Les Lumiéres de l'Amalou
Gibelin & Wendling (1997 Delcourt)

元々は1990年から1996年にかけて刊行された全5巻のシリーズを一冊にまとめた、BDとしては長編の230ページにおよぶ物語です。

古い飛行機で冒険の旅に出たフェレットのアンドレアとエルウッドは、燃料切れのため大きな川の中央にある島に不時着してしまう。
そこでは、灯の無い所では身体が透明になる透明人間族とフェレット族が暮らしていた。

島を取り囲む大きな川、アマルの下流に人間達がダムを建設しているため、やがて島は水没することになり、巨大な飛行船を作って島を脱出した透明人間族とフェレット達だったが、やがて彼らの間に生じた憎しみは次第にその度合いを増していく。
そしてそれは隣接する「もう一つの世界」の存在にも大きな影響を及ぼしていく。


物語は二つの世界にまたがって進んでいきます。
一つは我々が暮らす世界、そこには透明人間族とフェレット族が人間達から隠れて暮らしている。
もう一つは透明人間族とフェレット族共通の神話に伝えられる、巨大な樫の木が魔術師の力を借りて生み出した「王国」。

「王国」に暮らすフェレット族と透明人間族の間に生まれた混血種の兄妹。樫の木に代わって「王国」を自らのものとしようとする魔術師。それを阻止しようとする、透明人間族の娘オランとフェレット族のアンドレアとエルウッド。こういった登場人物達が二つの世界を行き来しながら、幻想世界の存亡をかけた物語が淡々と描かれていきます。

とにかくこの物語、世界観の設定が非常に分かりづらく、ストーリー中の因果関係もかなり曖昧で、ある意味「感覚的」なファンタジーと言えます。
我々と同じ世界に、フェレット族と透明人間族が人間から隠れて暮らしているという基本的な設定すら、序盤では何の説明もなくストーリーは進んでいきます。
そして巨大な樫の木が紡ぎだした夢の世界「王国」や、フェレット族と透明人間族の不和が世界の存亡に直結する定めになっているという設定も、特に論理的な説明はなされません。

透明人間族が死ぬとビゴップというネズミのような獣に変身して、ビゴップは本能的に「王国」の主人である樫の木の元に向う、といった、ご都合主義的な設定が、突然出てきたりもします。

けれども極端な話、すべての設定は物語を成立させるだけの合理性があれば十分という感じで、作者の意図の中心は、雪に覆われ衰退していく樫の木の「王国」の叙情的な雰囲気を描くことなのかもしれません。だとすればその意図はウェンドリングの画力を借りて、みごとに成功していると言えるでしょう。

灰色の雲が垂れ込め、雪に覆われ静まり返った「王国」、そこに住む「恐れ」や「憎しみ」といった心が生み出した生きもの達。
二つの世界の行き来が「渦」と呼ばれる水路をくぐることで行われるという、現実から深層心理世界への沈降をユング的なメタファーで描いた設定も含めて、我々が見る夢と同様に現実的な合理性を離れた世界を巧みに描き出しています。

またこの物語の魅力は、現在フランスで最も人気のあるアーティスト/アニメーターの一人であるクレア・ウェンドリングの絵によるところが非常に大きいとも思います。
最初に書いたように、この物語の完結には6年かかっているわけですが、その間にウェンドリングの絵のスタイルも大きく変わりました。
当初はコミカルでやや子供向けっぽい軽めのタッチの絵柄でしたが、次第に線のウエイトやベタのコントラストの高い、重厚でリアルっぽい絵柄になっています。最初と最後の巻ではとても同じキャラクターとは思えません(w

(2007/04/01)