人獣伝染病(zoonosis)とそれを取り巻く人々―
ウルグァイ獣医研究所の対応

・・・・・・・・・・・・・・・井上忠恕



1996年の牛海綿状脳症(BSE)および病原性大腸菌O-157,さらに本年に入っての台湾の豚の口蹄疫の大発生と世間を騒がせるとともに,連日のマスコミの報道により,我々家畜衛生関係者の存在を再認識してもらったことはめったにない出来事だったことでしょう。特に前二者は人との関わり合いが大きく問題になる,いわゆる人獣伝染病(zoonosis)であったことが,さらにこれほどまでの騒ぎになったことは間違いありません。

生物学者トーマス・ハルは,最近人間が家畜からうつされた病気の数をイヌ(65),ウシ(45),ヒツジ・ヤギ(46),ブタ(42),ウマ(35),ラット・マウス(32),家禽類(26)とまとめています。これらの数字は次から次と書き換えられており,目新しい病名が出現したり,一旦過去の病気とされたものが復活されたりしています。

現在,当プロジェクトで活躍中の後藤信男短期専門家は,特に実験動物学の見地などの面からアルゼンチンやウルグァイで発生したハンタウイルス感染肺症候群(HPS)を中心に最近の情報を文献などを交えて紹介しています(ウルグァイ便り)。

これらの情報などによると,はじめに腎症候性出血熱(HFRS)が, 1976年に分離された朝鮮半島のハンタ川にちなんで命名されましたが,朝鮮戦争の頃から問題になり,その後これらの同種のウイルスの調査が行われ今やどの大陸の港のネズミもいろいろのタイプの抗体を持っているといわれています。そして,ついにアジアから一番遠いアルゼンチンやウルグァイでHPSの発生が確認されました。さらに,アルゼンチンで昨年発生した症例を疫学的に追跡したところ,ヒトからヒトへの感染が確認され,米国疾病対策センター(CDC)でもこれについて学術誌に発表し,関係者に衝撃を与えたところです。この報道に相前後してウルグァイでHPSによるはじめての死亡例が発表され一層の衝撃を与えました。

さて,このプロジェクトの上位目標は「家畜伝染病の防疫あるいは撲滅のための効果的なシステムの確立」であり,具体的な受益者への便益であるプロジェクト目標は「家畜伝染病を迅速かつ正確に発見するための獣医診断技術の改善」となっています。さらにプロジェクトの活動内容のさらに具体的な課題のなかにはトキソプラズマ症,ブルセラ病,レプトスピラ症,カンピロバクター症など日本では古典的になった疾病を含めていずれも今でも人畜ともに重要なzoonosisがあげられています。日本ではこれらの疾病の経験者が少なくなり,ウルグァイからの研修生の受入れ先や日本からの専門家のリクルートに苦労しています。

日本の半分くらいの面積のところに約300万人しかいない人口で,日本でいえば茨城県くらいの規模のところで外交,経済,軍事など諸々のことを一国としての体裁を整えています。この国では,多くの人材,十分な施設や機関があるわけでなく,必要最低限でいろいろ工夫しながらことにあたっています。ハンタウイルスの診断はアルゼンチンの研究機関に依頼しています。口蹄疫に関しては1994年からワクチン投与無しで他の周辺国に先駆けてその撲滅に成功していますが,その口蹄疫の最終診断ですらブラジルのパン・アメリカンセンターに依頼していましたし,今後,万が一,再発生しても最終診断は同センターに依頼することになっています。 逆に,今回のハンタウイルス騒ぎの中で一時HPSを疑われた例では,最終的にレプトスピラ症と判明しましたが,その診断は当研究所で判定しています。従って,これは厚生省で,これについては農林水産省だと言っておれないことになります。ある一つのことの専門家よりも広く普段から総合的な知識が要求されている様に思われます。また,ひとりの人が2〜3種類の兼業をしているのが特別でなく一般的になっているのでいろいろなことについてよく皆が広く通じています。開業獣医師,大学の先生,牧場や養鶏場のコンサルタントだったりすることは多いのですが,全く別のレストランのボーイや市会議員だったりすることもあります。これらの人々の情報を総合すると,かなりの情報量になりますし,案外面白い結果が引き出されているかもしれません。そして,彼らはやっていることと,経済的効果については常にいち早く計算しますし,さらには海外貿易への依存度が高いためすぐにそのことを口にします。

このような環境に囲まれながらの技術協力ですが,陽気な性格のなかに一つ一つを確実にこなしてゆく頼もしい面も兼ね備えており,日本人専門家とのコンビネーションがうまく行くようになれば目標到達も明るいものが期待されます。(家畜衛試ニュースNo.86(97.9.15)16より転載)

Exp-animal

[獣医研究所の実験動物舎の周りに野ネズミが
多数生息していてハンタウイルスが取りざた
されてから駆除をはじめた]



Updatedウルグァイのいろいろに戻る

Prev<--> Next

Last update:November 5, 1998