「日韓平和文化ネットワーク形成シンポジウム」基調報告 2001年11月2−5日、韓国天安、アウネ霊性と平和の家、『日韓教育フォーラム』第11号、2001年11月、所収)、後にネットワーク時代に真のデモクラシーは完成するのか?──インターネット・デモクラシーのゆくえ」『データパル2002最新情報用語資料事典』、小学館、2002年1月)ネチズン・カレッジ版の原型となったもの。


9.11以後の世界と草の根民主主義ネットワーク

──アメリカ、日本、韓国関係の再編──

 

加藤 哲郎(一橋大学・東京・政治学)

 


                 

1  はじめに──9月11以後の世界

 

 私たちは、ほんの少し前まで、夢を見ていた。21世紀が、明るく希望に満ちた新時代になると。アメリカからのIT革命とグローバル化が世界をひとつにし、ヨーロッパでは統一通貨ユーロでいっそう緊密な統合が進み、日本では「痛み」を伴うがいつかは景気が回復し、朝鮮半島の南と北の対話は交流・統一へと進み、中国やインドやロシアの人々も、日本や韓国が体験してきた近代化・民主化の道を歩んで、やがては「豊かさ」を享受できるようになるであろう、と。

 それが、2001年9月11日から、暗雲がたちこめてきた。テロリストの同時ハイジャック・自爆によるニューヨーク世界貿易センタービル突入、ペンタゴン破壊によって、日本人24人、韓国人19人を含む、多くの生命が奪われた。それに対する、10月7日のアメリカ軍によるアフガニスタン報復戦争空爆開始、10月19日の地上戦開始によって、人々の国境を超えた交流は危険なものとなり、郵便物の開封にも神経を使う、恐怖と不安と憎悪の雰囲気のなかにおかれている。10月の日本政治学会とアメリカ政治学会との交流は、直前に中止になった。11月に予定されていたプロ野球の日韓親善試合も、中止された。日本の中の辺境、米軍基地をかかえる沖縄では、旅行シーズンに修学旅行や団体ツアーがキャンセルされ、経済の中心である観光産業が深刻な打撃を受けている。

 テロリズムとの闘いには、世界のほとんどの国々が異議なく、賛成している。だが、それといかにたたかい、いかにして根絶していくかについては、大きな温度差といくつかの選択肢がある。アメリカ・ブッシュ大統領は、「これは戦争だ」といち早く位置づけて、「21世紀の新しい戦争」をうたいあげた。世界中の政府や国連の支援・了解をとりつけて、容疑者オサマ・ビンラディンと、彼を引き渡さないアフガニスタン・タリバン政権を、特殊部隊のハイテク兵器で押さえこもうとしている。日本も韓国も、政府はそれを支援している。日本政府の場合は、これを機会に自衛隊を海外に派遣し、「世界の警察官」の一員に加わろうとしている。

9月11日の事態については、日本の憲法研究者155人の署名で発表された緊急共同アピール」(2001年10月9日)が、その基本的性格を、言い当てている。私自身も、その作成・普及に協力し、日本の政治学で一番大きいインターネットの個人ホームページ「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」(http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.html)に、日本語・英語でいち早く公表し、世界に発信してきた。

「    日本の憲法研究者の緊急共同アピール(2001年10月9日)
 
 9月11日に発生した同時多発テロ攻撃を、わたしたち日本の憲法研究者は強い怒りをもって糾弾する。その犠牲となられた5千名をこえる人々とその遺族、関係者にたいして深い哀悼の意を表する。
 多数の乗員、乗客を道連れにして、おびただしい一般市民を殺傷するという今回のテロ攻撃は、かつて例を見ない悪辣な行為であり、人道にたいする国際犯罪として断固として糾弾されねばならない。
 しかし、私たちは、現在アメリカ・ブッシュ政権を中心に推し進められている数万の軍隊を動員しての武力行使、そして日本の小泉内閣によるそれへの加担の動きにたいして、強い危機感をもっている。
 アメリカ政府は「新しい事態」への対応であることを強調しているが、武力の行使は,いくら軍事施設に限定するとしても一般市民の犠牲者を避けることはできない。すでに500万人をこえるといわれる難民に加えて新たに数百万人の難民・餓死者を生みだすことは必至であり、またグローバル化した世界に張りめぐらされたテロリストのネットワークを解体するうえで無効であるだけでなく、対抗テロ誘発の危険性をたかめるものでもある。
<報復戦争は国際法違反>
 今なされている武力行使は、国際法に根拠をもたない違法な行為である。
1)国連憲章は、国際紛争の平和的手段による解決を義務付けており、また自衛権は、現に武力攻撃を受け又は受けつつある場合に限って、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間のみ行使することができるものとして限定されている。
2)今回の事件に対して9月12日に採択された安全保障理事会決議1368号は、「テロリストの攻撃に対するあらゆる必要な措置を講ずる用意があることを宣言する」もので、加盟国の自衛権を確認しただけにとどまっており、それは特定の集団や国家に対するいかなる武力行使をも授権・要請・容認したものではない。
3)さらにまた、1970年の国連総会は、アメリカ合衆国をふくむ全会一致で決議2625号「友好関係原則宣言」を採択し、「武力行使を伴う復仇行為を慎む義務」を加盟国に課していたことも想起されるべきである。
 このような武力行使は、平和の実現をめざす国連憲章をはじめとした国際社会の長年の努力の成果をないがしろにし、21世紀の国際社会にあらたな不安を拡大するものである。
<テロ行為は国際犯罪として処罰すべき>
 このような不当にして違法な武力行使が、アメリカを先頭とする経済的軍事的に有力な諸国によって行なわれ続けるならば、それは暴力にたいする暴力の際限なき連鎖と暴力の拡大を生み出すだけである。
今回のテロ行為に対処するには、直ちに武力行使をやめ、国際犯罪として証拠に基づき容疑者を特定し、国際社会の協力で身柄を確保し、人道にたいする罪として国際法廷による厳正な裁きに付すべきである。  」                               

 政治学者として、若干の論点を付け加えておこう。

 たしかにテロリズムの歴史は古く、国際的な対応が必要になっている。ハイジャックや細菌・化学兵器が使われるようになり、犠牲の規模も大きくなった。だがそれは、国家間の戦争とは異なる。本来国内法にもとづき警察の担当してきた、犯罪の領域である。それに対する対処は、国連でも国際法でも努力が積み重ねられており、ユーゴスラヴィア国際法廷やルアンダ国際刑事裁判所の設置など、すでにとりくまれてきていた。

 21世紀冒頭の「テロに対する戦争」は、20世紀後半の「冷たい戦争」と同じように、国家間の武力行使たる「戦争」概念の拡張であり、国際法・国際機関や民間国際交流の積み重ねできずきあげてきた世界平和への流れを、おしとどめるものである。

 「冷たい戦争」は、第三次世界大戦として爆発することはなかったが、大国の核兵器開発競争をひきおこし、世界中への武器輸出をもたらした。本来民族内部の紛争に発した朝鮮戦争やベトナム戦争を、米ソの核兵器とイデオロギーを後ろ盾に、局地的ではあるが世界を巻き込む「熱い戦争」へと拡延した。何よりも、世界に非和解的対立と憎悪の感情を、蔓延させた。テロリストがハイジャックや化学兵器・細菌兵器を持ち得たのも、20世紀の軍備拡張競争を下敷きにしたものであり、核兵器廃絶や軍縮こそが、テロルの暴発を局限化し憎悪の感情を冷却していく、本来の道である。

 だが、9月11日以降の展開は、テロリズム一般の問題ではない。被害を受けたのが、アメリカ合衆国の経済的・政治的中枢であり、その犯行の容疑者とされたのが、イスラム原理主義過激派組織アルカイーダのオサマ・ビンラディンであったことと、深く関わっている。いうまでもなくアメリカは、パールハーバー以外に国土を侵犯された経験のない、20世紀世界の勝者であり、グローバル・エコノミーの推進者である。19世紀はなおモンロー主義にとどまっていたが、二つの世界戦争を経て、その圧倒的な軍事力をもとに、世界秩序の能動的形成者、覇権国となった。あるアメリカの学者は、第二次世界大戦後にアメリカが空爆を行った国名とその年代を列挙する。「中国1945-46、韓国1950-53、中国1950-53、グアテマラ1954、インドネシア1958、キューバ 1959-60、グアテマラ1960、コンゴ1964、ペルー1965、ラオス1964-73、ベトナム1961-73、カンボジア1969-70、グアテマラ1967-69、グラナダ1983、リビア1986、エルサルバドル1980年代、ニカラグア1980年代、パナマ1989、イラク1991-99、ボスニア1995、スーダン1998、アフガニスタン1998、ユーゴスラビア1999」。そのほとんどが、当該地域の民衆の支持を得た正統な政府の要請によるものではなかった。むしろ、アメリカにとって好ましい政権が民衆から離反し危機にあったり、アメリカにとって好ましくない政権が民衆の支持を得ている状況への、大義なき干渉・介入であった。

 このような直接的介入ばかりでなく、反政府勢力に武器や資金を提供しての間接的介入や、核とドルの力をバックにした政治的・経済的誘導を含めれば、世界を自国の姿に似せてつくり、自国の利益にならない国・地域に強引にアメリカ風「グローバル・スタンダード」を押しつけようとしてきた歴史は、否めない。

 日本や韓国は国内に米軍基地を提供せざるをえず、中南米や中東地域では多くの罪なき民衆が殺害されてきた。イスラム原理主義の台頭に、パレスチナ問題でのアメリカの強引なイスラエル支持と、アメリカ多国籍企業による石油資源支配への反発があったことは、多くの論評が認めている。そして、冷戦が終わっても、アメリカ一極支配のグローバリゼーションのなかで、韓国をはじめ多くのアジア諸国が深刻な経済的危機にみまわれ、世界の富める国々と貧しい国々、国内での成功した人々と社会的弱者の格差は、いっそう拡大していた。今回のテロ犯罪の首謀者とみなされるオサマ・ビンラディン自身が、旧ソ連のアフガニスタン侵略時代に、アメリカの援助で育てられ軍事訓練を受けた、アメリカ覇権主義の「鬼子」であった。しかもビンラディンの犯罪の証拠は、イギリス政府の発表した「2001年9月11日、米国でのテロ残虐行為の責任者」に対して「ガーディアン」紙が論評したように、「法的な証拠材料としては不十分」なもので、アメリカの報復戦争は、状況証拠のみによって開始された。

 しかも、現在進められているアメリカの報復戦争の相手は、ビンラディン一派だけではなく、その身柄引き渡しを拒んだという理由で「世界の敵」と烙印されたタリバン政権であり、なによりも長期の戦争・内戦と干ばつで苦しんできた、アフガニスタンの民衆である。タリバン政権に反対しているという理由で、北部同盟や元国王を援助し政権につけようとする手法は、かつて南ベトナムや中南米で幾度もみてきたものであり、パキスタンやウズベキスタンが基地を提供せざるをえないのも、「テロリズムとの闘い」という大義名分ばかりではなく、その経済的危機へのアメリカの援助を求めてであることは、いうまでもない。

 アフガニスタンでは、今回の報復戦争がなくても、1時間に14人以上が飢餓で死亡し、60人以上が難民として故郷を捨てていた。2ドルの薬が買えないために多くの民衆が生命を落とし、5歳になるまでに4人に一人は亡くなる。平均寿命は41歳で、無数の地雷が放置されたままであり、最も深刻な打撃を受けるのは、女性とこどもたちである。国内にはいろいろな民族・部族がおり、50の言語が使われている。イスラム教といっても、民衆の多数は、タリバンの教義を信仰しているわけではない。ブッシュ大統領が当初口走ったように、これを「十字軍」になぞらえ、イラク攻撃やインドネシア・フィリピンの原理主義派にまで「自衛戦争」を及ぼしたり、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』のシナリオを下敷きにすれば、世界の5人に一人を占めるイスラム教徒全体を、敵にまわすことになるだろう。日本のメディアはほとんどとりあげないが、アメリカの空爆から地上戦への展開が、イスラム教の礼拝日である10月19日の金曜日に始まったことは、この「世界一豊かな国」と「世界一貧しい国」の戦争が、「終わりなき戦争」へと広がり長期化することを予感させる。

 

2 日本国憲法の立場と日本政府の報復戦争支援

 

 誤解のないように言い添えれば、私はアメリカが好きであり、多くの友人を持つ。フルブライト留学生として2年間生活したし、今夏も多くの友人たちと会ってきた。その友人たちの多くが、9月11日を境に突如「愛国者」に変身したことに、当初は戸惑った。しかし、1か月もたって、実際に報復戦争が始まると、国内での炭疽病の不気味な広がりもあり、アメリカ人も考え始めた。「Why do they hate us? (何故にアメリカは憎まれるのか?)」(Newsweekの特集タイトル)。

 9月11日を、世界の多くの人々は、テレビの映像を通じて知った。世界貿易センタービルへの航空機の突入・倒壊は、あまりにもショッキングな映像で、テロに対する怒りは、当然と思われた。事件直後に流れたパレスチナのこどもたちが喜ぶ映像は、今日では事件と無関係の「やらせ」とみられているが、犠牲者の痛みを考えれば不謹慎であり、世界の多くの民衆が実感を表現することを、はばからせた。

 それは、10月17日の朝日新聞に、中国の米国通の長老李慎之氏の言葉として、目立たぬかたちで報じられている。「むろんテロはよくないし、江沢民総書記も批判した。だが米国人に同情しつつも、自業自得と考える中国人は多いはずだ」と。実は、私自身は、9月11日、学生と共に韓国にいた。翌日の韓国人学生と日本人学生の交流会の席で、一人の韓国人の学生が「やったあと思った」と前夜の感想を述べたのに、当初は日本人学生と共に、驚いた。しかし、翌日予約していた板門店訪問が警備上の理由からキャンセルされ、韓国人学生の感想が、ソウルの中心部に広大な租借地を持つアメリカへの感情と結びついているのを知って、たとえば日本の沖縄でも、メッカと米軍基地の共存するサウジアラビアでも、「自業自得」と思った人も多いのではないか、と気がついた。つまり、9月11日は、世界の60億の人々に、テロに対する怒り・憎しみと共に、自分自身のおかれた場所と位置での、グローバリズムの頂点にあるアメリカへの距離の取り方を、知らしめたのである。

 日本の学生たちに対して、私は20年以上に渡り、政治意識の調査を行ってきた。資本主義と社会主義、日本国憲法と自衛隊などについては長期の変化がみられるが、ずっと変わらない回答項目がある。「あなたの好きな国」「嫌いな国」を問う設問で、「好きな国」は、一貫して第一位日本、第二位アメリカである。イギリス、スイス、オーストラリアなどが続く。ところが「嫌いな国」でも、アメリカは、なぜか常に3番以内に入る。一位はソ連であったり、イラクであったり、北朝鮮だったりと時々に変動するが、アメリカは常に、「好きな国」でも「嫌いな国」でも上位にある。詳しい結果と分析は、私のホームページに入れてあるが、これは、日本の若者にとって、「外国」といえばまずはアメリカであり、喧嘩しながらも別れられない夫婦のように、極めて近しい隣人であることを意味する。いいかえれば、東アジアの地理的隣人である韓国や中国と接する時にも、最も近しいアメリカという鏡を通して見ていることを意味する。

 9月11日の事件勃発に対する日本政府・小泉内閣の対応は素早かった。「これは戦争だ」のブッシュの一言に乗って、憲法上重大な疑義のある軍事的後方支援、自衛隊海外派遣までを、反対すれば「テロとたたかわないのか」といわれる雰囲気の中で、国会を通してしまった。もともと日本外交は、石油供給とからんだパレスチナ問題だけはアメリカ一辺倒ではなく、中東イスラム諸国とも、長く良好な関係を保ってきた。しかし、外務省の不祥事もあって、そうした立場を外交努力に生かすことなく、憲法第9条の「戦争放棄・戦力放棄」を事実上改める第一歩を、踏み出すことになった。先に紹介した155人の憲法学者の声明は、この点を、次のように述べている。

「 <今回の米軍支援法案(いわゆるテロ対策支援法案)は自衛隊の参戦法である>
 法案は、米軍などの外国軍隊の軍事行動に補給・修理・整備・医療、武器弾薬人員の輸送などの「協力支援活動」を行うこととしている。しかし、武力行使はこのような活動なしに行うことはできないことからすれば、それは軍事行動の不可欠の一環であり、明白な参戦行為である。これは日本の軍事組織による戦後はじめての武力行使への参加であり、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という日本国憲法第9条をあからさまに蹂躙するものである。このことは、東アジア諸国との平和的信頼関係の強化に重大な障害をつくりださざるをえない。
 また法案には、次の点で憲法にかかわる重大な疑義がある。
1)法案では、自衛隊が活動できる地域に新たに「外国の領域」が加えられ、それは事実上無制限になった。自衛隊の活動は、戦闘地域と近接している国や地域、すなわち戦争の前線となることも想定される。そのような地域について「戦闘行為が行われることがない」という限定をつけても、そこでの自衛隊の活動は事実上戦闘行動と一体のものとならざるをえない。
2)武器使用の可能となる対象は、「自己の管理の下に入った者の生命・身体の防護」にまで拡大され、米軍などの傷病兵が含まれることで、武力行使との区別がなくなる。
3)国会の事前承認なく、事後報告のみとされていることで、内閣の判断で自衛隊の戦争参加実績作りがめざされている。
 さらに時限立法でない自衛隊法改正法案には次の疑義がある。
4)在日米軍・自衛隊の施設等に対する自衛隊部隊の警護出動および情報収集活動規定の新設は、治安出動要件を大幅に緩和するものであり、表現・集会の自由などの国民の基本的人権を不当に侵害するおそれが大きい。
5)警護出動および情報収集活動時の武器使用は、その使用要件、使用しうる武器の種類、対象地域が過度に広範かつ不明瞭であって、自衛隊の国内における武器使用を事実上無制約のものとする。
6)防衛秘密の漏えいに対して通常の秘密漏えいより格段に重い刑事罰を科すことは、軍事的価値をその他の文民的価値に優越させるものであり、日本国憲法の基本原理に反する。
 以上の理由から、わたしたちはこれらの法案に反対する。
 <非武装平和主義にもとづく国際協力・貢献の切実性>
 わたしたちは、この事件が生み出された背景に、グローバル化のもとますます深刻化している貧困と社会格差、そこに生じる紛争にたいするアメリカを中心とした軍事的抑圧があることを指摘せざるをえない。かかる不公正と暴力の克服なしに、世界化したテロリストの土壌を根絶することはできない。
 日本国憲法は、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを宣言し、国際紛争解決手段としての戦争と武力による威嚇または武力行使を放棄し、戦力不保持と国の交戦権の否認を定めた。こうした軍事力によらない人間の平和保障の立場こそが、グローバル化した世界の中に存在するテロリストを究極的に根絶し、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」していくうえで取られるべき立場であることは、世界政治の中でこれまでにもましてますます鮮明になっている。」

 この声明もふれている通り、この法律は、日韓関係にとってもきわめて重大で、「東アジア諸国との平和的信頼関係の強化に重大な障害をつくりださざるをえない」性格のものである。しかし、小泉首相は、法案審議中に日帰りで韓国を訪れ、懸案の教科書問題・靖国神社参拝問題で「反省・おわび」を述べることの陰に、問題を隠してしまった(この時、「おたがいに反省」と述べて、韓国当局・市民から強く反発されたことは、日本のメディアでは、ほとんど報じられていない)。東アジアの平和と日韓草の根交流を促進する本シンポジウムの趣旨からすれば、新たな重大な障害が生まれたことになる。韓国の皆さんには、この点での忌憚のない御意見をうかがいたい。

 

3 「テロにも戦争にも反対、報復でなく正義を!」の運動がうみだした、新しい民衆交流の可能性

 

 しかし実は、9月11日以後の世界の新しい動きが、日本と韓国を含む新しい友好の条件をもつくりだしたことを報告して、私の本シンポジウムへの提言としていきたい。

 9月11日の衝撃は、世界中にテレビの映像を通じて伝えられ、巨大な「感性の覚醒」をもたらした。すでに湾岸戦争がその兆候を示していたが、今回の戦争は、情報戦・メディア戦としての性格を色濃く持っている。

 私自身は、今春執筆して9月末に刊行した著書『20世紀を超えて』のなかで、イタリアの反ファシズム思想家アントニオ・グラムシと20世紀日本の代表的政治学者丸山真男に学びながら、20世紀は、政治が戦争の延長で「戦略・戦術」と考えられた時代であり、グラムシのいうロシア革命型機動戦、西欧社会民主主義型陣地戦から、今日では、アメリカ大統領選挙型情報戦が支配的になってきたとみなし、しかし21世紀は、そうした「戦争に読み替えられた政治」「自由と民主主義のための戦争」を超えて、 丸山真男のいう「民主主義の永久革命」、「仮想敵を持たない非暴力・寛容・自己統治の政治」を構築しなければならない、と述べていた。

 日本のマス・メディアは、9月11日以降、突如として批判精神をなくしたアメリカCNNや3大ネットワークに、ほとんど追随した。もともと世論の支持が高い小泉内閣の新しい危険な法律にも、条文には防衛機密との関係で報道の自由を制限する条項が含まれているにもかかわらず、ほとんど市民に問題提起することはできなかった。学生のティーチインで「アメリカにも問題がある」と発言したニューヨーク市立大学教授が「非米的」と攻撃されたり、アラブ系であるだけで白い眼でみられるアメリカほどではないが、テレビや新聞報道によるかぎり、「失われた10年」の不況・時代閉塞で醸成されてきたナショナリズムは昂進し、自衛隊海外派遣・集団的自衛権、ひいては憲法改正の方向に向かっているようにみえる。

 しかし、情報戦は、中国天安門事件や湾岸戦争の時にはなかった新しい手段をも、「IT革命」の名で市民に提供してきた。韓国総選挙で「落選運動」が大きな力を発揮し、ブッシュの当選したアメリカ大統領選挙がケネディのテレビ選挙に次ぐ新段階のインターネット選挙といわれたように、この2か月の日本の政治のなかで、インターネットによる草の根反戦ネットワークが、めざましい発展を遂げている。

 最初の反応は、テレビや新聞に現れない、ニューヨークやワシントンの市民の声を知ることであった。普通の市民がそうした情報を集めてみると、ニューヨーク貿易センタービルで息子を失ったロドリゲスさん、ハイジャックで一人娘デオラ・ボドリーさんを失ったご両親、ペンタゴンで夫を亡くした妻アンバー・アマンドソンさんたちが、テロと肉親の喪失を深く悲しみながらも、戦争というかたちでの暴力的報復には反対し、「私たちに、さらに多くの無実のいのちを奪う権利があるのでしょうか。それはまたひとつのテロではないでしょうか。私たちは、テロリストのレベル以上の、高い見地に立てるでしょうか」という、理性の問いかけを発していることを知った。それは、その日の内に誰かが英語を日本語に翻訳し、多くのメールングリストで日本中に流され、にわかに続々とつくられた各種ホームページに発表された。ニューヨーク在住の日本人ミュージシャン坂本龍一の「報復しないのが真の勇気」というホームページの短文は、朝日新聞にも掲載されて、政府とは異なる「もうひとつのアメリカの声」の存在を気づかせた。

 次々と署名や「ブッシュ大統領への手紙」を出すホームページがつくられ、ニューヨークの犠牲者への募金と共に、アフガニスタン難民を支援するサイトも生まれた。ローマに住むプロのサッカー選手中田英寿が「復讐は正当なことではないということを忘れてはならない。米国は話し合いより、爆撃を選んだ。相手が僕の同国人を殺したから相手の国の人を殺す──そんなことをやっていたら、いったいどうなってしまうのだろう」と語り、ニューヨーク在住の人気ポピュラー歌手宇多田ヒカルが自分のホームページで「21世紀が泣いている」と戦争反対の意思を示したことが、ほとんど瞬時に、日本中に広まった。

 千葉の主婦きくちゆみさんが始めたGLOBAL PEACE CAMPAIGNは、わずか2週間で目標1250万円の募金を達成し、『ニューヨーク・タイムズ』一面を買い取って、10月9日に意見広告「アメリカは世界を平和と公正に導くことができるか?」を掲載した。私自身も、すでに累積20万ヒットをこえる「ネチズン・カレッジ」を持っていたが、そこに「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ平和の道徳的優越性がある」という丸山真男の文章を(『自己内対話』)掲げ、アメリカでも広がっていたジョン・レノン「イマジン」の名を冠した日本語・英語の特別ページをつくり、ローマ法王、ダライ・ラマからノーベル平和賞受賞者たち、チョムスキー、ウォーラーステイン、サイード、ハーバーマスら世界の知識人の発言や反戦運動を紹介して、インターネット上で「テロにも報復戦争にも反対」のネットワークを形成した。その世界的広がりは、シカゴ大学の一学生が開始し、私の「イマジン」ページでも刻々その動きを報じてきた「報復ではなく正義を」のブッシュ大統領宛署名が、3週間で70万人の署名を集め、20カ国語に翻訳されて世界の指導者たちに届けられた事例からも明らかである。このシカゴ大学署名には、日本からも韓国からも、英語のメッセージを添えた、数万の署名が寄せられた。

 アフガニスタンという、それまでほとんど知られてこなかった国の実情を知らせるサイトや、テロ廃絶のために恒常的な国際刑事裁判所をつくる運動も始まった。世界中の論評や反戦運動の動きが、日本語に訳され紹介された。「そのとき誰が何を語ったか」というホームページでは、政治家の毎日の発言が記録され、次の総選挙での「落選運動」のデータとされることになった。作家の宮内勝典「海亀通信」のように毎日日記風に展開する深い思索が現れ、若い政治学者小林正弥は、丸山真男の精神を今こそ思想的に発展させようと、「黙示録的世界の『戦争』を超えて」という新しい公共哲学を、雑誌ではなくホームページ上で連載した。私も、アメリカの友人から送られてきた、韓国映画「シュリ」がテロに配慮し米国で上映延期になったニュースや、カリフォルニア州バークレー市の市議会が初めて自国政府の戦争反対の決議をしたことをインターネットで紹介して、戦争は思想・言論の自由をおびやかすこと、民衆レベルでの非暴力の対話と草の根ネットワークによる寛容と信頼の回復こそ、長い眼でみればテロリズムをなくし世界平和を導くものだと説いてきた。多くのキリスト教牧師、仏教僧侶から励ましの電子メールを受けとった。高校生の感想文を送ってきた先生や、「イマジン」を教材にした平和教育も始まった。

 実際、10月に入ると、新聞紙上にも「全米同時多発テロとインターネット」とか「文化人、ネットで懸念語る」という記事が現れたように、9月11日以後の日本のインターネット政治は、ようやく韓国総選挙「落選運動」の時のような、本格的開花期を迎えた。

 その指標は、第一に、1か月で2313万円の募金を達成し、10月9日のジョン・レノンの誕生日にNew York Timesに平和の全面広告を掲載したGLOBAL PEACE CAMPAIGN、世界で70万人の署名を集め、20か国語に翻訳して世界各国指導者に送付したシカゴ大学平和嘆願署名や、現在も進められている地球市民百万人署名"CALL FOR PEACE AND JUSTICE, NOT REVENGE!"(現在20万人)など、インターネットによる社会運動が大規模にとりくまれ、成功したことである。一年前に、自民党の加藤紘一がインターネット世論に依拠して森内閣に反旗をひるがえし失敗した時の支持者が数万人、今年の春の自民党総裁選のさい、党内基盤が弱い小泉純一郎を首相にしようと党外勝手連がインターネットで集めた資金が1か月で100万円で画期的とさわがれたが、今回の草の根市民の動きは、それらをはるかに上回る大きな広がりを持っている。小泉内閣が6月に始めた政府の「メールマガジン」に200万人近くが登録して「日本におけるeデモクラシーの幕開け」と言われたが、「小泉メルマガ」の方は、けっきょく双方向討論の場を設けることができず、週一回の政府情報の一方的垂れ流しで市民に見放され、逆に、草の根デモクラシーのネットワーク上では、きわめて活発な議論が行われている。上記の国際署名でも、アメリカ人・カナダ人に交じって日本人の署名が多く、英語で短いメッセージが書き込まれている。

 第二に、草の根ネットワークには、従来から積極的にインターネットを活用してきたNGO・NPO・市民運動に加えて、さまざまな階層の創意的活動が加わってきた。ヒロシマの女子高校生が原爆とアフガンのこどもを想起して日本語と英語で詩のメッセージを発信し、こどもたちの討論の広場"KID'S PEACE"というホームページも誕生した。私のホームページ「イマジン」のトップには"Stop the bloody chain...!"というキャンペーン・ロゴを掲げているが、これは、長期不況下で戦争より景気対策を求める数百社の中小企業が企業名を出して戦争反対の意思を表明したもので、日本の社会運動史上でも、特筆すべきものである。在日アメリカ企業でも、コンピュータ・ソフトのアシスト社社長ビル・トッテン氏のように、「暴力では問題は解決しない」と自国の戦争への疑問を公然と表明し、むしろ日本国憲法と反戦運動に理解を示す事例も出ている。またこの問題では、日本の新聞・テレビの世論調査でも、私自身の学生調査でも、男性と女性の意見の分かれが大きい。男性は多数がブッシュ大統領・小泉政権の報復戦争を支持するのに対し、女性の多数は戦争反対で、外交努力と難民救済・経済援助によるテロ根絶を願っている。日本のインターネット民主主義の開花には、ようやく若い女性や主婦たちがインターネットに加わってきたことが、大きく寄与している

 第三に、こうしたインターネット・デモクラシーの広がりが、既成の社会運動にも影響を及ぼしている。たとえば日本消費者連盟は、10月7日の反戦集会の直前に、集会場・記者会見の場所やプログラムを知らせ、全国の動きを伝えるために、新しいサイト「反戦・平和アクション」を立ち上げた。内部に意見の違いがある様々な政治団体・労働組合・地域市民運動組織が協力して、情報と運動経験を交流する「ANTI-WAR」という反戦ポータルサイト(情報の入口)がつくられ、私の「イマジン」もポートのひとつになり、たがいにつながって、全国の動きが即座にリンクされるようになった。先に紹介した歌手の宇多田ヒカルやサッカーの中田選手の反戦発言は、新聞やテレビよりも早く、全国のネチズン=インターネット市民たちによって共有され、広められた。

 第四に、インターネットの特性を活用した国際連帯・国際交流が、9月11日を機に、飛躍的に広がった。私たちが当初注目したのは、主としてアメリカの市民や知識人の動きであったが、国際署名や海外に滞在する日本人のホームページを介して、日本ばかりでなく世界中に「テロにも報復戦争にも反対」する人々が無数にいることがわかり、それらが短期間に、ネットワークに組み込まれた。

 なかでも日本の運動を励ましたのは、9月27日に発表された、韓国の全国553団体が名を連ねた「テロと戦争反対、平和のための全国553団体による共同声明」であった。もともと日本のインターネット上での民主主義運動は、韓国の「落選運動」成功に刺激され、目標としてきたが、各地域ごとに無数の市民団体・労働組合・農民組合・宗教団体・環境組織・青年学生組織・YMCAなどが署名した声明を読んで、大きな励ましを受けた。そこに「朝鮮半島とアジアの平和に脅威となる日本の再武装を警戒する」という一節があり、「日本は、反テロ戦争に支援するという名分で軍事活動の範囲をアジア全域へと拡大し、その軍事力増強を加速化している。アジアと朝鮮半島の平和に深刻な脅威となる日本のこうした動きこそ、アメリカが公言してはばからない戦争や各国の戦争支援が、どのような危険性をもつものかをはっきり示している。未だに侵略行為を美化し、戦争犯罪者に免罪符を与えている日本の軍事大国化を防ぐため、すべてのアジア各国の連帯が切実となっている。 金大中政府は、アメリカが推し進めている戦争がアジアの平和に及ぼす脅威を正しく認識し、戦争支援を放棄することはもちろん、日本の軍事大国化を防ぐため、先頭に立たねばならない」と述べられているのを知って、自衛隊海外派遣に反対する自分たちの運動の方向にまちがいはなく、韓国やアジアの人々とつながっていることを、確信できた。

 韓国の553団体声明は、当初、日韓交流を進める若者たちのメーリングリストに何種類かの日本語訳が流され、やがてホームページに発表されて、たちまちネットワーク状に広がった。「反戦・平和アクション」や「ANTI-WAR」の開設にも、韓国の「国際連帯政策情報センター(PICIS)」のような活動に学んだ点がおおきかった。実際これに刺激されて、もともと教科書問題で日韓交流を長く続けてきた日本の東京学芸大学・一橋大学と韓国の成均館大学校・中央大学校の大学院生たちによって、日韓共同の「平和を考える国際人権の会」が結成され、共同声明を発した。韓国の10月20日の「報復戦争に反対する全国一斉行動」に対しては、日本消費者連盟など「反戦・平和アクション」が中心になって、「戦争反対のための10・20全国一斉行動に立ちあがった韓国の仲間たちに送る日本市民・民衆の連帯アピール」を送り、「小泉首相は15日に貴国を訪問しましたが、歴史歪曲教科書を検定通過させ、自ら靖国神社参拝を強行しながら、言葉だけの『おわびと反省』でドサクサにまぎれ、貴国政府に、自衛隊の海外派兵拡大の『容認』を求める行為は、まったく恥ずべき行為です。心ある日本の市民・民衆は、過去の日本の朝鮮半島への侵略・植民地支配、アジア諸国への侵略戦争に対する明確な謝罪と反省の上にたち、また朝鮮半島の南北分断に対する日本の責任をも受けとめながら、朝鮮半島の平和と統一を願い、皆さんと真の和解・平和・友好の21世紀とするために闘い続けるものです」と、草の根からの連帯をよびかけた。

同じように、アフガニスタンの難民救済を進めてきたNGOのホームページを通じて、現地の深刻な事情が伝えられ、報復戦争はアフガン民衆にいっそうの悲惨をもたらすという認識が共有された。反戦ネットワークの整備された今日では、世界のどんな小さな町のめだたぬ動きも、数日たたずに日本にもたらされ、第一次世界大戦が終結した11月11日を、「世界平和の日 Worldwide Global Peaceday」として国際的につなぐ試みも、すでに開始されている。

 

 日本のインターネット上で始まった、こうした草の根民主主義の動きは、21世紀の世界平和に向けての情報戦であり、非暴力・対話・寛容の「大陽政策」である。皮肉なことに、テロ事件に対する大国指導者たちの古い20世紀的対応が、民衆レベルでの民主主義ネットワークの21世紀的応答を、よびおこした。

 それは、長い眼でみれば、朝鮮半島における南北統一への道筋、日本民衆が韓国民衆に対して果たすべき歴史的責任の在り方をも示唆している。もう一度、私のホームページ「イマジン」の掲げる丸山真男の言葉を引くならば、「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」──この「平和の道徳的優越性」にこそ、21世紀の東アジアの民衆連帯の希望がある。本シンポジウムも、そうした方向での対話と交流の場になればと願っている。

 


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