私に「励ましのお便り」は必要ありません。
タバコを吸いたいという欲求は、食欲、排泄欲などと同類の、ニコチンを欲する身体的欲求だと言う。すると当然、何故タバコを吸うという形式でなければならないのかという疑問が生じる。それについての説明らしい。
これに反論。もとい捕捉したい。
何かを口にくわえて吸うという行為は、男性に多く見られる、幼児のおしゃぶりを欲する行為に似たフェチズムの一種である。これもタバコ依存症の原因の一つである。終り。
私は、タバコを吸うという行為は全くカッコいいものではないと認識している。最近は観られなくなったが、マルボロなどのCFを観ていると可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。何故って「渋い」「クールな」大人がmamaの(以下略
タバコを吸う人は、カッコつければカッコつけるほど滑稽になるということを覚えておいたほうがよい。あ、自戒含む。
Opticalだからといって、それがPresentation要素であるとは言えない。誤謬の可能性を残したまま、突き進むのは危険だ。例えばHTMLアレルギーの方々から何を言われるか分かったものじゃあない。嬉々として罵倒してくるからなあ、あの方々は。
Web Nouveauさん主催だが、やはり寂れている。
多くの人やリファレンスが HTML の img tag には height と width 属性を書きましょう、書いたほうが好ましいです、と言っている。が、敢えて積極的に書くべきではないと言いたい、と言うか言う。
img tag に height、width 属性は書くべきではない。 より
この文書に対する反論。まず結論から先に。
「IMG要素にwidth、height属性を書いても、何ら問題はない」
HTMLはUser Agentへの命令ではない。以下、これを前提として述べてゆきます。
「タグ」は命令ではないし、width属性、height属性もやはり命令ではない。何かを指示することは一切ない。そのとおり表示しなければならないのではなく、そういう情報がIMG要素に付加されているだけなので、「一部のUser AgentがHTMLの記述をこのように整形するから駄目だ」という主張は、HTMLには関係がない。
幅と高さの情報が画像に付加されていて、何の問題があるだろうか。画像は、他の要素と違って、もともとの高さと幅がある。例えばIMG要素をテキストリンクに整形するブラウザがあったとして、そのテキストに幅と高さの情報が書かれていれば、何らかの参考になるはずである(例:Googleのイメージ検索)。もしこれらの属性が純然たるプレゼンテーション要素だったなら、属性値をテキストに変換しても何の役にも立たなかった筈。だから、非推奨ではないのだと考えている。
ただ、IMG要素のwidth、height属性は、natural width、natural heightではなく、制作者の推奨する幅と高さなので、この点が気持ち悪い。つまりプレゼンテーション的な意味も確かにあるし、その意味で使用する者もいる(例:spacer.gif等)ということ。しかし、後方互換性を考えれば、width、height属性を非推奨にして新たにnaturalwidth、naturalheight属性(オブジェクト本来の幅、高さを表す属性)を設けるよりはそのままにしておいた方が良いのは明らか。
ではwidth、heightは「書くべき」か。
文章を読んでいたら突如、関係ない場所に勝手にスクロールして何処を読んでいたのか分からなくなる……。widthとheightを指定していないと、こういうことが起こり得る。ドキュメントが縦長に、画像のサイズが大きくなるほど危険は高まる。
alt属性値の視認性がwidthとheightに邪魔される件については重要性が乏しいと考える:
固有の問題とはいえトレードオフなので「書くべき」とまでは言えない。グラフィカルブラウザで画像OFFのユーザーが主な対象なら、十分検討する価値がある。もっとも私なら、そういうユーザーがが主な対象ならIMG要素なんか一切使わないだろうが。
最近、「教えて下さい。」が命令文に見えてしまう。
かといって、では何と書けば命令にならないのか分からない。やっぱり状況だろうな。質問用の掲示板などで「教えて下さい。」ってのは普通だ。しかしね、駅で一服している無関係な人間に突然近づいてきて「?を教えて下さい。」はやはり命令だろう、これ。だから文章に自信のない人は、とりあえず土下座しておくのかもしれない。m(_ _)m ←これ。
質問掲示板では普通だと書いたが、これも「普通」かどうか怪しいものだ。質問者は、質問掲示板の運営者が「先生」だと勘違いしているのだろう。勘違いというか、そう思ってしまうのも無理はない。
一方で回答者のほうは、自分が「先生」だとは絶対に思っていない(と思う)。で、「親切な人」たらんとする回答者が、「やられ損」ということに。
「教えて下さい。」と言われて答える気になってしまったのなら、「尊大な先生」を徹底的に演じきるのが自分の中では正解。
自分の中では、では語弊がある。「相手に理解させることが目的であるなら」という前提の言い換え。あと、尊大な、というのは言葉ではなくて気持ちの話。つまり対等だと思ってしまうから腹が立つのだから、そうではないと思っていれば良い筈。、どんどん質問してくる生徒は、勉学熱心な良い生徒ということになる。わらい。
手元の「JScript(5.5) ランゲージ リファレンス」より。
function ConcatArrayDemo(){ var a, b, c, d; a = new Array(1,2,3); b = "JScript"); c = new Array(42, "VBScript); d = a.concat(b, c); // 配列 [1, 2, 3, "JScript", 42, "VBScript"] を返します。 return(d); }
JScript(5.5) ランゲージ リファレンス - concat method - より
Demoは「動作確認」しないらしい。
問題提起に対して、「それはたいした問題じゃあないのだ」「くだらない問題なのだ」と言って返すのは、非常に好ましからざることだと思った。
そもそもどんな物事であれ、関心の無い人にとってはくだらないものだ。つまり自分の関心外のことは「くだらない」と全世界に向けて表明するが、自分の関心事を「くだらない」と表明されたらどう思うか。また、表明したからどうだというのか。
くだらないと思ったら言及しない、というのが私にはもう鉄の掟になっている。まず何故「くだらないのに言及したいのか」という理由から考え始めてしまう癖があって、大抵の場合それは言い訳なので、一気に萎えるのであります。敬礼。
言い訳ではないとき、それは大衆をして無関心にさせてしまおうとする政治的意図であるかもしれない。しかし、そのようなやり方でなんとなく納得させられてしまってはかなわない。
先日、アポロ神託の地を導入。なかなか面白いのでウェブに余暇時間を割けません。
目覚め方メモ。
非常にイライラして脳が活発に。イライラするのが効くらしい。
indexは索引、目次はtable of contentsです。
トップページへのリンクは「Home」などとすべきなのでしょうが、サイトロゴ代わりになるかと思い、うちはサイト名にしています。