agenda 2001-07(上旬)

title要素@7/15

公開
2001年07月15日

しかし、最近は、文書の中身より、タイトルと見出しが勝負どころって風に思うようになりました。

タイトルと見出しについて@10倍ズバリ!! 素敵にするホームページの条件 より

私の場合、思い入れのある中身の濃い文書は、自然と一生懸命タイトルを考えようとします。自分の創作物に名前を付けてやる感覚で。逆にどうでもよいつまらない文書には、やはりつまらないタイトルしか思い浮かびません(笑)。ともかく、そういう順序です。

:hover考@7/15

公開
2001年07月15日

:hover でリンクを目立たせるのは、メニューなどで多数のリンクが隣接している場合にどれを選択中なのかがわかりやすいという効能もあります。ほんの 1px 違いで隣のアンカーをクリックしてしまった、みたいなことが僕はままあるので。

私信@Latest topics - outsider reflex より

a:hoverの用途は、2つに分類できると思います。

  1. リンクであることを強調する
  2. どのリンクにポインタが乗っているかを明示する

私が否定したかったのは「マウスを乗せてみて初めてリンクが強調される」という、1の悪しき使い方だったのですが、2の使い方にも積極的に賛成できません。

ほんの 1px 違いで隣のアンカーをクリックしてしまったという経験は私もありました。ただ、そのような問題は、複数のリンクの間隔をスタイルシートによって適切に指定することで根本的な解決を図ることができます。その種のユーザビリティが深刻な問題となる方々にとっては、ポインタが乗っているかどうかではなく、乗せることができるかどうかが重要になると思うのです。

そしてもう一点。ハイパーリンクは他のテキストとはハッキリと区別できる最良のデザインを採用すべきです。これは私の価値観に基づいているのですが、これを前提とした場合、マウスオーバーでそのデザインが変化することは、その劣化を意味します。(そういうわけで、次善のデザインにせざるを得ない訪問済みリンクについては、私も:hoverを使用しています。)

私は、:hoverによって使いやすいと感じるのは錯覚で、実のところは単に小気味いいだけなのではないかと疑っているのです。

#ナビゲーションもそうですが、リンクは皆でより良い形を求めてゆくべきものだと思っています。没個性といえばそうですが、個性を発揮できる場は制限されていたほうが良い場合もあると思います。


リンク関係の話になると妙に熱くなってしまう……。

リンクはすべてのページにご自由に@7/15

公開
2001年07月15日

当サイトでは、各リソースのURIは普遍的です。拡張子別に分けているので、移動することはまずありません。(サーバー側による強制移転時を除く)


そういえば、「リンクはトップページ以外にお願いします」という注意書きを見たことがない。

「トップページ以外にお願いします」のGoogle検索結果(0件)

皮肉のつもりでやってみようかな……。

「目次なんかより、中身を直接見てもらいたいので、リンクは紹介したいと思われたページに直接お願いします。トップページだけを漠然と紹介なさるのはご遠慮ください。」


何様だよ。これ。

アイデア浮かぶ@7/14

公開
2001年07月14日

ちょっと面白そうなアイデアが浮かんだのでメモ。

マウスオーバーでリンクの背景色が変ったり下線がついたりするCSSは良く使われているが、イマイチ意味が無いような気がしていた。マウスを乗せてみて初めて強調されるよりは、最初から他の要素とハッキリ見分けがついた方が良いに決まっている。

そもそも、IEやMozillaのユーザにとっては、ポインタが手の形になるのだから、特に無意味

マウスオーバーで何か表示上のアクションを起こすならば、dfn要素にこそ、それが求められるのではないか。

実験

文章中の、あるdfn要素(ポインタを乗せてみて下さい)。

document.layers関連はその一切を失念。NetscapeCommunicatorをお使いの方、あるいはjavascriptオフ環境等の方には意味不明ですみません。

GoogleとJ-COM@7/14

公開
2001年07月14日

以前から何となく嫌な予感はしていたのですが、今朝、調べてみました。

http://members.jcom.home.ne.jp/ でのGoogle検索結果

どうやらGoogleは、J-COMの会員サイトを全く(ほとんど?)拾ってくれていないらしいのです。

結構色んなところからリンクされているBinchan Kamisanが不憫で仕方がない。4月からGoogleは何度か更新されている筈なので、ひょっとして無視されているのではないか。

関連リソース:Google の秘密 - PageRank 徹底解説

続き

というわけでGoogleに問い合わせのメールを送ったのですが……。

メールありがとうございました。Googleでは、いただいたメールの全てにお答えして
おりますが、日本での利用者様が急速にふえました関係上、今のところ日本語での対
応の枠が追いつかず、英語での返答メールとなる場合もございます。早急に日本の
ユーザーの皆様に日本語で対応できるよう努力しております。ご不自由をおかけいた
しますことを深くお詫びいたします。

お忙しい中、メールをいただき感謝いたします。迅速に返答いたしますので、今しば
らくお待ち下さい。また、Googleをご利用いただき、大変ありがとうございます。今
後とも、どうぞよろしくお願い致します。

-- The Google Team

Googleからの返信 より

返事が、英語になるらしい。わざわざ英語で送る必要はなかったのか。紛らわしいよ、このFAQ。

当社ではユーザーに、より質の高い検索を提供すべく検索技術の開発に資源の大半を集中させているため、 現時点では英語によるメールのみの対応とさせて頂いております。

よくある質問(Google)/ Googleへのお問い合わせ より より

あと、見出しを<B></B>とかで括るのは(直すのが面倒なので)止めてください。と、一応お約束のつっこみ。blockquote直下に、B要素は入れられないのです。

嫌なエラー@7/14

公開
2001年07月14日

1: line 376: 半角カタカナが含まれています。 → 解説 118

376行目は20行近くあり……。

CSS切り替え関連@7/14

公開
2001年07月14日

今日も、テメーの CSS 切り替えスクリプトは見づらいしスパゲッティだしでわかりにくいんだよ糞野郎(恣意訳)みたいなご意見を見かけた。確かにその通り。切り替えフォームとか link 要素とか、 document.write で自力で書いた方がそりゃいいです。でも使うときにラクしようと思うと、長くなってしまうのです。新しいスタイルを加えたいときとか、違うサイトに使いまわすときとか。

Latest topics - outsider reflex より

以前、そんなことを書いた記憶があったので耳が痛い。でもjavascriptが自分的に見辛かったというだけで糞野郎はないと思った。恣意訳と断られてるけど。というか、自分の判読能力を棚に上げて作者氏の人格にまで言及してしまう人っているのだろうか。

それはともかく、ハッシュを取り除く意味は良く分からないまま、見よう見真似でこんなのを追加して使っている次第です。

function changeCSS(stylename){
  WrtCk('Selected',stylename,30);
  var LH = location.href;
  if (LH.indexOf('?') > -1) LH = LH.substr(0,LH.indexOf('?'));
  if (LH.indexOf('#') > -1) LH = LH.substr(0,LH.indexOf('#'));
  location.href = LH;
}

強制スタイルを使ったときに、チェッカに文句をいわれるのが嫌だったり、selectボックスを使わないで何とかしたいときの為に、というほとんど無意味な理由ですが。

それというのも、selectボックスをCSSとjavascriptで再現しようとしたのに、たったそれだけの為に馬鹿馬鹿しい程記述が増えてしまって諦めたわけで。現在、スタイルシートは2つくらいに絞ろうと計画中。汎用性を捨てたシンプルなスクリプトにしたとき、表示までのタイムラグが軽減するかどうかも試してみたい。

その際、全ファイルを書き換えるのはしんどいので、jsのファイル名は恐らくそのままにしてしまうかと。

雑記@7/14

公開
2001年07月14日

やはり日付くらいは書いておこうと思った。

fatpadの環境設定ファイルは、HTML4.01に最適化しておくべきか、それともXHTMLに最適化しておくべきか。

驚いたこと@7/13

公開
2001年07月13日

今朝、Hitometerからメールが届いていたのです。

                         REFERRALS
27     Direct
24     http://natto.2ch.net/test/read.cgi
19     http://natto.2ch.net/hp/index2.html
……………………………………………………

これは心臓に悪いです。

しかし、開いてみればweb制作管理@2ch掲示板ということらしいので、別に何も問題ないかなと。どの辺りに貼られたのか探してみたのですが、さっぱり見つからないのです。

忘れよう。

気になること@7/12

公開
2001年07月12日

当サイトで利用させて頂いている、スタイルシート選択スクリプトの作者さんの所で、市民、消費税というキーワードが頻出しているのは、二日前にメモした『唖然』と何か関係があるような気がしてならない。タイミング的に。これは自意識過剰だろうか。

誰かを罵っておられるように見えるのでなんだか気になる。

夢分析

公開
2001年07月12日

道元と禅問答。

いやあの坊さんが道元だったかどうかは不明なのだが、正法眼蔵を読んだ後だったのでそんな気がした。やたら口の汚い道元だった。疲れた。

昼寝 agenda-2001/7- より

道元ではなく、私だつたのでは。

闇黒日記 より

どうやら、私の野嵜さんに対するイメージは「口の汚い坊さん」だった可能性があるようで、そう考えると微妙に恐縮です。

その場合、フロイトの言う夢の検閲にかかったとするとどの辺りなのか考えてみたり。夢は自分を知る手がかりとして、なかなか面白いのです。

夢の検閲

子供の見る夢というのは非常にストレートなもので、日中の活動時に果たせなかった欲求がそのまま夢に現れたりすることが多いらしい。例えば遊園地に行けなくなったその日の夢は、遊園地で遊びまくるものになる、など。ところが大人になると、夢の中にまで理性らしきものの抑制がかかり、本来ストレートな夢が捩じ曲げられる、というのが夢の検閲。そういった仮定の下、夢の検閲による効果を取り除き、性悪説を裏付けるかのような、凄惨な、大人のストレートな夢を暴き出しているのが、フロイトの精神分析(の一端)。

自分の夢を自分で分析するためには、倫理観、道徳観などを捨て去らねばならないので、これは非常に難しいようです。やはり私には無理。

詳しくもない事をうろ覚えで説明してみてもボロが出るのでこの辺りで。

しかし私は訳の分からない夢占いなどよりは、フロイトの精神分析入門のほうを信じるのです。もっとも、今現在の夢についての研究がどうなっているのかは知らないので誇れるようなことでもないのですが。

性質@7/11

公開
2001年07月11日

人間は利己的であるかと問われれば、そうかもしれないと答えるしかありませんが、断定してしまうのはどうでしょうか。みじめになるだけではないですか。

「社会的である」では駄目ですか。

言葉で人は変わることができるか

公開
2001年07月10日

私は直接的には無理だと思います。一時的に感化することはできても、後はその一時の衝動を、どのように体験化してゆくかで変るか変らないかは決まるでしょう。何しろ思想は感情に基づいていますから、感情の発生源となる経験、言い換えれば記憶を新たに形成してゆかねばならないのです。さもなくば、理性とは関係なく発生するその感情と、いつも戦う羽目になります。

ある思想に対して不快な感情があったとき、我々死に属する者たちはその原因を認識しようとします。時にはその否定が肯定に翻ることもあるでしょう。しかしそれこそ正に観念でしかないのです。


私は折角認識した領域を、無駄に腐らせて欲しくない。ウェブでその公開するのは良いことだし、それ自体は自己満足で構わないから、さっさと体験しろと言いたい。あるいは、書物を読む。我々は自らの認識と照らし合わせることによって、それを一つの体験として消化することができる。その手助けをしてくれるものこそ、良書である。

ユーザースタイルシート敗北の予兆

公開
2001年07月9日

WEB相談室に文字の大きさを変えたいデッドリンク@2002-09-24T20:15:08+09:00 という投稿があった。

内容を見ると、どうも文字サイズが中以外だとレイアウトが崩れるということらしい。簡単に解答すれば、CSSのfont-sizeプロパティでうんぬんということになると思うが、「崩れ方」によってはベターな解決策もあり得ると思ったので、見てみた

一見するとテーブルレイアウトの典型。しかし、文字サイズを変更してみると、本文と画像が背景用画像から飛び出す。イマイチ構造が不明だった。ソースを見るのは面倒なので、Style Sheet for Netsurfingを適用。

どうやら背景用画像から、ナビゲーション用の画像まで、divで一つずつ括って、CSSのpositionプロパティで配置を再定義しているらしい。もちろん、文書構造も何もない。すべての要素がバラバラに表示される。ユーザースタイルシートの敗北である。

ここでふと疑問が。そういえばNetscape4.xの文字サイズも固定したいと言っていた。ということは、このデザをNC4で同じように再現しているのだろうか。というわけで、NetscapeCommunicator4.73を起動。

驚いたことに、CSSのpositionプロパティを使って、全く同じようなレイアウトを実現しているではないか。これは相当の労力が費やされたに違いない。しかしjavascriptをoffにしてみた。予想通り、各要素がバラバラに表示されて見事に意味不明。恐らくCSSを用いたレイアウトでNC4との互換性を考慮すると、こうするしかないのだろう。NCのbakcgroundプロパティがお粗末なため、背景用の巨大な画像と文章を重ね合わせているのである。

これは、テーブルでレイアウトしてくれたほうが余程良いという典型的な例である。なにしろ、positionプロパティ依存のマークアップであるため、要素の登場順序さえ、意味を持たなくなる。レガシーですらない、positionの誤用。CSS対応ブラウザの普及でこの「テクニック」が蔓延してしまったらと思うと、やりきれない思いがする。

しかし、font-sizeプロパティも知らず、ここまで難儀なCSSを使いこなせる人がいるだろうか。しぶしぶソースを覗いてみると、metaの記述こそ発見できなかったものの、外部でなくすべてstyle属性で指定していることから恐らく、WYSIWYG系のツールを使っているに違いない。最近はこういう形でCSSを吐き出すものが増えているのだろうか。「NC4でも同じレイアウトを簡単に」とか謳って。

ユーザースタイルシーター(造語)にとってこれ程の悲劇はない。こんなふざけたツールを開発した馬鹿は誰? というか、そもそもなんていう名前のソフトだろう。休日を割いて糾弾文書(大袈裟)を書きたい気分。

唖然

公開
2001年07月8日
■物価が高い日本。単純に税率だけを比べたら大変なことに!
増税をねらう人たちは、「日本の税率は世界と比べて低い。
もっとあげてもいい」「ヨーロッパなみに2けたに」と宣伝しています。
 税率を単純に比べると、たしかに日本は世界と比べて低いかもしれません。
 しかし、消費税率だけを単純に比較するわけにはいきません。
 物価が高い日本は、消費税率の高いフランスやスウェーデンなど、
世界の国々と比較しても、多くの品物の価格はぐ?んと高くなっています。
たとえば牛乳1リットルの場合をみてください。
5・5%のフランスは、その税率を含めても109円です。
12%のスエーデンでも12%という税率を含めても88円となっています。
ところが日本は、かかる税率はスエーデンと比べても5%と低いかもしれませんが,
価格は185円となっています。
そもそも物価が高い日本は、
他の食品や生活費をみても、同じような傾向が見られます。
単純に税率だけをくらべていては、とんでもないことになります。

http://www.horae.dti.ne.jp/~snzk/siryou.zeiritu.htm より

諸外国における税率は?@消費税を無くす全国の会 より

単純に円に換算して比較してどうするのだろう。スウェーデンの88円と、日本の88円が同じだと思っている辺りが絶望的。これだから市民団体は馬鹿にされるのである。

この場合、所得水準に対する牛乳価格の割合を比較すべきだろう。その際、円だろうがドルだろうが関係ない。

日本では豪奢品でも必需品でも消費税率が同じである点こそ、注目されなければならない。税金とは、払う能力のあるものが、払うべきもの。

懐かしい記事

公開
2001年07月7日

HotWired Japan : Webmonkey : design : 単純なページにしよう

去年初めて見たときには大笑いした記憶があるが、今ではすっかり笑えなくなってしまった。

昼寝

公開
2001年07月6日

道元と禅問答。

いやあの坊さんが道元だったかどうかは不明なのだが、正法眼蔵を読んだ後だったのでそんな気がした。やたら口の汚い道元だった。疲れた。

公開
2001年07月6日

Audiology of Utena....tracklists, mp3s, and more!

Don't sue me. I'm broke.だそうだが、さてさて、どうしてくれよう(笑)。

そもそも、Yahoo!のウェブリングで簡単に発見できてしまうところが向うのすごいところ。

個性

公開
2001年07月5日

貧ちゃんみたいな奴は、つまらないんだそうである。


個性を一生懸命否定しようとしている人は、一体何を願っているのだろうか。いや何も願っていまい。私は何も願っていなかったのである。

十字架には、祈りを捧げなければならない。振りかざすのは恥知らずのすることだった。

朝露に感謝を込めて - 2001年7月7日 午前5時40分 -

切に願う……

公開
2001年07月5日

是非とも作って欲しいと思う、(脳内)link要素です。

<link rel="sitemap" href="sitemap.html" />

この要素を解釈するUAは、Mozillaのサイドバーのような部分に、authorが作成したサイトマップを表示します。もちろん表示させるかさせないかはユーザーの判断に委ねられます。

sitemap.htmlを作成するに当たって、authorは次の点に注意せねばなりません。

  1. 解釈される要素は、h1?h6、ul、ol、liのみ。これら以外の要素は全て無視される。言い換えればこれらの要素のみが抽出される。
  2. sitemap.htmlへのauthorのスタイル指定は無視され、各ブラウザが用意したスタイルシート、またはユーザが作成したスタイルシートが適用される。

この方法により、以下のような効果が期待されます。

  1. フレーム使用者減少
  2. 論理マークアップ意識の高揚
  3. ユーザビリティ向上
  4. ネットワーク負荷の軽減
  5. authorの負担が軽減

但し、後方互換性に関して不安も。

  1. 各文書に最低限のナビゲーションリンクさえ設けない、非対応ブラウザを意識せぬauthorの出現。

以上、妄想でした。

スタイルシート切り替え(オブジェクト指向)

公開
2001年07月5日

http://www.parkcity.ne.jp/~chaichan/src/javasc29.htm

すごいなあ。ボクは理解できそうになかったので、諦めて古い方に戻してしまいました。

J-COM仲間と言えば……

公開
2001年07月5日

旧タイタスリンク集というものを作っている方がいました。上のほうを開いてみたところ UGっぽい香りがしたのでわざわざ登録申請するのは控えましたが、Binchan Kamisanはいつのまにか登録されていたり。


読んでくださっている方々には、真心で感謝しております。

掲示板の議論で和解ができない理由(続き)

公開
2001年07月4日

掲示板の議論に求められているのは、戦い。Yahooのアンケートがそれを裏付けている。明確な目的のない議論では、初めから誰も和解など求めていないのかも知れない。

もっとも、和解などする必要はない気もする。実際、なんの解決もしていない論争にしても、そのログは情報資源として立派に役立っていることはよくある。また、ROMとしては感情剥き出しの激しい論争の方が見ていて面白い。ウェブで人気のある論者は、常にROMを意識しているものなのではないだろうか(憶測)。

ところで、明確な目的のある議論においては、こういった闘争は邪魔であることが多い。そういう場合、間違いは素直に認めることを美徳とするような空気があると助かるのではないだろうか。

「間違いを素直に認める」ために有効な手段を考えてみた。

  1. 初めから自分の意見を断定しない。引くに引けなくなるからだ。
  2. 謝罪の文句を予め決めておく。謝りやすいのではないだろうか。

某所で見られる「謎」「御意」の存在意義はこの辺りにあるような気がするのだが、確証はない。なにせ、使ったことがないのだから。

雑記

公開
2001年07月4日

Infoperience - AskTogは、有名なんだそうで。大変失礼しました。7月の記事が出ています。燃えている牛の頭 という冗談の意味が良く分からないのですが。

ユーザビリティというのは、大変広範な意味を持っているのですね。障碍者向けの優れたデザインは健常者にとっても有益である

divをとっぱらって、あーせいせいした。これで同じデザをやれるかといったら、やれないわけだけど、気ままな文書は気軽にマークアップしたいわけで。

NetscapeのHitometer。カウントが300程減っている。0に戻るんではなく、300減る辺りの壊れ具合が素敵だ。とても気に入った。

自虐

公開
2001年07月4日

自虐的表現を好む人物は、心の中で他人を見下すようになる。自分を否定するということは、自分と同等(あるいはそれ以下)と思しき他人を否定していることになるからである。そして自分が成長すればするほど、見下す他人の数も増えてゆき、何かを命令しだしたりする。

もちろん、本気で自虐をしているわけではないから、不愉快なのだ。

中学時代のある同級生は、本気で自分を責めていた。いまわのきわに立って、自虐をしていた。他人を見下す余裕などなかったはずである。

「何の才能もない」「どうせ馬鹿だもん」が口癖だった。色々後悔することはあれど、その言葉を信じてやれなかったことは、一生の不覚というか、もう思い出したくもない程になっている。

そういうわけで、胡散臭い自虐をみつけるたび、不愉快になる。仕方なく自分がそういう表現をしなければならない場合など、本気で吐き気がしたこともある。ほとんどのお笑い番組など、とても笑えたものじゃない。私にとっては、拷問。

もちろん、こんな感じ方をするのは極々少数派であることは分かっているし、止めろというつもりもない。私はそういう人間の化けの皮を剥がしてやることに、快感を覚えているだけなのである。その自虐が胡散臭ければ胡散臭いほど。


この文章は某所行き決定。

フレーム

公開
2001年07月4日

謝罪は、免罪符ではない。

謝ったのであれば、改善が期待されるものであり、謝ったからといって、いつまでも同じ過ちを繰り返されたのではたまったものではない。

但し満員電車で降りるに降りられない場合に「ゴメンナサイ、スミマセン」などと声をかけることなどは、誰もが納得する止むを得ない事情があるというケースであり、これは謝罪ではなく社会的配慮である。これは区別するべきだろう。

ところが、驚くべきことに、人が嫌がることを知っているので予め謝っておいて、知らぬ顔でそれを強行しているケースが頻繁に見られる。

嫌いな方ゴメンナサイ。このHPではフレームを使用しております

もしかすると、フレームが嫌いな人を煽っているのだろうか。いやいやそんな筈はない。私は人を信じる。彼(女)らは単に誤解しているのである。ウェブサイトが我が家であると誤解をしているだけなのである。だからこそ、「お客さん」の不愉快は謝って許されると考えるのである。そのように考えると、何とも見事に理解できるではないか。推奨環境リンクの制限行為オブジェクトで飾り立てる突然音楽を鳴らすSorry,Japanese Only(違)Enterとのみ記述された玄関のようなページ等など……。ただ一点、鍵をかけないのがとても不思議だが、大家さんがそれを許してくれない場合が多いのできっと止むを得ないのだろう。もっとも大家さんにそこまでの権限があるという奇怪な事実で、誤解であることを気づいて欲しいのだが。

私が「ほーむぺーじ」や「HP」という言葉を嫌うのは、本来の意味と違うとか、何とかパッカード社が迷惑しているとか、単に不快だからではなく、ウェブサイトを家であると誤解されてしまう原因のような気がするからなのだ。
冗談はさておいて、フレームの話。

ただ一方、フレームは使いようによっては大変に便利なものであり、多くの一般的な使い方をする限り、ナビゲーション構造を文書から分離して再利用していると考えることができる。例えばThe Blue Flame Cafe--Encyclopedia of the Bluesのような使い方である。ここのような詳細なindexをそれぞれの文書に埋め込むとなると、これは全く非効率的である。代替手段としては、index用のファイルを別窓で開かせるか、以前言及したように外部jsやobject要素を用いて各ページにナビゲーションを埋め込むか、の選択になるだろうと思う。

私は、サイト構造を明確に示したナビゲーションの存在は、ウェブサイトの構築に是非とも必要なものだと思っている。各文書が、全体構造を示したファイルと直接結び付くことで、初めてウェブサイトたり得るのではないか。結果としてユーザビリティを高めることになるが、本質的な意味はそこにあるのではないかと思っている。

ところがフレームでは、サイト構造と各文書を論理的に結び付けることはできない。視覚的に結び付いていることができるのでさえ、玄関となるトップページを開いた時だけである。ゆえに私はフレームを用いてサイト構造を分離しようとは思わない。

・・てな感じでフレームを使いたいという誘惑を完全に断ち切ることに成功しました。2001/7/4 PM 7:30

掲示板の議論で和解ができない理由

公開
2001年07月4日

人は失敗を恐れる。恥をかかないよう、細心の注意を払う。だが普通、失敗をしたら謝れば気分は晴れるものだし、恥をかいたとしても、そのうち人々の記憶から消えてしまうものだ。ところが掲示板ではそうはいかない。なにしろ、失敗してしまえばその記録がいつまでもいつまでも残るのである。やっとログが消えたかと思えば、googleのキャッシュかなんかに残っていたり、ご親切に他者が記録を保存していてくれたりする。そしてその記事を、ハイパーリンクの技術を使って簡単に参照できるのである。

論者が背水の陣を敷いてくるのは当然と言えば当然である。あるいは、論争の気配を感じた時点でさっさと退却してしまうのは、これもまた然りである。?つづく?

BiT-CARE.COM

公開
2001年07月3日

あなたを混乱させるウェブページ情報(35)

他サイトを自身タップリに批判している割には、フォントサイズは固定だし、ページ下部のリンクは紺色の背景に赤という配色。当然のごとくテーブルレイアウトで、横幅固定。中身はしっかりしたものだったので勿体無いと思った

他人を批判するなら、せめて胴元(笑)をちゃんと読んでからにするべき。すでに論じられている部分を検討してみるのは研究・批判には必要不可欠だし。

経緯

ウェブデザインについて考えを整理してみたところ、文書構造、ナビゲーション、見栄えという3つの要素に分解できた。で、文書構造はhtml、見栄えはcssでそれぞれ役割を担ってもらうわけだが、ナビゲーションだけが分離されていないのは、どうも効率が悪いという結論に。

ヤコブ・ニールセン形式のナビゲーションなら大した手間でないし結構一般的だと思うのだが、別に分離するほどのものでもない。しかしそれ以上のものを追求しようとすると、視覚的な面で文書の内容との競合が起ったり、私の嫌いなテンプレートに頼らなければhtml文書を作るのが面倒になってしまったり、再利用性が低下したりで気持ちが悪い。そこで、javascriptで分離しておけないかと考えた。もちろん、そんなことはとっくに誰かがやっているに決まっている(推測)。というわけで、「javascrpt ナビゲーション」で検索してみたところ、このBiT-CARE.COMを見つけた次第。

キーワード的にはハズレだったし、内容も既知のものばかりだったが、このサイトを閲覧できたことはとても良い経験になったと思う。

実は私自身、このPersonnelのサイトデザインはクズ・・とまでは言わないまでも、あまり誉められたものではないと思っているからである。視覚的な部分については冗長に過ぎるユーザースタイルシートに頼って手抜きをしているし、ナビゲーション部分もヤコブ式を更に手抜きしたものだし、なにより論理構造が中途半端で一貫性が無い。アクセシビリティ、ユーザビリティについては、理想形が既に自分の中にはっきりと存在しているのだが、あくまで理想にとどまってしまっていて実際にはほとんど何もしていない。猛省すべき。

関係ないが、Jakob Nielsenを、ジェイコブ・ニールセンと書いているサイトがあった。うちの駄目プロバイダが連想されて不快だ(笑)。外人の名前をわざわざカタカナに直すのはこれからはやめておこうと思った。

ナビゲーションについての方針

公開
2001年07月2日

『ユーザーはホームに帰りたがる』という文書があったのだが、URLを忘れてしまった。とにかく、階層を遡るというというある意味最低限のナビゲーションは絶対に必要だと思うし、この部分をhtmlに記述することは止むを得ないと思う。Infoperience - ナビゲーションの落とし穴にあるように、そういう最低限のナビゲーション機能はブラウザ側に実装してもらうのが一番良いという考えに賛同するし、将来に大いに期待したいが、実装されるまでのtransitionalな記述方式だと考えれば良い。従って、詳細な形のナビゲーション部分をjsで書き出し、jsをオフにした環境ではヤコブ式のナビゲーションを提示できるように配慮しておくのが最善と言う結論。

Mikky再生計画

公開
2001年07月2日

T/O

終了@7/2 AM2:30

フレイム

公開
2001年07月1日

すぐにそれは自由でしょうそんなの自由じゃないでしょうかと言う人間は、馬鹿か、あるいは相手を馬鹿にしているかのどちらかであることは明白であるため、相手を馬鹿だと思ってしまえばもうその相手から得られるものは無くなってしまうことを知っている者は、相手の意図を後者のように解釈する。

しかしこの解釈は行間を読んで発生したものなので、それに対するストレスは同じく自分の文章の行間に込めればよい。そういったものを風情だと感じられるようになれば、ウェブ上での議論も案外うまく行くものなのかもしれないが、残念ながら「花見」という言葉を聞いて、真っ先に「宴会」を連想する日本人に、そのような能力は最早期待することはできない。

#マークを使って、議論の核と、フレイムとを分離するのはどうかという提案をしようとしたことがあったが、フレイムの存在自体が悪であるという意見が大勢を占めていたため、引っ込めた経験があったりする。

理解度

公開
2001年07月1日

「物事を良く理解していない人間ほど、簡潔にまとめたがる」というのがボクの経験上の自論です。もちろん逆は真とは限りませんが。

良く理解している場合、思考回路内で、当該事象が他の関連する様々な事象に有機的に結びついて存在している筈ですから、言葉は次々と出てくるものじゃないですか? ボクの大学時代の師がそうでした。何故・どうして・・なぜならば・・・ゆえに・・・・したがって・・・・・こういう言葉で結び付いているわけです。抽象化された結論しか言わないのは、思考停止した似非哲学者か、人に何かを伝えたり、教えようとする意思の少ない人に決まっています。ちなみに、教壇に参考書を持ち込む大学教授は悉くクズみたいな講義しかできていせんでした。言葉が出てこないとは、そういうことです。

そういえば昔「哲学の時間」という珍妙極まりないテレビ番組があったことを思い出した。抽象概念を他の抽象概念の組み合わせで表現し直し(例えば「?とは、?である。」と解答者達が答え)、どの解答が一番説得力があるかを評価する・・という内容だったと思う。

まあ、別にどうでもいいんですけど、あまりに自虐的なWeb日記を読んでストレスが溜まってしまい、どうしても発散したくて・・(苦笑)。というか読まなきゃいいんですね。自業自得。「自分が不快と感じる内容のページは開かない」これボク的に鉄則です。でもリンク辿ってると勝手に開いてしまう時があるんですよね・・しかもついつい見てしまうタイプだと性質が悪いです。例えば某フォント弄り系サイトとか。だからそういうサイトはポップアップウィンドウ対策用の、抑止URLに追加しておくと良い感じです。このサイトが不快と感じる方もご一考ください。fubやDonut、Cuamなんかのタブブラウザなら当たり前のように付いている機能です。もっとも宣伝はしていないので間違ってこのサイトを開いてしまったということはほとんど無いとは思いますが。

fubの場合

【オプション】→【設定】→【抑止URL】で、【抑止URLを使用する】にチェックを入れ、【追加】をクリック。URLを記入して【OK】。