陸前国 仙台城

仙台城二ノ丸大手門隅櫓(復元)

所在地:宮城県仙台市青葉区川内・川内追廻
■■■■■■■■■■■|青葉山 ほか

■■駐車場:  あり■■
■■御手洗:  あり■■

遺構保存度:★★★■■
公園整備度:★★★★☆



独眼竜こと伊達政宗が築城、別名は言わずと知れた青葉城でござる。
関ヶ原合戦後、伊達氏62万5000石の新府として拓かれた。
旧来「川内(せんだい)」と表記していたものを、縁起を担いで
「仙人の守護する地=仙台」と改めた。2001年は仙台開府400周年にあたる。
仙台城の特筆すべき点は、慶長期の着工にも関わらず山城であることでござる。
戦乱が終わり太平の世が訪れた時代では、築城の立地は山城から
平城・平山城へと移り、城塞としてより政庁として城の存在が重要視された。
が、政宗は敢えて急峻な青葉山に城を構えたのでござる。
しかも山上の制約された地形に御殿まで建て、「政庁である山城」にしてしまった。
(本丸御殿は尾根をまたいで建築された「御懸造」と呼ばれる特異なもの)
広瀬川を天然の濠とし、龍ノ口渓谷の断崖に守られた要害であり、
城塞としては絶好の地であるが、ここまでして巨城を造る政宗の執念恐るべし!
昭和20年7月10日に空襲で焼けるまで、二ノ丸大手門とその隅櫓が現存していた。
大手門は肥前名護屋城大手門を移築したものとも伝えられ、
菊花・桐花の紋で装飾された桃山文化を代表する建築物であった。
二階部分は華頭窓を設け、華麗かつ優雅さを醸し出していた。
隅櫓は昭和42年12月に復元されたが、大手門は未だに再建されず
つくづく戦災で失われたことが悔やまれるものでござる。
石垣は野面積、打込ハギ、切込ハギとあらゆる工法が使われている点にも注目。


現存する遺構

堀・石垣・土塁・郭群
城域内は国指定史跡

移築された遺構として
知事公館門・板蔵《以上県指定文化財》・孝勝寺山門など




久慈城  桧山城