ウェブページの左右マージンが小さい場合、流し読みしやすく、折り返しを適度に調節でき、また、複数のウェブーページを左右に並べるなどの特殊な状況に適応できる。
その文書の概観を掴みたい場合があります。この時、ウェブページならではの方法が利用できるのです。具体的には、自分の環境で実現できる最大のウィンドウ幅を利用して、一度に視界に入ってくる段落の冒頭を可能な限り多くさせます。そして各段落の冒頭を一気に流し読みするのです。
この場合、左右マージンは邪魔以外の何物でもありません。これについては闇黒日記の平成13年12月22日の記事が参考になります。
私も以前は糞真面目に一字一句読んでいたのですが、最近は飛ばし読み
というものの重要性をひしひしと感じています。時間は変わらないのに読むものが多くなったからでしょうか。あるいは既知の事柄が増えた為かもしれません。知っていることをくどくど説明している文章は読み飛ばしたいのです。
まず、私のように少ない文字数で折り返しされていると却って読み辛いと感じる人もいます。というか、どの程度が読みやすいかは個人差があるのですから、それぞれが適当なウィンドウサイズにすることによって読みやすい折り返し文字数を簡単に調整できた方がより良い筈です。それができるのがウェブページですから。
左右のマージンが大きければ大きいほど、それは難しくなってゆきます。
また、そのウェブページを利用する状況によっては、ページの幅一杯に文字が敷き詰められていた方が良い場合もあります。
左右に二つのウェブページを並べて表示する場合を考えてみてください。この場合、一般的な環境では幅が400px程度になってしまいます。これだけしか幅が無いのに左右マージンが多く取られていると、殆ど読むにたえません。
MDI型ブラウザのユーザーは、このような形の利用をしたいと思っても、現状では中々難しいのではないでしょうか。左右のマージンが大きすぎたり、余計なナビゲーションバーなどが邪魔をする場合が多いからです。
利点1. 流し読みしやすいとほぼ同じ理由ですが、英文を読む際には逐一文章を噛み砕いていては非効率です。スラスラ読めるなら問題ありませんが、私の場合、まず概観を掴んでから細かい内容を読みに入ります。最初からじっくり読んでいては時間がかかって仕方ないからです。
一行30文字程度ではそれが非常にやりにくい。従って、英語圏のサイトを読む場合には、私はほぼ100%ユーザースタイルシート(情報ハンティングCSS)を使って左右のマージンを殺し視界に入ってくる単語の数を増やします(参照:ユーザースタイルシートのススメ)。
もちろん、最初からじっくり読みたい場合もありますが、その時には自分でウィンドウの横幅を調整し、一行の文字数を小さくできます。
闇黒日記の平成13年12月23日の記事を見ると、「左右マージンが少ないと心理的な圧迫感が増す」という問題もあるようですが、ウェブページデザイン(CSSによる視覚的なデザイン)は、ウェブの特性を最大限活かすべきです。従って出来るならば、そのような「圧迫感」は別のデザイン要素でカバーするべきでしょう。そこが、腕の見せ所というものなのではないでしょうか。
因みに私の場合、文章に集中している時には、左右マージンが小さくても圧迫感を感じることはありません。ところが、スタイルシートをスタイルとして眺めてみた時、圧迫感を感じることがあります。文章を読みにきた閲覧者を対象にするのか、スタイルを眺めにきた閲覧者を対象にするのか、あるいは、どちらにも満足してもらいたいのか。その辺りで適切な左右マージンが決まるのかなと思っています。出来る限り小さくすべきとは思いますが。
さて、PC環境のみを利用し、いつも必ずウィンドウ幅を最大に広げている閲覧者がいます。彼らにとって、左右マージンの小さいウェブページは「視線の移動量が大きくって読みづらい」不親切なものに過ぎません。
ターゲットとなる閲覧者がこのような「初心者」であった場合、左右マージンを大きく取ることは一つの解です。しかし、 ウェブページならではの特長を損なわしめてまで、無知や誤解に付き合った解を求めるべきなのかどうか、一応検討しておくべきかと思います。これまで挙げてきたような利点を失うことについて意識的であることを推奨したいのです。
コメント機能などを利用して、閲覧者の意見を募集しているサイトがあります。しかし、そのような意見はしばしば役に立ちません。何故なら、わざわざ意見を寄せてくるのは不満があった為であり、満足している閲覧者は滅多に意見を述べないため、そのような場合、偏った「意見」がさも一般的なものであるかのように、運営者は勘違いしてしまう恐れがあるからです。
こと左右マージンに関しては、様々な「意見」が寄せられるかもしれません。マージンの大小は好みの問題だからです。しかしそのような場合、多数決ではなくて、きちんとした理由に基づいた解を求めるようにしたいところです。
例えばフォントサイズの問題があります。仮に、世の中の90%の閲覧者にとって「14pt」が最も見やすいフォントサイズであったとしましょう。しかし、だからといって、14ptに指定するのは得策ではありません。そうではなくて、閲覧者の好みに応じて柔軟に変化できるサイズ、100%、midium、あるいは無指定とすべきです。そうすれば、残りの10%の閲覧者も、自分の好みにフォントサイズを「簡単に」調整できますし、また、文字を大きくしたい状況、小さくした方が良い状況もあります。ですから、たとえ99.9%の閲覧者が14ptを最適のフォントサイズであると感じていたとしても、それに従うことが適切な解とは限らないのです。