活
・柳美里、ゴールドラッシュ、兄がウィリアムズ症候群
・桜井亜美、イノセント
・津島佑子の作品群


2007年7月22日
庄司肇コレクション9「津島佑子」2003年、沖積舎を購入。
津島作、発行順
・謝肉祭
・童子の影、「妹と知能の劣る兄との物語」p29「狐を孕む」「揺籃」「童子の影」登場人物が同じ
  揺籃、船をかただったらしい精薄児収容施設、隣接する病院の風景
・生き物の集まる家、一五歳で断種されてしまった弟
・葎の母、
・我が父たち、「びんの中の子供」
  びんの中の子供、「かたわの子の視線と、父母の行動」p67
・歓びの島、短編集
・寵児、

・草の臥所、「兄は二歳程度の知能しかもたない特殊児童だが、幼くして心臓麻痺で死ぬ」p92

どこに納められているか未確認
・レクイエム、三田文学1969年、兄
・青空、狂わされた三人の子と持つ女
・透明な空間が見える時、「〜を読むと知恵おくれの兄が現実にいたようだ」p15
・火屋、少年は盲になっても涙を流さなかった


2007年7月某日
太宰の次女津島佑子に関するホームページを検索する。
津島はダウン症の兄をモデルにした小説を多数書いていることを知る。
文壇へのデビュー作にも知的障害の兄が出てくるという。
太宰の作品に出てくる発育不良の長男は、ダウン症で知的障害、と考えられる。
津島佑子という作家の誕生に障害の兄の存在があり、太宰治という作家の終焉に障害の息子がいたことになる。
二人の作家が同じ一人の障害児を、それぞれ作家の目と家族の体験をもとに作品化していることになる。

NHK連続ドラマ「純情きらり」の原作が津島の「火の山」であり、原作にはダウン症の男児が登場すること、それがドラマでは視覚障害に置き換わっていることをHP情報で知る。


2007年某日
長部日出雄「桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝」2002年、文藝春秋を購入
「ヴィヨンの妻」に「発育不良の坊や」の記載があるとのこと。
「桜桃」の中の「発育不良の長男」と同一モデルの存在がある、と考えられる。


2007年4月某日
同僚が太宰治の「桜桃」に、言葉のない4才の息子、の記載があることを教えてくれた。
文庫本を貸してくれた。
*4歳になってまだ一言も発することができない発育不良の長男
これはどういうことか。
ウィキペディア(Wikipedia)によると
「一人息子がダウン症で知能に障害があったことを苦にしていたのが自殺の原因のひとつだったとする説もある」
とのこと。ウィキペディア(Wikipedia)なので不確定情報とする。