Strong man 28
2011年3月12日(土)
心配です心が痛みます。


1996年から盛岡で仕事をし多くの人と知り合いました。
宮古市の・・・三陸町の・・・大船渡市の・・・越喜来湾の・・・陸前高田市の・・・お世話になった人ばかりです。
会社にも、自宅にも伺った場所が、テレビの映像に映っています。心が痛みます。
ご無事でいられることを祈るばかりです。

仙台市の若林区にも住んでいました。
甚大な被害の荒浜にもよく遊びに行った場所です。仙台空港も新ターミナルが出来た年でよく利用しました。
東北に3年半住み、東北6県(青森秋田岩手宮城山形福島)の多くの人と知り合い親切に接していただきました。今でも場所と建物と多くの人の顔が想い浮かびます。
すべての人が、ご無事でありますよう心からお祈りいたします。

2010年12月23日(木)
八景・・・称名寺(学問寺)

半年ふりの日記となりました。大きな病気はしておりませんが、肺炎と胸膜炎の
併発で、2週間ほど入院していました。少しやばかったようですが、何とかいつもの
ように、ギリギリで生きています。ESHAPの治療終了から、1年半経ちますが、肺炎
以外は、病気を発症せずに、バリバリ働いています。近場のお寺なのに、お参りした
ことがなかったので、家内と散歩がてらに、お参りしてきました。大きな由緒ありお寺
で、境内に神奈川県立金沢文庫と言う図書館があります。鎌倉時代の武家の書庫と
して、北条実時が創設し学問をこよなく愛したそうです。





























  近江八景 江戸八景 東都八景などなどありますが、わたくしの
  田舎は、港がなく帰帆の情景がありません。○○七景でも見つけ
  ましょう。(浮世絵師 歌川広重の風景画でも見ながら考えます)

2010年6月13日(日)
退院から丸1年 元気です!父の日!

早いもので、もう一年が経ちました。復職してから8ヶ月 体調を鑑み定時退社。2002年発病からかれこれ8年が経ちます。5回の再発を繰り返し都度最新治療で、何とか生き延びています。
歳のせいなのか、薬剤・放射線のせいなのか体のあちこちが油切れで、総合病院のお世話になる回数が増えました。一番の原因は、運動不足なのでしょうが、解っていてもなかなか体が動いてくれません。
散歩がてらに、家内と八景島シーパラのあじさいと薔薇を観に行きました。
治療中の方、経過観察の方、寛解の方、これから梅雨になり体調管理には十分お気をl下さい。
追伸
本日は”父の日” 家内・長男・次男からネクタイのプレゼント!
感謝!感謝!(写真左の写真は”幸福の鐘”)

2010年1月1日(金)
がん完治 おめでとうございます


がん発症から8回目の新年を迎えることが出来ました。
今年は、がん封じに、ご利益がある鎌倉の上行寺(ジョウギョウジ)にお参り
しました。
中に入ると万病にご利益がある瘡森稲荷と身代り鬼子母神が祀られています。

全国からがん患者の参拝者も多いと聞いております。
ここに”薬王経石”と言う石があり、”薬王経石”で患部をさすると治ると
いいます。有り難く”薬王経石”を1つ頂いてきました。

全国のがん患者の皆様が、寛解・治癒されること、
今年も”がん完治 おめでとう”と言ってもらえる人が
すべての人でありますようお祈りいたします



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2009年9月20日(日)
秋近しまた復職も近し


日に日に、秋めいてくる風や雲、山々を感じます。天気が良いので、渋滞覚悟で三浦半島の海沿いを一周。雲ひとつ無い空の青さと海の青さ久しぶりの眺めでした。房総半島・富士・江ノ島etcと四季がある日本に感謝です。

試し出社(短時勤務)をしてから約1ヶ月が経ちます。約9ヶ月のブランクがありデスクワークだけでしたが、仕事感が取り戻せたようです。
シルバーウィーク明けからは、本格的なフルタイムの勤務に戻ります。
まずは、お得意先へ挨拶まわりとお礼。これからは、あまり身を粉にして働くのを自重しマイペースで仕事が出来るようスケジュール管理していきます。
もうこれ以上、家族にも、会社にも、お得意先にも迷惑をかけることの無いように、体調管理をしっかり行い再発を食い止めたいと思っています。

傷病手当金不支給で、社会保険事務局へ審査請求の申し立てをしていました。約2ヶ月以上経って決定書の謄本が届きました。

主文”健康保険法による傷病手当金を支給しないとした平成21年5月○○日付の処分は、これを取り消す”と勝訴です。
あきらめず何事もやるべきと・・・よく言い聞かされた言葉です。

季節の変わり目です。これから治療される方、今 治療されている方、治療が無事終わった方、寛解中の方 お身体をご自愛下さい。

2009年7月7日(火
5度目の治療結果は”寛解”


本日、PET検査結果を主治医から聞きました。ESHAP療法が功を奏したのでしょうか!
主治医より”腹部にも全身にもがん細胞は見られません。活動性のものはありません、!嬉しい一言です。感謝!感謝!

放射線で、残骸を消滅させたい希望がありましたが、主治医に、リスクが高い!と言われ、今回は断念しました。

治療期間6ヶ月、休職7ヶ月目であり早々に、復職の活動を開始しました。スムーズに事が運んで、復職は9月初旬頃の予定です。

2002年発病から、トータルで30ヶ月間休職しており、これ以上休職は
しないよう体調管理と充実した仕事を心がけ、新たなスタートを目指します。

病院フロアーの笹の葉に、願いを込めたたくさんの短冊が飾ってありました。
私は、いつもいつもお願い事ばかりしていますので、家内に託しました。

これから治療される方、今 治療されている方、治療が無事終わった方、寛解中の方 全ての人が『治癒』になる事と信じます。

2009年6月23日(火
職場復帰の延期・社保局へ審査請求


結婚記念日に、復職の打ち合わせで6ケ月ぶりに会社訪問しました。
前回2006年5月復職時は、社内の手続きが”診断書” ”産業医との面談” ”復職願い”など簡潔で短期間で復職できましたが、ここ1・2年で,がんやうつ病など疾病にかかる社員が増え、復職時の審査基準が厳しく煩雑になり治癒しても短期間での復職が困難になりました。

復職までの産業医との個人面談・産業医から主治医への情報提供。
幹部と産業医・本人の3社面談など申請までの手順が多くなりました。
復職前の試し出社制度や復職後の短時間勤務制度・支援勤務制度等など道のりは長いです。

主治医からは、7月より勤務可能との診断書をいただいたのですが・・・・・
復職は9月になりそうです。

2002年に傷病手当金を受けており、既に1年半経過しており、尚且つ同一傷病の為、今回は傷病手当金は支出できないと、保険組合より通知がありました。
早々に、社会保険事務局の審査官と面談し不服申し立てを行いました。
審査結果は60日以内に通知があります。
A4用紙1ページに、ビッシリと不服申立て理由を書き提出しました。

神奈川の社会保険事務局と大阪の社会保険事務局から受け取りの通知が届きましたが、どちらも宛名を間違えたり、受け取り日付の記載が1ケ月前の日付とハチャメチャです。電話すると再度書面を送りますとの事。・・・・ほとほとなさけないです
これでは社保庁も解体するでしょうが、税金の無駄使いです。
傷病手当金には、僅かな期待をしているのですが?

社会保険事務局がダメであれば、厚労省の社会保険審議会に審査請求する予定です。

2009年4月25日(土)
庭先の”ライラック”


4クール目が終了し腫瘍も随分と小さくなりました。
これまで色々な抗がん剤療法を行ってきましたが、今回の治療が一番効果が現れています。
主治医も”IECよりESHAPの方が、治療効果はいいですね!人によっては、IECの方が効果出る場合もあるのですが”と今回の治療は間違いではなかったと納得していたような・・・・・・。
主治医は、移植をやらない代わりに、あとESHAPを2クール程行う予定で考えています。

患者本人は、PETCTの結果しだいで、”今回で終わりにしたい”と考えていました。

このまま治療を続けると復職時期が、7月か8月になる予定。当初の予定より復職が大幅に遅れ”仕事と生活”の軌道修正をしなければなりません。

新年度がスタートして1ケ月過ぎようとしています。子ども達も学業に変化を感じ自分のスタイルで生活を実感しています。

私にとっては、最終の治療と思って病気と闘っていきます。(ゴールデンウィークは治療中かもしれません?)

私にとって”6度目の再発はありえない”と!!!!

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2009年2月28日(土)
5度目の再発


昨年の10月に、再発が分かり騙し騙し仕事を続けてきましたが、腫瘍も6cmと大きく肥大し治療の為に、09年1月に入院治療に入りました。この病気と丸6年半の付き合いとなり、ななかなか見切りをつけてくれません。

今回も、主治医の移植治療を断りR−ESHAP療法で寛解を目指します。
わがまま患者ですが、6年もの付き合いであり主治医も理解しているようです。
腫瘍が小さくなれば、
放射線治療を考えていますが、事前のカンファレンスで、放射線治療は、これ以上照射出来ないと念をおされていますが、あえて再度、放射線主治医と折衝する予定です。

当初は、4月初めには、復職出来ると考えていましたが、3月に再度入院し3クール目の抗がん剤治療が始まります。

5月を目途に、復職できるよう治療に専念致します。

どんな病気も、ストレスが悪いと言われます。なかなかストレスと無縁の生活はできないでしょうから これからは、”怒らない”=”免疫力低下しない”
をモットーに笑いの生活を送りたいものです。

・・・・・春の足音とともに、子ども達の高鳴る鼓動も身近に聴こえる季節になりました。・・・・・春の使者・・春陽の中”ふきのとう”でも探しに散策してきます。

2008年11月3日(月)
鎌 倉 路
紅葉の時期まで、あと1ケ月かかりますが、久しぶりに鎌倉路を散策しました。
普段は一般公開しない長寿禅寺が、開門しており初めて拝観しました。
本堂の方丈からの庭園は、心静まる眺めです。

この静けさが、来年も続けばと・・・・鉄鋼業界・金融業界・自動車業界等・・の業界再編があり、ここに来て電機業界までが、大編成時代に突入しました。
円高・株価下落・消費減退の逆風が強まって、自助努力が厳しい時代になってきました。

目先の経済対策も必要ですが、将来の子ども達の為にも、環境重視・自給自足の社会作りを目指してほしい。1人ひとりが環境ECOで、社会が変わると願っています。
2008年9月23日(火)
休刊から1年 秋から新刊号へ

隔週日記が隔年日記になってしまいました。
ずぼらな性格でしょうか。
1年の空白を手短に記してみます。


体質的に、自家移植が出来ず残りの選択肢として、放射線治療を行いこれが功を奏し治療終了から2年半が経ち発病治療からは、丸6年が経過しました。
多くの方々にささえられ感謝の気持ちに耐えません。


鉄人の体調は、絶好調ではありませんが、運動不足と食事の不規則とで高脂血症になり1年近く薬を飲んでいます。

KI.ZA.NAの家族は、来年受験を控え(大学と高校)文武両道に秀でるとはいい難いのですが、無事に卒業し健康であればと願っています。

妻も働きはじめて1年半にもなります。
自分やりたい事を誰よりも我慢し家族の為に、自分を犠牲にしている妻に感謝!感謝!です。

今年の秋は早足で通り過ぎるようです。
1人でも多く ”I will feel autumn”

八景とは、
  一.晴嵐(せいらん) とは、晴れた日に山にかかる霞
   二.秋月(しゅうげつ)とは、中秋の名月
  三.夜雨(やう)   とは、夜もの寂しく降る雨
  四.帰帆(きはん)  とは、夕暮れ帰ってくる帆掛け船
  五.落雁(らくがん) とは、空から舞い降りる雁
  六.夕照(せきしょう)とは、夕映え、夕焼け
  七.暮雪(ぼせつ)  とは、夕暮れに見る雪景色
  八.晩鐘(ばんしょう)とは、夕暮れの寺
を表します。
金沢八景は
一.洲崎(すさき)晴嵐
.瀬戸(せと)秋月
三.小泉(こいずみ)夜雨
四.乙舳(おっとも)帰帆
五.平潟(ひらがた)落雁
六.野島(のじま)夕照
七.内川(うちかわ)暮雪
八.称名(しょうみょう)晩鐘
となります。