マンダラ
![]() |
マンダラ(曼荼羅)に対して私たちはどのようなイメージを抱いているのだろうか?
|
|
大日如来
|
|
日本のマンダラ 日本には密教の伝来とともに伝えられたが、中期前半密教までしか伝わらなかったので種類が限定されている。中期前半密教では中心はあくまで大日如来であり 従ってマンダラも大日如来が中心になっているものが殆どである。そうは言っても 実際にはいろいろあり観想用マンダラというものもあるが、日本では本来の瞑想のために用いられることはあまりなかったと伝えられる。 日本では代表的なものは胎蔵界マンダラと金剛界マンダラである。この二つは対になっていて、両界マンダラと呼ばれている。日本の密教寺院では大抵、東に胎蔵界マンダラを西に金剛界マンダラを掛けている。胎蔵界は「大日経」に基づき描かれ、仏の慈悲という母胎から生まれた世界、金剛界は 「金剛頂経」という経典に基づき描かれ、堅固な永遠の悟りの智慧を表しているのだが、解り易く言うなら胎蔵界とは この世あの世含めての大宇宙(インド哲学で言う ブラフマン 梵)、金剛界とは心の中の宇宙、仏の世界である。(インド哲学で言う アートマン 我) 中心の仏様はいずれも大日如来である。密教では仏は大宇宙にも、こころの中の宇宙にも遍在していると考える。マクロ大宇宙とこころのなかのミクロ宇宙が完全に一致した状態が悟りの状態で ブラフマンとアートマンの一致、梵我一如、あるいは日本では入我我入などと言う。 胎蔵界マンダラは 中心大日如来の周りを四如来 四菩薩が取り囲み、大日如来の慈悲の心が八方にあまねく光のように放射されるのが描かれる。金剛界マンダラは右下から中心の大日如来に向かって渦を巻くように瞑想が深まり悟っていく心の過程を描いているのだ。9段階あるので九会(くえ)マンダラとも言われる。 また別尊(べっそん)マンダラと言うのもある。数ある仏様の中から自分の好きな仏様だけを取り出して描いたものだが仏様一尊(注1)だけを描いたものではなくその眷属(一族郎党)まで含めて描いたものである。祈願の対象となるもので つまり自分の好きな仏様に 例えば無病息災など何かを願うのである。しかしこれは本来の密教の目的 悟りの世界を体験する つまり「入我我入」からは外れていて 日本独特の虫のいい話と見ることも出来る。 注1:神様や仏様は1尊、2尊と数える。 チベットのマンダラ マンダラの宝庫は実はチベットである。 チベットの仏教は7世紀頃に始まった。最初は顕教が伝わったがやがて密教が伝わる。密教は前期 中期 後期に分かれている。 顕教では悟るのが難しく、必然 いかにしてたやすく悟りの世界に入れるかが追求され密教が生まれた。密教でも後になればなるほど 如何にして完全にしかも容易に悟るかが追求された。また後になるほどヒンドゥー教の色彩が強くなってくるが、悟りを得るのが最終目的である限り 密教も仏教の一種であることには変わりない。マンダラの中心仏は中期密教の前半までは大日如来であったが 中期後半になると アシュク如来などが中心仏になってくる。 さらに11世紀頃にインドで成立した後期密教(タントラ仏教 注2)の影響を強く受けるようになり変質していく。後期密教は簡単に言うなら 修行のプロセスに性的な要素を取り入れて、より強力に且つ容易に悟りの境地に到達しようとする教えである。 注2: タントラ ヒンドゥーのシヴァ神の妃ドゥルガーを主神とするヒンドゥー教の一派 この宗派の聖典をタントラという。仏教にこのタントラ を取り入れたのがタントラ仏教で後期密教を指す。顕教の経典はスートラと言い 密教も中期の「大日経」あたり迄はスートラと言う。 後期密教になると経典はタントラと言われ 「秘密集会タントラ」が 最後の完成した経典である。 日本に伝えられた密教は中期密教までで、後期密教は一部を除いて入ってこなかった。 そのため、チベット寺院の堂内や仏像、壁画などには日本と基本的に共通する部分がある一方、まったく異なるものも少なくない。例えば、ヒンドゥー教の要素が強く入っており神か仏か区別がつかないものが多い。ヒンドゥー教では神といい 密教では仏と言う。仏像には明妃(みょうひ)、ダーキニーをはじめ多数の女性の尊像(仏または神の像)がある。また、父母神(ふもしん)と称される男女神(仏)が抱き合う神(仏)像も多数ある。さらに憤怒の神(仏)像もあり、骸骨や血や肉を表現するなど一見奇怪でグロテスクな表現も見られる。したがってマンダラもそのようなものが多数見られ日本のマンダラを見慣れた人にはかなり奇怪に見えこれが仏教?と驚くのである。 ちなみにこのような表現があるからといって、決してチベットの人々が性的なことを好んだとか残虐であったと言うわけでは勿論ない。チベットでは密教の修行をするにはまず顕教の修行をしろと教える。顕教を修行して 相当心が浄化された者のみに密教の実践が許されたそうで 安易に密教で悟りの世界を実践するのは危険であるといわれた。マンダラや仏像などの表現はこれらの姿を借りることで密教の教えを象徴的にあらわしたものであるとも言える。 上記 父母神(仏)は悟りの智慧(般若)を女性、悟りを得るための手段(方便)を男性にあてはめ、両者が合体して一つになることで究極の悟りが得られることを表している後期密教の典型的表現である。 又 立体マンダラと言うのもある。立体マンダラは文字どおりマンダラを立体的に表現したもので、と言うのは本来 マンダラは立体構造を有するものである。マンダラには必ず境界があり以下のようなものが典型である。最外周に丸い境界円になっていて火が燃え盛る火炎山脈、その内側は墓場で、死骸や悪鬼等をあらわし、さらにその内側に山があり須弥山を表す。須弥山の頂上には蓮華があり、そこから丸い巨大な宮殿が浮かぶように出現し、まるで中空の城のようである。宮殿の中には法身普賢(ほっしんふげん)と呼ばれる父母仏とその眷族(けんぞく)が多数安置されている。日本のマンダラはこの宮殿をちょうど真上から見た状態を平面に描いたものといえるだろう。 このように、チベット密教独自の表現はマンダラに強くあらわれている。日本にはこのようなマンダラはなく 同じ密教のマンダラでも日本とは相当違うが 本場だけありチベットのマンダラの方がはるかに種類も多く、幅が広いと言えるだろう。 さてマンダラを何に使うかと言えば もともと初期の目的のように瞑想で悟りの世界をイメージするのに使うのが最も良いのではないか。悟りの境地と言うのは言葉を越えている(言葉では到底表せない)。それが証拠に悟りを得た人は しばしば沈黙してしまうと言うことに現れている。一方「百聞は一見にしかず」の通り言葉よりはビジュアルの方がはるかに伝達能力が高い。そこで悟りを得た者が自分の得た世界を、まだ悟りを得ていない者に対して映像のモデルで導くために作られたものがマンダラである。 従ってマンダラを壁に貼り 燭台にローソクを灯してマンダラが見えるようにしてそのマンダラを強く体感するような瞑想するのが良いのではないか。光を向こうにおいて透過型のマンダラがあるともっといいかも知れない。勿論この場合 心の中では立体の世界を体感するのである。 瞑想に興味の無い人は単なるモダンアートとして額に入れて飾るのも色彩がきれいでいいだろう。 今日においてマンダラを求めようとすると日本で手に入るかどうか私は知らない。チベットでも入手困難と聞く。わずかにネパールでは手書きの本物のマンダラが入手できるようである。 |