膵臓癌になって以来の経過をを思い出しながら書いているので、忘れている事や書き忘れたことが時々有ります。思い出したときに付け加えることにしました。
腫瘍マーカーの数値の推移
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平成14年11月
毎年健康診断をしていたのですが、それまでは何の問題も無かったのですが、その年は超音波の先生が、不思議な顔をして何度も調べなおしているのです。私はどうしたの?と聞いたら、なんだかちゃんと写らないから・・・と言われました。私の家族はガン患者が多いので、しっかり見てくださいね。と頼みました。しかしその時それほど切羽詰ったように思ったわけではなく、軽い冗談のつもりでした。何しろ何の問題もなく健康そのものの身体でしたから。何かあるはずがないと思っていました。
その後、その健康診断の結果が郵送されてきたら、膵臓に何かあるらしいので一度再検査をする必要がある!と書いてあるのです。半信半疑でそのまま放っておこうかと思っていましたが、主人が安心の為にでも一度ちゃんと見て貰った方が良いというので、面倒だなぁと思いつつ、再検査の手続きをしました。
平成14年12月
再検査ではCTの検査 超音波の検査など一連の検査をして、その結果膵臓にのう胞がある様だというのです。のう胞というのは、人間の身体のあちこちに出来て、それが大きくならなければ放っておいても何の問題も無いものだそうです。
しかし先月より少し大きくなっている様なので、一応経過を見てみたほうが良いというので、一ヵ月後に、もう一度検査をしてみましょう。と言う事になり、またまた一ヶ月後に検査をする事になりました。それまでは膵臓などと言う臓器があることさえしっかりと認識していなかったし、もし私がガンになるのなら胃癌だろうと思っていましたので、膵臓に何かあると言うのが不思議な気持ちでした。しかしその後もう一度検査をしたら、やはり少しずつ大きくなっていると言うのです。先生はガンだとは言わないで悪性腫瘍だと言っていました。悪性腫瘍とガンの違いは何だろう?同じじゃあないか!と思ったものです。
平成15年3月
よく診る為に検査入院をした方が良いと言われました。検査入院には2週間程かかると言うのです。仕事も休まないといけないし、どうしようと思いましたが、まず身体が一番ですので良く見てもらおうと思いましたが、今はセカンドオピニオンを受けた方が良いと言いますので、もう一箇所別の病院で見てもらうことにしました。今は良くできたもので今までの検査のデーターを気持ちよく貸してくれて他の病院に持っていけるようになっているのです。そうなると今までの検査データーと比較検討できるので本当に良いですね。そんなことで、もう一度別の病院で検査をしてもらったら、同じ見解を言われました。もう間違いなく検査入院をするしかないと決心をしましたが、さてどちらの病院にしようか迷いました。聞いてみるとすい臓専門の先生がいると言うので、その方にお願いする事にしました。
平成15年4月
検査入院の為、病院に入院しました。しかし何の症状も無いので、健康そのものです。軽症病棟に入れられましたので、同じ部屋の人たちも比較的元気な人が多くて、まるで旅行気分の毎日でした。
元気な人は、食事を食堂で食べるのですが、同じ部屋の人や隣の部屋の人ともその時仲良くなり、楽しい入院生活をさせて頂きました。胃癌で全摘の手術を待っている人、膵炎で点滴をしている人、そして私と同じ病気の膵臓癌の人もいました。腎臓の移植手術を待つ人もいて、まだ自分の病状の重大さがわからなかった私は、私よりもっと大変な人がいると驚いたものです。検査は色々ありました。CTは勿論MRLや胃カメラなどなど。そして、段々大きくなるのう胞のようなもの、実は膵臓癌だったのですが、手術をして取り除いた方が良いという結論になり、消化器内科から消化器外科に廻されました。この時点ではもしかしたら癌ではないかも知れないけど、どうしますか?と言われましたが、段々大きくなっているのですから、癌の可能性が大きいと言う事になり、いよいよ手術です。
平成15年5月
手術をされる先生から、手術の内容を話すから家族みんな集まるように指示が有りました。そんなに大変な事だと認識していなかったので、驚きましたが、一応主人、息子、娘と集まって手術の手順や危険性など話して頂きました。しかし自分ではそれほど重大に考えていませんでした。切ってしまえばスッカリ治るものだと思っていたのです。手術の日は5月8日となりました。
前日から食事制限をして、当日は朝から何も食べず、下剤などでお腹の中をきれいにして、いよいよ手術台に乗せられます。何かあると困るから家族の人はいつでも連絡取れるようにしておいてくださいといわれ、何となくこのまま死ぬ可能性もあるんだと覚悟を決めました。膵臓のそばには大動脈があり、少し間違うと大動脈を傷つけそのまま死にいたることも有るとの事。輸血の準備をして置くから・・・と言われましたが何となく心配でした。
手術中は一切覚えがありません。麻酔で眠っている内に終わりました。しかし手術後は大変でした。身体中から管をつないでいます。膵臓から膵液を出す管、胆汁を出す管、その他にもなんだか有りましたが、自分では何がどうなっているのか分からない状態でした。主人は切り取った臓器を見せてもらったそうです。膵臓の一部、十二指腸、胆のうを取りました。手のひらに充分過ぎるほど乗るくらいの大きさだったそうです。その後顕微鏡検査に出したようで、のう胞ではなく癌だったと知らされました。2週間で退院できると言われていましたので、大手術でも2週間で元気になるのかと思っていたら実際にはそうではなくて、病院で治療する期間が2週間で後は自宅で寝ていれば良いということだったようです。退院と言っても元気になっての退院ではないので、もう少し病院で見てもらいたいといったのですが、後がつかえているので何か有ったら来て下さいとのことで、まだ身体もふらふらの状態で退院させられました。退院の時点ではまだ身体から膵液を体外に出すための管が付いたままでした。今の医学の進歩は凄いですね。身体の中から管が出たままでも退院させるのですから・・・。膵液はたんぱく質を消化する消化液だそうで、そのまま身体に入れると自分の身体を消化して大変な事になるのだそうです。だから手術後1ヶ月は外に出した方が良いのだとか。こう言うことも今まで手術をして経験した上に分かった事だろうと思うと、今まで手術をしていわば実験台になった人たちにつくづくお礼を言いたい気持ちになりました。そして私の手術の結果もこれからの経験に役立てて欲しいと思いました。
平成15年6月
主治医の先生は外科と言う事もあるのか、荒っぽいような気がします。運動の為に何処へでも行ったらいいんだ!とか動いた方が良いとか言うのです。まだ膵臓から管が出ていてその先には袋があり、膵液が1日にどの位出ているか測りながらの毎日でしたが、頑張って少しは外出したりしていましたが、やはり体力はスッカリ落ちて、動くのも一苦労でした。やっと一ヶ月後には膵液を取る管もはずれせいせいしました。しかし殆ど一日中ベットの上での生活をしていました。会社からは何時から出てこれる?との連絡が入り、この調子で出て行けるはずもないと思いながらの毎日でした。
平成15年7月
少しずつ体力も出てきたようで、傷が治ればそれで病気は完璧に取り除かれたのだと思い込んでいました。傷は徐々に治っているんだから、頑張って仕事も行かないといけないだろうと考えていた時期です。
平成15年8月
会社からも頼まれるし、自分も少しなら行けそうだと思ったので、会社に行く事にしました。まだまだ体力はないので、お昼には充分昼休みを取ったり、出かける用事は極力誰かに頼んだりと、養生しながらの出勤でした。しかし行っている間は何とかなっても帰って来てからは何をする元気もなくベットに寝て動くのもイヤになっていました。
平成15年11月
一ヶ月毎に血液検査の為に病院に行っていましたが、少しずつ食欲もなく元気もなく、動けなくなってきて具合が悪くなってきました。一体どういうことなんだろうと思いながらいたのですが、血液検査の結果が段々悪くなってきていたようです。この頃になって腫瘍マーカーの数値が癌の目安になるのだとわかるようになっていました。それまではあまり自分の病状に詳しくなかったのです。先生になんだか身体が動かなくなってきたと言うと、少し数値が上がってきている様だといわれ、即入院しましょうと言われました。そして恐れていた再発でした。今度は膵臓のそばにある大動脈の周りに癌が出来ているとの事です。そして出来ている場所が血管でそれも大動脈なので手術は出来ないので、抗癌剤と放射線で治療しましょうと言うのです。切れば治ると思っていたのに再発とは!驚きと落胆とあきらめの一瞬でした。このまま治るはずがない!放射線などと言うのは気休めにしかならないだろうと思っていました。しかしともかく入院して欲しいと言われたので、急遽入院して治療をすることになりました。
平成15年12月
非常に辛い治療でした。月曜日から金曜日まで抗癌剤を点滴して、その一時間後に放射線を当てに行くのです。抗癌剤と放射線の両方の治療のせいだと先生はおっしゃるのですが、毎日毎日吐き気と食欲の無さ、身体のだるさと気力の無さはどうしようもありません。体重はどんどん減っていき一ヶ月の間に10キロ減りました。身体中痩せ細り、手も足も骸骨のようになりましたし、何も食べられないので、このまま死んでいくんだと覚悟を決めました。葬式の方法を主人に相談し、後のことを子供達に話して、戒名をつけてもらい、死ぬ準備は整えました。先生は12月まで治療をして、一応退院し、その後血液検査をしながら、抗癌剤だけで治療をするという方法をとると言う事になりました。
平成16年1月
お正月は何とか家で迎えることが出来ましたが、正月と言っても寝ているしかできることは無く、毎日痩せた手足を見ては、嘆くような毎日でした。毎週火曜日に病院に行き血液検査をして、抗癌剤を点滴して帰って来るという状態が続きました。抗癌剤をしたら副作用は当然あり、まず当日は食欲は無く吐き気はするし、家に帰って来ても寝ているだけです。病院に行っても駐車場から外来の病棟まで歩くのが遠くて、体力がないのです。そして副作用の一つで白血球が下がると言うのがあります。白血球が下がると注射をするのですが、風邪を引かないようにしないといけないということで、外にはなるべく出ないように、マスクをするようにということで、大変でした。再発して手術も出来ない状態では治る見込みは無いとあきらめていましたが、徐々に腫瘍マーカーが下がってきましたので、少し明るい見通しが出てきました。先生からは一ヶ月先を目標に生きて行く位しか先のことは計画できないと言われていましたので、1月にはお茶の初釜に行きたいとか、2月は孫が誕生する予定でしたので、孫の顔を見たい!とか、3月には姪の結婚式に出たいとか4月には娘の結婚式に出たいなど少し先の目標を考えながらの毎日でした。そうしている内に少しずつ元気を回復してきました。
平成16年8月
少しずつ下がっていた腫瘍マーカーが正常値の範囲に入りました。先生から抗癌剤を止めた方が良いのではないかと言われ、勿論そうできればそれが一番良いのですが、しかしそれもまた心配でした。抗癌剤をやめて癌が又動き出したら、今度こそ死に至るのではないかと思ったり、でも抗癌剤の副作用は辛いものがありましたから、やめられるものならやめたいと思いました。とりあえず少しやめてみて血液検査やCT検査をしながら様子を見ようと言う事になりました。抗癌剤をやめると少しずつ食欲も出てきたし、体調もよくなってきました。心配は尽きないのですが、癌との共存共栄で少しでも生き長らえていければよいと思っています。
平成16年9月
手術をするときの主治医の先生からの説明で、手術をすると下痢になり易いということを聞きました。それまでは便秘もせずに快食快便でしたから、あまり気にも止めずにいたのですが、本当に手術の後は下痢に悩まされました。食事の後はすぐにトイレ、そのうち食事の一口を食べたとたんにトイレに駆け込むと言った状態が続きました。しばらく我慢しましたが先生に言うと下痢止めの薬を出してくれました。しかし一向に良くなりません。あきらめながらの毎日でした。しかし少しずつ間隔があいて少しはもつようになりましたが、再発して抗癌剤をするようになるとやはり下痢です。仕方が無いと思いながら食べてもそれが身につかないような気がするし、本当に困りました。今は以前に比べると少しはよくなってきました。やはり体調に左右されるのかも知れません。
平成17年1月
先生からは腫瘍マーカーの数値が全てではないと言われて必要以上に気にしないようにいわれますが、やはり数値が上がるともしかして再発ではないか?ときになるものです。まだ正常範囲内なので悪いわけではないのでしょうが、気になりながら 抗癌剤の治療はしないで、出来るだけ免疫力をつけるために笑いの番組をみたりモーツァルトの音楽を聴いたり・・・時々胃の辺りが猛烈に痛む事があり、心配する事もありますが、先生に聞いてもハッキリした理由がわからないようなので、様子を見ながら、続いて抗癌剤をしないで過ごしています。抗癌剤をしなければ食欲もあるし、吐き気などの副作用も無いので、普通の生活が出来る事がうれしいです。
平成17年7月
3ヶ月前にテレビで、完熟バナナが免疫力を高める最高の食物だと言っていましたので、毎日3本から4本食べています。そのお陰ではないかと思うのですが、今回腫瘍マーカーが少し下がっていました。本当にうれしい事です。バナナを買ってきたときはまだ黄色なのですが、一週間ほど置いておくと黒い斑点が出来て、それをシュガーポットと言うらしいのですが、それが出るくらいのバナナが一番免疫力が高いのだそうです。それをそのまま食べたり、牛乳と一緒にバナナジュースにしたりして飲んでいます。安上がりだし、美味しいし、これで免疫力が高まって、癌の細胞が動き出さなければ本当にうれしい事です。今のところ調子が良いようなのでこのまま続けようと思っています。
平成17年9月
2ヶ月ぶりに血液検査をしてきました。腫瘍マーカーの数値が上がっていないかと心配していましたが、体調は今までより良くなっているのですから、まずは心配ないと思っていました。
しかし 結果が出るまでは確信するわけにいかないので、結果を聞きに行き、先生から90%大丈夫になりましたと言われたときは嬉しかったです。しかし最近少し胃が重いような、もたれるような気がすることがありますので先生に相談すると、一度胃カメラを飲んで検査しておきましょうと言われました。
私もその方が心配がないので、早速来月検査をすることにして予約して帰ってきました。
膵臓癌の時も、早期発見が病気を退治する一番良い方法だと確信していますので、今回も早めの検査で安心したいと思っています。