飛騨国 高山陣屋

高山陣屋正門

所在地:岐阜県高山市八軒町

■■駐車場:  あり■■
■■御手洗:  あり■■

遺構保存度:★★★★★
公園整備度:★★★★☆


現存する遺構

御役所・御用場・大広間・役宅・吟味所・白州・米蔵8戸前
門番所・表御門・不浄門・塀《以上国指定重文》
陣屋内は国指定史跡



飛騨国 
高山城

高山城天守台

所在地:岐阜県高山市城山 ほか

■■駐車場:  あり■■
■■御手洗:  あり■■

遺構保存度:★★■■■
公園整備度:★★★■■


現存する遺構

堀・石垣・土塁・郭群
城域内は県指定史跡



飛騨の小京都高山。日本列島の中央に位置するこの町は
山深い奥地ながら古くから文化の開けた場所でござった。
源平合戦や鎌倉時代の動乱を経て高山の町が発展したのは室町時代に
高山外記(たかやまげき)が高山城を建ててからと言われている。
築城は永正年間(1510年頃?)とみられ、高山盆地のやや東に
独立した丘陵天神山に築かれた山城。
1586年(天正14年)には越前大野から金森長近が高山に入府。
1588年(天正16年)から高山城の近代化改修に取りかかった。
織田信長の安土城や豊臣秀吉の大坂城を模した豪壮な建築物が並び
山頂の一角には望楼型の天守閣も建築された。
そのため完成まで15年もの歳月がかかったが
「天下に三指と数えられる名城」と謳われていた。
この高山城を中心に京都のような町屋や寺社が配列されて
「小京都」と呼ばれる華麗な城下町が広がっていったのでござる。
1692年(元禄5年)7月に金森氏は出羽上山に移封となり
高山は幕府直轄の天領となり申した。
高山城は当初金沢藩の預かりとなったが1695年(元禄8年)に
幕府から破却の命令が出て廃城。
代わって高山統治の政庁となったのが高山陣屋でござる。
建物はもともと高山城主金森氏の下屋敷だったもので、
陣屋となってからは江戸から代官や郡代が来て政務に当たった。
明治まで177年間高山首府として機能し、その後も代々
飛騨県(高山県)庁舎・郡役所・支庁・県事務所として使用された。
現在高山城跡は城山公園となっている。建物は残らないが
石垣などは現存し、広場には金森長近の銅像がたてられている。
城址は県の史跡に指定され、旧二ノ丸の一角には白川郷から
照蓮寺が移築されている。照蓮寺は現存最古の浄土真宗建築物と言われ
国の重要文化財に指定されているものでござる。
一方高山陣屋はほぼ全ての建物が現存。代官所の建築物が残っているのは
全国でも高山だけである。当然国指定の重要文化財。
有名な高山の朝市はこの高山陣屋の前で開かれており
陣屋と朝市の両方を見物しに来る観光客も数多い。
陣屋周辺の町屋は古くからの町並みが残されていて
伝統的建造物群保全地区にも指定されている。
城跡・陣屋・朝市・寺社・町並み・祭り・そして自然…と
飛騨高山は小京都の名に恥じない歴史と文化の町でござる。




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