2007年9月22日(土)
5年生存率?


”5年生存率”私はあまり気にしないのですが、この病気になると良く聞く言葉なので少し調べてみました。

1. 「がんの発見から5年後に、生存している人の割合」
2. 「がんの治療開始から5年後に、生存している人の割合」
3. 「がんの発見から5年後に、再発せずに生存している人の割合」
4. 「がんの治療開始から5年後に、再発せずに生存している人の割合」

といろんな捉え方があるようです。

私の通っているKセンターの捉え方は”Aの治療開始から5年後に、生存している人の割合”だそうです。が思うにステージも違うし、受けた治療内容や薬剤の種類・放射線の量・治療後の生活・ストレス・環境等などの違いで一概にどれが正しいと言えないと思う。

5年生存率は医療の進歩で進化し続けているわけだら!”そんなの関係ナイ!
統計的数値を総論で述べているだけで、全く気にかけないほうがいいのではと!

5年相対性生存率の数値を時々目にしますが、これも”そんなの関係ナイ〜”と思います。

今月 定期診察時に主治医から”体調はどうですか”と訪ねられ”間髪いれずに”絶好調です!”と言ってしまいました。傍にいらっしゃった看護師さんが思わず”そんなことを言われる患者さんは、はじめてですよ”と驚かれていましたが、再度 私の気持ちの中では”絶好調”なんですと答えると、主治医は頷いていました。!!”みんなに感謝!!”です。

2007年7月5日(木)
七夕の主役もハンカチ王子!

仕事で平塚に来ました。
今日から七夕が始まっていました。やはり主役はハンカチ王子でしたよ!
リンパ腫の皆様が、一日も早く治癒される事をお願いしました。
今年は願い事が沢山ありすぎて・・・・私の願いは来年にします。

2007年4月24日(火)
復職から1年


ご無沙汰しております。ずぼらな性格で、隔週日記が滞っています。
4回目の再発治療が終わって1年、復職して1年近く経ちます。毎日元気で?営業職をしています。

本日 主治医からCTの検査結果を受けました。”大きくもなく、小さくもなっていない”と嬉しい言葉を戴きました。これからは、2ケ月毎の検査になります。

毎年1年経たずに、再発や体調不良を起こしていますが、今回は何とかもちそうですが、運動不足なのか、暴食なのか、複合型リスク症候群「メタボリックシンドローム」です。体が重く10kg以上体重が増え内臓脂肪型肥満が疑われます。

5月連休からは、ハイキングとスポーツクラブ通いの予定です。
家族からは、ブーイングの嵐ですが、体が資本ですから!ガマン!ガマン!

春陽の季節なのに、曇り空の多い月となりました。治療中の皆様、経過観察中の皆様、寛解中の皆様 お身体をご自愛下さい。

2007年1月1日(月)
新たな気持ちで2007年


治療中の皆様・経過観察の皆様・寛解の皆様・治癒の皆様それぞれ新たな気持ちで新しい年を迎えられたと思います。

2007年が皆様にとって最良の年でありますことを願います。

2年振りに、元旦に鶴岡八幡宮にお参りできました。小雨まじりの段葛を4人で歩くのも久しくなります。

お願い事も人それぞれ、リンパ腫の皆様が、毎年1人でも多く”おめでとう”の言葉が発せられるようお祈り致しました。

2006年12月31日(日)
2006年”ノロ”で締めくくり


流行に乗り遅れまいと思った訳ではありませんが、今年最後に“ノロウィルス”を頂きました。

今年は、3回目の再発治療も終わり”何とかなる”“なせばなる”で、2007年新しい年を迎えられそうです。

”感謝!感謝!”家族・友人・主治医・看護師・戦う会・会社・・・・ありがとう

2006年12月1日(金)
レッド・リボン


世界中で1日に8000人以上の人が亡くなられているそうです。エイズで!悲しい出来事です。ロックバンドU2のボノさんが来日され支援活動をされています。安倍総理大臣に対し『日本の国際貢献は、イラクやアフガニスタンである必要はない。アフリカ援助にリーダーシップを発揮すれば、世界が日本を認める素晴らしい機会になる』と熱望の談話がありました。戦争の復興支援も必要ですが、アメリカ主導(傘の下)では、リーダーシップは発揮出来ません。アフリカの子供・母親を1人でも多く延命でき、エイズの感染を少なくできるように、貧困・弱者がなくなるような支援が日本の役割と思います。ボノさんの支援活動は、バンド・エイドから長く活動されているようです。ビートルズ・ローリングストーズの時代でU2の音楽はあまり聴いていませんが、イギリス・アイルランドのアーチスト・グループの多くは、なんらかの支援活動をされており民族性のちがいでしょうか?頭が下がります。

エイズウィルスもT細胞を攻撃し免疫力が皆無になります。
リンパ腫も同じように、免疫力に依存すところがあります。・・・1日でも早く治療薬が開発されることを願います。

2006年10月24日(火)
7ケ月目の診断?


3回目の再発治療終了から7ケ月目の診断を”天の声?”として主治医から受けました。
腫瘍は大きくも小さくもならず活動休止状態です。腫瘍のある腹部の触診を受けましたが、太りすぎで解らないと苦言を受けました。主治医曰く”痩せていると触診でわかるものだが”やはり太りすぎは、病気を誘発するのでしょう!今週からウォーキングと粗食を実行しよう!!

最後に気になる診断が”甲状腺に腫瘍が見当たる、良性か悪性か解りかねる?”またまた色んな病気が出現して来ますが、来月の検査結果を見てから考えよう。(楽観視)

発病から丸4年経ちますが、トータルで1年7ケ月休職しましたが、体調万全ではありませんが、働くことの喜びが何よりの妙薬のような気がします。

秋も通りすぎ、朝夕メッキリ肌寒くなって来ました。治療中・経過観察の皆様もお身体をご自愛下さい。

2006年9月14日(木)
多事多難から大慈大悲を願う


悲しい出来事が”世界で日本で身近で”多くなりました。
2002年にリンパ腫になり、今日までに身近な人が同じような病気になりました。

ホジキンリンパ腫・非ホジキンリンパ腫・膵臓がん・食道がん・大動脈瘤・・・・40代の働き盛りの同僚達です。

昨日 Kセンターに入院している同僚のお見舞いに・・・9月中には退院できそうで何よりです。
”生きる力”誰しもが持っている未知なる力でしょうか、復職している人、リハビリ中の人、治療中の人・・・全ての人が病気に負けていません。

悲しい出来事が、1つでもなくなる事を願うばかりです。

2006年9月5日(火)
疑惑が晴れる!


本日 主治医との面談で、骨髄異形成症候群(MDS)の疑いはなく染色体に異常はないと断言いただきました。一安心です!!

血球の値も下げ止まり低値ではあるが、大きな問題ではないとの事。ただ白血球値が低いので感染には、十分注意を要するとの事。

現実は、ヘモグロビン値が低いので、抹消まで酸素が行き届かない為、睡魔に襲われやすく長時間寝ても疲れがとれないのが悩みです。(加齢もありますが?)

暑い夏もこれで”水パワー!”乗り切れそうです。3回目の再発から毎日2リットルの水は欠かさず飲むよう心がけています。
色んな水を飲んでいますが、フランス産のEvian:Vittel:Volvic中でも硬度の高いVittelを好んで飲んでいます。国産では、イオン水・バナジウム92。お蔭で以前よりも体調が良くなりました。

                  
”継続は”水”なり

2006年8月16日(水)
熟慮断行が順風満帆となるか


3回とも再発の告知は夏。この暑い夏を乗り越えれば、リンパ腫の活動も治まってくれると思います。
移植の断念から、熟慮断行の末、放射線治療が功を奏し、順風満帆の健康体に一歩でも近づけばと!思いつつ家族で、湯治郷に!

いつも思い立ったらのパターンが全てで計画性ない家族ですが、午後2時過ぎから箱根に向かって出発!
蝉時雨の夕暮れに、露天風呂で疲れを癒し自然治癒力を高めました。時々来る湯治郷ですが、私なりにかなり気にいっている1ケ所です。
ある医学の先生が『温泉は病気に効くというより、病人に効くといってよい。』・・・とても含蓄に富む話です。

話はかわりますが、横浜大桟橋に飛鳥Uが係留していました。定年後には、世界一周・・?一度は夫婦で船旅を!夢見ています。
http://tenzan.jp/tenzan/index.html


2006年7月25日(火
リスキーな患者!


3回目の再発で、昨年10月から入院。当初計画の自家移植は血球等の問題で残念せざるをえなくなり抗がん剤・放射線治療を行い3月で治療を終えました。

5月末より復職し2ケ月経ちますが、気力はありますが、体力の衰えはどうしようもありません。子供用のお神輿くらいしか担げない体力でしょうか。

本日 主治医からマルクの検査結果を聞きました。”骨髄異形成症候群(MODS)の疑い”と面談票に
記載されました。次から次と色んな病気が出てくるものです。感心している時ではないのですが?とりあえず最後まで主治医の説明を聞き入りました。”疑い”の最終判断は、染色体の検査結果を見てからとの事。ただしこの病気は治る事がない・白血病に移行する場合があると明言されました。なったらなったで上手く付き合っていくしかないでしょう!

これまでのハイリスクな治療が、ボディブローとして骨髄を傷つけたのでしょう。最低でも白血球2.0 赤血球300 ヘモロビン10を維持できるように!これまでもハイリスクな病気を克服してきましたから大丈夫でしょう。・・・・来週は神社詣でをします。

2006年2月21日(火)
自然の摂理に・・・生きよう

ご無沙汰しておりました。入院日数106日から解放され、この2月に退院しました。再々々発の為、移植の方向で治療しましたが・・・・結果放射線治療を3月中旬まで行い治療完了です。
これまで自然の摂理に反した生き方をしていた見返りでしょうか?
これから自然に生きていこう!


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2005年10月29日(土)
休刊・休職・休食・・・・


病院から外泊許可を頂き、今日は家族4人で鎌倉の神社にお礼参りをしてきました。
長男の高校が決まり肩の荷がおり治療に専念できますが、妻が私の事で心配の種がまた増え心労耐えない日々が続くと思うと心苦しいです。家族それぞれ いろんな思いもありお参りしました。

11月1日から治療開始です。厳しい治療になると覚悟しております。当分の間 日記は休刊させて頂き、会社も休職させていただき、生ものも休食です。
3休とも早く開始で出来るよう治療に専念してきます。
自分を信じ・家族を信じ・医師看護師を信じ・治療方法を信じて!!

2005年10月18日(火)
再々発からのチャレンジ!

再々発の治療(リツキサン単剤)が9月27日に終了し、本日CTの結果を聞きました。
薬剤効果が芳しくなく腫瘍(6.5cm)が,肥大しており再度治療が始まります。
騙し騙しでしょうか?休まずに仕事を続けてきましたが、今回だけは断念し治療に専念するしかないようです。
6ケ月の入院で、サルベージ療法か自家移植を行い最後に放射線治療を行います。・・あくまでも主治医の方針であり”入院後じっくり話し合いを行いベストの治療を行う考えです”(年も年であと8年は仕事をしたいですから)
いつまでチャレンジが続くのか?病気へのチャレンジより 仕事へのチャレンジがやっぱりイイです!!
6ケ月後 イイーネ!イイーネと言えるよう治療に専念します。

2005年8月2日(火)
再々発で再々出発!


隔週日記が、疎かになり約4ケ月ぶりの日記となります。特に体調不良でもなく、休むことなく仕事をしております。毎年夏の暑さには体がついていけず、免疫(白血球2000)低下を招きリンパ腫が眠りから覚めて活動します。昨年の夏も今年の夏も・・・・”残念!!”

再発治療から8ケ月の7月27日に再々発の告知を受けました。今回は少し期待(寛解)できる検査内容思っておりましたので”残念!”とつぶやきながら主治医のCT画像説明を聴いていました。

少し動揺していたのでしょうか、主治医から治療方法の説明を受け、あまり反論【否定ではありません】もせず、自家移植で6ケ月入院を言い渡されて、受付で入院手続きをして病院を後にしました。が冷静に考えて、翌日主治医に治療方法の変更を求め、今日の話し合いとなりました。

色々考え、意見の違いもありましたが、私の希望とおりの治療を、来週から始めていただきます。感謝!!
リスクは覚悟の上で、わがままを通しました。”反省!”

再々出発ですが、出発があれば終点もあるでしょう!今回で治療は終わりにします。”決意!!”

2005年4月11日(月)
期『気』も新たに


新しい期を迎え、市況もやや肩上がりになりつつありますが、やはり今年度も厳しい環境には変わりありません。
会社も個人も自助努力の精神で切り開いて行くしかありません!4月は1月と違った新たな気心が湧いてきます。

自分自身の問題・子供の教育・進路・家族の将来・健康等々。一番問題を抱えている本人が、健康を取り戻し 大黒柱としてあと8年は、『気』で仕事をします。治癒の代償として、手足の痺れや痛さは残っておりますが,いつかは和らぐでしょう。

今治療されている方々、経過観察中の方々に春光の暖かさが治癒を早める
ことでしょう!
上の桜並木は、全長2.2Kmあります。一般道のサクラ並木では全国最長でしょうか??(横
浜市緑区) 

2005年2月27日(日)
病気に我慢強さは無用


この病気を見つけるのは優しいのですが、血液内科にたどり着くのが難しいのでしょう。

同年代の男性が、リュウマチからリンパ腫発病で治療を受けられてます。この年代とは限らないのですが、我慢強さが垣間見られます。

リンパ腫は、人によっては症状も”だるさ・疲れがとれない・微熱が続く・胸がきりきり痛い・残尿感がある・お腹がはるなど”あまり重くない症状であり、我慢して病院にも行かず生活(仕事)を続けてしまう病気です。

50代・団塊の世代・衣食住で我慢、我慢と教えられた時代の人間です。少しぐらいの事では、病院には、お世話にならず『我慢して』仕事を続けました。

病気になって分りました。”病気に我慢強さは無用です”


もうすぐ春
陽の暖かさを肌で感じる季節です。

治療中の皆様・寛解の皆様・治癒の皆様 お身体をご自愛ください。

2005年2月22日(火)
鉄人日記創刊から丸一年


鉄人日記も今日で366日目です。隔週日記とは名ばかりで月間誌なってしまいました。ずぼらな性格が如実に表れています。


この一年 特発性血小板減少性紫斑病が治り”さあこれからと・・・・再発治療を行い仕切りなおしで寛解・治癒を目指します。


これからもたわいのない日記を綴っていきます。ご愛読ありがとうございます。

2005年2月6日(日)
風邪・花粉・寒波襲来

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一年で一番辛い如月になりました。早々に一週間風邪を引き金曜日に完治?するも花粉症なのかスッキリしない。
今年初めての診察(2月1日)では、案の定CRP・WBCともに高くとも問題ないとの事。

CHOP治療終了から2年近くになるが、オンコビンの影響か、いまだに手・肘・ひざ・足の関節が強ばって痛く、主治医にリュウマチの検査依頼をお願いしたところ、血液膠原病科のある総合病院の紹介状を頂いた。

今日は、市制50周年記念で武道演舞会がアリーナであり、次男の演舞(少林寺拳法)を含め(弓道・柔道・剣道・合気道・少林寺拳法・空手)の武道6団体の演舞を堪能してきました。

私と妻は、今日からダイエット?二人でパワーヨーガを演舞しています???トホホ、、

2005年1月3日(月)
二礼二拍一礼から


新年あけましておめでとうございます。

三が日とも穏やかな暖かい陽射の年始めとなりました。

家族四人で鶴岡八幡宮(鎌倉八幡宮)にお参りしてきました。

御手洗でけがれを落とし お祈り(お願い事)をしてきました。

血液疾患と戦っておられる皆様方が治癒されることを願って

おります。


本年も宜しくお願い申し上げます


2004年12月28日(火)
2004「」転じて2005「」となる


最後の最後まで天災・人災に翻弄された2004年ですが、今も戦争・テロ・自然災で多くの方々が亡くなられています。心が痛むばかりです。

1人でも多くの生存と国家間の問題を超えた国際援助を期待します。来年は「災」転じて、世界の人々が
福(幸になれますよう。

今年は治療2年目で「再発」の宣告。
治療も無事終え、
再発転じて治癒となる。災⇒治 治 治 治 治・・・・・・・

これから治療される方、今 治療されている方、治療が無事終わった方、寛解中の方 全ての人が『治』になる事と信じます。

来年は鎌倉八幡宮で皆様方の治癒をお祈りして参ります。
良いお年をお迎え下さい。

2004年12月13日(月)
ピッチィングの後遺症 ○○には勝てず 


次男の練習試合に備え、トスバッティングのピッチィングを買ってでた。
バッティングセンターの玉より、生きた玉のほうがより実践に近い練習が出来ると張り切りすぎた。

発病から再発治療まで、体力強化の運動は一切行わず、体力不足を感じながらのピッチィングであった。
案の定!その日から腰、ひざあちこちが、筋肉痛なのか かがむことも寝返りを打つこともままならない身体になってしまった。

痛みが取れず、やむなく今日整形外科にお世話になりました。先生には診察前にリンパ腫の発病時期・治療内容・経過などの説明も行い診察を受けました.。予測はしていたが、腹部(腰)にレントゲンを4回照射されてしまった。

再発の治療が終了してからは、極力放射線にかかわる検査を少ないしていこうと思っていた矢先の事であり残念であった。

診察結果は、骨折もなく筋肉疲労(筋)であるとの事。”若い人と同じように激しい運動は控えてください”とのアドバイスを受け賜った。

コルセットとシップ、痛み止め他とかなり高い代償であったが、何はともあれ試合に勝った次男の笑顔には代え難い。

やはり”○○には勝てない” これからは太極拳で体力をつけていこう!!

2004年12月1日(水)
2004年皆勤賞&我が家の流行語大賞


今年もあと一ヵ月を残し新しい年を迎える。今年は再発・治療・難病など色々あったが、入院の3日間と通院治療の30日間以外は休まず会社勤めが出来た。
ハードな一年ではあったが、残り1ケ月気を引き締め2004年を締めくくりたい。

多くの方々に感謝! 家族に感謝! 丈夫な身体に感謝!し又身体をいたわりながら仕事をやり続けたい。

2004年11月30日主治医から治療結果の言葉には感謝感謝であった。”
集積はありません” ”お大事に”今年の我が家の流行語大賞にしたい二語である。

12月28日 今年の締めくくりとして診察を受ける。主治医に感謝の気持ちを一言伝え、治癒への始まりの日としよう!!

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2004年11月28日(日)
106日→40日→33日→6日(2005年)


今年は1年内の1/10 病院にお世話になりました。2002年の106日に比べれば随分と日数が減りました。来年は2ケ月に1回の検査だけで終わりたい気持ちです。

神頼みではありませんが、朝一番で日本三大天神の1つ荏柄天神社にお参りに行きました。学問の神様ですが、病気のこと、長男のこと、家族のこと色々とお話して参りました。

今月30日に治療効果の結果が出ます。神のみぞ知る。寛解であることを・・・・・・・。

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2004年11月14日(日)
チャリンコ四天王揃いふみ


昨日 冬の便りとも言える”木枯らし1号”が吹きました。西の大陸には冬将軍が見え隠れしています。治療中の皆様方、経過観察中の皆様方、寛解・治癒された皆様方、冬のプレゼント”風邪”には十分お気つけて お身体をご自愛下さい。と申し上げながら、本日プレゼントを頂き 暖かい布団の中です。

念願の四天王が揃いました。これから紅葉の季節に活躍してくれます。
車の横をスイスイと、来週から鎌倉巡りをしてきます。(紅葉は12月初旬ごろが見ごろです)

希望は、JAGUAR NIGHT Xの折りたたみが欲しかったのですが、JAGUARもどきの安い***を購入。
(贅沢品ですから仕方がありません)

リツキサン治療も、CT/ガリウムシンチ検査も終わり今月末(30日)に主治医に結果を聞きに伺います。”なるようになる”良い結果が報告できるでしょう!!

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2004年11月3日(水)
寛解とでも言っておきましょうか!


昨日(11月2日)でリツキサン単剤8クールの治療が終了しました。治療中体調の変化もなく良くなっているのか、現状のままなのか検査結果が出るまで分かりません。が本人は”寛解”かな・・・・

まだ選択の余地があります。初回はCHOP9クール・2回目はリツキサン単剤8クール・・・今後R−COP治療・放射線治療・自家移植・・・と数々ありますが、体が受け付けない治療もあるので、今回で”寛解”とでもしておきましょう。

発病(2002年9月6日入院)から社会復帰(2003年8月18日)それから1年後の2004年8月17日再発の告知。私の体にリンパ腫が居候していましたが、あまり役に立たずリツキサンを手土産に独り立ちいただきました(2004年11月2日)

家族・友人・会社の上司・同僚・主治医・看護師・会社・病院・戦う会それぞれに”感謝の気持ち”で一杯です。ありがとうございます。


秋陽の暖かさを肌で感じ、久しぶりに家族(次男は野球)三人で鎌倉の円覚寺を目指して出かけましたが、渋滞・・・・渋滞 北鎌倉駅をあとにして早々帰路につきました。《これからの時期は車禁止・・鎌倉にはチャリンコで出かけます》鎌倉の紅葉は11月下旬から12月初旬が見ごろでしょう!!

お寺参りが好きな家族(子どもたちは?)です。妻は、今年日帰りで清水寺にお参りに行き、12月にも日帰りで金閣寺を予定しています。私は雪景色の三千院(3回目)に2月ごろ予定に入れておこう。
北の温泉も・・・車A3も・・・家の外溝も・・・・ボーナスでるのかな?

2004年10月11日(月)
折り返し中間点・1ラウンド4h


やはり8回戦になりました。リツキサン単剤治療の為、8回戦に挑戦です。

本人曰く”今回4回行い、半年後に4回行う方法が治療効果が高いのではないでしょうか?”  主治医曰く、”単剤の為、8回やりましょう” ”8回終了後にCTとガリウムシンチを行います。11月始めの予約をして来て下さい” ・・・・言葉を発することがでません。

主治医を信じます。これまでも主治医の治療方法を信じてきました。裏づけされた確かな戦術があるのでしょう。勝利するために、裏切るわけには行きません。

折り返し中間点を過ぎ、明日が5回戦です。1ラウンドが4時間(天敵では無く点滴)と長い戦いですが、ボディブローもアッパーも無く、ただマットに眠っているだけです。


今日から手塚治虫先生の代表的作品の一つである「ブラック・ジャック」がテレビ放映されます。私が二十歳とき少年チャンピオンに連載され愛読していました。

当時のイメージとしては【ブラックジャックは、無免許医ではあるが、難病を次々と治療するアウトサイダー的なDrであり、成功報酬は高額であるが、人の命を助ける善人であり悪人ではない外科医であった。】と記憶にあります。

一日も早く難病を治癒・平癒できる薬剤ができる様、製薬会社とDrに託します。

更新手続きしていた”特定疾患医療受給者証”が届き、あらためて病気の重さを実感する。

2004年9月20日(月)
リツキサンの効果!オンコビンとの相性は?


8月17日再発の告知を受け、腹部に2cmの腫瘍・頚部にシコリがあり、ガリウムシンチからも集積が確認されました。告知から1ケ月後の9月15日に初回のリツキサン投与を行い、あまり副作用らしきものは表れず無事終わりました。(微熱と痒みが少し起こる)

非ホジキンリンパ腫(再発)診断は、組織・免疫学的検査を除いては、画像検査のPET・CT・RIからの情報が重要な判断材料になると主治医から聞いております。血液検査からは、sIL-2Rとβ2MGの数値を重要視される話をよく耳にします。

実はリンパ腫の治療から一度もsIL−2R・β2MGの数値を主治医から聞いたことがありません。
リツキサン治療にあたり、主治医に腫瘍マーカーに関して訊ねてみたところ、2年前の入院時に一度だけ検査したとの事。その後は皆無。

何故かと?その答えは【腫瘍マーカー検査は、その数値が がんの進みぐあいを表すこともある重要なものではあるが、がん以外の原因で数値が高くなることもあるので、決定的なものではありません。画像とLDHなどで判断します。当病院では、sIL−2R・β2MGを時系列的に数値化し判断しておりません。】やはり病院・医師・病気の種類によってまちまちなのでしょうか?判断材料が何であれ、間違いのないよう的確な判断を下していただければ良いのです。

本来ならば、R−COP治療が望ましいのであるが、エンドキサンで間質性肺炎を併発しており、アドリアシンは、投与総可能量が限界量を超えるため投与できず、残るはオンコビン!主治医に”リツキサンとオンコビン併用の治療効果はあるのでしょうか?”と訊ねました。主治医曰く”例がありません”・・・無言。

私としては、リツキサンとオンコビンの併用治療を期待していたのですが、”例がなければ”いいチャンスだと素人は考えるのですが、無駄なのでしょうか?せっかく目の前にいい治験者がいるのに”と私は思いました。残念ですがリツキサン単剤での治療を受けます。


明日で2回目の治療になります。診察まで待ち時間が1hなければ、副作用も少なく点滴は3hあまりで終わる予定です。予定通りに進めば、午後から会社で仕事が出来ます。期待しましょう!
リツキサン8回投与の予定ですが、効果に期待し4回で終わりたいものです。期待しましょう!

2004年9月11日(土)
365日目の宣告と戦いの始まり


2003年8月18日次男の誕生日に、会社復帰し365日目の2004年8月17日に、主治医から再発の告知を受ける。最終治療から497日目である。また家族も私も新たな戦いが始まる。

主治医からの宣告は、少なからず心の準備が出来ていたので動揺はなく、再発に効果的な治療方法があるのか?主治医からの治療方針に期待して耳を傾けていた。

再発という事実が妻には大きなショックだったのだろう。悲しみを堪え主治医の一語一語にうなずく妻の姿のほうが、再発の宣告よりも大変辛い思いをした。

主治医の言葉"もう少し様子をみましょうか?"間髪いれずに妻が"腫瘍が大きく(2cm)なっているのでリツキサンを・・・(言葉がつまり・・・治療はできないでしょうか?)"・・・・・・エンドキサンで間質性肺炎になっているので・・・アリドアシンはもう使えないし・・・主治医"リツキサン単剤で8回治療しましょう。9月14日入院してください"

いつも妻 同行で診察を受けておりますが"主治医との対話はいつも妻で私は蚊帳の外です"誰が病人なのか疑います。主治医も妻に話したほうが理解が早いのではと?

どの病気でも、寛解・治癒を目指し、本人も家族も励ましあい又何かを犠牲にし治療に専念します。

否定的な考え方ではないが、血液疾患の病気について言えば"寛解しても常に連れ添って(リンパ腫)健康管理を怠らず暮らしていく気持ちが人生楽しく生きて行ける"と妻の気も知らずノー天気な私である。

リンパ腫・血小板減少性紫斑病・深部静脈血栓症を抱えながら、今日まで、いや これからも仕事をして行きます。少々のことでは、へこたれない鉄人です。

とりあえず、9月14日短期入院し初回のリツキサン治療を開始する。すぐに治るでしょう。

追伸 お誘いいただいておりました陶芸作りには、家族で11月にはお伺いいたします。何を創作するか夢を膨らませ考えておきます。

2004年7月4日(日)
夏の風物詩
梅雨の合間とは言え、真夏日が続きます。病院で治療なされてる方は夏風邪に、通院治療なされている方は、熱射病にお気をつけて、一日も早く治癒・平癒なされることをお祈りしております。ここ1,2年気象庁の予測確率が下がったとあります。もう梅雨明けしているのではないでしょうか?気象庁さん!

夏の風物詩と言えば人それぞれですが、私は”入谷の朝顔市・浅草のほおずき市・平塚/仙台の七夕・青森のねぶた祭り・隅田川の花火大会・京都の祇園祭り・岸和田のだんじり等々”を思い出します。その場所に住んでいたから、近距離だったから等のわけはありますが、 大阪と奈良に住んでいたにも関わらず、何故か 祇園祭りとだんじりは見たことがありません。祇園祭は、是非一度家族で見たいものです。その想いを七つ飾りの1つ 短冊に託してみましょうか!わが家には青竹がありません!駅の青竹にお世話になります。"ヨロシク”!

先々週、仕事で平塚に行きました。随分と早く七夕の準備がされているな〜と思っていましたが、何と今年は七夕(7月7日)なる前に終わってしまうとの事です。(7月1日から5日まで) 年々人出が減っているせいでしょうか?夢や願い事が叶わないような気がします。残念です!!
太陽暦の七夕(8月7日)が行われる仙台まで願いを託しにいきましょうか!!


この頃 体調が芳しくありません。妻が"顎の下が腫れている”と言い出しました。確かに触手してみるとリンパが腫れているのと似ています。甲状腺が腫れているのでしょう! 医者でない私は、"月曜日に必ず病院に行くよう"妻に念押しするだけです。私自身も右頚部に腫れを感じます。CTで1cmのリンパがあると10日前に主治医から言われております。良い機会です。七つ飾りの折鶴(家内安全・健康長寿)と紙衣(病気・災難などの厄除け)に願いを込めてみます。
2004年6月20日(日)
反省(15)と感謝(13)

15年目!お互いに忘れていました。良いことなのか悪いことなのか解りません。が 日々平々凡々と暮らしているせいでしょうか?前日までは頭の片隅にありましたが、何故か?反省です。20年目(陶婚式)のお祝いはスィート20ダイヤモンドを贈りたいと!!待っていただけるでしょうか?

13回目を迎えます。昨日子供から一日早いプレゼントを貰いました。粋人な私に扇子とは!妻の粋な計らいに感謝しています。
又 今日は次男の野球チームが、市長杯戦で優勝しました。父の日にいいプレゼントです。

隔週日記とありますが、書き込みが疎かになりがちです。その為のピンチヒッターを育成中です。イスに座ってパソコンとにらめっこしているのは、一人娘のポッケです。手が使えないので、音声認識ソフトを開発中です。もうしばらく時間がかかるでしょうから、当分私が日記を綴ります。

2004年6月6日(日)
梅雨入り&向日葵

苦手な季節がやって来ました。雨上がりの夕方 次男と愛犬の散歩で公園に行き入り口近くに、雑草の中でひときわ鮮やかな向日葵が頭(こうべ)を垂れて咲いていました。

次男が不思議そうに向日葵を見て”夏に咲くのじゃないの”と聞いてきました。確かにそうです。私も太陽の花・真夏の暑い日差しに似合う花と思っていました。この所 夏日が続いたので、一足早く強い日差しを浴びる為 早咲きしたのでしょう?梅雨を乗り切り真夏になるまで咲き続けてほしいものです。


我が家は、ゴッホやゴーギャンの向日葵が不釣合いな部屋が多く、この向日葵の写真が、部屋の調和に合うでしょう!

公園の裏出口に、この時期に似合う がくアジサイが咲いていました。例年この時期は大変込み合うアジサイ寺に来週は朝早く行ってきます。

妻はシスアド何級? 今週の月曜日 PCがフリーズし修復不能になりました。これで2回目ですが、すぐに使いたいと 妻がPCをリカバリーし オフィスのインストールから5つのメールアドレス・LANの設定・サーバーからのホームページのダウンロードまで一人でやり遂げました。
新しいパソコンを欲していた妻が 自分でPCを直せるのですから これでひと安心です。
やはり Meは不安定です。デイトレの力が発揮できれば、XPも身近なものになるでしょう!!
やはり日経平均1万2500円以上にならなければ、XPは手が届かないでしょう??

2004年5月23日(日)
竹 林 浴
すっきりしない曇り空の日曜日です。が森林浴ならぬ竹林浴を満喫してきました。お寺参りもご無沙汰していましたので、竹の寺で知られている鎌倉のお寺にお参りしてきました

飛び石を配した小道の奥に茶席があり、孟宗竹(もうそうちく)と何故か色づいた紅葉(もみじ)のミスマッチな中で抹茶をいただきました。(何故この時期に色ずくのか?紅葉木の種類が違うのか?お寺に人には尋ねておりません)

竹林で思い出します。奈良に住んでいた頃は、京都の嵯峨野に竹林を見に行きました。スケールの違いもありますが、飛び石の小道がある竹林に安らぎを感じます。

子供の頃は、竹との関わりが多くありました。見よう見まねで作った水鉄砲・竹とんぼ・竹馬・竹つり竿・竹弓・竹刀等遊び道具は自分で作る時代でした。。子供に教える環境が少なくなり非常に残念に思います。

もうひとつ竹にまつわる記憶があります。小学4.5年生の時、”竹に花が咲いた”と親父が竹やぶを教えてくれた事、70年に一度しか咲かない事、その後竹やぶが枯れてしまう事を親父が驚きながら教えてくれたことを記憶しています。

昭和40年代に日本だけでなく世界中の竹(マダケ)が開花したと本に書いてあります。
開花周期は120年と言われております。
孟宗竹の開花周期は、定かではありませんが67年と言われています。

親父と一緒に見た竹薮は孟宗竹だったのかも知れません。
どちらにしても、もう一度竹が開花するまで長生できればと・・・かすかに・・・

マダケの開花を見ることができれば、私が世界一の長寿としてギネスブックに載るでしょう。願わくば夢かなえよう!!!
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2004年5月5日(水)
勝って兜の・・・


昨日は霧雨の中 次男と野球観戦に、横浜スタジアムへ足を運びました。
プレーボール前に、次男は応援グッズの品揃えです。ジャイアンツの高橋選手を応援するため、サイン入りボールまで?入場料より高くつきます。

私は3年ぶりの野球観戦になります。が横浜-巨人戦とは・・・次男と周りの巨人ファンに囲まれ、ついつい力が入り応援していました。結果は巨人が敗れましたが、ローズと古木の場外ホーマーが見られて次男は満足です。

さて 私は6月6日横浜-阪神戦の予約です。今度は私が阪神グッズの買い漁りです。
今年も阪神が優勝か!!少し気がおそいか??(決まりと言う意味不明の造語です。)

一日早い菖蒲湯に浸かりました。子供たちは、初めての経験です。菖蒲湯の効用を聞かせると、2.3分で体が温まったとはしゃいでいました。菖蒲の効用も然る事ながら言葉の効用も大きいようです。長男は、葉より根のほうがよく効くと次男に言っていました。(流石に雑学中学生です)

妻からは、”いつも子供に怒っている”とよく言われます。そのとおりかも知れません。人を褒めることが下手なのでしょう。子供の話を聞くだけで傾聴していないのかも?聞く熱心さが必要なのでしょう!!反省ばかりです”渇” 

毎年 兜を飾るたびに 無事に成長している息子たちと妻に感謝します。
リンパ腫と難病(特発性血小板・・)との戦いに勝って、今日ここに、家族と一緒です。病気に勝っていい気にならず、生活習慣(食・眠・働・遊)を疎かにせず油断することなく
”緒”締めます。

明日から立夏です。暦の上では夏立つ日で、山々に新緑が零れ、風もさわやかになって、いよいよ夏の気配が感じられる季節となります.。が変わり目です。治療されている方は、くれぐれもお身体をご自愛ください。

2004年5月1日(土)
365にち 記念日

3週間ぶりの日記です。公私共に忙しいくて・・・・言い訳ですが、廃刊にならなくて助かりました。

週休2日の会社にお勤めの方は5連休のGMです。時間の活用が下手な私では3連休で十分でしょう。次の5連休は、6年先の2010年・・今からゆっくりとスケジューリングし、楽しい有意義なGMにします。

1年間に元旦と国民の休日を除いて13の記念日があります。
成人の日・憲国記念の日・春分の日・みどりの日・憲法記念日・こどもの日・海の日・敬老の日・秋分の日・体育の日・文化の日・勤労感謝の日・天皇誕生日と、それぞれ制定された云われ理由があります。

自己責任を負う・法律の守る・先祖を供養する・自然に感謝・子供の幸福に努める・敬老を敬う・健康な生活・自由と平和・働くことに感謝・・・大人として責任を果たし守るべき最低限の事柄ばかりです。記念日を迎えるたびに考えさせられます。反省!!!
大切な日が抜けています。母の日と父の日です。この日はお互いに感謝感謝です。

人それぞれに記念日があります。上の写真は、次男が市の春季野球大会で優勝しメダルを貰いました。次男に、またひとつ記念日が増えました

私もクリスマスの12月25日が退院した記念日で、4月8日は寛解から1年目の記念日です。誕生記念日・合格記念日・卒業記念日・昇進記念日・結婚記念日etc・・・・と数々あります。

365日 毎日が楽しい思いである記念日ができるよう ゆっくりのんびり変化ある日々を過ごして行きます。
さて明日はなにをしようか?早くも変化のない一日となりそうだ!!!!
皆さんもたくさんの記念日を作ってください。

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2004年4月11日(日)
快汗(いい汗)の一日
近くの公園で、二人の息子たちとキャッチボールで心地よい汗を掻きました。
野球をしている次男の相手にはなりますが、今日は長男が始めてキャッチボールをしました。
投げ方や、捕り方にはぎこちなさがありますが、彼なりに楽しくいい汗を掻いたようです。
障害(ADD)で、運動神経・運動性に軽快さ、速さや動作の敏捷さはありません。うまく捕球・投球出来なくても、笑顔で楽しく次男と三人でキャッチボールを楽しみました。

次男のたっての願いで、5月4日は横浜スタジアムに足を運びます。大好きな高橋由伸選手とジャイアンツを観戦します。
トラファンの私にとっては、ベイスターズでも応援しましょうか?
三塁側内野席では、ジャイアンツの応援しかできないでしょう!

野球に興味のない妻と長男は、映画鑑賞にでも行くのでしょう!
もう遅いのですが、”ゴールデンウィークの予定は”と急かされています!その前に来週は、野毛の大道芸と試験で予定がいっぱいです。
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2004年3月27日(土)
誕生から感謝へ


 昨日は、帰宅が遅くなりましたが、兄弟とも”お父さん 誕生日おめでとう”と声を
かけてくれました。なんのお祝いもありませんが、一声がお祝いです。
年年歳歳の出来事ですが、生きてこられて良かったと感謝感謝です。

私が誕生の際は、何の言葉を発したのでしょうか?
幸せでありたい? 健康でありたい?等など・・・念念と思いがあったのでしょう


天上天下唯我独尊とは申しません。 自尊の念に浮かれることなく、感謝の念を忘れずに生きていければと考えます。

誕生日 妻に”ありがとう”の一言です。短い言葉ですが感謝です。私の大切な妻です。

いつもは車で出かけますが、今日は電車で買い物です。
通勤途上のいつもの駅ですが、家族と一緒で、心にゆとりがあるのでしょう! 途中下車してホームからのワンショットです。(今では珍しい 茅葺き屋根の家です)

都会にもまだ在るんです。・・・・心がなごみます。 春の降り零れる(こぼれる)季節を感じさせられました。感謝!!!

2004年3月21日(日)
自然の未知なる力で平癒する

 東京に住んでいる時、次男が小児喘息を患い、突発的に起こるので、医療用の吸入器を購入し対処していました。その後 盛岡(岩手県)に転勤しました。

始めて北の地で暮らすことになり、家内や子供達には、少し不安もありましたが、住めば都でしょうか?すぐに馴染んだようです。

やはり、北の地は違います。空・森・水・そして空気。空気が”おいしい”と感じたことは初めての体験です。東京の空や空気とは雲泥の差があります。東京では、色々な治療を施しても喘息は治りません。

空気が大きく影響しているのでしょう。盛岡に来てすぐに、次男の喘息は治りました。病院には一度もお世話になりませんでした。自然の恵みでしょうか!自然の未知なる力で、喘息が平癒しました。

この時は、自然の有り難さを改めて考えさせられることになりました。その地に住めば、そこでしか体験できないことがあります。(当たり前ですが) 一年半の短い期間で幼い子供達には、良い体験になったのではないかと親なりに思っています。

【岩手県のPR

白鳥の写真は、盛岡に住んでいた近く(家の裏)の北上川です。冬になると白鳥が何百羽と飛来し羽を休めます。子供達の日課は、白鳥たちに餌(パンの耳)を与えることです。その姿は、白鳥たちのように生き生きしています。

もうひとつ、この北上川には、十二月から一月にかけて、鮭が何十万匹と生まれた河川に、遡上し産卵します。一生に一度の産卵後命を絶ちます。
その時期、河川は鮭でいっぱいになり、自然に回帰します。(鮭も一夫一婦です)
【間違っても、獲って食べる人はいません】

スキー場も、車で一時間とかからず(安比高原・八幡平・雫石・網張・・・)ゆっくり滑れます。平日も遅くまでナイター営業しています。【子供達はそりに夢中でいつも満悦して帰ります。】

あとは文化でしょうか・・・・・古都平泉の文化・中尊寺金色堂・・・・歌人 石川 啄木・作家 宮沢 賢治・言語学者 金田一 京助・国連事務長 新渡戸 稲道・・・・内閣総理大臣が四人(原 敬・米内 光政・斉藤 實・鈴木 善行)
『遠野物語』の世界にひたるべく、多くの人達が遠野を訪れています。【著者:柳田 國男】

とにかく広大な地域です。(面積が北海道の次に広い)日本海側の陸中リアス式の絶景・それと海の幸には、舌鼓が打てますよ。・・・忘れていました温泉が沢山あります。

岩手にいけない方々は、東京に”いわて 銀河プラザ”があります。
食・工芸品・観光・情報なんでもござれ・・一度お立ち寄りください。
【銀座五丁目十五番地一号南海東京ビル1階】

昨日の寒さで(3度)桜の開花が、予定より遅くなりました。咲いている桜もありますが、上の写真のように”つぼみ”です
今年も、入学式は葉桜です。盛岡あたりがちょうど満開の時期でしょう。

来週は、国民的行事!おにぎり持って花見できまりでしょう・・・・春陽まであと一週間待ちましょう!

2004年3月13日(土
医療費助成制度と桃まつり

 色々な医療費助成制度があります・・・・老人・母子・乳幼児・難病・・・・etc
今日は乳幼児医療制度について。

次男が幼児(0歳から3歳)の時、東京に住んでいました。小児喘息で病院にお世話になる
機会が多く、大変な時期でもありましたが、全国でも制度の確立が
早く、
乳幼児(0歳から6歳)の通院・入院医療は、所得に関わらず無料で受けられました。


あれから10年・・・東京都北区では、中学3年までの入院医療費を無料にする助成制度を
今年の4月より実施します。
子供に対する医療費助成制度として
”全国の自治体で最高水準を目指す”とあります。

地域によって助成制度の違いはかなりあるのでしょう。都・市・区・町・村の財政に大きく左右されるのは確かでしょうが、全国 同じ制度になるよう,厚労省が取り組むベきでしょう!

わが市は、今年度から対象児を2歳児までに引き上げました。(1歳以上は所得制限あり)。
出生率の低下・小子化へ移行で、子育てに支援の環境整備に力を注ぐとの市政方針です。
が、医療すなわち”健康体で子が育つ”です。医療費助成制度と子育ての2本柱で、
取り組み願いたいものです。

桃まつり・・・・あまり聞かれません。(節句があるのでいいのかな)
梅まつり・桜まつり・梅林園・名桜・夜桜は、良く耳にします。
梅と桜の間に咲き、桃の木も少なく、目にする機会が少ないのでしょうか?
通りがかりに、目に入った桃の花を撮りました。

桃と同じで、医療制度も目に見えてこない所があります。見え隠れせず何処にでも、自然と
見えるようにしてもらいたいものです。

予想では、来週末が桜の開花です(東京・横浜)。春です。
春に似合うベスト曲を放映していました。

2000年は・・・・”桜坂”福山 雅治さん
1989年は・・・・”卒業”尾崎 豊 さん
私の曲は
19××年・・・・”心の旅”チューリップ(財津 和夫さん)の時代でしょうか

2004年(今年は)、”桜”で決まりでしょうか?オススメアーティスト河口 恭吾さん


2004年3月6日(土)
Happy Spring(春うらら) Happy Hores(ハルウララ)

 春雷も轟き、春陽の季節なのに、何故か空には寒雲が漂っています。
されども3月は、Happy Spring/Happy Horesの季節です。
春うらら・・・・・病院で治療されている方々に、春光が肌で感じられますよう
一日も早く、治癒し退院されることを祈ります。・・Happy Spring

ご存知の方もいらっしゃると思います。高知競馬で105戦で105連敗中の
サラブレッド”ハルウララ”が話題になっています。今地方競馬は、存続経営
するのが厳しい環境にあります。その中で、8歳の牝馬《鹿毛》が老体にムチを
入れられ、ゴールを目指し疾風迅雷のごとくターフを駆け抜けます。この姿が
人気の秘密でしょうか?負けが分かっていても、着順予想は一番人気(オッズ)
です。郵政公社から切手が発売され、音楽業界からはCDも発売されております。
”春うらら”を歌われている宮沢 勝之さん(作詞/作曲)が、3月5..6.7.日に
東京芸術劇場(池袋)でコンサートが行われています。大変素敵な曲です。

3月22日に106戦目があります。中央競馬会で年間最多勝の武 豊さんが
騎乗し、初勝利を目指します。鞍上の魔術師 武さんとハルウララが”馬が合う”と
期待できますヨ!Happy Horesとなりますように。

Happy Tigers・・・・あと1ケ月で、この時期になります。G−T決戦です。
東京に10年・神奈川に15年以上暮らしており、標準語を話しているつもりですが、
イントネーションが少し違うようです。盛岡・仙台に3年いましたので
言葉が交じり合っているのでしょうか?どうでも良いんですが、
やはり、Tigersの応援には自然と関西弁が出ます。《やはり関西人かな》
4月2.3.4日はドームが熱く燃える!

本来は、これまでの治療(闘病)を隔週日記に綴っていこうと始めましたが、
過去のことは、省かせて頂き、現況を書いていきます。
             他愛もない日記ですが、これからも宜しく。

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2004年2月29日(日)
改札口に税務署?・第3次対がん総合戦略

 確定申告はお済になりましたか?3月15日が期限です。税務署に足を運ぶのは大変ですが、JR鎌倉駅改札構内には税務署があります。平日の9時から12時まで受付をしています。サラリーマンの方には、大変便利でしょう。が私のような株式譲渡益が有るわけでもなし、土地建物の譲渡益(遺産)も無く、有るのは住宅借入金と医療費控除です。鎌倉税務署は親切です?高額所得者が多く住んで居られるんでしょう。わが市と比べ、市財政も豊かです。
今年(2003年分)は、鎌倉税務署にお世話になる事はありません。2002年は、入院治療の時期でもあり、申告(住宅借入金控除)が5月になりました。
医療費控除は、2年続けて還付されません。2002年と2003年で自己負担金
150万でも、保険金で補填があり還付される税金はありません。
生命保険は、自助努力でリスクを背負いるのに、保険の還付金まで控除になるのは納得が出来ません。が、これが、日本の”グレーな税の仕組み”なのです。
還付申告は、時効が5年間です。5年前の平成10年の申告も大丈夫です。
申告しなければそのままです、税務署からは指摘してくれませんから、納税者が損をするだけです。何時も税については、腹が立ちます。来年からは、確定申告で税金を納めることが出来るくらいになりたいです。(プロ・デイトレの鉄人)

今年4月より始まる国家プロジェクト【第3次対がん十ヶ年総合戦略】に、がん患者(皆国民)も期待しております。が昭和59年(1984年)から10年毎に総合戦略が、履行されておりますが、今ひとつ成果が目に見えてきません。
第3次戦略の重要な柱は、がん専門医の育成を重点に置いている点です。
手術・化学・放射線療法等の各分野を専門とする臨床腫瘍医【腫瘍内科医】の早期育成が、今後のがん治療・新薬の早期承認に大きく左右されると聞いております。
日本臨床腫瘍学会が中心となり、3年後【平成19年】から、毎年100人程度の専門医を育成し、将来は1000人程度を目標とする。とあります。
米国より30年遅れていると言われており、ここは一発”坂口さんの力(ちから)の
見せ所です。毎年度の予算編成の中で、200億から300億の概算要求(がん対策)はしてもらいたいものです。第3次は文部科学大臣と厚生労働大臣合意の上での戦略です。患者からすれば、1年でも早く前倒しで計画が進むよう願うものです。坂口さんもあまり力(りき)まず、文部科学省の河村建夫さんと力を合わせて、日本の医療に注力頂きたいと節に願います。

2004年2月22日(日)
鉄人日記   ★創刊号★    
啓蟄も近くなり、そろそろ冬眠から目覚め活動しようと思い 本日、鉄人日誌の創刊号を発売致します。
今後とも、ご愛読の程宜しくお願い致します。
            【注:購読料は無料です】
悪性リンパ腫を患い、2002年9月6日に入院治療行い、346日目の2003年8月18日(次男の誕生日)に職場復帰致しました。
現在も、難病(特発性血小板減少性紫斑病)を患いながらも、元気一杯働いております。【鉄人ですから】
これまで、悪性リンパ腫と戦う会の闘病記・掲示板に
どれ程、励まされ、”元気と勇気と生”を授かったか、
感謝の気持ちで一杯です。
団塊世代の【少し後】仕事バカですから、日記が続くかどうか分かりません。社主として、廃刊にならぬよう努めて参ります。
 2004年2月22日第28号鉄人郵便物許可 鉄人新聞
気まぐれ隔週日記
鉄人
フレーム
2004年4月4日(日)
花祭り・・・・4月8日

小雨が降る底冷えの中、お花見をされている方々、風邪を引かれませぬようにと思いつつ、私には花見する勇気がありません。
時速10キロで車窓からの花見です。来週まで持ち越しですが、桜は待ってくれません。
北上して見に行くか、来年にするかどちらかです。が子供たちは関心がなさそうです。・??

少し早い花祭りの話ですが、私には感慨深い一日です。
4月8日は、リンパ腫の最終治療を終えた一日です。もうすぐ1年経過し、再発もなくこの日を迎えることが出来そうです。感謝です。

お釈迦様誕生の日であり、私にとっても二度目の生誕日と思っています。(生きてこられたことに、妻・家族・主治医・看護師・励まし戴いた方々・悪性リンパ腫と戦う会に感謝!!)

前回の日記で勘違いをしている事があります。お釈迦様が言われた”天上天下唯我独尊”の意味を取り違えておりました。

【天の上にも天の下にも、ただ我がのみ一人尊い・自分ひとりが、この世で一番尊い】と理解しておりました。お釈迦様に謝罪・懺悔です。

正しい意味は、『他人であれ、自分であれ、人間としてこの世に生まれ出て来ることができて、しかも生命が今 自分に宿っているということは、何にものにも代えがたい尊い事実であり、この世のすべての生命1つ1つが等しく尊い』ということを、お釈迦様が2500年前に諭されたとあります。

世界には、キリスト教・イスラム教・仏教の三大宗教のほか様々な宗教があります。それぞれ意味深い言葉が数多くあります。が私のような愚者には解りません。
愚者・愚人であれ、感謝の気持ちを忘れれずに生きて行きたい!!

★今年の野毛大道芸は、4月17日(土)・18日(日)に開催されます。4会場でおこなわれます。横浜にお越しの際には、みなとみらい21の、赤レンガ倉庫前広場でも行われます。毎年芸人さんも増え国際色豊かです。必見ですヨ!!!