志村一里塚
板橋区志村1-12
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徳川家康は、関東に封ぜられて(天正十八年=1590)以来街道の整備を進めてきたが、慶長九年(1604)秀忠に命じて、江戸を中心とした五街道に榎を植えた一里塚を築かせ、これを全国におよぼした。 江戸日本橋を基点とし、一里を三十六町(4q弱)に統一し、中山道では、本森川宿、板橋宿平尾につぎ、志村一里塚は第三番目である。 塚は道の両側に向かい合って五間(約9b)四方、高さ一丈(約3b)の定めによって築かれ、旅人にとっては、里程や乗物賃支払いの目安になり、またその木陰はかっこうの休所にもなった。 |
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