以下は、中国滞在中のジャーナリストから送られてきた、講演記録である。非常に重要な内容なので、そのまま掲載する(2001.11.22)


加藤哲郎様

 お元気ですか。先日はサイードらの声明文お送りいただき、ありがとうございます。
 さっそく広めています。日本でもさまざまな言論による運動、大いに広げるべきですね。当地北京の<読書>という知識人むけの雑誌でも、巨大な軍事力の発動・無制限殺戮に対してインターネットを通した世界的な批判の言論が史上最大規模で起こっていると紹介しています。
 さて、以下に転送しますのは、私が懇意にしているNHKのプロデューサー桜井均さんという方の講演記録です。桜井氏は、<埋もれた薬害エイズ>や<イスラム潮流>、<加藤周一 わたしにとっての20世紀>など多方面にわたり力作ドキュメントを制作している当代もっともすぐれたプロデューサーの一人です。
 
 なお、12月1日夜、NHKの衛星ハイビジョンで、以下の番組が放映されます。講演記録とあわせてネットワークでご紹介いただければ幸いです。
 
 <なぜアメリカか?なぜアフガニスタンか? 同時多発事件の真相を探る>
 
 出演 西谷修、臼井 陽(民族博物館 イスラエル・パレスチナ研究>、
    酒井啓子(アジア経済研究所 中東研究>


桜井均講演「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」

 

立命館大学にて 2001・10・3

 


 NHKの桜井と申します。私は30年以上ドキュメンタリーをつくってきました。いまはNHKスペシャルを担当しています。

 講演の題目を「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」と決めた時には、アメリカで同時多発テロが起こることはまったく予想もしていませんでした。この題目はもちろん西谷修さんの『世界史の臨界』という本の題名をもじったものです。

 当初の予定では、映像のデジタル化や伝送技術の革新が猛スピードで進むなか、「現実」と「事実上の現実」(バーチャル・リアリティ)の境界がますますなくなっていき、そうした環境のもとで、メディアが自制能力を失い、《無意味なもの》のオーバーフローを起こしつつあるのではないか。つまりメディアが臨界をむかえつつあるなかで、私たちがこれまでやってきたリアリズムに基づくドキュメンタリーは果して有効なのか、という問いを自らに課してお話をする予定でした。そうした深刻な問いを自らに突きつけてもなお、現場の記録が大事なのだ、しかも、それ自体が臨界に達しつつある世界史の現場に三脚を立てることが必要なのだ、という意味で「世界史の現場に立ち合う」とタイトルをつけていたのです。

 3週間前(9月11日)に例の世界貿易センタービルの爆破テロがありました。メディアは一気に臨界に達し、いまもそのショック状態の中にいます。それで、今日は、図らずもメディアの臨界状態に身を置きながら、同時にそこからの脱出口を探すという困難な課題にチャレンジしなければならなくなりました。

 あの日、なにげなくテレビのスイッチを入れると、高層ビルが燃えている映像が目に飛びこんできました。とっさに私は火事だと思いました。すると飛行機がニューヨークの世界貿易センタービルに衝突したというアナウンスが入ったのです。この段階でも私はまだ事故だと思っていました。ところが、その映像の中に、もう1機が突っ込んできた。一瞬、VTRのリプレイかと思ったら、じっさい2機目でした。

 あの時、じつは東京のアナウンサーのほうが、正確で早い情報に接していました。CNNやABCの映像は常時モニターができますので、事件が起こった日本時間午後9時40分くらいから東京は異変に気づいていました。「ニュース10」の開始は午後10時です。そのときアメリカは朝の9時。向こうのキャスターは寝ぼけ眼で、なにか事故だろうと思ってスタジオに入る。こちらは2機目が突っ込んだ段階でおかしい、事件だと思い始めている。彼我の奇妙なズレがしばらく続きました。

 それにしても、私にはあれがテロだとわかるまでに、そうとう時間がかかったような実感があります。キャスターは情報がほとんどないので、ただ時間を埋めるために同じことをリピートしています。情報の世界では、情報の断は時間の停止を意味します。おそらく世界中がバーチャルな感覚にとらえられた数十分間だったでしょう。その痺れたような感覚からすると、「同時多発テロ」だと分かるまでにずいぶん手間取ったように感じられました。ところが、あとになって聞くと、容疑者としてビンラディンとそれを支援するタリバンの名前が上がってくるのは、意外と早い段階、事件発生から2時間ほど後だったようです。あまりの衝撃に時間が止まっていたのでしょう。

 映像はどんどん海の向こうから送られてきます。解説はむしろ東京のほうが早いという逆転、、「世界同時性」の時代にふさわしい、まるで白昼夢のような事態が出来したのです。

 ご記憶の方もあるかと思いますが、日米の間に初めて衛星中継がつながった時、最初の映像がケネディー暗殺を知らせるニュースでした。非常に衝撃的でした。連合赤軍がたてこもった浅間山荘事件の同時生中継もそうでした。この同時性は、どんなにすぐれたドキュメンタリーも超えることはできません。衝撃的なことが同時的に展開していくと、私たちは激しく揺さぶられ一種のショック状態に陥ります。おそらく自分というものが二つあるように感じるからだと思います。一つは非常に臨場感がある。同時に見えますから、臨場する自分がいる。もう一つは全く離れている自分がいる。自分は物理的に情報の埒外にいる。本当のことがわかっていないのではないかという不安。すなわち「臨場感」と「埒外感」が同居している一種の分裂状態、ショック状態が続くわけです。

 今、ワシントンで毎日のように出てくる手嶋記者は以前一緒に番組をつくったことがありますが、彼も初めは政治的に当たり障りのない物言いを強いられていました。こんなときは、「ポリティカル・コレクトネス」=PCの言語を連ねるしかありません。専門家を呼んでみても、過去の蓄積でしかものを言いません。情報がないなかで語るのでどうしても憶測の域を出ない。つまり、この事件でメディアは、「情報の不在」と「過剰な映像」によって内外から挟撃され「臨界事故」を起こしていたのです。

 メディアの臨界状況は、今はじまったことではなく、こうしたことは以前から起こっていました。それが恒常化したのは最近になってからだと思います。

 フランスにポール・ヴィリリオという評論家がいます。彼は「電子テクノロジーによってグローバルネットワークが構築された世界は、距離が支配する《地勢学》では説明がつかない」と言い、《時勢学》という概念を持ち出しています。いうまでもなく距離=時間×速度です。現代は光の速さを獲得しましたから、速度は極大、時間はほぼゼロ。それで時間と距離をかけ合わせた距離も限りなくゼロです。「世界同時性」というのは、「距離の概念」が消滅してしまった状態ということになります。

 こういう《時勢学》的状況で、はたしてメディアは対象を的確にとらえることができるのでしょうか。はなはだ絶望的です。そもそもメディアという言葉は「仲介」という意味です。何かと何かの間にあって、ただ何かを映していればいい、ということになります。それならば、世界同時性に対応するには、世界中に監視カメラを置いておけばいい。簡単に言うと、テロにしてもコンビニ強盗にしても写っていればそれでいいというなら、コンビニの監視カメラで十分だということになります。これはメディアの危機です。

 以前にも、今と別の意味で私たちはメディアの危機を経験したことがあります。NHKがやったのですが、「やらせ事件」というのがありました。この時、「ドキュメンタリーから制作者の一切の作為を排除すべきだ。コンビニの監視カメラでいいじゃないか。ただ写っていればいい」という極論がありました。メディアは内側に向かって壊れたような気がしました。あれも一種の「臨界事故」だったのかもしれません。

 現在、アメリカは軍事偵察衛星で地球上のすべての場所を同時に監視するシステムを構築しつつあります。ところが、今回の同時多発テロは世界同時システムの真っ只中で起こりました。アメリカは軍事偵察衛星で宇宙から神のような目で一望千里、同時的に見ることができると豪語していた矢先です。すべてお見通しということで「open sky」という言葉を使っていました。この「open sky」という言葉は、ロッセリーニ監督の『無防備都市』(open city)をもじったものです。ニューヨーク、ワシントンがまさに「open city」 だったというわけです。

 ここで私は唐突にドキュメンタリーの話をしなければならないと思います。メディアはコンビニの監視カメラや偵察衛星でいいのでしょうか?

 ドキュメンタリーは、ある種の「介入」です。つまり「仲介」ではなく「介入」です。ないしは介入する能力や機能を持っている、と考えます。

 ドキュメンタリーの創始者の一人、イギリスのジョン・グリアスンという人が、今から7〜80年前にアメリカに行き、「社会が直面するいろいろな問題が大部分の市民には理解できないようなものになり、彼らの参加は形式的で冷淡で、無意味なものになって、そもそも存在しないこともしばしばであった」という感想をもらしています。今のアメリカでも同じことが言えそうです。グリアスンはそこで、「ドキュメンタリー映画作家は諸問題を意味のある形に劇化(ドラマタイズ)することによって市民を導き、この無味乾燥な荒野を抜けることを可能にするだろう」と言っています。ドキュメンタリーは無意味なものに意味を与えること、つまり介入によって、そこに意味の場をつくることができると、彼は言ったのです。

 ドキュメンタリーの古典的な定義は、「現実の創造的な劇化」です。現実をクリエイティブにドラマタイズする。フィクションではなく、現実に根ざして、その現実を劇化する。悪く言えば「作為」なんです。ドキュメンタリーはアクチュアルなものを記録して、ある時間の中に編集します。いろんな事象が伸縮して、意味の場を生み出すのです。ですからコンビニの監視カメラではドキュメンタリーはつくれない。ある種の「文体」とか「虚構性」がその中に積極的に入ってこなければならないのです。

 私たちはよく「録・釈・論」と言います。「録・釈・論」、「録・釈・論」と念仏のようにくりかえしながら取材を進めます。100の記録を撮って10の解釈をし、1つの結論に達する。人間は100も記録をしているとだんだん利口になります。事実は変わらなくても、見方が変わってきます。見方が変化すると、取材のし方も変わります。取材の方法に変化が生じて、やがてある認識に到達する。そういう認識に基づいて、もう一回、現実を見ると、現実を再構築(リコンストラクション)できます。ディコンストラクション(脱構築)と言えるかどうかはわかりませんが、ドキュメンタリーは現実を素材にし、当の現実に介入するアクティブな映像表現です。

 しかも、そのプロセスを見る人に明示しなければなりません。ですから、本来的に「やらせ」や「ウソ」は不可能です。たとえて言えば、幾何の証明問題を人前で解くようなものです。相手を説得しながら一歩一歩前へ進んでいく。「to prove」=証拠立てる、ないしは「to evidence」=証明する。これがドキュメンタリーに求められる倫理です。

 私はこうしたドキュメンタリーを心がけてきましたので、なにか衝撃的なことが同時的に目の前で起こっているときには、いつもこの事態をどうとらえるべきなのか、全神経を集中させて考えます。この事態にどういう表現を与えるかを考えます。

 いま目の前でくり広げられていることは、事件なのだから、少なくともテロリストはある意図をもってやったに違いない。それはしかし犯行声明がないので簡単に知ることはできない。この事態を当局は、どの段階でどのように認識したのか。認識の全体像は誰かの頭の中にあるが、その者が本当のことを言うとはとても思えない。しかし、それは確かにある。ドキュメンタリーは少し時間をかけてもこれを引きずり出さなければなりません。

 こういうことを、「メディアの臨界」状況のなかで開始しなければならないのです。人々の意識が事実の重みに耐えられず、理性を失い決壊すれば、それは止めどなく暴発するでしょう。

 こういう状況のなかで、どこから介入し、どこでせき止めるのか?今日は、事件から2週間後という危機的な状況下で、まさに「ドキュメンタリー的に」話を進めていきます。

 現在進行中の事柄にどこから介入していくか。今、アメリカで起こっていること、世界で起こっていることについて、毎日いろんな報道を見ていますと、大体どれも同じです。

 アメリカは「これはイスラム過激派の犯行である」と断定し、オサマ・ビンラディンとアフガンのタリバンの関係をとり沙汰し、ブッシュの決意表明を大々的に報じ、諸外国首脳がワシントン詣でをし、さて日本はどう貢献するかと議論し、そうしている間にもインド洋、ペルシャ湾にアメリカ軍のプレゼンスが始まり、やがてイスラマバードから報告が入る。タリバンも反論を開始し、アフガンの飢餓や難民の大量発生が報じられる。関心は、アメリカの出方に向かい、「いよいよ臨戦体制だ」とメディアが煽る。識者は「冬が来るとだめだろう。11月半ばからラマダンがある」などと少し知ったようなことを言ってお茶を濁す。この流れのどこに介入するのか。

 いま、各国首脳に「証拠は示された」と言わせていますが、そういう証拠は軍事機密ですから、あってないようなもの。「証拠を出せ」という言い方をするほうも、それが出てくるとは思っていない。第一、何をもって証拠とするのかという議論が全くなされない。「証拠」という言葉がいとも軽く使われているのは危ない限りです。まやかしの言説が飛び交い、戦時特有の「嘘の体系」ができあがりつつあります。

 湾岸戦争の時も全く同じでした。過剰な観測情報のなかに肝心な情報はほとんどありませんでした。結局、メディアは情報コントロールされていたことがわかりました。今度もおそらくそうだと思います。

 湾岸戦争の時、非常に奇妙なことが起こりました。アメリカ側は、流出した油にまみれる水鳥の映像をなんども画面に流しました。それに対してサダム・フセインのほうは空爆で乳児院が爆破されて子供が苦しんでいるという「古典的な」映像で対抗しようとした。常識的にはフセインが流した映像のほうが共感を呼ぶはずでした。ところが水鳥が油の中でもがく映像のほうがショッキングだったのです。子どもの死より水鳥のほうに皆の目が行った。なぜか。見なれた映像より、「生態系の破壊」という記号が人々の関心を引いたからです。ところが、水鳥の映像は、前後が欠落していて、いったいどこで撮影されたのかも怪しい映像だったのです。明らかにアメリカのメディア操作の勝利と言ってもいいでしょう。恐ろしいことに、戦争で子どもが死ぬのは当たり前という感性が私たちの中にインプリントされている。事の理非とは関係なく、今はそういうメディア状況にあるということです。

 今回の同時多発テロをブッシュは「新しい戦争」(new kind of war )と名付けました。しかし、これは本当に「戦争」なのでしょうか?私はこの「新しい戦争」という言葉から、ドキュメンタリーの介入の糸口はないかと考えてみたました。

 アメリカのネットワークは当初、「America Under Attack」と画面スーパーを出していました。「攻撃された」という状態を表す言葉です。そのあと、ブッシュが「これは単なるテロではなく、自由に対する、民主主義に対する戦争だ」と言い放ちます。それをうけて画面のテロップは、「America's New War」に変わりました。想像を超えたナショナリスティックな反応です。アメリカ国民の心理状態をそのまま反映しているのでしょう。テロの方法の法外さ、途方もない被害の広がりとこのことは関係していると思いますが、端から見れば、このようなテロップを出しつづける行為は常軌を逸しているとしか言いようがありません。

 「リメンバー・パールハーバー」。一時はこのアタックを真珠湾攻撃になぞらえました。しかし、このコピーは同盟国日本の心証を害するとの配慮から、ライス大統領補佐官は「真珠湾攻撃は国家と正規軍がやったのであって、今回のテロとは違う」と早々と取り消しました。「戦争」の準備が始まっていたのです。

 見知らぬ相手を敵とみなし、それとの戦いを「戦争」と名付けるのはハリウッド映画の常套句です。どこからともなく、わけの分からない敵が突然アメリカを襲ってきて一般市民に甚大な被害をもたらす。共通しているのは、攻撃をしてくる相手は邪悪で、いきなりの侵略してくる。パニックのなかで、優れた指導者がハイテクを駆使して敵の正体を解明し、危機一髪でそれを撃退する。スリル満点でハッピーエンドというのがハリウッド映画のスタイルです。ただし侵略の本当の理由や動機は最後までよく分からない。

 ところが今回、かなり早い段階からオサマ・ビンラディンとアフガンを実効支配するタリバンが敵と名ざされた。見知らぬ敵どころではない。かたや「お尋ね者」であり、かたや「ならず者国家」です。しかし、この場合も敵の本当の目的、攻撃の理由、動機についてあまり語られていません。

 「なぜアメリカは狙われたのか?」ということについて、今、それを言う雰囲気ではないみたいですが、「テロリストはなぜアメリカを狙ったのか?」ということについて問わずにいるのはじつに不自然です。原因を問わない。まさにハリウッド的思考です。「戦争」の目的がはっきりしない。だから、いまだにこの「戦争」に名前がない。

 ここから二つの方向に話が分かれていきます。うまくいくか分かりませんが、私は二つのことを同意並行的に少しずつ話しを進めていこうと思います。

 一つは、まさに「世界同時性」と「メディアの臨界」ということにかかわって、メディア・プロパーが抱えこんでしまった今日的な問題へのアプローチです。

 世界は、以前どこかで見たような、一種の「デジャ・ヴュ」の感覚に蔽われている、そのことにどう対処するのかという問題です。つまりメディアの危うさを、危うさのなかでどう理解するかということです。それをあるハリウッド映画と、事件後に、NHKが再放送したあるNHKスペシャルを例に考えてみたいと思います。

 ご覧になった方もあるかもしりませんが、98年暮、全米で公開された『Martial Law 』(戒厳令)という映画があります。今、レンタルビデオ店でさかんに借り出されているそうです。私たちはかつてこのビデオの一部を番組(『イスラム潮流〜マンハッタンにコーランが流れる〜』)のなかで使いました。私はもう一度全編を通して見て驚きました。内容や言葉遣いがあまりにも今回の事件と類似しているのです。

 簡単にストーリーを紹介します。最初にサウジアラビアに駐屯している多国籍軍、米軍基地が爆破される。湾岸戦争後という設定です。そして砂漠の中を首謀者の車が疾走していく。シーク(族長)・アーメド・タラルと字幕は出ますが、音声をよく聞くとアーメド・ビンタラルと言っている。つまりビンラディンです。なんでビンというのを除いて字幕を出しているのかわかりませんが、とにかくアーメド・ビンタラルが砂漠の中を逃げていく。それを特殊部隊が空から衛星で追尾し、地上で車を止めてシークをすばやく拉致する。その後、乗っていた車だけを爆破する。これと同じようなことを今、アメリカがやっているのではないかと思えるようなシーンです。

 拉致されたビンタラルはどこかに幽閉されていますが、数珠をくってコーランの一節を呟いている。

 この後、ニューヨークでテロが続発する。バスが自爆したり、ブロードウェイが爆破されて文化人がたくさん死ぬ。(今日の新聞にブロードウェイが再開と書いてありましたが…。)ブロードウェイの次ぎは小学校の人質事件。犯人グループは、マスコミが現場に到着するのを待ってボカンとやる。非常に劇場的です。そこも今回とよく似ています。

 そして、ついにFBIなどの捜査機関が入っている大きな建物にトラックが突入して自爆する。これで600 人が死亡し、ついにアメリカ人の理性が決壊する。各国の元首から弔電が届いたり、ニューヨークの消費売上が72%ダウンする。ここで大統領の声明、「我々は攻撃された。米国領土内の戦争である。これは新しい形の戦争である」。今回のブッシュの演説とうりふたつです。

 即座にアメリカは、リビア、イラン、イラク、シリアなど、テロを支援する国々に報復攻撃をすると宣言します。しかし同時に「アラブはテロリストではない。イスラムは寛容な宗教だ」とも慎重に付け加える。イスラム団体から抗議をうけて直したのでしょう。

 非常によくできた映画で、アメリカの中東に対するダブルスタンダードも描きこまれています。その意味でかなり現実を反映している。CIAがアラブを使ってサダム・フセインを暗殺しようとする。その資金を出して、CIAが訓練する。しかし国の政策転換があり、彼らをほおり出した。その時に教えた爆弾製造技術がニューヨークで使われたのだというふうにストーリーは展開します。

 ニューヨークの空撮の映像が何度か出てきますが、そこには今回壊された世界貿易センタービルがくっきりと写っていて、ほとんど「デジャ・ヴュ」の世界です。その後、戒厳令が敷かれ、ブルックリンが閉鎖され、アラブ系住民が次々に逮捕拘留されていく。ここにまたコメント、「大統領はニューヨーク市長とニューヨーク州知事を呼び、アラブ系住民を戦時中の日系人のように強制的に…」と。真珠湾攻撃の時に日系人が収容された、その記憶が呼び起こされます。これも今回と同じです。

 最後にテロリストがこう言います、「ごみのように俺たちを捨て、聖なる指導者シーク・ビンタラルを奪った。教えを説く彼を牢獄に入れた。世界の指導者面をした国に思い知らせてやる」と。

 今回のテロリストと大統領は、この映画を見ていたのではないかと思いたくなるような内容です。ただし、ビルに旅客機が突っ込むという想像力はこの映画作家にはなかったようで、その意味でも、今回はハリウッドとメディアは臨界を越えられたと言えるかもしれません。

 この『Martial Law』は、あまりにイスラムを仮想敵にしているというのでイスラム団体から抗議を受けました。従来のハリウッド映画は、どこからともなく正体不明の敵がやってくるSFでしたが、この映画では明らかにイスラムがテロリストのメタファとして使われています。当然映画制作者は否定したわけですが、随所にイスラムが出てくる。フィクションでありながらアメリカ社会の現実が鮮やかに投影されている。この映画は観客に一種の「感覚の混乱」を引き起こします。現実に起こっていることが、あまりにもフィクシナルであり、フィクションである映画があまりにも現実を反映しているという、両方の感覚に挟み打ちを受けて、こちらの感覚が混乱してくる。この混乱は、今のメディア状況全体にもつながっているように思います。

 もう一つ、『Martial Law 』の中で注目すべきところがあります。事件の捜査をするCIAの女性エージェントが登場します。彼女はイラクでフセイン暗殺のオペレーションをやったCIAの女性担当官です。彼女は最後に死ぬのですが、死の間際にテロリストを育てたのは自分たちだったという意味で「我ら罪を犯すものを許すが如く」と言う。彼女を介抱する黒人のFBI捜査官が「我らを許したまえ。我らを試みにあわせず、悪より救いたまえ」とそれを引き取る。捜査官が黒人だというところも意味深ですが、CIAの女性エージェントは最後に「アラーの赦しを」と言って事切れるのです。いかにもハリウッド映画の終わり方というか、あたかも宗教的和解が成立したかのように締めくくってしまった。

 この映画で注目すべきは、「新しい戦争」という言葉がすでに使われていたことです。

 今回、ブッシュ大統領の口から「十字軍」(crusade)という言葉も飛び出しました。アメリカは「限りない正義」(infinite justice)のために戦うと言った。《The Infinite》というのはキリスト教の「神」を意味します。これがあまりに宗教的だということで、endure(=どこまでもやる)という世俗語に置きかえられた。しかし、気をつかいながらもついホンネが出てしまう。それに対してタリバンのスポークスマンもメディアを利用して結構えげつなくメッセージを送っています。「ビンラディンだという明確な証拠を出せ」と言います。確かにその通りだという感じになるのですが、その後は「ビラディンの居場所はわからない」、「国外退去を命じた」、「我々に対する攻撃は全イスラムに対する攻撃だ、ジハードだ」と、メディアを使って明らかにメッセージを送っている。

 情報戦はこれまでは先進国同士のものと相場が決っていましたが、今回はメディアの中で、かたや「正義の戦争」、かたや「聖なる戦争(ジハート)」が戦っています。メディアの中で「代理戦争」が行われているようです。テレビはテロリストにジャックされ、自爆の瞬間をなすすべもなく放映し続け、今度は、宗教戦争の貸し舞台に成り下がってしまいました。本当にメディアはいま臨界事故状態です。

 NHKは事件後、「世紀を超えて、テロ無差別殺人の戦慄」を再放送しました。おそらく再放送の動機は、この放送が「今回の事件を予告していた」ということでしょうが、ここにちょっとした落し穴があります。この番組は、アメリカがテロリストを名指していく過程を描いたものです。

 たとえば「イラクには湾岸の後、3万リットルの細菌が存在しており、CIAがその行方を懸命に追っている」というコメントが入ります。その次になぜかビンラディンが出てきて、「それを持っていると仮定して話そう。イスラムを守るためには、その主要な判断は自分たちの側にある」と発言する。しかし、イラクとビンラディンを結ぶ証拠が示されないまま論が進められていきます。ドキュメンタリーの常道からすれば、当然取材に基づいて次ぎのような部分が挿入されるはずです。「イラクのフセインは、湾岸戦争で余った3万リットルの細菌をあなたに渡したと言っているが、あなたはそれを受け取ったのですか?持っていたら、あなたはそれを使いますか?」と。もっとも、こんなことが分かれば大スクープですが…。そういうやりとりは一切なく、どこで撮ったかわからないビンラディンが唐突に「持っていると仮定して話そう。イスラムを守るためには、その主要な判断は自分たちの側にある」と発言する。これだと彼は「使うぞ」というメッセージになる。ビンラディンが細菌兵器を持っているかも分からないのにです。次に、1999年国連安保理の「対アフガン経済制裁」の決議がつないである。アメリカ代表は93年の世界貿易センタービル爆破はイスラム過激派の仕業であると断定し、その中心人物オサマ・ビンラディンをどこまでも追い詰め、必ずや裁きの場に引き出す、と演説する。それに対して、今度はイスラムの宗教指導者が出てきて、「イスラムには無数のビンラディンがいる」と言い放つ。こういうふうに「憎悪の応酬」が、現実の時間の中ではなく、番組的時間の中でモンタージュされていきます。

 しかし、ここにはドキュメンタリーの原則である事実の確認がありません。平時においてはこんなものかで済むかもしれませんが、今のような状況下では別の意味を持ってしまいます。「ああ、やはり」という感覚です。じつは、私たちはまだなにも知らないのです。

 さっきのハリウッド映画『Martial Law』がノンフィクション・ドラマだとすると、NHKのはフィクション・ドキュメンタリーです。(そういうジャンルがあるのか分かりませんが…)このタイミングで放送されると確かに今回の事件を予測していたように見えます。フィクションの場合は「デジャ・ヴュ」で済みますが、ドキュメンタリーの場合は、そうはいきません。

 憎悪の再生産をしているという自覚がメディアの側にまったくない。理性が決壊し、メルトダウンする瞬間です。メディアというのは、とりわけドキュメンタリーは未来を予測するものではありません。そうではなくて、逆に「現在起こっていることは、本当に予測できなかったのか?」と直近の過去を問うべきなのです。「なぜアメリカは狙われたのか?」「テロリストはなぜアメリカを攻撃したのか?」と問わなければなりません。

 同時多発テロは「事故」ではなく「事件」です。事件なら、犯人がいて被害者がいる。そして攻撃を防御できなかった管理責任者がいるはずです。狂牛病の問題も、薬害エイズもそうでした。社会がある種の攻撃に晒された時、誰が犯人か、あるいは何が原因かを解明し、その事態をなぜ防御できなかったのか、その責任が問われます。犯人はウィルスであるとかプリオンであるとか、テロリストであるとかいうだけでは済まされない。この事態は本当に避けられなかったのか、結果責任を問う場面が出てくるかもしれない。今この時点で「アメリカという国にはまったく責任はないのか?」と問うと、袋叩きにあうかもしれません。今は「戦争中」だという認識ですから。しかし、「なぜ空爆なのか」と問うことはできるはずです。空爆の目的も期間もはっきりしない。「報復のため」なのか「テロ防止のため」なのか、明らかに「概念の混乱」があります。

 ここまではメディアの問題でした。こうしたメディアの臨界状態の中で、どうやってネックを抜けていくか?今のところなかなか名案が浮かびません。そこで私は、「世界史の現場」ということに関わって話を進めていきたいと思います。

 私たちは、これまで「イスラム潮流」や「地中海世界」を取材し、今は「アフリカ」を取材しています。こうした取材を通して浮かび上がってきたことは、アメリカがいま現実に相手にしているのは、たとえばイスラム圏に暮らす貧しい人々、アメリカ的なグローバリズムからこぼれ落ちた人たちだということです。ここ2、3年の取材のなかで、そのことが具体的に分かってきました。

 NHKスペシャル『イスラム潮流〜マンハッタンにコーランが流れる〜』という番組で、アメリカの内部でイスラム教徒がどんどん増えている様子を描きました。放送があった1999年段階で800 万人を越えていましたから今はもっと多いと思います。ユダヤ教徒の数を凌ぐ勢いです。イスラムは他宗教への再改宗を禁じていますから、減ることは原理的にありえないので、相当増えているはずです。

 30年ほど前から、マンハッタンに巨大なモスクをつくる計画がありました。しかし、完成したのは、ようやく湾岸戦争後のことでした。お金はクウェートが大半を出しました。そのモスクの壁にプレートがありまして、そこにはイラク、イラン、リビアなど、アメリカが仲良くしたり敵対した国がズラズラと書いてあります。これを見るだけでアメリカとイスラムの複雑な関係がわかるプレートです。クウェートが圧倒的なお金を出してつくったというのも時代を感じさせます。イスラム教徒がアメリカで圧倒的な勢いで増えている。それが脅威と映るのは自然の道理です。

 私たちは、実際にフロリダ州のイスラム系の移民社会で起こったある事件を取材しました。タンパという町に、マゼン・アルナジャールという教授がいて、ある日突然逮捕され、2年間拘束されている。しかし、逮捕拘束の理由を本人や家族は一切説明を受けていないというのです。彼はパレスチナ系の移民で、パレスチナ支援のカンパを行っていたことがあり、友人の一人がパレスチナでテロリストを自称したことが分かっています。

 移民法の中の連邦行政法240 条に「secret evidence」(公開されない証拠)という項目があります。つまり逮捕しても理由を言わないでいいという項目があって、アルナジャール氏はこれを適用されたらしい。この法律は実は1950年代、マッカーシズムの時につくられました。また、93年、今の世界貿易センタービルが爆破されたのをきっかけに、96年、「反テロリズム法」ができましたが、その中にも、この「秘密の証拠」の項目が入っています。この法律を適用され、逮捕拘禁されている人は私たちが取材した時に24人いましたが、そのうち23人がアラブ系イスラム教徒でした。もちろん偶然であると移民局は言います。これに対して、「これは差別ではないか、アメリカ憲法に反するのではないか」という抗議の声が上がっていました。

 同時多発テロが起こった後、実際にフロリダ南部のアラブ系イスラムの人が逮捕拘禁された時も、「公開されない証拠」の項目が使われました。今回も、イスラム=テロリストという図式はもちろん否定したのですが、しかし結果としてそういう図式がメディアを通して印象づけられました。

 こうしたことはアメリカ社会の中で何度もシミュレーションされていたのです。取材を通して、アメリカ社会の現状や、メディア状況が分かってきました。

 この事件の直前に現在話題になっているNMD=国家ミサイル防衛について番組をつくるためにワシントンにクルーを派遣していましたが、この事件に遭遇し、ディレクターたちは今、そこに張りついています。私は、ミサイル問題とテロは深い関係にあると思っています。

 アメリカのNMD(米本土ミサイル防衛)は、今度の同時多発テロとじつは深い関係があるのです。この事件が起こる前、アメリカとロシアの間でNMDに関する交渉をやっていました。NMD構想には、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約が最大のネックでした。迎撃ミサイルは初速、最初に発射するときのスピードの上限が決まっていて、あまり速いのはやってはいけないという制限があります。これを緩めよう。初速の上限を上げようと。アメリカもロシアも初速の性能が上がってきたので一緒に上げる。しかし中国はそれに追いつかない。バーを高くするとアメリカ・ロシア組は飛べるが、中国は飛べない。だからNMDとかTMD(戦域ミサイル防衛)というのは、明らかに中国がターゲットであって、北朝鮮ではないのです。

 もう一つ、ABM条約では、迎撃ミサイルの配備は首都かICBM(大陸間弾道弾)の基地かどちらか一ヶ所という取り決めを米ロの間でやっていました。

 NMDですとアメリカはアラスカに1基配備したい。そうするとABM条約と抵触する。これについても妥協する方向で話をしていたわけです。

 この会談で、ブッシュはなぜそういうことをやるかという理由を「ならず者国家があるからだ」と言っていました。その時、プーチンは「これからは国際テロが相手だ」と言ったというのです。なかなか予言的なのですが、しかしプーチンの頭の中にニューヨークのテロが予測されていたのではなく、チェチェンの「国際テロリスト組織」のことがあったのです。

 このNMDの番組をやる前段として、私たちは『イスラム潮流』を1999年に、『激動・地中海世界』を2000年に取材しました。冷戦が終わって10年、刻々変わっていく世界で、世界史の最先端の現場を取材して、その年の記録を残す仕事をここ2、3年続けて来ました。先が見えない時に、何かを予測することはできません。その時は、とにかく動いている現場に行って記録をすること。「録・釈・論」ではありませんが、少しずつ取材していると視点も変化し、別のものが見えてくるということがあります。『イスラム潮流』では、イスラムが民族や国境をこえて世界中から集まるメッカ巡礼、ロシアの最深部で起こりつつあるイスラム勃興の話、総選挙でイスラム政党が躍進したインドネシア、急増するアメリカのイスラム、イラン革命から20年後の改革派と保守派の関係などを取材しました。

 それから『激動・地中海世界』では、ソ連邦崩壊を起点にし、その激震がコーカサスに及び、やがて地中海世界に波及するあたりを取材しました。さらにギリシャ・トルコの対立がキプロス島を舞台に複雑に絡んでいる様子や、バルカン半島をさまようアルバニア人の姿を追いました。最後はアフリカのアルジェリアまで行ってしまったのですが、ここでは無差別テロがまだ続いていました。

 今は『アフリカ21世紀』というシリーズで、ソマリア、マリ、セネガル、南ア、ジンバブエなど世界史の外側に見捨てられてしまった地域を取材しています。

 私たちは、憶測で番組をつくらないという立場から、今の状況の中で全く逆の方向、複雑系の現場に行って記録を撮り続けています。結局、そこから分かってきたのは、世界の唯一の超大国アメリカが掲げるグローバリズムがもたらすさまざまな問題です。やっているうちにどうしてもそこにぶちあたるのです。アメリカ的グローバリズムの軍事的表現としてのNMD、これを世界との関係で見ていったらどうかというのを考えていた矢先に世界貿易センタービルの事件が起こったのです。

 今、メディアの臨界状態からどうやって抜け出すかと考える時、私はその方法をまだ思いつかないものですから、こうして自分が最近、何を思ってきたか、何処に三脚を立ててきたかをおさらいしているわけです。

 冷戦後10年、イスラム革命から20年。この10年とか20年をどうとらえるかをずっと考えてきました。

 すると、1970年代後半から80年代後半の10年間に、中東、イスラム圏が米ソの冷戦によって引き裂かれてきた現実が見えてきました。これは「なぜアメリカが狙われたか」ということとも関係してきます。アフガニスタンの北にあるタジキスタン、ウズベキスタンは、今、アメリカ、ロシアと協調行動をとっていますが、なぜそういうことになったのかということは、これまでに取材してきたことを振り返ってみて、なるほどと肯けます。

 イスラム世界に対して米ソはダブルスタンダートを続けてきました。79年2月、イラン革命が起こった。イラン革命は、西でも東でもない。これまでの革命というのは、民族解放闘争か反帝国主義闘争の二つです。しかしイスラム革命は、それでは説明しきれませんでした。

 イラン革命の前、イラクは親ソ的でした。アメリカは親米的なイランとサウジアラビアによって、イラクを挟み打ちしていました。これを双柱シフトといいます。イラン革命でその一方が崩れた。79年11月、アメリカ大使館が444 日間、占拠される事件が起こります。アメリカ人はこんなことが起こるとは思っていなかったわけで、これ以降、アメリカのイスラムに対するトラウマになりました。79年暮れになると、ソビエトは、イラン革命がタジキスタンとかウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、キルギスなど、ソビエトのイスラム系の共和国に波及するのを恐れてアフガンに侵攻します。

 また、アフガンのアミン政権が急進的共産主義路線をとり、それへの反動としてイスラムが過激化し右傾化するのを恐れ、穏健的共産党政権を支援しようとしました。ソ連は「社会主義の擁護」と称してアフガンに侵入したわけです。アメリカは対抗上アフガンを支援する。その中にビンラディンも義勇兵と参加していたわけです。

 79年7月、サダム・フセインがバース党を完全に自分の勢力下に入れて大統領になる。アメリカはイラクに大量の武器を供与して、イラン革命への反革命戦争=イラン・イラク戦争(80年〜88年)をしかけました。かつては封じ込めていたイラクを応援し、今度はイランを封じ込めた。イラクに対するダブルスタンダードです。

 それからずっと飛んで91年の湾岸戦争になる。イラクのクウェート侵攻を理由に多国籍軍がイラクを攻撃する。イラクはソビエトの支援を期待しましたが、この時すでに冷戦構造は崩壊し、イラクは孤立した。この時、アメリカはサウジアラビアに米軍基地を持ちそこから出撃した。

 79年という年は冷戦の真っ只中にあって、冷戦後の現在を規定する重要な年であったのではないかと思います。その間、米ソは、特にアメリカはイスラムに対してダブルスタンダードをとり続けてきた。

 『イスラム潮流』は、現代の源流がその中にあるということを取材によって見つけていった番組です。イスラムの潮流は必ずしも目に見えるものではありません。表層に見える活発な動きとは別に、深層の部分、つまり信仰にかかわるところでは、イスラムはトランスナショナルな存在です。トランスナショナルというのはインターナショナルでもなければ、ナショナルでもない、越境的というか、国家横断的というか、融通無碍という意味です。イスラムにはこのトランスナショナルがベースにあります。

 メッカ巡礼のクライマックスは、悪魔を象徴する石柱に向かって小石を投げる儀式です。これは邪悪な欲望と闘うことを誓うという宗教的な儀式で、これを彼らは「大ジハード」と呼んでいます。そして、この信仰を外部から邪魔するものと闘うことを「小ジハード」と言うのです。

 メッカ巡礼の大群衆の中に、コーカサスのダゲスタンからオンボロバスを駆ってきた一団がいました。その人たちにマイクを向けると、「ロシアは恐くない。怖いのはアラーだ」と言いました。つまり「大ジハード」と「小ジハード」の境目は、本人たちにもはっきりしていない。どちらにエネルギーが向かうかよく分からないのです。一人が「ロシアなんか怖くない」と言う、すると横の人が「でもアラーは怖い」と言う。恐怖の対象についてロシアとアラーが並んで出てくるのですが、しかし「アラーの方が怖い」。このへんの感覚が、表層と深層の中間にあって、マグマ溜まりになっているのではないでしょうか。何かが起こると、このあたりからエネルギーが出てくるんだと思うのです。

 イスラムの横のつながり=「ウンマ共同体」への一体感は外から見ていたのでは分からないくらい強い。しかし、それがいったん潰されそうになると俄然力が出てくる。ここが分からないと、穏健派イスラムと過激派イスラムという二分法に陥りやすい。「過激化した状態」のイスラムというのを正確に見ないといけないと思います。

 私たちは、アメリカの目に映ったイスラム像を見ているだけなのかもしれないのです。

 イスラムの側にも分裂が起こっています。米ソのダブルスタンダード政策によって、イスラムの内部が敵、味方にズタズタに引き裂かれています。

 この10年のイランでそれが典型的に現れています。改革派のハタミ大統領と保守派のハメネイ師というニ方向に分裂しています。学問的には分かりませんが、これは冷戦期の後遺症なのではないかと私たちは思ったわけです。ただイスラム革命から20年たったイランでは、改革派の声がじょじょに大きくなっています。ハタミ大統領は西欧の産物である憲法を採用している以上、表現の自由はあると言います。また現代世界では一国だけが孤立して生きていくことはできないと言っています。イラン革命は、当初宗教的革命といわれましたが、20年たって、ここまで民主化・自由化が進めば、一種の市民革命といえるのではないかという説が出てきました。そのハタミが文明間の対話を呼びかけていることは興味深いものがあります。

 アメリカが相手にしているのは、こういう多面的でファジーなイスラムだということです。

 イスラムの銀行の取材をしました。イスラムの銀行は利息を禁止します。金も人間もアラーがつくったのだから、お金でお金を儲けるのはいけない。アメリカ的なマネーゲームはいけないという考え方です。たとえばある会社が航空会社をやりたいとします。普通、企業家は銀行からお金を借りて利息を払います。ところがイスラム銀行がかわりに飛行機を買うのです。それを企業家にリースする。儲かったら金を払ってくれというのです。投資信託みたいなものです。目に見える労働にしか銀行は金を貸さないとか、豚はタブーですから、そういうところに関係する企業や人には金を貸さない。すると、ロンドンのシティの金融当局者は「イスラム・バンクのように相手を見て金を貸す、貸さないというのはだめだ。それはウェスタン・バングの基準に合わない」と文句を付けた。何年かもめたあと、サウジアラビアのイスラム銀行は、お金を預金者に全部返してさっさと撤退してしまった。そして何をやっているかというと、これからはウェスタン・バンクを買収して、これをイスラム風に変えてしまおうというのです。そのやり方をめぐって、レバノンで延々と会議を持っているのを取材しました。そこにはエジプト、スーダンなどから賢者が集まってきていた。じつにトランスナショナルなのです。その人たちがシャーリアという律法の解釈をめぐって喧々囂々8時間も議論しました。「どうやったらウェスタン・バンクをイスラム・バンクに変えられるか」という恐ろしげな会議をレバノンでやっている。こうしてイスラムの世界を仔細に見ると基本的な考え方の違いがあちこちに見えてきます。

 今日の欧米のマネー・ゲームはもともと中東のオイルマネーが金融市場にあふれたことから始まっているわけですから皮肉な話です。サウジアラビアは親米的な顔と、メッカ・メディナを守る王家としての顔を持っています。アメリカのそれとは少し違う内側にダブルスタンダードを持つ国です。今回は米軍に基地を貸さないと言っています。

 サウジアラビアはやはりイスラムの盟主です。サウジの根本には18世紀の半ばに起こったワッハーブ派の思想があります。ワッハーブ派は、コーランと預言者ムハンマドのスンナに立ち戻ることを厳格に主張し、哲学思想や神秘主義を退ける立場をとっています。

 サウジアラビアはスンナ派の拠点です。コーラン、スンナを法源とするシャーリアに基づいて現実を判断するわけですから、根底には原理的な考え方が色濃くあると思います。こういう側面を見落とすと、イスラムをやたら寛容な宗教だと持ち上げたり、逆に、排他的な宗教だと貶めたりする。どちらも正確ではないのです。

 そこで、今アフガンの周辺で起こっていることをどういうふうに見るかを、これまでの取材に基づいて考えてみます。

 2000年に『激動・地中海世界』をつくりました。10年前のソ連邦崩壊の激震がコーカサスからイスラエルを経て地中海に及んでいるという現実を取材しました。その余波が、ヨーロッパEUの周縁部にまで及んでいます。そこでは、冷戦後の民族紛争と長い歴史をもつ宗教対立が複雑に絡み合い「活断層」をつくっています。その上に三脚を立てているうちに、グローバリズムに対抗する原理が随所に頭を持ち上げつつあるのが見えてきました。

 コーカサス回廊について言いますと、連邦崩壊後のロシアの困難な問題が津波のように南下していました。チェチェン戦争が泥沼化しています。モスクワで爆弾テロがあって、300 人くらい死にました。「これはチェチェンの国際テロ組織がやっている、ビンラディンが背後にいる」とプーチンは言うわけです。そのプーチン大統領の就任式を撮影しました。それはロシア皇帝の戴冠式と同じように、ロシア正教総主教アレクセイ2世が厳かに執り行いました。そのあとのインタビューでアレクセイ2世は「国家と教会は協力して解決しなければならない共通の課題を持っている。チェチェンで国際テロリストの集団が形成された。もしロシアの大統領が断固とした行動にでなかったならば、国際テロリズムの火種はロシアだけではなく他の国々にも連鎖的に波及したことでしょう」と言っている。

 コーカサスは逆さにしたビンの首ようなところです。コルクの栓が抜けると、下からイスラムがゴボッと入ってきます。プーチンとロシア正教はコーカサスを一種の生命線と考えています。いまやロシア正教が全面化し、皇帝ニコライの一家はイコンに描かれて聖別されるようになりました。

 チェチェン戦争に行ったロシア兵で、捕虜になってもイスラムに改宗しなかった青年がいました。彼も20世紀の聖人だとしてイコンまでつくられました。実際には祀られませんでしたが、ロシアはいまそういうご時世です。

 モスクワの南東部、ロシア共和国の一部タタールスタンでイスラムが勃興しているという話を聞きました。イワン雷帝がタタールを征服して大聖堂を建てたカザンという町があります。カザン大聖堂の尖塔の十字架は三日月を突き刺すように聳えていました。これはイスラムを制覇したという意味があるのだそうですが、取材に行った時には、三日月は取り払われていました。ロシアの橋頭堡ともいわれたカザンの周辺でイスラムが勃興しているのです。イワン雷帝が壊したモスクも再建されていました。地方の町でもイスラムは信者を増やしています。あちこちにイスラムの神学校ができ、アラビア語でコーランを教えています。コーランやその発音の教材ソフトはサウジアラビアから大量に送られてくるということです。エジプトからもイスラムの宗教指導者が来ていました。

 タタールスタンはまだロシア共和国の中なので、若者はチェチェン戦争に徴兵されます。ところがイスラムに目覚めた若者たちはロシア軍の徴兵を逃れて、裏からチェチェンに行きロシア軍と戦うというのです。行方不明になった少年たちもたくさんいます。息子をチェチェンから連れ戻した母親は、向こうには、アルジェリア、サウジアラビア、アフガン、タジク、ウズベク、キルギス、タゲスタンなどから義勇兵がたくさん集まっていたと言います。この顔ぶれは、「国際テロリスト」と合致します。

 ロシアとしては、チェチェン問題が長期化すると国際的な非難を浴びかねません。そこで今回、プーチンはアメリカの同時多発テロに対して同調的なのではないでしょうか。いまアメリカ軍に基地使用を許しているタジキスタンやウズベキスタンは、もともとアフガン戦争のときソ連側兵站基地になったところです。現在のタジクの政権はイスラム原理主義が起こることを恐れています。ウズベクには東の方にフェルガナ盆地があり、そこにワッハービストがたくさんいます。ウズベクのカリモフ大統領はイスラムの復興を極度に嫌っています。プーチンのロシアとの間に、そういう利害関係の一致があります。

 ワッハーブはチェチェンにもいます。このようにつなげていくと、チェチェンにもウズベクのフェルガナにもワッハービストがいて、隣のアフガンにはタリバンがいる。これはリアルな構図です。

 今、アフガンに焦点が向かっているのは、アメリカがそこを名ざしたからだけではありません。冷戦終結後、この地域にはさまざまな構造線が走り、活断層が裂け目を現わし、そこに猛烈なエネルギーが溜まっているからです。

 それともう一つ、パレスチナ問題を見落とすわけにはいきません。連邦崩壊後、ロシアからユダヤ系の人々がどんどん人がイスラエルに流入している。100 万人とも言われています。この人口の変動が中東問題に微妙な影を落としています。ロシア系ユダヤ人の移民党(シャランスキー党首)が、宗教政党リクード(シャロン党首)と合流したのです。イスラエルがシャロン政権になったことが、今度の問題の発端になったとも考えられます。シャロンは岩のドームに踏み込んだ人物です。その後、パレスチナの自爆テロが起こり、イスラエルの軍事報復が激しくなったことを想起しなければなりません。

 アメリカは中東和平に消極的であり、かつシャロン政権に甘い。ここにもダブルスタンダードがあります。冷戦は終わったと言いますが、イスラム世界には、依然としてその後遺症かたくさんばら撒かれているのではないかと思います。

 アメリカは21世紀の「新しい戦争」を遂行するために、今また、新たなダブルスタンダードをイスラム世界にとろうとしています。

 少し前まで、パキスタンは核実験をやったことで経済制裁を受けていましたが、アメリカはアフガン空爆のために、パキスタンに対して60億円を支援しようとしています。日本も30億円を難民のために出すと言っています。しかしパキスタン情勢は余談を許しません。サウジアラビアも軍事基地の提供をめぐって内部で対立があるようです。イランは92年、アメリカの国防省が出した「世界テロ報告書」で、最も危険なテロ支援国家になっていましたが、そのイランが、今回はアフガニスタンと国境閉鎖をして、ハタミが「テロに反対する」と表明しています。イランの集会では「アメリカに死を」というシュプレヒコールが決まり文句のように出てくるのですが、今回は出なかったといいます。ただし、イランにおける最高指導者はあくまでもハメネイ師です。今回のことについても、ハメネイ師が「アメリカはユダヤ人の犯罪に加担して血に染まっているぞ」と発言しています。するとシーア派的には反アメリカということになります。それを担保に、イランはアメリカに経済制裁の解除を求めるということをする。イスラム世界もまた、アメリカに対してダブル、トリプルのスタンダードをしたたかに使っているのです。

 今回、アメリカはロシアと協力的ですが、中国に対してはそうではないように見えます。アメリカのミサイル防衛構想NMDが、中国をターゲットとしているとすると、NMDに関するABM交渉が米ロの間で再開される。米ロの関係は、今、対テロ、対イスラム、対中国ということで一致しています。将来、台湾問題やチベット問題が起こってきた時、このスタンダードは使えなくなります。そうすると、これからの世界の動きは、NMD、TMD問題が複雑に絡んで展開するだろうと思うわけです。

 最後に、『激動・地中海世界』のシリーズで、アルジェリアを取材しました。アルジェリアは1962年に社会主義的な民族解放闘争をやってフランスから独立を勝ち取りました。民族解放闘争の旗手といわれ、第三世界革命の模範となりました。ところがアルジェリア民族解放戦線FLNが、難しい正則アラビア語を押しつけたということで民衆の反発を買い、その上、経済政策の失敗もあって、イスラム勢力が民衆の間に急速に浸透しました。91年暮の選挙でイスラム救国戦線FISが選挙で大勝します。それをFLNが無効としたのです。そこからFLNとFISは血みどろの戦いに突入しました。大量虐殺がくりかえされた「死の三角地帯」を取材しました。一晩で400 人くらいの人が殺された。もう20万とか30万人が殺されたといいます。ここで今、国民和解法で和解しようとしていますが、とてもじゃないけれども、誰に殺されたのかさえわからない、ほとんどの人が殺戮のトラウマから抜け出せずにいます。ある人が『ベンタルハで誰が殺したか』という本の中で、最近の虐殺は政府軍(FLN)がやったのかイスラム勢力(FIS)がやったのか全然わからないと書き物議をかもしました。アルジェリアには、どちらが殺したか分からないことから来る憎悪と恐怖の連鎖があります、そういう場所が世界には未だにあるということです。これはもしかしたらアフガンの未来図です。

 世界史の構造線があちこちにあり、それがイスラムと深くかかわっている。だからイスラムが危ないというのではなく、イスラムのある地域が歴史的な構造線の上にあるということだろうと思います。

 これからの取材は本当に恐ろしいところばかりになりそうです。世界がますます不安定化していますから。このような取材をしながら、何とかアメリカで起こった事柄、それをどういうふうに理解していくか、どうやってこれを番組にしていくかということを考えているわけです。

 NMDの番組にしても、ミサイル防衛をそれぞれの国でやったとしたらどういうことになるだろうか、というように考えを進めます。アメリカは、「世界の空はOPENだ。ミサイルで何でも撃ち落とすのだ」と言っていたら、突然、自分の横っ腹をやられました。それではもうミサイルはやめるかというと、そうではない。この上、テロ対策もやると言っています。アメリカは「何でもかでも守る」と。これはハイテク時代のナショナリズムとしか言いようがありません。

 この理屈がずっと続いていく限り、おそらく同じようなことが起こるのではないでしょうか。

 これは私の個人的な意見というより、こうした意見に賛成するのですが、テロに対して、これを「人道に対する罪」として常設の国際刑事裁判所で訴追し、国際的な審判を下すという意見が論理的には妥当ではないかと思います。今度の事件は被害者も加害者も多国籍ですし、アメリカ一国が被害者を僭称するのはどうかなと思います。この条約は60か国の批准がないと発効しません。今、37か国しか批准していない。アメリカは批准せず、日本は署名すらしていない状態です。アメリカがこの条約に反対しているのは海外に展開している米軍の犯罪をいちいち国際刑事裁判所に訴追されてはたまらない。自国で処理したいからだといいます。沖縄のケースを考えてもわかると思います。しかし、この条約には補完条項があって、それぞれの国がまず独自のやり方で裁判を行うことができるとされています。それが充分できない時には、国際刑事裁判所が機能するということですから、アメリカが反対する理由はほとんどないように思うのですが。

 今後、アメリカが国際社会の中でどんな立場をとるかはやはり重要なファクターになります。だから今、ニューヨーク市民の記録を撮っておいた方がいいと私は思っています。ずっとこの1年くらい継続して撮っていたら、おそらく重要な記録になると思います。アメリカ人とは何であるかということが少しは分かるかもしれません。

 どういう番組をつくれるかわかりませんが、アメリカにできるだけカメラを集めてニューヨークの市民を徹底的に記録する。日常でも何でもいいから記録する。彼らはかならず変化します。それは何なのかを知るために、素材を編集するのです。私たちは歴史をある予見をもって説明することはできないのです。イスラムの地域をずっと取材し、そして、それとまったく対極にあるNMDを取材している内に、両者がどこか深いところでつながってくる。「メディアの臨界・世界史の現場に立ち合う」というのは、そういうことではないでしょうか。

 

* 追記:

 アメリカの強権的なやり方から、非対称的な世界が次々に生まようとしています。国内にイスラムを抱える世俗政権は、アメリカが空爆を続ける今もっとも国内問題にナーバスになっているはずです。このまま「戦争」が終わらないと、イスラムが国境を越えて連帯したり、個別的に原理化を深める恐れがあるからです。パレスチナ、エジプト、サウジアラビア、トルコで、とりわけパキスタンで、イスラムの地熱がじょじょに上昇しつつあります。この地域で、イスラムを強権的に抑えこもうとする国家群が増えることはじつに危険なことです。



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