失われるユーザーの視点

概要

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制作者は、自分が書いた文書がどこにあり、それぞれがどう結び付いているかを良く把握している。しかし、間違いは、閲覧者にもある程度の把握を期待し、その過剰な期待に基づいたレイアウトを組むことである。閲覧者に対する期待形成を、我々は考え直さなければならない。

情報を詰め込みすぎる

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大手のサイトを新しく訪問するたびに思うのです。「またか」と。

画面いっぱいにちりばめられた情報から、まず広告を消し、興味のないコンテンツのリストを消し、注意書きを消し……これらはすべて頭の中で行わねばなりません。ようやく自分の求めるリンクを発見しても、私は不安でしょうがないのです。

「自分の選択したものより、もっと適切なリンクがあったのではないか。」

どこに、なにがあるかを知っている限りにおいて、スクロールさせずに全ての情報が目に入るのは効率的です。しかし、何も知らない閲覧者は、一度に目に入る情報量が多いほど混乱するものではないですか。

使い慣れている限りにおいて、情報の詰め込みというのはそれなりに機能します。つまり、こういった「段組レイアウト」をする際には、徹底して既存のポータルサイトを真似しなければ駄目なのです。

  • 左側に詳細のコンテンツリスト
  • 右側に広告
  • 上にサイトロゴと横並びのコンテンツリスト

以上はあくまで私が一般的と認識している段組レイアウトの形式ですが、ともかくこういう形式を真似しないならば、それは確実に損失になるのです。そんなつまらない話はないでしょう。

私が段組を嫌う理由

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TV等と決定的に違うWWWの特徴は、私は良く書きますし、他所でもしばしば言及されることですが、「能動的なメディアである」ということです。

ぎゅうぎゅう詰めの段組レイアウトによって、私は情報を押し付けられます。選択の余地無く、無関係な情報の束を、押し付けられると感じるのです。これが私をイラつかせる原因です。

情報の押し付けを避けるには

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  • 見出しは特に目立たせるべき
  • 見出しのスタイルは一貫したものにすべき

「無関係な情報の束を押し付けられる」と書きました。こういった印象を受ける理由が、私にははっきりとわかります。「見出し」がないからです。

「情報の束」の例を挙げます。Yahoo、Lycos等のポータルサイトによくある、突如として現われるインラインリストです。そしてこれらのリストを形容する「見出し」はどこにもありません。検索エンジンとしてもっとも重要な「カテゴリリスト」だというのに、それら全体を形容する「見出し」がどこにもありません。

見出しがあったとしても、はっきりしない、そして一貫性がないのです。見出しであることを恥じるかのような小さなフォントで、内容とほとんど区別のつかない色で、表現されているのです。あるときは背景色を変えて見出しとし、あるときは太字にして見出しとしていたりします。

「見出しがない、あるいは目立たない」これは何を意味するのでしょうか。分かりきっています。閲覧者は、「情報の束」を眺めて、それが何であるかを逐一自分で認識しなければならないのです。あるいは、見出しを探すことから始めなければならないのです。これが、無関係な情報を押し付けられているという嫌悪感を生むのです。

視点を変えてみると

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良く考えてみます。自分の作成したコンテンツに適切な見出しを与えられないということは何を意味しているのかを。

人は、物事を認識するのに「カテゴライズ(分類)」という作業を必ず行います。既に存在している分野ならそれに分類し、未知の分野ならば新しく作って、可能な限り適切な言葉で形容して認識するのです。

自分のコンテンツに適切な見出しを与えられない。これは制作者の認識不足を意味します。そしてその作業を閲覧者に負担させることになるのです。ニ重の意味で愚かです。

文字数制限は自分の首を締める

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  • 文字数に制限をかけないと成立しない見出しデザインは駄目

適切な見出しをつけるのはしばしば困難です。リンク集なら、そのままでも、Links でも良いかもしれませんが、そのリンク集をさらに分類するなら、適切な言葉の長さはジャンルによって異なってきます。

無理に縮めた際に、第一に不利益を被るのは閲覧者です。説明不足は、そこに得たい情報があるかどうかを判断する機会を減らします。また制作者自信にとっても不利益です。見出しを考える際に、常にレイアウトを意識しなければなりません。これは苦痛です。ひょっとすると、断念してしまうこともあるのではないですか。これを、本末転倒と言います。

CSSは既存の屑デザインから我々を救ってくれる - 1 -

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  • CSSで効率的なデザインを心がけると、自然に文書構成要素に自覚的になり、デザインも文書構成に基づいた論理的なものに矯正される。

CSSの欠点を探るでも述べた、CSSの欠点は、まさにここまでで問題としてきた見出しの認識に関する問題を、エレガントに解決してくれる利点ともなります。人間が持っている恣意的な(気まぐれな)表現欲求を、見事に抑えてくれるわけです。ただし条件があります。

  1. HTMLのマークアップは、見栄えを一切考慮しない
  2. 同じ外部CSSファイルをサイト全体で利用する

文章の構成要素には、普遍的な意味が存在します。見出し、段落、リストなどです。その普遍的な意味だけを、HTMLタグで明示してやるようにすれば、日々の感情の変化やら、根拠のない表現欲求などに振り回されること無く、デザインをすべてCSSに任せることができます。これによって、文書構成要素のもつ「意味」と、デザインが融合してくれるわけです。

CSSは既存の屑デザインから我々を救ってくれる - 2 -

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すれ違い

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この項目は破棄しました。

しばしば制作者は、自分が苦労して更新した情報を、何よりも優先して閲覧者に見てもらおうとします。しかしその日の更新情報は、良く訪れる閲覧者以外には無関係であり、また、価値あるコンテンツを保有しているサイトでは、更新には無関心な常連もいます。

更新情報は、メインのコンテンツよりも目立たせてはならない。