勝手にレビュー13
鈴木理策をみに
東京都写真美術館
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| 鈴木理策 熊野 雪 桜 東京都写真美術館 鈴木理策は1963年和歌山県生まれ。故郷である熊野やその周辺を題材にした作品で、第25回木村伊兵衛写真賞を受賞。 |
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| サイン入りの図録を買った。これで畠山直哉の2冊に引き続いて、最近の3冊目だ。サインは金色のゲルインクボールペンで、 Risaku Suzuki とやや筆記体調で表2の次のページに書かれている。 |
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| 彼のことは知っていた。偶然写真雑誌で目にして、手帳に名前をメモしてあった。3年ほど前に。それでようやくこういう機会があった。 名前が独特である。本名だそうだ。 |
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| http://www.syabi.com/details/suzuki.html http://www.inax.co.jp/Culture/2006p/aoki2.html どんな写真を撮るのかは、リンク先を見てもらえれば分かる。 |
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| 今回の展覧会に関して言えば、単なる作品の掲出ではなくて、インスタレーション的な展示のされ方だった。僕は今回が初めてなので、いつもがどのような展覧会なのかは分からないが、今回に関して言えば、そうだった。 ただ、 それぞれは凛として静かな写真でありながら、それらを組み合わせることでロードムービーのような作品を作り上げる。 という記述がWEB上にあるので、毎回そうなのかもしれない。とにかく、各1枚1枚の出来もさることながら、その組み合わせに圧巻であった。それがインスタレーション的だった。 |
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| 例えば、まず写真展は熊野の森や滝壺の写真で始まる。それはいたって普通の展示。その次に、真っ暗な細い通路の左側に、やや小さめのサイズで、(おそらく)熊野速玉大社の御灯祭の写真。松明の火の粉が夜に人の頭上を舞うような写真が並ぶ。 やがて火の粉のピントがぼやけていき、黒い背景に白い点が点在するような写真で終わる。 それらの写真の向かい側、通路の右側で、同じような黒い背景に白い点が点在する写真がまた始まる。 通路を進むと、ピントが徐々にあった写真になる。通路の終わりは明るい部屋に繋がっており、突き当たりの壁には大きめのサイズで、夜の空の雪の粒の写真が展示されている。それをみて初めて、今見ていた通路の右側の小さめのサイズの(松明の火の粉だと思っていた)写真は、降っている途中の雪の写真だったと分かる。 |
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| というようなことがもうひとつ、雪の写真から桜の写真への移り変わりでも、同じような展示のされかたがしてある。構図のしりとりのようなものだと思う。ただ、客にみせたいのはしりとりではなく、写真であって、そのしりとりは、あくまで写真をみせる上での、スムーズな移り変わりのためにだけ使っているので、狡猾な感じは全くない。 |
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| しかも、熊野の写真と御灯祭の写真は、壁も床も黒、照明の落とされた暗い部屋に飾られている。雪の写真と桜の写真は、まっ白い部屋に飾られている。それにも、その明るさの変化が終わってようやく気づく。途中に、暗い部屋から明るい部屋に通じる、例の、徐々に明るくなる細い通路があり、しかもそこに飾られている写真は、松明から雪の結晶の写真であるので、その被写体の移り変わりの理解に囚われて、いちいち明るさに気をとられている暇がない。次は白い部屋だな、という心の準備をせずに、気づくと白い部屋にいる。 |
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| また、それぞれの写真は、まるで一連の撮影で撮られたかのように展示されているが、よく見るとほぼ全て撮影年月がばらばらである。滝壺の写真は、2005〜2007年に撮られたもの。御灯祭の写真は2004年。御灯祭から雪に繋がる火の粉の写真は1997年。といったように。 |
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| 少なくとも、その年月の違いは、見ているものには分からない。それ以外の部分に目が行って、素通りしてしまう。2004年の写真から、2005年の写真を繋ぐために、1997年の写真を1枚だけ使う。それでは、当然、こちらは全くわからない。 |
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