このホームページの作者について
石井賢司 昭和38年、千葉県生まれ。
isii10@jcom.home.ne.jp
神奈川県相模原市に妻と子供達の5人家族で住んでいます。
会社員で趣味で山を歩きながら写真を撮っています。また気が向いたときには道端の雑草の花なども撮っています。職業はメーカー勤務のカメラマンで、製品開発の写真の撮影やプリントなどを行っています。
以前はフイルムでの撮影を行っていて、135から4×5まで使っていました。またフイルムの現像やプリントなども行っていました。現在はデジタルカメラで撮影を行っていて、プリントはピクトログラフィーを使ってプリントしています。フイルム時代に様々な自動現像機や大型引き延ばし機を使って仕事ができたことが、デジタル撮影になってもいろんな意味で生きていると思ってます。
写真について
写真は本格的に自分でモノクロの現像やプリントをするようになったのが高校生の時です。 夜にダークカーテンを張って暗室を作りプリントをしたものでした。当時はまだモノクロの写真が多く、 近所のカメラ屋さんでも現像液や印画紙などが手に入りました。また駅の売店などでもモノクロフィルムが売っていました。
その後、写真学校に入学して写真の勉強をしました。そのころは一ヵ月に50本位撮影をして、 毎日のように家でフィルム現像をしていました。当時私はフジのネオパン400を使っていましたが、 400フィートの空缶が家にごろごろしていました。そのころ主に撮影していたのが街の風景でした。 今までで、一番写真を撮った2年間でした。
写真学校を卒業して写真の仕事をするようになりましたが、自分の写真を撮ることは少なくなってしまいました。 またモノクロ写真は写真学校を卒業して以来、仕事以外では全く撮影も現像もしていません。 引き伸ばし機も友人にあげてしまいました。しかしこのままでは仕事の写真しか撮れなくなってしまうと思い、 山歩きを再開したのをきっかけに写真撮影を始めて、現在に至っています。
山歩きについて
山歩きは中学のときにワンダーフォーゲル部に入部したのをきっかけに始めました。 中学時代は主に日帰り中心で丹沢を歩きました。高校もワンダーフォーゲル部に入部し、 丹沢、秩父、八ヶ岳、北アルプスなどを歩きました。高校時代はテント泊だったのですが、 入部当時は、なんとまだ家型テントを使っていて、雨が降るとシュラフが水浸しになるような悲惨な目にも遭いました。また、米を炊くのに、水のかわりに灯油を入れてしまって食べられなってしまうような事件も数多く起こりました。
高校卒業後、山歩きをすることもなくなりましたが、8年ほど前から、また少しずつ歩くようなりました。 今、よく行っているのは、丹沢と北八ヶ岳です。北八ツは高校時代に、毎年、雪が積もっている春に行きました。その後、雪のない時を見てみたいと思い、秋に行ったのがきっかけで、それ以来、毎年秋か夏に出かけています。本当は雪の季節にも行ってみたいのですが、 体力に不安があるので行けずにいます。そのうちにぜひ出かけてみたいと思っています。
今はほとんど一人歩きです。高校時代のようにあくせく歩くのではなく、一人気ままにのんびり歩いています。 こうすると、写真を撮るのにも好都合で、北八ツはそんな私の歩き方にぴったりの山です。 池のほとりや、ちょっと景色のよいところでのんびりとしていると本当にいい気持ちです。 しかし一人歩きも、秋の平日などに行くと、1日歩いても数えるほどにしか人に遭わないのは少しさみしいと思うときもあります。