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「世界青年の船」は,日本の総務庁が主催する青少年国際交流事業の一つで,チャーターした客船「にっぽん丸」(22,00トン)に日本と世界各国の青年が乗船し,共同生活の中で,研究・討論を行ったり,クラブ活動や訪問国での活動を通じた交流を行うことにより国際協力の指導性を発揮できる青年の育成を目的として実施されているものです。第11回目の今年は日本(120名)をはじめ,オーストラリア,ニュー・ジーランド,トンガ王国,ソロモン諸島,フィジー,カナダ,アメリカ合衆国,メキシコ,エクアドル,ペルー,ヴェネズエラ,ウルグァイの12ヵ国から156名,合計276名の青年が参加しました。
実は私,生まれも育ちも南米のウルグァイです。しかし両親は日本人なのでウルグァイ日系二世なのです。家庭では多少の日本語を話しているし,日本のしきたりに違和感はないと思っていました。とはいっても,日本の土地を踏んだのは生まれて初めです。「ついに親の故郷に来たんだ,飽きるほど聞いてきた日本のすばらしさ,今自分の体で確かめられる!!」という思いで胸がいっぱいになりました。 私たちは,東京都庁舎の真ん前にあるホテルに泊まりました。東京には目がまわるほどの超高層ビルがいくつも並び,活気のある世界のビジネスセンターとして感じられました。その大都会で一番感動したのは,東京のホテルの一室から真っ白な雪をかぶった富士山が見ることができたことでした。 私たち一人ひとりが日本の家庭に二日間のホームステイをすることになりました。私は群馬県の家庭に行き,若夫婦とリサちゃんというかわいい女の子に迎えられました。そこで,初めの失敗をしました。靴を履いたまま家の中へ上がろうとしてしまいました(知っていたはずなのに・・・)。布団で寝るのも初めて,やたらと天井が高く見えました。朝ごはんには小さい食卓にたくさんの食べ物が並び,なんとサラダや卵まで。ウルグァイの朝ごはんはパンとコーヒーだけ,特に私は朝が苦手なためお茶を飲む程度ですましています。群馬県のホストファミリーは私をとても親切にして下さり,いろいろな所へ案内していただきました。他の青年たちも日本でのホームステイは深く印象に残ったことだろうと思います。日本の家庭で日常の暮らしをすることは,東京のホテルの一室から観る日本とは全く違った,ぬくもりのある体験でした。 群馬県でのホームステイが終わって,また東京に戻りました。青少年総合センターという所で日本の青年たちと交歓会が開かれました。その後,出航に備えてオリエンテーション,研修,講演会が三日ほど続きました。 今年は「世界高齢者の年」です。日本での活動の一つとして日本の高齢化の問題について講演があり,その後,東京都の老人介護施設を見学しました。私たちはその施設の優れた設備,清潔さ,老人に対する行き届いたケアに驚きました。ウルグァイでも従来から社会の高齢化問題が心配されています。でも今は,国は経済的な余裕がないため,公立の老人ホームはベッドと食べ物を与えることが精一杯という状態で,他の余裕はないようです。看護婦も給料が低いため不足しています。私たちには想像もつかない行き届いたサービスがなされているので日本の高齢者は大変恵まれていると思いました。この活動によって,お年寄りを思いやる心を改めて認識させられました。 日本での活動はハードスケージュルで進められました。ウルグァイの青年たちは講義に飽きてきたらしく,自由時間がない,規則が多すぎる,子供扱いをする,といった反発の声が出てきました。各国の青年団には,ナショナル・リーダーがついていましたが,リーダーがいても,ウルグァイ人というのは個人主義者が多く団体行動が苦手のようでした。悪いことに,ウルグァイ人同士の意見が合わないこともしばしばでした。ウルグァイを出発する前に,何回も準備のミーテイングを重ねてきたのに・・・ついに私は我慢できなく爆発しました。「みんなの態度は残念だと思うわ。企画者の立場を理解しようとするのは,私が50%日本人だから?もっとリーダーに従って一体として行動すべきよ」。その後,みんなは立ち直り,もっと前向きになって一時の危機を乗り越えたようでした。実は,今考えれば,みんな疲れていたのでしょう。そこでみんなは六本木のディスコでストレスを解消することにしました。今までとはちょっと違ったノーフォーマルな形で友好関係を築くことになりました。
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船内での講義やセミナーは,文化交流,経済のグローバル化,国連の変革など,今世界共通の課題をとりあげ,みんなでデイスカッションをし,時間がいつも短く感じられるほど熱心に意見交換が行われました。その他,各国の事情の紹介,クラブ活動等がありました。
私たちウルグァイの青年団は,マテ茶を飲む会とタンゴクラブを開きました。“マテ茶”は南米南部独特の飲物でマテという葉っぱをひょうたんの入れ物にいっぱい積め,金属のストローを使って飲みます。多くのウルグァイ人は,朝起きたらまずマテ茶を飲み,目が覚めて,頭がさえるといいます。そして一日中同じ茶の葉っぱにお湯を注いで飲みます。しかし,そのマテ茶の入れ物の選び方,仕立て方,お湯の沸かし方にもコツがあって,おいしいマテ茶が飲めるには時間がかかります。幸いこのマテ茶を飲む会は日本人に好評でした。私は,テレビなどで見てずっとあこがれていた柔道を習いたくて,柔道クラブに入り,基礎的な技を学びました。このようなクラブ活動によって他の国の青年たちとの交流がもっと深くできました。
ウルグァイはタンゴとサッカーの国です。私たちウルグァイの青年は,あるバー(飲み屋)で友達同士がウルグァイの歴史,社会情勢,今の若者の趣味やスポーツについて話し合う場面を演じ,二人のカップルが色っぽくタンゴを踊りました。そして世界でも一番長いと言われ,約5分かかる国歌を皆で声高らかに歌い,最後はウルグァイ独特のカーニバルの歌でみんなを踊りに誘ってワイワイと終わりました。
船はこれまで夢にも見なかった島国へと次々と寄港して行きました。新しい国に入港するとその国は私たちの船を歓迎しました。日本を出航してソロモン諸島,トンガ,タヒチ,エクアドル,メキシコへと航海しました。どの国も私たちをあたたかく出迎え,みんなは楽しい想い出をいっぱいつくりました。トンガでは,とても小さな港町に入り,カバという植物の根のお酒を飲みながらトンガの住民が儀式を披露したことがとても印象的でした。
船の上は,もうすっかり友達になった各国の青年たちがともに行動する世界であり,船を降りると,素晴らしい景色と自然が私たちを待っていました。
船旅が進むにつれて交流活動もスムーズに行われるようになりました。世界の様々な国の青年が何日間もいっしょに生活することによって,文化の違いは大きくても,私たちはみんな同じ地球人なのだな,とはっきりと感じ取られました。
約一ヶ月半の船旅は,楽しい時間や,辛いこともありましたが,充実した体験でした。それはいくら相互理解を求めても,やはり人間同士は,ぎくしゃくすることもしばしばでした。特にウルグァイの青年同士の間で活動の進め方について意見の食い違いがよくありました。そこをうまく譲り合って問題を乗り越えることも大きな勉強であることがわかりました。私たちは,ただ楽しい旅行をするのではなく,ある組織の一員として,責任を持って行動し,積極的に何かを築き上げる大切さを心得たと思います。
にっぽん丸を南米組は見送った |
最後に,この貴重な経験を与えていただいた日本政府,在ウルグァイ日本大使館,にっぽん丸のみなさんを始め,参加各国のみなさん,仕事の休暇を下さった方々に心を込めて感謝いたします。
この体験は私の宝であり,これからも世界の相互理解に役立たせたいと思います。
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主な「1999年世界青年の船」関連リンクサイト