万感の感謝を胸に    〜さよならのことばに添えて〜    緒形 まゆみ


 6年前、私がここ阿佐ヶ谷中学校に着任した時、音楽室にあったのはドラムセットが1台だけでした。
吹奏楽部が廃部になっていると言う話は聞いていましたが、ここまで何もないとは思いもしませんでした。

私より1年前に着任した数学科の相川先生が、それも少ない楽器を使って有志で活動を再開されていた時のことです。
先に指導に携わっていらしたのに先生は快く、私が吹奏楽部を創ること、顧問になることを了解してくださいました。
1年生が4人、2年生が7人入部してきました。ささやかにささやかに吹奏楽部は歩みだしたのです。
何とか小さな曲が出来るようになったその年の秋、私は病気で5ヶ月間休職をしなければなりませんでした。
切なくて心がちぎれそうでした。その間も相川先生はご指導を続けてくださったのです。
あの時、廃部になっていたら今の吹奏楽部は絶対になかったと思います。

 2年目の4月に復職し、私はそろそろとおずおずと部活をさせていただきました。保護者のみなさまも協力してくださり、
それからは部員も少しずつ増えてきました。楽器もない。お金もない。人もいない。
あるのは子供たちの「音楽がしたい」と言うキラキラした瞳だけでした。

 3年目からはコンクールにも出ました。地域や訪問ボランティアも「ごめんください」と営業して次々にいただいてきました。
老人ホーム、幼稚園、小学校、病院、地域の商店街・・・やらせていただける所へはどこでも行きました。
いつしかバンドは”旅の一座”になっていました。その度に私たちは”目に見えない宝物”をいただいて帰りました。
出会いはそれだけではありません。
海外からのお客様や、他校との交流、いただいたタダ券での数えきれない音楽鑑賞、客演してくださった演奏家や指揮者の先生
のご指導、謝礼も払えないのに手取り足取り、楽器を教えてくださったレッスンの先生方、修理費も取らずに献身的に支えてくださる
平原さんのご支援・・・
1つ1つに目をクリクリさせる子供たち・・・ありがたいな〜と胸がつまりました。
あまりの貧乏に、保護者のみなさまはバザーをして資金を集めてくださいました。見かねた地域の方からは、
匿名で楽器のご寄贈もいただきました。
その度に私たちは涙を流しながら恩返しは音楽でするしかないんだと誓い合いました。

 気がつけば、前々任の小平や前任の瑞穂のみなさん、小平青少年吹奏楽団のみなさんも杉並のこの子たちを応援し、
支えてくださっていました。
・・・今、こうして思い出すのは”おかげさまで”と”ありがとうございました”だけなのです。それしかことばは見つかりません。


最後に・・・
 辛いときも逃げたい時も、いつも何気なく立ち寄ってくださり”元気出して!先生。私たちがついているから!”と
声をかけてくださった保護者のみなさま。
振り払っても怒鳴り飛ばしても”先生がいなきゃだめなんです!”とボロボロ泣きながらついてきてくれた子供たち。
かけがえのない6年間をありがとうございました。
みなさんのおかげで、こんなちっぽけな私は生かしていただきました。
地域の皆様、私はお別れいたしますが、これからもどうぞ阿佐ヶ谷中学校吹奏楽部をお育ていただきますようお願い申し上げます。