すでに皆様ご存知のことと思いますが、3月9日付の『ロサンゼルス・タイムズ』がアメリカの核秘密報告書を暴露しました[2002年3月9日付ロサンゼルス・タイムズ(電子版)の記事 (Paul Richter, U.S. Works Up Plan for Using Nuclear Arms、河内謙策訳)]。まだ、この記事を読んでおられない方は、拙訳を添付しましたので、是非直接読んでみてください。この記事を訳していて、遂にここまできたか、という思いで一杯でした。それと同時に、ブッシュをリンチしたいという変な気持ちを味わいました。
感情の問題を別にすると、私が強調したい第1の点は、これは1月のブッシュの一般教書演説と一体として理解しなければならない、ということです。すなわち、アメリカの世界征服・世界戦争のために積極的に核兵器を使うぞ、という宣言なのです。よく注意ぶかく読んでみれば、核兵器使用の限定がほとんどないことに気がつかれると思います。「驚くべき軍事的状況の変化があった場合」というのは、法律学で言う一般条項です。1番目と2番目以外のすべてが含まれるのです。私が強調したい第2の点は、朝鮮半島問題も台湾問題もすべて入り、中国が名指しになったということは、東アジアは核戦争と隣りあわせで21世紀を生きなければならなくなった、ということです。BOSTON PEACE NEWS(22) で述べた私の分析が、過激でもなんでもないことがお分かりいただけると思います。私が強調したい第3の点は、この核戦争の危機を突破するのは、人民以外にない、ということです。平和をつくるのは人民である、というのは平和運動の古くからの命題ですが、最近はこの命題を馬鹿にするような風潮が平和運動の中でも発生しつつあるようです。しかし、人民に「貴方は人類と地球滅亡の道を選びますか」と問いかける以外に道がないことは明らかではないでしょうか。
外から見ていると、日本の平和運動が大変な状況にあることがよくわかります。それだけに、有事立法もやらなきゃいけないのにブッシュに付き合っておられるか、というように絶対に考えて欲しくないのです。アメリカに反対するなんてどうしたらいいかわからないし、やっても意味があると思わない、というように絶対に考えて欲しくないのです。日本の平和運動が平和運動の原点にもどって、世界の人民と手を取り合って前進することを強く願っています。
さて、私が2番目に添付したグロスマン論文[Counter Punch のサイトに2002年2月2日付けで掲載されていた論文(Zoltan Grossman, New US Military Bases: Side Effects or Causes of War?、河内謙策訳)]は、面白い問題を提起しています。彼は、アメリカは、米軍基地をつくるために戦争をしているというのです。この意表をつく問題提起は、なかなか説得的ですし、沖縄問題を考えると示唆的です。冷戦終結後のアメリカの戦争が人道や人権の名の下に行われてきたために従来の平和運動に混乱が発生したことは、皆様ご存知のとおりです。したがって、グロスマンの言うように、人道や人権のためにアメリカが戦争しているのではない、と声を大にして叫ぶ必要があるのは、そのとおりだと思います。しかし、米軍基地を作るためなのでしょうか。彼も、石油の問題との統一的把握をめざしているようですが、成功しているのでしょうか。ともあれ議論の価値があることは、たしかでしょう。
私が3番目に添付したのは、私が期成会の機関誌に書いた論文です。アメリカ人民の好戦意識の根は深い、というのが私の実感です。だから、そのような状況で頑張っているアメリカの反戦運動の困難さと偉大さを我々は理解しなければならないのだと思います。これは、今の時点の私の意見です。これからも、この問題を考え続けたいと思っています。つけくわえると、日本人民の平和意識もだんだんアメリカ的になってきているようで心配しています。
そのほか、東チモール人民の自衛隊反対運動、小泉訪韓反対運動、日本最初の大田区でのアフガン問題についての陳情採択、自由法曹団の有事法制反対の意見書を添付しました。ご活用下さい。
最後に一言。私の帰国が迫っているのに準備が遅れているため、BOSTON PEACENEWS は、この号が最終号となります。長い間、有難うございました。ここまで書いてきて、言葉を失ってしまいました。本当に有難うございました。
河内 謙策
2002年3月9日付ロサンゼルス・タイムズ(電子版)の記事(Paul
Richter, U.S. Works Up Plan for Using Nuclear Arms、河内謙策訳)
ワシントン発―ロサンゼルス・タイムズが入手したペンタゴンの秘密報告書によれば、ブッシュ政権は、万一の場合に少なくとも7か国に対して核兵器を使用する計画の検討と一定の場合に戦場で使う小型の核兵器の製造を軍部に対して指示した。
議会に対して1月8日に配布された秘密報告書によれば、ペンタゴンが核兵器の使用を検討する国は、中国、ロシア、イラク、北朝鮮、イラン、リビア、シリアである。報告書では、次の3つの場合に核兵器の使用がありうるとされている:非核兵器の攻撃では攻撃目標を破壊することができない場合;相手が核兵器、化学兵器、生物兵器を使って攻撃してきたのに報復する場合;驚くべき軍事的状況の変化が有った場合。
報告書のコピーの1部が軍事専門家で本紙の寄稿者であるウィリアム・アーキンの手に渡った。彼のこの問題についてのコラムは、本紙の日曜日版に掲載される。彼の言では、ペンタゴンの高官たちは、ロシアについての核兵器使用のプランがあることを随分前から認めてきた。しかしながら、核兵器使用の潜在的対象国が明らかになったのは『核体制の概観』という今回の報告書が初めてである、と彼は述べている。これらの対象国が強い反発をするであろう、と述べる者もいる。
ワシントンにある国際平和カーネギー財団の核兵器専門家ジョセフ・シリンチョーネは、「これはダイナマイトだ」「私は、これらの国が国連の場で何を言うか、想像することができる」と述べている。武器管理の専門家は、小型の核兵器を開発するという指令は、核兵器の使用は最後の手段であるという長い間維持されてきたタブーをブッシュ政権が打ち破るシグナルかもしれない、と述べた。彼らは、このような動きは、対象にされた国もまた核兵器の開発に駆り立て、世界を不安定にするものである、と述べた。
住むに値する世界をめざす会の会長ジョン・アイザックは、次の様に語っている、
彼らは、より小さい核兵器が重要な抑止力をもつだろう、なぜなら侵略者は近隣の地域や友好的な人民が住んでいるところでアメリカが核兵器を使用するとは考えないからである、と述べている。
ワシントンにある保守的なヘリテージ財団の防衛問題の専門家であるジャック・スペンサーは、「我々は、国際テロリズムに関与したり大量破壊兵器の開発をする国に対する信頼できる抑止力を持つ必要がある」と語っている。彼は、レポートの内容はなんら驚くべきことではない、そして「冷戦後の世界に対処する核体制開発のための正しい道を示している」と述べている。
ペンタゴンのスポークスマン、リチャード・マグロウは報告書が秘密のものであることを理由に口をつぐんでいる。
議会は2000年の秋にアメリカの核体制の再評価を要求した。このようなレビューは、1994年にクリントン政権によってなされたのが最後である。ラムズフェルド国防長官のサインが入った新しい報告書は、アメリカの戦略軍が核戦争のプランを作成するのに使用される。
ブッシュ政権の高官は、この報告書のスケッチを公にしていたに過ぎなかった。彼らは今までは、ブッシュ政権は核兵器への依存を減少させたいと強調していた。
クリントン政権のレビューが機密扱いであるため、特定の問題についての比較は出来ない。しかし、専門家たちは、このレポートは、これまでの政策から断絶したものであると見ている。
アメリカの政策立案者たちは、概して、アメリカは非核兵器保有国が核兵器保有国と同盟をしないかぎり、非核兵器保有国に対して核兵器は使わないと言ってきた。彼らは、化学兵器や核兵器で攻撃をされた場合に、報復として核兵器を使うかどうかについてはやや曖昧であった。
報告書は、アラブとイスラエルの紛争、中国と台湾の戦争、北朝鮮が南を攻撃した場合に核兵器を使用することを準備しなければならないと述べている。また、イラクがイスラエルや他の近隣諸国を攻撃した場合も同様であると述べている。
報告書は、ロシアはもはや敵ではないと述べている。しかし、同報告書は、ロシアは依然として巨大な兵器庫であり、6000発の核弾頭と約1万発のより小さい戦域核兵器が配備されていると述べている。
ペンタゴンの高官は、戦場において特定の目標に対して使用される戦域核兵器の研究の必要性を公言してきた。しかし、まだ彼らは実際にそれをしているわけではないと述べてきた。
またペンタゴンの高官は、1991年の湾岸戦争以来つくられてきた深いトンネルと洞窟が絡み合ったところを破壊するためには核兵器の使用が有利であると述べてきた。彼らは、核兵器が、地下深いところにある構築物を破壊する強力な衝撃波を発生させると述べている。
彼らは、大型の核兵器は、爆発から熱や放射能が発生し、非常に有害な副作用をもたらすので自己抑制的になるのだと述べている。彼らは“全領域抑止力”、すなわち敵が使用するかもしれないすべての兵器に対応する力が必要であると述べている。
ペンタゴンは、最近では1970年代に戦術核兵器を使用したプランを検討していた。しかし、過去20年間には、そういうことはなかった。
専門家たちは、報告書の“驚くべき軍事的状況の変化”という言葉は、アメリカが持っている兵器で打ち破ることがむづかしいようなまったく新しい兵器をテロリストやならず者国家が開発するかもしれないというペンタゴンの恐怖に基づいている、と述べている。
ブッシュ政権は、ここ10年のうちに攻撃用核兵器を約3分の2に、すなわちミサイルを1700発から2200発の間にすることを提案している。高官たちは、これまで核兵器がカバーしてきた分野において精密誘導兵器を使用したいと述べている。
しかし、ブッシュ政権がこれまで核兵器の役割を削減したいと述べてきたことと報告書は矛盾していると述べる批判も存在している。
先のシリンチョーネは、「この報告書は、核兵器を抑止力としてよりも、戦いの武器にしようとしている。」と述べている。
[以上]
Counter Punch
のサイトに2002年2月2日付けで掲載されていた論文(Zoltan
Grossman, New US Military Bases: Side Effects or Causes of
War?、河内謙策訳)
冷戦の終結から10年以上が経過したが、この間アメリカは、イラク、ソマリア、ユーゴスラビア、アフガニスタンで戦争を行ってきた。戦争へのアメリカの介入は、侵略をやめさせるため、独裁者を打倒するため、あるいはテロを止めさせるためという“人道的”な理由で行われてきた。それぞれの戦争の後では、戦争に賛成した者も反対した者も、次はどこの国かを問題にしてきた。しかし、アメリカの介入が何を残したかは、あまり問題にされてこなかった。
冷戦が終結したときに、アメリカの前にはヨーロッパと東アジアという二つの経済的ブロックが立ちはだかっていた。アメリカは、軍事力においては世界のスーパーパワーと認められていたが、経済の面においては、EUと日本・中国・4大新興国を含む東アジアに比較して衰退するのではないかと見られていた。アメリカは、ユーラシア大陸の多くの国に取り残されるのではないかと見られていたのである。1990年以来のアメリカの戦争は、”民族浄化”や好戦的なイスラムに対する反応という面からだけではなく、このような新しい地政学的な面からも考察されなければならない。
1990年以来の大規模な介入は、アメリカが足がかりを持っていなかった地域に一連の米軍基地を残すことになった。米軍は世界の戦略的な地域に駐留し、歴史の重大な局面において、その地域に地政学的影響を与えている。”ユーロ・ブロック“や”円ブロック”の台頭に伴い、アメリカの経済力は衰えることであろう。しかし、軍事力においては、アメリカは疑いもなくスーパーパワーなのである。新しい戦略的地域における軍事的支配は、経済的競争相手に対する将来のバランスを保ち、競争相手の中に打ち込まれた楔となって、軍事力にバックアップされた”ドル・ブロック“を形成することに役立つであろう。
それぞれの戦争においてそうであったように、立案者は、戦争中に戦争遂行のために新しく基地をつくったり、あるいは将来の戦争に備えて基地をつくる権利を保証するように努力をした。しかし、戦争が終わっても米軍は引き揚げず、第2次世界大戦終了後にソビエトが東ヨーロッパで直面したのと同様に、地域住民から憤激と疑いの眼で見られることとなった。新しい米軍基地が戦争遂行のためにつくられただけではなく、戦争が将来にわたる基地建設を保証する機会になったのである。
実際、アメリカの政策立案者にとっては、長い目で見れば、戦争自体よりも基地を建設するほうが重要と見えたかもしれない。それは、いわゆるアメリカの敵にとっても同様である。たとえば、9月11日の事件は湾岸戦争と直接には結びついていないが、オサマ・ビン・ラディンは、湾岸戦争においてはイラクとたたかったサウジの原理主義的独裁者を支持した。そして9月11日の事件は、アメリカが湾岸戦争後もサウジアラビアや他の湾岸諸国に米軍基地を残す決定をしたことにその根がある。バルカンやアフガニスタンにおける米軍の駐留は、今後、テロリストの攻撃をひきおこすこということになるのかもしれない。
以上述べてきたことは、10年来の戦争がすべてアメリカをボスニアからパキスタンにいたる間の支配者にするという陰謀によるものであったということを意味するのではない。
しかし、これらの戦争がご都合主義的反応によるものであったと言うよりは、これらの戦争が、西はヨーロッパ、北はロシア、東は中国に至る広大な”中間地帯“にアメリカの足場をつくることを可能にし、同地域をアメリカの“影響力の及ぶ地域”につくりかえていったというほうが適切であろう。一連の戦争は、アメリカの企業が、ヨーロッパにおいても東アジアにおいても石油の供給を支配することを保障したが、石油の供給それ自体は陰謀に基づくものではなく、いつものようにビジネスによるものである。
アラブの同盟国に対する当初の約束に反し、1991年の湾岸戦争はサウジアラビアとクウェートに広大な米軍基地を残し、バーレーン、カタール、オマーン、アラブ首長国連邦も米軍基地をつくる権利を認めることとなった。同戦争はまたトルコの米空軍基地の役割を浮かび上がらせた。この戦争は、1970年代の初期にイギリスが撤退した石油産出地域のアメリカの相続を完成させるものであった。アメリカ自身は、湾岸の石油の5%を輸入するだけであるが、残りはヨーロッパと日本に輸出される。シラク・フランス大統領は、ヨーロッパと東アジアのためにアメリカは湾岸の石油を支配していると述べたことがある。アメリカは、湾岸戦争後、サダム・フセインに対抗し、イラクに対する爆撃を保障するためだけでなく、石油で潤った専制君主の不満を抑えるためにも、恒久的な米軍基地の建設を決意したのである。
ソマリアに対するアメリカの1992-93年の戦争は、アメリカの敗北で終わったが、いわゆる“人道的介入”が何故行われたかを理解することは重要である。1970年代から80年代にかけては、ソ連に支援されたエチオピアに対するソマリアの専制君主シアド・バーレの戦いを、アメリカは支援したのである。見返りとしてバーレは、アメリカ海軍にソマリアの軍港の使用を認めたが、それは紅海の南端に位置するとともに、スエズ運河がインド洋につながるところという戦略的位置を占めていたのである。バーレが打倒された後、引き続いて起こった混乱と飢饉をアメリカは手を引く口実にしようとしたが、その際モガディシュを支配していたモハメド・アイディドに反対するグループの側につくという誤りを犯した。“Black Hawk Down”の映画がロマンチックに描こうとしているモガディシュの戦闘においては、18人の米兵と数百人のソマリア人が亡くなった。アメリカは撤退し、最後には紅海の反対側であるイェメンのアデン港の中に軍港を作る権利を獲得した。オサマ・ビン・ラディンが2000年に米艦船コール号を攻撃したところである。
アメリカはボスニアには1995年に、コソボには1999年に介入した。その際の理由は、セルビアの”民族浄化”反対するということであった。しかし、クロアチア人やアルバニア人が”民族浄化“を行ったときにはアメリカは介入しなかったのであるから、セルビアの”民族浄化”に反対するというのも表面的理由にすぎなかった。アメリカの介入により、ハンガリー、アルバニア、ボスニア、マケドニアの各国に基地が、またコソボの南東にキャンプ・ボンジール・コンプレックスという基地が建設された。NATOの同盟国もこの戦争に参加したが、アメリカと結果は違っていた。湾岸戦争やアフガンの戦争の際にもEUの同盟国は戦争に参加したが、それは連帯の精神に基づくものではなく、戦後の秩序から締め出されるのではないかという恐怖からの参加であった。特にコソボの場合には、アメリカが指揮するNATOとは別の独立した軍隊を作っていこうということになったから、なおさらであった。EUの東の縁の巨大な基地は、中東での紛争にも役立つものであったが、いつかは自分たちが思いのままに使えるかもしれないというヨーロッパの軍人たちの思惑が交錯する中で建設作業が進められたのであった。
アメリカのアフガニスタンに対する戦争は、表面的には、9月11日の事件に対する反応であり、ある程度まではタリバンの打倒をも意図するものであった。しかし、アフガニスタンは、歴史的に南アジア、中央アジア、中東にまたがる戦略的要衝であった。アフガニスタンは、カスピ海からインド洋までのユノカル社が提案したパイプラインに沿っている。アメリカは9.11以前に既に、アフガニスタンに隣接する旧ソ連のウズベキスタンに軍隊を派遣していた。戦争を通じて、アメリカが新しく基地を作ったり、基地を作る権利を認めさせたのは、アフガニスタン、ウズベキスタン、パキスタン、キルギスタン、タジキスタンである。アメリカは、同地域に恒久的な基地が必要な理由としてアフガニスタンの不安定さをあげている(それは将軍たちと将軍たちを敵対させたソマリアとよく似ている)。
そして、ドルを新アフガンの正式の通貨にさえしようとしている。一連の米軍基地は、カスピ海の石油インフラを防御しつつあるのである。
地政学的理由こそが、平和への道がまだ閉ざされていないのにもかかわらず、ワシントンが戦争への道を進んだことを説明するであろう。ジョージ・ブッシュ元大統領は1991年2月にイラクに対する地上戦を始めたが、その時にはサダム・フセインはソビエトの撤退計画に基づいて軍隊を引き揚げつつあったのである。ジョージ・ブッシュ元大統領は1992年に米軍をソマリアに派遣したが、その時には彼が米軍派遣の理由にした飢饉は既に終了していたのである。クリントン大統領は1999年に、セルビアにコソボから手を引かせるためにといってセルビアに対する戦争を始めたが、その時にはランブイエでの交渉で、多くの撤退条件についての合意がなされていたのである。ジョージ・W・ブッシュ大統領は、タリバンにビン・ラディンを引き渡すようにという外交的圧力をあまりかけないまま、あるいはパシュトゥーン人の司令官アブドゥール・ハクのような反タリバン勢力に力を貸して彼らが彼らのやり方でタリバンを打ち負かすようなこともしないまま、開戦に踏み切った。ワシントンは最後の手段として戦争に突き進んだのではなかった。ワシントンは、戦争を、より大きな目標を追求する絶好の機会と見たのである。
地政学的な重要さはまた、これらの戦争においてアメリカが勝利を宣言することに乗り気でない理由を明らかにしている。もし1991年にアメリカがサダム・フセインを権力の座から追放していたとすれば、湾岸の同盟国は米軍基地の撤去を要求したであろうし、彼が権力の座にしがみついていたからこそ米軍のイラクへの爆撃や湾岸に米軍がとどまり続けることを正当化することが出来たのである。オサマ・ビン・ラディンとムラー・オマル師が4ヶ月も捕まらないということが、中央アジアと南アジアの米軍基地を正当化するのである。少なくとも当面は、これらの3人が生きていて自由に行動すればするほどアメリカにとっては好都合なのである。
イラクは、アメリカの新しい戦争の主要な敵である。ブッシュ大統領は彼の父親がやり残した仕事を完成させようとしている。ヨーロッパと東アジアの間の”中間地帯”にアメリカの勢力圏が築かれたので、次は、この地域でアメリカのいうことを聞かないイラクとイランということになる。ブッシュは、北部同盟やコソボ人民解放軍のようにイラクの反体制派を衣替えすることを考えているのかもしれない。彼はイランを脅せば、イランがイスラム強硬派と手を結びつつあるといっても、イランの”穏健な”改革派を助けるに違いないと考えているのかもしれない。イランに対する戦争にせよ、イラクに対する戦争にせよ、アメリカが最近イスラム諸国との間で築きつつある関係は破壊されるであろうし、パレスチナ紛争におけるアメリカの公平さというものの内実を明らかにすることになるであろう。
アメリカの政策立案者たちはまた、ソマリアとイェメンをターゲットとし、海岸線を海軍の船でパトロールしている。彼らは、1993年のモガディシュや2000年のアデンを繰り返さないために間接的な形で介入を決めようとしているのかもしれない。ビン・ラディンはアイディドのソマリアに米軍基地を作らせないという努力を支援したし、彼の父親は歴史的に反乱で有名なイェメンの南東のハドラマウトの出身である。しかしワシントンが優先するのはビン・ラディンの勢力圏を消滅させることではないであろう。それは主として現地軍に任されるであろう。むしろアメリカが優先するのは、ソマリアとイェメンの戦略的な価値を有する軍港を再び手にすることであろう。
アフガン戦争以来の最も直接的な介入は、フィリピン南部のムスリムのゲリラ、アブ・サヤフに対してである。アメリカはアブ・サヤフを、ミンダナオとスル諸島におけるムスリムの数十年にわたる反乱から生まれた悪党グループと見るのではなく、ビン・ラディンに支援されたものと見ている。アメリカの“トレーナー”とよばれる特殊部隊は、フィリピン軍との合同演習を活発な戦闘が展開されている地域で行っている。彼らの目標は、全世界に対して宣伝するために、200人の小グループに対してグレナダ流の勝利を収めることである。しかし、一度勝利が宣言されるやいなや、反・反乱キャンペーンは、ミンダナオの他のムスリムや共産主義勢力に向かうことになるのかもしれない。またその勝利は、冷戦の終了と火山の噴火のためにクラーク空軍基地とスービック海軍基地に対する支配が終わったときに失われた、アメリカの軍事基地に対する権利を完全に回復するという目標の達成を助けることになるであろう。しかしながら、このような動きは、左翼とフィリピンのナショナリストの両方から激しく抵抗されるであろう。
アメリカのフィリピンへの復帰は、ブッシュの北朝鮮に対する一番最新の脅迫がそうであるように、中国がグローバル・パワーとして登場し、他のアジア諸国が金融危機から立ち直ったことに対応する、東アジアにおけるアメリカの力を誇示する努力なのである。アジアにおけるアメリカの軍事的な役割の増大は、日本における増大する米軍基地への批判を和らげることになることになるかもしれない。また、アメリカの勢力圏に対する中国の不安を増大させることになるかもしれない。旧ソ連のキルギスタンの米空軍基地は中国に極めて接近しているのである(ロシアは、アメリカと一緒になってOPECの影響力を減らすために自らの石油を利用するであろうが、アメリカの包囲網に対する不安が再燃するかもしれない)。
一方、地球の他の地域もまたアメリカの”テロに対する戦争“の目標なのである。とりわけ南アメリカがそうである。冷戦時のプロパガンダが南ベトナムやエルサルバドルの左翼を北ベトナムやキューバの傀儡に仕立て上げたように、アメリカの”テロに対する戦争というプロパガンダは、コロンビアの反乱を石油の豊富なベネズエラの同盟者と見ている。ベレー帽をかぶったヒューゴ・チャベス大統領は大雑把にビン・ラディンやフィデル・カストロに好意的であり、アメリカに敵対してOPECの方に舵をとるかもしれない、と言われている。もしビン・ラディンが抹殺されるということになれば、チャベス大統領が理想的な新しい敵になるかもしれない。南アメリカの危機は、イスラムとは関係がないが、準備中の新しい戦争というという点では、最も危険なものかもしれない。
アメリカの戦争を、湾岸、ソマリア、バルカン、アフガンというように過去に遡って検討した場合にも、イェメン、フィリピン、コロンビア/ベネズエラ、あるいは”悪の枢軸である“イラン、イラク、北朝鮮というようにこれからの新しい戦争を検討した場合にも、そこには共通のテーマが浮かび上がってくる。それは、最近の多くの戦争が石油にその根を持つとはいえ、アメリカの軍事的介入のすべてが飽くことを知らない石油(より正確に言えば石油にもとづく利潤)への渇望に結びつくわけではないということである。他方、
アメリカの軍事基地を手に入れたい、あるいは再建したいという願いは、ほぼ共通している。新しい米軍基地にせよ、石油に対する支配にせよ、それらは1980年代以来の歴史的な変化に結びつくものであることは言うまでもない:1980年代にはヨーロッパと東アジアが興隆し、世界の経済的なスーパーパワーの地位をアメリカやソ連から奪ってしまうかもしれない可能性が生じたのである。
ローマ帝国が植民地に対する経済的政治的な支配の弱体化を軍事力で支えようとしたように、アメリカは、競争相手が同じことをしないように世界の新しい地域で精力的に活動している。アメリカの目標は、”テロ”を根絶することでも”民主主義“を励ますことでもないし、ブッシュがこれらを達成することはありえないであろう。アメリカの短期的な目標は、米軍の駐留である。長期的な目標は、カスピ海の石油にせよ、あるいはカリブ海の石油にせよ、ヨーロッパと東アジアが必要とする石油に対するアメリカ企業の支配を強めることである。究極の目標は、新しいアメリカの勢力圏を構築し、宗教に基づく戦士、ナショナリスト、敵対する政府、場合によっては同盟者でさえも、それらがアメリカにとって障害となる場合には抹殺することである。
アメリカ市民は、”自国“を守るための戦争を歓迎するかもしれない。また新たな米軍基地やアメリカの経済力を守るための石油パイプラインの建設も歓迎するかもしれない。
しかし、この戦略の危険性が明白になるにつれて、アメリカ市民は、彼らが世界の人民に敵対することになる、また将来9.11の事件が続発することになる非常に危険な道に入りつつあることを自覚するようになるであろう。
[以上]
私は、現在、ボストンに住み、ハーバード大学ライシャワー研究所の客員研究員として活動しています。
9月11日の事件は、私にとっても大変ショックな事件でした。実は、私と私の娘の晴子が8月下旬にニューヨーク観光に出かけ、ワールドトレードセンターに行ってきたのです。それで、私たち自身がテロリストの攻撃にさらされたようなショックを受けました。また、私と私の娘は、9月14日から米軍基地反対運動の調査のため、プエルトリコ・ヴィエカスに出かける予定でした。プエルトリコ行きはどうなるか、と心配しているうちに、渡米以来親しくさせていただいているクウェーカーの平和運動のリーダーであるジョセフ・ガーソンから連絡が入りました。彼は、アメリカは必ず報復戦争に踏み切る、と断言しました。彼の言によって、“ひょっとしたら”ぐらいに思っていた私の気持ちの整理がつきました。
それ以来、私はボストンの地で、アメリカの報復戦争反対、国際テロ根絶、アフガン人民・難民の生活支援の活動をしています。とは言っても、私にそうたいしたことが出来るわけではありません。私の活動の中心は、マスコミをはじめとした様々なところから情報を集め、分析し、主として日本の友人に向けてBOSTON PEACE NEWSを、主として海外のNGOに向けてPEACE LETTERS FROM JAPANESE FRIENNDS を発行することです。(BOSTON PEACE NEWSなどの私の「メルマガ」をご希望の方は、メールにてkawauchi@fas.harvard.eduへお申し込みください。)
この様な活動をしている私の現在の最大の疑問は、アメリカ人民は何を考えているのか、アメリカの人民の圧倒的多数が戦争を肯定しているとすれば、それは何故なのか、それは反戦平和の意識に変わりうるものか、ということです。
今回のアメリカの戦争は汚い戦争です。謀略戦争と言っていいかもしれません。たとえばアメリカの支配的エリートは、今回の戦争でさまざまな嘘を使っています。最大の嘘は、中央アジアの石油と天然ガスを支配したいと言う彼らの戦争の経済的動機を覆い隠して、テロリズムの問題にすり替えた事でしょう。このような彼らですから、世論調査をごまかすことは朝飯前だと思うのですが、85%とか90%という数字の真偽は別にしても、アメリカ人民の圧倒的多数が今回の戦争を支持していることは間違いないようです。では、どうしてそうなのか、アメリカの平和活動家を含めて多くの人と議論しました。
多くの人が言うのは島国仮説ともいうべきものです。すなわち、アメリカの多くの人は、アメリカ以外のことを知らないし、知ろうともしていない、あたかも島国に住んでいる住人のようなものだ、だから政府の言うことをすぐ信じてしまう、というのです(人によっては、建国以来の暴力文化の伝統を付け加えます)。この仮説は、なかなか魅力的で、アメリカは島国だと言う逆説は人を驚かせます。しかし、この説の最大の弱点は、アメリカ人民の好戦意識あるいは平和意識には歴史的な変遷があること、特に今回の異常なまでの高ぶりをうまく説明できないことです。
島国仮説に独特の修正を加えているのが私の尊敬しているジョセフ・ガーソンです。
彼は、アメリカ人民の好戦意識を規定しているのは、アメリカ人民は戦争の被害を受けたことが乏しいこと、特に約200年間、アメリカ本土に外国軍隊が進入したことがないことだ、だから戦争の悲惨さを知ればアメリカの人民は変わる、と強調します。彼の説には宿命論的な匂いが有りません、またベトナム戦争時において戦争の悲惨さを知って多くの人が反戦運動に参加したことによって裏付けられます。しかし、ではなぜ、今回は多くの人が反戦でなく好戦の側に行ったのでしょうか。
私自身の今の時点の考えは、総合仮説とも言うべきもので、今の段階では、アメリカ人民の好戦意識は様々な要因の複合的理由により規定されていると考えるほかはない、その意味で、島国仮説も、ガーソン修正仮説もいずれも正しいが、そのほかに、今回については、2つ要因があると考えるものです。
2つの要因を説明しますと、1つは、90年代のニュー・エコノミーとインターネット・バブルが人民の間に浸透し(レーガン革命の成果によりアメリカ国民の80%が何らかの形で株式投資にかかわっているという統計があります。)、支配的エリートだけでなく人民の中にも傲慢な拝金主義者が増えたということです。中国の拝金主義者と異なり、かれらは90年代にうまみを手中にしました。そこから、自分と自分の生活を守るためには、何をやってもいいという考えが生まれるのです。
もう1つは、今回の事件の内容と規模があまりにもショッキングで、テロに反対なら戦争だという論理があまりにも「明快」だったと言うことです。私がこのことを強く感じるのは、一般の民衆についてだけではありません。今回の戦争支持派の中には従来はリベラルといわれていた人、今回の事件によって「転向」した人が一定数存在しています。その「転向」の理由を書いた文書を読むと、彼らの長年にわたるリベラルな考えが事件のショックにより吹き飛ばされたとしか言いようがないことが良くわかります。
以上の議論について、期成会の皆様はどのようにお考えでしょうか。今回の事件に見られるアメリカ人民の好戦意識は、おそらく後世の歴史学者の格好の論争のテーマになるでしょうが、私は、後世の論争以前に、私たちの平和運動の中で、もう少し議論をしておきたいと考えています。それは、日本人民の好戦意識の解明にもつながるものを含んでいると思うのです。
[2001.12.6記]
トップページへ戻る