このサイトには、友人、知人を作る目的はありませんから、交流目的で掲示板を設置する必要がありません。
むしろ、特定個人と親しくなることは、色々と自論を展開する際に弱点を生むことになりますから、積極的に「設置しない」という方針です。つまり私は情に脆いのです。
誤りなどのご指摘は、掲示板を経由した方が確かに沢山もらえそうな気がします。しかし今のところ、メール経由で十分事足りております。皆さん礼儀正しく、親切に教えて下さいますから、とても満足しています。満足しているところへ、何か欲張りだすと、私は増長する癖がありますから、そういう消極的な意味で、掲示板を設置しない方針です。
掲示板で議論するのは私は好みません。相手を選べない為です。
相手を選ぶというのは、自分の主張に都合の良い相手を探すことではありません。論理的に物事を考えられるかどうか、そしてそれを文章に表現する力があるかどうか、それをある程度見極めてからでないとなりません。
傲慢に見えるかもしれませんが、これは非常に大切なことです。何故なら世の中、論理的に考えることのできない方もいますし、それを表現できない方もいます。仕方ないことです。そのような方に一方的に何かを論じたてると、どうなるでしょうか。いくら自分の論が理路整然としていたとしても、相手が同じ土俵に立てないなら、これは言葉の暴力です。
相手は素手なのに、こちらは金属バットを持っているようなものです。
さもなければ人を相手にするのではなく、主張そのものを相手にすることです。さてそうすると、掲示板を設置する理由が見つかりません。
テーマと関係ありませんが、重要なのでメモしておきます。
相手の議論スキルなどを見抜くのは大変なことです。しかし、見誤ってしまったのであれば、責任はこちら側にあります。正々堂々と、責任と敬意を持って接すべきです。
相手が中傷してきたり、顔文字などを使って揶揄してきたりしたとしても、こちらは当初の態度を貫くべきです。それが責任だと思います。
議論の目的は折衷案をひねり出すことであると決め付け、「建設的な発言をせよ」だの、「礼儀正しくせよ」だのと命令する人が居ます。しかしながら、議論の目的は人によって異なり、目的を達成する為の(goalに近づく為の)メソッドは、その目的が分からない限り批判できません。
相手の目的が分からない限り議論をしたくありませんから、受動的な議論をせざるを得なくなる掲示板は設けません。
要するにつまらない人間の典型ですが、私は掲示板の投稿の90%が「自己中」「口先だけ」に見えてしまって仕方がありません。自分の投稿ですら、そう見えるようになってしまいました。重症です。
そのため、何らかの実質が伴わない限り、私は掲示板に投稿できなくなってしまいました。「自己中」「口先だけ」そういった臭いが微塵も感じられない管理者が運営する掲示板にしか投稿できなくなってしまいました。何症候群というのかは知りませんが、まあそういうことです。