エフェソス(エフェス)/トルコ
| エフェソス(エフェス)、紀元前16〜11世紀にかけて、ギリシャから移住してきた人々が建てた町は、アルテミス神殿を中心に繁栄したが、前7世紀にキンメリア人に狙われ、町も神殿も破壊されたが、リディア王クロエソスが再建したものの、ペルシャのキュロス大王に征服され、アレキサンダー大王の登場を待って、ヘレニズム時代となる。 いろいろな経緯を経、ローマ領となってからも、益々繁栄し、ローマ帝国のブルータス、カエサル、アントニウスも訪れているらしい。アウグストゥスの時代には、ローマ帝国のアジア州の都とされ、行政と商業の中心として、広大な帝国内でも5本の指に入る大都市として発展したが、港が浅くなって使えなくなり、アルテミス信仰も時代の変化で力を失い、さらにゴート族の攻撃を受けたのを直接のをきっかけとして、衰退していった。 ローマのポンペイの遺跡は、住宅、商店、ハマム等の建物がよく残っていて、庶民の生活が手に取 るように分かるのだが、町が小さかったこともあって、大きな公的建物が少ない。ここエフェソス(エフェス)は州の都だけあって、立派な建物には圧倒されてしまう。 1996年現在、発掘されたものは、まだ全体の10%にすぎない。 |
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ヴァリウスの浴場 エフェソスの紀元前2世紀に建設されたハマム(浴場)、その後の 時代では、体育館として使用されていた。 |
| エフェソスのバジリカ(聖堂)跡 アウグストゥス時代の建物。今でいう裁判所のような働きをしていた。このバジリカの右手がアゴア(広場、 市場)で、左手がオデオン(音楽堂)。 この近くには 政府機関の建物が多い。 |
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オデオン(音楽堂) エフェソスの街の小劇場。当時は屋根が付いていたことや、舞台の作りから、議事堂としても使われていたようだ。1400人収容。 |
| ヘラクレスの門 エフェソス・クレテス通りの両側に大理石の石柱が立っている。この石柱に、ライオンの毛皮をまとったヘラクレスレリーフがあることから、ヘラクレスの門と呼ばれている。当時はこの石柱の上に勝利の女神のニケのレリーフが置かれていた。 |
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クレテス通り ヘラクレスの門からセルシウス(ケルスス)図書館までのなだらかな石畳のメインストリート。両側には円柱や、彫像が載っていた台座が並び、丘の上の高級 住宅街、モザイクの歩道、神殿や公衆トイレから遊郭まであり、当時の人々の生き生きとした生活が目に浮かんでくる。 このクレテス通りから図書館方面の眺めは、エフェソスで一番好きな所です。 |
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ハドリアヌス神殿 2世紀にローマ皇帝ハドリアヌスに、捧げられたコリント式神殿。神殿の特徴である三角屋根の破風は、ほとんど落ちてかすかに両端に残っているが、中央のアーチが残っていて、美しい。 アーチ中央の胸像は運命の女神、市の守護神であるティケ、その奥にはメデゥーサが、悪魔払いの目を光らせている。メデゥーサの下の帯状の部分には、エフェソスの創設の神話や、神々の話が描かれている。神殿の前の台座には、当時4人の皇帝のブロンズ像が置かれていた。 |
| セリシウス(ケルスス)図書館 視覚効果を計算に入れて考えられたユニークな設計で、両端の柱はやや細く、2階の柱も細くて短い柱を使用しており、遠近効果を利用して建物を大きく見せている。四体の女性像は、それぞれ知恵、幸運、学問、美徳を象徴していると言われている。像は残念ながらレプリカで、オリジナルはウィーンにあるそうです。当時、アレキサンドリア、ベルガマと並ぶ三大図書館に数えられ、12万冊の蔵書があった。 |
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大劇場 図書館からマーブル通りを辿ると、大劇場に着く。またここからは、マーブル通りに直角に港まで、アルカディアン通り(港通り)が続く。 大劇場は保存状態も良く、音響効果も良さそうだ。ペルガモンの大劇場の上に立った時の、急斜面や高低差を考えるとどちらが、大きいのだろうと思ったが、エフェソスの方が幅がある為か、24000人収容でき、大きい。 |
| アルカディアン通り アルカディアン通りは大通りで幅が11mもあります。両側は商店が建ち並び港まで500mだったのですが、その港も埋まってしまっています。 この写真は通りから少し入った所から大劇場を振り返って見ました。放置され転がった円柱のかけらが、悲しさを感じさせますねぇ。 |
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