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サリー・ロックハート三部作 (Sally Lockhart Torilogy)
Philip Pullman (1985 - 1994 Random House Childrens Books)
"His Dark Material"シリーズ(日本版タイトル:ライラの冒険)の成功で、一躍ファンタジー小説界のトップに躍り出た感のあるフィリップ・プルマンですが、彼のもう一つの代表作とされるシリーズが、この19世紀末ロンドンを舞台にしたサスペンスミステリー、サリー・ロックハート三部作です。
"The Ruby in the Smoke"
1872年のロンドン。海運業を営む父親と二人で生きてきた16歳のサリー・ロックハートは、父親の乗った船の沈没と父の死を知らされる。悲観にくれるサリーの元に、父の最後の寄港先であったシンガポールから一通の手紙が舞い込む。父親からのものと思われるその手紙には「七つの祝福に気をつけろ」という謎のメッセージが記されていた。
メッセージの意味を知るためにサリーは父親が共同経営していた海運会社におもむき、事務長のヒッグス氏に心当たりを尋ねる。しかし「七つの祝福」という言葉を聞いた途端、ヒッグス氏は恐怖とそのショックで心臓マヒを起こして死んでしまう。
残されたわずかな手がかりを頼りに父の死の真相を知るべく、探偵小説マニアのメッセンジャーボーイ、ジムや若き写真家のフレデリックといった仲間達と共に、サリーの調査が始まる。しかし事件は巨大なルビーをめぐる陰謀とサリー自身の出生の秘密を巻き込んだ巨大な謎へと発展していく…。
インド・アジア貿易をめぐる秘密の過去に関連した謎のメッセージ、ロンドンのアヘン窟への潜入、動乱の際に失われたマハラジャの秘宝…とシャーロック・ホームズ以来の世紀末ロンドンを舞台にした探偵小説には欠かせないギミックがてんこ盛りです(w
さすがに読者を引きつけるストーリー運びにはプルマンの筆力の程が伺えるんですが、逆にストーリー展開があまりにもまともで滑らか過ぎて、"His Dark Material"のような話がどこに転がっていくかわからないような面白さを期待して読むと失望すると思います。
"The Shadow in the North"
1878年、蒸気船イングリット・リンド号の謎の消滅は海運会社を予想もつかない倒産へと導いた。クライアントの資金を回収すべく投資顧問会社を経営するサリー・ロックハートが捜査に乗り出す。
劇場の裏方として働くジムは出演者のマジシャンから助けを求められる。彼は実はサイコメトラーであり、その能力によってある殺人事件のことを知り、その犯人から命を狙われているというのだ。
写真家の傍らで探偵業を営むフレドリックは、奇妙な依頼を受ける。降霊術の集会でトランス状態の霊媒が彼の雇い主について奇妙なことを話したというのだ。
複数の謎が一つに結びついた時、サリー達は悪魔の発明ともいえる新型殺人兵器をめぐる巨大な陰謀に巻き込まれていく。
今回も降霊術や新型秘密兵器といった世紀末ものにはつきもののギミックが登場します。
イベントの連続ですが、次に来るイベントがだいたい想像できてしまうのが難点。それでも一つ一つのイベント自体には読んでいて引き込まれてしまうのはプルマンの筆力の為せる技でしょう。
物語はドラマチックなクライマックスをむかえますが、終盤にきて急にテンポの早くなる展開は少々ご都合主義的な気がしないでもありません。また一つ一つのイベントは実に読みごたえがあるのに、後からストーリーの流れを振り返って見ると以外にシンプルというか、単純なのに驚かされます。
妙にレトロチックで奇妙な秘密兵器の描写には"His Dark Material"に通じるプルマンの趣味がかいま見られます。
"The Tiger in the Well"
前作のエンディングから2年、ヴィクトリア朝の先進的職業婦人として、娘のハリエットと共に平和な日々を送っていたサリーの元に、突然法廷からの令状が届いた。まったく見ず知らずの男が彼女の夫だと主張し、ハリエットの養育権の引き渡しを求めており、そしてすべての公式な記録は彼の訴えを指示しているというのだ。謎の敵によって周到に張り巡らされた罠を逃れて、母子の逃避行が始まる。
一方そのころ、ユダヤ人社会のリーダーであるゴールドバーグは、ロシアでの弾圧(ポグロム)を逃れてイギリスに流れ込んできた大量のユダヤ人達を巡る陰謀と、それを背後で操る黒幕の存在を嗅ぎつけていた。
こうしてユダヤ移民達、ユダヤ人排斥勢力、社会主義運動家達を巻き込んで、見えざる敵に対するサリーの戦いが始まった。
シリーズ中最長のこの物語は大きく三部構成になっていますが、前半から中盤にかけての興味は、サリーの生活を徹底的に破壊しようとする敵の正体に集中します。ところが過去にサリーに対してそれほどの恨みを持つ者、それでいて2巻の"The Shadow in the North"の事件とは関係が無い、ということが最初の方で明示されているため、1巻から順に読んでいた読者なら(消去法で)比較的簡単に敵の正体が推測できてしまいます。
その謎の敵も後半で正体が明らかになったとたんに、それまでのミステリアスな雰囲気に包まれて、ヨーロッパ全土を巻き込んだ巨大な陰謀の首謀者というイメージから、急に復讐に燃えるただの悪党に変わってしまうのは残念。
また"His Dark Material"(「ライラの冒険」)同様、かなり思わせぶりに書いておきながら、結局肩透かしというか、忘れられてしまったような伏線もあったりします。
それでも秘密の地下室でのサリーと敵の対決、暴動の危機に見舞われるユダヤ人街、ハリエット救出のため活躍するユダヤ人ギャング達、といったクライマックスが次々に用意されている後半の面白さはさすがにプルマン。
ところで身体が不自由な敵の首領が身の回りを世話させるためにつれている不気味なサルは、"His Dark Material"のコールター夫人のダイモンを思い出させますが、これもプルマンの趣味でしょうか。
"The Tin Princess"
1882年、中央ヨーロッパ、ドイツとオーストリアに挟まれた小王国ラズカビアは、産出するニッケル鉱を巡り強大な隣国からの政治、軍事的圧力に揺れていた。その折も折り、皇太子夫妻が暗殺され、イギリスに滞在していた第2王子ルドルフが王位を継承するために、祖国に戻ることになる。しかし王子ルドルフはイギリス滞在中に娼館で知りあった一人の娘と密かに結婚していた。
シリーズ第1作"The Ruby in the Smoke"の最後で、サリー達の元から姿を消してしまった少女アデレードを10年間にわたって探し続けていたサリーの親友、探偵のジム・テイラーは、ルドルフの妻、ラズカビア王女こそがアデレードであることを見いだす。やがてラズカビアに渡ったアデレード、ジム、そしてアデレードの語学教師として雇われた娘ベッキーは、王位継承問題と国際問題が複雑に入り組んだ陰謀の中に巻き込まれていく。
第3作"The Tiger in the Well"からさらに2年後の物語ですが、1〜3作の主人公サリー・ロックハートは物語冒頭とエピローグ部分にしか顔を出さないため、"The Sally Lockhart Trilogy"からは外れた外伝的な扱いとなっています。しかし実質的にはシリーズ全体を締めくくる完結編といっていいでしょう。
ミステリーサスペンスの要素が強かった前三作と比べて、この"The Tin Princess"では非常に劇的でメロドラマティックな演出が目立ち、そういった分野でもプルマンが非凡な才能を発揮しています。
正しい心と強い意志を持った薄倖の娘が王女となるという、ロマンス小説の王道的な設定から始まって、マーティンの「氷と炎の歌」を思い出させるような意外性と緊迫感のあふれるストーリー、そしてモダンサスペンス的な演出のエピローグを経てたどり着く、シリーズ登場人物達の未来を読者の想像にゆだねる情感深いエンディングは、シリーズ中、最もエンターテイメント性の高い作品です。プルマンのストーリーテラーとしての才能にはつくづく感心しました。
(2005/03/23)
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